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2012年2月16日 (木)

竣工?竣功?―春野の「筏戸橋」

 しゅん‐こう【竣工/竣功】[名](スル)建築工事や土木工事が終了すること。落成。

 …だとしたら、「竣工」と「竣功」とに区別はないようなのですが…

 春野町筏戸大上(いかんどおおかみ)の熊切川に架けられた県道263号「新筏戸橋」ではなく、歩行者専用の「筏戸橋」は「昭和32年12月竣功」で、さらにすぐそばに残るコンクリート製の吊り橋の主塔には「昭和12年2月竣工」と書かれています。

Ikandobashi5 Syunko6
Ikandobashi4 Syuko3

 「別にいいじゃん」と言えばそれまでですが、何だか気になります。建設会社が違うための「大人の事情」でしょうか?それとも、「工」と「功」との間には、こだわらなくてはいけない理由があったのでしょうか?

 しかも、「竣」という字は常用漢字でないため、新聞各社は使いたがらないようです。「落成・完工・完成」というのが、新聞用語。

 どうせなら、「新筏戸橋」も確認しておけば良かったのですが、旧「筏戸橋」と旧々「筏戸橋」だけを見て来てしまいました。ダメじゃん、斉藤さん!

2012年2月 6日 (月)

鉄道施設保全、県が支援 天浜線が主な対象

 県は2012年度、歴史的な価値の高い県内の鉄道施設を保全するための支援に乗り出す方針を固めた。鉄道施設が一括して国の登録有形文化財に指定された天竜浜名湖鉄道を主な支援対象として想定。編成中の12年度当初予算案に、同社への助成経費として1千万円程度を計上する。

 同社が運行する天浜線は、機関車転車台や橋りょう、駅舎、プラットホームなど計36件が登録有形文化財に指定されている。特に昨年、このうち31件が一度に指定されて以降、全国各地から訪れる愛好家が増えている。一方で、施設は昭和初期に建造されたため、近年は老朽化が進み、補修や維持管理が課題になっている。

 天浜線は利用低迷などで厳しい経営環境が続き、同社単独では保全することが困難なため、県が助成することで駅舎の補修や高架貯水槽の耐震化を推し進めてもらう狙い。

 県は天浜線の鉄道施設を地域の貴重な財産と位置付け、沿線の景観形成や交流人口拡大につなげたい考えだ。

 沿線には豊かな自然景観が広がり、観光スポットも点在している。これら地域資源と鉄道施設を連携させることで地域の魅力を高め、観光需要の掘り起こしを目指していく。

 天浜線では、住民有志の手で日常の維持管理が行われている施設も多い。県は、施設を後世に残そうとする機運を高めることで、コミュニティー活動の一層の活発化につながると期待している。(「静岡新聞」より)

 私にとっても懐かしい旧二俣線の保全に、県が支援することになりました。北遠にとっても、大切な観光資産です。

2012年1月24日 (火)

天竜二俣駅の「扇形車庫」修復始まる 台風で屋根被災

Syako_2  浜松市天竜区二俣町の天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅構内にあり、昨年9月の台風15号で被災した国登録有形文化財「扇形車庫」の修復作業が今月中旬、始まった。3月末までの完成を目指している。

 1940年に建設された扇形車庫は、98年に国の登録有形文化財になった。台風15号で屋根の4分の1がめくれて以来、その部分が野ざらし状態となっていた。足場の組み立て作業はすでに終わり、資材の搬入に移る。

 一方、同社は新年から、同駅構内で実施している転車台見学を従来の金~月曜日から連日開催に変更した。金~月曜日と祝日は午前と午後の1日2回、火~木曜日は午後1時45分~の1日1回行う。(「静岡新聞」より)

 いつも気にしていましたが、ようやく修復作業が始まったようです。

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2012年1月15日 (日)

天浜鉄道 修繕費サポート募集 国文化財の駅舎 老朽化

Futamataeki_2  天竜浜名湖鉄道は、国の登録有形文化財である駅舎の耐震・修繕工事費用を出資してくれる「文化財オーナー」を募集している。天竜二俣、原谷など11駅で各80人を募集。オーナーになってくれた人の名前を刻んだプレートを、各駅にある記念碑に12、13年度の2年間掲げて感謝の気持ちを表す。一口3000円で、募集は3月11日まで。

 同社によると、ほとんどの施設は1940年までに作られ、昨年1月までに36施設が国の登録有形文化財に登録された。一方で老朽化も激しく、耐震工事や屋根の修繕などが急務となっていた。11駅の工事費用は9000万円以上に上り、市民に愛着をもってもらおうと費用の一部を募集することにした。

 同社の担当者は「普段何気なく見ている施設も、実はとても貴重なもの。将来に残すために協力してもらえたらうれしい」と話している。問い合わせは、同社(053・925・2276)。(「読売新聞」より)

 台風で屋根の一部が破損した「扇形車庫」もそのまま。利用客が増えるのが一番なんですが…。地方鉄道の運営は難しいですね。

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2012年1月10日 (火)

操業中の「久根鉱山」が写る絵葉書

Sakudo4  龍山の和田芳博氏からは、久根鉱山の絵葉書もたくさんお借りすることができました。

 中でも興味を引いたのは、鉄索を使って鉱石を下ろす作業風景。「久根鑛業所門内之景」では林材を下ろす時に使うような索道を使い、「遠州久根 鑛業所通洞坑内巻揚機械塲(賄所橋本發行)」では、峰之沢のインクラインのようなシステムであったのかも知れません。

