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2012年5月24日 (木)

天浜線グッズいかが? 25周年記念で発売へ

Tshirts  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)は、開業25周年を記念したTシャツと缶バッジを製作した。26、27日に天竜二俣駅構内で開く「天浜線フェスタ」を皮切りに同駅で販売する。

 Tシャツは、TH3000型列車のイラストをプリント。「Slow is beautiful」のメッセージを添えた。同社がTシャツを販売するのは初めてという。大人用は3サイズ、子ども用は4サイズを用意。各2千円(税込み)。

 1個200円(同)の缶バッジは2種類。オレンジ、緑、青の天浜線カラーが特徴だ。

 Tシャツのメッセージには、スピード重視の世の中にあって、ゆっくり走る天浜線のように「スローな価値」を再認識してほしいとの願いを込めた。担当者は「天浜線を知ってもらい、支援の輪が広がるきっかけになればうれしい」と話した。

 問い合わせは同社営業課<電053(925)2276>へ。(「静岡新聞」より)

 ファンにはたまらないアイテム。夏休みには、天浜線で「ぶらり途中下車の旅」を楽しんでみてはいかがでしょうか?

2012年5月17日 (木)

「東京営林局.静岡西部経営計画区 千頭.気田.水窪営林署管内図」(昭和38年)

Keta  ここに、古い地図があります。佐口行正氏からお借りしたこの地図は「東京営林局.静岡西部経営計画区 千頭.気田.水窪営林署管内図」と題され、昭和38年10月に東京営林局で製作されたものです。

 国土地理院発行の地図の上に営林局が独自の現況を重ねたもの。北の方角が真上から少し右に振れてはいますが、昭和38年(1963)、今から49年前の北遠の山の状況が詳しく表されています。

Kdoketa  例えば、気田営林署、気田門桁事務所のあった辺りには、南門桁、気田、京丸、熊切の各担当区事務所と署員宿舎、秋葉荘宿泊所が赤い文字で示されています。その少し北には、篠原貯木場。人気の高い産業遺産である森林鉄道の軌道は、ここから延びていたはずなんですが…?でも、昭和34年に廃止されていたんだっけ…?

Hansyodai  気田森林鉄道は、赤い線で表されています。気田川を遡って行くと、門桁から山住林道作業所を通り、都沢造林作業所から北上し、本谷造林宿舎の先まで。総延長は21,459m。「昭和8年着工 26年全区間完成 34年廃止」と思っていた気田森林鉄道と実際とでは、ズレがあるのかも知れません。地図によれば、昭和38年現在でも、門桁より北には、林鉄が残っていたことになります。

 …というわけで、真相究明は放っておいて、杉の気田子(けたこ)で見かけた半鐘台を紹介します。ここで紹介するということは、もうお分かりですね?そうです。林鉄の廃レールで造られた半鐘台。半鐘も提げられ、まだ現役です。

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2012年4月 4日 (水)

気田森林鉄道を後世に 有志がポスター作製 天竜区

Suzuki  気田森林鉄道(1940~60年)の存在を伝えようと、浜松市天竜区春野町の有志が今春、当時の写真や路線図を掲載したポスターを作製、市春野協働センターなどに届けた。

 総延長約35キロの気田森林鉄道は、木材の運搬に活躍した。乗務経験がある上平多計彦さん(84)と井口厚さん(76)、写真収集を続けている鈴木昭三さん(84)が「次の世代に残したい」と、ポスター作製を思い立った。

 木材を運搬する様子などの写真8点を一つにまとめた「気田森林鉄道の風景」(A3判)、路線を示す「気田森林鉄道位置図」(同)、営林署の写真(A4判)の3枚。いずれもラミネート加工を施した。

 45分の1の鉄道模型を手作りした井口さんをはじめ、3人は過去にも森林鉄道をテーマに文化遺産展などを開いてきた。今回は、遠山森林鉄道(長野県)のポスターを目にしたことも、きっかけの一つになったという。

 鈴木さんは「みんな年をとった。できることを今のうちにやっとかないと」と語った。(「静岡新聞」より)

 「できることを今のうちにやっとかないと」の言葉は、その通りだと思います。私たちも、そのつもりで、歴史を掘り起こし、次の世代へと申し送りをする覚悟です。

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2012年3月31日 (土)

平岡駅が4月から無人化

Hiraokaeki  (長野県)天龍村のJR飯田線平岡駅が4月1日から無人になる。同駅は第3セクターの総合交流促進施設・龍泉閣に併設され、特急伊那路が停車する「信州の南の玄関口」。過疎・高齢化に悩む同村は、観光誘客も活性化の柱のひとつで、駅員不在のマイナスイメージを懸念する声も聞かれる。

 2012年3月末で平岡駅を無人化する方針は昨年8月初め、JR東海の運輸営業部幹部が村を訪れて大平巌村長らに伝えた。JR側は「平岡駅の1日平均乗車人員は、1989年の363人が2010年には102人まで減少している」と数字を挙げ、採算面を一番の理由とした。

 JRはまた、1999年から関連会社に委託している窓口業務(午前9時から午後5時)は、村との間で簡易委託発売契約を結べば、残すことも可能との提案もした。

 村は、委託により持ち出しとなる人件費などを、高校生の通学費補助などに回した方が効果的と判断、無人化を受け入れる方針を昨年末に示した。

 JRを時々利用するという同村神原の80代の女性は「駅員がいれば運行状況も聞けて心強かった。4月から誰に聞いたらいいか分からないので不安」。無人化以降も存続する龍泉閣の売店で働く熊谷洋子さんは「駅員がいなくなるのは寂しい。特急が通過してしまうことだけは避けてほしい」と話した。

 大平村長の思いも同じ。無人化を受け入れるに際してJR東海には▽将来にわたって飯田線を廃線にしない▽特急が停車しなくなったり、利用しづらいダイヤにしない-などを強く要望しており、「今後もJR側の動きを期待を込めて見守る」と話した。(「中日新聞」より)

 進む過疎化を象徴するニュース。「水窪」駅も2010年10月以降、無人駅になっています。

2012年2月 6日 (月)

鉄道施設保全、県が支援 天浜線が主な対象

 県は2012年度、歴史的な価値の高い県内の鉄道施設を保全するための支援に乗り出す方針を固めた。鉄道施設が一括して国の登録有形文化財に指定された天竜浜名湖鉄道を主な支援対象として想定。編成中の12年度当初予算案に、同社への助成経費として1千万円程度を計上する。

 同社が運行する天浜線は、機関車転車台や橋りょう、駅舎、プラットホームなど計36件が登録有形文化財に指定されている。特に昨年、このうち31件が一度に指定されて以降、全国各地から訪れる愛好家が増えている。一方で、施設は昭和初期に建造されたため、近年は老朽化が進み、補修や維持管理が課題になっている。

 天浜線は利用低迷などで厳しい経営環境が続き、同社単独では保全することが困難なため、県が助成することで駅舎の補修や高架貯水槽の耐震化を推し進めてもらう狙い。

 県は天浜線の鉄道施設を地域の貴重な財産と位置付け、沿線の景観形成や交流人口拡大につなげたい考えだ。

 沿線には豊かな自然景観が広がり、観光スポットも点在している。これら地域資源と鉄道施設を連携させることで地域の魅力を高め、観光需要の掘り起こしを目指していく。

 天浜線では、住民有志の手で日常の維持管理が行われている施設も多い。県は、施設を後世に残そうとする機運を高めることで、コミュニティー活動の一層の活発化につながると期待している。(「静岡新聞」より)

 私にとっても懐かしい旧二俣線の保全に、県が支援することになりました。北遠にとっても、大切な観光資産です。

2012年1月24日 (火)

天竜二俣駅の「扇形車庫」修復始まる 台風で屋根被災

Syako_2  浜松市天竜区二俣町の天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅構内にあり、昨年9月の台風15号で被災した国登録有形文化財「扇形車庫」の修復作業が今月中旬、始まった。3月末までの完成を目指している。

 1940年に建設された扇形車庫は、98年に国の登録有形文化財になった。台風15号で屋根の4分の1がめくれて以来、その部分が野ざらし状態となっていた。足場の組み立て作業はすでに終わり、資材の搬入に移る。

 一方、同社は新年から、同駅構内で実施している転車台見学を従来の金~月曜日から連日開催に変更した。金~月曜日と祝日は午前と午後の1日2回、火~木曜日は午後1時45分~の1日1回行う。(「静岡新聞」より)

 いつも気にしていましたが、ようやく修復作業が始まったようです。

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2012年1月17日 (火)

合格祈願に「滑らない砂」のキーホルダー 天浜鉄道

Keyholder  天竜浜名湖鉄道(本社・浜松市天竜区)は17日、列車の滑り止めに用いる砂を容器に入れた「合格祈願キーホルダー」を発売する。

 「滑らない砂」は、坂でレールと車輪の間にまいている。15日に龍潭寺(同市北区)で行われた学業成就などを願う新春祈祷大般若会に持参したという。

 「桜木」または「アスモ前」の駅名キーホルダーに付属し、「桜咲く」「明日も前に」と縁起を担いでいる。

 1個600円(税込み)。「桜木」「アスモ前」ともに150個限定。西鹿島駅以外の有人駅で取り扱う。問い合わせは同社営業課〈電053(925)2276〉へ。(「静岡新聞」より)

 今まさに受験シーズン。霙が降りましたが、この程度では「滑りません」!縁起を担いで、おおいに頑張ってください!

小畑と神原の半鐘台は廃レールの再利用

Obata9  さあ、今年も林鉄の話題です。

 「水窪森林鉄道」が廃止されたのは、昭和42年(1967)。あれから45年が過ぎた今でも、半鐘台へと再利用された廃レールを見ることができます。

 正月に訪ねた水窪の小畑と神原で、それぞれ1基ずつの半鐘台を見つけました。

Kamihara5 赤色に塗られた小畑の半鐘台は3脚スタイル。銀色に塗られた神原の半鐘台は、梯子を支えるだけの簡易3脚。ただし、神原のものには、和鐘様式通りの鋳造の半鐘が吊るされています。

 ちなみに、梵鐘、半鐘、喚鐘の区別は大きさの違い。梵鐘は口径2尺3~4寸以上重さ100貫以上(約375kg)、半鐘は口径2尺2~3寸以下、喚鐘は口径1尺以下の鐘とされています。

 おっと、林鉄の記事のつもりが、半鐘の紹介になってしまいました。神原の半鐘には、北遠の「龍」で探している「龍頭」もついているのですが…。

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2012年1月15日 (日)

天浜鉄道 修繕費サポート募集 国文化財の駅舎 老朽化

Futamataeki_2  天竜浜名湖鉄道は、国の登録有形文化財である駅舎の耐震・修繕工事費用を出資してくれる「文化財オーナー」を募集している。天竜二俣、原谷など11駅で各80人を募集。オーナーになってくれた人の名前を刻んだプレートを、各駅にある記念碑に12、13年度の2年間掲げて感謝の気持ちを表す。一口3000円で、募集は3月11日まで。

 同社によると、ほとんどの施設は1940年までに作られ、昨年1月までに36施設が国の登録有形文化財に登録された。一方で老朽化も激しく、耐震工事や屋根の修繕などが急務となっていた。11駅の工事費用は9000万円以上に上り、市民に愛着をもってもらおうと費用の一部を募集することにした。

 同社の担当者は「普段何気なく見ている施設も、実はとても貴重なもの。将来に残すために協力してもらえたらうれしい」と話している。問い合わせは、同社(053・925・2276)。(「読売新聞」より)

 台風で屋根の一部が破損した「扇形車庫」もそのまま。利用客が増えるのが一番なんですが…。地方鉄道の運営は難しいですね。

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2011年12月25日 (日)

天浜線の登録有形文化財④―天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム&下り上屋及びプラットホーム

Home2  天竜浜名湖鉄道「天竜二俣駅」のプラットホームを駅の南側から撮ってみました。

 「天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム」と「天竜二俣駅下り上屋及びプラットホーム」は国の登録有形文化財第22-0163号と22-0164号。

 プラットホームが建設されたのは昭和15年(1940)。上屋の柱には、古いもので明治44年(1911)のレールが再利用されているとのこと。昭和初期のレトロな雰囲気の中にも、リサイクルの考え方が生かされています。

 このプラットホームも、北遠のすごい近代化産業遺産です。

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2011年12月21日 (水)

最古参「TH3501」が化粧直し 天浜線

Th3501  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)は18日、同社の現役車両では最古参で、化粧直しを今月終えた「TH3501」のお披露目イベントを、同区二俣町の天竜二俣駅で開いた。

 TH3501はかつて、トロッコ列車をけん引していた。「そよかぜ」という当時のヘッドマークを付けて参加者の前に登場し、テープカットを行った。

 参加者の親子連れやファンは、盛んに撮影したり、運転席に座ってみたり。掛川西中の斉藤隼右さん(13)は「以前の姿も見たことあるけれど、きれいになってもっと良くなったと思う」と話した。

 TH3501は1996年に運行を開始。廃車も検討したが、レトロな雰囲気が人気を集めることなどから続投が決まり、検査と化粧直しに入っていた。(「静岡新聞」より)

 12月18日に、リニューアルされた「TH3501」のお披露目が行われるのは既報の通り。「天竜二俣駅」には、昨日もカメラを抱えた乗客が降り立っていました。

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2011年12月19日 (月)

レトロ配色に化粧直し 天竜浜名湖鉄道が最古参の車両公開

Tenhama  天竜浜名湖鉄道の現役車両では最古参となる「TH3501」の化粧直しが終わり、リニューアルした車両が18日、本社のある浜松市天竜区の天竜二俣駅構内でお披露目された。掛川-新所原間を一日2往復する。

 3000型の「TH3501」は1996年に運行を始めた。外観は、かつて走っていたトロッコ車両「そよかぜ」の塗装に合わせたクリーム色とあずき色のツートンカラー。レトロな配色とデザインが利用者や鉄道ファンに親しまれている。今回は全般検査に伴い、きれいに塗り直された。

 お披露目イベントで乗車体験が行われ、リニューアルした車両はファンらを乗せたまま、転車台で1回転。運転席での記念撮影、廃棄が決まった鉄道部品の即売会などもあった。参加者全員の記念写真は、構内にある鉄道歴史館で1年間展示される。(「中日新聞」より)

 いよいよリニューアルされた「TH3501」が天浜線を走ります。運好く出会うとラッキーですね。

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2011年12月10日 (土)

天浜線の登録有形文化財③―天竜二俣駅本屋と金属プレート

Futamataeki0  「登録有形文化財 第22-0162~0164号 この建造物は貴重な国民的財産です 文化庁」―天竜浜名湖鉄道「天竜二俣駅」の玄関先に建てられた3本の枕木に嵌め込まれた青い金属プレート。全線に渡り国の登録有形文化財に登録された天浜線に、2011年2月10日に文化庁から届けられた24枚のうちの1枚です。

Plate1_2  「第22-0162~0164号」とは、「天竜二俣駅本屋」「天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム」「天竜二俣駅下り上屋及びプラットホーム」。

 その上の中央に付けられた記号が気になりました。

 これは、文化財愛護のシンボルマーク。文化財愛護運動を全国に推し進めるため、昭和41年5月に定められたものです。

Plate11  広げた両の手の平を三つ重ねたような形は、日本建築の重要な要素である斗供(ときょう)を図案化したもの。これを三つ重ねることにより、文化財という民族の遺産を過去・現在・未来にわたり、永遠に伝承してゆくという愛護精神を象徴したものだそうです。

 なるほど、納得!

 もし、これが盃が3つ重なっているように見えたのなら、私たちNPO法人「天竜川・杣人の会」の第73回定例会・忘年会に参加してください!詳細は、第73回定例会・忘年会.docをダウンロード。開催は、本日(12月10日)です。

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2011年12月 8日 (木)

天浜線車両化粧直し 現役で最古参 18日、お披露目

Th3501  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)の現役車両では最古参の「TH3501」が今月、化粧直しと定期検査を終了した。一度は廃車が検討されたが、ファンの声もあり、続投が決まったという。同社は18日、天竜二俣駅構内でお披露目する。

 TH3501は1996年に運行を開始した。外観はあずき、クリームのツートンカラー。廃車も考えたが、レトロな雰囲気が人気を集めることから修繕を決め、8年に一度の定期検査を行った。

 18日はお披露目イベントを午前9時からと午後3時からの2回開く。転車台の乗車体験や運転席での記念撮影、交換部品の即売などを予定している。参加費は1500円。希望者は直接、天竜二俣駅へ。問い合わせは同社営業課〈電053(925)2276〉へ。(「静岡新聞」より)

 昨日は、南側から天竜二俣駅を眺めてみました。すぐ近くに、寄ってみたい場所、見てみたいものがいっぱい。北遠への興味は尽きません。

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2011年12月 2日 (金)

お~い、シゴハチ!―「機関車公園」のC58型蒸気機関車

C587  天竜浜名湖鉄道「天竜二俣駅」前、道路を挟んで向い側に「機関車公園」という小さな公園があるのをご存知ですか?「機関車公園」の名の通り、柵に囲まれたC58型蒸気機関車が展示されていますが、きっとあなたもご覧になったことがあると思いますよ。

C520  このC58型蒸気機関車は、国鉄二俣線で活躍した戦後型C58。国鉄の前身である鉄道省が導入した蒸気機関車です。

 機関車番号は「C58389」。「製造銘版」によれば、昭和21年(1946)に「汽車會社」によって造られ、製造番号は「2525」。私よりも、少しだけ年上です。

C5820  昨年、開かれた写真展「二俣線への想いと天浜線」に展示されていた写真のから、「C58」のものを探してみたのですが、残念ながら「C58389」はありませんでした。

 「C58389」の履歴は、昭和21年(1946)に製造され、新製配置の国鉄千歳線などを中心に活躍した。数年後に北見へ移り、その後、高山本線で活躍。最終配置は遠江二俣区で同46年(1971)4月23日に廃車。現在に至っています。

 「C58」の愛称は「シゴハチ」。今度「機関車公園」を訪ねたら、「お~い、シゴハチ!」と声をかけてみてください。でも、本当は65歳になるお爺さんなんですけどね。

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2011年11月30日 (水)

天浜線の登録有形文化財②―扇形車庫、機関車転車台、運転区事務室

Senkei6  国の登録有形文化財(建造物)に登録された天竜浜名湖鉄道(天浜線)の施設は31件。台風15号により建屋の屋根の一部を剥がされたままの「扇形車庫」と「機関車転車台」と「運転区事務室」も、遠目にはなりますが敷地外から見学することができました。

 文化庁が開設している「文化遺産オンライン」によれば…

 【扇形車庫】転車台とセットとなる。当初は6線分であったが,転車台から見て右側の2線分が切り縮められているが、他は主として車両の留置に用いられている。総木造で,庫内に下る柱を少なくするために力強い架構をもつ。現在では数少ない現役扇形庫の好例である。

Syako5 【機関車転車台】扇形車庫の手前に位置する。全体の直径は約18.4m、下路式の当時では標準的な転車台で、中央に門型の鉄柱を建て、運転室とともに360度回転する。天竜運転区の核となる施設で、扇形車庫とともに天竜浜名湖鉄道のシンボルとなっている。

 【運転区事務室】東海道本線のバイパス線として昭和15年に全通した旧国鉄二俣線の二俣機関区の事務室として建てられた。大きな窓を配した立ちの高い立面が特徴的な建物で、構内を見渡せる位置に建ち、1階には運転司令室などを配し、2階は会議室とする。

Jimusyo4 「転車台」とは、車両の向きを進行方向に向けるために用いられる設備。蒸気機関車は運転台が一方向にしかなく、終着駅では進行方向に向きを変えなくてはいけません。そこで必要になるのが「転車台(ターンテーブル)」です。

 最近では電気機関車やディーゼル機関車等の増加により、前後に運転席が設けられ、「転車台」の必要がなくなり、撤去されるケースも多くなりました。転車台、扇形車庫が現役で活躍している姿を見られるのは、全国でもごくわずか。

 いかがですか?見に出かけてみませんか?いつ?今すぐに、出かけましょう!見学会でない日は、外側から見てね。

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2011年11月22日 (火)

林鉄の模型が走る―「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」②

Kikansya2  コミュニティーバス待合室で特別展示された写真展「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」の会場には、パネルに貼られた写真、写真、写真。気田川沿いを走っていた気田森林鉄道と杉川沿いを走っていた熊切森林鉄道の貴重な写真が、かつての山の活気を伝えて来ます。

 圧倒されるような資料写真の数々を、写真を集めた大原屋商店の鈴木昭三さんや実際に機関車を運転していた井口厚さんらが説明、質問に答えてくれました。

 会場の中央には、井口さんが時間をかけて手作りした45分の1の模型が展示され、スイッチON!小さな機関車が木材を満載した台車を曳き、鉄橋を渡り、トンネルを抜け、春野の山間を走ります。

 「そりゃあ、危険なことはあったさ。でも、忘れちゃあいけない」と井口さん。春野の森林鉄道が廃止されたのは、気田林鉄が昭和34年(1959)、熊切林鉄は同42年(1967)。木材だけでなく、生活物資や人間も運んだとのこと。地域の近代化に貢献したのは言うまでもなく、忘れてはいけない産業遺産なのです。

Rintestu2 Rintetsu1
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Sengobashi4 「ツアーに参加して良かった。これが見たかったんです」と感激する参加者や模型の林鉄を熱心に撮影する人も。

 名残惜しい写真展の会場を後に、国道362号を北上。篠原の貯木場跡、実際に林鉄が渡っていた仙郷橋を見て、「はるの産業まつり」が開かれている地域自治センターへと向かいました。

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2011年11月20日 (日)

浜松市天竜区のトンネルでボジョレを 旧国鉄線利用の貯蔵庫でイベント

Wine  旧国鉄佐久間線のトンネルをワイン貯蔵庫に活用して一般に貸し出している「浜松ワインセラー」を運営する地域産業観光研究会(山本六二郎会長)は19日、浜松市天竜区相津の船明ダム湖畔で「ボジョレーヌーボーワインパーティー」を開いた。

 会場はワインセラーがある旧国鉄佐久間線の船明・相津トンネルと、トンネルそばにある相津マリーナのホール。ワイン好きな人たちや旅行会社の企画担当者ら100人余りが参加した。樽詰めやボトルのボジョレ・ヌーボーが用意され、参加者は生バンドの演奏を楽しみながらワイン談義に花を咲かせた。

Wine2  浜松ワインセラーは地元有志が組織した地域産業観光研究会が09年10月に開業。工事の中止で未利用になっていた旧国鉄佐久間線の船明・相津トンネル(長さ1100メートル)を所有者の市から有償で借り受け、ワインの貯蔵保管庫としてラックを並べて個人や茶問屋に貸し出している。

 トンネル内は年間を通して温度が16~18度。誘導灯を設置してラックを置く棚を並べ、現在250人ほどが約2万本のワインと茶問屋が茶葉を預けている。研究会の山本会長は「天然の貯蔵庫なので停電の心配はなく、利用が増えています」と話す。会では同じく使われていない同線の山王トンネルでホワイトアスパラガスの栽培に取り組み、来年から出荷を予定。

 山本会長は「地域活性化対策という目的が少しずつ達成され始めているのでは」と期待を高めている。(「中日新聞」より)

 未成線となった旧国鉄佐久間線も、今では貴重な近代化遺産。「相津トンネル」跡は分かりやすい場所にありますので、道の駅「花桃の里」にお立ち寄りの時には、ちょっと見上げてみてください。

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元運転士ら展示会 よみがえる「気田森林鉄道」

Rintetsu  1940~60年、奥山からの木材運搬に活躍した浜松市天竜区春野町の「気田森林鉄道」。その存在を知る人が少なくなる中、元運転士や写真収集を続ける地元のおじいさん3人が18日、「気田森林鉄道 産業遺産文化展」を同町気田の商工会隣で開いた。年配の来場者は往時の記憶をたどり、懐かしの思い出話が止まらない。

 3人は、気田森林鉄道の乗務経験がある上平多計彦さん(83)と井口厚さん(76)、地元の古写真を集めている鈴木昭三さん(83)。春野観光協会が主催した。

 篠原地区の貯木場を起点とする総延長約35キロの気田森林鉄道は、木材だけでなく、米や薬など生活物資も運んだという。存在を知る人が減る中、「地元の遺産を忘れないでほしい」と企画した。

 展示品の中でも特に目を引くのが、井口さんが手作りした、45分の1の鉄道模型。旋盤やフライス盤などで真ちゅうを削り、細部まで再現した。森林鉄道と同じ、時速12キロ前後で走らせている。

 当時の森林鉄道は脱線が日常茶飯事で、常に危険と隣り合わせだったという。上平さんは「家に帰るまで命がけだった」と振り返る。レールや車輪をはじめ、王子製紙関係の写真も飾っている。

 来場者は思い出話に花を咲かせる。仙田信吉さん(79)は「自転車で鉄道と競走した思い出が懐かしい」と目を細めた。

 展示は20日まで。(「静岡新聞」より)

 「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」の添乗から帰って来ました。もちろん、春野観光協会主催の「気田森林鉄道 産業遺産文化展」に立ち寄るツアーです。

 文化展は、今回のバスツアーに併せて開催していただいたものでしたので、残念ながら本日で終了。見逃してしまった人は、次の機会までお待ちいただくことになります。

 また、必ず開催していただけると思いますので、その日を楽しみにお待ちください。

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2011年11月19日 (土)

天浜線の登録有形文化財①―運転区高架貯水槽

Chosuiso0  「天竜浜名湖鉄道(天浜線)の主要施設31件が、国の登録有形文化財(建造物)に登録されることになった」とのニュースが伝えられたのは、約1年前(2010年12月)。鉄道施設が一括で登録されたのは、鳥取県の「若桜鉄道」、群馬、栃木県境を走る「わたらせ渓谷鉄道」に次いで全国3例目でした。

 登録施設のほとんどは、70年前の旧国鉄二俣線開通当時のまま。「運転区高架貯水槽」は、天浜線「天竜二俣駅」の東側にあります。

 揚水機室の二〇メートル東に位置する。六本のコンクリート造脚部の上に外径六・〇メートル、 内容量七〇トンのコンクリート造貯水槽を載せる。脚の内側にはポンプや配管の一部が残る。揚水機室と一体で、昭和前期における鉄道施設の一端を物語る。

Chosuiso1 文化庁が開設している「文化遺産オンライン」で紹介されている「運転区高架貯水槽」の内容です。

 コンクリートの汚れが昭和の雰囲気を伝えているレトロな施設。6本の脚の上に重そうなタンクが載っています。イベント開催日以外の日に登録施設を見るために構内に入ることはできませんが、「運転区高架貯水槽」なら、外側から見上げることができます。

 いかがですか?見に出かけてみませんか?いつ?今すぐに、出かけましょう!

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2011年11月18日 (金)

見逃すな!「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」

Shashinten8  11月20日(日)に催行する「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」で訪れる「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」の準備が完了しました。

 今夏開かれて大評判となった写真展では、かつて春野を走っていた気田森林鉄道、明治22年(1889)に我が国初の木材パルプからの製紙工場となった王子製紙気田分社、気田川の水力を使っての発電施設や堰堤の建設中の姿などを見ることができます。

 会場は、春野町気田の大原屋商店さんの隣り「コミュニティーバス待合室」。気田森林鉄道の1/45スケールの鉄道模型も動きますので、前回見逃した林鉄ファンは、この機会を見逃さないでください!

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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 ●「気田森林鉄道」は廃止されたのは、昭和34年(1959)…
 ●この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し…
 ●昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」…
 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
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 ●わが国最初の製紙会社「王子製紙」の創業は明治8年…
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2011年11月13日 (日)

旧国鉄車両に心ワクワク 二俣線の修復列車の車内公開イベント

Tenhamasen  鉄道車両の修復保存活動に取り組む天竜レトロ・トレインクラブは12、13の両日、浜松市天竜区二俣町の天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅西側空き地で車内公開イベント「レトロ・トレインフェスティバル~秋~」を開いている。入場無料。

 公開しているのは旧国鉄二俣線を走ったディーゼルカー「キハ20 443」とブルートレイン客車「ナハネ20 347」。汚れて放置されていたこの2両を同クラブが貴重な鉄道遺産として修復保存したいとJR東海や市と交渉。承諾を得て6年前からボランティアで作業を進めている。

 車内公開イベントは、市民に車両の存在とクラブの活動を知ってもらおうと定期的に開催している。クラブのメンバーらが車内整備の様子を来場者に説明し、ドア開閉体験(有料)や鉄道資料と鉄道模型の展示、鉄道グッズを販売している。収益は修復活動費に充てる。また初日はライトアップして夜汽車の雰囲気を演出した。

 クラブのリーダー山崎義和さんは「楽しみながら活動を続けています。仲間を募集していますので気軽に問い合わせて」と話した。クラブの活動内容などはホームページで案内している。(「静岡新聞」より)

 「はるの山城ウォーキングツアー」からの帰り道、「天竜二俣駅」に寄って来ました。そうか!これをやっていたんだ!

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2011年11月11日 (金)

気田森林鉄道の道床跡に残されたレール

Roban1  春野町の産業遺産として人気がある森林鉄道が運行していたのは、気田森林鉄道が昭和34年(1959)まで、熊切森林鉄道が同42年(1967)まで。国道362号「篠原トンネル」東から見下ろせば、杉川に架けられた「気田森林鉄道」の鉄橋「仙郷橋」跡。トンネルを抜けて左折し県道389号を進めばすぐに、かつては機関車が通っていた「小石間隧道」に、今でも出会うことができます。

Roban2  そんな林鉄のレールが敷設されていたのは、県道389号の対岸。川の縁に近い辺りに、今でも道床の名残が見られるかも知れません。ふと思いつき、林鉄の遺構を探索してみようと対岸へ渡りました。

 ありゃりゃ?これって、もしかしたら…。

 探索などと大袈裟なものではなくても、すぐにそれらしい平坦な道を見つけました。道の脇には、いかにも林鉄らしい石積みがあります。

 Roban7これって、きっと林鉄の道床だ!ここを走っていたに違いない!

 少し歩くと…。お~!。崩れ落ちそうな河岸に敷設されたままのレールまで残っているではありませんか。

 もう間違いありません。レールの隙間からは気田川の流れが見下ろせます。御料林で切り出した木材を満載した林鉄は、山側よりも河岸ギリギリに敷設された線路を走っていたのでしょう。

 約50年前まで使用されていた枕木は腐り、レールも赤錆びていましたが、廃棄された林鉄跡は今や大切な産業遺産。

 春野観光協会では11月20日(日)、「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」を開催します。詳細チラシは、こちらでダウンロードしてください!→産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅.pdfをダウンロード。ぜひ、ご参加ください!

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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 ●この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し…
 ●昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」…
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2011年10月21日 (金)

栃川沿いに敷設されたトロッコの軌道―「山の人生 川の人生」より

Rindo9  春野の郷土史家・木下恒雄氏が著した気田川畔民俗誌10「山の人生 川の人生」から引用させていただきます。

 あのトロッコの線路も、こゝずうっと使わんくなっちゃってるでの、錆び(鉄さび)ちやってるが、奥の方の丸太ぁ出すについちやぁ、あれやぁ重宝(ちょうほう)したにやぁしたゞいの。

 栃川はさ、途中川だで、年中、尻切れトンボでの、水が無くって枯れちやってるで、川狩り(丸太の搬送)よぉ仕様にも、肝心の水が無くって足りんで、出来るもんじやぁなかったでの。

Rindo8  その大雨が降ってもの、川狩りに要る水量の頃合いのえゝ時分というも、そう長くなかったで丸太ぁ流すにやぁ苦心したゞよ。そこで水ぉ溜めといて流すっていうのも、そうそう出来やぁせんでの、それにやぁ手間隙(てまひま)が要るでの。

 そんだでトロッコの線路ぉ敷いて、栃川が気田川へ出たところまで敷いてったもんだいの。

 そのトロッコに乗せた丸太はの線路ぉ西へ下って行って、その先の気田川の川岸が土場んなってたで、そこで直ぐと筏をかいて(筏を組む)天龍(川・浜松市中之町)へ持ってったゞいの。

 かつて春野町に敷設された線路と言えば、「気田森林鉄道」と「熊切森林鉄道」の名前が挙げられます。しかし、レールを敷いた木馬道とも言うべきトロッコ軌道は、栃川沿いでも活躍していたのです。

 坂下の赤い九里橋と交差するように、かつてトロッコ道だった「丸白林道」が残っていました。

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2011年10月15日 (土)

昭和27年「水窪町勢一班」―森林鉄道がある風景

Choseiippan0  いつも古い絵葉書を提供していただいている佐口行正氏から、昭和27年発行の「静岡県磐田郡 水窪町勢一班」を貸していただきました。町章と山住神社と思われる鳥居のある風景をあしらった青色の表紙。B6判28ページに資料写真と広告がついた小冊子です。

 目次は、「1.総覧2.土地3.人口及職業4.行政5.財政6.警察消防7.教育8.衛生9.社会事業10.宗教11.産業12.交通及通信13.金融」に分かれ、昭和27年(1952)当時の水窪の有り様を知るには貴重な資料となっています。

Misakubo688

Tetsudo1  先ずは、別添の「水窪町図」を紹介しましょう。町図には、書き込みがあり少し見難くなっていますが、まだ佐久間ダムの工事が始まる前でしたので、飯田線は水窪を通ってはいません。その代わりと言っては何ですが、凡例に「山林軌道」と記された「++++」の線が、「∴山王」を経て「戸中山國有林」まで延びています。

Tetsudo9  これが昭和15年(1940)に着工し、同28年(1953)には総延長21,310メートルまで延長された「水窪森林鉄道」の軌道。今まで、この鉄道に関する資料を見る機会は多くはありませんでしたが、この「町勢一班」には、鉄道が写っている写真が2枚掲載されています。

 1枚は「水窪榮林署戸中山事業所」、もう1枚は「戸中山へ向ふ森林軌道」。

 いかがでしょうか?写真は印刷のため荒れてはいますが、これが、「水窪森林鉄道」!見たかったあの森林鉄道の写真です。

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2011年7月30日 (土)

コミュニティーバス待合室で「氣田森林鐵道産業遺産文化展」

Shinrintetsdo4  春野町気田の大原屋商店さんの隣り「コミュニティーバス待合室」で、「氣田森林鐵道産業遺産文化展」が開かれていました。

 展示されているのは、このブログでお貸しいただき紹介した気田森林鉄道と王子製紙気田分社の貴重な写真。一堂に集められたこれらの写真を見に、ぜひ春野町をお訪ねください。

 いつまで?いつまで開催しているんだろう?森林鉄道の動画の上映会もあるんだって。

 詳しくは、春野観光協会(電053-989-0182)までお問合せください。

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2011年5月30日 (月)

「天浜線に親しみ」 親睦会兼ね見学 遠州鹿児島県人会の会員家族ら

Futamataeki  県西部在住の鹿児島県出身者らを中心に組織する遠州鹿児島県人会の会員家族ら40人余りが29日、掛川市から湖西市までを結ぶ天竜浜名湖鉄道の乗車と転車台見学などを楽しんだ。 

 総会を兼ねた親睦会で、一行は掛川駅から貸し切り列車に乗車。途中、天竜二俣駅で降りて国の有形文化財に登録されている転車台や扇形車庫、鉄道歴史館などを見学した。

 天竜浜名湖鉄道は昨年2月、九州の熊本と鹿児島両県を走る「肥薩(ひさつ)おれんじ鉄道」と交流協定を締結。人材育成や利用客拡大のための企画商品の共同開発などを進めている。

 遠州鹿児島県人会の大迫照忠会長(掛川市)は「鹿児島の鉄道と協定を結んでいると聞いて天浜線に親しみがわきました」などと話した。(「中日新聞」より)

 天浜線、大人気ですね。私にとっては二俣線は、中学校のグラウンドから見える線路。父の実家のある豊橋に出かける時に乗った懐かしい列車です。

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2011年5月29日 (日)

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」③峰之沢インクライン

Incline622_2  “北遠の威容”と称された龍山町の峰之沢鉱山(69年閉山)では、傾斜面にレールを敷いた「インクライン」が活躍。従業員やその家族を乗せ、天竜川岸から鉱山まで延長547メートル、高低差265メートルの急斜面を走った。(「静岡新聞」より一部引用)

 インクライン 天竜川岸と山上の作業所をつないだ峰之沢鉱山のインクライン(昇降運搬装置)。移動時間が徒歩に比べて大幅に短縮され、作業効率が向上した(1952年=昭和27年版『龍山村勢要覧』より)

 そして、上記の説明が付いた、乗客を満載したゴンドラの写真です。立ち乗り式で格子柵があるだけの構造。傾斜角度は30度に近く、かなりの急勾配だったことが分かります。

 この写真を見て「一度、乗ってみたかった」と思った人もいらっしゃるのでは?私ですか?私は、ちょっと…。

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2011年5月27日 (金)

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」①気田森林鉄道

Tetsudo204  平成23年(2011年)5月26日(木曜日)の「静岡新聞」、18、19面見開き特集は「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」。もう、お読みになりましたか?

