渓流釣りシーズン到来―。静岡県内の多くの河川で3月1日、アマゴ、ニジマスの渓流釣りが解禁される。各漁協では昨年までに稚魚の放流を終えるなど準備を進め、一部の河川では解禁直前の放流なども予定されている。少雨の影響で一時は渇水気味だった水量も2月に入ってからの降雨で徐々に回復気味で、暖かくなれば期待も膨らみそう。県内などの主要河川の状況をまとめた。
秋葉ダム下狙い目
◆天竜川 2月に入ってからの雨で増水気味だったが、解禁には濁りもとれ、平水に戻りそう。アマゴは淵、ニジマスは秋葉ダム下の中島付近がポイント。解禁から1週間はテレホンサービス=電053(926)1106=を設置する。
◆阿多古川 アマゴ、ニジマスは昨年12月に放流。水量はやや持ち直したが、水温が低い。熊平、阿寺付近に人が出そう。
◆気田川 アマゴは昨年5月、ニジマスは昨年12月に放流。水量も平水に。解禁直前からテレホンサービス=053(985)0216=を設ける。
◆水窪川 稚魚は昨年10月に放流。雨で水は平水に戻ったが、水温は低い状態。二瀬のしらかば荘から下流がポイント。
◆浦川 渇水だったが、ここへきて平水まで回復。水温が低くて魚影は見えない。奥山川などに人が出そう。
◆佐久間ダム 放流は昨年5月。2月中旬の雨で今は平水。河内川の下平地区、水窪川の鮎釣り橋などがポイント。(「中日新聞」より北遠関連分だけを抜粋引用)
赤橋から気田川を眺めた写真は2月22日、相川の写真は2月27日に撮影。渓流釣りファンには、待ち遠しかった春の到来です。
「緑のふるさと協力隊・佐久間」の高橋智さんから情報をいただいて訪ねた中部(なかべ)の薬師堂の隣りには、「宗吾大明神」の神号碑と並び、「青面金剛童子」の石塔が祀られていました。
庚申塔は、笠付のもの。笠の形で分類すれば唐破風付角柱型とでも言うのでしょうか。すぐそばに、「庚申(こうしん)塔」と題する解説板が立っていましたので、紹介します。
庚申信仰は、室町時代の中期に僧侶などが「庚申縁起」と題する文書をつくった。これが基礎となり、江戸時代に入ると僧侶や修験者などが普及・指導活動を行い農山村を中心に流行しました。
石に彫られた庚申の本尊、青面金剛(しょうめんこんごう)の姿は、怒れば村中の人畜を皆殺しにし、洪水のように田畑を壊滅させたということです。しかし彼はまた人や家畜の病を癒す、不思議な力を持っていました。
社会保障はなく、不安な生活を送っていたわれわれの先祖が、幸せを願い“庚申さん”の加護にすがろうと、この塔が造られた。
「元禄四年(一六九一年) 中部村」
娯楽の乏しい山村では、十干十二支の庚申の夜に人々が集まって飲食を共にし、にぎやかに夜を明かし歓談したそうです。こうした集まりを庚申講として伝えられています。
平成十二年(二〇〇〇年) 旧 中部村
「庚申塔」には、片面に「元禄四年」、もう片面に「十一月九日」と刻まれていて、調べてみれば、この日の干支日はやはり「庚申」。今から320年ほど前の「庚申の日」に建てられたことが分かります。
「庚申塔」には日月をかざした青面金剛童子の他、台座には「庚申(かのえさる)」に因んだ「三猿」、側面には鶏が鳴くまで夜通しの祭事、「申」の次の日である「酉(とり)」に因んだ「二鶏」も。
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さらに、庚申塔に供えられた穴開き石がここでも見られたのは、嬉しいこと。願いが叶うように、あるいは願いが叶ったお礼に供えられた穴開き石の素朴な信仰。これらは、天竜川の河原で見つけた石でしょうか?
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●「庚申(かのえさる)」は、十干十二支に基づき60日ごとに…
●十干と十二支を組み合わせた暦の60日ごとに巡ってくる庚申(こうしん=かのえさる)の夜に…
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JR飯田線「佐久間駅」から西寄りの山の中腹を見上げると、風景に溶け込む円筒形のコンクリート建造物が見えます。あれが、「サージタンク」と呼ばれている佐久間ダム導水トンネルの調圧水槽。あそこまで登ってみたいと、何度も見上げたものです。
「登ってみたい」と思っているなら、思い切って行ってみるしかありませんね。
…というわけで、登ってみました。先ずは、車を「佐久間駅」横の市営駐車場に停めて、あの山に向かって歩いてみましょう。
天空の城ラピュタみたいな「サージタンク」が、だいぶ近づいて来ました。すぐ下には、佐久間発電所の開閉所施設が見下ろせます。紅白2色で塗り分けられた送電線の鉄塔、その向うには天竜川と飯田線の天竜川橋梁、佐久間第二発電所。半場の家並も見えます。
ちょっと高くまで登れば、見慣れた景色もこんな風に変わって見えます。さあ、もっと上まで登れば、どんな景色が見えるでしょうか?
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浜松市天竜区熊地区の道の駅「くんま水車の里」が、新たな名物商品を生み出そうと、「甘酒アイス」や「ミソアイス」の開発を進めている。市内の手作りアイス工房「なかやす牧場」と連携。3月下旬の発売を目指す。
アイスに使用するのは、「水車の里」で製造している米こうじの甘酒とみそ。27日には同所で試食会を開き、道の駅のスタッフや県西部農林事務所の職員らが意見を交わした。
参加者からは「溶けると甘酒の味がする」という感想や「もっとあっさりした方が良いのでは」といった指摘が上がり、今後、最終調整を重ねていく。完成後は、道の駅の物産館「ぶらっと」で販売していく予定という。(「静岡新聞」より)
私は秋限定の「マロンソフトクリーム」が好きなんですが、とっても元気な「くんま水車の里」で新しい名物が誕生しそうです。発売開始は、サクラが咲く頃。行ってみましょう!
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環境省レッドリストの準絶滅危惧(NT)に指定されているキンポウゲ科の「セツブンソウ」の白い花。実際には、花弁のように見えるのは萼片です。
同じキンポウゲ科の園芸種、アネモネにも例えられますが、アネモネの花は上向き。「セツブンソウ」は横向きに花を咲かせ、緑も青も黄色もすべて白っぽく霞みのかかったような淡さが魅力。
まるで水彩で描かれた絵本の中の妖精のような花。佐久間の「セツブンソウ」は、群生地というには少し寂しい限りですが、自生地であるのは間違いありません。
アネモネよりも可愛いでしょう?ねっ、M原さん!
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2月22日には、数輪の開花が見られた船明の河津桜ですが、少し冷え込んだ27日にはわずか2輪だけ。まさに一進一退の春の歩みです。
その代わりと言ってはいけないかも知れませんが、相津の道の駅「花桃の里」付近では、椿が見頃を迎えていました。種類は分かりませんが、白い花もあれば赤い花もあり、絞りの入った八重の花も見事です。
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さながら、北遠の「椿まつり」。勝手にそう名付けて楽しんで来ました。
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昭和14年(1940)、漂白の俳人種田山頭火が秋葉山に登った時に作った俳句の数々を『旅日記』の中に見つけることができます。その中のいくつかを拾い出してみました。自由律ですから、私たちが知る俳句とは少し違ってはいますが、『旅日記』ならぬ「絵日記」風に綴ってみました。
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| 朝霧晴るゝお山おりる人のぼる人 |
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| 道しるべ倒れたまゝの山しぐれ |
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| なんとこんなに大きい火道具が春山のいたゞきに |
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| いのちをはりて枯れたる株の苔むして |
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| 大杉仰げばはるかなる太陽 |
真ん中の火道具、火箸や十能は、昭和29年に秋葉神社下社に奉納されたものです。と言うことは、山頭火が見たものとは違います。
しかし、こうして並べてみると、この程度の俳句なら私でも作れそう。次回の秋葉山登拝の機会には、挑戦してみることにしましょう!
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「緑のふるさと協力隊・佐久間の高橋智と申します。私は2011年度 佐久間町を元気にするための 一年間ボランティアをしております」―第18期「緑のふるさと協力隊」の高橋智さんからメールでした。
内容は、佐久間町中部(なかべ)にある「薬師堂」を取材してほしいとのこと。「町の歴史を伝えていく上でも、よりたくさんの人に知ってもらいたいのです」の考えに異存はありません。早速、漆喰壁やレンガ造りの土蔵が並ぶ、趣きある中部の裏道を歩いてみました。
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「薬師堂」があるのは、原田二楽(久吉翁)の「数つ美(み)て ほ古(こ)らぬ 龝(あき)の米俵」顕彰碑のすぐ下。看板によれば、「この薬師堂は、扶桑国東海道遠陽路豊田郡奥山荘中郶邑と呼ばれたこの地に建立されたもので、薬師瑠璃光如来像がまつられています。」「扶桑国」とは日本のことであり、「中郶邑」とは「中部村」のこと。
「瑠璃堂」は、「慶長・延宝・文政の各年代に修理や再建がなされ現在に至りました。約四〇〇年の歳月を経過しております。」ともされています。慶長年間は、西暦では1596~1615年。なるほど、たっぷり400年は経過してることになります。
「瑠璃殿」には豪華な天井画が描かれているそうです。私は、外からの写真しか撮れませんでしたので、高橋さんが撮影した写真を使わせていただきました。
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「薬師堂」の御開帳は毎年11月8日。この日には、本尊の薬師如来と脇侍である日光菩薩、月光菩薩と十二神将の姿を拝むことができるそうです。
「瑠璃堂」横の「庚申塔」については、次回紹介させていただきます。
ようやく、2012年佐久間の「セツブンソウ」の満足できる写真が撮れました。
撮影日は2月27日(月)、時間は午前11時。花の数は少ないのですが、上市場の「セツブンソウ」の淡い色が好きです。カメラを思い切り低く構えて撮ってみましたが、いかがでしょうか?