 先日、久根の山で写真のような施設を見付けました。索道のタワーのように見受けましたので、久根の山の斜面に沿って伸ばしたケーブルに、鉱石を満載した重いバケットを吊り下げて運んでいたのでしょう。

 久根鉱山が閉山したのは昭和45年(1970)11月。わずか41年前までは、北遠・佐久間に大きな雇用を生み出し、全盛期には約2000人とも3000人とも言われる多くの労働力を集めていたのです。

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2012年1月 7日 (土)

「王子製紙株式會社中部工塲」を偲ぶ

Oujiseishinakabe768  「氣田分社」に遅れること10年、明治32年(1899)に操業を開始した「王子製紙株式會社中部工塲」の絵葉書を貸していただきました。

 以前にも紹介したものがありますが、外観と水路だけを掲載します。

 日清戦争(1894-1895)で増大した紙の需要に応えるために建設されたのが中部工場。天竜川上流で調達した原材料が積み上げられている様子が窺われ、「氣田分社」同様に水路が活用されていたことが分かります。

 現在、事務所に使われていたと言われる建物以外には、当時の面影を留める遺構は見当たりませんが、かつて佐久間の地に建っていた上丸窓の赤レンガ工場を偲んでみてください。

 絵葉書は、龍山の和田芳博氏からお借りしました。

Oujiseishinakabe762 Oujiseishinakabe764
(北遠名所)中部製紙全景 北遠名所 中部製紙工塲之景
Oujiseishinakabe765 Oujiseishinakabe766
王子製紙株式會社中部工塲全景(其一) 王子製紙株式會社中部工塲全景(其二)
Oujiseishinakabe769 Oujiseishinakabe770
王子製紙株式會社中部工塲水路 王子製紙株式會社中部工塲排水路

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2012年1月 6日 (金)

絵葉書に残る「王子製紙株式會社氣田分社」の残影

Suiro8  明治22年(1889)に日本最初の木材パルプかたの洋紙生産を始めた「王子製紙株式會社氣田分社」の動力は、春野を流れる気田川の水力と水力を利用した発電によって維持されました。

 その気田川の水を工場まで引き込んでいたのは、何と木製の水路だったようです。

 春野中学校内に残る赤レンガの製品倉庫跡に展示されている模型を見れば分かるのですが、現在は閉館されていますので、せめてこの古い絵葉書の写真で振り返ってみてください。

 北遠で進んだ日本の近代化―その残影が龍山の和田芳博氏からお借りした絵葉書に残っていました。

Oujiseishi758 Oujiseishi759
王子製紙株式會社氣田分社(水路橋梁) 王子製紙株式會社氣田分社(仁平山砂防個所)
Oujiseishi761 Oujiseishi760
王子製紙株式會社氣田分社(水路隧道下口砂吐) 王子製紙株式會社氣田分社(水路水神淵)

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2012年1月 5日 (木)

ハイカラで美しい外観「王子製紙株式會社氣田分社」

Oujiseishi755  今まであまり目にする機会はなかったのですが、「王子製紙株式會社氣田分社」の大正時代(1910年代)の外観写真を使用した絵葉書がたくさん残っていることを知りました。

 現在では、春野中学校内に、かつて製品倉庫であった赤レンガの建物が残るのみ。中には、当時のジオラマ模型や写真、製紙に使用された道具類が展示されてはいたのですが、昨年(2011)3月末にて閉館され、日本の洋紙生産発祥の地としての面影を探したくても、気田の「コミュニティーバス待合室」で開催される「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」の資料写真でその全容を知るだけでした。

 そんな人は、この絵葉書の写真で、西洋風なハイカラな外観の美しさを堪能してください。気田川に面した工場の敷地は広く、大量のツガやモミ材が積み上げられています。

Oujiseishi751 Oujiseishi752
王子製紙株式會社氣田分社全景 王子製紙株式會社氣田分社
Oujiseishi753 Oujiseishi754
王子製紙株式會社氣田分社 王子製紙株式會社氣田分社
Oujiseishi756 Oujiseishi757
王子製紙株式會社氣田分社(第二工場遠景) 王子製紙株式會社氣田分社(構内貯材池)

 絵葉書は、龍山の和田芳博氏からお借りしました。

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2012年1月 4日 (水)

「王子製紙株式會社氣田分社」内部の写真

 以前、「王子製紙株式會社中部工場」の製造工程を、「割木機」「韲木機」「ビーター」「蒸煮鑵」「抄取機」「八十八吋長綱抄紙機」「七十二吋丸綱抄紙機」の写真を使用した古い絵葉書で紹介したことがありました。

 そして、今回は「王子製紙株式會社氣田分社」の内部を撮影した絵葉書、「調木室」「韲(大+韭)木室」「汽鑵室」「蒸解室」「抄取室調整室」「第二抄取室」「第三抄取室」「仕上室」の8枚を紹介します。

 工程としては、木材の皮を剥いてチップに砕き、高温で蒸煮し、紙漉きの要領で巻き取り仕上げたものと思われます。

 明治22年(1889)に我が国初の木材パルプからの製紙工場となった王子製紙気田分社で行われていた最先端の洋紙作りの動力は、気田川の水力を使っての発電により自給されていたのです。

 大正12年(1923)8月に工場が閉鎖された後も、自給された電力は引き続き気田の電灯を点し続け、地域の近代化に大きく貢献しました。

 日本の近代化産業遺産の貴重な絵葉書は、龍山の和田芳博氏からお借りしました。

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Oujiseishi745_2  Oujiseishi746
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Oujiseishi749 Oujiseishi750

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2011年12月28日 (水)

「北遠電氣株式會社」とは、どこだ?