 18面「写真で見る100年 気田森林鉄道“繁栄”も運ぶ」では、以前紹介したことがある、仙郷橋上に集合した森林鉄道の5台の機関車の写真が目を引きました。

 林業、商店、鉱山、遊興…。浜松市天竜区は、合併前の北遠5市町村それぞれに、富み栄えた歴史と文化がある。

 「王子製紙の工場が気田(春野町)にあった。にぎわっていると聞き、祖父は磐田の福田から裸一貫で出て来たようだ」

 古写真を見ながら、鈴木昭三さん(83)=同町気田=が振り返る。日本初の木材パルプが原料の王子製紙気田工場(1889~1923年)は、明治、大正期の気田の町に活気をもたらした。

 鈴木さんが気田の商店街で営むスーパーの裏にはかつて、気田営林署があった。元職員の井口厚さん(76)は今、奥山から木材を搬出していた「森林鉄道」の存在を思い出す。

Sengobashi6  昭和前半の気田森林鉄道(40~60年)は、篠原地区の貯木場を起点とする全長33キロ。丸太だけでなく、沿線集落への生活物資も載せた。「米や薬とか。門桁(水窪町)集落の人には欠かせない鉄道だった」と井口さん。(「静岡新聞」より一部引用)

 気田森林鉄道は、篠原の貯木場を起点に仙郷橋で杉川を渡り、小石間隧道で気田川河畔へ出て川沿いに北上していました。

 春野の気田と熊切の2路線のほか、北遠には水窪、龍山にも森林軌道、森林鉄道が運行されていました。このレールの歴史を埋もれさせてしまうのは、もったいなさ過ぎます。見てみたいですもんね?せめて、機関車の里帰りを期待しています。

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 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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 ●この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し…
 ●昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」…
 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
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 ●すでに、11基を紹介した「森林鉄道」のレールを再利用した春野の「半鐘台」…
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2011年5月22日 (日)

市制100周年で「夢列車」 天浜線フェスタ盛況

Festa  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)の「天浜線フェスタ」が21日、同区二俣町の天竜二俣駅構内で始まった。22日まで。年齢の合計が100歳の家族やグループを無料で招待した「100夢列車」も走らせた。

 親子連れを中心ににぎわい、列車の運転席で撮った写真を缶バッジにする企画や鉄道部品のオークション、プラレールの展示などが人気を集めている。

 天竜二俣―新所原駅間を往復する「100夢列車」は、浜松市制100周年を記念した市の「100夢プロジェクト」の一環。事前応募の参加者が乗車し、車窓を流れる新緑の風景を楽しんだ。

 天浜線サポーターズクラブの総会も開かれた。(「静岡新聞」より)

 浜松市制100周年を記念した「100夢プロジェクト」の催しは、北遠の各所でも開かれます。北遠だって「浜松市」なんですから、忘れないでくださいね。

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転車台公開に長い列 天竜二俣駅で天浜線フェスタ

Tensyadai  浜松市天竜区二俣町の天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅構内で21日、「天浜線フェスタ」が開かれて家族連れらでにぎわった。22日も午前10時から午後4時まで開催する。小雨決行。

 国の登録有形文化財で現在も現役で活躍する転車台などを一般公開。この日は特別に転車台で回転する車両に乗ることができるとあって、来場者は乗車の順番を待つ長い列をつくった。

 会場では鉄道部品などのオークション、運転席で撮った写真でオリジナルの缶バッジを作る体験、天浜線列車型目覚まし時計や限定の駅弁販売などもあって人気を集めた。

 また市制100周年を記念して年齢合計が100歳の家族などを招待した「天浜線100夢列車」が運行。天竜二俣-新所原駅間を往復し、車内でガイドが沿線案内や国の登録有形文化財について説明して乗客を楽しませた。(「中日新聞」より)

 先ほど、双竜橋でカメラを構えた人を見ました。おや?と思ったのですが、これだったんですね。

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2011年5月20日 (金)

たかが廃レール、されど廃レール―瀬尻森林鉄道

Rail1  「たかが廃レール、されど廃レール」

 これまでに、ずい分多くの赤錆びたレールを見てきました。「たかが廃レール。鉄屑じゃん」と言われる人もいらっしゃるとは思います。

 これらのレールには、鉱石を運び出すために敷設された軌道用のものもありましたが、その多くは、かつて「天竜美林」の良材を運び出した森林鉄道・森林軌道に使われたもの。樹齢40年、50年の杉やヒノキを伐採し、ワイヤーを使った索道や木製の橇「木馬(きんま)」を使って軌道敷まで下ろし、鳶口を操って台車に乗せ、レールの上を鉄の車輪を擦らせながら川岸近くの集材所まで運ばれました。

 そこから先は、筏に組んだり組まなかったり、大量の木材が川を流れました。

Rail7  その後、道路が拡張され、運搬用のトラックのパワーが増し、森林鉄道は役割を終え、ダムができることにより川を流れる木材も姿を消しました。

 運搬システムの近代化により、木材の供給は効率化されました。林業従事者の負担も減るとともに、木材需用が増加したのですが、効率化の行き着く先は外国産木材の輸入。現在の北遠林業の不振へと流されて来ました。

 「たかが廃レール」ではありますが、「されど廃レール」。効率化と過剰なコスト意識がもたらした世界は、私たちが望んでいた理想とはかなり違っていたような気がします。

 前回の写真は右肩下がりのレールでしたので、せめて今回は右肩上がりで撮影してみました。

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2011年5月15日 (日)

道路脇に放置された瀬尻森林鉄道の廃レール

Rail9  かつて、旧御料林で伐り出した材木を運び出すために、森林鉄道が敷設されていたのは、すでに紹介した通りです。起点となったのは、「龍山ふるさと村」の奥。そこに行けば、何らかの痕跡が残っているはず。

 そう思って訪れたのは、瀬尻スギ展示林の少し手前。この辺りにきっと、何かがあるはずです。

Rail8 見つけるまでに時間はかかりませんでした。車を停めたすぐそばに、廃レールが1本。少し歩くと、廃レールを再利用して作った構造物の一部が、あっちに1組。こっちに、もう1組。

 断面を見せている1本を見れば、この鉄材が森林鉄道のレールであったことが分かります。

 運用が開始されたのは、昭和4年(1929)。同36年(1961)に廃線となるまでの32年間、この瀬尻の奥で響いたエンジン音。この廃レールが実際に使われたものかどうかは分かりませんが、レールが外されたのはわずか50年前のことです。

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2011年3月29日 (火)

3年経過してここまで進んだ佐久間線「蛭田架道橋」

Hiruta2  「佐久間線」と光明小学校のすぐ横を通る道が交差するのが「蛭田架道橋」。現在も残る金属銘板によれば…

 設  計 日本鉄道建設公団名古屋支社
 施  行 住友建設株式会社
 設計荷重 KS-14
 基 礎 工 基礎ぐり石工
 基礎根入 天端から 7M59
 着  手 昭和46年8月10日
 しゆん功 昭和47年3月16日

Hiruta5  佐久間線の設計は、もちろん「日本鉄道建設公団=鉄建公団」。施行には、池崎工業、北都組や五洋建設のほか、老舗の財閥系、住友建設も携わりました。

 阿蔵の玖延寺南の「白山隧道」の完成は昭和44年3月。そして、「蛭田架道橋」の完成は昭和47年3月。丸3年を経過して、「佐久間線」の工事はここまで進みました。

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2011年3月26日 (土)

光明小学校脇を抜ける「佐久間線」の築堤

Chikutei3 未成線に終った「佐久間線」遺構への再訪―「二俣川橋梁」を渡って北に進めば、未だに道床跡の築堤が残っています。

 築堤の上に登り見通してみると、光明小学校の脇を抜けてほぼ真っ直ぐに北上しているのが分かります。夏には草が生い茂る盛り土ですが、所々がコンクリートで強化されています。

Chikutei9 この築堤の上を列車が走ることにより、道路は架道橋の下を通ることができます。この間は踏み切りがなく、要するに立体交差。今、遠州鉄道西鹿島線がやろうとしていることを、佐久間線では当初から計画済み。

 しかし、今となっては開発の邪魔?船明に残っていた築堤は、「船明隧道」に近い一部を残して壊されています。いざ、壊されるとなると残したくなるのは、人間が生まれ持っている保守性でしょうか?

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2011年3月25日 (金)

見果てぬ夢―佐久間線「二俣川橋梁」跡

Tekkyo9  未成線に終った「佐久間線」遺構への再訪―誰もがよく知っている「二俣川橋梁」を紹介します。

 二俣川の左岸(二俣側)に架道橋となったであろうコンクリート柱あり、右岸(山東側)には架道橋の橋梁部分が外された(あるいは元々なかったか?)柱だけが残っています。そして、川のほぼ中央にT字型の橋脚が立ち、おそらくその3点に支えられてガーダー橋と呼ばれる鉄の橋梁が渡される予定だったと思います。

Tekkyo4 静かに流れる二俣川の川面には、橋脚の姿が逆さに映ります。橋脚が映るのなら、きっと橋梁やその上を走る列車や乗客の笑顔も映し、「山東駅」近くで速度を落とした列車が通りかかれば、きっと一斉にシャッター音が響いたはず。

 ところが、現在では…。

 光明電気鉄道が廃線に追い込まれたにも関わらず、見果てぬ夢を追い求め再び北を目指した「佐久間線」。総工費81億円の予定で建設を開始した「佐久間線」は、昭和55年(1980)国鉄再建法により工事が凍結され、そのまま中止へと追い込まれました。今からわずか32年前の出来事です。

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2011年3月24日 (木)

佐久間線遺構―「川中函きょ」と「山王架道橋」

 未成線に終った「佐久間線」遺構への再訪―「川中函きょ」と「山王架道橋」を紹介します。

 「山王隧道」を抜けて北へと続く「佐久間線」の道床跡は、築堤のまま残っています。すでに紹介した「引田函きょ」の次に見られる建造物が、「川中函きょ」と「山王架道橋」です。

 「函きょ」とは「函渠」のこと。「函」とは四角のこと。道路や堤防などの下に設置される箱形水路のことです。「川中函きょ」の場合は、工事用のウマがありましたが、歩いて通り抜けることが可能。確かに水が流れる溝が設けられています。

 「着手 昭和42年7月12日 しゆん功 昭和44年3月11日」の銘板プレートが嵌め込まれたまま。

Kawanakakankyo5 Kawanaka8

 「架道橋」とは、道路を跨いで架けられた橋。俗に言う「ガード」のことです。 もちろん、車で通り抜けることができます。

 「山王架道橋」の銘板には「着手 昭和42年7月12日 しゆん功 昭和44年3月11日」の文字が。

Sanokadokyo7 Sanno1

 この2つの遺構はともに、五洋建設株式会社によって同時に着工し、同時に完成。この先で二俣川を渡った辺りに「山東駅」が設けられる予定だったようです。「山東駅」を過ぎれば、「佐久間線」は「船明駅」を目指します。

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2011年3月15日 (火)

小冊子「日本一の佐久間ダム」―「天龍川附近略図」

Ryakuzu6  「佐久間ダム」建造工事の着工は昭和28年(1953)、完成は3年後の同31年(1956)。ところが、小冊子「日本一の佐久間ダム」(天龍川水系開発協力会)の発行は、昭和30年(1955)11月10日となっています。つまり、これは「佐久間ダム」工事中に発行されたもの。

 もちろん、完成後のダム堤体の写真はなく、あるのは工事中のものだけ。大変興味深い記事が掲載されていましたが、裏表紙には「天龍川附近略図」が掲載され、当時の鉄道や軽便鉄道の路線が図示されています。

 その中から、気づいたものを紹介してみます。

 国鉄東海道本線「浜松駅」が開業したのは明治21年(1888)、「島田」「掛川」「堀ノ内」「弁天島」「豊橋」の各駅が同時に開業しています。翌22年(1889)に「中泉駅」が開業し、昭和17年(1942)、現在の「磐田駅」に駅名変更されました。「新所原駅」の開業は昭和11年(1936)。後の二俣線となる二俣西線の新所原―三ヶ日間開通に伴ない、新所原仮信号場から一般駅へと昇格されました。

 「堀ノ内駅」が現在の「菊川駅」の駅名変更されたのは昭和31年(1956)でしたので、この小冊子が発行されたのは、その前年。したがって、「略図」の駅名は「堀之内」とされています。

 前述の国鉄二俣線(現在の天竜浜名湖鉄道)は、昭和15年(1940)全線開通。浜松市を南北に走る赤電、遠州鉄道西鹿島線の開業は明治42年(1909)。西鹿島線に路線名変更したのは昭和39年(1964)のこと。同30年には二俣電車線と呼ばれていたようです。

 「浜松駅」から「奥山駅」に延びる軌道は、懐かしい遠州鉄道奥山線。大正3年(1914)に開業し、昭和39年(1964)に廃止されました。

 「本長篠駅」から「三河田口」へと延びる軌道は豊橋鉄道田口線。木材輸送を目的に開業した軌間1067ミリの路線でしたが、昭和4年(1929)開業、同43年(1968)廃止。

 「袋井駅」から「森駅」に向っているのは、静岡鉄道秋葉線。明治35年(1902)馬車鉄道として開業、大正12年(1923)静岡電気鉄道、昭和37年(1962)廃止。 「袋井駅」から「横須賀駅」には中遠鉄道が走り、大正3年(1914)開業、昭和42年(1967)廃止。

 「堀之内駅」と「横須賀駅」を結ぶのは堀之内軌道でしょうか?明治32年(1899)開業、昭和10年(1935)廃止。「金谷駅」と「千頭駅」間には、昭和24年(1949)に電化された大井川鐵道大井川本線が描かれています。

 「佐久間ダム」との関連で忘れてはいけないのが、国鉄飯田線。「辰野駅」は明治39年(1906)に官設鉄道中央線途中駅として開業、同42年(1909)に伊那電車軌道開通、現在の飯田線の終着駅になりました。もちろん、「略図」の中の飯田線は、水没した旧路線ではなく、「水窪駅」を経由する付替え路線で描かれています。

2011年3月13日 (日)

「御大典記念繪葉書」に見る過渡期の「龍山の林業」

 龍山町西川の特定郵便局を務めた和田芳博氏収集の膨大な絵葉書コレクションの中には、もちろん地元北遠のものもいっぱい。そんな古い絵葉書をお借りして、忘れてはいけないかつての北遠を振り返ってみましょう。

 今回の紹介は、「靜岡縣磐田郡龍山村保護土工森林組合」発行の「御大典記念繪葉書 龍山の林業」。

 ここで言う「御大典」には、大正4年(1915)11月に行われた大正天皇の即位の礼と、昭和3年(1928)11月に行われた昭和天皇の即位の礼の2つの可能性があります。大正か?昭和か?その時代を特定するヒントを、7枚の絵葉書の中に探ると…。

 先ずは、「龍山村ノ山林(瀬尻御料林内木材集積ノ景)」に写る1筋の軌道に着目してみました。

 これが瀬尻森林軌道だとすれば、旧開線が運行を開始したのは昭和4年(1928)。となると、大正天皇ではなく、昭和天皇の即位の礼ということになりますが、これは昭和3年(1927)でしたので、1年のズレがあります。

 しかし、ここで考えてみてください。天皇の即位の礼とは、1日で終ったわけではありません。思い出してみれば、現在の天皇の即位の礼・大嘗祭などの儀式は、平成2年(1990)1月23日の期日奉告の儀から始まり、約1年間かけて行われました。

 昭和天皇の即位の礼を祝う「御大典記念」の絵葉書が、翌年に発行されたとしても不思議ではありません。別の考え方をすれば、森林軌道が運行を開始する前に、レールだけが敷設されていた可能性もあります。

 もう1枚には「龍山村ノ山林(木材ヲ橇ニテ搬出スル景)」とあり、木材を積んだ木馬(きんま)が木馬道を引かれる様子が写っています。

 だとすれば、山は、木馬から森林軌道へと変わる時代。とは言え、当時はまだガソリン機関車は導入されず、人力ブレーキで軌道を下り、帰りは人力で台車を押し上げる方式。ちょうどそんな過渡期に発行されたのが、この絵葉書であったのかも知れません。

 …などと、あれやこれや考えながら、北遠の歴史を振り返ってみるのも、たまには良いものです。これが、カラー写真だったら、キレイな天竜美林が見られたのでしょうけどね。

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2011年3月12日 (土)

天竜川に下りる階段―峰之沢インクラインの廃レール

Rail6  峰之沢鉱山が操業していた時代、下平山に、天竜川河畔から山腹の選鉱場などを結ぶインクラインが活躍していました。明治21年(1888)に利用が始まり、昭和25年(1950)には総延長550メートルの全線が完成、同38年(1963)に廃止。その間、鉱山関係者や地元住民の貴重な足となり、何人かから「乗ったことがある」との話を聞くことができました。

 前回、インクラインに使われていたものと思われる廃レールを紹介しましたが、今回は県道286号沿いの吊り橋、峰之沢橋の南。天竜川に設けられた鉱石船への積み込みか廃水沈殿槽と思われる施設に降りる階段の手すりには丸い鉄パイプが使われていますが、骨組には廃レールが利用されています。

Rail7  終点までの間に3ヵ所のプラットホームと呼ばれる施設があり、そこだけが複線となり、上りと下りとがすれ違ったのだそうです。急傾斜のため、鉱石を積む貨車も台車が斜めに作られ、人間は吊り革にぶら下がりながら上り下りをしたとのこと。

 終点には、供給所と呼ばれるマーケットや映画館、共同浴場、ビリヤードなどの娯楽施設もあり、山は不夜城の如く煌々と照らされ、夜道も難なく歩くことができたそうです。

 「怖かったのは、戦時中。米軍の飛行機に1度だけ爆弾を投下されたんだけど、向こうの山に落ち、こっちに被害はなかったんだ。明かりを目掛けて爆弾と落とそうとしたんだとうけど、こんなに山が迫っていて狭いところだったんで、ずい分高いところから落としたんだろうなあ?」。

 鉱石は一旦索道を使って対岸の青谷に運び、そこから阿蔵までは鉱石船で運ばれたそうです。昭和15年(1940)には、阿蔵(遠江二俣駅)からは国鉄二俣線が東西に延び、東海道線と接続するようになっていました。

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2011年3月 6日 (日)

峰之沢に残るインクラインの廃レール

 Minenosawa8龍山町下平山―佐久間の久根とともに北遠の銅鉱山として知られた峰之沢鉱山がありました。

 この山に、昭和25年(1950)、天竜川河畔から山腹の選鉱場などを結ぶ長さ550メートルのインクラインが完成。同38年(1963)に廃止されるまで、鉱山関係者や地元住民の貴重な足となっていました。

Rail5 昭和44年(1969)の閉山以後、現在では何ヵ所かのプラットホームと呼ばれるコンクリート遺構が残るだけですが、旧選鉱場跡付近でインクラインに使用されていたと思われる錆びたレールを見つけました。

 レールの太さは、よく見る森林軌道などに使われていたものと同じサイズ。仕組みを理解Rail3しているわけではありませんが、インクラインがケーブルカーのようなものだったとすれば、敷設されたレール軌道の上を、人や鉱石を乗せた箱が上ったり下ったりしていたのだろうと思います。

 これまでに、森林軌道廃レールの数々の再利用をレポートして来ましたが、今回はインクラインの廃レール。何に使っていたのかは分かりませんが、フェンスのように組んでありました。

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2011年2月27日 (日)

未成線「佐久間線」の北限「谷山隧道」

Tunnel4  未成線「佐久間線」の工事は昭和42年(1967)から始まり、同54年(1979)に中止されたと聞いていました。ところが…

Tunnel1  「佐久間線」の最北のトンネル「谷山(ややま)隧道」の北坑口を訪ねてみました。そこは、国道152号横山橋のすぐ南の道路より1段高くなったところ。南から北へと向っていると見えませんが、北から南へ向っている時にちょっと視線を上に向ければ気づくはず。

Tunnel3  坑口には、見慣れた柵で塞がれていましたが、中には電気が引き込まれているようです。トンネルの壁面には、竣工年と思われる数字が刻まれています。その数字は「1980」。トンネル外のコンクリート壁の数字も「1980-7」。これは、1980年まで工事が続けられていた、ということではないのでしょうか?

Insyohyo5  トンネルの延長は、橋梁を架けて天竜川を渡る予定だったようですが、どうやら、この辺が「佐久間線」工事の北限。それを示すように少し高い位置に、国鉄の所有地であることを示す、「工」の字が刻まれた「引照標」が立っていました。

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ありました!光明電気鉄道「大谷隧道」南坑口跡

Ooyazuido6  拝啓 okatyさま、おじさんバイカーさま

 予想外の好天に恵まれ、痒い目をこすりながら旧光明電気鉄道大谷(おおや)隧道の南坑口を探しに行って来ました。

 ありました!ありました!既に埋め戻され、わずかに上端部と笠石、右側の擁壁の一部が覗くだけでしたが、大谷の山の中に、かつての夢の跡を見ることができました。

Ooyazuido7  場所は、宇佐八幡神社を通り過ぎ、船久保(ふなくぼ)の厩舎の奥に少しだけ入ったところ。ただし、かなり見つけにくい状態でした。

 地元の人の話によれば、電鉄の路盤は「内山真龍資料館」側の予定だったようです。「トンネルは、大谷西沢ダム工事の時に埋められたんだ。もちろん、歩いて抜けたことはあったよ。光明電鉄か佐久間線のどちらかが完成していれば、ダムの堆砂を運び出すのも楽だっただろうになあ?」とのこと。

 これで、北遠の光明電鉄リサーチは一通り終了かな?何か出てきたら、すぐに飛んで行くことにします。 敬具

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2011年2月26日 (土)

廃レールで造られた佐久の半鐘台を見つけました。

Saku4  旧天竜市佐久の山を走っていたらしい森林軌道の話は、昨年(2010)8月。その証拠とも言える廃レールで造られた半鐘台が、現在では防災無線塔に代わっているとの紹介でした。

 ところが、光明山からの帰り道、光明山林道から国道152号へ出ようと車を走らせ、あと少しで152号に出るすぐ手前で、写真のような梯子状の鉄骨を見つけました。ここは、大川。佐久のすぐ隣りの地区です。

Saku5 鉄骨は細いレールですので、森林軌道に使われたものに違いありません。1面に10本の横桟を張り、梯子のようにしています。先に行くに連れ少し間隔が狭くなり3脚の構造。先端には横桟が張り出し、半鐘を釣っていたようです。

 その場では、写真だけを撮って来ました。自宅に戻り、以前紹介した写真、HP『遠州・万斛の郷』「火の見櫓」のページで使われていた写真と見比べてみました。さて、どうでしょう?これが、廃棄された佐久の半鐘台でしょうか?期待が高まります。

Tenryu203 そして、その結果は、3脚の構造、横桟の数、半鐘を釣った横桟の形などから、写真に残された佐久の半鐘台と同一だと判断しました。

 どんな経過でここのあるのかは分かりません。佐久の森林軌道は、木馬道にレールを敷いただけの簡易な人力軌道だったのかも知れません。しかし、これが佐久を走っていたらしい森林軌道のものだとすれば、貴重な近代化遺産です。

 それにしても、私がここで車を停めたのは、まったくの偶然…?道路脇に祀られた祠な気になっただけでした。もしかしたら、この小さな祠の引き合わせ?そうでないかも知れませんが、そうかも知れません。

 それにしても、私の「北遠詣」は「偶然の積み重ね」。でも、そんな「偶然の積み重ね」のことを、世の中では「必然」と呼んでいるのかも知れません。

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2011年2月21日 (月)

もうすぐ桜の季節―佐久間線二俣橋梁の遺構

Sakura5  もう1度、未成線と呼ばれる「佐久間線」の遺構を訪ねてみようと思い立ち、二俣川辺りを歩いてみました。

 順番よく南側から紹介しようとも思ったのですが、何とピンクの花が咲いているではありませんか。もしかしたら、北遠の桜開花情報の第一弾かも…?

 場所は、二俣川沿いの桜並木。ここの桜はソメイヨシノだとばかり思っていたのですが、佐久間線の二俣川橋梁跡の橋脚が残る辺りの数本は河津桜だったようです。

 ところで、…

Sakura9  すぐ南に残る築堤の護壁コンクリートに残る年号は「1972-3」。つまり1972年(昭和47年)3月に竣工したということ。

 二俣川中央の橋脚は、天竜川の川運に変わる鉄路を目指し、ここにこうして立ち始めてからまもなく39年の歳月が過ぎます。いつまで経っても列車は走らず、レールすら敷かれず、かと言って撤去もされず、楽しみは毎年咲く桜の花を眺めることだけ。でも、どこか寂しげな風景…。

 河津桜が咲き始めれば、北遠の春ももうすぐです。

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2011年2月18日 (金)

近代化遺産―光明電気鉄道「阿蔵隧道」南口

Tunnel  前回、北口を紹介した光明電気鉄道「阿蔵隧道」の、ここが南口です。

 「光明電気鉄道」は昭和5年(1930)に「二俣町駅」まで開通してから、わずか6年後には全線運転休止に追い込まれた「夢の鉄道」。

 明治22年(1889)、東海道線の東京新橋~神戸間が全通して以来、その主要駅を結び南北に伸びる軽便鉄道が生まれ、そのほとんどが、昭和30年代には、バスや自家用車の普及にともない鉄道の利便性を失い、廃線へと追い込まれてしまいました。

 光明電気鉄道も、そんな日本の近代化の遺産。パンタグラフ式の最新型電車が、時速50-60キロ、「中泉駅」~「二俣町駅」間19.8キロを約50分で運行していました。

 やがては歴史の彼方へと忘れ去られてしまう運命だとは思いますが、その遺構が今でも残っているのなら見ておきたい、と思い、民家の裏手にある坑口を撮影させていただきました。

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2011年2月17日 (木)

「花桃の里」奥に残る旧佐久間線「河内川橋梁」跡

 「ねえねえ、知ってる?『花桃の里』の奥に、鉄橋の跡があるじゃん。あれって、佐久間線が通る予定だったんだって。ほら、『夢のかけ橋』と、ワインセラーになっているトンネルの間の…」。

 つまり、「第二天竜川橋梁」と「相津隧道」との間の橋梁のことですね?その橋梁の名前をご存知ですか?もし、ご存知でなかったのなら覚えてください。「河内川橋梁」と言います。もちろん、正式には旧佐久間線「河内川橋梁」跡ですが…。

 「ええ、どうして分かるの?」。だって、書いてあるじゃん?橋梁の橋桁には、嵌め込まれた銘板がそのまま残されています。

河内川橋りょう
設計 日本鉄道建設公団名古屋支社
施工 株式会社 北都組
設計荷重 KS-14
基礎工 直接基礎
基礎根入 天端から6.9M
着手 昭和50年1月26日
しゅん功 昭和50年2月19日

 「佐久間線」の工事は昭和42年(1967)から始まり、同54年(1979)に中止されましたが、建設工事は北へ北へと進み、同50年(1975)には相津まで到達していたことになります。

Kochigawakyoryo0 Kochigawakyouryo3
Plate9 Plate8

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2011年2月14日 (月)

出口はどこだ?佐久間線「船明トンネル」跡再訪

Funagiratunnel8  未成線に終った「佐久間線」の工事は昭和42年(1967)から始まり、12年後には中止されました。その年号を頭に刻み、以前紹介した「船明トンネル」を再訪しました。

 山東から船明へと続く「佐久間線」の築堤は、いくつかあった函渠跡とともに壊されていますが、旧「船明小学校」跡と「船明公会堂」の間にある「大池函きょ」からは壊されずに残っています。草も枯れて歩きやすいので、前方に見える「船明トンネル」の坑口を目指して築堤の上を歩いてみましょう。

Funagira9  トンネルの坑口は、当然「立入禁止」。トンネル外の庸壁にはクラックが入り、老朽化が伺われます。銘板によると…

船明トンネル
型式 1号型
延長 918M.3
設計 日本鉄道建設公団名古屋支社
施行 大日本土木株式会社
着手 昭和44年10月6日
しゆん功 昭和46年5月31日

Plate0  コンクリート庸壁に刻まれた数字は「1970-12」。つまり昭和45年(1970)12月に竣工し、トンネルはその6ヵ月後の完成です。この後、佐久間線は北を目指して天竜川を渡り、対岸の伊砂を経た後再度鉄橋を渡って相津へ。「相津トンネル」を抜けて次に顔を出すのは横山の予定でした。

 あれから40年―北遠の何が変わって、何が変わらなかったのでしょうか?今は、その遺構の存在を知られることもなく、918.3メートルの「船明トンネル」を進めば、国道152号の路盤下で天竜川の水面を望む場所に顔を出しますが、地域活性化の長いトンネルの先は、どこに出られるのでしょうか?

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2011年2月 6日 (日)

伊砂の河原に旧「佐久間線」の遺構を訪ねて

Tunnel  「川の交通を失う以前、鉄道で北を目指したことが2度あった」とは、二俣で聞いた話。1度目は、昭和5年(1930)に「二俣町駅」までが開通した「光明電気鉄道」であり、2度目が同42年(1967)に着工、12年後に中止された「佐久間線」。未成線に終った旧国鉄「佐久間線」の遺構を訪ねてみました。

Tunnel6  今回訪ねたのは、「船明隧道」の北口と現在の「夢のかけ橋」の手前で天竜川を渡る予定だった第一天竜川橋梁跡。天竜川右岸の県道360号の伊砂(いすか)ボートパークの辺りから対岸、「船明隧道」と「大川トンネル」の間の白いガードレールが途切れた場所に目をやれば、国道152号下にぽっかりと口を開けた旧佐久間線「船明隧道」の坑口跡が見えます。対岸がかなり遠いのと、午前中の撮影のためあまりよい写真ではありませんが…。

Kyochu8 そして、水位が下がった河原に下りてみると、細い竹に覆われたコンクリート建造物がありました。トンネルの坑口を見通してみると、これが橋梁の橋台だと思われます。普段なら水面下に沈んでいるはずの河原には、鉄道の敷地で見られる「工」の標識杭(引照標)が残されていましたので、間違いありせん。

Hyoshiki 日本人が元気だった頃―そんなに昔ではない近代化の時代に、私たちは北遠、長野県を抜けて列島を横断、日本海を目指したのです。

 確かに、無謀とも思える計画でしたが、例え展望のない夢だったとしても、寒さに肩をすくめ「現実的」というポケットに手を突っ込んだまま北風に吹かれている私たちよりも、まだマシだったような気がします。

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2011年2月 5日 (土)

阿蔵に残された未成線「佐久間線」の遺構④―白山隧道南坑口

 阿Hakusanzuido3蔵(あくら)の玖延寺(きゅうえんじ)の南で坑口を見つけた未成線「佐久間線」の「白山隧道」―その反対口が気になっていました。地図上の築堤を真っ直ぐに南に伸ばすと、天竜浜名湖鉄道神田トンネルの近くに出てしまい、旧「遠江二俣駅」の方には辿れません。

 トンネルがカーブしていると推論し、だいたい、あの辺と見当は付けるのですが、この目で確かめてみないことには、すっきりとしません。

 Hakusanzuido7その結果、「八握神社(やつかじんじゃ)」の南の住宅裏の竹や草に埋もれた中に、いかにも鉄道トンネルらしいコンクリート建造物が見つかりました。間違いありません。これが、「白山隧道」の南口です。

 ひっつき虫だらけの斜面を登ってみると、坑口の外壁には、金属プレートが取り付けられたままでした。草を取り除いてみると…

Hakusanzuido4 白山ずい道
 型式 1号型
 延長 364M.00
 設計 日本鉄道建設公団名古屋支社
 施工 株式会社 池崎工業

 侵入防止の金網の奥が左へ緩やかにカーブしているのが見えます。そうか、やっぱり、この坑口は南口と言うよりも西口。路線は西からトンネルに入りカーブしながら北に出ていたのです。

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2011年1月20日 (木)

阿蔵に残された未成線「佐久間線」の遺構③―白山隧道

Hakusan4  「佐久間線」遺構探しは、阿蔵の築堤を南下、「白山隧道」北坑口を目指しました。玖延寺の第二駐車場脇の土手を登るまでもなく、もうトンネルの出口が見えています。では、失礼して築堤を登り…。

 遠目からトンネルを眺めると、写真のような感じ。坑口には立ち入り禁止の金網が張られています。何か、情報につながりそうなものはないかな?さらに近づいてみると…。

Syunko6  トンネル外のコンクリート壁に「1974-3」の数字が、意味ありげに彫り込まれていました。「彫る」と言うよりも型押ししたような文字ですが、この数字が意味するものは何でしょう?先ず、すぐに思い浮かぶのは「1974年3月」の意味。もしかしたら、このトンネルの竣工年月?

 もう1つ北に残る「山王隧道」に残る金属プレートについては、先に紹介した通りです。そこに刻まれたデータによれば「昭和42年7月12日着工 昭和44年3月11日竣工」。念のためコンクリート壁に押された数字を確認すると「1969-1」。西暦1969年は昭和44年ですので、コンクリート壁工事が「昭和44年1月」に竣工したと考えれば、「1969-1」の意味が分かります。

 その推論を「白山隧道」に当てはめて考えてみると、「1974-3」は「昭和49年3月」の意味となり、このコンクリート壁の竣工は昭和49年3月であったと考えられます。

 「佐久間線」工事は、昭和42年(1967)に着工され、同55年(1980)に中止。この路線が開通していたとしたら、北遠は今よりもずっと活気のある地域となっていたのかも知れない―などと考えながら、築堤の斜面を駆け下りました。

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2011年1月19日 (水)

阿蔵に残された未成線「佐久間線」の遺構②―玖延寺函渠

Plate5 引き続き、「佐久間線」遺構の話題。道草のススメです。

 阿蔵(あくら)の函渠やトンネルに残された金属プレートには、未成線が旧国鉄であったことが示されています。

 先ずは、「山王ずい道 設計 日本鉄道建設公団名古屋支社 施工 五洋建設株式会社」、2枚目は「玖延寺函きょ 設計 日本鉄道建設公団名古屋支社 施工 五洋建設株式会社」、3枚目は「阿蔵川橋りょう 設計 日本鉄道建設公団名古屋支社 施工 住友建設株式会社」。

 「日本鉄道建設公団」とは、「鉄建公団」などと呼ばれた、旧国鉄の鉄道建設事業を行なっていた特殊法人の名称です。国鉄に代わって新線建設を行い、完成した鉄道施設を国鉄に貸し付けたり、譲渡したりするために発足した組織です。

 つまり、これが、「佐久間線」が私鉄ではなく国鉄だった証。あちこち道草をしながら歩いてみれば、いろいろなものが見つかります。

Plate7_2 Plate1

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2011年1月17日 (月)

阿蔵に残された未成線「佐久間線」の遺構①―阿蔵川橋梁・天王隧道

Sakumasen2  久しぶりに未成線「佐久間線」の話題です。昭和42年(1967)に着工、12年後には中止された「佐久間線」は、旧国鉄二俣線「遠江二俣駅(現・天竜二俣駅」から飯田線「中部天竜駅」までの約35キロの路線として開通する予定でした。

Tunnel3 その遺構は、阿蔵の「玖延寺(きゅうえんじ)」手前。コンクリート製の橋梁が見えて来ました。土手を上り築堤を北に進むとトンネルの坑口も残されています。

 「これって、何ですか?」と、近くにいた地元の人に声を掛けて聞いてみました。「昔造ろうとしていた鉄道の跡」「佐久間線?」「そう。知ってるの?」「ええ。でも、ここに残っているとは知りませんでした」。

Akura 自宅に戻り、パソコンを立ち上げ、ネットで「国土地理院」の地図検索サービス「ウォッちず」で確認してみると、トンネルは以前紹介した「山王隧道」の南坑口で、シートで覆われた中では、現在ホワイトアスパラの栽培がされているニュースが伝えられたトンネルです。

 そうか!「遠江二俣駅」からほぼ真っ直ぐ北に進んでいた「光明電気鉄道」の路線とは違い、「佐久間線」は、こんなに東を迂回してたんだ。もし、この「佐久間線」が開通して「飯田線」に乗り入れていれば、長野県まで繋がったんですけどね。

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2011年1月12日 (水)

絵葉書「南天龍峡 三信鐵道線」より③―中部全景

Chubutenryu495  昭和12年(1937)8月8日のスタンプが押された古い絵葉書「(天龍川沿岸)中部天龍驛頭 南天龍峡下り」には、2枚続きの「(南天龍峡)佐久間水窪口及中部天龍両驛ノ全景」―下に並べた其一と其二からは、中部全景がパノラマ写真で蘇って来ます。

 この絵葉書は、佐口行正氏からお借りしたもの。その佐口氏は磐田市出身で磐田市在住ですが、佐久間出身で千葉県在住の夏目さんにしてみれば不思議らしく、「佐口行正氏のお陰で昔の事がよく分かります。色々と懐かしいです。楽しみです。佐口氏は中部の出身でしょうか?」とのメールが届きました。

 この絵葉書は、夏目さんの生まれる前の佐久間の風景ですが、いかがですか?

 そして、もう1枚お目にかけましょう。上に掲載したのは、お馴染みの風景―「(南天龍峡)天龍川橋梁ノ美観」。以前、夏目さんから見せていただいた写真とほぼ同じ構図です。ただし、少しだけ違っているのは、川に浮かんでいる3艘の筏(いかだ)。

 絵葉書が購入されてから20年経った昭和30年(1955)には、「佐久間ダム」建設に伴なう飯田線の付け替え工事により、「天龍川橋梁」はコースを変更。昭和16年(1941)「佐久間驛」へと名称を変更した旧「佐久間水窪口驛」は、現在の位置へと移転しました。

 夏目さん!いかがですか?佐口氏は磐田の人です。

Chubutenryu492_2 Chubutenryu493

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2011年1月11日 (火)

「栃生会 思い出の掲示板」に描かれた「水窪森林鉄道」の痕跡

Shinrintetsudo0 水窪ダムを訪れたことがある人なら、みんな知っている「栃生会 思い出の掲示板」―湖畔に建てられていて、ダム建設により水没した家々や廃村となった集落と、「諸久頭」「小又村」「瀬戸尻」「戸中村」に点在したかつての人々の暮らしが、今はこの「掲示板」のイラストマップの中に残されています。

 イラストマップの中央を縦断している水色の蛇行が、「水窪ダム」により堰き止められた「戸中川」。そして、川に沿って延びる黒いラインは、「(営林署)戸中山森林山用軌道」。これが、あの「水窪森林鉄道」と呼ばれる線路の軌跡です。

Grating7 現在の「天竜森林管理署水窪森林事務所」は、かつての「東京営林局水窪営林署」。「水窪森林鉄道」はここから延びていました。以前紹介した通り、今でも赤錆びたレールが山積みされていますが、その他にも、排水路の覆い「グレーチング」に使われているのも、実は9本のレールを裏返しに並べられた再利用なのですが、お気づきでしたか?

 「水窪森林鉄道」が廃止されたのは、昭和42年(1967)。そろそろ、いろんな資料が出て来てほしいのですが…。

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2011年1月 7日 (金)

廃棄された森林鉄道の廃レール利用の半鐘台

Hansyodai7  春野町長蔵寺で見つけたのは、3基の古い半鐘台や火の見櫓。すでに役目を終え廃棄されていたものとのことですが、そのうちの1基は、何度となく紹介している森林鉄道のレールを再利用したものでした。

 ここは、春野ですから、気田森林鉄道か?熊切森林鉄道の廃レール?もしかしたら、私の知らない森林軌道のものかも知れません。今までに紹介した半鐘台が廃棄されたものか?あるいは未チェックだった半鐘台か?台の三脚部分に廃レールが使われています。

 春野の山里に敷設され、重い木材を満載した台車やそれを牽く機動車を走らせていたのだと思います。おそらく、防災無線塔に更新されたものと思われますが、これを廃棄してしまった良かったのでしょうか?

 そう考えたのは、私だけではありません。「鉄屑にしてしまうのは悲しいもんね」。信濃畑の尾上さんちの庭に、再々利用される日を待ち、その日まで静かに横たえられていました。

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
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2011年1月 6日 (木)

絵葉書「南天龍峡 三信鐵道線」より①―中部天龍驛

Chubutenryu491  以前にもよく似た古い絵葉書を紹介したことがありましたが、それは「最新撮影沿岸絶景 南天龍峡下り 天龍川沿岸久根銅山正門 イサミ寫真館發行」でしたが、今回、佐口行正氏からお借りしたのは、「最新撮影 南天龍峡 三信鐵道線 中部天龍驛賣店發行」。よく似た写真もあるのですが、「(天龍川沿岸)中部天龍驛頭 南天龍峡下り」の中の「(ホームに三千余年前の敷石帯現る)」に写っている駅名板には「さくま」とされ、「敷石帯」は剥き出し。

Chubutenryu489  ところが、今回お借りした絵葉書の「(南天龍峡)中部天龍驛ホームニ現レタル敷石帯」の写真では、遺跡がガラスで覆われています。「敷石帯」とは、工事中に見つかった「半場遺跡」のこと。絵葉書には、「中部天龍驛 昭和12.8.8」のスタンプが押してあり、購入された日が特定されます。開業当時のスタンプと図案は同じですが、駅名が変更されています。

 昭和9年(1934)11月11日、三信鐵道「佐久間驛」として開業した同駅は、翌10年(1935)5月24日に「中部天龍駅(なかっぺてんりゅうえき)」へと改称されました。従って、当時の「中部天龍驛」は、「ちゅうぶてんりゅうえき」ではなく「なかっぺてんりゅうえき」と読むのが正解です。

 それにしても、古い絵葉書とか古地図とか、佐口氏のコレクションは興味津々。今度の絵葉書「最新撮影 南天龍峡 三信鐵道線 中部天龍驛賣店發行」は10枚組ですが、勿体つけて少しずつ紹介することにします。

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2011年1月 4日 (火)

「光明電氣鐵道沿線案内圖」に見る二俣の歴史①―女學校

Koumyodentetsu2  毎回、古い絵葉書を貸していただいている佐口行正氏からお借りした「光明電氣鐵道沿線案内圖」は、昭和3年(1928)7月発行。 「光明電気鉄道」が、事実上の終着駅となった「二俣町駅」までの全区間開通したのは、昭和5年(1930)でした。昭和3年には、とりあえず開業には漕ぎ付けましたが、それは「新中泉駅」―「田川間駅」の間だったはずです。

 ところが、この「光明電氣鐵道沿線案内圖」には、すでに「阿蔵」―「二俣町駅」―「秋葉山駅」―「船明駅」が描かれています。さらに拡大してみると、「阿蔵隧道」の北には「栄林寺」、「二俣町駅」の北には「女學校」の文字も。こんなところに「女學校」?さて、この「女學校」とは一体…?