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撮り立ての「季節の便り」。佐久間の「セツブンソウ」は今が見頃です。
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●「この雪で また咲き渋る セツブンソウ」…
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「天竜材家づくり」大円卓会議で使用したビデオです。
森林の働きと天竜材の家について簡単な紹介をしました。
ナレーションがある処は県製作のビデオを流用しました。
事務局M
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浜松市の市民グループ「川や湖をきれいにする市民会議」は26日、市民らが家の冷蔵庫でふ化させて育てたアマゴの稚魚を放流する会を、同市天竜区横川の地域振興施設そばを流れる二俣川で開いた。
同グループでは川を汚さない意識を高めて水の大切さについて考えてもらおうと、天竜川再生プロジェクトを実施。アマゴの飼い主を希望した市民らは昨年11月に地元漁協でアマゴの発眼卵を受け取り、観察しやすいように透明なペットボトルに入れて家庭の冷蔵庫でふ化させた。一定の温度がある冷蔵庫でこまめに水を取り換えれば、えさを与えなくても成長するという。
卵は約3ヵ月でふ化し、稚魚は3センチほどに育った。この日の放流会には、家族連れなど約100人が参加。小学生の男の子は「ふ化して動き始めたときはすごくうれしかった。放すのは寂しいけど、川で大きくなってほしい」と話し、放った稚魚が泳ぎ去るまで見守っていた。(「中日新聞」より)
川の水をきれいにするためには、山の木や草を保全する必要があります。自然環境や生態系は、大きなつながりの中で成り立っています。人間の果たさなくてはいけない役割がきっとあるはず。私たちは自然の中で生き、自然によって生かされているのです。
漂白の俳人種田山頭火は、昭和14年(1940)、光明山から春野に入り坂下に1泊、秋葉山に登っています。その時の様子を『旅日記』の中に見つけることができます。
五月一日 曇――晴、晴――曇、西渡泊。
(前略)八時すぎてゐた、おべんとうはこしらえてもらつたが、宿銭はちよいと高いな!
古風な参道――うれしいな――をゆつくりとのぼる、いそいではのぼれません、わたしのやうなものは。
古風な常夜燈はよろしいな、町標はくづれてしまつてゐる。
迦具工(土?)はなつかしい!
中腹のお休みどころのまへに、何と大きな樹、それは山桜!
やすみ/\あえぎ/\のぼる、ほんたうに山麓で泊つてよかつたと思ひつゝ。
富士見晴らし台、おんなかしまし!
仏に首なし、杓に底なし、とにかく異風景。
一の鳥居(五丁位)――二の鳥居(四十丁位)――三の鳥居(五十丁位)。
さらにより見晴らし台(気田川)。
秋葉寺――三尺坊、秋葉大権現とよ!
大荷を負うて、醤油樽、おゝ酒樽もあるよ
大杉、神杉、六根清浄。
秋葉神社境内はよろしい、機織井まじない。
売店、ポスト、電話、無料休憩所、
何のかのとうるさいけれど。――(後略)
表参道を登れば、72年前に山頭火の辿ったであろう道とほぼ同じ道を歩くことになります。「中腹のお休みどころのまへに、何と大きな樹、それは山桜!」とは、ここでしょうか?茶屋跡辺りには、今でも大きな山桜の木が残っています。
「杓に底なし」は、穴開き柄杓を供える子安地蔵尊です。現在では鳥居跡になってしまいましたが、山頭火は銅葺きの大鳥居をくぐったはずです。
杖を突きながら古道を登れば、あなたもたちまち山頭火の気分を味わえます。
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●秋葉山表参道の山道に立つ、穴の開いた柄杓を供える「子安地蔵尊」…
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天竜材の住まい作りを考えるフォーラムが26日、浜松市中区中央の市地域情報センターで開かれた。
市民と業者らを交えて、地元材活用を考えようと、県などの主催で初開催。マイホームを検討中の親子連れなどが来場した。
天竜材でマイホームを施工した人たちが、住んで実感した木の魅力や課題を来場者に紹介。工務店員や木材生産者も講師を務め、来場者らの木造建築の特性に関する問いに答えた。天竜材の家に住む人々は、美しい木の色合いや、断熱性や除湿力の高さを評価。人工乾燥の木材に比べ、自然乾燥した天竜材が、柔らかな触感になるメリットを指摘し、課題としては割れや曲がりの抑制を挙げていた。
来場者からは、断熱性や強度、コストについての質問が続出。鈴三材木店(同市浜北区)の鈴木諭さんは「天竜材は機密性が高くて強度は抜群。価格設定が流動的なので、高い印象が先行している。明確な価格設定を発信していきたい」と話していた。(「中日新聞」より)
「『天竜材』家づくり大円卓会議!」の新聞記事です。写真は、私が会場で撮ったもの。冒頭に紹介されたビデオ映像の中の「木を植えつづけること。」の笑顔が印象的でした。
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天竜地域森林県民円卓会議主催の「『天竜材』家づくり大円卓会議!」が、2月26日(日)午後1時30分から浜松市地域情報センター1Fホールで開かれましたので、参加しました。
天竜の森林環境の保全、維持、更新には、先ず山の木を使うこと。天竜材を使った家づくりを推進することが欠かせないという趣旨から、実際に天竜材の家を建てた人による木造の家の良い点、悪い点などの実例や体験談が紹介されました。
その後は、木造の家づくりに関する質問や疑問が参加者から投げかけられ、それに対して、木材生産・販売、建築設計、住宅販売、工務店などの担当者が回答。「木造住宅は、冬には本当に暖かいのか?」「価格は?」「建築材として、針葉樹と広葉樹の違いは?」。
木造住宅の良さは、心情的には誰もが知っていること。しかし、工期や価格、断熱、機密、耐震性などの問題がクリアされない限り、環境問題へ偏った考えの人の趣味の家で終ってしまいます。木材使用を増やすには、すべてが木だけの住宅である必要はなく、内装材として地産木を使うという折衷住宅も木の需要を復活させることにつながると思います。
敵と味方、対極にあるもの、と考えるのではなく、地元ハウスメーカーへの木材使用をもっと広げて行く方策も考えていかなくてはいけないと思うのですが、皆さんの考えはいかがでしょうか?
大円卓会議の冒頭では、円卓会議県民委員でNPO法人「天竜川・杣人の会」事務局のM原氏が作ったビデオで、天竜地域の森林のことや天竜材を使った家づくりについて分かりやすく紹介。 このビデオがいつでも閲覧されるようになると良いのですが…?
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掛川在住の広谷良韶氏から「光明山光明寺虚空蔵菩薩殿(遠州二俣驛北約二里)遠州電氣鐵道株式會社發行」の古い絵葉書の画像を送っていただきました。絵葉書の出所は、龍山町西川の和田芳博氏。焼亡直前の写真だとのことで、大変興味が湧きます。
この絵葉書を発行した「遠州電氣鐵道株式會社」とは、現在の遠州鉄道の前進。明治40年(1907)に創業した濱松鐵道から、大正11年(1922)に遠州電氣鐵道株式會社に改称し、同12年(1923)には「遠州二俣驛」を開業しています。
そして、鏡山にあった「光明山光明寺」の大伽藍が焼亡したのは、昭和6年(1931)4月9日。この絵葉書の写真が撮影されたのは、その8年間のうちであることが分かります。
以前紹介した光明寺の絵葉書は、大正前期のものでしたから、こちらの方が少しだけ新しいのでしょうか?
電話を通して「送りましょうか?」「送ってください」と話をしたのは、ついさっき。アナログなようですが、メールはどうも苦手です。
広谷良韶氏は、幕末の探検家・松浦武四郎の足跡を辿り、その紀行や調査を自身のHPや出版により公表しています。「広谷良韶のページ」にも、ぜひ、お立ち寄りください!