Hokuendenki5  いつも古い絵葉書などを貸していただいている磐田の佐口行正氏から、ちょっと珍しいものを見せていただきました。それは、A4サイズの「北遠電氣株式會社定款」。

 第一章 緫則

第一條 當會社ハ北遠電氣株式會社ト穪ス
第二條 當會社ハ左ノ業務ヲ營ムヲ以ッテ目的トス
   一、電燈及電力ノ供給
   二、電燈及電力ノ供給ニ附髓スル機械器具ノ賣買貸附
第三條 當會社ハ本店ヲ靜岡縣周智郡熊切村石打松下百九拾八番地ニ設置ス(以下省略)

Kumakiri5  「靜岡縣周智郡熊切村石打松下百九拾八番地」とは、現在の「浜松市天竜区春野町熊切」。「石打松下198」のお宅を訪ねてみました。

 「もしかしたら、この辺りに発電所がありませんでしたか?」との質問の答えは、「事務所はうちに置いていたようだけど、発電所は下の熊切川にあったはず」。教えていただいたのは、熊切川が不自然に分岐、合流している場所です。

Suimon8  辺りを探索してみると、分岐地点の橋の下は、川の水を導入するような堰が設けられ、コンクリート製の水路が残っています。水路の入口には水門もあるのですが、水門を開ければ、水は発電所があったという方向に向けて流れます。

 多分ここが、大正9年(1920)に設立された「北遠電気」の水力発電所があった場所(詳しくは、当時のことを知る人に話を聞くことにしています)。「定款」では、「大正十一年六月一日ヨリ」となっていますので、それ以前は「株式會社」ではなかったのかも知れません。昭和13年(1938)からは、中部電力に移管されたようです。

 「事務所を置いていたので、うちには真っ先に電灯が点ったって聞いている」との話。現在、10の電力会社に統合されている電気事業ですが、かつては中小の電力会社の設立され、それぞれの地域に小規模の電力を供給していました。

 その1つが、熊切の「北遠電気」。北遠には、こんな水力や火力の発電所が他にもたくさんあったようです。

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2011年12月25日 (日)

天浜線の登録有形文化財④―天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム&下り上屋及びプラットホーム

Home2  天竜浜名湖鉄道「天竜二俣駅」のプラットホームを駅の南側から撮ってみました。

 「天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム」と「天竜二俣駅下り上屋及びプラットホーム」は国の登録有形文化財第22-0163号と22-0164号。

 プラットホームが建設されたのは昭和15年(1940)。上屋の柱には、古いもので明治44年(1911)のレールが再利用されているとのこと。昭和初期のレトロな雰囲気の中にも、リサイクルの考え方が生かされています。

 このプラットホームも、北遠のすごい近代化産業遺産です。

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2011年12月21日 (水)

最古参「TH3501」が化粧直し 天浜線

Th3501  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)は18日、同社の現役車両では最古参で、化粧直しを今月終えた「TH3501」のお披露目イベントを、同区二俣町の天竜二俣駅で開いた。

 TH3501はかつて、トロッコ列車をけん引していた。「そよかぜ」という当時のヘッドマークを付けて参加者の前に登場し、テープカットを行った。

 参加者の親子連れやファンは、盛んに撮影したり、運転席に座ってみたり。掛川西中の斉藤隼右さん(13)は「以前の姿も見たことあるけれど、きれいになってもっと良くなったと思う」と話した。

 TH3501は1996年に運行を開始。廃車も検討したが、レトロな雰囲気が人気を集めることなどから続投が決まり、検査と化粧直しに入っていた。(「静岡新聞」より)

 12月18日に、リニューアルされた「TH3501」のお披露目が行われるのは既報の通り。「天竜二俣駅」には、昨日もカメラを抱えた乗客が降り立っていました。

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2011年12月19日 (月)

レトロ配色に化粧直し 天竜浜名湖鉄道が最古参の車両公開

Tenhama  天竜浜名湖鉄道の現役車両では最古参となる「TH3501」の化粧直しが終わり、リニューアルした車両が18日、本社のある浜松市天竜区の天竜二俣駅構内でお披露目された。掛川-新所原間を一日2往復する。

 3000型の「TH3501」は1996年に運行を始めた。外観は、かつて走っていたトロッコ車両「そよかぜ」の塗装に合わせたクリーム色とあずき色のツートンカラー。レトロな配色とデザインが利用者や鉄道ファンに親しまれている。今回は全般検査に伴い、きれいに塗り直された。

 お披露目イベントで乗車体験が行われ、リニューアルした車両はファンらを乗せたまま、転車台で1回転。運転席での記念撮影、廃棄が決まった鉄道部品の即売会などもあった。参加者全員の記念写真は、構内にある鉄道歴史館で1年間展示される。(「中日新聞」より)

 いよいよリニューアルされた「TH3501」が天浜線を走ります。運好く出会うとラッキーですね。

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2011年12月10日 (土)

天浜線の登録有形文化財③―天竜二俣駅本屋と金属プレート

Futamataeki0  「登録有形文化財 第22-0162~0164号 この建造物は貴重な国民的財産です 文化庁」―天竜浜名湖鉄道「天竜二俣駅」の玄関先に建てられた3本の枕木に嵌め込まれた青い金属プレート。全線に渡り国の登録有形文化財に登録された天浜線に、2011年2月10日に文化庁から届けられた24枚のうちの1枚です。

Plate1_2  「第22-0162~0164号」とは、「天竜二俣駅本屋」「天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム」「天竜二俣駅下り上屋及びプラットホーム」。

 その上の中央に付けられた記号が気になりました。

 これは、文化財愛護のシンボルマーク。文化財愛護運動を全国に推し進めるため、昭和41年5月に定められたものです。

Plate11  広げた両の手の平を三つ重ねたような形は、日本建築の重要な要素である斗供(ときょう)を図案化したもの。これを三つ重ねることにより、文化財という民族の遺産を過去・現在・未来にわたり、永遠に伝承してゆくという愛護精神を象徴したものだそうです。

 なるほど、納得!