Koumyodentetsu3  実はこの「女學校」とは、現在の「静岡県立二俣高校」のことです。二俣高校は大正4年(1915)、「静岡県磐田郡二俣町立実科高等女学校」として開校した歴史があります。その後、「二俣実科高等女学校」「二俣町ほか12ヶ村組合立実科高等女学校」「県立二俣高等女学校」と改称。昭和27年(1927)からは、「県立二俣高等女学校」を名乗り、「二俣高等学校」となったのは同23年(1948)。「光明電氣鐵道沿線案内圖」が発行された昭和3年には、確かに「二俣高等女学校」、つまり「女學校」だったわけです。

 手前に見える家並みは、二俣の街。二俣川には2本の橋が架かり、春野に向う道には、ボンネットバスが2台描かれています。現在の「鳥羽山」は「本城山」と書かれ、手前の「鹿島」とは、明治44年(1911)に竣工した吊り橋「天龍橋」で結ばれていました。

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2011年1月 3日 (月)

光明電気鉄道「大谷隧道」を探索

Oya1  12月28日「夢の電鉄―光明電気鉄道『阿蔵隧道』跡」の記事に1月1日「okaty」さんが寄せてくれたコメント。その内容は…

 船明の二本杉の真南(直線で700mぐらい?)山中に消えるように口が開いてますが、反対側の内山真龍資料館側には開口部が見あたりません。場所が前記2本の廃線とは重ならないので車道かもしれませんね。もしなにかご存知でしたらお教えください。

 …とのこと。これに対する私の答えは、

 明日にでも確認してみます。

 言った以上は、約束を守るのが「出かけよう!北遠へ」。すぐに、行って来ました。

Futamatazenzu0 探索は、「okaty」の地図が頼り。記憶した地図を元に、現在工事中の光明寺北の山裾を辿り、鉄道の路盤らしい道を見つけました。もしかしたら、ここかも。

 夏にも、この辺りを探ってみたのですが、何せ草に覆われていましたので、足を踏み込むのに躊躇した経験があります。ズボンの裾に、アレチヌスビトハギやコセンダングサのひっつき虫が付くのを厭わずに奥へと進むと、何やらコンクリートの塊が見えて来ました。「もしかしたら、これが…」の期待が膨らみます。しかも、鉄道トンネル独特の形をした大きな穴がぽっかり。あった!これだ!写真が、そのトンネルです。

 結論的に言えば、これは「光明電気鉄道」の「大谷隧道」の北側の坑口。昭和5年(1930)に「二俣町駅」まで開通し、同10年(1935)には運転が休止されましたので、そこから先の営業運行はなかったはず。しかし、実は工事だけは進んでいました。

 以前、佐口行正氏からお借りした昭和8年(1933)の「二俣町全圖」を見てみると、「光明電気鉄道」の線路は「二俣口駅」を過ぎて一旦東に進路を取り、「船明・至ル」と北を目指しています。「大谷隧道」の位置が、こんな場所にあったとは予想外。

 とにかくこれが、「okaty」から出された宿題の解答。トンネルの方向は船明の二本杉を真っ直ぐに見据えて、確かに北へ北へと向かっていました。

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2010年12月31日 (金)

現在も使われている元「光明電気鉄道」のトンネル

Tunnel9   磐田市壱貫地にある「花咲乃庄」に、「光明電気鉄道と北遠地方」の展示がありました。

 北遠地方は、昔から木材、鉱石などの豊富な資源に恵まれて、明治末期から昭和初期にかけては、王子製紙、古河鉱業などの大企業が進出して活況を呈していた。中でも古河鉱業の久根鉱山は、2,000名もの社員が銅鉱石を採鉱していて、その運搬は、帆掛け船で6時間半もかけて、天竜川を下って池田港まで運び、更に中泉駅までは、機関車の代わりに人間が押す「人車軌道」で運ぶという莫大な時間と労力をかけていたのである。

Tenhamasen1  光明電鉄は、この時間と労力のロスを鉄道によってカバーしょうと計画されたのです。

 二俣線の一部には、廃線になった光明電鉄の線路を、そのまま使っている区間がある。現在の豊岡駅と天竜二俣駅間の3km余りの区間である。

 光明電鉄本来の目的であった北遠地域の銅鉱石や木材の輸送も、その一部は光明電鉄の線路を使った二俣線によって成されたのである。

Entetsu8 それにしても、基本に手を加えることなく国鉄に転用出来た強固な線路は、確かな将来性と確実な実行力の賜物に他ならない。

 光明電鉄は確かに生きていたのです。

 現在の天竜浜名湖鉄道の前身、国鉄二俣線の開業は、光明電鉄廃線後の昭和15年(1940)4月。かつて、光明電鉄の最新鋭電車が通った「神田隧道」に、今、天浜線の最新ディーゼルカーTH2100型が吸い込まれて行きました。

 実は、かつてこのトンネルを通った電車は、光明電鉄だけではありません。昭和36年(1961)~41年(1966)、遠州鉄道が西鹿島駅から遠江森駅まで乗り入れていたことがありました。

 3枚目の写真は、天浜線サポーターズクラブ会員で元二俣線の蒸気機関車の機関士・大隈祐司郎氏が撮影した「遠鉄気動車と二俣線SLとの行き違い 昭和41年9月30日 遠江二俣駅」の写真です。

 「神田隧道」は、国の登録有形文化財に指定されることが決まりました。

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2010年12月28日 (火)

夢の電鉄―光明電気鉄道「阿蔵隧道」跡

Tunnel2  「光明電気鉄道」は昭和5年(1930)に「二俣町駅」まで開通してから、同10年(1935)電気料金の滞納による送電停止、全線運転休止までわずか6年。廃線に追い込まれた「夢の鉄道」の遺構が二俣阿蔵の裏山に残されていました。

 それが、写真の「阿蔵隧道」の北口です。場所は栄林寺の南。電鉄は、「二俣町駅」まで営業運転されていましたので、当時すでに路線の伸長計画に基づき「大谷隧道」が完成していたとのことですが、実質上はこのトンネルが最北であったはず。

 「二俣口駅」を出て阿蔵川を渡り、「阿蔵隧道」を抜けると終着「二俣町駅」。「夢の鉄道」は、北遠を超えて日本列島を横断し、長野県、日本海を目指していました。

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2010年12月27日 (月)

光明電気鉄道「二俣口駅」プラットホーム遺構

Home8 名前だけは聞いたことがあるかも知れませんね?現在の「天竜浜名湖鉄道」の前身「二俣線」開通よりも前に走ってた鉄道―「光明電気鉄道」の遺構に出会いました。

 旧国鉄「二俣東線」と「二俣西線」の営業開始は昭和10年(1935)。同15年(1940)の全線開通と同時に「二俣線」と呼ばれるようになりました。

 それに対して、「光明電気鉄道」は大正15年(1926)に起工され、昭和3年(1928)の「新見付駅」―「田川駅」間の開通に続き、同5年(1930)には「二俣町駅」までが開通。最新鋭の電気機関車を走らせました。

 社名の由来は、かつての光明村船明までの開通を目的としたことから。磐田見付の有力者を中心に、大正時代後期に北遠地区への物資の運搬を行うための路線として計画されました。その背景には、久根鉱山の鉱石輸送の目論見があったとのこと。やがては、信州から日本海までを結ぶ計画をぶち上げていたのは、夢のまた夢。無謀だったとしか思えません。

Densya8  しかも、東海道本線でさえ、浜松まで電化されたのは昭和24年(1949)。これまた、無謀過ぎる計画でした。

 結局は、昭和10年(1935)、電気料金の滞納による送電停止により全線運転休止。わずか6年、「悲劇の鉄道」は儚い夢を終らせました。

 「田川駅 」―「二俣口駅」間の廃線跡地は、「二俣線」の時代を経て「天竜浜名湖鉄道」に引き継がれています。

 私が出会った遺構は、「二俣口駅」のプラットホーム。「天竜二俣駅」西側の人家の脇に、草生したまま残された石積みです。

 2枚目の写真は、磐田市壱貫地の「花咲乃庄」に展示されている「鎌田車両会社製の高速電車」。もちろん、「光明電気鉄道」で使われていたものです。

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2010年12月20日 (月)

【天浜線丸ごと文化財6】駅名ハンコ 気持ち込め切符にポン

Tenhama  天浜線の駅に自動改札は一つもない。切符は乗客の手と駅員、あるいは乗務員の手を行き交う。

 券売機で扱わない切符や定期券は今もハンコを押して手作りする。天竜二俣をはじめ掛川、遠州森、西鹿島、金指、三ケ日、新所原の各有人駅には駅名を刻んだ「ハンコセット」が置いてある。

 ハンコの多くは旧国鉄二俣線から受け継いだ。「機械で売るより、お客さんに安心してもらえるかもしれないね」と、天竜二俣駅の鈴木久雄駅長(63)。ポン、ポンと判を押す音が心地よい。

 天竜二俣駅の切符売り場には、業務用とは別に記念スタンプもある。駅員に尋ねれば快く窓口から差し出してくれる。(「静岡新聞」より)

 最近、天浜線に乗ったことがありますか?天浜線の列車を見たことがありますか?飯田線が秘境駅でブームとなっているなら、天浜線にもできるはず。私たちも、このレトロな鉄道も魅力を大いに発信していくことにしましょう。

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人車鉄道―「瀬尻森林鉄道」の写真

Sejirikido1  昭和38年(1963)に廃止された「瀬尻森林鉄道」についての遺構や資料がなかなか見つかりません。「トロン温泉『やすらぎの湯』に行けば、写真があるよ」とは聞いていましたが、どうやら女湯側らしいので躊躇…。でも、朝早ければ、見せていただけるかも知れません。

 私が訪ねたのは、11月7日(日)の午前8時30分。階段を上がって温泉の扉を開け、受付にいた係員に訊ねてみました。「こちらに瀬尻の森林軌道の写真があると聞いたものですから…」。

 「ああ、これだね。あまり写真が残っていないようだねえ」と、壁から外して来てくれた写真がこれです。

 写真をよくよく見てみれば、木製の橋梁の上に木材を満載した台車が2台。線路は橋を渡ったところで分岐、あるいは引込み線と合流し、奥に同様の台車が1台、そして手前に3人が乗った台車が1台。さて、どこにも動力となるエンジンが映っていません。

 実は、大正9年(1920)旧・龍川村に軌道が敷設された頃には、余り利用されない人車鉄道だったとのこと。つまり、敷かれたレールの上の台車を、人間の力で押したり引いたりしながら動かしていたのです。後には、木炭やガソリンを燃料とした機関車も導入されたようですが…。

 「ありがとうございました」「いいよ、いいよ。そこに置いといて」。『やすらぎの湯』のおかげで、みなさんに「瀬尻森林鉄道」の写真をお目にかけることができました。

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2010年12月19日 (日)

作業軌道?安蔵(あんぞう)に延びるレール

Haikojo5  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「森林鉄道」とは、森林から生産される木材を搬出するために設けられた産業用鉄道。特に「営林署」が敷設、運用したものだけを「森林鉄道」と呼ぶわけではありません。

 北遠の山には、森林の木材を搬出するための軌道が幾路線も敷かれていましたが、中には「営林署」以外の者により敷設された簡易構造の作業軌道と呼ぶべきものもありました。

Rail6  私が見たものが、その「作業軌道」に当るものなのかどうかは断定できませんが…

 そのレールを見つけたのは、天竜区横山の安蔵(あんぞう)です。天竜川の支流、横山川沿いの山道を登ったところに、廃工場の建物が残されていました。

 手前の建物には、「王子製紙春日井工場協力チップ工場 第595号」の看板が掲げられていました。そして、対岸には今まさに朽ち果てようとしている廃工場が…。そして、工場の中から道路を横断するように延びるレールが残されています。

Rail9 地元の人の話では、製材所跡とのことなのですが、このレールは久根鉱山で見た鉱山用軌道、構内軌道のようなものだったのでしょうか?このレールは、何の目的で敷設され、何を運んでいたのでしょうか?どこまで延びていたのでしょうか?

 このブログを書いている以上、知らないままではいけません。このレールが何だったのかについて、地元の人に聞いてみました。その結果は、やはり製材所と木材置き場とのつなぐ構内軌道だったようです。安蔵の住民は減少の一途となり、今ではもう数軒しか残っていないとのこと。道が広くなればトラックを軒下につけ、荷物を積んで街に出て行く傾向が止まらないそうです。

 近くの横山小学校の2010年4月の新1年生は、たった1人だったとのこと。話を聞いた地元のお年寄りは、「街に下りた人たちが戻ってくれないかな」とため息をついていましたが…。

2010年12月16日 (木)

【天浜線丸ごと文化財4】鉄道神社

Tetsudojinja  天竜二俣駅(浜松市天竜区)構内では、毎週金曜-月曜の4日間、すでに国の登録有形文化財になっている転車台や扇形車庫を見学できる。

 見学コース出発点の駅舎から転車台までは歩いて約300メートル。途中、小さな社の脇を通る。だが、この「鉄道神社」に気付く見学者はまずいない。

 今回も登録の対象に含まれなかったが、旧国鉄二俣線時代に職員が手作りしたと伝わる。毎年8月下旬には小国神社(森町)から宮司を招き、安全祈願祭も行われる。

 隣の「さつきが池」と一体となり、ひっそりとたたずむ小さな神社。見学には、登録有形文化財以外の「鉄道遺産」に出会える楽しみもある。(「静岡新聞」より)

 「鉄道神社」も懐かしく大切な鉄道遺産。訪ねてみましょう!

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2010年12月13日 (月)

【天浜線丸ごと文化財1】高架貯水槽 洗濯、洗車に今も活用

Tenhamasen2  風に吹かれ、干した作業着がふわりと揺れる。天竜二俣駅(浜松市天竜区)構内。年季が入った洗濯機が洗濯室に並ぶ。

 容量約70トンの高架貯水槽(高さ約11メートル)と揚水機室、井戸は蒸気機関車への給水用として1940年ごろ設置された。SLなき今も現役で活躍し続け、夏の渇水期を除けば洗濯や洗車はすべてこの井戸水を利用する。

 車両が時速1キロのゆっくりとしたペースで洗車機に入った。1日4両。貯水槽から引いた井戸水で汚れを落としていく。

 金指駅(北区)にも天竜二俣駅と“双子”の高架貯水槽が残っている。

     ◇

 天竜浜名湖鉄道(本社浜松市天竜区)の31施設が国の有形文化財に登録されることが決まった。昭和の面影を色濃く残しつつ、今も活躍を続ける「鉄道遺産」を訪ねた。(「静岡新聞」より)

 「静岡新聞」で有形文化財31施設の紹介が始まりました。北遠に関するものだけを紹介させていただくことにします。

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登録有形文化財に指定される「二俣川橋梁」

Tenhamasen3  国道152号を東進し左折せずに県道40号掛川天竜線の「双竜橋」を渡る時、ちょっと右側の車窓に目をやると見えるのが天竜浜名湖鉄道の「二俣川橋梁」。同鉄道最長となる「天竜川橋梁」とともに、先ごろ国の登録有形文化財に追加指定されることが決まった31施設の中の1つです。

 今回の指定は、昭和初期に建設された鉄道施設が一体的に残り、歴史的景観を形成している点などが評価につながったとのこと。天浜線の前身である旧国鉄二俣線開通当時のたたずまいを現在に残している懐かしい施設は、どこか郷愁を誘います。

  写真は、二俣川下流から見た「二俣川橋梁」。何となく惹かれてカメラを構えてみたのですが…。

 ちょうどその時、ガタゴトガタゴト♪の音が聞えて来ました。え~、どっちから?見えた!TH2100型だ!よし、今だ!カシャ!

 タイミング良く、天浜線の車輌がやって来ました。おめでと~!

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2010年12月11日 (土)

天浜線、国有形文化財に 31施設を一括登録

Tenhama  文化審議会(西原鈴子会長)は10日、天竜浜名湖鉄道(本社浜松市天竜区)の鉄道施設31件を含む28都府県の建造物209件を、新たに登録有形文化財にするよう高木義明文科相に答申した。県内の建造物の登録はこれで計175件、全国では計8348件となる。鉄道施設の一括登録は若桜鉄道(鳥取県)、わたらせ渓谷鉄道(群馬・栃木県)に続き3例目。

 天竜浜名湖鉄道は、掛川―新所原駅間の全長67.7キロ。今年、前身の旧国鉄二俣線が全線開通してから70周年を迎えた。登録物件は駅舎やプラットホーム、トンネル、橋など多岐にわたり、沿線全6市町に点在する。1998年にも転車台など5件が登録有形文化財になっており、同鉄道の登録は累計で36件となる。

 いずれの登録物件も昭和初期に建設された。当時の鉄道施設が一体的に残り、歴史的景観を形成している点などが評価につながった。木造の天竜二俣駅本屋は1940年に建てられ、外壁は縦板張り。プラットホームの柱や梁(はり)の一部は古レールが再利用され、工夫の跡がうかがえる。403メートルと同鉄道では最長の天竜川橋梁(きょうりょう)も入る。

 県外で登録されることになったのは、南海電鉄難波駅のターミナルビル「南海ビル」(大阪府)や、1838年に建てられた農家建築の村野家住宅(東京都)など。

地域全体を「博物郷」に

 川勝平太知事(天竜浜名湖鉄道会長)の話 沿線には由緒ある神社・仏閣や伝統的な祭り、民俗芸能が多数存在する。天浜線を軸に歴史的・文化的価値の高い観光資源が連携することにより、地域全体が全国に誇る「まるごと博物郷」となることを期待する。

郷愁与えてくれる施設

 名倉健三天竜浜名湖鉄道社長の話 答申を受けた駅舎や橋梁(きょうりょう)、隧道(ずいどう)などは、ほとんどが前身の国鉄二俣線開通当時のたたずまいを現在に残し、郷愁を与えてくれる。登録を機に天浜線に乗車いただき、登録有形文化財の各施設を堪能いただければ幸いだ。(「静岡新聞」より)

 登録有形文化財となれば、今まで以上に魅力が増します。今後は、それぞれの駅に降りていただく工夫をし路線地域の活性化につなげていかなくてはいけませんね。頑張りましょう!

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2010年12月 4日 (土)

「水窪森林鉄道」名残りのgard-rail

Gardrail0  白倉川沿いの道を遡り大嵐(おおぞれ)に近づいた辺りの道路脇に、ちょっと変わったガードレールが…。鉄鋼材を弧にしてガーデンフェンスのような形。これは、一体…?

 これは紛れもない森林鉄道のレール。「水窪森林鉄道」と言えば、昭和17年(1942)から42年(1967)まで水窪川の支流・戸中川沿いに走っていたはずなのですが、白倉川沿いで見つかるなんて。

 これまでにも、レールで造った半鐘台やホースタワーを紹介して来ましたが、これは本当のgard-railです。

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 ●昭和42年(1967)に廃止された「水窪森林鉄道」の廃レールは、ここ水窪でも半鐘台となって再利用…
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2010年11月 9日 (火)

秘境度満点 JR飯田線の小和田駅 ブームに乗り、全国屈指の人気

Kowadaeki  3県(静岡、愛知、長野)境にまたがる森に抱かれたJR飯田線の小和田(こわだ)駅(浜松市天竜区水窪町奥領家)に、普通電車の手動ドアを開けて降りた。無人駅ホームに、一人。乗ってきた電車が去ると、水のしずくがポタポタと響くように聞こえた。晩秋の平日、澄んだ空気に深い静寂。最近の秘境駅めぐりブームの中で、全国屈指の人気を集めるという駅にやって来た。その魅力に触れたいと-。

 古ぼけた木造駅舎で、しずくの音は水道管の凍結防止に、蛇口から出し放しの水と分かった。駅舎内の机上に何冊もの「思い出日記」が重ねられていた。1980年からつづられ、今秋の来訪者の一人は「伝説の駅に来られてうれしい。時代を超えて残してほしい」と記していた。

Nikki  駅舎から出ると、一帯は険しい山道とエメラルド色の池しかない。車は近づくことができない。近くに1軒だけ民家があるが、約20分歩くという。56年完成の佐久間ダム建設で集落などは水没したという。ここら辺の秘境度が“鉄ちゃん”(鉄道ファン)らの心をくすぐるのではないか。

 池岸まで出る途中の林道で初めて人に出会った。一人旅中の松山清吉さん(25)=東京都板橋区=で「一人に、孤独になりたい時に旅に出ます。鉄道ファンというほどではないが、この駅を訪ねたくて。今の気持ちにぴったりの雰囲気」と言いながら、「でも、これだけ人けがないと、さすがに心細くなりますね」と苦笑した。

Chizu  非日常感、そして現代人の心にしみる癒やし-。電車でしかたどり着けない秘境駅に、人々が引かれる秘密はそのあたりか。

 近年の秘境駅ブームに合わせ、JR東海などは今年5月の連休に飯田線秘境駅探訪ツアーを初催行し、予想以上のヒットを放った。さらに9~11月の各土日曜には、日帰りの行楽列車「秘境号」(定員40人)を運行している。各日とも売り出してすぐに売り切れた。鉄道ファンだけでなく、熟年夫婦などに好評だ。

 秘境号は豊橋(愛知県)を出発。花祭りの鬼面をかたどった駅舎の東栄(同)から、小和田、湯立祭りで知られる中井侍(さむらい)(長野県)など10駅に各10分ほど停車し、天竜峡(同)から折り返す。JR東海などは「小和田駅は皆さんが一番目当ての駅」と話している。(「中日新聞」より)

 「小和田駅」の人気の秘密は、行ってみれば一番よく分かります。たまには、飯田線ののんびり旅―いいですよ。ぜひ、お出かけください!

2010年11月 2日 (火)

「水窪駅」に停車した黄色いMTT(軌道保線作業車)

Mtt1  飯田線「水窪駅」は、水窪川の向こう側。線路を軋ませる大きな音を立てて、黄色の車輌がやって来ました。どうやら、マルチプルタイタンパー(MTT=マルタイ)と呼ばれる軌道保線作業車のようです。引込み線に停車したようでしたので、対岸に向ってみました。

 このMTTは、「Plasser & Theurer社」製造の「08-275 UNIMAT」。かつての人力による保線作業に代わり、最近では、このMTTによって軌道の狂い、枕木、砕石床を微調整し、脱線を防ぐだけでなく乗り心地の改善もしているとのこと。ヘルメットをかぶった作業員がツルハシをふるって保線する姿は、珍しくなってしまったのでしょうか?

 保線員がいなくなったばかりか、昭和30年(1955)11月11日に開業したこの「水窪駅」も、平成22年(2010)10月1日から駅員がいない無人駅となっています。

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 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
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2010年10月20日 (水)

大嶺に残る「瀬尻森林鉄道」インクラインの遺構

Incline5  天竜区役所振興課発行「天竜 歴史街道」にも紹介されている「瀬尻森林鉄道」―龍山の山中を走り木材を運搬、天竜の林業を支えた森林鉄道の遺構を探すのは、思いの外難しいようです。

 それでも、きっと何か残っているはず。今回は廃レールが見つかりませんでしたが、龍山町大峯(おおみね)で、こんなコンクリートの遺構を見つけることができました。これは何?森林鉄道に関するもの?

 昭和38年(1963)に廃止された「瀬尻森林鉄道」新開線の終着点はここ大峯。ここから、天竜川までの238メートルは、インクラインと呼ばれる線路が敷設され、傾斜を利用してトロリーを川まで降ろしていました。

 実は、写真はインクライン施設の遺構だったのです。見下ろせば、天竜川は遥か下。このコンクリートステージから、丸太を積んだトロリーが、川端までの急勾配を一気に下って行ったのでしょうか?

 トロリーとは、ケーブルカー式の手押貨車。森林鉄道とは言え、大正9年(1920)旧・龍川村に軌道が敷設された頃には、余り利用されない人車鉄道だったようです。

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2010年10月19日 (火)

水窪・西浦のホースタワーは森林鉄道のレールの再利用

Tower9  火災発生時や警報発令時には、半鐘やサイレンではなく、防災無線が流れる時代―もう、「火の見櫓」とか「半鐘台」なんて要らないのかも知れません。それでも必要なのは、使用後の消防ホースを干すための塔・ホースタワー。

 以前、水窪の上村で見つけた3脚ホースタワーは、昭和42年(1967)に廃止された「水窪森林鉄道」の名残りのレールで造られていました。

 そして今回は、同じ水窪の西浦(にしうれ)での出会いです。国道150号を県境に向って進み、西浦観音堂入口の看板をの少し先の曲り角。JRのレールに比べてかなり細めですので、「水窪森林鉄道」のレールの再利用に違いないと思います。

 それにしても、「火の見櫓」とか「半鐘台」とかは、もう要らないのですか?

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2010年10月10日 (日)

森林鉄道復元、当時の雄姿 王滝でフェス

Shinrintetsudo  王滝村で森林鉄道の復元に取り組む住民有志は9、10両日、村内で「王滝森林鉄道フェスティバル」を開く。体験乗車のほか、材木を乗せた森林鉄道がデモ走行し、運行当時の姿を再現する。

 8日は、会場の松原スポーツ公園に関係者が集まり、デモ走行する機関車の荷台に、村内の国有林で伐採した樹齢約350年のヒノキの丸太14本をクレーンで積み込んだ。旧長野営林局王滝営林署で23年間運転士を務め、フェスでも運転する三浦孝之さん(76)は「昔の経験を見てほしい」と張り切っている。

 フェスは9日、村公民館で記録映画や紙芝居を上演する。10日にデモ走行や体験乗車がある。森林鉄道の模型も展示される。

 フェスは、2005年から機関車の修繕や線路の敷設などに取り組む住民有志と村でつくる実行委員会主催で、3回目。王滝森林鉄道(本線延長48.1キロ)は大正時代から1975(昭和50)年まで約60年にわたり活躍した。(「中日新聞」より)

 昨年、「赤沢自然休養林」で森林鉄道に乗りました。あっちは、木曽森林鉄道の「上松運輸営林署」ですが、こっちは「王滝運輸営林署」管内です。

 いいなあ?見てみたい、触ってみたい、乗ってみたいなあ?うらやましいなあ?

 かつては、「気田」「熊切」「水窪」「瀬尻」「佐久」を走っていたという、北遠の森林軌道を復元できないでしょうか?

2010年8月25日 (水)

金原明善翁の名が残る旧「明善橋」

Meizenbashi4  金原明善翁と言えば、天竜川の治水事業に尽力し郷土の偉人。天竜川上流の森林調査を行い、当時の豊田郡瀬尻村の御料林を借り受けて植林に着手し、現在の「天竜美林」を育てたのは、よく知られたところ。

 その「明善」の名が残る橋が、龍山町瀬尻新開のペンション「龍山ふるさと村」の入口に架けられていました。しかも、現在の「明善橋」の横には、少し低い位置に「昭和三十四年十一月竣功」とされる旧「明善橋」も。

Ashiato6  かつての「瀬尻森林鉄道」新開線が敷設されてたのが、この辺り。昭和24年(1949)に運用が開始され、同38年(1963)に廃止されるまでの14年間、国有林内の全長約1.5キロをガソリン機関車が走っていました。

 この旧「明善橋」は、この機関車のエンジン音を聴いていたことになります。その旧「明善橋」には、ニホンジカのものと思われる野生獣の足跡も。北遠の山の野生獣による食害は、金原明善翁の想像を超えて深刻化の一途を辿っています。

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2010年8月23日 (月)

「佐久にも森林鉄道が走っていたらしい」との情報

Tenryu203  先日訪れた天竜区役所で聞き込んだ情報―「佐久(さく)にも森林鉄道が走っていたらしい」とは、本当でしょうか?もし、それが事実なら、きっとアレが残っているはず。

 アレって…?HP『遠州・万斛の郷』を覗いて「火の見櫓」のページをチェック!どうやら、これは…?「天竜区佐久」に廃レールで造ったらしい半鐘台があることを確認しました。

 撮影は、2009年4月。まだあれば、きっと佐久の森林鉄道のレールのはず。すぐに、現地に飛んでみました。

 佐久とは、国道152号道の駅「花桃の里」を右折し、少し山道を登った辺り。「万世橋」を渡ると佐久の集落です。そして、春日神社のすぐ脇に、お目当ての半鐘台があるはずなのですが…。

 ところが、そこにあったのは、防災無線塔。夏祭りの準備のため、境内を清掃していた人に聞いてみました。

Rail5  「あの~、ここに森林鉄道が通っていたって聞いたんですが…?」「鉄道?軌道のことだね。そこの道を走っていたね」。そうなんです。やはり、佐久の山道を森林鉄道が走っていたのです。

 半鐘台はなくなっていましたが、森林鉄道が走っていたとの証言が得られました。でも、このまま帰るわけのはいきません。何とか、名残りらしいものを探さなくては。

 すると、「万世橋」のすぐ上流に、丸太3本と鉄骨を組み合わせた簡単な橋が架けられているのが見えました。そして、その橋の右から2本目の鉄骨が、どうやら廃レールのようです。近づいて確かめてみましたが、間違いありません。

 となると、古い半鐘台の写真とこの橋が佐久森林軌道の名残り。確かに、「稚児の滝」へと続く山間の集落を、森林軌道が走っていたようです。

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2010年8月21日 (土)

「とよねぐち」「やまむろ」「しらなみ」―佐久間ダム湖に沈んだ3駅

Toyoneguchi450  『保存版・飯田線の60年』で、佐久間ダム建設に伴なう「飯田線」付け替え工事により水没した3つの駅に立っていた駅名表示板が写っている画像を見つけました。その駅とは、「豊根口」「天龍山室」「白神」。ちょっと見にくいのですが、ひらがなとローマ字の表記も見えます。

 Yamamuro451先ずは、「豊根口」。ひらがな表記は「とよねぐち」、ローマ字では「TOYONEGUCHI」。次は「天龍山室」と書いて「てんりゅうやまむろ TENRYUYAMAMURO」。「やまむろ」?「やんむろ」じゃあなかったの?「やんむろ」と読むものだとばかり思っていましたが…。

 最後は「白神」と書いて「しらなみ SHIRANAMI」。ホントに「しらがみ」ではなくて「しらなみ」と読んだんですね?確か、古地図には「白浪」と表記されていましたので…。

Shiranami447  もちろん、表記は旧国鉄方式とも呼ばれたヘボン式。戦前に鉄道掲示例規のヘボン式ローマ字別表として規定されていたものが、戦後に鉄道掲示規程(1946年4月1日運輸省達第176号)で復活した表記です。

 「ち」は「TI」ではなく「CHI」、「し」は「SI」ではなく「SHI」。「ふじ」は「HUZI」ではなく「FUJI」、「はままつ」は「HAMAMATSU」。私の苗字「さいとう」は、「SAITO」?「SAITŌ」?「SAITOO」?「SAITOU」?「SAITOH」?

 あらら?水没した駅の話題が、脇道にそれてしまった…。

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2010年8月20日 (金)

トンネルと鉄橋と(旧佐久間村・昭和初期)―『保存版・飯田線の60年』

Oozore446  佐久間でお借りした『保存版・飯田線の60年』の中に、「大嵐駅構内(水窪町・昭和初期)」の写真が掲載されていました。

 そして、もう1枚―「トンネルと鉄橋と(旧佐久間村・昭和初期)」の写真が掲載され、「三信鉄道の路線の大部分は、深い峡谷を無数のトンネルと鉄橋とで縫うようにして進む。写真の地域は、現在はダム湖の底に沈む。」との解説が書かれています。

Tunnel445  そして、「中部天竜駅」から「大嵐駅」までのトンネルと鉄橋の名称は次の通り。信じられないほどの難工事だったであろうことが、容易に想像できるリストです。

 「中部天竜停車場」⇔「半場陸橋」⇔「天龍川橋梁」⇔「佐久間停車場」⇔「佐久間隧道」⇔「釜谷橋梁」⇔「太田隧道」⇔「鰻沢橋梁」⇔「鰻谷隧道」⇔「第一栗平隧道」⇔「豊根口停留所」⇔「第一栗平橋梁」⇔「第三栗平隧道」⇔「第四栗平隧道」⇔「第二背向山隧道」⇔「佐山陸橋」⇔「佐山隧道」⇔「牛滝橋梁」⇔「第一岩山隧道」⇔「第二岩山隧道」⇔「上岩沢橋梁」⇔「第三岩山隧道」⇔「第一久室隧道」⇔「第一久室橋梁」⇔「第二久室隧道」⇔「第二久室橋梁」⇔「第三久室隧道」⇔「第一柴山隧道」⇔「第二柴山隧道」⇔「第三柴山隧道」⇔「天龍山室停車場」⇔「山室隧道」⇔「第一四里ヶ滝陸橋」⇔「第二四里ヶ滝陸橋」⇔「第三四里ヶ滝橋梁」⇔「第一立石隧道」⇔「第二立石隧道」⇔「第三立石隧道」⇔「第一胡桃谷隧道」⇔「第二胡桃谷隧道」⇔「第三胡桃谷隧道」⇔「第四胡桃谷隧道」⇔「胡桃谷陸橋」⇔「蝮沢橋梁」⇔「亀谷橋梁」⇔「亀谷隧道」⇔「第一亀沢隧道」⇔「第二亀沢隧道」⇔「中ノ沢橋梁」⇔「第一白神隧道」⇔「白神停留所」⇔「白神沢橋梁」⇔「第二白神隧道」⇔「下蜂ノ巣沢橋梁」⇔「上蜂ノ巣沢橋梁」⇔「第三白神隧道」⇔「第四白神隧道」⇔「第五白神隧道」⇔「下松沢陸橋」⇔「第一難波隧道」⇔「第二難波隧道」⇔「松沢橋梁」⇔「第三難波隧道」⇔「夏焼隧道」⇔「栃ヶ沢橋梁」⇔「栃ヶ岳隧道」⇔「大嵐停車場」

 どうですか?全部、声に出して読んでみますか?「熱中」症になっちゃいそう…。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
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 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
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 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
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2010年8月 1日 (日)

あなたが選ぶ遠州25景11「夢のかけ橋」/静岡新聞

Kakehashi439  幻の鉄道の名残を今に―浜松市天竜区の船明ダム湖。沿岸の国道152号を通ると、5つのアーチが架かった「夢のかけ橋」が見えてくる。幻の鉄道「佐久間線」の名残をとどめた橋だ。

 20年以上前、国鉄再建法により建設工事が中止された佐久間線。ダム湖には既に完成していた線路用の橋脚が残った。その橋脚を利用して2000年に架橋されたのが夢のかけ橋だった。

 太陽の光を浴び、湖面にも影のアーチが浮かび上がる。買い物などの用事で国道を通るという同市天竜区佐久間町の細沢隆広さん(44)は「ダム湖と山の景色に、橋がアクセントになっている。よく見とれてしまいます」と魅力を語る。

 一方で、複雑な思いも抱く。「佐久間の住民としては佐久間線が完成してほしかった。橋を見るとさみしくもなる」(「静岡新聞」あなたが選ぶ遠州25景11より)

 旧国鉄二俣線「遠江二俣」駅(現:天竜浜名湖鉄道の「天竜二俣」駅)と飯田線「中部天竜」駅、あるいは「佐久間」駅の間を結ぶ鉄道が計画された工事は昭和42年(1967)から始まり、「二俣」から北に向かい、「山東」「船明」「相津」「横山」と進みました。その工事も12年後には中止。12年間の工事の遺構は現在でも、「二俣」から約10㌔の未成線跡として残ってしまいました。

 誰もが知っている天竜川に架かる歩行者専用の橋「夢のかけ橋」は、そんな遺構の再利用。計画を知っている北遠の人たちにとっては、複雑な思いで眺めるのでしょう。

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2010年7月19日 (月)

旧「東京営林局水窪営林署」跡に残る廃レールの山

Rail7  旧「東京営林局水窪営林署」と言えば、かつての「水窪森林鉄道」の起点。だったら、森林鉄道の痕跡が残っているはずです。

 現在は空き地となっている跡地を探索すると、ありました、ありました。森林鉄道に使われていたと思われる赤錆びたレールの束が、片隅に山積み。廃レールは、幟立てにも使われています。

Rail1  水窪の集落のあちらこちらで散見される、廃レールを使った半鐘台は、今流行のリサイクル。まだまだ、廃レールは残っているのですが、今さら新しい半鐘台を建てることもないでしょう。

 いっそ薄くスライスして、鉄道ファンに販売してはどうでしょうか?ダメ~?だって、こんなにたくさん残っているんですよ…?

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2010年7月18日 (日)

ご存知でしたか?飯田線の「幻の路線」

Kousozu3  現在のJR飯田線に「幻の路線」があったことを、ご存知でしたか?それは、佐久間ダム建設に伴なう付け替え線について、当時の水窪・佐久間・山香・城西の4町村で組織した「北遠鉄道誘致期成同盟会」が立てた希望路線。

 佐久間でお借りした『保存版・飯田線の60年』に、写真のような「飯田線迂廻路構想圖」なるものが掲載されています。

 戦災で荒れ果てた国土の再生。これは当時の国民誰もが望んだことであった。

 昭和25年(1950)に国土総合開発法が、その翌々年には電源開発促進法が成立した。これを受けて設立されたのが「電源開発株式会社」であり、その最初の事業が佐久間ダムおよび発電所の建設であった。

 現在のダム地点から上流にかけては川幅が狭く両岸が迫っており、岩盤も硬く、ダム建設には絶好の立地条件を備えていた。しかし佐久間ダムの建設が決定した際、問題となったのが国鉄飯田線の水没による付け替え問題であった。佐久間―大嵐間の約13キロの区間が、ダム竣工時には満水面下80メートルになってしまうのである。そのため新ルートは佐久間町から水窪町へと、トンネルによってダムを大きく迂回することになった。

60nen2  ダム工事の着工は昭和28年、完成は同31年。なんとたった3年間で完成してしまった大型ダム。そして今、その底ではかつて人びとが利用した駅舎が眠り続けているのである。(「保存版・飯田線の60年」より)

 現在のルートは、佐久間から峯トンネルを抜けるショートカット。希望路線は、久根を経て水窪に到るルートでしたが、希望通りにはなりませんでした。この「飯田線迂廻路構想圖」を見るとよく分かります。

 また、この図には、「豊根口驛」「山室驛」「白神」を含む旧路線に加え、「気田森林鉄道」と「水窪森林鉄道」も描かれ、興味が惹かれます。

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2010年7月12日 (月)

水窪川対岸に見える旧「第一久頭合隧道」の南側口

Tunnel5  国道152号を水窪に向けて進み、「渡らずの鉄橋」を過ぎた辺りの水窪川対岸に見えているトンネルの口が気になっていました。現在は塞がれているようなのですが、かつては使われていたのでしょうか?

 実は、これは旧「第一久頭合(くずごう)隧道」の南側口。「城西駅」と「向市場駅」の中間地点でちょうど高根城の下を通る飯田線が、昭和52年(1977)に現在の「第一久頭合トンネル」に付け替えられるまで通っていた旧線のトンネルです。

 「佐久間ダム」建設に伴う路線変更のため、天竜川沿いから、現在の水窪経由のルートへと変更されたのはよく知られた話です。新線は「中央構造線」と「赤石裂線」という2本の巨大な断層帯に挟まれた地域に敷設されましたので、土木工事には多くの苦難が待ち受けていました。

 その結果の1つが、「向皆外(むかがいと)隧道」が廃棄されたため山肌を迂回するS字鉄橋となった「渡らずの鉄橋=第六水窪川橋梁」。そして、もう1つが、この旧「第一久頭合隧道」。南側口付近が地滑りの危険性があるとのことで、さらに南側からトンネルを再掘削して旧トンネルの中央部にドッキングさせたのです。

 これがS字鉄橋に対し、Y字トンネルと呼ばれている現在の「第一久頭合トンネル」。あの対岸に見えるトンネルの口には、そんな歴史があったのです。

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2010年6月26日 (土)

エンジンの響きが聞こえた「竜戸」に立つ半鐘台

Rail5  「水窪森林鉄道」の軌道を眼下に見下ろしていたはずの竜戸(りゅうと)集落への登り道の草むら、赤錆びた細い廃レールが数本積まれていました。これはまさしく、42年(1967)に廃止されるまで戸中川沿いを走っていた森林軌道のもの。

Ryuto1  さらに集落に建つ祠の隣り、「竜の玉が落ちた岩」の脇に立っている半鐘台も廃レールを三脚に組んで造られたもの。手が届くほど低い位置に半鐘が吊るされています。

 「あの~、森林鉄道ですが…?」「おう、エンジンはあの辺を走っていたよ」。間違いなく「水窪森林鉄道」の痕跡でした。「あの辺か~」。

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2010年6月23日 (水)

「水窪森林鉄道」の名残り―上村のホースタワー

Hosetower6  「水窪森林鉄道」の名残り―高根城を彼方に望む上村集落に立つ消防団の3脚ホースタワーは、廃レールで造られていました。

 これまで見かけた廃レール建造物は半鐘台が多かったのですが、上村にはすぐ近くに半鐘台があり、こちらはホースを干すための塔だと思います。

Hansyodai9  「水窪森林鉄道」は、昭和42年(1967)に廃止されましたので、タワーが建ったのはそれ以降。L字鋼で造られた半鐘台は、その前に建てられたものでしょう。半鐘台の左に見えているのが「高根城」です。

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2010年6月 6日 (日)

あれから約75年―「奥山川橋梁」

Okuyamagawa2  以前、「鉄桁送出し作業」として建設途中の三信鉄道「奥山川橋梁」の写真を紹介したことがありました。写真は、建設工事に携わった佐久間町平沢の故竹内留吉氏が残したもの。その写真を見て以来、この鉄橋のことが気になっていました。

Okuyamagawa3 その後、川上から県道1号を外れて相川沿いに進み、奥山川との合流点らしいところまで達したことはあったのですが、そこで舗装が途切れていましたので、勇気を出して進む気になれずに戻ったことがあります。

 この日も、あの日と同じように戻って来たのですが、運好く地元の人に確認することができました。「鉄橋かね?そこまで行ったら、すぐ先だから…」「車で行けますか?」「ああ、行けるよ。行けるって、すぐ先だから…」。

 Sanshin336本当に「すぐ先」でした。簡易水道施設の「すぐ先」に、あれほどまでに見たかった「奥山川橋梁」が突然姿を現しました。これが、竹内さんの祖父に当たる留吉氏が建設に携わった鉄橋そのもの。とうとう、巨大な橋脚と渡された橋梁を見上げることができました。

 あれから約75年の歳月の経過を感じさせるコンクリートの橋脚に渡された橋梁は、きれいに塗装がされています。「竹内さん!これが、あなたたちが架けた鉄橋ですね?」。もう一度、竹内氏の残した写真と見比べてみてください。

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2010年6月 3日 (木)

「クモハ313系」を見送る駅員―「中部天竜駅」

Chubutenryu7  飯田線「中部天竜駅」を発車する電車を見送る駅員さん。見送られる電車は、「クモハ313-1702」+「モハ313-1702」+「クハ312-408」の「B152編成」です。

 「ク」は、駆動車(運転台付き)の「ク」、「モ」は「モーター付き車輌」の「モ」、「ハ」は普通車の意味。従って「クモハ」とは、「運転台付き、モーター付きの普通車輌」ということになり、普通は先頭と最後尾車輌になり、モーター音のしない「クハ」は静かな車輌ということになります。

 この「313系」と呼ばれる電車は、JR東海の直流近郊形電車。平成11年(1999)に投入された新鋭車輌。しかも「1700」番代は、平成20年(2008)に導入したばかり。以前紹介した車輌は「クモハ119系」は昭和57年(1982)製造開始でした。

 …なんて、私が知ってるわけないじゃん。全部、ネット情報の受け売り。要するに「知ったかぶり」です。

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2010年5月31日 (月)

ペダルを漕いで線路を進む「軌道自転車」

Railbike  子どもたちの目は、大人の目とは違っているようです。金網越しに覗いた「佐久間レールパーク」で、一緒に出かけた「そまびとキッズ」が見つけたものは…。「自転車?」。

 これは、線路の上を走る自転車―「軌道自転車」と呼ばれるもののようです。

 保線員が移動のため、サドルに跨りペダルを漕いで進む自転車。線路の上を走るため、分類上は鉄道車輌ですが、2人並んで仲良くペダルを漕いでいる姿を想像すると…。

 自転車だったら前にしか進めないから、方向転換の時には線路から持ち上げて向きを変える必要がありますね。

 この赤錆びた自転車を、私も何度も見ていたはずなのですが…。「そまびとキッズ」にはかないません。

2010年5月17日 (月)

廃トンネル活用第2弾 ホワイトアスパラ栽培成功

Tunnel  浜松市天竜区の地域活性化グループ「地域産業観光研究会」が今月、旧国鉄トンネル内を活用して3月から試験栽培してきたホワイトアスパラガスの収穫にこぎ着けた。メンバーは「国内産地は限られているだけに地域おこしにつながる」と、来春の安定生産へ向け決意を新たにしている。

 同研究会は昨秋、旧国鉄佐久間線の「相津トンネル」(浜松市天竜区相津)を市から借り受け、内部にワインセラーを開設した。第2弾として、照明未設置の「山王トンネル」(同区山東)に注目。遮光によって育つホワイトアスパラガスの栽培に取り組んできた。

 ホワイトアスパラガスは一般的に土をかぶせて栽培するが、入り口を木板と黒色のビニールシートで遮光したトンネル内は真っ暗。順調に育ち、長さ20センチほどの茎がニョキニョキと姿を現した。

 同区でそば店を営む同研究会の山本六二郎代表(60)が客に振る舞ったところ、「甘くておいしい」「食感がいい」と喜ばれたという。山本さんは「ゆくゆくは地元の飲食店に出荷したい。目指すは地産地消」と話す。

 山王トンネルは全長約500メートル。大規模栽培が望めるものの、課題の一つは労力の確保という。「生産者さんの協力を得ながら取り組みたい」と山本さん。今後はホワイトアスパラガスと同様、遮光を必要とする黄ニラ栽培にも挑む予定だ。(「静岡新聞」より)

 未成線の旧「佐久間線」トンネル跡利用の第2弾。さらなる成果を期待しています。

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2010年5月14日 (金)

0系新幹線の搬出は7月の予定

Railpark5  とっくに閉園した「佐久間レールパーク」―すでに一部車輌の搬出は行われたようですが、まだ金網越しに展示車輌を見ることができます。一体、どんなスケジュールになっているのでしょうか?

