『教育ということ』福井啓介―平成19年「静岡新聞」窓辺より
子供のころ母親から「人間怠けたらだめだよ」とよく言われてきた。特に「若いうちは、人の嫌がる仕事を先に立ってやりなさい」としつけられた。
長野県の実家では、大変な手伝いが多かった。小学生の時は、ヤギのえさにする草刈り、薪割り、風呂炊きが私の仕事で、友達と遊びたくても、手伝いを終えないと、出掛けることができなかった。親に逆らうことができず、つらかったし、恨めしく思ったこともあったが、働くことの大切さや意味、家族の役割を身をもって感じることができた。
最近、田舎の友人と話をしていたら、気になる話を聞いた。息子が成績優秀で難関大学を卒業し、大企業に就職したという。友人は息子に不自由させないために、なりふり構わず働いて、苦しい生活の中から、仕送りを続けた。しばらくして息子は結婚したが、田舎の両親のことはまったく眼中になく、音さたもないとさびしげに語っていた。
今思うと、教育とは、平素の生活の中で自然に身につけていくものだ。構えても教えても、表面的になってしまう。私の場合、豊かとは言えない環境の中、苦労して手伝いをした経験が、自分の労働観や親を大切にする心を培った。
「小さな子供で無理だし、かわいそう」と思うかもしれないが、甘やかせば、本人の将来にとって、大きなマイナスになる。幼児期から親の責任として、じっくりと厳しく教え込まなければならない。
近年、学校に教育を押しつける家庭が増えてきたような印象があるが、しつけは親の義務だ。必要以上に豊かな環境を与えず、家族の生活を支える手伝いをさせれば、社会で通用する大人への成長につながると思う。(天龍造園建設会長)
平成19年7月19日付「静岡新聞」の「窓辺」に、私たちNPO法人「天竜川・杣人の会」福井啓介会長が書いた「教育ということ」をコピーして取っていた人がいました。
「まったく、その通り」と、諸手を挙げて賛成できる内容の発言です。学校で教師が教えられるのは知識だけ。知恵や道徳、礼節などを教えるのは、親の義務です。言葉遣いもろくすっぽ教えず、何か事が起これば学校の責任を追及するなど、もっての外。
「杣人の会」の2月(第75回)定例会は次の通り開催されます。
●日時:平成24年2月18日(土) 13:30~15:30
●場所:浜松委托倉庫(株) 本社会議室

うちにも この新聞「家宝」として取ってあります

週1回で3ヶ月だったので12回分かなあ~~
投稿: 事務局M | 2012年2月 9日 (木) 14:59
12回連載だったんですね?福井会長の「教育論」には、共感することばかりです。そういう時代だったのかも知れませんね。
投稿: 杣人・斉藤 | 2012年2月 9日 (木) 15:10