 もし、これが盃が3つ重なっているように見えたのなら、私たちNPO法人「天竜川・杣人の会」の第73回定例会・忘年会に参加してください!詳細は、第73回定例会・忘年会.docをダウンロード。開催は、本日(12月10日)です。

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2011年12月 8日 (木)

天浜線車両化粧直し 現役で最古参 18日、お披露目

Th3501  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)の現役車両では最古参の「TH3501」が今月、化粧直しと定期検査を終了した。一度は廃車が検討されたが、ファンの声もあり、続投が決まったという。同社は18日、天竜二俣駅構内でお披露目する。

 TH3501は1996年に運行を開始した。外観はあずき、クリームのツートンカラー。廃車も考えたが、レトロな雰囲気が人気を集めることから修繕を決め、8年に一度の定期検査を行った。

 18日はお披露目イベントを午前9時からと午後3時からの2回開く。転車台の乗車体験や運転席での記念撮影、交換部品の即売などを予定している。参加費は1500円。希望者は直接、天竜二俣駅へ。問い合わせは同社営業課〈電053(925)2276〉へ。(「静岡新聞」より)

 昨日は、南側から天竜二俣駅を眺めてみました。すぐ近くに、寄ってみたい場所、見てみたいものがいっぱい。北遠への興味は尽きません。

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2011年12月 7日 (水)

気田川に架けられた「勝軍橋」の橋台跡と橋脚

Kyokyaku4  気田川の河川敷に見えている勝軍橋の名残の橋脚ですが、私があのピンボケの写真で終わりにするわけがないじゃあないですかbleah

 実は犬居側から河原に下りて、ちゃんと撮ってあります。

 正面に見えるコンクリート石組みが若身側の橋台跡。手前にニョキニョキと顔を出しているのが松の木だと言う橋脚丸太の名残です。丸太の他にも、太い鉄筋も残っています。

Kyokyaku5  橋台跡の位置から考えると、当時は、まだ流れを妨げる気田堰堤も豊岡堰堤もありませんでしたので、気田川の水位は現在よりも高かったと思います。橋脚の間を船が行きかっていたかも知れません。

 そんなことを考えながら眺める近代化産業遺産は興味が尽きません。今後、皆さんにもご協力いただきながら、「北遠の近代化産業遺産」のカテゴリーを膨らませて行くことにしましょう。

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2011年12月 5日 (月)

気田川の河川敷に「勝軍橋」橋脚の名残

Syogunbashi4  「斉藤さん!勝軍橋の橋脚の名残が見えているよ」。最近になって、そんな話を聞きました。場所は「犬居橋」の下流の河川敷。水量が減ると、川底から頭を出すのは、松で組まれた橋脚の遺構とのこと。

 現在、国道362号を東進し、気田川を犬居から若身に渡るのは昭和62年(1987)6月に竣工した「犬居橋」。すぐ上流には同2年(1927)5月の文字が刻まれた旧・犬居橋の遺構が残されています。

 さらに遡れば「犬居橋」の下流に「勝軍橋(しょうぐんばし)」と呼ばれる木橋が架けられていたのです。元はと言えば、若身と犬居との間の気田川を船で往来する渡船場。若身側に祀られていた勝軍地蔵に因み「勝軍橋」と名付けられたようです。

 竣工の年月は分かりませんが、おそらく日清、日露の勝ち戦で高揚していた明治末から大正にかけての時代。今でも若身側にはコンクリート製の橋台跡が残っているのは、以前紹介した通り。

 橋脚の遺構は、私のカメラではピンボケになってしまうのですが、目で見ればはっきりと分かるはずです。これも大切な近代化産業遺産。

 …と言うことで、新たに「北遠の近代化産業遺産」のカテゴリーを追加することにします。

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2011年12月 1日 (木)

登録有形文化財「旧二俣町役場」の紅葉

Yakuba89  誰もが知っている登録有形文化財「旧二俣町役場」は、現在は「本田宗一郎ものづくり伝承館」として公開 されています。

 地元の大工本島亥三郎の手による洋風の庁舎が完成したのは昭和11年(1936)。その後、天竜市市役所として使われ、同45年(1970)からは中央公民館、図書館、市史編纂室として使われて来ました。

 スクラッチタイルを張った外壁と、回転欄間付きの縦長の上げ下げ窓が特徴的とのことでしたが、今回は紅葉したカエデ越しに外から眺めただけ。「登録有形文化財 第22-0090号 この建造物は貴重な国民的財産です 文化庁」の金属プレートが玄関左の門柱下部に嵌め込まれていました。

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2011年11月30日 (水)