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浜松市天竜区熊の山あいに25日、地区2軒目の農家民宿「くんま遊楽亭 あそびや」が開業した。オーナーの大平洋一さん(68)、展子さん(63)夫妻は「携帯電話やインターネットから離れた、体験型の空間を提供できれば」と話している。
愛知県から移住した水野洋さん(61)一家が昨年夏にオープンした「くんま遊楽亭 たべや」の“兄弟民宿”という位置づけ。9人まで受け入れができ、野菜の収穫や炭焼き体験などが楽しめる。4カ月間をかけ、庭が望める新たな風呂も水野さんと手作りした。
例えば茶摘みや餅つきなど、「来てくれた人の『やってみたい』という声になるべく応えたい」と洋一さん。少子高齢化が進む中、交流人口を増やす一つの契機になれば、との思いも夫妻にはある。
展子さんは「農家民宿の誕生が続けばいいな」と思う。5軒あれば分担して30人ほど受け入れることができるからだ。「地域資源は探せばたくさんある。熊地区全体が体験学校のようになれば」―。そんな夢を思い描く。
事前の申し込みが必要。問い合わせは、あそびや〈電053(929)0050〉へ。(「静岡新聞」より)
熊の地域づくりが活発化しています。北遠が元気を取り戻してくれることを願っている者として、嬉しいことです。
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坂下から始まる参道の山道を登り、上り坂の向うに「随身門」の屋根が見えた時のあの嬉しさは、きっと長距離ランナーがゴールテープを切った時の達成感に似ているのでしょう。たびたびの火災に遭った秋葉山頂の秋葉神社ですが、表参道の終着点「随身門」だけは奇跡的に類焼を逃れ、現在もなお往時の雰囲気で私たちを迎えてくれます。
そんな「随身門」の古い写真が、絵葉書に使われて残っていました。秋葉神社の絵葉書は、明治後期から昭和初期にかけて実に多くの種類が発行されていますが、構図には大きな違いはありません。
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1番古いのは明治時代に発行された「(遠江國)秋葉神社楼門ノ雪景」だと思います。次に古いのは大正後期の「遠州秋葉神社楼門」の2枚。ここまでは、「楼門」と呼んでいます。
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次は「神門」と呼ばれるようになった「遠州秋葉神社神門」と「秋葉神社神門(社務所發行)」でしょうか?1番新しいのは「火防本社 秋葉神社」の朱肉のスタンプが押されたもので、おそらく昭和初期の写真。
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平成24年2月4日撮影 |
そして、平成24年(2012)2月4日に私が撮影した写真でも、古い絵葉書に残された「随身門」も、手前に見える大杉も、ほぼ同じ姿であることが確認できます。
あなたは、もう秋葉神社「随身門」をくぐりましたか?もし、まだだとしたら、上社からほんの1分歩けば行けますので、ぜひ、お訪ねください!ここだけには、今でも昔の風が吹いています。
●秋葉山本宮秋葉神社の少し奥の山道を下った辺り…
●写真は、「秋葉山本宮秋葉神社」上社「随身門」の柱です…
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この綿毛が何か分かりますか?これは、キク科の落葉低木「コウヤボウキ」の綿毛。秋には淡紅色の花を咲かせていた「コウヤボウキ」も、今はこんな綿毛をつけています。
山道で「コウヤボウキ」の綿毛に会うと、何だか嬉しくなってしまいます。でも、そろそろ飛んで行かないと、春になってしまいますよ。
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バイオマスエネルギーの活用方法を探る「浜松市バイオマス利活用セミナー」が24日、同市中区の市保健所で開かれた。近隣自治体の職員やリサイクル関連業者ら60人が参加し、先進事例を学んだ。
同市は2009年3月、循環型社会を目指す「市バイオマスタウン構想」を策定。廃植物油や古紙などを再利用する廃棄物系バイオマス利活用率を現状の69%から78%に、間伐材や果樹を剪定した枝を再利用する未利用系バイオマス利活用率を43%から55%以上にする目標を掲げている。
この日のセミナーでは、同市天竜区二俣町の産業廃棄物収集処分会社「リサイクルクリーン」営業部長の鈴木宏人さんらが講師を担当。学校給食や家庭で出る廃植物油からバイオディーゼル燃料を精製し、ごみ収集車両の燃料として活用している事例を紹介した。
鈴木さんは、二酸化炭素排出が削減できるなどのバイオディーゼル燃料の利点や、燃料の製造工程を説明。「回収場所が多いために費用が高くなる。市の公用社でもバイオ燃料を使うなど利用を促進しなければ、バイオマスエネルギーの市場は長続きしないだろう」と厳しい現状を報告。「各自治会のごみ集積場所で、各家庭から出た廃油をペットボトルで集めるなど、回収率を高めるシステムが必要だ」と提案していた。
セミナーでは、NPO法人環境エネルギー政策研究所の古屋将太研究員も講演した。(「中日新聞」より)
セミナーへは、私たちのNPO法人「天竜川・杣人の会」からも3人が参加しました。交流会もあったとのことですので、どんな話を聞くことができたのか、その報告が楽しみです。
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浜松市天竜区の経済団体や行政でつくる天竜地域フォレストピア協議会(事務局・天竜商工会)は、天竜区のお薦め食品を紹介するパンフレット「北遠のおすすめ品」を作製した。
同会では区内の商業者や活性化施設などから応募のあった菓子、郷土料理、加工食品について審査、地元の食材を使って製造方法にこだわりを持っている品を「北遠・食の推奨品」として認定した。認定事業は2年目を迎え、「緑茶ロールケーキ」など新たな7品を追加して推奨品は合計23品となった。
パンフレットではこれら23品について、商品のカラー写真や簡単な解説、販売先の情報などを掲載。裏面には天竜区のイラスト地図を載せて販売先の位置を記している。
推奨品には認定マークを張り(料理などは除く)、取り扱う事業所にはのぼりを掲示している。
問い合わせは協議会事務局(天竜商工会)=電053(925)5151=へ。(「中日新聞」より)
「こんなのがあったらいいな」と思っていたものが出来たようです。今後、ネット販売なども考えていただければと思いますが、いかがでしょうか?
北遠の山歩きの楽しみ―纏リスと呼ばれるキャラクターを描いたものを含め、これまでに多くの種類の山火事防止を呼びかけるホーロー看板を見て来ました。しかし、この形の看板を見たのは初めてです。
「林野庁 静岡縣」の名前が入り「山火防止」を訴える看板が5枚並び、その1枚1枚に書かれている標語がすべて違います。
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「注意して 燒くまい この山このみどり」「たき火あと 消えたようでも もう一度」
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「よく見よう 火入の前の 風かげん」「今投げた 君のたばこが 火事のもと」「山の火事 きょうも出さずに 育つ森」
この5種類5枚の看板は、いつ頃作られたものでしょうか?
農林省山林局を前身とする林野局が「林野庁」へと名称を変えたのは昭和24年(1949)。「縣」「燒」の2文字の旧字体が、現在の新字体へと変えられたのも同じ年でした。と言うことは、この看板が作られたのは、昭和24年の可能性が高いということになります。
日本の山火事の発生は、平均で年間に約2000件、焼失面積は約900ha、損害額は約4.7億円。1日平均では、約5件。約2.5ha、損害額1300万円の山火事が、今日も日本のどこかで発生していることになります。
日本の山火事のほとんどは、人間の不注意によって起きています。その山火事を防ぐには、63年たってもこの看板に書かれたことに留意するしかないのです。
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●「山火事予防のシンボルマーク」の「纏(まとい)リス」…
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地域活性化に取り組む団体の支援を目的に、静岡新聞社など全国の地方紙と共同通信社が設けた第2回地域再生大賞の表彰式が23日、都内で開かれた。本県関係では、浜松市天竜区の「夢未来くんま」がブロック賞(東海・北陸)を受賞した。
夢未来くんまは高齢化率約47%という天竜区熊地区で道の駅「くんま水車の里」の運営や地元食材の料理・加工品販売を行う傍ら、その収益で高齢者向けのデイサービスなどを手掛けている。
賞状を授与された同グループの金田三和子副理事長(71)は「地域の衰退を見かねて始めた取り組み。交流人口が増えたし、生きがいづくりになった。住民が自信を持てたのが何よりうれしい」と声を弾ませた。
石打良子理事(62)は「後継者育成が課題。受賞を機に出発点に立ち返り、今後の地域をどうするかを住民みんなで話し合いたい」と語った。
表彰式には全国の約50団体が出席した。広島県三次市の山あいで割安な賃貸住宅の提供を通じて若者の定住促進を目指すブルーリバーが大賞を受賞。
東日本大震災後も古里の味を守る福島県浪江町の浪江焼麺太国(同県二本松市に避難)などが特別賞を受けた。
実行委員長の松田正己山陽新聞社編集局長は「地域の元気のけん引役として、さらなるパワーアップを」と会場に呼び掛けた。(「静岡新聞」より)
熊地区の地域づくりは、全国の手本になるかも知れません。頑張りましょう!
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「新・浜松の自然100選」にも選ばれている「龍」が棲む滝「龍王権現の滝」―昔話の看板や吊り橋に嵌められたオブジェについてはすでに紹介しましたが、実は、もう1匹の「龍」が棲んでいることを発見してしまいました。
それは、滝へと続く遊歩道の途中に架けられた吊り橋「龍王権現橋」の横桁です。
「そろばん板」とも呼ばれる吊り橋の床板を支える横桁を、身を低くして見てみると、何と「龍」の絵が描かれていたことが分かりました。すでに歳月が経過していて、上からでは分かりにくいのですが、目を細めてみれば、今でも横桁の横の面の、体をくねらせた龍体が見えます。
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右の写真だったら分かると思いますが…。どうですか?見えて来ましたか? 「龍」が棲む滝に身を横たえる、かなり大きな北遠の「龍」です。
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
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●NPO法人天竜川・杣人(そまびと)の会などが主催する環境教室…
●8月9日、「浜松市緑化推進本部」とNPO法人「天竜川・杣人(そまびと)の会」の協働事業で…
●ご存知のように、両岸に塔を建てて張ったワイヤーから何本かの…
●「龍王淵」を訪れた時のことです。最初に見つけたのは誰だったの…
●佐久間の山には、大きな滝がいくつもあります…
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「僧行基菩薩が大登山霊雲院と名付けて寺を建てた頃には、秋葉山の山頂には水がなく、下の谷川から水を担ぎ上げなければならなかったので、住僧は大変困り果てていた。開基から90年後の大同年間のこと、本尊の観世音菩薩、山の守護神である三尺坊大権現に37日の間大護摩を焚き、近くに水が湧き出るようにと祈ったところ、その満願の日、雷鳴が鳴り渡り、山は振動して一夜のうちに山頂の西北の窪地に清水がこんこんと湧き出して来た」と言うのが、秋葉山の「機織井」の言われ。
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| 遠州秋葉神社機織井 | 遠州秋葉神社機織の井 |
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| 秋葉神社 神泉機織の古蹟(社務所發行) |
ここに、古い絵葉書になった、かつての「機織井」の写真があります。以前に紹介したものも含まれてはいますが、龍山の和田芳博氏からお借りしたものです。撮影された時代は定かではありませんが、絵葉書の特徴から推察すると、上の3枚は大正末期、下の2枚は昭和初期に製作されたと思われ、井戸の上に立つ建屋の向きが変わり、柵が新築されています。
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| 秋葉神社 機織の井古跡(社務所發行) | 秋葉神社 機織の井古跡(社務所發行) |
気になるのは、古い写真に写された社の横にある四角い池。池の畔に立つ古びた看板には「男池」と書かれています。これは、一体どこ?