 東栄町から来たというテツオくん中学生に聞いてみました。昨年の閉園イベントが始まってから50回以上通い、「中部天竜駅」の駅員さんとも顔馴染みになったとのこと。そんな彼からの情報によれば…。

Zerokei4  すでにシートが掛けられている車輌の搬出移動は6月3日(木)。その後、随時佐久間を後にするとのことで、「0系は?」「7月に陸送されるそうです」。

 そうですね。0系は新幹線ですので軌道の幅が違います。その上、展示は動体ではなく車輪が外されています。トレーラーに牽かれて佐久間を離れる時には、大変な騒ぎになるのではないでしょうか?

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2010年5月 5日 (水)

「秘境駅」大にぎわい…ツアー企画・即完売

Owada  山奥や海沿いにあり、鉄路以外では簡単にたどり着けない「秘境駅」を巡るファンが増えている。

 豊かな自然に囲まれ、レトロな雰囲気が人気の理由という。JR東海などが「ローカル線のPRになる」と目を付け、大型連休に合わせて初の探訪ツアーを売り出したところ、たちまち完売。予想以上の反響に追加のツアーも計画されている。

 愛知県豊橋市と長野県辰野(たつの)町を結ぶJR飯田線の小和田(こわだ)駅(浜松市天竜区)は、名古屋駅からは約4時間。人気の高い秘境駅の一つで、急斜面の途中にある駅のホームから、新緑の山々と佐久間ダムの静かな水面が見渡せる。

 大型連休初日の先月29日には、電車が到着するたびに客が降り立ち、無人の古びた駅舎や駅の標識などを夢中でカメラに収めていた。約10年前からたびたび訪れている静岡市駿河区、会社員斎藤文昭さん(52)は、「秘境駅の人気は年々高まっているけど、盛り上がり過ぎると『秘境らしさ』が薄れる気もする」と苦笑する。

 秘境駅は、広島県三次(みよし)市、会社員牛山隆信さん(43)のホームページ(HP)や著作「秘境駅へ行こう!」がきっかけになってブームに火が付いたと言われている。

 牛山さんは、国内の全線乗車を目指して各地を巡っていた10年余り前、「人家もまれな場所に、なぜ駅が……」と思い、調べていくうちに秘境駅にひかれるようになった。

 「鉄道以外で訪れるのが困難」「利用者や近くの人家が少ない」「駅舎が古く、懐かしい雰囲気がある」といった観点で独自のランキングを作り、HPで公開すると、大きな反響を呼んだ。認定した秘境駅は現在、沖縄を除く全国で約200駅に上るという。

 特に、飯田線は小和田以外にも、絶壁にホームがある「田本(たもと)」(長野県泰阜(やすおか)村)や、すぐ近くを川が流れる「金野(きんの)」(同県飯田市)など、ランキング上位の駅が目白押し。JR東海とグループの旅行会社がこの話題性を乗客アップにつなげようと、4月29日~5月5日、臨時列車で同線の秘境駅6駅を訪ねるツアー(名古屋発は大人1人1万2800円)を売り出すと、各日175人の定員がすぐに埋まった。

 旅行会社の担当者は、「これほどの人気とは思わなかった。定番商品にできるのでは」とそろばんをはじき、6月にも次回のツアーを開催できないか検討しているという。JR東海も秘境駅にちなんだ菓子など、関連商品の販売を始めている。(5月3日付「読売新聞」より)

 「秘境駅」が、大変な人気のようです。私も「小和田駅」に降り立ったことがありますが、初めて訪れる人にも、なぜか懐かしさを感じさせてくれる独特の雰囲気があります。何でもある現代だからこそ、何にもない「秘境駅」が人気を集めるのでしょうか?

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2010年4月30日 (金)

JR飯田線のツアー体験 新緑、絶景の『秘境6駅』巡る

Kowada  人家や人の気がほとんどなく、鉄道以外での到達が難しいとされる「秘境駅」。4月上旬、にぎやかな静岡市中心部から離れ、JR飯田線の秘境駅6駅を巡るツアーに参加し、天竜川や木々が織りなす風景を堪能した。

 「秘境駅」はある鉄道ファンがサイトで紹介。2001年には本に取り上げられ、鉄道ファンの間で一躍有名になった。JR飯田線は愛知県豊橋市と長野県辰野町を結ぶ約195キロメートルの単線。ツアーには、鉄道ファンが作成する「秘境駅ランキング」で上位の駅も盛り込まれている。

 午前10時、豊橋駅(豊橋市)を出発し、最初の秘境駅「小和田(こわだ)駅」(浜松市天竜区)へ。皇太子妃雅子さまの旧姓(小和田(おわだ))と同じ漢字で、成婚当時、ブームを呼んだ。古い駅舎に足を踏み入れると、今は使われていない机が目に入った。机上に置かれた大学ノートには、訪れた人が思い思いのメッセージをつづっている。同駅は秘境駅ランキング第2位に選ばれている。

Iidasen  「中井侍(なかいさむらい)駅」「為栗(してぐり)駅」に続き訪れたのが「田本駅」(長野県泰阜村)。ホームは山の斜面の途中にあり、線路の向こうは天竜川を見下ろす絶壁だ。ホームの端にある階段を上ってみた。足を踏み外さないようこわごわ見下ろすと、電車、線路、天竜川がコラボレーションしたスリル満点の絶景が眼下に広がった。

 「金野(きんの)駅」、「千代駅」で秘境駅は終わり、ゴールは「天竜峡駅」(同県飯田市)。ここでは、天竜川を船で下る「天竜峡十勝めぐり」を体験できる。川沿いの岩面には、書聖と呼ばれた書道家の日下部鳴鶴(めいかく)が、1882年に天竜峡を訪れた時に書いた数々の文字が残されている。船で岩の間近まで進むと、文字は深く彫られ、その筆線の美しさに驚いた。

 緑したたるような秘境を満喫し、午後4時前に再び天竜峡駅から帰路に就いた。豊橋駅までの約3時間、豊川名物のいなりずしや野菜の煮物など、沿線の地元食材を使った「秘境駅オリジナル弁当」を食べながら旅の疲れを癒やした。(「中日新聞」より)

 昨日、「中部天竜駅」で鉄道ファンという中学生と出会いました。飯田線の旅は、鉄道ファンでなくても楽しめる、何となく懐かしさを感じる旅です。大型連休は、行楽日和。ぜひ、お出かけください!

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2010年4月23日 (金)

冷めない秘境駅ブーム JR飯田線小和田駅など ツアー完売、サイト会員増

Kowada  人里離れた場所にある無人駅「秘境駅」の人気が続いている。「何もなくて癒やされる」と、県内にもファンは多い。鉄道関係者によると、辺境の駅を訪れる中高年夫婦や女性グループは増えていて、熱烈な“鉄道マニア”だけの楽しみだったイメージも変化の兆しが見えてきた。静かなブームは冷めない。

 駅にアクセスする道路がなく、全国の秘境駅の代表格に挙げられるJR飯田線の小和田駅(浜松市天竜区水窪町)。「誰一人いない。晴天!」「日ごろのストレスがなくなりますね」。駅舎のノートにはほぼ毎日、訪れた人のメッセージが書き込まれている。

 県立大国際関係学部4年の湯沢彩奈さん(21)=静岡市清水区=はローカル線の「スローな旅」にはまっている一人。「ホームに降り立った瞬間から、異次元にいる感覚を味わえる」と秘境駅の魅力を説明する。

 ブームに目を付け、JR東海などは29日から5月5日までの大型連休中、日帰りで飯田線の秘境駅を巡る探訪ツアーを初めて企画した。ツアーは発売開始から2カ月を待たずに完売。同社によると、家族連れやカップルなどの申し込みが多数を占め、生粋の“鉄道マニア”の参加は2割に満たない見込みという。

 モバイルサイト制作のファーストビット(本社・東京)は昨年、携帯電話向けの駅専門サイト「携帯秘境駅」を開設した。駅の秘境度ランキングや画像などを配信して順調に会員を獲得。広報担当者は「女性が目立つ」「年齢層が広範」などの特徴を挙げ、「鉄道趣味というより、広く旅行趣味の人の目を引いている」と分析する。

 興誠中・高(浜松市中区)の講師で鉄道研究部顧問を務める酒井勇治さん(61)はブームの背景について「時間的余裕がある退職世代の増加が考えられる」と指摘。「昭和の時代から時間が止まったような秘境駅には、日常にない魅力がある。山歩きや温泉と組み合わせれば、ひと味違った旅行になる」と話す。(「静岡新聞」夕刊より)

 4月22日の夕刊に掲載された記事です。あなたも、ぜひ、一度お出かけください!車社会の現代で、車では行けないというのが魅力かも。「一度は降りてみたい景色が美しい無人駅」ランキング1位が、この「小和田駅」です。

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2010年4月22日 (木)

「水窪森林鉄道」の名残の半鐘台

Jitoukata8  昭和42年(1967)に廃止された「水窪森林鉄道」の廃レールは、ここ水窪でも半鐘台となって再利用されていました。

 この半鐘台が立っているのは、地頭方の「ふれあい橋」のそば。そして、もう1基は、佐久間町芋堀の城西小学校の運動場脇。廃レール3本を三脚に組んだだけの簡単な構造です。

Shironishi2 正確に言えば、これらが「水窪森林鉄道」で使われていたレールであったのかの確証はありません。でも、その位置から推測すると…。

 「気田森林鉄道」と「熊切森林鉄道」が走っていた春野では、かなりの数の半鐘台が廃レールで造られています。ここ水窪でも、まだまだ見つかる可能性がありますね。

 森林鉄道の名残を、探してみることにしましょう。

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2010年4月17日 (土)

山王峡に残る「水窪森林鉄道」の鉄橋跡?

Nazo_rosen2  国土地理院発行の古い地図の中に、「水窪森林鉄道」らしい表示を見つけました。軌道は飯田線「水窪駅」から戸中川に沿って遡り、水窪ダムを過ぎ戸中山の奥にまで達しています。

  森林鉄道のルートを辿り、山王峡辺りまで車を走らせてみました。

Sanoukyou2  「しらかば荘」近くで満開の桜の奥に見える3本のコンクリート柱を見つけました。もしかしたら、これが森林鉄道の遺構でしょうか?3本の橋脚と思われる遺構は高さが違い、実際にはどんな構造になっていたのかは分かりません。でも、位置的にみて鉄橋のものと思うのですが…。

 「水窪森林鉄道」が廃止されたのは、昭和42年(1967)。43年前までは、地元では「エンジン」と呼ばれていた機関車が、重い木材を満載した台車を牽いて、この橋脚の上に敷設されたレールの上を走っていたのでしょうか?

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2010年4月13日 (火)

「水窪森林鉄道」の名残の鉄橋

Shinrintetsudo9  地元・水窪町では「エンジン」と呼ばれていた機関車が走っていた「水窪森林鉄道」に関する資料には、なかなかお目にかかれません。昭和17年(1942)~42年(1967)までは、水窪川の支流・戸中川沿いに走っていたはずなのですが…。

 少ない資料を基に、「水窪森林鉄道」の遺構と痕跡を訪ねてみました。

 最初の出会いは桜の花越しの橋梁(鉄橋)。3本の橋脚に支えられ、向こうに見えている青緑色の橋梁がJR飯田線です。

 この橋梁が架かるのは、飯田線「水窪駅」の北側。現在でも歩行者用の橋として使われていますので、歩いてなら渡ることができます。

 川沿いの道を上流に遡ると「水窪発電所」を経て「水窪民俗資料館」(水窪町地頭方1097)に行くことができます。森林鉄道は軌道を軋ませ、この道を走っていたはず。この道をたどれば、何か見つかるかも知れませんね。

 さらに上流に向かってみることにします。

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2010年4月 6日 (火)

「広報はままつ」の表紙を飾る「JR飯田線のS字鉄橋(天竜区佐久間町相月)」

Koho  『広報はままつ』(4月5日号全市版)の表紙写真は「渡らずの鉄橋」―「JR飯田線のS字鉄橋(天竜区佐久間町相月)」。

 天竜区にあるJR飯田線城西駅。この駅と向市場駅の間にはS字鉄橋、通称「渡らずの鉄橋」があります。この鉄橋は水窪川左岸の掘削中のトンネルが中央構造線の地殻変動により崩落し、やむなくその部分を迂回したためにできたもの。鉄橋を通る電車は川の対岸に渡らず、元の岸側に戻ってきます。全国的にも珍しく、この日も鉄道ファンがカメラを構えていました。

Shironishi この写真を見たすべての浜松市民が「渡らずの鉄橋(水窪川第六橋梁)」を知ったことになります。さらに人気が出て、カメラを構える人たちであふれるかな?気になる撮影ポイントは、向皆外(むかがいと)の「城西大橋」の上です。

 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●以前から、ぜひ入手したいと思っていた「風景印」が、これ…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
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2010年4月 3日 (土)

廃レールで作られた春野町山路の半鐘台

Sanro6  「14/71」―これは、春野町内で現在までに確認できたレールでできた半鐘台の数です。つまり、71基あると言われる春野町の半鐘台のうち、14基が森林鉄道の廃レールを組んで作られたもの。そして、15基目を豊岡字山路(さんろ)で見つけました。

 山路とは、昨年末全焼してしまった龍頭山戒光院の裏側に当たる小高い地域。「春野町消防団第7分団1部」の倉庫脇に立っています。

 倉庫の外壁には半鐘の打ち方で情報の違いを伝えるための「消防信號」のホーロー看板が、良い状態で残されていました。

Shingo9  例えば「近火信號」は「●―●―●―●―●」の連打、「出場信號」は「●―●―● ●―●―●」の繰り返し、「應援信號」は「●―● ●―● ●―●」という約束です。

 「気田森林鉄道」が廃止されたのは、昭和34年(1959)。あれから50年以上の歳月が流れましたが、木材を満載した台車を走らせたか細いレールは、今でも半鐘台として春野のあちらこちらで見ることができます。

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2010年3月29日 (月)

「佐久間ダム」を造ったセメントが通った道

Tunnel0  巨大なコンクリートの塊でもある「佐久間ダム」に使われたセメントについて…

 浜名湖の北岸にある磐城セメント浜松工場(月産40,000トン)から30トンのバラ・セメントを積む専用列車で、ダム用の中庸熱セメントを輸送し…

 と紹介したことがありました。

Tekkyo6   そんな遺構が北区引佐町井伊谷にありました。写真のトンネルと鉄橋は、旧国鉄二俣線、現在の天竜浜名湖鉄道(天浜線)の「金指駅」から、「岩城セメント浜松工場」があった場所まで延びていた引込み線のものです。

 引佐の石灰岩を原料にして製造されたセメントが、この鉄橋を渡り、このトンネルを抜け、金指駅から二俣線の機関車に牽かれ豊橋駅から三信鉄道に乗り入れて、はるばる佐久間町中部のセメントサイロまで運ばれていたのです。

 鉄橋の銘板によれば、「佐久間ダム」工事の着工年である昭和28年(1953)に建設されたとされていました。

 重力式コンクリートダム「佐久間ダム」は…
 遠州灘海岸の浸食対策とダムの氾らんを防ぐため…
 ●大雨でダム湖の水位が上がった浜松市天竜区佐久間町の佐久間ダムが…
 ●先日、全5門からの放水の記事と写真を紹介…
 ●「佐久間ダム」の大放水―2008年6月21日となっていますので…
 ●長野県の諏訪湖から遠州灘に注ぐ天竜川水系で今後約30年間…
 ●「佐久間ダム」は、昭和28年に着工。アメリカの重機や…
 ●毎年、10月の最終日曜日に開かれる「佐久間ダムまつり」…
 ●佐久間ダムの下にあるのだから、きっと発電所だろう…
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2010年3月20日 (土)

「白神停留所附近ヨリ下流ヲ望ム 手前ヨリ 松澤橋梁…」

Shiranami426  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で、「白神駅」の項を調べてみました。

 白神駅(しらなみえき)は、静岡県磐田郡水窪町大字奥領家(現・浜松市天竜区)にあった日本国有鉄道(国鉄)飯田線の駅(廃駅)。

 佐久間ダム建設に伴う飯田線佐久間~大嵐間の経路変更に伴い廃止された。駅跡地は佐久間湖の湖底に沈んでいる。

 1面1線の単式ホームのみを持つ地上駅であった。

 駅は天竜川の東岸にあった。周辺には水窪町の白神集落が、対岸には愛知県北設楽郡富山村の下山中集落があった。

Shiranami428  昭和11年(1936)12月29日、「白神停留場」として開業し、同30年(1955)に廃止。現在は、「豊根口駅」「天龍山室駅」と同じように「佐久間湖」の湖底に沈んでいます。

  『三信鉄道記念寫眞帖』(非賣品:三信鉄道出張所發行)で、その「白神駅」付近の記述を見つけました。

 …是レヨリ二百六十四分ノ一ノ上リ勾配ニ入リ磐田周智郡界ニ山室隧道ノ延長二・九七九呎九ヲ穿チ天龍川岸ニ出デ之レニ沿ヒ右折第一四里ケ瀧陸橋(徑間三十呎一連)第二四里ケ瀧陸橋(徑間三十呎一連)ヲ過ギ北方ニ向ヒ左轉シテ第三四里ケ橋梁(徑間三十呎一連)第一立石隧道延長四五二呎一第二立石隧道延長一八〇呎第三立石隧道延長二六四呎第一胡桃山隧道延長三三六呎六第二胡桃山隧道延長一八八呎一第三胡桃山隧道延長一一二呎二等ヲ設ケ右折シテ第四胡桃山隧道延長七一八呎一胡桃谷陸橋(徑十五呎四連)ヲ設ケ百分ノ一上リ勾配ニ入リ蝮澤橋梁(徑間四十呎一連三十呎一連二十呎一連)龜谷橋梁(徑間六十呎一連)ヲ架シ左轉龜谷隧道延長三六七呎六第一龜澤隧道延長一七八呎二第二龜澤隧道延長八九呎一ヲ貫キ…

 …と、いい加減疲れてきました。つまり、トンネル⇔鉄橋⇔トンネル⇔鉄橋の記述が延々と続きます。

 …で、その証拠として「白神駅」付近の写真を紹介します。1枚目は「四里ノ瀧 第二立石隧道附近」、2枚目は「白神停留所附近ヨリ下流ヲ望ム 手前ヨリ 松澤橋梁 第二白神隧道 第一白神隧道 白神橋梁 第二龜谷隧道 第一龜谷隧道 龜谷隧道」となっています。これらのすべてが、今でも湖底に沈んだままです。

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2010年3月14日 (日)

見上げてください!「第1水窪川橋梁」

Dai1  飯田線の撮影ポイント―有名な「渡らずの鉄橋」の正式な名称が「第6水窪川橋梁」であることを知っている人は多いと思います。「第6」と言うからには「第1」があるはず。その鉄橋は、どこに架けられているのでしょう?

 実は、国道152号を水窪に向かう途中、最初に出会う鉄橋が「第1水窪川橋梁」なのです。

Plate  鉄道の橋梁番号も、トンネル番号と同様、起点駅に近い方から「1、2.3…」と数が増えて行きます。「第1水窪川橋梁」とは、起点の「豊橋駅」に1番近い水窪川に架けられた鉄橋という意味。

 国道152号は、この鉄橋の下をくぐっていますので、ちょっと行き過ぎてから車を停めてみてください。少しだけ歩いて戻り、下から見上げると、こんな風景。山間の鉄橋って、趣きがあるでしょう?

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2010年3月13日 (土)

早瀬と島中の「避溢橋」って何?

Hayasehiitsu  「三信鐵道」のプレートが残る橋として、佐久間の早瀬と島中の鉄橋を紹介したことがあります。正確に言えば、これらは「避溢橋(ひいつきょう)」と呼ばれる橋。下を抜けられるようになってはいますが、元々の目的は「避溢」―つまり、「溢れるのを避ける」ために架けられた橋です。

 大雨が降った時に、築堤の盛土が水を堰き止めてしまい、上流側を水没させてしまう恐れがある場合に作るものです。つまり、水抜き。これは築堤を含めた鉄道施設を守ることにも役立ちます。

Shimanakahiitsu  まあ、これを知らなかったとしても、問題はありませんし、よしんば知ったからと言っても、何の役にも立ちません。世の中の知識なんて、そんなもんです。でも、機会があったらウンチクを話してみてください。

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2010年3月 1日 (月)

よく知られた話ですが「三信金矢道」とは…

Sanshin429  よく知られた話ですが…。

Tetsu 鉄道会社の多くが、○○鉄道の「鉄」の字を「金失」ではなく、旧字の「鐵」あるいは「金矢」を使っているという事実。これは、「金を失う」につながるのを避けるためのゲン担ぎ。現在のJRグループも「四国旅客鉄道株式会社」を除き「鉃道株式会社」をロゴとしています。「三信鉃道」も例外ではありませんでした。

Sanshin430  まずは、「三信鉃道記念寫眞帖」の文字。ロゴ化された文字は写真の通り「鉃」の字。さらに、「社長一行 現場視(示+見)察記念 於山室驛 昭和十一年秋」の背景に写る「鉃道」の文字も「鉃」。

 正式な社名は、社旗の写真でも明らかなように「三信鐵道株式會社(示土)」でした。

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2010年2月27日 (土)

「開通ヲ待ツ山室驛ノ全景 昭和十一年十月十日開通」

Yamamuro425  JR「飯田線」のルートは、昭和30年(1955)「佐久間ダム」の建設工事にともない水没区間が派生するため、旧線の「中部天竜駅」~「大嵐駅」間13.3キロメートルを、新線の17.3キロメートルに付け替える工事が行われました。そのため、旧線の「佐久間駅」は現在の地に移転、「豊根口停留場」「天龍山室駅」「白神停留場」は廃止され現在に到っています…、とこれは、すでに何度か紹介した事実。その「天龍山室駅」跡は、現在「佐久間湖」の水面下に沈んでいますので見られないのですが…。

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、未だに「天龍山室駅」に関する記述が残っています。

Yamamuro420  天龍山室駅(てんりゅうやまむろえき)は、静岡県磐田郡佐久間町大字佐久間(現・浜松市天竜区)にあった日本国有鉄道(国鉄)飯田線の駅(廃駅)。

 佐久間ダム建設に伴う飯田線佐久間~大嵐間の経路変更に伴い廃止された。駅跡地は佐久間湖の湖底に沈んでいる。

 1面2線の島式ホームを持つ地上駅であった。駅は天竜川の東岸にあった。周辺には、佐久間町の山室集落があった。

Yamamuro423  プラットホームの形や乗り場には、○面○線という表現が使われます。面はホームの数、線は乗り場の数です。「天龍山室駅」は「1面2線の島式ホーム」となっていますので、1つのホームを挟むように線路が敷かれ、単線区間でも列車のすれ違いが可能だったことになります。

 そして、これが当時の写真です。「開通ヲ待ツ山室驛ノ全景 昭和十一年十月十日開通」と記された写真を見ると、さらにもう1本、通過列車用か退避用の線路が敷設されていたことが分かります。

 さらに、「社長一行 現場視(示+見)察記念 於山室驛 昭和十一年秋」と「山室驛構内ノ架線作業中」の写真も。

 これが、「佐久間湖」の湖底に沈んでいる、あの「天龍山室駅」の在りし日の姿です。*『三信鉄道記念寫眞帖』(非賣品:三信鉄道出張所發行)より

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2010年2月25日 (木)

昭和30年1月竣工「第一相月ずい道」

Aidukizuido  昭和18年(1943)、国有化されて飯田線となった鉄路に、同30年(1955)、大きな出来事がありました。それは、「佐久間ダム」工事に伴う線路の付け替え。佐久間⇔天龍山室⇔大嵐間 (13.3km) が廃止され、佐久間⇔水窪⇔大嵐間の新線 (17.3km) が開業し、佐久間にとっても、水窪にとっても、時代の大きな転機となりました。

 この歴史を示すものの1つがこの金属プレート。国道152号を水窪方面に進み、「第1水窪川橋りょう」を過ぎた辺りで右折するとすぐに見つかるトンネルの入口です。

第一相月ずい道
型式 1号型
延長 123M
設計 日本国有鉄道飯田線工事事務所
施行 飛鳥土木株式会社
着手 昭和29年2月25日
しゆん功 昭和30年1月30日

Aidukizuido1  トンネルの名称は「第一相月ずい道(トンネル)」。型式の「1号型」の意味は不明です。工事を開始したのが昭和29年(1954)で、完成が翌年1月。さらに翌年、新線の開通を迎えました。

 あっと言う間の突貫工事に、掘削用ダイナマイトの爆発音が響いたことでしょう。かつては馬で荷を運び、足で歩いた北遠の山里を、トンネルまたトンネルの飯田線がしっかりと繋いでいます。

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2010年2月16日 (火)

「佐久間レールパーク」閉園記念の「サクマドロップス」缶

Drop4  我が家のキッチンの収納庫の棚に、小さなドロップ缶が置かれていました。おや?これって、もしかしたら…?やっぱ、そうじゃん!「佐久間レールパーク」閉園記念に製造・販売された「サクマドロップス」缶。欲しいと思っていたのに、手に入れることができなかった「お宝」です。

 それが、どうして我が家にあるの?

 理由は、妻の知り合いの娘さんが佐久間に嫁いでいるのだそうです。その娘さん→実家→妻と渡り、私と驚きの対面となった次第です。

 ただシールが貼ってあるだけはないのです。スチール缶に「佐久間レールパーク」の展示車輌が表と裏とで16両。レールパークのロゴと「18年間ありがとう」の文字も印刷されています。

 「販売者:サクマ製菓株式会社02 東京都目黒区中央町1-5-2」―「サクマ」繋がりのオシャレなジョーク。ちなみに「サクマドロップス」と「サクマ式ドロップス」は違う会社です。「サクマ式ドロップス」は「佐久間製菓株式会社」ですが、記念缶は「サクマ製菓株式会社」の製品です。

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2010年2月13日 (土)

飯田線のトンネルに付けられた番号

27  日本一長いローカル線「飯田線」―全長195.7キロメートル中に起終点を含めて実に94の駅があり、410ヵ所の鉄橋と138本のトンネルが山間の集落と集落とを縫うように結んでいます。

 そのトンネルには通し番号が付けられていますが、これは、起点である「豊橋駅」から終点の「辰野駅」に向かい、順番に付けられているようです。ですから、運転士はトンネルの入口(起点に近い坑口)、出口(その逆)に表示された数字を見れば、列車の現在地を勘違いすることなく確認できるというわけです。

35  例えば、「早瀬駅」と「下川合駅」との間にある「早瀬」トンネルは「27」、「相月駅」を挟んで豊橋方面にある「第一相月」が「34」で、辰野方面にある「第二相月」が「35」と言った具合です。飯田線最長の「大原トンネル」は「43」。

 これさえ知っていれば、トンネルまたトンネルの長い、長~い「飯田線」全線を、6~7時間かけてののんびり普通列車の旅の途中で居眠りをしたとしても、現在地を知ることができますよ。

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 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
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2010年2月11日 (木)

JR飯田線でシカと衝突4年で5倍 JR東海、対策検討

Map  長野、静岡県境の山あいを走るJR飯田線(辰野-豊橋間195.7キロ、全94駅)で、走行列車とシカがぶつかる事故が本年度52件(9日現在)発生し、4年前の5倍以上になっていることが分かった。飯田下伊那地域でシカが急増しているのに伴う傾向とみられ、食害にとどまらず社会生活への影響を広げている格好。乗客の安全を守り、運行の遅れや車体の故障を防ぐため、JR東海はシカとの衝突を避ける対策の検討を始めた。

 同社広報部によると、2005年度に10件だった飯田線での列車とシカの衝突は、06年度に30件、08年度には50件に増加。本年度は05年度以降最多を記録し、4日に下伊那郡泰阜村内で上り特急「ワイドビュー伊那路」とぶつかった事故で52件に達した。

 広報部はすべての発生場所はまとめていないが、本年度は衝突で特急に10分以上、普通列車に30分以上の遅れが出た8件(9日現在)を発表=地図。このうち県境の中井侍(下伊那郡天龍村)-小和田(浜松市)間が半数の4件を占める。為栗(してぐり)-平岡(ともに天龍村)間でも、運転士がたびたびシカの姿を確認しているという。

 昨年6月には、静岡、愛知県境付近と中井侍-小和田間の県境付近で2日続けて普通列車と衝突する事故もあり、ブレーキが壊れ現場に約5時間立ち往生したり、後続の特急が2時間近く遅れた。

 JR東海の在来線全12路線中、飯田線での件数は、三重県-和歌山県の紀勢線219件、岐阜県-富山県の高山線82件(ともに1月20日現在)に続く。広報部によると、上位2路線では出没区間で徐行運転し、紀勢線は1999年ごろから計1億3千万円ほどかけ、線路への侵入を防ぐネットや金網を延長約16キロ設置した。飯田線についても「路線周辺の環境を精査しながら、対策を考えている」としている。

 長野県によると、08年度、飯田下伊那を管轄する下伊那地方事務所管内のニホンジカ捕獲数は4147頭で県内全体の3割近くを占め、県内10地事所単位で最多。県が第2期特定鳥獣保護管理計画(06~10年度)で示した伊那谷一帯を含む南アルプス地域の推定生息頭数も06年度3万300頭に上り、01年度の1.6倍に増えている。

 長野県内の他の線路では、北佐久郡軽井沢町のしなの鉄道信濃追分駅近くで昨年6月、シカ2頭をはねる事故が起きるなどしているが、飯田線での衝突件数が群を抜いて多いとみられる。(「信濃毎日新聞」より)

 ニホンジカの個体数増加による被害。「飯田線」の記事ですが、電車とシカとの衝突事故が起きているのは浜松市なのです。決して、遠い世界で起きていることではありません。山で起きている現状への理解をお願いします。

 *「森林・林業・食害」のカテゴリーは、こちら

2010年2月 9日 (火)

「向市場駅」で見たリバイバルカラーの119系電車

Mukaichiba  JR「向市場(むかいちば)駅」は、水窪中学校のすぐそば。県道389号水窪森線からちょっと西に入った辺り。飯田線「水窪駅」と「城西駅」との間にある駅で、飯田線が付け替えられた昭和30年(1955)に開業しました。

 片面ホームの上に小さな待合室があるだけの無人駅。ちょうど電車を待つ人がいて、「中部天竜」行きの上り列車が入ってきました。お馴染みのJR東海カラーです。ところが、3輌編成の後2輌に、あのブルーにライトグレーのストライプ―いわゆるリバイバルカラーの「クハ118-5006」が牽かれていました。

 昭和57年(1982)、飯田線に登場した119系電車は、天竜川をイメージした青色のボディでした。その後、「ベージュ地にオレンジ+緑帯」のJR東海カラーに変更され現在に到っていましたが、昨年の「佐久間レールパーク」閉園イベントを機に復刻され、たまたま私が目撃することができたという次第です。

 列車は、わずかな停車の後、「城西駅」に向けて出発して行きました。駅を出てすぐに水窪河内川を渡ります。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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2010年2月 7日 (日)

廃校跡に残る「森林鉄道」の廃レール

Hairail1  廃線となった「森林鉄道」の廃レールなら、まだまだありますよ。写真を撮ったのは、春野町の旧「勝坂小学校」でしたので、まさしく「気田森林鉄道」の軌道のすぐそば。半鐘台やガードレールに再利用されたものは、すでに紹介したのですが、これらは、それほどのものでもありません。

 1本は、電線引き込み用ポールを支えるワイヤーの柱として再利用されているようです。そして、もう1本―これは再利用というより、廃棄されたまま…?

Hairail4  現在JRで使用しているレールに比べると、かなり細身。断面から平底の「T型」と呼ばれる普通のタイプです。ふっくらとした頭部は、車輪との接触と摩耗を考慮しての形状。

 廃校跡に残る廃レール―普段、あまり気にすることもないレールですが、天浜線も赤電車も走っていない春野の山里で出会う廃レールには、不思議な魅力を感じます。

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
 【関連記事】「金川稲荷大神」の半鐘台もレールの再利用
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2010年2月 4日 (木)

佐久間レールパーク:閉園 JR東海博物館展示車両、搬出始まる

0kei  昨年11月に閉園した「佐久間レールパーク」(浜松市天竜区佐久間町)から、来春に開業予定の「JR東海博物館(仮称)」で展示する車両の搬出が3日、始まった。同パークにある16両のうち10両が博物館で展示される予定。夏ごろまでに順次、運び出される。

 この日運び出したのは「スニ30」95号車1両。当時の鉄道省が初めて導入した鋼鉄製の客車「オハ31系」の荷物車で、1929年に製造され、87年まで使われた。

 シートで覆われた車両は、同パークがあった中部天竜駅の引き込み線で3両編成のレール運搬車の間につながれ、構内で試験運転した。飯田線を経由して愛知県の豊川駅まで運ばれた後、車両製造会社「日本車輌製造豊川製作所」にしばらく保管される。

 博物館は名古屋市港区金城ふ頭に建設中で、同パークから運んだ車両や、超電導リニア車両や歴代新幹線など36両が展示される。(「毎日新聞」より)

 「毎日新聞」に掲載されていた記事です。今回搬出された車輌はJR飯田線の線路の上を牽かれて行ったようです。しかし、写真の「0系新幹線」は広軌の車輌ですので、狭軌の飯田線を走れません。もうしばらく、佐久間に置かれているかも知れません。

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『スニ30』のJR東海博物館展示へ向け 中部天竜駅から豊川へ移送

Rilpark  浜松市天竜区のJ R飯田線中部天竜駅構内にある旧佐久間レールパークで3日、保存車両「スニ30形式」の搬出があった。閉園された同パークから、2011年春に開館予定のJR東海博物館(仮称、名古屋市)へ移して展示するためで、運搬車に引かれ、まず一時保管先の日本車両製造豊川製作所(愛知県豊川市)へ向かった。

 同パークに保存されている車両16両のうち、博物館には戦前の代表的な高速電車「モハ52形」や「ED11形 直流電気機関車」を含め、10車両が移される予定。今年夏までに順次、運び出される。

 スニ30形式は1929年に製造された鉄道省(後の国鉄)初の鋼製荷物車(全長17メートル)。鉄道の黄金期に活躍した逸品は、嫁入り道具のように大事にシートをかぶせられて送り出された。豊川製作所には4日朝に到着する見込み。(「中日新聞」より)

 とうとう、その日が来てしまったようです。私のように金網越しに覗いていたファンにとっても寂しいニュースが届きました。

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2010年2月 1日 (月)

飯田線最長「大原トンネル」を見下す

Ohara8  飯田線最長のトンネル「大原トンネル」―長さ5,063メートル。「水窪駅」を出て、線路はやや西にカーブを切るように進路を取り、水窪川の支流、翁川を渡り国道152号の下を潜れば坑口が見えてきます。

 写真は、国道152号から見た「大原トンネル」。線路は真っ直ぐに延び、トンネルの中に吸い込まれて行きます。

 昭和30年(1955)に竣工したこの工事で初めて用いられた「全断面掘削工法」は、一気に発破をかけて全断面を掘削し、コンクリートで固めるやり方。山岳トンネルでよく用いられた工法だそうです。

 この「大原トンネル」を抜けると、すぐに「大嵐(おおぞれ)駅」。水窪駅⇔大嵐駅間の距離は、飯田線最長の6,500メートルとされていますので、駅間のほとんどは「大原トンネル」になります。

 「佐久間駅」で天竜川から離れ、しばらく水窪川沿いを走って来た下り電車は、トンネルを抜けると再び懐かしい天竜川と再会します。

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2010年1月31日 (日)

上から、下から…「渡らずの鉄橋」

Dai62  飯田線の人気撮影ポイント「渡らずの鉄橋」の写真と言えば、「城西大橋」から望んだものが多いのですが…。

 もっと接近することはできないのでしょうか?上から…?下から…?近づこうと思えば近づけます。

 先ずは上から。枕木の小口に書かれた数字も読めますし、手が届きそうなくらいに接近することはできるのですが、あのS字カーブが写せません。ただ、脱線防止のため線路が2重になっているのがはっきりと分かります。これは、この鉄橋がカーブしている証拠。

Dai61  次は下から。残念ながら、こちらもわずかにカーブしているように写るだけです。ただ、「2000年3月」に塗装を施行時の表示が読めます。「橋りょう名 水窪川第6橋りょう 位置 城西~向市場駅間 71K202M 支間 22M30…」。水窪川を跨ぐのではなく、流れの方向に沿って延びる不思議な鉄橋を、間近に感じることができます。

 …と言うことで、長さ401メートル―飯田線最長「渡らずの鉄橋」のS字カーブをきれいに写すには、なるほど「城西大橋」上がベスト・ポイントだと分かりました。

 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●以前から、ぜひ入手したいと思っていた「風景印」が、これ…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
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 ●『広報はままつ』(4月5日号全市版)の表紙写真は「渡らずの鉄橋」…

2010年1月29日 (金)

お召列車の予備機だった「ED62形14号機」

Ed6214  「佐久間レールパーク」の金網越しの写真。その2は、直流電気機関車「ED62形14号機」です。

 全車がED61形からの改造でしたが、昭和44年(1979)5月26日・27日の2日間、愛知県下で行われた植樹祭での昭和天皇・皇后両陛下ご出席のため、初めてED6215号機がお召列車の本務機として登用された際、予備機とされたのが、この「ED6214」。その後、飯田線に導入され、貨物列車として活躍しました。

 そんな履歴を持った「ED6214」が、「佐久間レールパーク」の金網越しに見られます。さて、いつまで見られるのでしょうか?行ってみてください!寄ってみてください!覗いてみてください!「ED112」の後のツートンカラーです。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
 ●初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の列車など…
 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
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 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道車両博物館で…
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2010年1月19日 (火)

建て替えられた「三信鐵道建設工事殉職碑」

Jyunsyoku  「三信鉄道」工事は、南信州の飯田と三河川合を結ぶ約67キロメートルの山峡を縫っての難工事でした。この工事で命を落とした人々の名前を刻んだ「三信鐵道建設工事殉職碑」については、以前紹介させていただきましたが、光線の具合であまり良い写真ではありませんでした。

Jyunsyokuhi414 そこで、再び現地を訪ね、写真を撮り直しましたので掲載します。これなら、文字がはっきりと読めるでしょう?