天浜線の登録有形文化財②―扇形車庫、機関車転車台、運転区事務室

Senkei6  国の登録有形文化財(建造物)に登録された天竜浜名湖鉄道(天浜線)の施設は31件。台風15号により建屋の屋根の一部を剥がされたままの「扇形車庫」と「機関車転車台」と「運転区事務室」も、遠目にはなりますが敷地外から見学することができました。

 文化庁が開設している「文化遺産オンライン」によれば…

 【扇形車庫】転車台とセットとなる。当初は6線分であったが,転車台から見て右側の2線分が切り縮められているが、他は主として車両の留置に用いられている。総木造で,庫内に下る柱を少なくするために力強い架構をもつ。現在では数少ない現役扇形庫の好例である。

Syako5 【機関車転車台】扇形車庫の手前に位置する。全体の直径は約18.4m、下路式の当時では標準的な転車台で、中央に門型の鉄柱を建て、運転室とともに360度回転する。天竜運転区の核となる施設で、扇形車庫とともに天竜浜名湖鉄道のシンボルとなっている。

 【運転区事務室】東海道本線のバイパス線として昭和15年に全通した旧国鉄二俣線の二俣機関区の事務室として建てられた。大きな窓を配した立ちの高い立面が特徴的な建物で、構内を見渡せる位置に建ち、1階には運転司令室などを配し、2階は会議室とする。

Jimusyo4 「転車台」とは、車両の向きを進行方向に向けるために用いられる設備。蒸気機関車は運転台が一方向にしかなく、終着駅では進行方向に向きを変えなくてはいけません。そこで必要になるのが「転車台(ターンテーブル)」です。

 最近では電気機関車やディーゼル機関車等の増加により、前後に運転席が設けられ、「転車台」の必要がなくなり、撤去されるケースも多くなりました。転車台、扇形車庫が現役で活躍している姿を見られるのは、全国でもごくわずか。

 いかがですか?見に出かけてみませんか?いつ?今すぐに、出かけましょう!見学会でない日は、外側から見てね。

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2011年11月25日 (金)

秋葉神社参拝―「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」⑤

 「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」に締め括りは、春野を象徴する秋葉詣。秋葉山本宮秋葉神社下社の石段を登りました。

 「ここは、産業遺産ではありませんが、せっかく春野にいらしていただきましたので、ぜひ、ご祈祷を受けていただき、お札をお持ち帰りいただきたいと思います」。

Shimosya1 Shimosyaq3

 手水場では、ボランティアガイドの錦ちゃんが、手順を説明します。

 「まず、右手で柄杓を取り、左手を洗います。次に柄杓を持ち替えて、右手を洗ってください。手を洗ったら、右手で柄杓を持ち、左手で水を受けて、口に水を含んですすぎます。間違っても、柄杓に口をつけて水を含まないようにしましょう。口をすすぎ終わったらもう一度、左手を洗い清め、そのあと、柄杓の柄を水で清めて元の場所に戻します」。

 参拝の準備が済んだら、拝殿に入り椅子に腰掛けて火防、厄除け、家内安全、無病息災などのご祈祷を受けます。祈祷が済めば、お札が配られます。参加者全員にお札を配り、ツアーの全日程を終了。乗車場所の「天竜二俣駅」と「西鹿島駅」までお送りし、解散。

Shimosya7 Shimosya6

 「春野には、まだまだ行っていただきたいところがたくさんあります。紅葉の明神峡、ヤシオツツジが咲く岩嶽山、見た人の誰もが感動する春埜杉。12月15日には、秋葉の火まつりもあります」。まだ、ボランティアガイドは始まったばかり。もっと、もっと、春野の魅力を伝えて行きたいと思っています。

 参加していただいた人たちには、今まで気づかなかった春野の魅力を知っていただけたでしょうか?皆さん、また会いましょう!できれば、春野でね。お疲れさま!ありがとうございました!

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2011年11月24日 (木)

「SBSイブニングeye」特集―「人気!県内の産業遺産」

 「人気!県内の産業遺産」―11月24日(木)のSBSテレビ「SBSイブニングeye」を見ていただけましたでしょうか?

 午後5時20分過ぎから始まった特集は「人気!県内の産業遺産」。静岡県が作って無料で配布しているガイドブック「静岡県のすごい産業遺産!」が大変な人気で、在庫がなくなっているとの話題から、「いま脚光を浴びている産業遺産ツアーに迫ります」と取り上げてくれたのが、春野観光協会の主催で20日(日)に催行したバスツアー「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」でした。

 SBSテレビの取材クルーは、「西鹿島駅」の集合場所から私たちのバスに同乗し、カメラを回しながら秋晴れの春野へ。春野町気田に残された旧王子製紙気田分社製品倉庫跡、気田のコミュニティーバス待合室で特別に展示した気田森林鉄道、王子製紙など産業遺産の貴重な当時の写真展や鉄道模型、森林鉄道の鉄橋遺構である仙郷橋に立ち寄ったツアーに密着取材。

 「守っていかなくては消滅しかねない。感動して見ている」「新しいものを生み出すには、昔のものを知らなくては、絶対にできない」。随所にツアー参加者へのインタビューを交えながら、「産業遺産を後世に」のメッセージを伝えていただきました。

 黄色いジャンバーの私の姿も目立っていましたが、見なかったことにしておいてください!