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「機織井」は、今でも秋葉神社裏の参道下に荒れた状態で残っています。昨年(2011)5月3日に撮影した写真には、コンクリートで縁取りされたプールのような池が写っています。これがきっと「男池」。だとすれば、「機織井」あるいは「機織の井」とは、朽ちた井桁と四角い石組みが残る、ここだと思います。
伝説の「機織井」を、ぜひ、皆さんもお訪ねください!
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2月23日(木)、昼過ぎまで降っていた雨が上り、気温もグングン上昇。これはもう、畑に出かけるしかありません。
畑までの道のりは300メートルほど。道端では、私の好きなホトケノザが濃いピンク色の花を咲かせています。
目立って大きくなって来たのはキャベツです。ようやく球になり始め、雨の雫を遊ばせています。水菜は少し大きくなり過ぎ、ニンニク、丸大根も順調です。
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でも、今日はブロッコリーを収穫しないと大変なことになりそう。大き目の花蕾から包丁で切って収穫しましたが、あっちにもこっちのも時季を迎えたブロッコリーばかり。日曜日に収穫したばかりなのに、今日も結構な量になり、帰宅後は籠に入れての撮影会です。
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このところ、すっかり草食系男子にはまっている私は、ブロッコリー料理に凝っています。お気に入りは、「ブロッコリーのチーズ焼き」。茹でたブロッコリーをグラタン皿に並べ、トマトケチャップを足してとろけるチーズをかけ、オーブントースターで5分ほど焼いて焦げ目を付ければ、はい、出来上がり!
ビタミンや鉄分豊富な緑色野菜。困るのは、たくさん出来過ぎること。そうそう、「ブロッコリーのチーズ焼き」には、ベーコンを足しても美味しいですよ。
既に、手水口の「龍」と摩利支天堂の懸魚の「龍」は紹介したのですが、光明寺には他にもまだ「龍」が棲んでいましたので報告します。
それは、石段を登り切ったところに立つ、石燈籠の中台の「龍」。左右に1基づつ、それぞれの三方に「龍」が浮き彫りにされていますので、合わせて6匹。波に乗って進む、三爪の「龍」です。
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燈籠の竿には、「天保十三年壬寅正月吉日」と刻まれていましたので、建立は西暦1842年。「天保通寳」が発行されたのが天保6年、全国で多くの餓死者を出した「天保の大飢饉」は同4年~10年(あるいは7年)まで続きました。光明寺が光明山にあった頃に建てられ、昭和6年(1931)に遭った火災の後、同10年(1935)に現在の地に移設されたものだと思います。
…と、まあ、お勉強はおいておいて、見落としていた光明寺の「龍」です。
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
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春近しとは言え、北遠の峠にはまだ雪が残っています。
県道290号水窪羽ヶ庄佐久間線のホウジ峠にも、まだ薄っすらですが雪が残っています。そして、ホウジ峠と言えば「中央構造線」のケルンコル(断層谷)。北東に向けて伸びるV字の谷に見えるのは今田の集落で、その先に連なるのが雪の南アルプスです。
「ホウジ峠の中央構造線」として「新・浜松の自然100選」にも選ばれている風景ですが、雪化粧は、また格別。手前の杉林は赤みを帯び、花粉の季節が近づいていることを感じさせます。
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「北条峠」の碑の横にある青い断層粘土を見ることができる場所には、太い氷柱が下がっています。
冬と春とが渾然一体の季節。それでも、春は確実に近づいています。
●佐久間周辺には、中央構造線による断層によって作られた…
●中央構造線を境に東側には三波川帯の…
●この「佐久間耳寄りブログ」で私が「火山」と書くと…
●「中央構造線」とは日本最大の逆断層…
●緑色の岩石が薄くペラペラ剥がれて崩れ…
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石に絵の具で猫を描いた石猫の展示会が、浜松市西区入野町のゆめ応援プラザで開かれている。26日まで。
同市天竜区春野町で「晴れるや工房」を開く渥美典久さん(61)、愛子さん(60)夫妻と長女優さん(24)による作品展。天竜川や気田川の河川敷で見つけた小石に丸まった猫を描いた作品や、ポストカードやネックレスなど計約200点が並ぶ。
典久さんは写実的作風、愛子さんは愛嬌のある表情のある猫が得意。また、優さんは漫画のキャラクターのような猫が遊ぶ姿を描いている。
春野町に咲くスミレを描いたデザインや、お茶の実にフクロウを描いた細やかな作品も出展された。
渥美さん夫妻は田舎暮らしに憧れ、約10年前に春野町へ転居。当時不登校だった優さんは絵が得意で、自然の中で色彩感覚を磨ければとの両親の願いがかない、会場には天竜の森と猫が色鮮やかに描かれた優さんの作品も。典久さんは「3人の違いを楽しんで、猫で癒されてほしい」と話す。(「中日新聞」より)
渥美さん一家の描く石猫は、それぞれ個性的でかわいらしい猫たちです。また、ご覧になったことがない人は、ぜひ、会場へお出かけください!きっと、欲しくなりますよ。
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●NKHテレビの人気番組『小さな旅』―4月5日(日)午前8時「きらめく竜の背中で」のタイトルで…
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標高350メートル、「松山公園」の展望台から見えるのは、「佐久間ダム」だけではありません。反対側から見下ろせば、半場の集落が一望できます。
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あれが飯田線の鉄橋、佐久間小学校とB型鉄橋、中部天竜駅となかっぺ橋、第二発電所や佐久間地域自治センターも見えます。それらを繋いでいるのは、蛇行した天竜川。やはり、佐久間の背骨は天竜川です。
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初春の「松山公園」は椿の落花が見られる程度で、あとは冬枯れが残る山でしたが、初夏にはツツジなどの低木、イワカガミなどの山野草の花も見られそう。季節を変えて、また登ってみることにしましょう。
30分かけて登った山道も、帰りは20分。所要時間は、往復1時間弱で十分です。皆さんも、ぜひお立ち寄りください!
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県道285号大輪天竜線「扇岩隧道」北口を出たところで車を停めました。
つい一昨日(2月20日)には何事もなかったのですが、今日(22日)天竜川の川面を覗いた瞬間、岸の岩場から2羽の鳶が飛び立ちました。
鳶がいた辺りを見ると、ニホンジカが倒れています。しかも、すでに皮の間から白い背骨が見えています。
道路から下まではかなりの距離がありましたので、ピントが合いませんでしたが、鳶がニホンジカを捕食するとは思えませんので、おそらくここ数日の間に、転落して死んだニホンジカの死骸だと思います。
「鹿が増えています」「鹿は有害獣です」とは言いますが、死んだニホンジカを見れば手を合わせなくてはいられません。黙って手を合わせ、その場を離れました。
次に生まれて来る時には、いい子でね。
「新・浜松の自然100選」に指定されている「船明ダム湖と周辺の桜」から、2012年開花情報第1号です。
2月22日現在数輪咲いているのは、河津桜。他の蕾もかなり大きく膨らんで来ていましたので、3月上旬にはもう少し開花すると思います。
今年の桜の開花は遅れそうとの予報ですが、河津桜は早く咲いて花の時期が長いので、慌てずに待ちましょう!
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初めて登った「松山公園」。山頂付近には少し平らな場所があります。そこに鎮座するのは赤子を抱いた弘法大師像「子抱大師」。なぜか「八十六番」の石仏の先に赤っぽい鉄製の展望台が見えて来ました。
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かつては屋根があったと思われますが、現在はなし。ベンチの置いてあるにはあるのですが、あまり利用されているようではありません。
足早に近づき、展望台に登って下を見下ろせば、見えた!天竜川が削ったV字の谷に、巨大なコンクリート建造物「佐久間ダム」の斜めに切り取られた上半分が見えます。
これは、絶景だ!