 この殉職碑は、天竜川橋梁が架け替えられた時に移転したらしい、との話を聞いたことがありました。建立当時の写真を『三信鉄道記念寫眞帖』(非賣品:三信鉄道出張所發行)の中に見つけました。石碑の基礎石部分と背景が、確かに違っています。

Album  ところで、この『寫眞帖』の表紙には、「三信鉄道」の社章と「2603」の数字が書かれています。この数字は、「皇紀2603年=昭和18年=西暦1943年」の意味。「三信鉄道」が「中部天竜駅」まで開通したのは同9年(1934)、殉職碑が建てられたのは同13年(1938)8月で、現在の天竜川橋梁が竣工したのは同30年(1955)のこと。

 橋梁17、隧道171が造られ、暴風雨による崩壊やトンネル、築堤工事での事故で、50数人が命を落とし、殉職碑には朝鮮名を含めた54人の名前が刻まれています。

 ●「三信鉄道建設工事殉職碑」は、佐久間小学校の奥…

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2010年1月16日 (土)

行ってらっしゃい!―一旦は廃止された飯田線「早瀬駅」

Hayase  飯田線の前身「三信鉄道」が当時の「佐久間駅」まで開通し、営業を開始したのは、昭和9年(1934)。「早瀬駅」はまだありませんでした。

 「早瀬停留場」が開業したのは翌年5月10日。昭和18年(1943)、一旦廃止されましたが、同21年(1946)に「早瀬駅」として再開業。JR東海飯田線の無人駅として現在に到っています。

 滅多に乗降客などいないと思っていた「早瀬駅」で、ちょうど豊橋行きの列車を待つおばちゃんに会いました。「お兄さん、写真を撮るの?」「はい、すぐに来るようでしたら…」「今に豊橋行きが来るよ」。…と話しているうちに、タイミング良く近づいてくる白い車輌。「来た!」。

 ドアが開いて乗務員が下り、おばちゃんが乗り込んだら安全を確認し、列車はゆっくりと駅を離れて行きました。「早瀬駅」を出ると、鉄橋―トンネル―鉄橋で「浦川駅」。「行ってらっしゃい!」。なぜか、手を振りたくなる山間の駅。列車はゆるやかにカーブを切りながら「第二大千瀬川鉄橋」へと向かって行きました。

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2010年1月15日 (金)

昭和9年開業―飯田線「下川合駅」

Shimokawai  飯田線「下川合駅」は、「中部天竜駅」と「早瀬駅」の間。「三信鉄道」の「三信三輪駅(現東栄駅)」~「佐久間駅(現中部天竜)駅)間が開通した昭和9年11月11日に開業しています。

 当時は1面2線の島式ホームだったそうですが、現在は1面1線の単式ホーム。ホームの上に小さな待合室があり、待合室の中に使用済みの切符を入れるポストが掛けられています。

 「下川合駅」付近の線路は大千瀬川に沿って伸び、「中部天竜駅」までの間には3本のトンネルがありますが、それでも飯田線のルートの中では比較的なだらかな地形です。

 ゴールデンウィークの頃に、大千瀬川の上を100匹の鯉のぼりが泳ぐ光景が見られるのは、この「下川合駅」のすぐそば。平成7年(1995)に解体されるまでは、旧駅舎が残されていたそうです。

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2010年1月14日 (木)

「島中橋りょう」にもあった!「三信鉄道」のプレート

Shimanaka  先日、JR飯田線が開通当時は「三信鉄道」だったという証拠として、「早瀬避溢橋(ひいつきょう)」に貼られた金属プレートの写真をお見せしました。「昭和八年 川崎車輌株式會社製作 三信鉄道株式會社」とあり、この避溢橋が架けられた当時は確かに「三信鉄道」だったことが分かりました。

 そして、今回は「島中橋りょう」のプレートです。

Shimanaka415  「島中橋りょう」は「第一大千瀬川橋梁」のすぐ東。「橋りょう」の下を道路が抜けています。たびたび繰り返される再塗装によって、プレートの文字は読みにくくなっていますが、分かりますよね?「昭和八年 川崎車輌株式會社製作 三信鉄道株式會社」の文字が浮き上がり、「早瀬避溢橋」と同じです。

 この路線の開通は、昭和9年11月11日でしたので、つまり、開通の前年には竣工していたことになります。

 ちなみに、2枚目の写真のほぼ中央に写っているのが、「三信鉄道」開業当時の「島中橋梁」です。

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2010年1月11日 (月)

佐久間レールパークの金網越しに見た「ED11形2号機」

Ed112  鉄道ファンの間での2009年の「10大ニュース」に入ると思われる事件が、佐久間町で起こりました。鉄道博物館「佐久間レールパーク」の閉園。その後、レールパークの展示車輌はどうなったのでしょう?

 はい、これが「ED112」。良かった!元のままじゃん!

 ED11形2号機は、アメリカのゼネラル・エレクトリック社で製造された2両のうちの1両。車体は箱形で前後にデッキがあり、屋根上に2基のパンタグラフがついています。田の字型の側窓が特徴的。レールパークでは、そんな貴重な車輌が保存されていましたが…。

 金網の柵越しでしたら、まだ見られます。さて、いつまで見られるのでしょうか?行ってみてください!寄ってみてください!覗いてみてください!

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2010年1月 8日 (金)

第一と第二―2本の「大千瀬川橋梁」

Dai1  私は、何か勘違いをしていたようです。いえね、大千瀬川に架かる飯田線の鉄橋のことですが、浦川キャンプ村の北で大千瀬川を跨いでいるのが「第二大千瀬川橋梁」だとばかり信じていました。ところが、現地に行って確認してみたところ、何と「第一」だったのです。

 それが分かったのは偶然。「早瀬駅」で聞いた話からです。

 「あの~、台風で流された鉄橋って、あれですか?」と「早瀬駅」から見える鉄橋を指差したところ、「流されたのは、島中峠を越えた浦川駅に近い方の鉄橋ですよ」との返事。「早瀬駅」近くの鉄橋が「第二」だったのです。

 …で、洪水で流されたという話ですが…

Dai2  「第一大千瀬川橋梁」は、昭和43年(1968)8月29日に襲来した台風10号により流出。仮設されていた鉄橋も、翌年8月5日の台風7号により再度流出してしまいました。鉄橋が復旧したのはさらに翌年7月8日。それが、現在見ることができる「第一大千瀬川橋梁」だったのです。

 そうか。流されたのは、「第一」だったんだ。架け替えられたのが「第一」だということは、「第二」の姿が古い写真と違っているのはなぜなんだろう?

 その後も調べでは、「第二大千瀬川橋梁」も、同56年(1981)3月1日に架け替え工事が完了しています。

 …と言うことは、「第一」も「第二」も「大千瀬川」に架かる2つの鉄橋は、ともに架け替えがされていたということです。何だか、分かったような分からないような…。

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2010年1月 6日 (水)

「三信鉄道」の名が残る金属プレート

Sanshin1  「JR飯田線は、開通した当時は三信鉄道でした」と何度も書いてきましたが、その証拠は…?

 じゃあ、その証拠をお見せしなくてはいけないと思い、こんな写真を撮って来ました。これは、「早瀬避溢橋(ひいつきょう)」に貼られた金属プレート。「早瀬駅」のすぐ西に架けられた橋梁で、「昭和八年 川崎車輌株式會社製作」とあり、現在の「川崎重工」で製作したものと分かります。

 …で、肝心の「三信鉄道株式會社」の文字が、はっきりと浮き彫りにされています。

 どうですか?これで、昭和8年(1933)、三信鉄道の線路が「三河三輪駅」から「佐久間駅」(現在の「中部天竜駅」)まで延びて来た当時の鉄道の社名が「三信鉄道」だったことが分かります。

 ねっ?やっぱり「三信鉄道」だったでしょう?

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2009年12月29日 (火)

完成当時の「渡らずの鉄橋」

Watarazu  昭和31年(1956)10月15日「電源開発株式会社」発行の竣工記念誌『佐久間ダム』の中に、珍しい写真が掲載されていました。それが、この写真。

 えっ、「渡らずの鉄橋でしょう?」って?そうですよ。「水窪川第6橋梁でしょう?」って?その通りですよ。「だったら、飯田線一の人気撮影ポイント。珍しくなんかないじゃん!」。

 いえ、いえ、この写真は、佐久間ダム工事に伴う飯田線の付け替え工事完成直後。同30年(1955)11月当時のものです。その証拠が、「城西大橋」が架けられている場所に写っている吊り橋。ねっ、現在の橋とは違うでしょう?

 佐久間ダムによる最大の補償が約13キロに及ぶ飯田線水没に伴う付け替え工事。この付け替え線の総延長は約18キロ。そのうち約10キロがトンネル、約1キロが、この「渡らずの鉄橋」に代表される橋梁です。

 *写真は、スキャナーで取り込みましたので不鮮明です。申し訳ありません。

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2009年12月28日 (月)

全線一七一ノ内最長佐久間隧道南口

Sakumazuido379  『三信鉄道全通 記念寫真帖』(非賣品 昭和12年8月 熊谷組發行)―鉄道ファンならずとも、北遠の沿革を知る上でも貴重な資料です。その写真の1枚、1枚に、私が見たかった「かつての佐久間=かつての北遠」が残されています。

 現在の「飯田線」の前身となる「三信鉄道」を象徴するのが、佐久間ダムにより路線付け替えが行われる以前の旧線。『寫真帖』にも、旧「佐久間水窪口駅」から「豊根口停留場」へと抜けたトンネル「佐久間隧道」の写真が掲載されています。

 全線一七一ノ内最長佐久間隧道南口 延長五、一二九呎ニテ四十分ノ一ノ片勾配

 「佐久間隧道」は、「三信鉄道」にあった171のトンネル中、最長のトンネルでした。その長さは5,129フィート=1564メートル。「天竜川橋梁」で天竜川を渡り、現在の電源開発佐久間発電所の裏にあった南口から長いトンネルに入り、次に顔を出すとそこも天竜川。その後は、天竜川沿いに北上し、「天龍山室駅」「白神停留場」を経て、現在の「大嵐駅」へとつながっていました。

Sakumazuido380  貴重な「佐久間隧道」の写真を見ると、電車の屋根はトンネル壁ギリギリ。「佐久間隧道」が開通したのは、昭和11年(1936)11月10日。廃止されたのは同30年(1955)11月11日ですから、19年と1日でその役目を終えたことになります。一度、乗ってみたかったですよね?

 もう1枚の写真は、「佐久間隧道工事使用ノ 電氣機關車 自重三瓲」―これで、土砂を運び出したのでしょうか?

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2009年12月23日 (水)

勝坂、門桁の山里に立つレールで造られた半鐘台

 久しぶりに、この話題です。レールで造られた半鐘台―覚えていますか?

 かつて「気田森林鉄道」が走っていた気田川沿いで、4基の鉄道遺産を見つけました。

 最初の1基は、春野町勝坂(かっさか)で。3脚に組まれたレールに吊るされているのは半鐘ではなくて銅鑼でした。

 2~4基は、いずれも水窪町門桁(かどげた)。こちらは3基とも半鐘が吊るされています。

 初めて半鐘台の話題に触れる人のために、念押しの説明をしておきます。

 これらの半鐘台に使われている鋼材は、もともと「気田森林鉄道」のために敷設されていた線路。昭和34年に廃止され、用済みとなったレールを用いて半鐘台を造ったのだろうという推論です。

 現在、JRで使われているレールと比較すると、グッと細くなっています。これまで見つけた半鐘台は、主に春野の各地域に点在していましたが、今回見つけたのは、まさに鉄道沿線。本家本元と言えるかも知れません。

Kassaka

Kadoketa1

Kadoketa2 Kadoketa4

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2009年12月19日 (土)

高さ180フィート―これが「門谷川橋梁」

Kadotani403  以前、勘違いから紹介した飯田線「門谷川橋梁」の写真が見つかりました。建設当時の古い写真ですので、「飯田線」と言うより「三信鉄道」。『三信鉄道全通 記念寫真帖』の中の写真ですので、今度は間違いありません。

 下第六工區小和田、大嵐驛間ヲ結ブ 門谷川徑間二五〇呎下路構桁重量二三三、七三瓲 ケーブルエルクション(索道架桁式) 架設工事高サ百八十呎 高サニ於テハ全線中第一位 着手 昭和十二年四月 竣功 昭和十二年六月

 「呎」とは「フィート」のこと。1フィート(正確に言えば単数の場合はfoot、複数形がfeet)=0.3048 メートルですので、全線1位の「高さ180フィート」と言えば「0.3048×180=54.864メートル」になります。そこに鉄橋を架けるのですから難工事だったことが想像されます。

 「径間250フィート」と言えば「0.3048×250=62.484メートル」。「門谷川橋梁」が架けられている場所をご存知の人なら想像してみてください。北も南もトンネルです。山と山との62.484メートルの間にケーブルを渡して索道を造り、総重量「233.73トン」の鋼材を1本、また1本と組み立てて行った工程が見て取れます。

Kadotani404  そして…

 南北ヨリ進ミタル軌道布設工事ハ奇シクモ門谷川橋梁上ニ於テ接續サレタリ 昭和十二年七月六日

 「昭和12年7月6日」、「門谷川橋梁」上に南北から延びて来た線路がボルトで留められ、「三信鉄道」全線開通の瞬間を迎えました!

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2009年12月 9日 (水)

不思議な出会い―旧「天竜川橋梁」の写真

Sakuma401  不思議な出会いが続きます。事の起こりは、千葉県の夏目さん。私のブログを読んで送っていただいたのは、天竜川に架かる長い鉄橋の写真。「この年賀ハガキを下さった同級生は新城に住んでおります。10年前の年賀状ですが、この写真は70年前の風景です。旧佐久間駅はこの橋の左先にありました。大嵐に抜けるトンネルの前にありました。」とのこと。

 千葉県からやって来た夏目さんとは、11月21日、飯田線「野田城(のだじょう)駅」で落ち合い、同級生の家を訪問。「ほら、前に送ってくれた年賀状の写真の件だけど…」。

 そして、これが年賀状に使われていた写真です。

Sakuma402  写真は、『三信鉄道全通 記念寫真帖』の冒頭を飾る1枚。探していた初代「天竜川橋梁」が目の前に現れました。もちろん、「佐久間ダム」建設工事により飯田線のコースが変更され、現在の「天竜川橋梁」に架け替えられる前の鉄橋です。

 写真の説明には…

 中部天龍驛ト佐久間水窪口驛ヲ結ブ 天龍川ニ架設ノ徑間二〇〇下路鋼構桁二連 徑間六〇呎鋼鈑桁十連ノ三信鐵道中最大ナル 橋梁ノ全景 架設工事 着手 昭和十一年四月 終了 昭和十一年八月

 待てよ?この橋、以前にもどこかで見たことがありそうな…?そうだ!竹内さんのアルバムにあったっけ!

 次が、その写真です。アルバムに書かれた説明書きには、「昭和四年十月三信線北線天竜川橋梁橋脚工事」とあります。

 「昭和4年」と言えば、「三河川合」⇔「 天竜峡」間の開通を目指した「三信鉄道」工事の着手が「昭和4年8月」。「天竜川橋梁」の工事着手は、『三信鉄道全通 記念寫真帖』中の「昭和11年4月」だったのだろうと思います。

 その他にも、工事中の貴重な写真がありましたので、ご覧いただくことにします。

Sakuma399_2 Sakuma391
Sakuma400_2 Sakuma392_2
Sakuma398_2 Sakuma397_2
Sakuma395_2 Sakuma396
Sakuma393_3

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2009年12月 7日 (月)

「三信鉄道」天竜川沿い旧線が写る古い絵葉書

Sanshintetsudo385  古い絵葉書―三信鉄道の列車の写真を使った珍しい絵葉書です。「最新撮影沿岸絶景 南天龍峡下り 天龍川沿岸久根銅山正門 イサミ寫真館發行」の「(天龍川沿岸)三信鉄道」と題された1枚ですので、この写真は「佐久間ダム」工事により湖底へと沈んだ旧線。水面近くのずいぶん低い場所を走っていたことが分かります。

 ところで、写っているこの列車は何でしょう?「三信鉄道」は、天竜川の電源開発を目的に、豊川鉄道、鳳来寺鉄道と伊那電気鉄道を結ぶ鉄道として建設されましたので、開業当初から直流1500Vによる電化鉄道でした。

 調べてみると、「三信鉄道」を走っていた列車は「デニ201形」と「デ301形」。そのどちらであるかは不明ですが、「デ」とは「電動車」の「デ」。鉄道省払下げのモハ1系電動車を鋼体化、あるいは木造車体のまま両運転台化したものでした。「モ」は「モーター」の「モ」。

 同じ浜松市を走る「天竜浜名湖鉄道(天浜線)」は、国鉄「二俣線」の時代から未だにディーゼルカーが走る非電化路線。大正末期から昭和初期にかけて、一般鉄道の電化が進む中で、かつての「三信鉄道」、現在の「飯田線」は開業当初から電化されていました。絵葉書をよく見れば、単線のレールの上の架線もはっきりと写っています。

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2009年11月30日 (月)

開業当時は「佐久間駅」を名乗った「中部天竜駅」

Tyuubutenryu379  昭和9年(1934)11月11日、現在の「飯田線」の元となった「三信鉄道」が「三信三輪駅(現・東栄駅)」から延伸し、その終着駅となったのが現在の「中部天竜駅」。ただし、開業当時は「佐久間駅」としてスタートし、翌10年5月24日に「中部天竜駅(なかっぺてんりゅうえき)」へと改称。

 さらに、同18年(1943)8月1日 、「三信鉄道」が「飯田線」の一部として国有化されて国鉄の駅となり、「中部天竜駅(ちゅうぶてんりゅうえき)」に呼称変更されたというのが、先日まで「佐久間レールパーク」が併設されていた「中部天竜駅」の沿革です。

 「中部天竜駅」が「佐久間駅」を名乗っていた証拠の一つは、以前紹介した開業当日のスタンプ。「昭和9.11.11」の日付の入ったスタンプには確かに「佐久間駅」の名前が入っています。

Sanshin334  そして、今回、もう一つの証拠を見つけました。それが、この古い絵葉書。このモノトーンの絵葉書は、「南天龍峡下り 天龍川沿岸久根銅山正門 イサミ寫真館發行」の1枚。「(天龍川沿岸)中部天龍驛頭(ホームに三千余年前の敷石帯現る)」との説明が印刷されています。

 島式のホームに電車が1輌。ホームには木造の待合所が建ち、その横に立つ電柱に貼られた駅名には平仮名で「さくま」。(*掲載の写真は絵葉書をスキャンしたものですので、拡大しても文字が読めません)。「(ホームに三千余年前の敷石帯現る)」とは「半場遺跡」のことですので、間違いなく現在の「中部天竜駅」です。ねっ、古い絵葉書ってあなどれないでしょう?磐田の佐口行正氏からお借りしました。

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2009年11月24日 (火)

「飯田線」最長の「大原トンネル」

Tunnel 「水窪駅」と「大嵐駅」との間にある「大原トンネル」は、飯田線最長のトンネル。佐久間ダム建設により付け替えられた飯田線のルートは、「水窪駅」を過ぎて「大原トンネル」内を西進、「大嵐駅」に至り、ほぼ直角に北へと方向を変え旧線のルートへと戻ります。

 トンネルまたトンネルの飯田線の中にあっても最長「大原トンネル」の長さは5063メートル。昭和28年(1953)着工、同30年(1955)開通。米国製の大型トンネル機械を使い、わずか22ヵ月で完成しました。

 その「大原トンネル」を車窓から見たのが、この写真。トンネル入口には「大原」の文字が見えます。「水窪駅」午前10時45分発の「天竜峡駅」行き。私たちを乗せたクモハ119の列車が、長い闇の中に吸い込まれて行きました。

 列車はトンネルの中で加速。スピードを上げて狭い単線鉄道トンネルを走り抜け、外界の光が見えたと思ったら、もう「大嵐駅」。飯田線は「三信地下鉄道」と例えられたこともありますが、言い得て妙。まさにその通りです。

 ●飯田線最長のトンネル「大原トンネル」―長さ5,063メートル…

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2009年11月22日 (日)

天竜川対岸に残る「天竜川橋梁」の遺構?

Alim3797  JR「飯田線」のルートは、昭和30年(1955)「佐久間ダム」の建設工事にともない水没区間が派生するため、旧線の「中部天竜駅」~「大嵐駅」間13.3キロメートルを、新線の17.3キロメートルに付け替える工事が行われました。そのため、旧線の「佐久間駅」は現在の地に移転、「豊根口停留場」「天龍山室駅」「白神停留場」は廃止され現在に到っています。

 その「佐久間駅」は、三信鉄道時代の昭和11年(1936)「佐久間水窪口停留場」として開業。同16年(1941)、「佐久間水窪口駅」を経て「佐久間駅」と名前を変えましたが、それは旧駅の話。三信鉄道が飯田線として国有化され、同30年(1955)に現在地に移転しました。

 …となると、旧線と旧駅の位置はどこだったのでしょう?現在の「天竜川橋りょう」の豊橋側に立ち、天竜川の対岸に目をやりました。

 旧駅は、現在の電源開発佐久間発電所の場所にあったと聞いています。と言うことは、あの辺り…?そして発電所の裏側には、今でも「佐久間隧道」の跡が残されているとも聞いています。

 おそらく現在の「中部天竜駅」から伸びた旧線は、殉職碑の立つ辺りを通っていたことになります。あちらからこう来て、向こう側にこう伸びて…。多分、対岸の低い位置に見えるコンクリート建造物が、旧「天竜川橋梁」の橋脚の遺構ではないかと思います。となると、殉職碑の位置が移動したことにはなりますが…?違うかな~?

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2009年11月21日 (土)

以前紹介の写真は「満島駅」と「万古川橋梁」に訂正します。

Michishima390  以前、三信鉄道「中部天竜駅」開業と門谷川橋梁ではないか、とレポートさせていただいた写真の答えが『三信鉄道全通 記念寫真帖』(非賣品 昭和12年8月 熊谷組發行)の中にありました。

 「中部天竜駅」とお伝えしたのは「昭和11年4月於満島驛」、「門谷川橋梁」とお伝えしたのは「萬古川橋梁全景」(橋桁ハ三菱工業所神戸造船所製作)の写真と同じ場所のようです。「満島驛」は「みつしま」と読み、現在の下伊那郡天龍村平岡の「平岡駅」のこと。「萬古川橋梁」とは「万古川(まんごがわ)橋梁」と読み、「平岡駅」の近くに架けられています。

 この答えを知りたくて知りたくて数ヵ月が過ぎましたが、世の中、不思議なことが起きるものです。私の書いたブログを読んだ千葉県の夏目さんが、「同級生の父親が三信鉄道に関わっていた人。もしかしたら、答えを知っているかもしれない」と案内をかって出てくれました。千葉県からやって来た夏目さんと、飯田線「野田城(のだじょう)駅」で合流。すぐ近くの山口さん宅にたどり着きました。

Monkogawa388  「これが、親父の残したアルバムです」と、山口さんが示してくれた2冊の中には、「三信鉄道」全通に到るまでの工事の写真がびっしり。はやる気持ちを抑え、1枚、また1枚とページをめくり、貴重な資料の中で先の写真を見つけました。

 既に私の記事の間違いに気づいていた人もいらっしゃったかも知れませんが、今度は間違いありません。まだ数時間前に確認したばかりですが、早速公開します。

 2冊のアルバムの中の資料写真については、今後、数回に分けて紹介していきます。

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2009年11月20日 (金)

川村カネト本人からの年賀状

Kaneto373  川村カ子ト(かねと)は明治26年(1893)、旭川永山町(現旭川市永山)キンクシベツに生まれました。父は上川アイヌの長、7代目イタキシロマ。母はアベナンカ。小学校卒業後、鉄道人夫として測量隊の手伝いをするなかで測量を学び、やがて測量技手試験に合格し、鉄道員札幌講習所を卒業後、北海道各地の線路工事の測量に携わりました。

 大正3年(1914)に陸軍入隊、2年後に除隊。三信鉄道に請われ、難し過ぎて引き受け手の無かった天竜峡~三河川合間の測量をアイヌ測量隊を率いて敢行。現場監督も務めて難工事を完成させました。

 …と、これがフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「川村カ子ト」に関する記述。すでに何度か紹介したあの天才測量技手です。

Kaneto2  「これが、カ子トの写真」と佐久間町中部の竹内さんが古いアルバムを開いてくれました。「このアイヌ衣装を着た髭の老人ですか?」と聞いたところ、「おそらく髭の人が父親で、この隣りの紳士がカネトだったと思う」と指差してくれました。「昔、届いた年賀状だけど、おじいちゃんが仲良くしていたのでね」。竹内さんのおじいちゃんも、三信鉄道で測量技手をしていた人。同じ仕事に携わっていましたので、鉄道完成後も引き続き親交があったようです。

 でも、これは「北海道旭川アイヌ風俗」と書かれた絵葉書のようです。「絵葉書なんて、土産物として誰でも買えるはず。ここに写っている人がカネトだと証拠にはならないだろう」と思いながら、その葉書を裏返してみるとビックリ!「謹賀新年 昭和九年一月元日 旭川市北門町十一丁目 川村兼登」。

 実は、「川村兼登」とは三信鉄道との契約書に書かれた「川村カ子ト」の名と同じ日本式の表記です。となると、この葉書の差出人は、カネト本人に間違いありません。昭和9年(1934)のカネトは41歳の働き盛り。三信鉄道が「佐久間駅(現在の中部天竜駅)」まで延伸したその年です。故郷に里帰りしたカネトが父母との写真を撮ったのだとしたら、竹内さんが言うように、スーツ姿の紳士こそがカネトその人ということになります。

 詳細な経緯は分かりません。しかし、私の手元にあの飯田線の歴史上の人物、川村カ子トの写真が現れました。しかも、おそらく直筆と思われる手書きの文字とともに、いま私の目の前にあります。たった1枚の絵葉書、たった1枚の物静かな写真ですが、高まる気持ちをどう抑えたらよいのか分かりません。

 これが、川村カ子トです。

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2009年11月18日 (水)

三信鉄道時代の島中鉄橋が見える風景

Hayase372  モノクロの1枚は「嶋中峠隧道上ヨリ早瀬方面ヲ望ム」とされる、「三信鉄道」建設当時の古い写真です。写っている川は佐久間を流れる天竜川支流の大千瀬川。だとすれば、この鉄橋は「第二大千瀬川橋梁」だと思われますが…。

 でも、私たちが知っている「第二大千瀬川橋梁」とは、ちょっと様子が違っています。現在の鉄橋はトラス橋のはず。では、写真のガーダー鉄橋はどこに行ってしまったのでしょう?

Kyouryou2  実は、昭和43年(1968)の台風10号により、「第一大千瀬川橋梁」は流出の被害に遭っているのですが…?現在の鉄橋は、その後架け替えられたものでしょうか?

Hayase1 そして、カラー写真は、島中峠から飯田線「早瀬駅」を見下したもの。山里を走る飯田線らしい人気の高い風景です。

 列車が来るまで待っていれば、もっといい写真が撮れたのでしょうけど、気の短い私はカシャ!と1コマ。すぐに浦川へと向かってしまいました。

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2009年11月17日 (火)

トンネル変則活用/旧国鉄佐久間線

Tunnel  浜松市の地域おこしに取り組む市民グループが、赤字で建設中止になった旧国鉄佐久間線(浜松市天竜区)の鉄道トンネルに目をつけた。安定した温度と湿度を生かし、ワインセラーに改装。さらに、別のトンネルでは野菜栽培や生ハム作りなどにも取り組む。過疎化が進む山あいの集落に、活気を呼び戻そうという計画だ。

 市民グループは同市天竜区の地域おこしを担う「地域産業観光研究会」。10年前に脱サラして浜松市中心部から天竜区の山間部に移り住み、そば店を経営する山本六二郎さん(60)が呼びかけて1年前に立ち上げた。

 佐久間線は、旧国鉄が二俣線遠江二俣駅(現天竜二俣駅)と飯田線中部天竜駅を結ぶ路線として計画。67年に着工したが、赤字で工事途中のまま中止になった。旧天竜市が94年、旧国鉄清算事業団からトンネル5カ所などを無償で譲り受け、現在は浜松市が管理している。

 山本さんは会社員時代に欧州のワイン輸入を手掛けた経験があり、トンネルをワインセラーなどに活用できないかと考えた。研究会は5カ所のトンネルのうち、相津(約1100メートル)、山王(約500メートル)、白山(約300メートル)の3カ所を市から有償で借り受けることにした。

Tunnel2  未貫通の相津トンネルは、約700万円かけてワインセラーに改装。内部の温度は年間通して16~18度に保たれ、湿度も70~80%とワイン保管に最適だ。今年10月下旬から、ワインラック1区画(100本分)を年間1万円で貸し出している。

 ワインセラーはすでに約50人が契約。愛知県や岐阜県からの利用者もいる。市内の酒造メーカーや掛川市の製茶会社から、古酒や茶の熟成に使わせてほしいとの引き合いもあるという。

 山王トンネルでは、ホワイトアスパラガスや高級キノコを栽培する予定。来春にも生産を開始し、3年後に30トンの収穫を目指している。市内のレストランや産直で売り込む予定だ。

 最も短い白山トンネルは、地域で有害駆除されるイノシシを活用した生ハム作りや、みその貯蔵などを計画しているという。来年秋ごろの利用開始を見込んでいる。

 山本さんは「県外からも足を運んでもらえるようなにぎわいの場をつくり、街おこしにつなげたい」と意気込んでいる。(「朝日新聞」より)

 すでに「中日」と「静岡」で紹介した「相津トンネル」のニュースですが、地図を紹介できますので引用させていただきました。「山王トンネル」と「白山トンネル」の利用も楽しみです。

 ●浜松市天竜区の船明ダム湖畔にある旧国鉄佐久間線「相津トンネル」を活用し…
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2009年11月16日 (月)

旧線跡「夏焼隧道」を歩く

Natsuyake1  飯田線「大嵐(おおぞれ)駅」から旧線を転用した道路、県道288号を通り「夏焼(なつやき)隧道」にやって来ました。

 先に紹介した「栃ヶ岳隧道」の短い闇を抜けるとすぐに、長い長い「夏焼隧道」の入口。夏焼集落の生活道路にもなっていますので、車でも通り抜けることができるのですが、私は歩いて足を踏み入れました。

Alim3825  トンネルは手掘りのままの箇所とコンクリートが吹き付けられた箇所とがあります。わずかに照明が点ってはいますが、ほとんどが真っ暗闇。トンネルは直線ですが、若干の勾配があり、入口からは出口の光が見えません。さあ、歩こう!歩こう!

 あれ?歩けども、歩けども、まったく進んでいないような不思議な感じ。どうしてでしょう?少し先の明かりを見ると、少しずつは前に進んでいるようなのですが、感覚的にはただ足踏みをしているだけのようなのです。そんな私の頭に、ポチャ!と冷たい水が…。キャ!

 壁面の所々に、保線員の待避所の跡が残っています。壁面から滲み出す水が流れる音も響き、後を振り向きながら進み、わずかに出口の光が見えた時の嬉しかったこと。しかし、その出口がなかなか近づいて来ないのです。あれ?まだ半分も来ていない?

Tukoudome  「夏焼隧道」の長さは1キロ以上はありそう。このトンネルも、アイヌ人川村カ子(ね)トが測量指揮を執ったのでしょう。「三信地下鉄道」とも呼ばれた、トンネル続きの「飯田線」。カ子トがいなければ、開通していなかったのかも知れません。

 今は廃棄された旧線に残る「夏焼隧道」。歩いて、歩いて、とうとう出口に達しました。さて、その先は?残念!「ここからは前面通行止です 通り抜けできません 水窪警察署 天竜土木事務所」。そうです。ここは、浜松市天竜区水窪町なのです。

 えっ?また、歩いて帰るの?

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2009年11月14日 (土)

「一度は降りてみたい景色が美しい無人駅」ランキング1位―「小和田駅」

Kowada2  「秘境駅ランキング」全国2位、「一度は降りてみたい景色が美しい無人駅」では同1位だとのこと。水窪町にある飯田線の最北端「小和田(おわだ)駅」で降りてみました。皇太子妃雅子の旧姓の小和田(おわだ)と同じ表記であるところから、一気に有名になった「恋成就駅」。今でも、人気の高い駅です。

 「小和田駅」が開業したのは昭和11年(1936)。当時の「三信鉄道」の北線の最終駅として誕生し、翌12年(1937)南線の最終駅であった「大嵐(おおぞれ)駅」との間が門谷川橋梁により接続され、現在のような途中駅となりました。

 とにかく秘境駅というぐらいで、駅前まで自動車で行くことさえできません。「こんなところに、どうして駅が?」との疑問が湧きますが、駅開設当時は駅前に集落もあり、天竜川に沿って南北に通じる道路もありました。しかし同31年(1956)の佐久間ダム建設により、駅前一帯はダム湖と化して水位が上昇。集落や道路のほとんどが水没し、駅周辺はほぼ無人地帯となったまま現在に至っています。

Kowada6  どこにも行けるわけではないのに、おおぜいの乗客が「小和田駅」で下車。駅舎の中を覗いたり、ホームを歩いたり…。駅舎の中に置かれたノートには、古いものから最近のものまで、びっしりと書き込まれています。

 今年の春から、飯田線の全駅に降り立つことを目標にしたという小学生が言いました。「ここは静岡県。で、こっちが長野県で、あっちが愛知県。僕は今、何県に立っているの?」。いえいえ、ここは静岡県浜松市。駅のホームには「三県境界駅」の標識が立ってはいますが、実は決して駅の中を県境が通っているわけではありません。

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2009年11月13日 (金)

川村カ子トが造ったトンネル「栃ヶ岳隧道」

Tochigatake  かつての「三信鉄道」旧線のトンネルとして知られる「栃ヶ岳隧道」と「夏焼隧道」とが残っているのは、飯田線「大嵐(おおぞれ)駅」の南。天竜川の流れに沿った県道228号のトンネルとして残る2つの隧道を訪ねてみました。

 最初のトンネル「栃ヶ岳隧道」は、県道288号を南に下ればすぐに見つかります。入口付近には捨てられた廃車が数台。まるで車の墓場のようで、景観を損ねていますが…。

 さあ、トンネルに入ろうとして、アイヌの測量士・川村カ子(ね)トのことを思い出しました。実は、このトンネルを訪ねた日の朝、佐久間町中部の竹内さん宅でカ子トの写真を見せていただいたばかりだったのです。

Tochigatake9  「カ子トの話は、おじいちゃんからよく聞かされたよ。礼儀正しくて、頭も良くて、人間として素晴らしい人だったって」。そのおじいちゃんという人も、カ子トと一緒に「三信鉄道」に招かれ同じ測量の仕事に携わった人です。「三信鉄道が開通した後、朝鮮半島や樺太でも測量の仕事をしたんだって。アイヌの酋長の家に生まれたから、最後はまたアイヌとして生きた偉い人」。

 その川村カ子トや竹内さんのおじいちゃんたちが命がけで開通させた「三信鉄道」の旧線のトンネルが、私を招き入れてくれました。「栃ヶ岳隧道」は短いトンネルですので、出口の光が見えています。そして、次のトンネル「夏焼隧道」、ほら、あれが…。黒々と口を開けて待っているのが見えますよ。

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2009年11月 9日 (月)

「大嵐駅」に残る旧駅の石積みホーム

Home6  10月30日に書いたブログの記事を思い出してください。

 現在の「飯田線」は、佐久間ダム建設以前には、ここ「大嵐(おおぞれ)駅」から「夏焼隧道」を抜け、「白神停留場」⇔「天龍山室駅」⇔「豊根口停留場」⇔「佐久間駅」⇔「中部天竜駅」と線路が伸びていました。「大嵐駅」は、「天龍山室」経由の旧線と「水窪」経由の新線が合流する駅とされ、駅構内の配置も大幅に変更されているようです。

 …というわけで、写真が旧駅のホーム跡です。現在の島式ホームとは違い、石積みの低いもの。飯田線最長の「大原トンネル」ルートと違い、川に近いところにあり、その後はすぐに川べり。天竜川の川面がはるか彼方に見下せます。

 考えてみれば、この石積みのホームは前回「大嵐駅」を訪ねた時の忘れ物。今回の再訪で、やっとその忘れ物を見つけることができました。

 この先を南進すれば、旧線のトンネルとして知られる「栃ヶ岳隧道」と「夏焼隧道」とが残っています。さあ、行ってみましょう!

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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2009年11月 8日 (日)

終っちゃった!「佐久間レールパーク」

Railpark0  「レールパーク、終っちゃいましたね?」「ああ、終っちゃった!」。飯田線「中部天竜駅」の駅員さんが、寂しそうに言いました。

 11月1日(日)で閉園したばかりの「佐久間レールパーク」に、翌々日の3日(火)に寄ってみました。当たり前ですが、客は1人もいません。本当に、終っちゃったみたいです。

 展示車輌はそのまま。それが、余計に寂しさを感じさせます。

 「寂しいですね?」「ホントに寂しいね…」。

 朝まだ早い時間だったせいもあったのでしょうが、金網に顔を近づけ中を覗き込みカメラのレンズをくっ付けているのは、私一人だけでした。2日前までは、あんなに賑やかだったのにね。

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2009年11月 6日 (金)

トンネルまたトンネルの「飯田線」

Tunnel2  JR「飯田線」の全長は195.7キロメートル、駅の数94駅、鉄橋の数410ヵ所、そしてトンネルの数は138本です。天竜川沿いに建設された飯田線(かつての三信鉄道)のルートは急峻な地形を抜けるため、トンネルまたトンネルの別名「三信地下鉄道」。困難を極めた工事のため、全線開通までには100名近い死者を出したとのことです。

 この難工事に呼ばれたのが、アイヌ出身の測量士で山地での測量技術に長けた川村カ子(ね)トらでした。

Tunnel370  当初はカ子トの天才的手腕に面白くない日本人技師らの一方的な反発があり、建設途中のトンネルのコンクリート崩落事故をきっかけに日本人技師たちが穴にカ子トを突き落とし、コンクリート攻めに出るという事件も起こりましたが、カ子ト少しずつ日本人技師らの信頼を得るようになり、ついに三信鉄道全通にまでこぎつけました。そしてカ子トは飯田線建設の功労者としてその名を遺す事になりました。

 最大の難関は水窪町の「大嵐(おおぞれ)駅」⇔「小和田(こわだ)駅」間。昭和12年(1937)「門谷川橋梁」の完成で全線開通しました

 上の写真は、「大嵐駅」のすぐ北にある大嵐トンネル。このトンネルがカ子トらの建設したもののままであるかどうかは確認していませんが、いかにも「飯田線」らしい風景。私たちが乗って来たJR東海カラー119系の列車が、飲み込まれて行きました。

 下の写真は、三信鉄道建設時の写真ですので、天竜川沿いの旧線のものと思われます。

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2009年11月 3日 (火)

シカの食害防止に防護柵設置

 シカによる「食害」から樹木を守ろうと、富士宮市の富士山の国有林内でヒノキの間伐材を利用した防護柵が設置されました。

 防護策が設置されたのは、台風による大規模な倒木被害を受け、その後、ブナやカエデ、ミズナラなどが植えられた富士宮市粟倉の標高およそ1200メートルの表富士国有林です。

 ここ数年、植えられた樹木の皮や葉がシカに食べられてしまい木が枯れたり、成長が遅れるなどの被害が広がっておりシカの進入を防ぎ、食害をなくそうと、静岡県が、去年から防護策の設置を進めています。

 作業にはNPOのメンバーをはじめ、数年前から自然林復元作業に協力している東京電力の社員らおよそ100人が参加しました。

 参加者たちは、およそ2メートルほどの長さのヒノキの間伐材を交互に組み合わせて積み上げ高さ1点5メートルほどの防護柵を設置しました。

 県によりますと、設置された防護柵の長さは去年、設置したものも合わせるとおよそ600メートルにおよび1点7ヘクタールほどを囲い終わったということです。

 静岡県は「防護柵が効果を発揮し、シカの食害が少しでも減ることを期待したい」としていました。(「NHK静岡のニュース」より)

 環境のために間伐された森林に植樹された広葉樹の皮や葉が、ニホンジカによって食べられて枯れてしまっています。この問題を解決しないことには、杉やヒノキの森林を広葉樹林に変えるという話も「絵に描いた餅」。

 11月26日(木)19:00~20:30、浜松まちづくりセンターで開かれる「まちづくり夜楽塾」で、私たちNPO法人「天竜川・杣人の会」の副会長・鈴木健一氏が、「今、山で何が起きているか!~広く、静に進行する食害~」と題する講話をします。

 「今、山では鹿などの動物たちが樹木の皮や地面の草・幼木を食べてしまうことで、木々が枯れ、地面の崩壊が始まり、森林(もり)の姿が変わってきています。

 食害が及ぼす影響を知り、私たちと森林とのつながりをもう一度考え、森林の再生(守り・育てる)のために何をして行く必要があるかを考えましょう!」

 参加費は無料。予約の必要もありませんので、参加希望者は直接会場にいらしてください!