Tur2 Tur5
Tur1 Tur8
Tur34 Tur43
Tur40 Tur3

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「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「久根鉱山」

Kune  「広報はままつ」天竜区版11月20日号の「TENRYU WARD HISTORY 天竜区ヒストリー」は「久根鉱山(天竜区佐久間町大井)」でした。

 久根鉱山の歴史は、江戸時代までさかのぼりますが、本格的な生産が開始されたのは明治32年(1899年)のこと。採掘された良質な鉱石は、昭和9年(1934年)に三信鉄道中部天竜駅(現在のJR飯田線中部天竜駅)が開設されるまでは、天竜川を行き来する船によって輸送されました。最盛期には、病院や学校、鉱員住宅など数多くの施設が鉱山の周辺に立ち並んだほか、西渡の町には映画館やパチンコ店などもあり、大変なにぎわいを見せていたそうです。しかし、地域の主要産業として長年栄えてきた同鉱山も、出鉱量の減少などにより昭和45年(1970年)に閉山。72年の歴史に幕を下ろしました。

Kunemap  久根鉱山の遺構は今でも残っています。背後の山の斜面には、病院や学校、鉱員住宅などが城の石垣のような見事な石組みの上に点在していました。

 久根鉱山には、名合の支山もあり、龍山の峰之沢などと併せて、北遠には鉱山で働く人々の活気に溢れた時代がありました。つい40年ほど前の出来事です。

 ●山香地区大井の「山香ふるさと村」に寄ってみました…
 ●「道がクネクネと曲がりくねっているから、『久根』?」…
 ●明治初年まで「片和瀬鉱山」と呼ばれた「久根鉱山」の始まりは…
 ●国道473号から天竜川方面を見晴らすと、「久根鉱山」選鉱所跡が…
 ●佐久間の「大鏡山明光寺」境内で、「じん肺物故者慰霊碑」を見つけました…
 ●「久根鉱山」での、鉱石採掘は昭和45年(1970)まで続き…
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 ●かつて「久根鉱山」で採掘された鉱石は、久根で精錬されて…
 ●佐久間町西渡で「久根鉱山」の沿革に関する資料と「鉱業所の全景」の写しを…
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 ●久根の鉱石を満載して天竜川を下ったのは「鉱石船」と呼ばれる帆掛船…
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美味しいものは見逃すな!―「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」④

Kouyo13  「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」参加者たちは、「はるの産業まつり」会場ではフリータイム。500円の食券を2枚ずつ渡していましたので、お目当てのグルメを食べ歩きしていただいたはず。

 私も、同じボランティアガイドの錦ちゃんと一緒に2日分の人手で混み合う会場を回り、香ばしい匂いに釣られ気田川漁協の「子持ち鮎の塩焼き」(500円)に手を伸ばしました。鮎の甘露煮?干し鮎?

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 「ソバにする?ラーメンにする?」「やっぱ、ソバでしょう」。昼食は長い行列に出来ているソバと決め、「山菜ですか?てんぷらですか?」と聞かれ、迷った末に「山菜ソバ」(500円)を注文。列の後ろについて順番を待ちます。あれ?ラーメンの列の方が長いじゃん?

Kushiimo4 Kushiimo5

 香ばしい匂いは、遠くまで流れて来ます。「串芋」を探して、先ずは門桁の「じゃがた」の串芋。こちらは柚子味噌味で1串100円です。次に、春野の里芋の「串芋」を食べましたが、こちらも100円。安い!

Jibie7 Jinenjo2

 鹿肉、猪肉を使った「ジビエ焼きソバ」、名産の自然薯を使った「とろろ飯」…。それにしても、すごい人手です。「青ねり」は、もう売り切れ…?来場者はみんな、地場産品の買い物に夢中。1番人気は、やはり「自然薯」だったのかな?

 「産業遺産―王子製紙・森林鉄道を辿る旅にご参加の皆さまは、午後2時になりましたら、バス停にお集まりください!」の場内放送が流れ、ボランティアガイドであったことを思い出し…。「そうだ。今日はバスツアーの添乗だったんだ」「皆さん、お腹いっぱいになったかなあ?」。

 次に向かうのは、秋葉山本宮秋葉神社下社です。

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2011年11月23日 (水)

甲冑武者も登場―「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」③

Ieyasukun6  前日の雨の影響で人手が20日に集中した「はるの産業まつり」では、午前11時20分から春野観光協会取主催の浜松市制100周年記念事業「春野山城まつり」の一環として「山城トークショー」が催されました。

 舞台に上がったのは、甲冑姿で登場した歴史研究家の天野忍、戦国魂プロデューサー・鈴木智博、城めくドットコム管理人・本岡勇一の3氏。全国的に注目されている山城や信玄と家康の戦いの場となった春野の戦国ロマンについてのトークセッションが行われ、山城を観光資源として売り出す手法などについての提案もなされました。

 3氏の後ろには、甲冑姿の戦国武者や忍者が控え、雰囲気を盛り上げます。

 会場内には戦国武将グッズの販売ブースも設けられて人気を集め、日本甲冑武者隊が歩き回っていました。

 私も案内役の1人として参加した「はるの山城ウォーキングツアー」の人気の高さを見ても、山城が多くの人の関心を集めていることは間違いありません。春野の魅力は、豊かな自然、清らかな川、おいしい物産、産業遺産などたくさんあります。そこに、もう1つ「山城」が加われば、春野の地を訪れる人が、ますます増えてくれると思います。

Talkshow2 Talshow3
Musya8 Musya9
Busyo7 Bussanten4

 そんな可能性も感じながら、さあ、実りの秋の「はるの産業まつり」ですから、美味しいものをいっぱい食べ歩くことにしましょう!