2月17日は、まだ春とは言えない日。山の緑も白っぽく見えていますが、芽吹きの季節の新緑や秋の紅葉など、佐久間の山とダムとの対比の美しさが想像されます。
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「佐久間ダム」完成当時に発行された絵葉書が2枚。ほぼ同じ構図で撮られた写真には、「佐久間ダムの遠望 高さ150M長さ291M佐久間ダムの遠望 昭和31年10月15日竣工式をあげた。」「景勝松山公園より佐久間ダムの遠望」とあり、ともに撮影ポイントは「松山公園」。
「佐久間ダム」を眺めるなら「松山公園」。堰堤近くから眺めるのとは一味違う俯瞰の風景が、手に取るように見ることができます。
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「広報はままつ」天竜区版2月20日号の「TENRYU WARD HISTORY 天竜区ヒストリー」は「天竜区ヒストリー 西川(さいがわ)・戸倉(とくら)間の渡船と龍山橋(天竜区龍山町西川、戸倉)」でした。
秋葉ダムのすぐ下流、龍山町西川・戸倉間の天竜川には、今では珍しくなった吊り橋「龍山橋」が架かっています。かつては、この区間に渡船が往来していました。貞享(じょうきょう)3(1686)年、農民が対岸の畑の耕作のために通船許可を願い出て、時の代官に承認されたのが始まりとされ、長い間住民や秋葉神社参詣客の足として利用されてきました。しかし、増水時や夜間は運行されないなど不便な面もあり、住民にとって橋を架けることが長年の夢でした。明治の終わりごろから架橋への気運が少しずつ
高まり、さまざまな調査を経て大正14(1925)年に着工。翌15(1926)年11月に竣工・開通し、龍山橋と命名されました。この開通により、長年の伝統を持つ渡船は廃止されることになりました。その後、橋は昭和49(1974)年に架け替えられ、現在まで住民に愛され続けています。
旧「龍山村」が誕生したのは、明治34年(1901)。当時の龍川村と山香村の一部、下平山が合併し、「龍川」の「龍」と「山香」の「山」を併せて「龍山」の地名となりました。
地元、西川の和田芳博氏からお借りした古い絵葉書に、大正15年竣工当時の「龍山橋」が写っています。
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| 磐田郡龍山村 龍山橋全景 | 磐田郡龍山村 龍山橋開通當日全景 |
右の絵葉書は、まさに開通式の当日の写真。現在では、橋のすぐ上流、手が届きそうなところに秋葉ダムの堰堤が聳えています。
水窪、足神様の氷の壁を見た後は、北遠のアイスショーを楽しみました。
先ずは、川の水紋がそのまま凍り付き、こんな不思議な模様を描いていました。氷を見ると割ってみたくなるものですが、そこは後に来る人のことを考えてグッとこらえて我慢。でも、軽く触ってはみましたが…。
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その後、車はいつもの県道290号水窪羽ヶ庄佐久間線へと回しました。道路の凍結は融雪剤で解消されていましたので、スリップすることなく坂道を登ることができましたが、ここでも自然の氷造形を見ることができました。
芋堀から沢井に向う途中では、少し小さな氷の壁。水が沁み出す岩壁から、長い氷柱が下がっています。太いもので手首ほどですから、足神様の氷壁と比べれば可愛らしいもの。手を伸ばして触ってみれば、間違いなく氷の冷たさです。
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ホウジ峠を過ぎ二本杉峠に向う途中の石積みの上から流れ出すのが「二本杉峠の水」。この湧水が滴った飛沫が凍り付き、水晶玉を積み上げたような氷玉に育っていました。
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氷の水晶玉「氷晶玉」が重なると、トノサマガエルの卵のようにも見えますが、冬眠中のカエルが這い出して来る2012年の「啓蟄」は3月5日。
北遠のアイスショーの終演は、「啓蟄」の頃でしょうか?
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『紅白梅図屏風』と言えば、元禄文化を代表する尾形光琳の傑作。写真は、気田川が天竜川に合流する地点、小川で撮った傑作です。
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白梅の花は一重ですが、紅梅は八重。種類までは分かりませんが、早咲きの寒紅梅だと思います。
白梅の花言葉は「気品」、紅梅の花言葉は「高潔・忠実」。あなたなら、どちらを選びますか?
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風光る 上見て進む 石仏の坂 北遠楽
「四国八十八箇所」とは、四国にある弘法大師(空海)ゆかりの88ヵ所の札所の総称。北遠で見られる古い「巡礼碑」は、近畿2府4県と岐阜県に点在する33ヵ所の観音霊場を巡る「西国三十三箇所」のものが多いのですが、江戸時代以降は「お遍路」の名で知られる四国巡礼が盛んになって来ました。
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山道を曲がれば、そこに。少し登れば、またそこに。あっちにも、こっちにも、弘法大師と札所の本尊が必ず二体一組で鎮座していて、公園の遊歩道というよりもお寺の参道のような風景です。
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山頂近くには松の朽木が残り、新たに植えられた松の苗木が見られます。「松山公園」だから松なのか?松があるから「松山公園」なのか?
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「松山公園」の始まりは未調査ですが、この公園に祀られている「四国八十八箇所」うつし霊場の石仏から、四国「松山」の名が付けられたのかも知れません。古いものでは、大正7年(1918)、新しいものでは昭和57年(1982)の年号や奉納者の名前が刻まれ、その数は優に88以上。
もしかしたら、かつて天竜川の川原付近にあった弘法松原の石仏が移設されたのかも知れませんが…。
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春寒の 松葉を揺らす ダムからの風 北遠楽
時折冷たい風が吹き過ぎ、松葉の音を立て、展望台まであと少し。木々の間から、原田橋上流の天竜川の流れが垣間見えます。
八十一番、八十二番、八十三番…と次第にゴール地点となる展望台が近づいて来る感じです。
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前回、足神様の氷壁を訪ねたのは1月30日。あれから3週間過ぎ、氷壁の氷柱は融け始めるどころか、さらに成長し、白いカーテンになっていました。
下には重さに耐え切れずに落下した氷柱が、薄っすら雪をかぶり、まるでギリシャ神殿の大理石の柱みたいに転がっています。
それにしても、美しい!
この壮観が温暖な地、浜松市の風景だとは思えません。すでに、下から伸びた氷筍とつながった氷柱もあるのですが、一体、どこまで伸びて広がるのでしょうか?
2月20日(月)には、氷壁まで自動車で行くことができました。まだ、しばらくは見ることができそうですので、ぜひ、お出かけください!路面の凍結には、くれぐれもご注意を!
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もう我慢できません。咲いているのが分かっているなら、行ってこの目で確かめたい一心です。
佐久間観光協会さんから上市場のセツブンソウが開花したとの連絡を受け、既に写真も掲載しましたので、情報としては「二番煎じ」の感じであはありますが…。
あまり早く行くと、まだ開き切っていないのは承知してはいたのですが、もう良いだろうと思って自生地に到着したのは12時半。やはり、少し早過ぎたようで、膨らみかけた蕾しか撮れませんでした。
それでも、目一杯近づいて撮りましたので、春の使者の可愛らしさがお分かりいただけると思います。
この分では、3月上旬までは楽しめそう。ぜひ、皆さんにも見ていただきたいと思います。行かれるなら、午後ですよ。2時過ぎくらいが良さそうです。
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浜松市天竜区熊の道の駅「くんま水車の里」ふれあい公園で19日、「大寒謝祭」が開かれた。好天に恵まれて大勢の行楽客らが訪れ、山里のイベントを楽しんだ。
地元住民でつくるNPO法人「夢未来くんま」が、日頃の利用に感謝しようと開いた恒例行事。地場産品の販売のほか、ステージでは有志団体が天竜太鼓、よさこい踊りを披露。そば早食い競争やコンニャクつかみ取り競争、もち投げなどが来場者を沸かせた。
呼び物は、同施設が「天竜区では元祖」と自慢する「シシなべ」の無料サービス。3つの大鍋でイノシシの肉や野菜をぐつぐつ煮込んだ。来場者は持参したおわんに入れてもらい「おいしいね。温まるね」と笑顔を見せていた。(「中日新聞」より)
「大寒謝祭」が終れば、春もすぐそこ。間もなく、北遠は花の季節を迎えます。
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「松山公園」の石仏群は、入口から始まります。少し大きな弘法大師像の脇に並ぶ祠の中に、稲束を担いだ「稲荷神」と思われる石仏が祀られていました。
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「お稲荷さん」と言えば赤い鳥居と狐が知られている神社ですが、「稲荷」は本来は「稲生」の農業神。神仏混淆の考えに基づけば、白狐に乗る「荼枳尼天(だきにてん)」と同一視されています。
そんなことを考えながら、赤錆びた「松山公園案内図」の前に立ってはみましたが、山頂付近に展望台が描かれているだけの案内では、一体、どのくらいの距離があり、どのくらいの時間がかかるのかは分かりません。
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それでも、クネクネと曲がりくねった山道を覚悟しながら、歩き始めました。
四国八十八箇所を模した石仏は、次から次へと現れます。札所番号の少ない方が下にあるらしく、「お大師さま=弘法大師」と各札所の本尊が並んで二体一組。古いものでも、大正7年(1918)造立。「佐久間ダム」を見下ろせる公園として整備されたのでしょうけど、今では訪れる人はまれないようです。
それでも、なにやらご利益がありそうな山道。登れ、登れ!
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河内浦部落へ入ろうとする入口に、外来者をこばむような恰好で、家屋ほどもある大きな石が路傍に腰をすえている。これも山姥伝説のからんだ石で、ある時村の人達がお祭りをして楽しんでいると、山の上の臼ヶ森という所に住んでいた山姥が腹を立て、この巨岩を山上から転げ落したのだそうだ。こんな巨岩が何の予告もなく山から落ちて来たなら、普通は神の怒りとでも受け取るものを、山姥の呪詛に帰したのは、やはり山姥の呪術的な行動が、この人々に深い印象を与えていたからではないか。(内藤亀文著「ふどき」9.峠と谷(3)山住神社より一部引用)
◆ ◆ ◆ ◆
水窪の河内浦(こうちうれ)の入口、県道389号水窪森線脇には、今でもこの岩があります。山住峠、門桁集落と水窪中心部とを結ぶ大切な生活道路であるこの道は、水窪河内川に沿い、岩を発破で開削しながら延びていますが、かつての道は布滝から山に上がり、臼ヶ森を迂回して河内浦に辿り着いていたはず。現在の川沿いの道は、「布滝隧道」が出来てからだと思います。
この大きな岩は邪魔な存在ですが、岩の外側には川が流れていますので、仕方なく内側を切り開いて道にしたのでしょう。
気になりながらも、ついつい通り過ぎてしまっていた山姥の岩の手前で車を停めて、カシャ♪
山姥の伝説は、水窪にも残されていました。
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加藤会員から、竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)の「龍」が届きました。
竜ヶ岩洞があるのは北区引佐町。2億5千万年前の石灰岩地帯、竜ヶ石山(りゅうがしやま)で見つかった鍾乳洞です。
竜ヶ石山には、「龍」の爪痕が残る岩もあります。標高359.1メートルの低い山ですが、ここからの眺望は見ごたえがあります。ぜひ、お訪ねください!