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2009年11月 2日 (月)

18年の歴史に幕 佐久間レールパーク

Railpark  1991年4月のオープン以来、多くの鉄道愛好家に“鉄道の聖地”として愛された浜松市天竜区佐久間町の「佐久間レールパーク」が1日、18年の歴史に幕を下ろした。無料開放された園内は家族連れなど1万人でにぎわい、来場者は車両展示や鉄道模型ジオラマなどを閉園間際まで満喫した。

 同園は、JR飯田線中部天竜駅構内にあり、初代新幹線「0系」など国鉄時代などに活躍した16の車両を展示。同園を管理するJR東海が、2011年に名古屋市にオープン予定の「JR東海博物館(仮称)」へ車両を移転させることとなったため閉園となった。

 同社や佐久間町の関係者が出席した閉園セレモニーでは、同社の松本正之社長が「地元の熱意と協力があっての開園だった。佐久間を巣立っていく車両などを、名古屋でも引き続きかわいがってほしい」とあいさつ。会場に詰め掛けた大勢のファンに惜しまれながら閉園を迎えた。

 地元では感謝の声

 開園当時から佐久間レールパークを見守ってきた地元の浜松市天竜区佐久間町の住民や、同園を管理するJR東海の関係者からは閉園を惜しむ声と同時に、18年間の感謝の言葉が聞かれた。

 開園当時、旧佐久間町の町長を務めていた小原侃之輔さん(73)は、「県内でも“鉄道の聖地”を目指して誘致に名乗りを上げた自治体はいくつもあった。その中から佐久間町が選ばれ、町は大いに活気づいた」と当時を振り返った。

 JR飯田線の活性化を目指してオープンした佐久間レールパーク。小原さんは「町の観光の目玉として大勢の人々を佐久間町に運んでくれた。しかし、車両は交通文化財として貴重で、次の世代に残すことも大事」と今後の活躍に期待した。

 今年2月に閉園が決まってからは、全国から来場者が殺到し、1日の来園者は従来の約3倍にまで増えた。今年度の来場者は13万人を超え、開園以降最も多くの鉄道ファンらが駆けつけた。

 中部天竜駅の長谷川操駅長は「駅の待合室の整備やイベント時の物産展など地元住民の支援あっての数字だと思う」と話し、18年間の協力に感謝の言葉を述べた。(「静岡新聞」より)

 「佐久間レールパーク」にお別れと感謝とを知らせるニュースです。

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2009年11月 1日 (日)

レールパークありがとう

Final2  大正から昭和にかけて活躍した在来線など貴重な車両が展示され、11月1日に閉園する「佐久間レールパーク」(浜松市天竜区佐久間町半場)で、31日から無料開放が始まった。

 同パークはJR飯田線中部天竜駅に隣接、電気機関車やディーゼル車、寝台車など車両16台が展示されている。1991年のオープン以来、国鉄時代を代表する名車や珍しい鉄道資料が鉄道ファンの人気を博した。この日は昔ながらの車両を懐かしむ鉄道ファンや家族連れらでにぎわっていた。家族で訪れた愛知県知多市の会社員竹内稔勝さん(53)は「子どもの頃乗っていた車両ばかりで、車内の床についていた油の汚れやディーゼルのにおいを思い出した」と懐かしんでいた。

 無料開放は1日まで。閉園後は約10台の車両が、名古屋市の名古屋港金城ふ頭に2011年春オープン予定の「JR東海博物館(仮称)」へ移される予定だ。(「読売新聞」より)

 展示車輌には名古屋で再会できますが、「佐久間レールパーク」とはこれでサヨナラです。「レールパークありがとう」の見出し通りの気持ちですね。

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鉄道ファン別れ惜しむ 佐久間レールパークで閉園イベント

Final  18年の歴史に幕を閉じる佐久間レールパーク(浜松市天竜区佐久間町)と周辺の会場で、31日から始まったフィナーレイベント。大勢の鉄道ファンや家族連れらが詰めかけ、パークとの別れを惜しんだ。閉園日の11月1日は入場無料、午前10時から午後4時まで。

 2日間のフィナーレイベントでは、屋外展示している16車両のうち7両の車内を特別公開。旧型客車での車内コンサートや鉄道グッズ販売などがあり、イベントは初日から大にぎわい。愛知県新城市から家族3人で来た男性(40)は「昔は線路のそばに住んでいて、ずっと鉄道ファン。レールパークは何回も来ていますが、飯田線沿線では大きな観光施設だった」と、閉園を残念がった。

 閉園日の1日は、閉園セレモニーをはじめ鉄道好きなタレント3人を招いたトークイベント、鉄道部品のオークションなどが行われる。

 佐久間レールパークはJR東海が1991年4月、飯田線中部天竜駅構内に開設した鉄道博物館。車両の一部は、2011年春に名古屋港に開館予定の「JR東海博物館」(仮称)に移される。(「中日新聞」より)

 最後の最後―「佐久間レールパーク」は本日で閉園です。寂しくなります。でも、「佐久間レールパーク」に感謝しています。「ありがとう!佐久間レールパーク」。

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2009年10月31日 (土)

佐久間レールパーク1日に閉園 18年の歴史に幕

 11月1日で18年の歴史に幕を閉じる鉄道博物館「佐久間レールパーク」(浜松市天竜区)は31日、閉園を惜しみ訪れた親子連れらでにぎわった。

 レールパークは1991年、山あいにあるJR中部天竜駅構内にオープン。JR東海が国鉄時代の車両基地を再開発した。18年間で80万人以上が来園したが、同社が名古屋市に博物館を新設するため閉園が決まった。

 団子鼻の初代0系新幹線や、魚雷型の車体が特徴のモハ52形など、大正、昭和時代に列島を駆け抜けた鉄道車両の屋外展示や、大型のジオラマが人気だった。

 閉園間際の31日と1日は、客車を使ったコンサートや、鉄道グッズのオークションなどイベントが盛りだくさん。奈良県の会社員男性(23)は「ここでしか見られない風景。最後に来て良かった」。7歳の長男を連れた浜松市の会社員男性(40)は「よく遊びに来ていただけに寂しい」と話した。(「静岡新聞」より)

 何度のお知らせしている通り、明日11月1日(日)で閉園です。ぜひ、ぜひ、お出かけください!

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2009年10月30日 (金)

難読駅名―「大嵐」と書いて「おおぞれ」

Oozore1  飯田線「大嵐駅」―水窪町奥領家にあり難読駅名として有名です。市外の人ならともかく、浜松市民なら読めますよね?「大嵐」と書いて「おおぞれ」と読みます。

 「大嵐駅」の開設は昭和11年(1936)。飯田線で一番長い大原トンネル(5063メートル)を抜け、次のトンネルとのわずかな間に設けられた駅で、水窪町にありながら愛知県北設楽郡豊根村富山の玄関口となっている駅です。

Tsuukodome 佐久間ダム建設以前には、ここ「大嵐駅」から「夏焼隧道」を抜け、「白神停留場」⇔「天龍山室駅」⇔「豊根口停留場」⇔「佐久間駅」⇔「中部天竜駅」と線路が伸びていました。同30年(1955)11月11日の佐久間ダム建設に伴う水没区間線路付け替え工事の際、「天龍山室」経由の旧線と「水窪」経由の新線が合流する駅とされ、駅構内の配置も大幅に変更されているようです。

 ところが、うっかりしていました。そんなことを意識しないままに「大嵐駅」に降り立ち、東京駅を模したと言われる駅舎を撮っただけ。これでは、もう一度行き直さなくてはいけません。

 でも、それもまた良し。今度は佐久間湖沿いの県道288号で行きたいところですが万年通行止め状態とのことですので、対岸の県道1号を迂回することにしましょう。

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2009年10月29日 (木)

最後の最後―「佐久間レールパーク」ファイナルイベント

Railpark367 「佐久間レールパーク」は、飯田線中部天竜駅構内にあります。パークには、主にJR東海エリアで活躍してきた鉄道車両を公開展示しています。電車の運転シミュレータ、鉄道模型ジオラマなどもあり、楽しみながら鉄道の歴史を学べます。

 この度、平成23年春を目途にJR東海博物館(仮称)のオープン予定となり、車両の一部を同博物館にて展示するため、「佐久間レールパーク」は本年11月1日(日)をもって閉園することになりました。

 開園以来18年間のご愛顧に感謝の意を込め、様々なイベントを実施中です。また、土休日の一部に臨時列車「佐久間レールパーク号」を運転し、「佐久間レールパーク」へのお出かけに大変便利です。いよいよフィナーレとなる「佐久間レールパーク」にぜひお越しください!

 *佐久間レールパークには駐車場はございませんので、お出かけにはJR線をご利用ください。

 「佐久間レールパーク」のホームページが、閉園を知らせています。

 先日、乗車した飯田線「水窪駅」で買った切符には、「18年間ありがとう。」の切符袋がついていました。さあ、いよいよ最後の最後です。

 *詳しくは、佐久間レールパークファイナルイベント.pdfでご確認ください!

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2009年10月25日 (日)

廃線トンネル活用しワインセラー オープン 天竜区で関係者ら式典

Wine  浜松市天竜区大川に残された旧国鉄佐久間線の船明・相津トンネルが、ワイン貯蔵庫に生まれ変わった。地元の地域産業観光研究会(山本六二郎代表)が24日、希望する市民に貸し出す「浜松ワインセラー」を開業した。 

 このトンネルは完成前に工事が中止となり未利用のままだった。旧国鉄清算事業団から旧天竜市に無償譲渡され、現在は浜松市の所有。研究会が1年ごとに有償で借り受ける。長さ1100メートルあるトンネル内の入り口から400メートルほどを利用、ラックを並べて個人や酒造会社の酒を預かる。トンネル内は年間を通して温度は16~18度と涼しく、貯蔵庫としての活用に着目した。

 この日はトンネルそばの相津マリーナでオープニングセレモニーを行い、ワインセラー利用者や関係者ら約60人が出席して開業を祝った。会社経営者や生産農家などでつくる同研究会の山本代表は「ワインセラーは地域活性化を図る第一弾。さらに使われていない他のトンネルも活用してホワイトアスパラガスの栽培を目指している」と意欲を見せた。

 ワインセラーなどの問い合わせは研究会事務局=電053(924)0089=へ。(「中日新聞」より)

 「静岡新聞」の記事でも紹介した「相津トンネル」の活用。旧「佐久間線」の遺構・トンネルはまだ他にもあります。保存する以上は、活用した方が良いと思います。

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列車の窓から見た「門谷川橋りょう」

Kadotanigawakyoryo  以前、工事中と工事完成直後の鉄橋の写真を掲載し、もしかしたら「門谷川橋梁」ではないか、と紹介したことがあります。ようやく、「大嵐(おおぞれ)」~「小和田(こわだ)」間に架かる「門谷川橋りょう」の写真を撮ることができました。

 撮影は10月12日(月)の「体育の日」。この鉄橋を見たくて、飯田線の列車に乗り込みました。乗車したのは「水窪」駅。途中「大嵐」駅で途中下車、次の列車で「小和田」に向かいました。「大嵐」を出発して、すぐにトンネル。そして2つ、すぐに3つ目。3つ目のトンネルを出る瞬間、緑色の鉄橋が目に飛び込んで来ました。そして「門谷川橋りょう」の白い文字。コレだ!カシャ!

Kadotani351 どうでしょうか?古い写真に写る鉄橋は、この鉄橋でしょうか?列車はすぐに次のトンネルに入りましたので、ゆっくり眺めている時間はありませんでした。撮った写真も1コマだけ。これで、真偽が判定できるほどのものではありませんが、旧「三信鉄道」の鉄橋で、この形のトラス橋が他にはなさそう。今日の段階では、古い写真の鉄橋は、この「門谷川橋りょう」の可能性が高いとしておくことにします。

 *古い写真は「万古川橋梁」のものと判明しました。

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2009年10月23日 (金)

トンネル丸ごとワインセラーに 地元有志が再利用

Sozu  浜松市天竜区の船明ダム湖畔にある旧国鉄佐久間線「相津トンネル」を活用し、巨大なワインセラー(貯蔵庫)が24日、誕生する。地元有志が組織した会が運営し、名称は「浜松ワインセラー」。一般市民や酒造業者などにセラー内のスペースを1ラック(ワインボトル100本分)年間1万円ずつで貸し出し、ワインを預かるシステムだ。

 “天然の冷暖房”で、トンネル内は年間を通じて温度が16~18度、湿度が70%程度。自営業者や会社経営者、山林所有者、大学教授ら地元有志が地域産業観光研究会(会長=山本六二郎・「百古里庵」代表)を約1年前に設立し、地域おこしへの夢を膨らめながら構想を練ってきた。トンネルは奥行き1100メートル。工事途中で建設計画が凍結し、未貫通。旧国鉄清算事業団から旧天竜市に無償譲渡され、現在は浜松市の所有になっている。これまでは閉鎖され、立ち入りできない状態だった。

 同会はトンネルの入り口を地元材を使った高さ6メートルほどの大きな“扉”でふさぎ、ヨーロッパ中世の城を思わせる重厚な彫金をしつらえた。内部に誘導灯やラックを置く棚などを整備し、しゃれたワインセラーに仕立てている。現時点で収容能力はワイン6万本以上。

 地元の酒造会社が古酒づくりをしたり、ソース会社などと提携して事業展開する構想もある。

 24日正午からトンネルに近い相津マリーナでオープニングセレモニーを行う。ワインの預かりに関する問い合わせは同会事務局〈電053(924)0089〉へ。(「静岡新聞」より)

 すでに紹介済みの、旧佐久間線「相津トンネル」の活用アイディアです。

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「佐久間線」遺構―「山王隧道」

Sanouzuido  立ち寄ってみました。未成線「佐久間線」の遺構、「山王隧道」の山王側の写真です。

 「佐久間線」とは、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば…

 佐久間線は長野県伊那地方と静岡県遠州地方を結ぶ路線として計画された鉄道路線である。

Sanno  旧国鉄二俣線・遠江二俣駅(現天竜二俣駅)から飯田線・中部天竜駅までの約35kmの路線(橋20ヵ所、トンネル14ヵ所)として開通する予定で、昭和42年(1967)7月12日に総工費81億円の予定で建設を開始したが、同55年(1980)約13kmの区間で工事が進められ約50%完成したところで、国鉄再建法により工事が凍結、工事そのものが中止された。遠江二俣~遠江横山には、築堤やトンネル・橋などが、現在も所々残っている。

 その、「所々」が結構見つかります。

 隧道は山王地区に残る築堤を南に向けてたどれば比較的見つけやすいところにありますので、あなたもぜひお立ち寄りください。もちろん柵がありますので、中には入れません。

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2009年10月22日 (木)

未成線「佐久間線」の「引照標」とは?

Hikitakankyo3 未成線「佐久間線」遺構となる築堤を訪ねてみました。立ち寄ったのは「引田函きょ」 。「昭和42年7月12日に着手、同44年3月11日竣工」とされています。当時は「国鉄=日本国有鉄道」の総工費85億円の計画路線でしたが、ほぼ50%完成の段階で工事は中止されたままとなりました。

 「函きょ」の築堤には、「工」の字が刻まれた「引照標」が立っていました。探してみると、築堤のあちらこちらに、このコンクリート製の杭が立っています。この「引照標」とは一体、何でしょう?

Insyohyo0  詳しくは分かりませんが、「引照標」とは、一般に言われる「境界杭」のことのようです。そして「工」は、鉄道の敷地で見られる標識杭の文字。鉄道工事の区域を示す標識に間違いありません。

 現在、この土地の所有は、どうなっているのでしょうか?かつては「国鉄清算事業団」の土地だったはず。その後、昭和63年(1988)に「国鉄清算事業団」が解散すると、「鉄道公団」がこれを継承し、さらに「鉄道公団」の業務は「独立行政法人・鉄道建設運輸施設整備支援機構内国鉄清算事業本部」を経て、昨年の平成20年(2008)4月には「国鉄清算事業管理部」「国鉄清算事業用地部」に業務が継承されているそうです。

 …で、どうなったの?私の頭ではよく分かりませんが、「工」の標識杭は、昭和42年の工事開始以来、あそこにああして立っているのだと思います。

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2009年10月18日 (日)

かつて「気田森林鉄道」の軌条が敷かれた道床跡

Shinrintetsudo2  久しぶりに「気田森林鉄道」跡です。写真は篠原トンネル西、国道362号の築堤のすぐ下に、平行して走り、鉄橋として使われていた「仙郷橋」へと続いています。ここに、森林鉄道の軌条(レール)が敷設されていました。

 写真は「新仙郷橋」から写したものですが、軌間(レール幅)762ミリとは、こんなに狭かったのでしょうか?しかも「仙郷橋」の両端で、道床はほぼ直角に曲っています。

Sengobashi  ここまで来れば「篠原貯木場」はすぐそこ。木材を満載した8輌の貨車を牽き、汽笛を鳴らしながらソロリソロリと走ったのでしょうか?

 現在、軌条敷設面影は残されてはいませんが、「仙郷橋」の下には、かつて森林鉄道の軌道の軋る音を聴いていたはずの杉川の清流が、今も静に流れています。

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2009年10月17日 (土)

「佐久間レールパーク」 近づく閉園 鉄道満喫の休日

Railpark  JR飯田線の中部天竜構内にある「佐久間レールパーク」(浜松市天竜区)は鉄道ファンのメッカ。主にJR東海エリアで活躍してきた鉄道車両を公開展示しており、電車の運転シミュレータなどで、楽しみながら鉄道の歴史を学べるからだ。

 開園は土日だけ。1日当たりの来園者は数百人だったが、8月最終週には3000~4000人が訪れるなど、にわかに注目度が高まっている。理由は、JR東海博物館(名古屋市港区)が2011年春に開業するのに伴い、11月1日に閉園されるからだ。このため10月10~12日の3連休には「佐久間レールパーク・オータムフェスタ」と題したイベントを実施する。

 主なイベントの一つが、豊橋駅から中部天竜駅を結ぶ「佐久間レールパーク1号」の車内コンサート。指定席でプロのギタリストによるラテン音楽の演奏が行われる。また、普段はなかなか目にすることがない、豪雪時に活躍するラッセル車が新たに登場するほか、竹細工のSL車両も展示される。(「フジサンケイビジネスアイ」より)

 記事は、9月24日付のもの。惜しまれつつ閉園を迎える「佐久間レールパーク」に出かけられる日は、あと少し。みなさんも、行かなきゃダメですよ。

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2009年10月16日 (金)

佐久間レールパーク…18年の歴史に幕

Park1  昔懐かしい鉄道車両が並び、鉄道ファンの人気を集めてきた「佐久間レールパーク」が、11月1日に18年の幕を閉じる。JR東海唯一の車両展示施設として、飯田線の中部天竜駅(浜松市天竜区佐久間町)構内に1991年4月に開設された。名古屋港に11年春開館予定の「JR東海博物館(仮称)」に車両を移すためで、天竜川と山々に包まれた風情を名残惜しむように、開園日には多くの人が訪れている。

 米国製の電気機関車(1923年製造)や、流線形をした「モハ52形」(37年)、緑とオレンジ色の直流近郊形電車(62年)、特急「しなの」で使われた日本初の大出力気動車(68年)―。中部天竜駅の改札口を通って入る園内には大正から昭和に活躍した16車両と、特別展示中の現役ラッセル車が所狭しと並ぶ。

Park2  青天に恵まれた今月3日の土曜。子ども連れの夫婦、初老の男性、若者グループらがそんな車両の間を行き交い、盛んにカメラのシャッターを切っていた。丸鼻の初代「0系」新幹線の運転席は、子どもたちに人気の場所だ。建物内の鉄道グッズやジオラマ、おもちゃコーナーも人であふれた。

 JR東海は08年5月、名古屋港金城ふ頭に、高速鉄道への歴史を振り返ったり、鉄道の体験ができたりする博物館(1万4千平方メートル)の建設を発表した。展示車両として、佐久間レールパークの10両を含め、蒸気機関車からリニアモーターカーまで計36両が展示される予定だ。

 佐久間レールパーク(敷地5千平方メートル)は浜松市の中心部から車で約1時間半かかり、冬場を除く土・日・祝休日、大型連休、お盆にだけ開園する。入場料は12歳以上140円、6歳以上70円。飯田線利用者は無料で入れるが、普段の平日は訪れる人がいない。開園以来、今年3月末までの来園者数は69万2千人。

 それが閉園予定が知られてから、1日平均330人だった入園者が3.6倍の1200人に増えた。鉄道マニアだけでなく、初めて訪れる人も多いという。

 3日、大阪府豊中市から新幹線と飯田線を乗り継いで来た男性(19)は「そんなにメジャーじゃない車両までこれだけそろっているのは、すごい」と興奮気味。浜松市南区出身の女性(27)は「名古屋に移ってしまうと聞いて、ドライブをかねて来た。どれも乗ったことはないけれど、中に入れておもしろい」。藤枝市の男性(62)も「静岡県内にこういう施設があることを知らなかった。最後の思い出に撮影します」と、趣味というカメラを向けていた。

 人口5千人の地元、旧佐久間町にとって、年約3万人を集めた施設は貴重な観光資源。市を通じて存続を要望したが、かなわなかった。市関係者は「ここを目的にするリピーターも多かった。さびしい限りです」と惜しむ。

 閉園が秒読みになり、31日と11月1日はフィナーレイベントで無料開放される。(「朝日新聞」より)

 もうすぐお別れです。佐久間へは車でも行けますが、豊橋に出て「飯田線」で出かけるのも楽しいものです。ぜひ、お出かけください!

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2009年10月 9日 (金)

船明に残された旧「佐久間線」の名残り―「大池函渠」

Chikutei4  すでに何回か紹介させていただいている「佐久間線」―旧国鉄二俣線「遠江二俣」駅(現:天竜浜名湖鉄道の「天竜二俣」駅)と、飯田線「中部天竜」駅、あるいは「佐久間」駅の間を結ぶ計画だった鉄道です。

 その工事は昭和42年(1967)から始まり、12年後には中止されましたが、線路を敷くはずだった築堤はまだかなり残っています。写真は、旧「船明(ふなぎら)小学校」跡の東に残る築堤。この先には「船明隧道」が残されています。

 この工事が、いつ始まり、いつ終ったのかを示す記録が、写真の右側手前に写るコンクリート建造物「大池函渠(かんきょ)」に嵌めこまれた金属プレートに刻まれていました。

Kankyo  「大池函きよ 着手 昭和44年11月11日 しゆん功 昭和45年1月6日」。

 「函渠」とは、この築堤の下をくぐる用水路のトンネルのことです。この「函渠」は、「佐久間線」工事開始の3年後、昭和45年(1970)に完成していました。この「大池函渠」の辺りに「船明」駅ができる予定だったとのこと。もしも開通していたら、山里の暮らしは一変していたことでしょう。

 線路が敷かれ列車が走っていたはずの築堤も、あちこちで取り崩しが始まっています。やがて、この「函渠」も取り壊されてしまうのでしょうか?できるなら、一度、この築堤の上を列車が颯爽と走る姿を見てみたものです。

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2009年10月 4日 (日)

「中部天竜」の開業は三信鉄道「佐久間」駅

Nakabe354  「佐久間レールパーク」があるのは飯田線「中部天竜(ちゅうぶてんりゅう)」駅―「三信鉄道」が開通した昭和9年(1934)11月11日当時は、「佐久間」駅としてのスタート。写真には裏書がありませんので、確かなことは言えませんが、島式ホームの特徴からして当時の「佐久間」駅開業式典当日のものだろうと思います。(違っていたらゴメンナサイ)

Nakabe356  11月11日の山里の駅は、鉄道開通を祝う住民で溢れました。洋服や着物、学生服姿も見えます。男性は帽子、女性は日傘。目一杯のオシャレを決め込んで、開通記念の「花電車」を見に集ったのです。

 天竜川を舟で下るか、何日もかけて陸路を行くか…。そんな山間僻地の山里に、電気で走る鉄道が通ったのです。これで、「鳳来寺鉄道」「豊川鉄道」と乗り継げば、「吉田」(豊橋)にも出られます。きっと「盆と正月が一度に来た」以上の祭り気分で、この日を迎えたことでしょう。

Nakabe355  写真をよく見ると、終着駅だったはずの「佐久間」駅からさらに線路が延びているのが見えます。「三信鉄道」は、同11年(1936)には「佐久間」~「天龍山室」間を延伸開業。「佐久間水窪口停留場」(現在の佐久間駅)が新たに開業し、「佐久間」駅は現在の「中部天竜(なかっぺてんりう)」駅へと名称を変更しました。

 *写真は、長野県下伊那郡天龍村平岡にある「平岡駅」の前身、「満島駅」のものと分かりました。

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2009年10月 3日 (土)

「小和田」~「大嵐」間に架かる「門谷川橋梁」

Kadotani351  「三信鉄道」工事当時の写真を貸していただきました。実際に工事に携わった人の大切なアルバムに貼られた写真です。主に鉄橋の測量に携わっていたらしく、アルバムには鉄橋の写真がたくさんあります。写真の裏にメモ書きが残されているものは、もちろんどの鉄橋かの特定は簡単でしたが…。

Kadotani348  この写真に写っているトラス鉄橋は、一体どこに架かっているのでしょう?現在の飯田線区間、そして佐久間ダム工事により廃線となった区間のデータを、あれこれ調べてみました。

 その結果、この写真によく似た鉄橋が、水窪町の「小和田」駅~「大嵐」駅間、天竜川の支流、門谷川(かどたにがわ)に架けられていることが分かりました。鉄橋の名は「門谷川橋梁」。昭和11年(1936)に完成し、翌年(1937)8月この鉄橋上で北からと南から延びた線路が連結され、全線開通となった歴史的な鉄橋です。

Kadotani349  現在の「門谷川橋梁」の写真は撮ってありませんが、見る限りではそっくりです。深い緑の山間に架かる緑色に塗装された鉄橋。この写真が「門谷川橋梁」のものだとすれば、完成当時の門谷川では木流しが行われていたことになります。鉄橋の両端はトンネル―きっと大変な難工事だったことでしょう。

 工事中、完成直後の写真もありましたので、3枚並べてみました。トンネル~鉄橋~トンネル…。これが「三信鉄道」―現在の「飯田線」です。

 *その後の調査の結果、写真は、「万古川橋梁」のものと分かりました。

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2009年9月30日 (水)

「日本國有鉄道 昭和30年」天竜川橋りょう

Tenryugawakyoryo4  JR「飯田線」と言えば、天竜川の流れに沿って敷かれた鉄路。天竜川の流れを横切る鉄橋も、さぞやたくさんあるはず、と思い込みがちですが、実はたった2本しかないのです。1本は飯田市に架かり、もう1本がこれ。「中部天竜」駅と「佐久間」駅の間、「佐久間発電所」のすぐ横に架けられています。

 鉄橋の名前は「天竜川橋りょう」。普通なら「第○天竜川橋梁」となるところでしょうけど、「第○」がついていません。旧「三信鉄道」時代には、線路は「山室」方面に向かい「佐久間隧道」を抜けていたのですから、鉄橋の位置も違っていたはずです。つまり、旧「三信鉄道」時代には、この鉄橋はなかったはず。

Kyoryo  となると、この鉄橋が架けられたのは、いつのことだったのでしょう?

 それは、もちろん佐久間ダムの工事開始により、国鉄飯田線が水窪を回るルートに変更された時。「天竜川橋りょう」には、それを示すプレートが掲げられていました。

 「日本國有鉄道 横河橋梁製作所製作 昭和30年」―「横河橋梁製作所」とは、現在の「横河ブリッジ」のこと。隅田川に架かる「勝鬨橋」を製造した会社です。

 プレートには「電源開発株式會社提供」とも書かれています。佐久間ダムの工事によってルートの付け替えを余儀なくされたのですから、その迂回工事に関する費用を「電源開発」が負担したというのでしょう。

 「昭和30年」以降使われなくなった「佐久間隧道」は、現在も佐久間の山の下で静かに息づいているはず。この鉄橋のプレート1枚に、佐久間の山里を揺るがせた歴史の流れを見たような気がしました。

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2009年9月29日 (火)

木曽のキャブフォワード―「酒井C4型122号機」

Sakai4  あれ?どっちが前なの?後なの?

 「酒井工業所」製造、「酒井C4型122号機」―ディーゼル機関車です。信州・木曽の「赤沢森林鉄道」に保存展示されていました。一般的なL型機とは違い、運転席が前にレイアウトされている「木曽のキャブフォワード」機関車です。

 「キャブフォワード(Cab Forward)」。以前、春野を走っていた「気田森林鉄道」の運転手をしていたという井口さんに聞いた話を思い出しました。

Sakai  春野を走っていた機関車は、通常のL型機だったのですが、後ろ向きに走る逆走して台車を牽引したことがあるという話でした。方向転換のための転車台が設けられないこともあったでしょうがけど、運転席からの視界が良いというのが大きなメリットだったと思います。

 そこで誕生したのが「キャブフォワード」。ただし、衝突などの事故が発生した場合には、運転席に衝撃が直接伝わることになり、機関手の安全の点からは不安もあったことでしょう。

 「酒井C4型122号機」―「動体保存」とされていましたので、今でも動くようです。

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2009年9月26日 (土)

「大人の休日」―酒井工業所製造の10トンF4型ボギーディーゼル機関車

Alim2396  「大人の休日」―「赤沢森林鉄道」の記念館に保存されている展示車輌。酒井工業所製造の10トンF4型ボギーディーゼル機関車です。

 「ボギー」とは、車体を載せた台車が、それぞれ独立して水平方向に回転可能な装置を持つ車輌のこと。展示の機関車は2軸ですので、機関車がカーブに差し掛かると前後の台車が平行に同じ方向だけを向くのではなく、「へ」の字に動き安定した走行ができるようになっています。

 昭和37年(1962)、札幌営林局から転入してきたのが、この136号機。特に軌道幅が狭い森林鉄道の場合、大型になればなるほどカーブに弱いのが欠点でしたが、足回りの良いこの機関車だけは最後まで木曽の山で活躍することになりました。

 さすが、木曽は林業の先進県だけのことはあります。機関車一つとっても、木炭蒸気機関車、ディーゼル機関車、モーターカーと最新鋭の技術が採用されていました。そんなところも、「森林鉄道記念館」の見所です。

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2009年9月24日 (木)

寄ってみて!佐久間線「船明隧道」跡

Funagirazuido0  旧国鉄二俣線「遠江二俣」駅(現:天竜浜名湖鉄道の「天竜二俣」駅)と、飯田線「中部天竜」駅、あるいは「佐久間」駅の間を結ぶ計画だった鉄道が「佐久間線」。

 その工事は昭和42年(1967)から始まり、12年後には中止されましたが、線路を敷くべき築堤は「二俣」から北に向かい、「山東」「船明」「相津」「横山」と進みましたので、その間には鉄橋の橋脚、トンネルなどの遺構が残されたままになっています。

Funagira  写真は、「船明(ふなぎら)」に残されたトンネル「船明隧道」跡。国土地理院の地図には、線路を敷設する予定だった築堤が描かれ、丸印のところがトンネルの入口に当ります。

 つまり、旧「船明小学校」跡の残る大池の東。そこは、完成することのなかった未成線「佐久間線」の痕跡が残る不思議な空間。鉄道マニアでなくても、寄ってみる価値のある場所です。

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2009年9月23日 (水)

閉園前に 佐久間レールパーク賑わう

閉園前に 佐久間レールパーク賑わう(2009/09/23/水)
昭和の時代に活躍した鉄道車両を展示保存している浜松市天竜区の佐久間レールパークが、11月1日に閉園することになり、園内は多くの鉄道ファンで賑わっている。JR東海は名古屋に新博物館を作る予定。

Alim2875  「テレビ静岡」のHP―「ニュースヘッドライン」の告知です。この後、午後5時54分放送開始の「FNNスーパーニュース」内の「特報!しずおか」で放送されるようです。

 先日、「佐久間レールパーク」に寄った時の写真です。飯田線「中部天竜」駅には、写真のような行列が出来ていました。駐車場に車を停めて、足早に「B型鉄橋」を渡り、金網の中に見える「0系新幹線」に胸を高鳴らせ…。

 テレビで見るのもいいけど、それより佐久間に出かけて、見なくっちゃ!

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2009年9月22日 (火)

佐久間レールパーク―最後の「オータムフェスタ」

Railpark1  自動車が次々とやって来ます。駐車場の整理員は大忙し。11月1日の閉園が近づいている「佐久間レールパーク」では、明日9月23日(水・祝)までと10月10日(土)~10月12日(月・祝)、最後の「オータムフェスタ」が開かれています。

 駐車場は、佐久間町中部のB型鉄橋「中部大橋」手前。浜松ナンバーはもちろん、三河、尾張小牧のほか、品川や八王子などのナンバーも目立ち、全国各地から、閉園を惜しむ鉄道ファンが訪れているようです。

 若いカップルや、家族連れが続々とB型鉄橋を渡り、飯田線「中部天竜」駅の入口に行列を作っています。その他、飯田線を利用しての来園者も多いようです。

 期間中の主なイベントは「DE15ラッセル車の特別展示」「ランチ&コンサート客車」「夕暮れビヤ&コンサート客車」など。「佐久間レールパーク」特別号の車内を会場にした「プロのギタリストによるラテン音楽の演奏」や特設ステージを使った「JR東海の吹奏楽部の演奏」も楽しめます。

 入場券は、大人140円、小人70円。子ども殿たちに人気の「ちびっこ制服記念撮影会」や「ミニSLの試乗」もあります。さあ、もう行くしかないですね。このチャンスを逃したら、もう来年は見られません。最後の、最後の「オータムフェア」です。

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2009年9月21日 (月)

気動車連結“珍”ラッセル編成 JR飯田線走行し展示搬入

Sakuma  通常は単独で走行するラッセル車が、気動車の旅客車1両を連結した編成で走る珍しい運行が14日、電化区間のJR飯田線の豊橋(愛知県豊橋市)-中部天竜駅(浜松市天竜区)で展開された。11月1日で閉園するJR東海の佐久間レールパーク(中部天竜駅)で、今月と10月の連休にある「オータムフェスタ」に展示するための搬入で、こういった編成は同社初。

 ラッセル車は1979(昭和54)年に製造されたDE15形で、JR東海が唯一、保有する1両。主に高山線や東海道線・関ケ原の除雪で活躍している。

 今回の編成は、運行列車が在線位置を知らせる信号を出すための保安上の措置で採用。列車は車輪と線路が接着して走ることで信号を出すが、ラッセル車は飯田線での運用実績がなく、車輪の形状も違うため、普通列車用車両のキハ40形を連結。この車輪で信号発信機能を担保した。

 高山線での恒例の試運転は11月中旬。秋の登場自体が珍しく、ホームの鉄道ファンの熱い視線を受けながら、午前11時10分に豊橋駅を出発した。

 佐久間レールパークは91年に開園(開園日は土日祝日)したが、2011年に名古屋港にJR東海博物館(仮称)が開設されるため、閉園。ラッセル車は最終日まで見学できる。(「中日新聞」より)

 9月21日(祝)に行ってきました。「佐久間レールパーク」に「サヨナラ」を言う人たちで「中部天竜」駅は溢れかえっていました。ラッセル車は、最終日まで見ることができるそうです。

 11月1日で閉園。今を逃すと、後悔しますよ。浜松市にある「佐久間レールパーク」。皆さんの目の奥に焼き付けておいてください!

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2009年9月19日 (土)

復活した「赤沢森林鉄道」

Sakai2  樹齢300年の天然林が残る「赤沢自然休養林」の中を走る「赤沢森林鉄道」。一度は引退し、保存鉄道として展示保存されていた「りんてつ」でしたが、実際には実働が可能でした。昭和60年(1985)、伊勢神宮の御用材運搬の場面が報道され運行再開を求める声が挙がり、それに応える形で同62年(1987)、ついに現在のような乗車運行を再開。

 写真は、「酒井A型86号機」―5tディーゼル機関車です。「SAKAI WORKS SHIBAURA TOKYO」の文字が浮き出たレトロなボディーがステキですね。以前、「気田森林鉄道」で紹介した「KATO WORKS」ほかの機関車たちと同じL型機。写真で見ていたあの機関車たちが、ここでは運行OK。実際に動いているのです。

Sakai12  「酒井工業所」は、酒井金之助(1895~1942)が東京都柴区西芝浦に創業した会社。「SKW」のロゴの意味は、「Sa-Kai-Works」の略ではなく、「Sakai-Kinnosuke-Works」の略だそうです。

 「赤沢森林鉄道」は、当初は夏休みだけの運行だったのですが、現在は開園期間(2009年は4月25日~11月8日)の土曜・日曜・祝日に運行日を拡充。間もなく紅葉シーズン、長野県「森林鉄道」に乗ってのミニ・トリップが楽しめますよ。

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2009年9月17日 (木)

「第四相川橋梁 六十呎鉄桁送出作業」

Aikawa345_2  「第四相川橋梁 六十呎鉄桁送出作業」と書かれた3枚の写真。現在の上市場に架かり、県道1号線からも見えるあの鉄橋です。

 飯田線では、よく見る鉄橋の風景。橋脚と橋脚とのスパンが短いのが特徴です。こんな、橋桁で車両の荷重を支える構造の鉄橋が「ガーダー橋」。その橋桁を、上から吊り下げるのではなく、Aikawakyoryo_2横から送り出す工法で作業が進められたようです。

 昭和9年(1934)、当時の「三信鉄道」の「三信三輪」~「佐久間(現在の中部天竜)」間が開通しましたので、「第4相川橋梁」の写真は、その年か前年。こんな写真は、工事関係者でなければ持っていませんね。現在の「第4相川橋梁」の写真と比較して見てください。

Aikawa346 Aikawa347

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2009年9月16日 (水)

「花桃の里」の裏手に残る幻の「佐久間線」の遺構

Kyoukyaku  完成せずに工事中止となり、未成線と言われる「佐久間線」の遺構を、道の駅「花桃の里」から誰でも見ることができます。船明ダム湖に架けられた「夢の架け橋」の橋脚がそれ。これなら、すぐに気づきます。

Sakumasen しかし、せっかくですから、もう一つ。「花桃の里」のすぐ裏手ですので、駐車場の奥に進んで下さい。ここにも、高架の橋脚とトンネル跡が残っています。

   ほらね?見つかったでしょう?この橋脚の上に線路が敷かれ、国鉄「佐久間線」の列車がトンネルを抜けて走る予定だったのです。

Tunnel 旧国鉄二俣線「遠江二俣」駅(現:天竜浜名湖鉄道の「天竜二俣」駅)と飯田線「中部天竜」駅、あるいは「佐久間」駅の間を結ぶ鉄道が計画された工事は昭和42年(1967)から始まり、「二俣」から北に向かい、「山東」「船明」「相津」「横山」と進みましたが、その工事も12年後には中止。

 今度、「花桃の里」に寄った時には、ぜひ、幻の「佐久間線」跡を見てみてください!

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2009年9月15日 (火)

「杣人の会」の大人の休日―赤沢森林鉄道

Alim2406 9月13日(日)、私たち「天竜川・杣人の会」の仲間と「大人の休日」。木曽ヒノキの美林と森林の香りを味わうのが目的です。

 目的地は、長野県木曽郡上松町「赤沢自然休養林」。「赤沢自然休養林」には、小 川森林鉄道赤沢支線の一部区間が復元され、春から秋にかけて保存鉄道として運転されています。とうとう、森林鉄道に体験乗車する機会を得ることができました。

 これが、現役で運転されている機関車。大きなラジエターグリルがレトロなデザイン。ヘッドに「HKW」。製造会社の「北陸重機工業」のマークです。調べてみると、このディーゼル機関車は、平成8年に製造されたもののようです。

 6輌の貨車が、この機関車に牽かれて赤沢の森の中を進みます。762ミリの幅で敷設された2本の線路。クリーム色とこげ茶色の2色に塗り分けられた四角い機関車がゆっくりと近づいて来ました。北遠の山を走っていた森林鉄道も、こんな感じだったのでしょうか?