 浜松市のキャラクターである「ウナギイヌ」と「家康くん」も登場していましたが、甲冑はまとっていませんでした。

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2011年11月22日 (火)

林鉄の模型が走る―「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」②

Kikansya2  コミュニティーバス待合室で特別展示された写真展「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」の会場には、パネルに貼られた写真、写真、写真。気田川沿いを走っていた気田森林鉄道と杉川沿いを走っていた熊切森林鉄道の貴重な写真が、かつての山の活気を伝えて来ます。

 圧倒されるような資料写真の数々を、写真を集めた大原屋商店の鈴木昭三さんや実際に機関車を運転していた井口厚さんらが説明、質問に答えてくれました。

 会場の中央には、井口さんが時間をかけて手作りした45分の1の模型が展示され、スイッチON!小さな機関車が木材を満載した台車を曳き、鉄橋を渡り、トンネルを抜け、春野の山間を走ります。

 「そりゃあ、危険なことはあったさ。でも、忘れちゃあいけない」と井口さん。春野の森林鉄道が廃止されたのは、気田林鉄が昭和34年(1959)、熊切林鉄は同42年(1967)。木材だけでなく、生活物資や人間も運んだとのこと。地域の近代化に貢献したのは言うまでもなく、忘れてはいけない産業遺産なのです。

Rintestu2 Rintetsu1
Rintetsu4 Rntetsu7
Kikansya0 Rintetsu6

Sengobashi4 「ツアーに参加して良かった。これが見たかったんです」と感激する参加者や模型の林鉄を熱心に撮影する人も。

 名残惜しい写真展の会場を後に、国道362号を北上。篠原の貯木場跡、実際に林鉄が渡っていた仙郷橋を見て、「はるの産業まつり」が開かれている地域自治センターへと向かいました。

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2011年11月21日 (月)

王子製紙製品倉庫―「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」①

Oujiseishi2  明治22年(1889)、我が国最初の木材パルプを使った紙作りの工場が操業を開始したのは春野町気田。その広大な施設も、今では、赤レンガの製品倉庫跡(後に事務所に転用)などほんのわずかを残すのみです。

 日本の近代化が進んで紙の需要が増し、王子製紙が創業したのは明治6年(1878)。稲藁やボロなどを原料にしていた洋紙作りでは需要に応えることができず、気田にパルプ製紙工場を建設したのは、春野の山にあった樹木、それらを運んだり、機械を動かす電力を得るための水利と平坦な土地などの必要条件が揃っていたためでした。

Oujiseishi3  工場で働く人々が山里の集落に集まり、気田川には帆掛け舟が往来。夜になっても電灯で煌々と照らされた巨大な施設でした。ところが、あれほど豊かだった山の樹木は見る見る減って行き、大正12年(1923)には工場は閉鎖。その敷地の多くは、現在の春野中学校(旧・気田中学校)となり、赤レンガ倉庫だけが民俗資料館として残っています。

 その赤レンガ倉庫も中学校内にあるため、なかなか内部を見学する機会がありませんでした。そこには、古い写真などの資料のほか、気田分社全施設や発電用の水を引いた水路、製品を運んだ帆掛け舟などの模型が展示してあります。

 11月20日に催行されたバスツアー「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」参加者たちは、「驚きましたね。春野は田舎だとばかり思っていました」と、初めて目にする浜松市天竜区の山里にあった工場の遺産に驚いた様子。私も初めて中に入ることができましたので、本当によい勉強になりました。

Oujiseishi0 Hokake1
Mokei6 Oujiseishi12

 さあ、次は、大原屋商店さんの隣、コミュニティーバス待合室で特別展示された写真展「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」の会場へと向かいましょう。

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2011年11月20日 (日)

お疲れさまでした!「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」

Bunkaten6  11月20日(日)、春野観光協会主催のバスツアー「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」が催行されました。

 昨日とは打って変わり、これ以上望めない好天に恵まれ、私はボランティアガイドとして参加者の皆さんをご案内。赤レンガの旧王子製紙気田分社製品倉庫跡、気田のコミュニティーバス待合室で特別に展示していただいた気田森林鉄道、王子製紙など産業遺産の貴重な当時の写真展、1/45スケールの鉄道模型を見学した後、鉄橋遺構である仙郷橋に立ち寄りました。

Mochimaki4  今回のバスツアーには、北遠に残る産業遺産・近代化遺産が、新たな観光客の集客につながる可能性に着目したSBSテレビの取材クルーも同行。参加者へのインタビューが随時行われていました。

 昨日の雨の影響で2日分の人手で賑わった「はるの産業まつり」の会場では、山城トークショーを聴き、餅拾いをし、あらかじめ配った食券を使い、ソバやととろご飯、鮎やアマゴの塩焼き、串芋や五平餅などを食べ歩いていただきました。

 せっかくの春野観光でしたので、秋葉山本宮秋葉神社下社に立ち寄り、参加者全員がご祈祷を受け、お札をいただいて帰途に。SBSテレビの放映は、11月24日(木)の夕方4時45分「SBSイブニングeye」の予定です。

 先ずは、本日の流れをざっくりと紹介させていただきました。ちょっぴり疲れましたが、楽しい1日を過ごすことができました。参加者の皆さん、お疲れさまでした!ありがとうございました。

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元運転士ら展示会 よみがえる「気田森林鉄道」

Rintetsu  1940~60年、奥山からの木材運搬に活躍した浜松市天竜区春野町の「気田森林鉄道」。その存在を知る人が少なくなる中、元運転士や写真収集を続ける地元のおじいさん3人が18日、「気田森林鉄道 産業遺産文化展」を同町気田の商工会隣で開いた。年配の来場者は往時の記憶をたどり、懐かしの思い出話が止まらない。