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
ニホンジカの増加による農作物や樹木への食害といった農林業被害を防ぐため、県は2012年度から、県内全域のわな猟に限り、狩猟期間を現在(11月15日~2月15日)より1か月拡大して11月1日から2月末とする。従来はオス・メス合わせて1日1頭としていた捕獲頭数制限はオス・メスとも無制限とする。わな猟以外はメスのみ無制限とする。有害鳥獣駆除の基準も緩和し、1回の申請で許可する駆除期間を延ばし、捕獲頭数の増加を図る。
伊豆半島だけを対象にしていたニホンジカの特定鳥獣保護管理計画を、12年度から県内全域に拡大するのに合わせて実施する。
策定中の保護管理計画(2012年度からの5年間)では、県内の生息数を推計約4万1000頭に上ると初めて試算した。伊豆地域は約2万1000頭と最も多く、近年増加が著しい富士地域は約1万3000頭、富士川以西の南アルプス地域は約7000頭と推計した。
県によると、ニホンジカが増えすぎるのを防ぐには、メスの数を一定に保つことが重要だとして、メスの生息数に目標数を設けた。伊豆地域は、2009年度の約1万5000頭を16年度に約7000頭に減らす。富士地域は約8000頭のまま増やさない。南アルプス地域は、詳細な生息状況調査ができていないため目標頭数を定めなかった。
また、県は知事や市町長が許可する有害鳥獣駆除の基準も12年度から緩和する。保護管理計画の上位計画にあたる次期鳥獣保護事業計画(12年度から5年間)に盛り込む。
農林業被害をもたらす野生動物の捕獲数増を図るとともに、農林業者の申請の手間を省く。1回の申請で許可する捕獲頭数を、例えばニホンジカは50頭から300頭に、イノシシは20頭から100頭に、カワウは100羽から300羽にそれぞれ大幅に増やす。駆除期間も2か月から6か月に延長する。
また、アライグマやタイワンリスなど外来生物法で指定された特定外来生物は、日本固有の生態系に大きな影響を与えるとして、保護された場合でも安楽死させることを初めて明文化した。(「読売新聞」より)
南アルプス地域の生息状況が未調査だから目標頭数が決まらない、では済みません。今すぐにでも調査をして対策を講じてください!
五葉松が青く天竜に姿を写し、乳母子様や新四国八十八ヶ所の弘法大師を祭った松山公園、この山頂からの佐久間ダムは雄大な自然に調和し、柔和にして女性的な美しさである。
佐久間ダム完成当時に発行された絵葉書「佐久間ダム遠望」に書かれていた「松山公園」の解説文。公園とは言え、遊具や芝生広場がある場所ではなく、急な坂道が続く山登りコースです。
遊歩道には四国八十八箇所を模した石仏や弘法大師像が並び、ちょっと珍しい風景。今までなかなか機会がありませんでしたが、佐久間ダムの俯瞰見たさに、登ってみることにしました。
先ずは、佐久間ダムに向う県道1号の途中、馬背神社横の入口に車を停め、さあ、ここから天竜奥三河国定公園「松山公園」の約1キロの山道を登ります。石仏たちに見守られながらね。
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神門を抜ければ、右手に手水舎の屋根が見えます。「手水の作法」の看板の下には、「龍」の手水口が身を起こしています。手水鉢の水は凍り付き、「龍」の口から水が流れていないのは標高1107メートルの冬の山住神社ならでは。
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クルリと巻いた髯の陰から鋭い目が覗き、爪は5本。山住神社2匹目の「龍」は手水舎に棲んでいました。
雪の拝殿では、ちょうどご祈祷が始まる時間。2人の女性が神官に導かれて拝殿の階段を登って行きました。
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昨年末から始めた北遠の「龍」探し―念願だった山住神社の「龍」を紹介することができましたので、これにて一区切りとしますが、見つけたら、また載せちゃうかも…。
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2月18日に開かれたNPO法人「天竜川・杣人の会」の定例会は今年2回目。月1回の繰り返しですが、積み重なればこれが75回目となります。
出席者は9名。福井会長の挨拶の後、鈴木副会長から、「森づくり県民税を生かす方法」として、春野町と接する川根本町久野脇の付近で発生した風倒木処理に関わって行く計画についての提案と説明がありました。
「森づくり県民税を生かす方法」―昨秋の台風被害に遭った森林面積は5~7ha。すでに補助金を申請済みのこの山の風倒木を搬出し、私たちも関わりながら広葉樹を植栽するという計画です。作業が始まっているはずの4月14日(土)、現地調査を実施する予定となりました。
「静岡県の森林・林業諸状況」―ゲストスピーカーとしてお招きした「静岡県西部農林事務所・育種場」管理担当責任者・糟谷好博氏からは、静岡県の森林資源の現況や所有の実態、木材価格や林産物の状況について、森林現場に携わって来た人ならではの分かりやすさで話していただきました。
次回の定例会は3月17日(土)、総会は4月21日(土)の予定です。川根本町への調査日程と併せて改めて案内がされますが、先ずはスケジュールに入れておいてください。お願いします。
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山住神社に「龍」が棲んでいるのは分かっていました。以前に撮った写真を拡大してみれば、確かに「龍」が写っています。しかし、私のノーマルタイヤで冬の山住神峠の山道を登るのは不可能。
そして、春近い2月17日に2度目の挑戦。県道389号水窪森線に車を繰り出しました。
名勝「布滝」を眺め、布滝隧道を抜け、河内浦の集落を過ぎ、急な坂道をグングン登ります。途中で凍り付いた氷柱の壁を横目に見て、除雪された雪が残る山住峠に無事到着。急ぎ足で神社の神門へと向いました。
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お馴染みの赤い神門が、薄っすらと白い雪の上に浮かんでいます。鳥居をくぐり、向かい合う山犬型の狛犬の間を通り、神門正面の頭上を見れば、注連縄の上の鳥除けのネットに中に、「龍」の欄間が嵌められています。いた!
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「龍」は向って右側の瑞雲の間から現れ爪は3本。「龍」の頭の先には、波立つ水が彫られています。これが、山住神社神門の「龍」。ネットの中の「龍」の目を見つめ、1枚、2枚とシャッターを切りました。朱塗りの神門に飾られた「龍」にも、かつては彩色が施されていたのでしょうか?
神門を抜ければ、「新・浜松の自然100選」に指定されている「山住神社の杉」。雪景色に浮かぶ2本の大杉が迎えてくれました。
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(前略)下る筏に上る筏。・・・・・・
かつと天龍が――おゝ天龍! よいな
うんと水を飲みました。
瀬尻平山橋、それから架設中の大和橋、渡船で、大井橋、そして西(ニシ)ノ渡(ド)(三味線が鳴りラヂオが叫ぶ!)。
山香といふ地名はゆかしい、そしてまた天龍の水はうまい、/\、/\。(後略)
五月二日 西渡にて。
(前略)西渡の印象として――
こぢんまりとまとまつてゐる。
料理屋、仕立屋、床屋、食料品店、宿屋が多い。
物価は割合に安い、商人も一手だ。
若い女の肌が白く美しい。
宿の扁額に曰く“故郷難忘”
昭和14年に著された種田山頭火の『旅日記』の一説です。そして次の「五月二日 曇、夕立、晴、満島泊。」のところに、「水があふるゝ山のをとめのうつくしさ」の句が書かれています。
そして、大井橋のたもとに立っているの、この「水があふるゝ山のをとめのうつくしさ」の句碑。磨かれた表面に写る赤い橋が、大井橋。ちょっといい写真でしょう?
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17日午後7時37分頃地震がありました。気象庁によると、震源地は北緯35.0度、東経137.6度の愛知県東部で、震源の深さは約40キロ。北遠の春野町、佐久間町で震度1。地震の規模はマグニチュード3.1と推定されています。
森町森、浜松市北区引佐町でも震度1の揺れを記録しました。
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お待たせしました!2012年2月17日、佐久間の「節分草」開花!佐久間観光協会さんから写真が届きました。場所は、いつもの上市場。
下のほうには20株ほど出ていました。上のほうは6株ほどですが、花そのものは上のほうが開いていました。ホームページにもアップしましたのでよろしければ見て下さい。
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午前中に見に行った私が見つけられずに、夕方見に行った邑瀬氏が見つけたなんて、羨ましい限りです。
遅れていた春が、北遠・佐久間にやって来ました。
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北遠の雪で冬を感じていたら、富山県からさらに厳しい冬景色の写真が届きました。
佐久間を「心の故郷」と感じてくれている氷見市の坊さんからの写メールです。
昨日16日は 午前中快晴。手前が海岸そして富山湾、その向こうが立山連峰です。海の上に山があるのは絶景です。もう少し気温が高ければ蜃気楼が見られるところですが、とにかく寒いです。本物を見に来てくださいね。
坊さんこそ、もう少し暖かくなったら、また佐久間にいらしてくださいね。お待ちしていま~す!