 さあ、いよいよ乗車です。ワクワクして来ました。

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2009年9月13日 (日)

「第貮大千瀬川千参径間六十呎桁送出シ図」

Sanshin339  「第貮大千瀬川千参径間六十呎桁送出シ図」と裏書された写真の説明です。○の部分は文字が消えて読めない訳ではなく、私の力不足で読めないだけ。「第2大千瀬川橋梁」の作業の難しさが書かれています。

重垂ニハ六十呎桁ト今桁尾締ニ十五呎桁ヲ七分ボールト六本ニテ取ケ 六十ト六十トノ連結ニハ上部角桿直下ニ七分ボールト十二本ヲ以テ 腹鈑ヲ両側ヨリ添鈑ヲ当充分ニ締付ケ 垂桁前○ヨリ約四呎ヲ中心トシテ 髙約八呎ノ槽ヲ組立テ四角柱下ニテ小ジャッキ四箇ヲ置キ 槽上ヨリ六十○々二條ヲ一ハ吊出桁最前締ヲハッカーレールニテ懸ケ 一.垂桁后締ヨリ約十五呎ノケ新ニ抱レールニテ取付ケレール接○ 三.六十○度接○鈑ヲ其ノママ用ウ○七分四本ニテ締付ケ Sanshin340吊レール○連結ボールトノ荷重ヲ約平均ニ働○○為メニ前後ノ小ジャッキヲ以テ加減ヲ取リ 送リ出シニハ巻出ウエンチ一台オシミウエンチ一台ヲ用ウ 人夫約十名ニテ桁現場到着ヨリ据付終了迄デ約一日五(三?)分ノ一ヲ要セリ

 「1呎=1フィート=0.3048 メートル」。60フィートですので、約18メートルの桁を少しずつ前にせり出す作業だったのでしょう。ボルトは7分。「1分(ぶ)=1/100 尺=1/10 寸=3.03ミリメートル」ですので、約2.1センチ。長さではなく、太さでしょうか?工事は、昭和9年(1934)の開通前に行われましたので、大型クレーンなどの重機はなく、このように、「送出し」という工法を取るしかなかったのだと思います。

Sanshin341 現在の「飯田線」全線での鉄橋数は「410」、「三信鉄道」時代の鉄橋数は「97」と言われています。こんな作業が、連日のように行われていたのでしょうね。

 「飯田線」の旅は、鉄橋の歴史をたどる旅。どうですか?のんびりとした旅を楽しんでみませんか?出かけましょう!北遠へ。

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2009年9月12日 (土)

「奥山川」を跨ぐ三信鉄道「奥山川橋梁」

 箒木山に水源を発し北に向かって下り、相川 と合流しているのが「奥山川」。その「奥山川」を跨ぐように架けられているのが「奥山川橋梁」と呼ばれる鉄橋です。

 当時の「三信鉄道」、「三信三輪」~「佐久間(現在の中部天竜)」が開通したのが昭和9年(1934)11月ですから、工事はその年か前年あたり、今から約75年前に行われたものと思われます。

 1枚目、2枚目には「鉄桁送出し作業」とのコメントがついています。高い橋脚の上を、桁が伸びて来ています。

 そして、最後の1枚には、「第一相川橋梁全景」と書かれ、2輌の貨車を引く機関車が写っていますので、鉄橋竣工後の写真だと思われます。

 しかし、当初から電化鉄道だったはずの「三信鉄道」ですが、鉄橋を渡る機関車には煙のような白いものが見えます。もしかしたら、この写真は正式な開通以前のものかも知れません。

 上り列車が「奥山川橋梁」を渡ると、もう少しで県境を越え愛知県の「三信三輪」駅。遠州の佐久間町が三河との強いつながりを持つようになったのは、この「三信鉄道」の開通によるところが多いと言えるでしょう。

 *「三信三輪」の駅名は、「三輪村→三信三輪→三河長岡→東栄」と変遷しました。

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2009年9月11日 (金)

昭和9年11月11日「浦川駅」「佐久間駅」開業

Sanshin334  1冊の古いアルバム―最初のページに、3つのスタンプが並んでいました。

 「三信三輪駅」「浦川駅」「佐久間駅」。「記念スタンプ 三信鐵道株式會社」のシートに押されています。日付はいずれも「昭和9.11.11」。この日に、一体何があったというのでしょうか?「記念」というからには、きっと何かがあったはずです。

 「三信鉄道」開業までの歴史を紐解いてみると…。

 「三信鉄道」の建設は、南の「三河川合」と北の「天竜峡」の両端から始まりました。北側からは先ず、昭和7年(1932)「天竜峡」~「門島」が開業。その後、「温田」へは同10年(1935)、「満島」「小和田」へは翌年の開通となっています。

 一方、南側からは、同8年(1933)に「三河三輪」、翌年同9年(1934)11月11日には「佐久間」まで開通したのです。(*ただし、この時の「佐久間」駅とは現在の「中部天竜」駅です)

 つまり、この「記念スタンプ」は、「三信鉄道」の南線が「佐久間」まで延びた記念日に押されたもの。全線開通は、同12年(1937)。橋梁97、随道171を数える難工事は、「三信地下鉄道」と例えられたほど。このアルバムは、実際に「三信鉄道」の測量に当った人、あのアイヌ人測量士・木村カネトとも一緒に仕事をし、その難工事を成し遂げた人の遺品です。

 スタンプの他にも、「三信鉄道」の橋梁工事の貴重な写真がたくさん貼ってあります。ご本人の孫に当る人からお預かりしましたので、数回に分けて紹介させていただくことにします。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
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 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
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2009年8月27日 (木)

最後の夏休みイベント 29、30日佐久間レールパーク

 11月に閉園を迎える浜松市天竜区佐久間町の佐久間レールパークで、夏休みイベントを開催中のJR東海は、29、30の両日、夏休みフィナーレイベントと題して多彩な催しを行う。また、佐久間レールパークのオリジナル商品での発売も開始する。

 フィナーレでは、ちびっこ制服試着体験やミニSLをはじめ、キハ181系車両など往年の特急列車10種類のヘッドマークの撮影会、デビュー当時の配色に塗り替えられた117系車両などの披露といった催しが、多数予定されている。鉄道部品の即売会や佐久間町の物産展もある。

 園内で販売するオリジナル商品は、同園に展示されている16車両すべてを缶にデザインした「佐久間ドロップス」(1缶500円)や、「佐久間レールパーク弁当」(幕の内弁当800円、すし弁当550円)など同園ならではの記念商品が並ぶ。

 問い合わせは同社テレホンセンター〈電050(3772)3910〉へ。(「静岡新聞」より)

 「夏休み最後の…」ではなく、「最後の夏休み…」です。昨日、立ち寄ってみた時も、駐車場には県外を含めてたくさんの車が並んでいました。「最後の夏休み…」です。ぜひ、お出かけください!

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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2009年8月10日 (月)

天浜線が夏休み親子列車教室 「転車台」にびっくり

Tenhama  天竜浜名湖鉄道(天浜線)は8日、浜松市天竜区の天竜二俣駅を主会場に、「夏休み親子列車教室」を開いた。親子13組44人が参加し、長く地域に親しまれてきた鉄道の歴史に触れた。

 掛川駅発の特別列車に乗り込んだ参加者は、車内で天浜線に関するクイズ大会を楽しんだ。「天浜線とチーター、どっちが速い?」「天浜線の踏切は全部で何カ所?」などの問題に挑戦しながら、天竜二俣駅へ。国の登録有形文化財に指定されている転車台や扇形車庫を見学したり、運転士の仕事を学んだりした。

 家族6人で参加した内野華穂さん(麁玉中2年)は「初めて見た転車台にびっくり。知らないことを勉強できて良かった」と喜んだ。(「静岡新聞」より)

 列車教室か~。楽しそうですね~。「天浜線」は「電車」じゃあなくて「ディーゼル車」だから「列車」って言うんですよね。「二俣線」の時代には、SLも走っていました。

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2009年7月25日 (土)

「森林鉄道写真展」延期します

Testudo252  春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんから電話が入りました。前から予告されていた「森林鉄道写真展」が都合で延期される、とのこと。「選挙が終った頃には、必ずやるからさ…」。

 期待していた人もいらっしゃると思いますが、もう少しお待ちください。

2009年7月22日 (水)

今だ、シャッターチャンス!―「渡らずの鉄橋」

061107_111136  「水窪川第六橋梁」―通称「渡らずの鉄橋」は、JR飯田線の人気撮影ポイントです。じっくりねばってシャッターチャンスを待てば、ご覧のような写真が撮れます。この写真は、「ギャラリー 遠州路」の萩原カメラマンの作。でも、いつまでも待ちたくはありませんよね?

 向皆外(むかがいと)の「城西大橋」が撮影場所となるのですが、「渡らずの鉄橋」の列車通過時刻さえ知っていれば、待ち時間は少なくて済みます。「城西」駅を出て「相月」駅に向かう上り列車がターゲットですので、「城西」駅の発車時刻をお知らせします。

 6:03、7:28、8:08(快速)、8:59、10:51、13:52、16:12、18:10、20:05、21:00。次の駅「相月」までの所要時間は約3分ですので、「渡らずの鉄橋」通過は、「城西」駅を出発して1分後くらいでしょうか?後はカメラの性能とシャッターのタイミングさえ合えば…。

 後姿の下り列車でも良いのなら、チャンスは2倍に広がりますよ。

 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●以前から、ぜひ入手したいと思っていた「風景印」が、これ…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
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 【関連記事】完成当時の「渡らずの鉄橋」
 【関連記事】上から、下から…「渡らずの鉄橋」
 ●『広報はままつ』(4月5日号全市版)の表紙写真は「渡らずの鉄橋」…

2009年7月20日 (月)

「森林鉄道」が渡った「仙郷橋」も夏姿

Sengobashi  かつて気田森林鉄道が渡ったあの「仙郷橋」の夏姿。杉川の清流を跨ぐコンクリート製のアーチ部を除き、青々と夏草化粧をしていました。

 「仙郷橋」のような構造の橋を「アーチ橋」と呼びます。弓のように円弧を描くアーチ構造を使って荷重を支える橋の形式。一般的な桁橋の場合は、上から荷重がかかると曲げの力によるたわみが発生しやすいのですが、「アーチ橋」の場合には荷重がかかると水平に開こうとする力が働き…。

 …と、まあ、難しい説明はやめておきましょう。

 有名な「アーチ橋」と言えば、長崎の「眼鏡橋」、岩国の「錦帯橋」…。「太鼓橋」と呼ばれるタイプも「アーチ橋」です。

 「アーチ橋」の技術は、江戸時代の初めに中国から伝えられたと言われ、長崎の石造二連アーチ橋「眼鏡橋」は寛永11年(1634)に、岩国の「錦帯橋」は延宝元年(1673)に建造されています。「盧溝橋事件」で知られる中国の「盧溝橋」は、1192年に完成。11基のアーチが連なる美しい橋です。

 そんなことを考えながら、この「仙郷橋」にも寄って見てください。国道362号を東に進み「篠原トンネル」に入る手前に架けられていますが、道路から見えるのは「新仙郷橋」。「仙郷橋」は杉川を覗き込まなくては見えません。車を停めて、「仙郷橋」の夏姿をご覧ください。

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2009年7月16日 (木)

特産どんこの駅弁はいかが 土、日、祝日に限定販売 天浜線・天竜二俣駅

Ekiben  第三セクターの天竜浜名湖鉄道(天浜線)は18日から、本社を置く浜松市天竜区の天竜二俣駅で、駅弁「天竜どんこちらし」を発売する。土、日曜、祝日に限定10個の販売でスタートする。天浜線の名物として育て、乗客の増加につなげたい考えだ。

 弁当のメーンは、ゴボウとシイタケが入ったちらしずし。すし飯の上には、うなぎのかば焼きと、味がしみ込んだ天竜産の高級どんこ(肉厚のシイタケ)がのる。かまぼこやデザートのごまもちを添え、彩り鮮やかに仕上げた。天竜舟下りでも利用できるように、食べやすさにもこだわっている。

 製造するのは、同区二俣町の懐石料亭「天竜膳 三好」。5月初旬から天浜線と試食会を重ね、開発した。三好の山本光祐専務は「地産地消が叫ばれる中、天竜産の『どんこ』の存在を知ってほしかった。シイタケは脇役的なイメージがあるが、本当においしい。料理長の自信作」と説明する。

 天浜線は2年半前までトロッコ列車内で「トロッコ列車弁当」を売り出していたが、同列車の運休と同時に販売をやめていた。天浜線担当者は「鉄道といえば駅弁。観光客の方々が増えているので、車窓の風景を楽しみながら食べてもらえたら」とPRする。

 弁当は950円。週末に限らず、3個以上の場合は予約可。問い合わせや予約は天浜線営業課<電053(925)2276>へ。(「静岡新聞」より)

 「天浜線」沿線の風景は、十分に観光資源になります。奥浜名湖を臨むディーゼル列車の走りは、楽しいですよ。ユリカモメの乱舞も魅力的ですが、駅弁が加われば魅力倍増。ぜひ、楽しいローカル列車の旅を体験してください。

「佐久間線」の遺構―二俣川の橋脚

Sakumasen  廃線と言うよりも、未成線と言われる「佐久間線」については、以前紹介したことがありました。 旧国鉄二俣線「遠江二俣」駅(現:天竜浜名湖鉄道の「天竜二俣」駅)と飯田線「中部天竜」駅、あるいは「佐久間」駅の間を結ぶ鉄道が計画された工事は昭和42年(1967)から始まり、「二俣」から北に向かい、「山東」「船明」「相津」「横山」と進みました。

 しかし、その工事も12年後には中止。12年間の工事の遺構は現在でも、「二俣」から約10㌔の未成線跡として残っています。

 昭和42年と言えば、春野を走った「熊切森林鉄道」が廃止された年。もちろん、偶然だとは思いますが、この「佐久間線」が完成していれば、久根鉱山の鉱石も、鉄道で運搬する予定だったそうです。飯田線と接続していたとすれば、三遠南信道路などなくても地域の結びつきは、堅く大きなものになっていたはずです。

 写真は、「山東」駅の予定地から二俣川を渡る鉄橋を支えるはずだった橋脚。国道362号を二俣から春野方面に少し進んだところにあり誰でも見ることができますので、ぜひご覧になってください。二俣川の流れる夏草の風景に、すっかり溶け込んでいます。

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2009年7月13日 (月)

線路のある風景―春野町の「森林鉄道」

 ♪線路は続くよ~ど~こま~でも~

 はい、線路は春野町気田から、水窪町の気田川源流付近まで続いていました。

 これまで、「気田森林鉄道」と「熊切森林鉄道」の写真を紹介してきましたが、今回はレールの写真。気田川に沿って続いていたレールは、「勝坂神楽」で有名な「勝坂(かっさか)」も通っていました。

 「勝坂 日影山付近」の1枚は、きれいに並べられた枕木、整地や草の様子から、開通間もない頃の写真と思われます。

 「森林鉄道」のレール幅は762ミリ。木材積込み箇所や方向転換などの分岐には手動のポイントがありました。

 ♪野~を越え山越え~谷越え~て

 木材を山積みした台車は、ディーゼル機関車に引かれ、春野の山里を走っていました。つい、42年前のことです。

Senro282 Senro283

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2009年7月 8日 (水)

石切で見つけた「森林鉄道」の名残り―ガードレール

Ishikiri  春野町を走っていた「森林鉄道」の名残りは、すでにいくつか紹介させていただきました。大きなアーチが美しい「仙郷橋」、人も通った「小石間隧道」、レールで造られた半鐘台…。そして今回は、ガードレールです。

 このガードレールを見つけたのは、石切川沿いの町道。よく見る白いガードレールの中にある一角、まるで時間が止まってしまったような錯覚にとらわれるレトロなガードレールが残っていました。少し錆びてはいますが、この形は確かに「森林鉄道」に敷かれていたレールです。

 春野町の「森林鉄道」―気田の「大原商店」の鈴木さんから古い写真をお借りしての紹介が好評です。探してみればその遺産とも言えるものが、今でも残っています。鈴木さんたちは、7月中旬に「写真展」を開く計画とか。鉄道マニアでなくても、山が林業で潤っていた時代を振り返る良い機会になるはず。詳細が分かり次第ご案内しますので、楽しみにお待ちください。

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2009年6月21日 (日)

遠くから来たテツオくん―NPOの店『いどばた』にて

Zerokei  佐久間町中部にあるNPOの店『いどばた』(053-965-0141)に入ってきた少年2人。「また、来ちゃった」と笑顔で挨拶です。「この前いただいたそばが美味しかったから」「卵焼きもね」。

 「家は近くなの?」と聞いたところ、「全然。僕は清水」「清水?静岡市の?」「僕は名古屋」「名古屋?何で来たの?」「豊橋で落ち合って、あとは飯田線です」 どうやら2人は鉄道ファン(テツオ)仲間。中学2年生と3年生で、家も離れているのですが「友だちです」と言っていました。

 2人の狙いは、今年限りとなった『佐久間レールパーク』のようです。「3月、4月、5月、6月と、毎月1度は来ています」とのこと。「レールパーク」に来て食事のできる店を探して歩き、『いどばた』にたどり着いたというわけ。

 「ねえ、レールパークそばのB型鉄橋って知ってるよね。あの橋の舗装の下に、線路が埋められているのを知ってる?」と、ついつい知ったかぶり。「ええ、知ってます。何せ、マニアですから」。

 「お目当ては何?」「全部が魅力なんですが、やっぱ0系新幹線かな…」とのことでしたので、0系の写真を掲載しておきましょう。

 「悪いねえ。そばを切らしちゃったんで、うどんでもいい?」「ええ?でも、いいです。冷たいのにしてください」。遠くから来たテツオくんたち―ちょっと残念でしたね。でも、来月もまた来てくださいね!それにしても、『佐久間レールパーク』の人気はすごいです。

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2009年6月19日 (金)

「森林鉄道」の鉄橋は、ほとんどが「木橋」

 「気田森林鉄道」が走ったのは、幅762ミリの狭い軌道の上。伐り出した木材を積んだ台車を連ね、山肌を擦るように進み、沢を渡り、時には人や荷物も運んでいました。

 今回も、懐かしい「気田森林鉄道」の写真をご覧いただきます。

 1枚目は、木造の鉄橋です。「都沢地内」と書かれていますので、気田川の源流に近い辺り。鉄橋とは言え、あの「仙郷橋」のようなコンクリート橋でもなく、Ⅰビームの鉄の橋でもなく、材料に事欠かない木造の美しい橋です。

 2枚目の写真の説明によると…

 「森林鉄道の橋は木橋が大部分で、古い橋は適宜架け替えられた。材は近辺の立木を伐採。すべて勘と経験により架設。ここに設計の資料はなかった」と書かれています。何と言うことでしょう。

 3枚目の写真は「骨原」とされ、明神峡の近くと思われますが、この橋も木橋。

 4枚目の写真は「明神付近」とされています。軌道に敷かれた枕木に細い丸太が使われているのが分かります。

 つまり、私たちが「鉄道」の言葉から得るイメージと実際の「森林鉄道」とは、ずい分違っていたのかも知れません。機関車の運転手は、さぞや技術と勇気のいる仕事だったのでしょう。自らの命と山の財産を細い2本のレールに託して行ったり来たり…。一体、どのくらいのスピードで走ったのでしょうか?

 写真は、春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんからお借りしたものです。「懐かしの森林鉄道」をご覧ください!

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2009年6月10日 (水)

自信と誇り―気田営林署「熊切森林鉄道」

 水窪の白倉や戸中山国有林の材を運んだ「気田森林鉄道」に対し、杉川に沿い、岩岳山東の小俣国有林まで延びていたのが「熊切森林鉄道」です。かつて、春野の山を走った2本の「森林鉄道」は、東京営林局気田営林署が管理。気田営林署は、現在の春野町地内だけにとどまらず、水窪町の「山住事業所」「門桁事業所」なども広域に管理していました。

 「気田森林鉄道」の写真はすでに紹介しましたが、「熊切森林鉄道」のものは初登場。軌道が写っているものと、山仕事の写真を掲載します。

 1枚目は木材の積み込み風景です。そして2枚目は、飯場で働く「炊(かしき)さん下山」。山仕事で賄をした女性は住み込みでした。年に2~3回の里帰りを「下山」と呼んだのだそうです。森林鉄道の鉄路の上での記念撮影。誰もがカメラなど持てなかった時代です。

 山仕事は決して男性だけの職場ではなかったようです。粗末な掘立小屋に暮らし、樹齢も分からぬほどの天然の巨材を伐り出し、台車に載せて軌道で貯木場に運ぶきつい仕事でしたが、それもこれも女性の助けがあってこそ。木材供給が戦後の復興を支えていた時代―男性も女性も、自信と誇りに満ちた晴れやかな表情が印象的です。

 写真は、春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんからお借りしたものです。「懐かしの森林鉄道」をご覧ください!

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2009年6月 9日 (火)

「篠原貯木場」と「KATOWORKS」の機関車

 先日紹介した「気田森林鉄道」を走っていた機関車の写真を覚えていますか?最初の1枚がそれです。機関車のシャーシーに書かれた「協三工業」の字が気になりましたので、ちょっと調べてみました。

 「協三工業」の創業は、昭和15年(1940)。軍事用の小型蒸気機関車の製造を事業の中心としていましたが、戦後は森林鉄道や土木工事用鉄道の機関車を製造し、ディーゼル機関車やガソリン機関車の製造を始めたのは、昭和25年(1950)のこと。現在は、遊園地向けとして小型蒸気機関車の製造などほか、橋梁や建設機械などの製作をしているそうです。

 別の1枚には、ボンネット前面のラジエータ上部に「KATOWORKS」の文字が見えます。こちらは、「加藤鉄工所→加藤製作所」製造の機関車。戦時中は、主に海軍向けの納品が中心でしたが、戦後は河川改修事業用工事軌道向けの受注が多かったようです。

 「KATOWORKS」の機関車の前での記念撮影は、昭和20年の写真。まさに終戦直後。「機関車(エンジン)前で 復員軍服姿でも若者は希望に輝く顔 篠原貯木場にて」と書かれています。

 次の写真は、それぞれ昭和23年「愛車とともに集い 篠原土場にて」、昭和26年「椪積手 椪積材に立つ自信の面々」となっています。「椪積手」は「はいずみしゅ」とルビがふってありますが、正しくは「はえづみ」でしょうか?材木を整理して積み上げることを「椪(はえ)」と呼ぶようですので、「椪積手」とは、台車から降ろした「木材を積む仕事をする人」の意味でしょうか?

 昭和30年(1955)の写真は「篠原貯木場全景」。「椪積された原始林材 この多くの材は戦中に崩壊された国土復旧に使用されたと推定」との説明が付き、写真の手前に森林鉄道のものと思われる軌道が見えます。

 最後の1枚は「台車に連なり圧倒する材 樹齢ははかり知られない年月の原始材 他を圧倒する立派さ」。植林された杉やヒノキではなく、自生のケヤキやブナが多かったようです。

 かつて、山里の暮らしが林業で成り立っていた時代。寂しい限りですが、昔日の感があります。

 写真は、春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんからお借りしたものです。「懐かしの森林鉄道」をご覧ください!

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2009年6月 5日 (金)

運行の無事を神に祈る―「気田森林鉄道」

Tetsudo207  森林鉄道の写真は、春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんからお借りしたもの。「山住事業所 昭和20年頃」と書かれています。木材を満載した台車の背後に見えるのは「大山住神社」と書かれた幟旗。「現場に祀った氏神の例大祭。署の幹部も総参加で神への祈り」とあります。

 「山住神社」の幟立てに、「森林鉄道」のものと思われるレールが使われているのに気づきました。「山住神社」が祀られているのは水窪町。だから、「これはきっと、水窪森林鉄道レールだったに違いない」と早合点していましたが、先日ご紹Rail 介した通り、山住を通っていたのは「気田森林鉄道」。となると、「山住神社」の幟立てに使われているレールは、春野町篠原から延々と気田川を遡って水窪に達していた「気田森林鉄道」のものだったに違いありません。

 事故の起きぬように願った「山住神社」であるなら、廃線となり不要になったレールを、幟を立てる柱として寄贈しても何ら不思議ではありません。わずか50年余りの時間を遡ると、北遠の林業が好景気に沸いた時代が見えて来ます。

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2009年6月 3日 (水)

機関車の悲鳴が聴こえそう―「気田森林鉄道」

Tetsudo  写真で見る「気田森林鉄道」シリーズ③です。
 
 最初の写真の説明には「鵜の首(現明神橋)森林鉄道 都沢線」と書かれています。太い材木を載せた台車を引いた小さな機関車が、幅の狭い鉄橋を渡っています。裏面には「30数粁の鉄路には数々の難所。これを通過する勇気の機関車」と。「粁」とは「キロメートル」のこと。次の写真も「Iビーム(I型綱)」で組まれている同じ鉄橋だと思われます。

 3枚目の写真の鉄橋も「Iビーム」。これも同じ「明神峡」とも見えますが、背景に映っている堰堤が気になります。どうやら、「豊岡堰堤」のすぐ上流に架けられていた鉄橋でしょう。

 4枚目は、勝坂辺り。後は、場所が特定できませんが、息を切らせて喘ぎながら重い台車を引く機関車の悲鳴が聴こえて来そうです。

 「気田森林鉄道」を示していると思われる地図も見つけました。「国定公園」と赤字で書かれたすぐ下辺りをご覧ください。水窪町の門桁(かどげた)から、「山住神社」の南を進み、気田川の流れに沿い水源に向かって走り、「都沢線」と言われていたところをみると、水窪町都沢にまでは達していたようです。もちろん「水窪ダム」に向かって延びている線路は、「水窪森林鉄道」のようです。

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2009年5月31日 (日)

これが「気田森林鉄道」を走った機関車です。

Tetsudo205  「気田森林鉄道」は、昭和8年着工、26年全区間完成で34年には廃止。金川(きんがわ)から、植田(うえった)を通り、勝坂(かっさか)から水窪に入りさらに奥、気田川沿いに国有林まで伸びていました。
 
 機関車は、当時としては珍しいガソリンエンジンでしたが、その後、燃料費の安いディーゼルエンジンに変わりました。写真は、当時の機関車です。

 フロントガラスに「臨時」の貼り紙が見えますので、どうやら新車配備前の「試運転」の写真。営林署に勤め、この機関車を運転していたという人によれば、「4メートルに伐ったツガやケヤキを満載して山を下り、篠原の貯木場でトラックに積み変えて運ばれて行ったんだ。機関車のエンジンが、重い重いって唸りを上げてね。帰りは生活物資や人の載った客車を引くくらいだったから、ずい分軽く感じたもんだ」。

 「その後、機関車はどこに行ったんですか?」と聞いたところ、「千頭か寸又峡にあるらしいけど…」とのこと。「里帰りさせたいって思いませんか?」「できるなら、もう一度乗ってみたいね」。

 「里帰り」の夢が実現したら、きっと喜んでもらえるでしょうね?今なら、当時のことを知っている人たちが健在です。何とか実現させる方法はないものでしょうか?

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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 ●「気田森林鉄道」は廃止されたのは、昭和34年(1959)…
 ●この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し…
 ●昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」…
 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
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 ●すでに、11基を紹介した「森林鉄道」のレールを再利用した春野の「半鐘台」…
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2009年5月29日 (金)

「仙郷橋」に集合した5台の機関車―「気田森林鉄道」

Tetsudo204_2  どうしても、どうしても知りたかったのです。

 これまでにも、「仙郷橋」や「小石間隧道」など、いくつかの痕跡を紹介してきた森林鉄道について「もっと知りたい」と思い、春野町を訪ねました。お訪ねしたのは、気田の大原屋商店の鈴木さん。「実は、森林鉄道について知りたくて…」と切り出したところ、鈴木さんは、すぐに森林鉄道の機関車を運転していたという井口さんを電話で呼び出してくれました。

 「森林鉄道について、知っていることを教えてください」「昔の写真が残っているけど、見るかね?」。何と、大量の写真が目の前に。そこには、木材を積んだ森林鉄道と、山の仕事人たちの生き生きとした姿が映し出されています。

 「現在のJRの線路の幅は、1067ミリ、新幹線は1435ミリだけど、森林軌道の線路はずっと狭い762ミリ。手動ブレーキの時代には6輌、エアブレーキになってからは8輌を引き、私は最大で13輌を引いたこともあったよ。木材を山積みにした台車の後ろに客車を引いてね、よくもまあ狭いところを走ったもんだ」。

 「いきなりずうずうしいようですが、もし宜しければ貸していただけないでしょうか?」とお願いしたところ、「ああ、いいよ。少し前の春野の暮らしの一旦を多くの人に知ってもらえるなら」と、快く承諾していただきました。お貸しいただいた写真の中から、最初の1枚を紹介させていただきます。

 写真はすでに紹介したことのある「仙郷橋」。5台の機関車が勢揃いしての記念撮影です。今後、何回かに分けて、懐かしい写真を紹介していきますが、まず第1回目として、この写真を選びました。

 木材の輸送は貨物トラックにその座を譲り、「気田森林鉄道」は昭和34年に廃止されました。どうですか?今は線路も外されて土橋のようになって残っている「仙郷橋」の、これが青春時代の勇姿です。

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2009年5月24日 (日)

元は「森林鉄道」のレールです。

Katsusaka  写真の風景。どこかはすぐにお分かりですよね?向こうに見える赤い吊り橋は「勝坂橋」。それで右の高台に見えるのが旧「勝坂小学校」跡。清らかな気田川の流れを見下ろす古い「勝坂橋」の主塔が建ち…。つまり、ここは春野町豊岡「勝坂神楽の里」の近くです。

 それだけですか?他に何か写っていませんか?手前に立っているガードレール代わりの鉄柵。よく見れば、ほらね、廃線「気田森林鉄道」に使われていたと思われるレールです。重い木材を満載した貨車を走らせていた、あの線路です。

Rail  「半鐘台」として第二の人生(?)を歩んでいるレールについては、すでにレポートしましたが、これは鉄柵です。同じ長さに切り揃えられ、同じ位置に穴を開け、おそらく、その穴に針金かロープを通していたものと思われます。

 以前、佐久間の久根鉱山跡でも、同じようなレールで作った柵のレポートをしましたが、あちらはトロッコのレールです。こちらは森林鉄道のレールですので、幾分こちらの方が太い感じがします。

 廃校が見下ろす気田川の畔に立つ、赤錆びた廃線のレール。探せば見つかる近代化遺産。春野の山里は、「近代化遺産の宝庫」です。

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2009年5月19日 (火)

赤錆びたレールの山―佐久間町相月

Rail2  これまでに、森林鉄道に使われたレールが、春野の山里の半鐘台や火の見櫓として第二の人生を送っていることをお伝えして来ました。鉄道のレールは、文字通りガードレールの柱として使われたりもしていました。佐久間でも、数ヶ所の半鐘台がレールの再利用でしたね。

 佐久間町城西地区の相月諏訪神社(あいづきすわじんじゃ)のすぐそばに、L字鋼に交じって写真のような赤錆びて曲がりくねった…。Oh!これは、鉄道のレールじゃあないですか?レールが山になって捨てられていたのです。どこで、何に使われていたのでしょう?道路なのか、建築物なのかは分かりませんが、今は廃材として山積みにされているようです。

 細いレールですので、飯田線で使用されたものではありません。当時は水窪まで延びていた「気田森林鉄道」で使われたレールでしょうか?相月は水窪と接した地区ですので、もしかしたら「水窪森林鉄道」で使われていたレールなのかも知れません。

 誰か、本当のことを知っている人はいませんか?でも、想像しているうちが花?答えを知ったらがっかりするのかも…。

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2009年5月14日 (木)

「春の佐久間レールパークまつり」記念台紙付きの入場券

Railpark188  4月26日(日)は、最後の「春の佐久間レールパークまつり」でした。当日は、今年11月1日の閉館を惜しむ多くの人で混み合いましたが、私もその中に交じって入場。記念台紙付きの入場券をゲットしました。

 入場券は、「中部天竜駅」と書かれた「普通入場券」。もちろん「4月26日1回限り有効」のもの。料金は「¥140」と普通です。

 お値打ちなのは、記念台紙。「2009年4月佐久間レールパーク入場記念」と書かれ、4月の公開車両だった「キハ48000形」のイラストが描かれています。下には、「佐久間レールパーク 車輌展示館」のロゴ。

 【キハ48000形】(キハ48036)3等ディーゼル動車 昭和30年以降に製造されたディーゼル動車の標準形となる車両。初の液体式変速機の採用や前面貫通扉、半室運転台などが特徴。キハ17形式の両運転台化したもの。

 コレクション癖のない私ですが、これって、何十年か経てば「お宝」になりますかね?ちょっと気になりましたので、お目にかけます。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
 ●初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の列車など…
 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
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 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道車両博物館で…
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2009年4月27日 (月)

佐久間レールパーク祭り大にぎわい 駅長制服姿で撮影が好評

Rerupaku  浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある佐久間レールパークで26日、「佐久間レールパーク祭り」が開かれ、ミニSLの乗車会や展示車両車内の特別公開などでにぎわった。

 佐久間レールパークは1991年4月に開設された鉄道博物館。高速列車「モハ52形」など国鉄時代を代表する車両16両を屋外展示している。施設運営するJR東海では今年11月1日で閉園を決めており、毎年春秋に開催してきたレールパーク祭りも、春の祭りは今回で最後。鉄道ファンや家族連れらがどっと詰めかけた。

 会場では地元グループの「佐久間飛龍太鼓」が、和太鼓演奏で来場者を歓迎。つり革や座席指定表示プレートなど鉄道グッズの即売コーナーではマニアが順番待ちの長い列をつくり、子どもを対象にした駅長制服着用記念撮影も好評だった。地場産品の販売なども人気を集めた。

 JR東海では2011年春に名古屋市の名古屋港金城ふ頭に「JR東海博物館」(仮称)をオープンする予定で、レールパーク展示車両の多くは新しい博物館に移転されるという。(「中日新聞」より)

 「中日新聞」でも紹介されていましたので、こちらも紹介します。「こども制服記念撮影」は、本当に人気でしたよ。私は、地場産品テントで「野田やまびこ会」の「かけそば」と「とじくり」をいただきました。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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鉄道ファン佐久間に集結 天竜区・レールパーク祭り

Matsuri  浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道車両博物館で26日、春の「佐久間レールパーク祭り」が開かれた。同園周辺を散策する「さわやかウオーキング」などさまざまな催しが行われ、多くの鉄道ファンや家族連れなどでにぎわった。

 廃車となった車両のつり革や行き先板、運転士の懐中時計など鉄道関連品の即売会は、整理券を配布するほどの盛況ぶり。約3年ぶりの開催で、“掘り出し物”を探す鉄道ファンらで人気を集めた。

 地元有志によるそばや五平もちなどの地場産品の屋台が並ぶ会場では、同社の制服の試着体験やミニSL乗車などのほか、佐久間飛竜太鼓の演奏もあった。

 名古屋と同駅を結ぶ臨時快速「佐久間レールパーク号」には、11月の閉園に合わせ「18年間ありがとう」などと書かれた新しいヘッドマークがお目見え。愛好家らがカメラ片手に、“鉄道談議”に花を咲かす姿も見られた。(「静岡新聞」より)

 昨日、私も行って来ました。ここ数年来では、最高の来場者となったようです。

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大千瀬川の鯉のぼりと飯田線

Koinobori  佐久間町川合に、大千瀬川を横切って泳ぐ鯉のぼりを見に行ってみました。

 4月22日付静岡新聞の記事に「JR飯田線が並走し、こいのぼりと電車が同時にフレームに収まる絶景スポット。休日などには、多くの鉄道愛好家らがカメラを構える姿も見られる」と紹介されている通り、この日もカメラを構えた人の姿が。「列車はすぐに来ますかね?」と声を掛けたところ、「もうすぐ通りますよ。下りだから、反対向きだけどね」とのこと。そこで、私も待ってみることにしました。

 「風の具合はちょうどいいですねえ?」「そう。この前来た時には、風の向きが悪くてね」「どちらから?」「私は豊橋です」。

 その時、『下川合』駅を出る列車の警笛(汽笛)の音が聞こえました。「ああ、来ますね」。列車は、すぐにトンネルに入り、『中部天竜』駅も近いためか、そんなにスピードを上げません。これなら、私のカメラでも撮れそうです。「来た、来た」。そして、パチリ!と、それが、この写真です。

 「反対向きって言っても、どっち向きかなんて分かりませんよね?」と聞いたところ、「いや、上りの列車は、先頭車両にライトを点けて来るんです」。なるほど、なるほど…。でも、まあいいや。

 鯉のぼりは、5月の中旬まで飾られるとのこと。飯田線の通過時刻を確かめてから、お出かけください!

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2009年4月26日 (日)

写真グラフ『春の佐久間レールパークまつり』

 いよいよ、フィナーレ!『春の佐久間レールパークまつり』に出かけてきました。

 見て、乗って、触れて、楽しく遊べる鉄道博物館として人気の高かい佐久間レールパークの開館も残りあと190日。4月26日は、名残りを惜しむファンで大賑わいでした。

 臨時列車「佐久間レールパーク号」の「中部天竜」駅到着は午前10時34分。列車からは、家族連れや団体客がドッと降り、記念台紙付きの入場券を手に駅に隣接した「レールパーク」に向いました。

 家族連れの人気は、子どもにJRの制服を着せ、駅長さん気分での撮影会。ミニSLの試乗会にも歓声が湧いていました。鉄道模型ジオラマを動かしてみたり、記念のグッズを求めたり、お目当ての0系新幹線の運転席に座ってみたり…。あっちでも、こっちでも、カメラのシャッターが切られていました。

 そんな楽しい様子を、写真グラフで紹介します。

 「佐久間レールパーク」は、これで終わりではありません。ゴールデンウイーク中も、引き続き楽しいイベントが催されます。11月1日の閉館までには、まだ時間がありますので、ぜひ、お出かけください!

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2009年4月21日 (火)

春の佐久間レールパーク祭り―26日、中部天竜駅構内

 JR飯田線の中部天竜駅(浜松市天竜区佐久間町半場)構内の佐久間レールパークで26日、「春の佐久間レールパーク祭り」が開かれる。毎年春と秋に祭りがあるが、11月1日閉園のため春祭りは今回が最後。ミニSL、地元の味や鉄道グッズの販売もある。

 ミニSLは5月2~6日にも運行する。運賃100円。「美味(おい)しいもの横町」では名物手打ちそば、紫イモコロッケなど佐久間グルメが勢ぞろい。鉄道グッズは懐中時計、つり革、行き先表示板などファン垂ぜんのお宝が並ぶ。子供の制服記念撮影会(無料)もある。

 閉園までの記念イベントとして、記念台紙付き入場券の販売、スタンプラリーや、名古屋発~同駅の臨時列車「佐久間レールパーク号」(復路は同駅~豊橋)も走る。今後の運行は25、26、29日と5月2~6日。

 《メモ》

 午前10時~午後4時。開園日は土日祝日と25日~5月6日、8月8~16日。入場券は大人140円、子供70円。中部天竜駅発着や同駅通過の乗車券があれば無料。佐久間観光協会(電話053・965・1651)▽臨時列車と記念イベントはJR東海テレフォンセンター(電話050・3772・3910)。(「毎日新聞」より)

 「レールパーク祭り」の予定が「毎日新聞」に掲載されましたので、紹介させていただきます。これが、最後の「春祭り」となりますので、皆さん、ぜひ、ぜひ、お出かけください!

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2009年4月16日 (木)

「飯田線」の鉄塔→「火の見櫓」

Shimottaira_2 春野の半鐘台には「森林鉄道」で使われなくなったレールを再利用したものが、数多く見つかりました。佐久間では、どうでしょう?

Hagasyou 後日、お伝えする予定ですが、浦川の「上市場」と「川合」で、レールで造られた半鐘台と出会ってはいます。ただし、そのレールがどこで使われていたものかは特定できません。その代わり、飯田線の電線用鉄塔を流用したらしい「火の見櫓(やぐら)」を見つけました。

 左の写真は「下平(しもったいら)」、右のそれは「羽ヶ庄(はがしょう」の「二本杉峠」に立つものです。ともに最上部に半鐘が吊るされ、番人が立つ台も造られたフル装備。ある資料によると、この「火の見櫓」が、元は飯田線の鉄塔として線路脇に立っていたらしいのです。

 集落の高台に立ち、人々の安全を見守る「火の見櫓」は、地域のシンボルです。佐久間の人たちにとって「飯田線」もシンボルなら、不要となった鉄塔を再利用する気持ちは、十分に理解できます。

 詳しい経緯は分かりませんが、先ずは報告しておきます。

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2009年4月12日 (日)

「金川稲荷大神」の半鐘台もレールの再利用

Kingawa2  「金川」と書いて「きんがわ」と読みます。「金川稲荷大神」の石段の下に立ってみました。

 石段を数段上ったところに、お稲荷さんらしく赤い鳥居が立っています。そして、その鳥居に向こうに見えるのは…?もう、お分かりですね?森林鉄道のレールで造られた半鐘台です。

 「森林鉄道」とは、木材を搬出するために敷設した産業用の鉄道。当時のトラックの性能が低かったこともあり、全国にさまざまな「森林鉄道」が建設されました。しかし、安い外国材の輸入が本格化して山が衰退。山から切り出される杉やヒノキの量が激減。トラックの性能の向上と道路の整備により、「森林鉄道」はまたたく間に姿を消してしまいました。

Kingawa  森林鉄道のレールを再利用した半鐘台については、すでに何度か書かせてもらいました。かつての林業の繁栄と、その後の衰退を物語る歴史遺産としての鉄道レール。それにしても、春野にはたくさん残っています。

 ちなみに、「金川稲荷大神」では、毎年2月の「二の午」の前の日曜日に大祭が開かれます。

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2009年3月31日 (火)

「消防信号」って知ってますか?

Wadanoya  春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚。背も低く、とても火の見櫓の役割は果たせません。

 半鐘台の足元にあるのが「消防信号」の早見板。地域ごとにルールを決め、鐘の打ち方で告知の内容を伝えるようになっていました。知ってましたか?