 3人は、気田森林鉄道の乗務経験がある上平多計彦さん(83)と井口厚さん(76)、地元の古写真を集めている鈴木昭三さん(83)。春野観光協会が主催した。

 篠原地区の貯木場を起点とする総延長約35キロの気田森林鉄道は、木材だけでなく、米や薬など生活物資も運んだという。存在を知る人が減る中、「地元の遺産を忘れないでほしい」と企画した。

 展示品の中でも特に目を引くのが、井口さんが手作りした、45分の1の鉄道模型。旋盤やフライス盤などで真ちゅうを削り、細部まで再現した。森林鉄道と同じ、時速12キロ前後で走らせている。

 当時の森林鉄道は脱線が日常茶飯事で、常に危険と隣り合わせだったという。上平さんは「家に帰るまで命がけだった」と振り返る。レールや車輪をはじめ、王子製紙関係の写真も飾っている。

 来場者は思い出話に花を咲かせる。仙田信吉さん(79)は「自転車で鉄道と競走した思い出が懐かしい」と目を細めた。

 展示は20日まで。(「静岡新聞」より)

 「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」の添乗から帰って来ました。もちろん、春野観光協会主催の「気田森林鉄道 産業遺産文化展」に立ち寄るツアーです。

 文化展は、今回のバスツアーに併せて開催していただいたものでしたので、残念ながら本日で終了。見逃してしまった人は、次の機会までお待ちいただくことになります。

 また、必ず開催していただけると思いますので、その日を楽しみにお待ちください。

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2011年11月19日 (土)

天浜線の登録有形文化財①―運転区高架貯水槽

Chosuiso0  「天竜浜名湖鉄道(天浜線)の主要施設31件が、国の登録有形文化財(建造物)に登録されることになった」とのニュースが伝えられたのは、約1年前(2010年12月)。鉄道施設が一括で登録されたのは、鳥取県の「若桜鉄道」、群馬、栃木県境を走る「わたらせ渓谷鉄道」に次いで全国3例目でした。

 登録施設のほとんどは、70年前の旧国鉄二俣線開通当時のまま。「運転区高架貯水槽」は、天浜線「天竜二俣駅」の東側にあります。

 揚水機室の二〇メートル東に位置する。六本のコンクリート造脚部の上に外径六・〇メートル、 内容量七〇トンのコンクリート造貯水槽を載せる。脚の内側にはポンプや配管の一部が残る。揚水機室と一体で、昭和前期における鉄道施設の一端を物語る。

Chosuiso1 文化庁が開設している「文化遺産オンライン」で紹介されている「運転区高架貯水槽」の内容です。

 コンクリートの汚れが昭和の雰囲気を伝えているレトロな施設。6本の脚の上に重そうなタンクが載っています。イベント開催日以外の日に登録施設を見るために構内に入ることはできませんが、「運転区高架貯水槽」なら、外側から見上げることができます。

 いかがですか?見に出かけてみませんか?いつ?今すぐに、出かけましょう!

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2011年11月18日 (金)

見逃すな!「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」

Shashinten8  11月20日(日)に催行する「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」で訪れる「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」の準備が完了しました。

 今夏開かれて大評判となった写真展では、かつて春野を走っていた気田森林鉄道、明治22年(1889)に我が国初の木材パルプからの製紙工場となった王子製紙気田分社、気田川の水力を使っての発電施設や堰堤の建設中の姿などを見ることができます。

 会場は、春野町気田の大原屋商店さんの隣り「コミュニティーバス待合室」。気田森林鉄道の1/45スケールの鉄道模型も動きますので、前回見逃した林鉄ファンは、この機会を見逃さないでください!

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2011年11月11日 (金)

気田森林鉄道の道床跡に残されたレール

Roban1  春野町の産業遺産として人気がある森林鉄道が運行していたのは、気田森林鉄道が昭和34年(1959)まで、熊切森林鉄道が同42年(1967)まで。国道362号「篠原トンネル」東から見下ろせば、杉川に架けられた「気田森林鉄道」の鉄橋「仙郷橋」跡。トンネルを抜けて左折し県道389号を進めばすぐに、かつては機関車が通っていた「小石間隧道」に、今でも出会うことができます。

Roban2  そんな林鉄のレールが敷設されていたのは、県道389号の対岸。川の縁に近い辺りに、今でも道床の名残が見られるかも知れません。ふと思いつき、林鉄の遺構を探索してみようと対岸へ渡りました。

 ありゃりゃ?これって、もしかしたら…。

 探索などと大袈裟なものではなくても、すぐにそれらしい平坦な道を見つけました。道の脇には、いかにも林鉄らしい石積みがあります。

 Roban7これって、きっと林鉄の道床だ!ここを走っていたに違いない!

 少し歩くと…。お~!。崩れ落ちそうな河岸に敷設されたままのレールまで残っているではありませんか。

 もう間違いありません。レールの隙間からは気田川の流れが見下ろせます。御料林で切り出した木材を満載した林鉄は、山側よりも河岸ギリギリに敷設された線路を走っていたのでしょう。

 約50年前まで使用されていた枕木は腐り、レールも赤錆びていましたが、廃棄された林鉄跡は今や大切な産業遺産。

 春野観光協会では11月20日(日)、「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」を開催します。詳細チラシは、こちらでダウンロードしてください!→産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅.pdfをダウンロード。ぜひ、ご参加ください!

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