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1月25日には凍結して涸れていた水窪の名勝「布滝」でしたが、2月17日には再び白い三筋の糸が流れていました。岩壁の一部には氷柱も残り、今までに見た中では一番きれいな「布滝」です。
前回は河内浦の集落から上にはノーマルタイヤでは登れませんでしたが、運好く山住神社までは通行可能。県道389号水窪森線の入口には相変わらず「チェーン必要」の看板が立ち、神社付近の道路脇には残雪が。そして、山側の斜面から湧き出した水は凍りつき、美しい氷の壁ができていました。
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帰り道では雪もチラつき始めましたので、週末には再び路面凍結の恐れがあります。「ノーマルタイヤでもOK」とは、とても言えませんが…。
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「ユキワリソウ」と言えば、サクラソウ科サクラソウ属の多年草ですが、雪解けを待たずに顔を出す植物「雪割草」の別名を持つ植物は他にもあります。
春一番に顔を出す山菜「フキノトウ」も、別名「雪割草」。もう、こんなに大きくなって来ました。
「春の皿には苦味を盛れ」―この格言は、「雪割草」のためにあるような気がします。
気田川が天竜川と合流する辺り、千草の山の斜面で出会いました。蕗の薹?雪割草?あなたは、どちらの名前で呼びますか?
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今朝(2月17日)6時の地震は、マグニチュード3.8と発表されました。
最近群発している地震の震源地と同じ、北緯34.9度、東経138.0度ですが、気になりますね。深さ20キロでした。
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「西浦田楽の写真をもっと見たい!」と、お願いしたところ、新たに4枚の写真が届きました。
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写真は、地能の「御子舞」「地固め」「高足もどき」と「舟渡し」でしょうか?
「西浦の田楽」は、養老3年(719)に僧行基がこの地を訪れ、正観世音の仏像と数個の仮面を作り、その年から田楽が始まり、今日まで綿々と伝えられている伝統芸能である、とされています。
写真を見ると、2月9日~10日に見逃した悔しさがますます募って来ます。来年こそ…。
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浜松市天竜区佐久間町の特別養護老人ホーム「さくまの里」(太田茂施設長)で15日、マグロの解体ショーが行われた。
新鮮な生魚を見る機会が少ない山間部のお年寄りを元気づけようと、同ホームの栄養士らが初めて企画。鮮魚の卸小売業を営む「魚照」(同市中区)の嶋野隆章社長らが同ホームを訪れ同日朝に仕入れたばかりのメバチマグロをさばいた。
めったに見ることのできない解体ショーを一目見ようと、デイサービスの利用者や近くの託児所「保育ママ事業所ぽこぽこ」の子供ら約80人が詰め掛けた。マグロが豪快に切り分けられると、大きな歓声が上がった。利用者らはさばかれたばかりのマグロを昼食で味わい、鮮度抜群の高級魚に舌鼓を打った。(「静岡新聞」より)
私は、テレビでしか解体ショーを見たことがありません。面白いニュースですね。
15日午後9時2分ごろ、浜松市天竜区春野町で震度1を観測する地震があった。気象庁によると、震源地は静岡県西部で、震源の深さは約10キロ。地震の規模はマグニチュード2.6と推定される。(「静岡新聞」より)
いやいや、またですか?気づきませんでした。春野の人たちは心のどこかに不安を抱えての毎日でしょう。大事にならないことを願っています。
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しゅん‐こう【竣工/竣功】[名](スル)建築工事や土木工事が終了すること。落成。
…だとしたら、「竣工」と「竣功」とに区別はないようなのですが…
春野町筏戸大上(いかんどおおかみ)の熊切川に架けられた県道263号「新筏戸橋」ではなく、歩行者専用の「筏戸橋」は「昭和32年12月竣功」で、さらにすぐそばに残るコンクリート製の吊り橋の主塔には「昭和12年2月竣工」と書かれています。
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「別にいいじゃん」と言えばそれまでですが、何だか気になります。建設会社が違うための「大人の事情」でしょうか?それとも、「工」と「功」との間には、こだわらなくてはいけない理由があったのでしょうか?
しかも、「竣」という字は常用漢字でないため、新聞各社は使いたがらないようです。「落成・完工・完成」というのが、新聞用語。
どうせなら、「新筏戸橋」も確認しておけば良かったのですが、旧「筏戸橋」と旧々「筏戸橋」だけを見て来てしまいました。ダメじゃん、斉藤さん!
昨日(2月15日)午前9時47分、秋葉神社第2・第3駐車場へと向かう道に、松とヒノキの倒木があり通行できませんでした。
現在、スーパー林道は冬季閉鎖期間ですが、秋葉神社上社と第2・第3駐車場までは神社の整備により通行できます。ところが、前日の雨により、駐車場まであと1キロ地点の看板が立つ場所で路肩が崩れ、小さな木が2本、崩土とともに道をふさいでいました。
私はすぐに車を反転させ、後続の車に伝え、神社社務所に走り、この旨を通報しました。
その後、後続の車に乗っていた株式会社フジヤマの2人が、「木だけは隅に除けて来たけど、崩土があるから…」とのことでしたが、あとは神社が片付けてくれたはず。第1駐車場に停めれば問題ありませんし、おそらく既に問題は解決していると思いますが、一応ご注意を呼びかけておくことにします。
浜松市主催の「バイオマス利活用セミナー&交流会」の案内が届きました。
株式会社リサイクルクリーン取締役営業部長・鈴木宏人氏による「BDFの実用化と拡大について」、NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員・古屋将太氏による 「浜松で賢くバイオマスを利用する」の講演を聴いた後、参加者の交流会が予定されています。
■日時:平成24年2月24日(金)13:30~16:00
※セミナー13:30~15:30、交流会15:30~16:00
■場所:保健所3階 大会議室
■対象:バイオマス関連事業者及び市民
■定員:70名
定員には、まだ少し余裕があるようです。詳細は、「バイオマス利活用セミナー&交流会」.docを今すぐダウンロード !
2月15日午前9時35分に秋葉山から撮影した白い雲海。厚い雲の下を気田川が流れ、雨上りの水蒸気を冷やして雲を発生させているようです。
雲海の「海」の「氵」を「木」に代えれば「梅」。気温が上がった秋葉山麓では、白梅もようやく花を咲かせ始めました。
でも、週末はまた寒くなるらしいですね。昔から「三寒四温」とは言いますが、まだまだ「三寒二温」くらいですね。
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佐久間町の浦川地区、「川合花の舞」で知られる川合のお寺、川合院(せんごういん)のすぐ隣りに、「旧川合尋常小學校」の文字が刻まれた石柱と着物姿の小学生の像が建てられていました。
もしかしたら、ここが旧「川合尋常小学校」跡…?
「浦川学校川合分校」が設立されたのは、明治7年(1874)。同19年(1886)には小学校令により「川合尋常小学校」となったはずです。
その後、昭和16年(1941)には国民学校令により、尋常小学校は消滅し国民学校が設置されましたが、旧「川合尋常小学校」は、同12年(1937)4月に浦川小学校に統合されましたので、「尋常小学校」の名前はそのまま。
小学生の像は草履履き。布のかばんを肩から掛け遠くを見つめています。昭和52年(1977)10月に「川合同窓会」によって建てられたものです。校舎が建てられていたのは、その下の広場だったのでしょうか?
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ところが、不思議なことにしいたけが出始めると、決まって何物(原文のまま)かにぬすまれてしまっていました。
村人たちは、はらが立つやらがっかりするやらでしたが、だれのしわざかわかりません。
「もしや、この中にだれか悪いことを考える者がいてがいて(原文のまま)、こっそりぬすむのではないか。」
こんなうたがいをもつ者もいました。
しかし、考えてみると村にはそんな悪い人は一人もいません。それに、ぬすんだところで山の中の一本道、どこかで見つかってしまうはずです。
「人間でないとしたら、きっと動物の仕業にちがいない。」
村人たちは山に入って交代で見はることにしました。
ある夜のことです。何か気配がしたかと思うと、どこからともなく坊主頭の大男があらわれました。
「やっ、来たぞ。」
「こらっ、何者だ。」
村人たちは口々に叫んで大男を追いかけました。
ところが、とたんに大男のすがたは消えて、あとには大きな岩が一つあるだけでした。
「おかしいなあ。たしかに大男を見たんだがなあ。」
みんな、なっとくがいきません。
翌日、村人たちは猟師と猟犬をたのんで、その岩を囲みました。
「この岩だ。こいつがあやしいぞ。」
そのときです。突然猟犬がその岩に向かってはげしくほえたて、どっとおそいかかりました。
すると、大岩がたちまち一匹の大猿にすがたをかえたではありませんか。大猿と猟犬とのはげしい戦いがはじまりました。
「おお、やっぱりこいつだ。しいたけどろぼうだ。うってしまえ。」
ズドーン。
一発の銃声が山々にひびきわたりました。
大猿を退治してからは、二度と平沢のしいたけ山には大入道はでなくなったということです。
◆ ◆ ◆ ◆
大猿の写真を載せようと思ったのですが、シイタケの写真にします。何かにかじられた痕がありましたが、猿だったのでしょうか?