 「5点連打」は「近火=近くでの火災発生」、「3点連打の繰り返し」は「出場=消火のため召集」。「応援」「報知」「鎮火」の他、山林火災の「出場」「応援」は別に決められていました。

Wadanoya2  その他にも「警報」や「演習召集」の信号も決まられていますが、一体、何回この半鐘が叩かれたのでしょうか?半鐘がサイレンに換わった現在でも、鳴り方の違いで、伝達内容が違っています。こんな決まりやルールは忘れるくらいでちょうどいいのです。

 ただ、この半鐘台の脚も、春野でよく見かけるのと同じ森林鉄道のレールの再利用。しっかりと郷土の歴史を主張していました。

 *写真をクリックすると拡大して、文字が読みやすくなります。

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2009年3月12日 (木)

森林鉄道のレール再利用―半鐘台アチコチ

 昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」。廃線となって使われなくなったレールを再利用してアチコチに建てられたのが、「半鐘台」です。

 ほぼ同じ三脚構造ですが、レールの向きやデザインはそれぞれ個性的。まだ、まだ他にも見つかるとは思いますが、先ずはこれだけ。以前紹介した「赤岡」「領家」「一草」のものも加えれば、ちょっとしたものです。

 ここで、ちょっと思い出していただきたいことがあります。おそらく日本中の半鐘台や火の見櫓のほとんどは、戦時中にはまるごと供出され、姿を消したはず。現在、私たちが目にするものは、戦後、自主的な「消防団」が組織され、集落の復興を祈念して建てられたものです。

 「篠原」の「半鐘台」撮影中に出会ったお年寄りは「あんた、何しに来た?半鐘台?これか?なに、線路?ああ、すぐそこを走っていたからな。そんなに昔じゃあないさ」と話してくれました。昭和34年。私もすでに小学生。確かに「そんなに昔じゃあない」かも知れません。

Hiraki ①宮川 平木
②豊岡 篠原 Shinowara
Kadoshima ③杉 門島
④川上 大村 Kawakami
Gowa1

⑤熊切 五和

⑥熊切 八木沢

Yagisawa

Satohara_2

⑦宮川 里原

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2009年3月11日 (水)

一草(ひとくさ)の半鐘台と「疏水記念碑」

Hitokusa  この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し。「赤岡」「領家」の他にも「きっとある」と信じてのドライブ。最初に見つけたのが、この三脚の半鐘台でした。

 場所は、春野町堀之内の「一草(ひとくさ)」。レールは銀色の塗料で塗られ、手入れは良好。レール3本を三角錐に組んだおなじみのスタイル。先ずは、幸先の良いスタートです。

 さらに、川岸で見つけたのは、「一草疏水記念碑」。その碑文によると…

Hitokusasosui  「当区昔時ハ水田少ク…」。養蚕も茶業も振るわず、米の収穫が十分には上らず、明治27年(1894)12月に工事を始め、翌年4月に竣工したのが、「一草疏水」。つまり、水田灌漑用の水路です。これによって米の収穫量が上り、集落は豊かになりましたが、その費用を出したのが「森下喜作」「清水伊作」の両名。その功績を讃えるために昭和5年(1930)に建てられたのが、この石碑です。

1.遠(とほ)皇(すめろぎ)の かしこくも
 はじめたまひし 大(おほ)大和(やまと)
 天(あま)つ日嗣(ひつぎ)の つぎつぎに
 御代(みよ)しろしめす 尊(たふと)さよ
 仰(あふ)げば遠し 皇国の
 紀元は 二千六百年

2.青(あを)一草(ひとくさ)に 射照(いて)る日の
 光あまねき 大八洲(おほやしま)
 春のさかりを 咲く花の
 薫(にほ)ふが如き 豊かさよ
 仰げば遠し 皇国の
 紀元は 二千六百年

3.大海神(おほわたつみ)の 八潮路(やしほぢ)の
 めぐり行きあふ 八紘(あめのした)
 聖(ひじり)の御業(みわざ) うけもちて
 宇(いえ)と掩(おほ)はん かしこさよ
 仰げば遠し 皇国の
 紀元は 二千六百年

 何か思想的なサイトみたいになってしまいましたが、『紀元二千六百年頌歌』の歌詞。どうして、こんな歌詞を掲載したかというと…。

 2番の歌詞にある「青一草=青人草=蒼生(あおひとくさ)」とは、人の増えるのを草が生い茂るのに例え、人民、国民を表す言葉。春野の「一草」は、同じ名の集落です。

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2009年3月 9日 (月)

家族連れで賑わう「佐久間レールパーク」

Railpark  「佐久間レールパーク」最後のシーズンの日曜日。予想通り、家族連れの来場者で賑わっていました。

 先日訪れた日(2月22日)は、うっかりしてシーズン開始前だったため、ガッカリしながら帰る人の姿を見てしまいましたが、Railpark9昨日3月8日は違います。楽しそうな笑顔がいっぱい。昨年、現役を引退した0系新幹線との記念撮影は階段を登って「ハイ、チーズ!」。見ているこちらにまで、笑顔が伝染してしまいます。

 さあ、次の週末には、あなたも「佐久間レールパーク」にお出掛けください!入場料は、大人(12歳以上)140円、小人(7歳以上)70円。6歳以下と、「中部天竜」駅に入場できる乗車券および同駅を通過する乗車券を持っていれば無料です。

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2009年2月23日 (月)

「佐久間レールパーク」は3月1日~

Kyukan  先日、閉園が発表されたばかりの日曜日、「佐久間レールパーク」に寄ってみましたが…。何組かの家族連れがネットフェンスの中を覗き込んでため息。「あれっ?どうしたんですか?」「いやあ、休みみたいなんで…」「閉園が発表されたばっかりで?」「そうなんです。子どもを連れて来たんですけどねえ…?」

 看板を見ると、開館の期間は「3月1日~」のようです。「ちょっとガッカリ!やっててほしかった」と、力なく子どもの手を引いて車に戻って行きました。

 開館は、平成21年3月1日(日)~11月1日(日)までの土日祝日及び4月25日(土)~5月6日(水)の間、8月8日(土)~8月16日(日)の間。

Railpark  最後の『春の佐久間レールパーク祭り』が4月26日(日)10:00~16:00(最後入館15:30)に開かれます。通常の展示の他、手打ちそばや五平餅、とじくりなどが並ぶ地元の物産展「美味しいもの横丁」や、「ミニSL」「ニジマス釣り大会」など盛りだくさんの内容。また、駅長さんの制服・制帽を着ての記念撮影もできます(子供用・10分間100円)。

 この『レールパーク祭り』は外さないようにしましょう!

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 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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2009年2月20日 (金)

「佐久間レールパーク」11月1日で閉園へ

 JR東海は16日、昭和初期からの車両などを展示する浜松市天竜区佐久間町半場の「佐久間レールパーク」を11月1日で閉園すると発表した。

 展示している車両の一部は、同社が名古屋市で2011年春開業を目指す「JR東海博物館(仮称)」へ移される。

 JR東海静岡支社によると、同パークは1991年4月、旧中部天竜機関区の跡地にオープン。主にJR東海エリアで活躍した電気機関車や気動車、寝台車など車両16両のほか、運転シミュレーター、鉄道模型ジオラマ、車両の歴史を紹介する写真パネルなどを展示している。08年12月末までの来園者は69万2000人に上る。

 博物館は名古屋港・金城ふ頭に総工費約55億円をかけて建設。東海道新幹線の歴代車両など約35両を展示する予定で、初代新幹線「0系」から超電導リニアモーターカーの実験車両まで鉄道の過去、現在、未来がわかる施設になるという。

 同社工場や車両区に保管されている約60の車両、自治体に貸し出している車両から展示車両が選定される。佐久間レールパークにある車両も一部が移設される見込みだが、「まだ、どの車両かは具体的に決まっていない」という。(「読売新聞」より)

 既報ニュースですが、「読売新聞」でも見つけましたので掲載させていただきます。先に引用させていただいた「静岡新聞」記事に書かれていたように、今シーズンは「さよなら」イベントが盛りだくさんに開かれるようです。最後のチャンスをお見逃しなく!佐久間にお出掛けください!

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 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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2009年2月18日 (水)

森林鉄道の遺産―レールで造った半鐘台

Ryouke  「気田森林鉄道」は廃止されたのは、昭和34年(1959)。必要があって敷設された鉄道が廃止されるのは、その必要がなくなったから。昭和31年(1956)に犬居町、熊切村が合併し「春野町」となり、翌年、気多村と合併、旧「春野町」が誕生しました。森林鉄道の廃止は、その2年後。トンネルが開通し、道路の拡張され、春野の物資運送は鉄道からトラックに代わったのでしょう。

 鉄道が廃線になると、使われなくなったレールが再利用された建造物が残されることがあります。少し前に紹介した赤岡の半鐘台も、そんな春野の近代化遺産の一つでしたが…。

Rail1  「秋葉山本宮秋葉神社」下社から、表参道を少し登った辺り。錆びかけた三脚の半鐘台が立っていました。その下には、鉄製のはしごも。その両方が、どう見てもレールです。現在では、もう使われてはいないだろう半鐘台。しかし、廃線となった森林鉄道(あるいは、森林軌道)の名残りのレールを使ったとなれば、集落にとっては大切なメモリアル・モニュメント。

 不要となって廃止された鉄道ですが、そのレールで作られた半鐘台は、必要があって作られたはず。火防(ひぶせ)の神社のすぐそばで、住民の安全を守ってきました。

 *磯貝良昭氏からの情報によれば、他にも春野町内では「豊岡山路、宮川里原、宮川高瀬、堀之内一草、領家長沢、豊岡篠原、気田金川、宮川平木、領家和田之谷」などの半鐘台が、レールを使って作られているようです。

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2009年2月17日 (火)

鉄道ファンの聖地11月閉園 佐久間レールパーク

Railpark2  鉄道ファンの聖地として親しまれてきた浜松市天竜区佐久間町の「佐久間レールパーク」が今年11月1日で閉園することになった。施設を運営するJR東海が16日発表した。

 佐久間レールパークはJR飯田線中部天竜駅構内にあり、初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の全面塗装の列車をはじめとした国鉄時代を代表する車両16両を展示。日本全国から訪れる多くのファンや家族連れを楽しませてきた。

 JR東海は閉園の理由として、平成23年春に名古屋市の金城ふ頭にオープンを予定している「JR東海博物館」(仮称)に、佐久間レールパークの展示車両を移転させるためとしている。移転させる車両の数や施設跡地の利用法は未定だが、車両の移動は11月1日の閉園セレモニーの後としている。

 今回の閉園を聞いた地元の佐久間観光協会の坂井昭彦会長は「あくまで一民間企業の施設。閉園すると言われてしまえばそれまでだが、地元にとって観光地を1つ失うことは非常に痛く、さみしい限り」と肩を落とし、「跡地に公共性の高い施設を建設したり、市にイベント用地として無料で貸してくれたら」と、わずかな期待を込めた。

 佐久間レールパークは毎年春と秋に「佐久間レールパーク祭り」を開催し、それ以外は、主に土日祝日に開園していた。今年は大型連休が始まる4月26日からと9月上旬、10月下旬に同祭りを開催する予定。その後11月1日の閉園セレモニーを行い、平成3年オープン以来、20年近く続いた歴史に幕を閉じる。(「静岡新聞」より)

 予測はされていたとはいえ、決して喜ばしいニュースではありません。せめて、閉園までの期間、おおぜいの来訪者があることを願っています。

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2009年2月15日 (日)

赤岡の「半鐘台」は森林鉄道のレールで出来ています。

Akaoka  国道362号「篠原トンネル」手前を左折、「新仙郷橋(しんせんごうばし)」を渡り、春野町豊岡地区・赤岡(あこおか)の集落まで登って来ました。

 「新仙郷橋」から見下ろせる「仙郷橋」は、元は「気田森林鉄道」が杉川を渡る鉄橋だったという話は、先日したばかりです。廃線となった鉄道跡があるとすれば、きっと近くに線路が残っているはず。例え取り外されたとしても、第二の人生を送っているレールがあるのではないかと思い、山道を登りました。

 ガードレール?標識の柱?キョロキョロしながら車を走らせ、数軒の家が建つ辺りで、赤錆びた「半鐘台」を見つけました。もしや、これは…?車を止めて、見上げてみました。

 細い鉄骨の3本脚。三角錐の形で天に伸び、「半鐘台」と言いながら、下がっているのは半鐘ではなく銅鑼。足元には、有事を知らせる叩き方の一覧表がありましたが、錆びてしまい残念ながらほとんど読めません。もしや、これは…?

Rail  実は、その鉄骨がレールではないかと思ったのですが、列車が走った線路です、こんなに細いわけがありません。でも、よ~く見ると、H形鋼の片側は薄く、反対側は厚く…。断面を想像してみると、もしや、これは…?

 これって、レールじゃん!どうやら、その細く見えた鉄骨が、森林鉄道で使われたレールのようです。やはり、予想通り見つかりました。このレールの細さから想像すると、「気田森林鉄道」の機関車や貨車は、かなり小型のものだったと思われます。その小さな貨車にいっぱいの木材を積んで、杉川にその喘ぎ声を響かせながら走り下ったのでしょう。

 鉄橋だった「仙郷橋」の狭さも、このレールを見たら納得。春野に残された近代化遺産リストに、赤岡の「半鐘台」も加えてあげてください。

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2009年2月 9日 (月)

里原―「天神」さまの白梅

Ume  「天神」とは、菅原道真を祭神とした天満宮のこと。九州の大宰府に流された道真の怒りを鎮めるための怨霊信仰の代表例と言われる神社です。

 道真は「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」の歌を詠み、道真を慕った梅が大宰府まで空を飛んだとされる「飛梅伝説」が残るほど、「天神」と梅との関係は強く、神紋にも「梅鉢紋」が使われています。

 立春も過ぎ、梅の花も珍しくはなくなって来ていますが、梅の花なら「天神」のものをとの思いから、春野町里原(さとばら)の「天神神社(てんじんじんじゃ)」の梅の写真を掲載します。「どこの梅だって、変わりっこないじゃん!」。そう言わずに、春野(春の野)の「天神」さんの梅。これが、日本の梅の代表選手です。

Michizane  「天神」さまの神使は、今年の干支の「牛」。今、受験シーズンの真っ最中となれば、「学問の神様」菅原道真のこの記事を読むだけでも、受験生にはご利益があるかも…。

 もちろん、この「天神神社」の神紋も、「梅鉢紋」でした。

 下の写真は、「佐久間民俗文化伝承館」に展示されている菅原道真をかたどった土人形です。

 ●3月初めは暦の上では厄日だったため、お祓いのために…

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2009年1月31日 (土)

機関車が渡った「仙郷橋」

Sengoubashi 国道362号、「篠原トンネル」のすぐ手前に、杉川に架かる「新仙郷橋(しんせんごうばし)」が見えてきます。「新・仙郷橋」と言うくらいですから、当然、先代の「仙郷橋(せんごうばし)」があります。国道からは1段下がっていますので、ドライブの途中では、ちょっと見つけにくいのですが…。

 これが、篠原~植田(うえった)間を結ぶ森林鉄道の橋梁として建設された「仙郷橋」。「気田森林鉄道」の名残りを留める近代化遺産の一つに数えられる建造物です。ガソリンエンジンを動力とする機関車が渡っていたのは、このアーチ橋。杉川を少し遡り、「小石間隧道」を抜けて植田(うえった)方面に進んでいました。

 当時の気田川周辺は、木材の切り出しと共に電力開発が盛んに行なわれていた時代。その建設資材や木材を積んだ貨車がこの「仙郷橋」を渡っていたのです。

Sengoubashi  杉川を見下ろすこの橋を渡って、線路が敷かれていたと思われる山道を歩いていたら、前方から犬を連れた二人連れと出会いました。「こんにちは。ここが森林鉄道の跡ですか?」と聞いたころ…。

 「どこから来たの?」「浜松から」「ここだって浜松だけど…」。確かにおっしゃる通りです。「で、森林鉄道は?」「ここ、ここ。よくもこんなところを通したよね。今の鉄道みたいに真っ直ぐじゃあないし、鉄橋だってトンネルだって狭いし…。ほうっておけば、すぐに木の枝が覆ってしまったと思うけどね」と、説明してくれました。

 「春野はいいとこですよね?川は澄んでいてきれいだし…」「あそこに魚が群れを作って泳いでいるのが見える?」「どこ?どこですか?」「あそこ、あそこ。あの枯れ葉の辺り」。目を凝らすと、黒っぽい小魚の群れが見えました。「多分、ハヤだろうね」。

 「春野はいいとこですよね?」「ここには岩松が育っていてね。今は枯れたようにみえるけど」「岩松?岩ヒバのこと?ああ、これですね。ある、ある」。道の脇の岩肌にへばりついている岩ヒバが見えました。「この辺じゃあ、岩松って呼ぶから」。

 「いやあ、春野っていいですね~?」「あっちの山に茶畑が見えるら?あの辺が、カタクリの自生地」「カタクリは、3月から4月ですね?」。

 う~ん。森林鉄道が走っていたあの頃が良かったのか、廃線となった今が良いのか、これは微妙なところです。「いろいろ、話を聞かせてもらってありがとうございました。春野って、やっぱりいいとこですよ」。二人連れと柴犬は、ニコリと笑うだけで答えてくれませんでしたが、やはり、春野はいいところです。「仙郷橋」は、コンクリートを土で覆った土橋。犬の散歩くらいだったらできますよ。

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2009年1月20日 (火)

森林鉄道にも使われた「小石間隧道」

Koishima2  県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が設けられている狭い狭いトンネル。入口には「ゆずりあいトンネル」の表示板が掲げられています。対向車のライトが見えたら、入るのを遠慮するか、待避所へ。この「ゆずりあい」の気持ちがなければ、このトンネルを通る資格はありません。

 全長661メートルと狭くて長いこのトンネルには、実は、こんな歴史がありました。

 昭和の初め頃、気田川では電力開発が盛んに行なわれました。昭和4年「気田水力発電所」、昭和13年「豊岡水力発電所」が操業開始。その資材や伐採した木材を輸送するため、地元の森林組合が篠原起点に森林鉄道を建設。後に延長され東京営林局気田森林鉄道となりました。

Koishima1  「小石間隧道」は、その気田森林鉄道と地元の生活道路が兼用するトンネルとして建設されたもの。人も通るため、鉄道の線路はトンネルの中心より片側に寄って敷設されていたため、大きな木材を積んだ運材車がトンネル内壁のぶつかり立ち往生したことがあったのだとか。現在の狭い狭い「小石間トンネル」は、これでも拡張されたものです。

 トンネルの入口には、開通を記念し、紀元2600年(昭和15年)に「小石間隧道」の石碑が建てられ、その裏面には、建設当時の苦労が刻まれています。

 それにしても、このトンネルに入るには、たくさんの運と、少しの勇気が必要です。だって、勝坂に行くには、この道を通るしかありませんから…。

 トンネルの中央付近までは上り坂。真っ直ぐ前を見てゆっくりと進み、対向車が来ないことを祈っていたのですが、何と、真ん中手前で、対向車のライトが見えました。いけない!どうしよう?よく考えれば、まったく慌てる必要はありません。勝坂に向う側の車線に待避所がありましたので、とりあえず待避。対向車を2台やり過ごし、出口に抜けました。「ゆずりあい」の気持ちさえ忘れなければ、「小石間トンネル」は、誰でも通れます。(当たり前じゃん!)

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2008年12月18日 (木)

「三信鉄道建設工事殉職碑」に刻まれた歴史

Jyunsyokuhi_2  「三信鉄道建設工事殉職碑」は、佐久間小学校の奥、生活道を兼ねている「JR飯田線」の天竜川橋梁の西側にひっそりと建っています。

 現在の「JR飯田線」は、元は4つの私鉄。豊橋側から「豊川鉄道」「鳳来寺鉄道」「三信鉄道」「伊那電気鉄道」が、それぞれ電車を走らせていました。これら4社は戦時中の昭和18年(1943)、国鉄に買収され「飯田線」となりましたが、それまでの佐久間地内は「三信鉄道」の営業区間でした。

 「三信鉄道」の工事は1928年8月から1937年7月まで行われ、飯田と三河川合を結ぶ約67㌔の山峡を縫ってのもの。橋梁17・隧道171が作られ、暴風雨による崩壊やトンネル・築堤工事での事故で、50数人が命を落とす難工事。「三信鉄道建設工事殉職碑」は、昭和13年(1938)8月に「三信鉄道」と熊谷組が建てたものです。

 碑の裏側には54人の名前が刻まれていましたが、中には、揚炯周・金道石・朴相煕などの朝鮮人らしい名前も見られました。昭和13年、日中戦争は泥沼化。「国家総動員法」が施行された年です。

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 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
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2008年12月 3日 (水)

勇気があれば歩いて渡れます―「天竜川橋りょう」

Dscf0008  電源開発「佐久間発電所」のすぐ横を、飯田線が走っています。発電用の水車を回し、一仕事してのち再び天竜川に戻る水の出口と天竜川をまたぐ鉄橋。「天竜川橋りょう」のプレートが掲げられていました。

 …と、そこまでは驚きませんでしたが…。

 何と、その鉄橋の側道を、向こうから人が2人歩いて来ました。しかも、JR関係の人ではなく、1人は旅行用の小型トランクを転がしています。「え~?渡れるんですか~?」。

 Tenryugawakyouryou 「天竜川橋りょう」の横には、地元の人たちが生活道路として使っている歩道がついています。足元はコンクリートの板が並べられているだけで、細い隙間からは天竜川が見えるようです。すると、今度は、私の後ろ側から、若い女性が渡り始めました。「向こうから人が来てますよ。もう少し待った方がいいでしょう!」。

 当然、狭い歩道の上で出会うことになりました。お互いに軽く会釈。若い女性は体を横にして、前からの2人とすれ違いました。「す、すごい!」。

 2人連れが私の前を通り過ぎながら「こんにちは」と声をかけてくれましたので…。「ここって、渡れるんですね?」と聞いたところ、「ちょっと勇気が要りますけどね」とニッコリ。ただ歩いて渡るだけでも勇気が要りそうですけど、あの狭い橋の上ですれ違うんですよ。しかも、もしも列車が来たら…?これは、もう勇気が要るというレベルではありません。

 …とまあ、それ以上は考えないことにしました。勇気がある人は渡ってみてください。「くれぐれも気をつけてね!」。

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2008年11月30日 (日)

「渡らずの鉄橋」を望む「城西大橋」

 Sironisioohasi 水窪小と水窪中に、間伐材で作ったフラワースタンドを届け、「国盗り」での食事を済ませての帰路。城西地区の松島の水窪川に架かる「城西大橋」で見つけたのは、先ほど「国盗り」で見かけた三人連れ。カメラを構えて「あの瞬間」を待っているようでした。トラックを止めて橋の中央まで走り「そろそろ、来るんですか?」と声をかけると、「あと15分くらいです」との返事。う~ん、どうしよう?

 Watarazu そうです。橋の中央から川上を望むこの場所が、人気のポイント「渡らずの鉄橋」と呼ばれている第6水窪川橋梁の撮影ポイント。待っているのはもちろん飯田線の列車です。「そうですか?あと15分?」。仕事の途中でしたので、その15分が待ち切れません。後ろ髪を引かれる思いで橋を後にしましたが…。

 色づいた山を背景にして「渡らずの鉄橋」を進む飯田線の列車。マニアにとっては、あの「あと15分」は、きっとワクワクする「あと15分」。気にしながらトラックを発車させ、何度か振り返ってみましたが、15分はまだ少し先。三人連れは、きっといい写真が撮れたでしょうね?

 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●以前から、ぜひ入手したいと思っていた「風景印」が、これ…
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 ●『広報はままつ』(4月5日号全市版)の表紙写真は「渡らずの鉄橋」…

2008年11月 9日 (日)

往年の国鉄車両満喫 佐久間レールパーク祭り

Railpark1  浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道車両博物館で8日「佐久間レールパーク祭り」が開かれた。あいにくの小雨にもかかわらず、熱心な鉄道ファンや親子連れが多数訪れた。

 イベントに合わせて、普段は車内を公開していない国鉄時代の特急ディーゼル車両「キハ181系」の特別公開やミニSLの運転などを行った。Railpark2

 会場では、地元の人たちによる手打ちそばを始めとする特産品の販売も行い、来場者を楽しませた。同パークは土日祝日に開園。(「静岡新聞」より)

 「佐久間レールパーク祭り」は、親子連れに人気のイベントです。事前のレポートできなくて、申し訳ありませんでした。

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2008年10月26日 (日)

車両番号「クハ118-5002」

 Dscf0001 昨夜(10月25日~26日)「川合花の舞」が開かれた「下川合」駅近くの踏み切りに差し掛かったところ、ちょうど列車がやって来ました。そこで、デジカメを取り出してシャッターを押したのですが、タイミングがずれてご覧の写真。ただ、車両番号「クハ118-5002」が写っていましたので、少し勉強をしてみました。 列車の番号は車両ごとに異なり、それだけでその列車がどんな車両なのかが分かる「名前」となっていると言うのですが…。

 まず、車両番号「クハ118-5002」の最初のカタカナは車両の「機能」を表します。「ク」は、「運転室のある車両」ですがモーターはありません。次のカタカナは「設備」を表し、「ハ」は「普通車」。最初の数字は「電気方式」を示し、「1」は「直流電車」。次の数字が「用途」で、「1」は近郊型ですから、「運転席のある普通車で、直流電気でのみ動く近郊型の列車」となります。「クハ118」は飯田線の主力車両「119系」に分類され、旧型車両ばかりだった飯田線には昭和57年に投入されました。その後、他でも活躍したのですが、今はまた飯田線だけで見ることができる車両です。

 実は、この「クハ118-5002」の後ろで、少しだけ写真に写っているのが「クモハ119-5003」のようです。「クモ」の「ク」は「運転席」で「モ」は「モーター」で「ハ」は「普通車」ですから、「クモハ」は「モーターがあり運転席もある普通列車」となり、2両連結のこの車両は、1両目が2両目を牽引しているのではなく、2両目の「クモハ」が1両目の「クハ」を押していたことになります。

 かつての飯田線車両は、天竜川の水をイメージしてスカイブルーにアクセントの灰色ラインでしたが、現在では白いボディーにオレンジのラインの「JR東海色」。飯田線らしい個性が薄くなり、少し残念ですネ。

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2008年10月18日 (土)

飯田線の鉄橋の数はいくつ?

Dscf0022  「鉄橋」とは?「鉄道橋」―鉄道を渡すための橋梁を「鉄橋」と言います。「鉄製の橋」を「鉄橋」と言うこともありますが、「鉄道橋」のすべてが鉄製とな限りません。コンクリートで出来ていても「鉄橋」は「鉄橋」です。

 Dscf0023 さて、飯田線全長195.7㌔には、鉄橋がいくつあるでしょう?1㌔に1本だとしたら約200本?さあ、どうでしょう?ヒントとしては、トンネルは138本ありますが…?

 答えは「410」。何と全線で410本もあるのです。佐久間に何本架けられているのかは調べてありませんが、長い「鉄橋」、短い「鉄橋」合わせて410本です。

 一番長い「鉄橋」は「渡らずの鉄橋」の愛称でおなじみの「第6水窪川橋梁」の401㍍。写真は『よれいね茶の子』さん(053-987-1130)のすぐそばの「鉄橋」ですが、第○水窪川橋梁の○の数字が分かりません。先に書いたように、コンクリート橋ですが、これだって「鉄橋」です。

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2008年10月15日 (水)

「初代新幹線0系引退」―レールパークで会えるよ!

0kei  東海道新幹線を走った初代「0系」車両が11月に退くが、JR西日本は14日、最初に製造された0系車両を「鉄道記念物」に指定した。車両は交通科学博物館(大阪市)に展示されている。

 鉄道記念物の制度は、旧国鉄が歴史や文化的に価値ある鉄道車両、施設を残すためにつくった。これまで最古の機関車「1号機関車」や明治期の姿が現存する「旧長浜駅」などが指定を受けた。現在はJR各社が指定している。

 同博物館の車両は約600万㌔を走行し、78年に引退。JR西は「高度経済成長の象徴で、近代的鉄道システムの原点」として選定した。

 同博物館では14日、記念式典が開かれた。父親と新幹線開発に携わった島隆さん(77)は「引退はさみしい。会いたくなったら来られるよう大切に保管してほしい」とあいさつ。流線型ボディーの原型を作った山下清登さん(73)も「懐かしさと苦労が次々思い出される」と話した。(「時事通信」配信より)

 「初代新幹線0系引退」の記事です。「0系新幹線」の先頭車両が、JR飯田線「中部天竜」駅に併設された「佐久間レールパーク」に展示されています。先頭車両だけで、しかも途中で切断されていますので、ちょっと寂しい展示ですが、運転席はそのまま残されています。

 「佐久間レールパーク」は、1991年(平成3年)に開設された鉄道車両博物館。昭和初期から中期を中心に活躍した貴重な車両が十数両展示されています。また屋内には日本最大のプラレールやNゲージの大パノラマや各種模型・実物部品・飯田線の歴史を示す写真展示がありますので、雨の日でも楽しめます。

 しかし、展示車両の大半を「JR東海博物館」(仮称:金城ふ頭駅(名古屋市港区)周辺に2011年春にオープン予定)に移転する計画が発表されていますので、ここで「0系新幹線」の懐かしい車両に会えるのも、あとしばらく。ぜひ、お寄りください!

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
 ●初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の列車など…
 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
 ●「峯トンネル」は飯田線で2番目に長いトンネル…
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2008年10月14日 (火)

「中部天竜」駅で見かけた「レールバス」

Railbus  ふと立ち寄った飯田線「中部天竜」駅。「佐久間レールパーク」があるこの駅の引き込み線で、見慣れない青色のマイクロバスを見かけました。うん?なんだ、こりゃ?

 見かけは普通のマイクロバスですが、タイヤの代わりに4つの車輪が線路に乗っています。パンタグラフは付いていませんので、電車ではないようです。おそらく、もとのエンジンを使ったディーゼル車だと思います。うん?なんだ、こりゃ?

 これは保線用車両の「レールバス」と呼ばれるものだそうです。鉄路保線用の人員を運ぶのに使われるようですが、運転席は片側だけ。現場に着いたら帰りはどうするのでしょう?ちょっと乗ってみたいですね?今、話題の「DMV(デュアル・モード・ビークル)って、こんな感じでしょうか?この「レールバス」で紅葉の水窪川をさかのぼり、「渡らずの鉄橋」を行くなんてきっとサイコー!車止めを外せば動き出しそうです。乗せてくれ~!

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2008年10月 8日 (水)

三信鉄道の測量を指揮―アイヌの測量技師「カネト」

 現在のJR飯田線の元になった三信鉄道の測量を指揮し、工事の現場監督も務めた川村カネトの半生を描いた合唱劇「カネト」(中日新聞社など後援)が14日、飯田市の飯田文化会館で公演された。総勢129人がつくり上げた迫力ある舞台が、詰めかけた約1100人の観客を感動させた。

<中略>

 物語は、北海道旭川に生まれたアイヌの長の息子カネトが、幼いころからあこがれた鉄道測量技師となり、あまりの危険性に誰もが二の足を踏んでいた三信鉄道天竜峡-三河川合間67㎞を測量。工事を完成させるまでを描いた。

 カネトは、アイヌへの民族差別に遭いながらも、「人間は姿形ではなく、少年の日の夢と希望、誇りで生きるのだ」という。不屈の精神で命を賭して偉業を成し遂げるカネトの姿が、観客の心を揺さぶり、目元をぬぐう観客が絶えなかった。

 フィナーレは出演者全員の大合唱。大きな感動を呼び、拍手がしばらく鳴りやまなかった。飯島町の寺岡亜希子さんは「カネトは差別されても人のために役立つことに一生懸命。そういうふうに生きなきゃね」と目を潤ませていた。(2007年10月16日付「中日新聞」より)

 1937年の飯田線の全通までには、長い年月と多くの人々の努力と犠牲がありました。なかでも一番の難工事だったのが三信鉄道(「天竜峡~「佐久間・現中部天竜」間)の敷設。天竜川の流れに沿って計画された線路は、測量するにも急な断崖絶壁、天竜川に流れ込むいくつもの支流を渡らなければならなかったのです。アイヌ測量隊を率いてこの難所の測量にあたったのが、アイヌ人測量士川村カネト(カ子ト)でした。

 この区間は急峻な山岳地帯が続き、地盤は非常に脆く難工事となりました。山地での測量技術に長けた川村カネトが建設の指揮にあたり、多くの被害を出しながらも最後の「大嵐(おおぞれ)」~「小和田」間が開業。現在の飯田線が全通したのは、最初の区間だった伊那電気鉄道(「辰野」~「天竜峡」間)が開業してから40年後のことでした。

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2008年9月11日 (木)

もうすぐ「お月見」だから「相月」へ

Aiduki  「峯トンネル」は飯田線で2番目に長いトンネル(3619㍍*最長は「水窪」~「大嵐」間にある大原トンネルの5063㍍)。飯田線に乗ってDscf0017 「佐久間」駅側から「峯トンネル」を抜けるとすぐに「相月」駅に着きます。そして列車はまたすぐに次の「相月トンネル」へ。トンネルとトンネルのわずかな間に、「相月」駅のホームがポツンと造られています。

 Ga 現在の「佐久間」~「水窪」~「大嵐」の区間は、佐久間ダムの建設による飯田線水没区間の代替のために1955(昭和30)年に造られました。山越えのトンネルと水窪川を渡る鉄橋ばかりが連なり、難工事が想像される区間となっています。右を見ても左を見てもトンネルの見える「相月」駅は、まさに山間の無人駅の風情そのもの。時刻表に大きな蛾が1匹、文字を隠すようにへばりついていました。それでも羽の下の12時台には列車は止まらないので、邪魔にはなっていないようです。

Dscf0021  ところで、なぜ「相月」駅に寄ったのかと言いますと、まもなく「中秋の名月」。佐久間で「月」と言えば「相月」。「月に会いに相月へ」―こじつけっぽいですが、ただそれだけの理由で、道路から階段を登り、駅のホームに立って秋の風に吹かれてみたというわけです。

 駅の向かいには、場違いなほど(?)きれいで大きな観光トイレがあり、大きな窓から水窪川が見下ろせます。少し歩けば私の苦手な吊り橋もありましたが、キバナコスモスをながめるだけにして渡るのはやめておきました。

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2008年9月 3日 (水)

「渡らずの鉄橋」を行く飯田線

 飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた鉄道ファンに人気の鉄橋。佐久間ダム建設に伴う線路付け替え時に、中央構造線による断層を避けるために生まれたルートで、川の上に線路は張り出してくるものの対岸へは渡らず、またもとの岸へ戻ってしまいます。

 渡りそうですが、渡らないので「渡らずの鉄橋」。映像では、列車は「向市場」を出て「城西」に向かい、長短3つのトンネルを抜けて約1分50秒後から「渡らずの鉄橋」に差し掛かります。先方に対岸の家並が見え、いかにも渡りそうなんですが、ここで左にターン。約25秒ほどでまたもとの岸へと戻り、何ごともなかったかのように「城西」駅に滑り込みます。2007年5月の撮影ですので、沿線の満開のツツジも彩を添えています。先頭車両からのビュー。さあ、とくとご覧ください。

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2008年7月23日 (水)

トロッコ列車「ファミリー号」の懐かしい映像

 2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の「中部天竜」辺りを走る映像を見つけましたので、ご覧ください。1987年から毎年、春から秋までの期間、JR飯田線「豊橋」~「中部天竜」間で運転されていました。

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2008年5月28日 (水)

JR飯田線「中部天竜」駅の変遷

 出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西。これがJR飯田線佐久間地内のすべての駅名です。ほぼ真ん中にあるのが「中部天竜」。実は、この駅名には変遷があるのです。

 1934(昭和9)年11月に「三河川合」より延伸された「三信鉄道(南線)」の、とりあえず2年間の終点とされたのがこの駅。先ずは「佐久間」の名称で呼ばれました。1935(昭和10)年5月24日には、地元「中部(なかっぺ)」の名を取り「中部(なかっぺ)天竜」と改称されましたが、国鉄に変わる時に「ちゅうぶてんりゅう」と再度改称されたのだそうです。

 「佐久間レールパーク」があるのは、実は「佐久間」ではなくて、この「中部天竜」。でも、地区の名前はあくまでも「中部(なかべ)」です。

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2008年5月27日 (火)

飯田線の人気ポイント「渡らずの鉄橋」

  Watarazu2 「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います。

 飯田線の車窓風景の中で楽しみの一つが、この「第6水窪川橋橋梁」。鉄道ファンには人気の撮影ポイントとなっています。下り列車に乗ると「城西」駅を過ぎたところから始まり、列車は対岸の右岸に渡るのかと思ってるうちに、また元の左岸に戻ります。その形から「S字橋」とも呼ばれています。

 調べてみると、この鉄橋は最初から計画されたものではありませんでした。水窪川の左岸をそのまま45㍍の短いトンネルで抜ける予定で、しかもそのトンネルは貫通していたのです。ところが、「中央構造線」の断層による地殻変動のため、工事を進める端から次々と崩壊したため、せっかく貫通したにもかかわらずトンネルは使用されず、鉄橋を架けたようです。何とここにも、日本列島を東西に貫く「中央構造線」のとてつもない力が働いていたのですね。

 ●以前から、ぜひ入手したいと思っていた「風景印」が、これ…
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2008年5月25日 (日)

JR展示車両、名古屋移転へ 佐久間レールパーク

  Jr_2 初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の列車など、国鉄時代を代表する車両16両を展示している浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある「佐久間レールパーク」の展示車両の大半が移転することになった。

 展示車両の移転計画は、22日に佐久間地域自治センターで開かれた佐久間地域協議会で発表された。佐久間レールパークを運営するJR東海の代表者が同地域協議会内で出席委員に説明した。

 移転先は、同社が愛知県名古屋市港区の金城ふ頭に建設を決定し、平成23年春にオープンを予定している「JR東海博物館」(仮称)内。延べ床面積1万4100㎡の巨大施設に初代新幹線から超電導リニアモーターカーなど、35両の車両展示を計画している。展示予定の車両リストには、現在佐久間レールパークで展示している車両も多数含まれる。

 説明を受けた委員の間からは「名古屋に大きな展示施設ができるのは聞いていたが、佐久間から車両を持って行くとは考えもしなかった」と一様に驚き、「佐久間の施設は残す方向で考えてくれているのか」などの質問が出された。

 同社の代表者は「佐久間レールパークの展示車両は貴重なものばかりだが、展示場所が屋外のため雨風にさらされて車両の傷みは無視できない。屋内で展示できる名古屋の施設への移転は、社内で既に決定したこと」と報告した。佐久間レールパークの存続自体については明言を避けたが、車両移転後に新たな展示車両を補填(てん)する予定は無く、地域協委員は「展示車両が無くなることは、施設そのものが無くなるのと同じこと」と、多くの見学客が訪れる鉄道ファンの「聖地」から主役が消えることに戸惑いを隠せない。

 JR東海では、今秋開催する「佐久間レールパーク祭り」までは展示車両の移転は行わない予定としている。(「静岡新聞」より)

 「佐久間レールパーク」が、存続のピンチを迎えています。現在の16両の車両のうち、何両が移転してしまうのでしょうか?「レールパーク」は、佐久間の数少ない集客施設。何とか補充をしていただきたいと思います。

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「トロッコファミリー号」2006年運行終了

Familygo  トロッコファミリー号について調べてみました。残念なことに、現在はすでに運転されていなことが分かりました。

 トロッコファミリー号は、「飯田線」沿線の自然を体感するため、普通列車よりも所要時間のかかる低速のダイヤが設定され、ゆっくりゆっくり走っていた人気の列車でした。

 ところが、牽引機のED18 2が、平成17年8月に致命的な故障を起こして運用を離脱し、EF58形の2両体制となったが、さらにEF58 122が老朽化により運用を離脱することになり、残るEF58 157だけでは運用がまかなえなくなることから、2006年5月7日をもって運転終了となったそうです。「渡らずの鉄橋」を走るファミリー号の姿は、もう見られないのだそうです。

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2008年5月 3日 (土)

人気を呼んだ「佐久間レールパークまつり2008」

 Railpark 浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館・佐久間レールパークで27日、JR東海の「佐久間レールパーク祭り」が開かれ、鉄道ファンや行楽客らでにぎわった。

 1937(昭和12)年に導入されて京都-大阪間を36分で結んだ戦前の代表的高速電車「モハ52形」の車内を、特別公開。普段は車内に入れないとあって鉄道ファンらの熱い視線を集めた。ミニSLの乗車会(有料)や地場産品の販売などもあり、人気を呼んだ。

 同施設は1991年に整備。主にJR東海内で活躍してきた旧国鉄時代を代表する鉄道車両を多数展示している。3-11月までの土・日曜を中心に開館。大型連休中(5月6日まで)は連日開館する。午前10時から午後4時まで。(4月28日付「中日新聞」より)

 記事の紹介が少し遅くなりましたが、「佐久間レールパーク」は5月6日まで開館とのことですので、まだ間に合います。お天気も回復のようですので、初夏の北遠路を楽しんできてください。

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