■「たつやま昔話」INDEX
たった今、放送されたNHKテレビ『ニュースウォッチ9』を視ましたか?「ハコモノを減らせ 浜松市の模索」として、老朽化した公共施設の維持経費の増大の問題解決のために、ハコモノの廃止、解体を進めて行く取り組みが紹介されました。
ハコモノを造り続ければ、やがてこんな時期が来ることは当たり前のこと。私は、ずい分前から懸念していました。かつて役人たちの間には、無駄ではあってもハコモノを造ることが行政の成果を見せることだ、という安易な考え方があり、未だにそれを自分の仕事として自慢している人もいます。
施設の解体、処分にも費用がかかります。放っておけば、危険な廃墟となるだけです。
未成線「佐久間線」の遺構である相津トンネルが、ワインセラーとして民間活用している事例の紹介もありましたが、「3年後までに300施設」が廃止目標であるとして、北遠の施設名がズラリと並んでいる計画書がテレビ画面に大きく写っていました。
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津和野町は、山林の間伐促進や地域経済活性化に向けた社会実験として昨年10~12月にNPOや県などと共に行った「山の宝でもう一杯!プロジェクト」が想定以上の実績を収めたため、2012年度に通年の事業として取り組むことを検討している。
町農林課によると、町内面積の約9割が山林で、うち約3割がスギやヒノキの人工林。木材価格の低迷などで間伐されず、伐採されてもその場に放置されることが多く、山林の荒廃が進んでいる。そこで町は昨年、間伐材などを指定業者に出荷した山林所有者や集落に助成するプロジェクトに取り組んだ。
間伐材の買い取り価格は1トン当たり3000円で、ほかに町内で使える商品券3000円分が上乗せされた。木材はチップに加工され、町内にある温泉のボイラーで燃料とすることで、間伐促進と資源の地域内循環、町内の消費拡大を狙った。
町は、参加者想定を20~25人、出荷目標を150トンとしていたが、実際には28人が山に入り、計237トンを出荷した。この結果を受けて町は12年度、1年間で1000トンの出荷を目標に事業化することを検討している。
同課は「木質燃料の需要は増えている。研修も継続し、週末や農閑期に間伐などで山林に入る人や集落の増加につなげたい」と話している。(「毎日新聞」より)
間伐促進が成功している嬉しいニュースです。北遠の山の間伐材も、行政が買い上げて使うという具体的な施設はないのでしょうか?
浜松市天竜区水窪町の廃校舎を利用した「ミナの森にしうれ小学校」を拠点に中山間地域の活性化に取り組むAw‐One企画(上嶋常夫代表)は3月11日、同所でオープニングイベント「いっかもないで、ミナの森へいかまいか!」を行う。同町を舞台にした映画製作に向け、イベントを皮切りに活性化プロジェクトが本格的に始動する。
イベントの目玉は5月に撮影開始を予定しているファンタジー映画「果てぬ村のミナ」のオーディション。メガホンを握る瀬木直貴監督(48)の意向で、地元からも出演者を募る。参加者にはグループになって演技を披露してもらうことを予定している。対象年齢や性別などは設けない。
9、10日は瀬木監督ら関係者が同町を視察し、標高千メートル近い集落などを訪れた。映画は水窪町をモデルにした村に、少女が60年ぶりに帰ってくるという物語。瀬木監督は「自然と向き合って暮らす人間の強さを感じる。決して景観の良さだけでなく、人々のメンタリティーを描写したい」と語る。
イベントでは遠州弁をモチーフにしたキャラクター「だら衆」の人気投票も実施する。地場産品の物産展も行い、収益金の一部は東日本大震災の復興支援金に充てる。
オーディションの申し込みや問い合わせは「ミナの森」事務局<電053(451)3035>へ。(「静岡新聞」より)
いよいよ撮影開始が近づいて来ました。5月なれば、新茶の緑が美しい水窪の風景が撮れるでしょう。期待しています。
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僧形の地蔵菩薩は村境や辻に建てられることが多く、いつの間にか「結界の守護神」である「賽の神」や「道祖神」と同一視されるようになって来ました。
そんな例ではないかと思われる地蔵菩薩を、春野の和田之谷で見かけました。見かけは、ただのお地蔵さまですが、足元の蓮華座の下には、穴開き石と丸石とが供えられています。
穴開き石も丸石も、春野ではしばしば見かける風習。穴開き石は、「穴が通る=よく見える、耳が通る」として、眼病や耳だれの回復祈願に供え、丸石も道祖神などに供えることが多いとされています。
村境や辻は異郷や他界との連絡路であり、遠くから来臨する神や霊もここを通ります。また外敵や流行病もそこから入って来る場所。それらから集落を守るために供えられた穴開き石であり、丸石だろうと思います。
丸石は川でも拾えますが、穴開き石は、海岸でなければなかなか見つかりません。そんな珍しい穴開き石を春野で見かけるのには、北遠の中では海とのつながりが強いことに理由があるのかも知れません。
たまたま、私の手元に、御前崎で拾った小さな穴開き石があります。もしも、これを供えたら、いいことがあるかな?
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以前にも紹介した、天竜川の吊り橋「秋葉橋」―国道152号の横山トンネルの北口付近、横山橋と雲名橋との間に架けられています。
名前は気田川の「秋葉橋」と同じですが、こちらは天竜川最長、最恐(?)の吊り橋の1つであり、時速20キロ以下の徒歩、自転車、50cc以下のバイクのみ通行可能となっています。
今回は、横山側からのアクセスですが、ところどころ補修された痕の残る板張りの路盤からは河川敷が覗きます。頼りないネット張りの高欄に寄り掛かることはできません。
全長205メートルの途中までは行ってみたのですが、もうこれ以上は無理!路盤の下はトラス構造で支えられてはいるので揺れは少ないのですが…。もう、無理!無理!絶対に無理!もしも、あっちからバイクが来たら…。
私の目の前の枝に、突然、1羽の鳩が現れました。「どう?私を撮ってみない?」。
鳩など撮らなくても良いと思いましたので、行こうとすると、「撮らないの?アオバトよ」と言っているようです。「じゃあ、撮ろうかな」。「こんな感じ?それともこう?」とポーズを取ってくれます。
「アオバト」を漢字で書けば「青鳩」ですが、日本の「青」とは「緑」を含みます。浜名湖周辺に棲息している話は聞いていましたが、ここは佐久間の山。まさか、ここで「アオバト」と出会うとは思いませんでした。
「どう?もう行ってもいい?」「いや、もうちょっと下に来て!」「はいはい。キレイに撮ってね」。
肩から羽にかけてもオリーブ色の「アオバト」は♀。「ありがとう。撮れたよ」「じゃあ、私は行くわね」。地域によっては絶滅危惧種にも指定されている「アオバト」との短い出会い。キレイに撮れたかどうかは別にして、何とかピントが合っていました。
天竜川の支流。磐田郡水窪町・周智郡春野町・天竜市の1市2町にまたがって流れる。前黒法師岳から黒法師岳に至る山稜南斜面に源を発し、門桁国有林地帯を南流し、支流をいくつか合流させて天竜市千草と上島の間で天竜川に合流する。(「角川日本地名大辞典22静岡県」より)
「日本一・きれいな川」気田川の大正~昭和初期の姿を、古い絵葉書の中に見ることができます。
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| 遠州氣田ヨリ勝坂不動戒光院ヲ眺ム | 遠州氣多村舊宮川釣橋 |
「遠州氣田ヨリ勝坂不動戒光院ヲ眺ム」は、平木から見た風景。昭和4年(1929)6月に運用が開始された気田発電所が見えています。
「遠州氣多村舊宮川釣橋」は、大天狗の面で知られる天狗広場の近くにあった橋。現在の「宮川橋」は平成3年に完成した全国初の免震橋。それまで架けられていた旧「宮川橋」は、「秋葉橋」によく似た中路式のトラス橋。
…となると、この吊り橋は、その前の旧々「宮川橋」?
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| 秋葉山、東登山口、秋葉橋 | 氣田川の淸流と秋葉橋 |
「秋葉山、東登山口、秋葉橋」「氣田川の淸流と秋葉橋」は、現在も残る(1926)6月に完成した中路式のトラス橋が写っています。「氣田川の淸流と秋葉橋」の橋の下には、何枚かの筏が写っているのが見えるでしょうか?
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| 氣田川風景 | 丸山ヨリ秋葉山ノ遠望 |
「氣田川風景」「丸山ヨリ秋葉山ノ遠望」は、ともに大正時代の写真。おそらく、気田川の下流、天竜川との合流に近い地点の写真だと思います。
これが、80~100年前の気田川の清流。今でも変わらない風景も、変わってしまった風景、これが気田川に流れた真実の時間です。これが、間違った時間の流れでなかったのなら良いのですが…。
●清流として知られる気田川では、カヌー遊びも大人気…
●「春野町」は清流の町。「気田川」を中心に大小合わせれば、何と182本もの川が…
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先ずは、枯れた松で見つけた巨大な「ツガサルノコシカケ」です。大きさが分かりにくいかも知れませんが、直径は30センチ以上。松の木はずい分前に枯れたように見えましたが、生命力の強い「ツガサルノコシカケ」はまだ生長しているようです。
赤い実がなっているのは「ヒイラギモチ」。モクセイ科モクセイ属のヒイラギとは違い、モチノキ属モチノキ科。中国原産の常緑樹で、ヒイラギと同じように葉の縁に針状の鋭い刺がありますが、葉の形は四角形。見慣れたヒイラギとは少し違っています。
2012年最初の秋葉山登りは、こうして無事に終了。やっぱり道草は最高です!
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「三尺坊さま」と呼ばれている「秋葉寺(しゅうようじ)」は、秋葉山の山頂に祀られている秋葉神社から、表参道を少し下ったところに鎮座しています。
神仏混淆の明治以前にはともに山頂にあった神社と寺院ですが、神仏分離令後の幾多の変遷を経て、明治13年(1880)に復寺。同34年(1901)、昭和18年(1943)、同25年(1950)の3回にわたる山林火災により、本堂も鐘楼も失われてしまいましたが、仁王門は消失を逃れ、「安政五年十月十一日 二品中卿幟仁親王」染筆の「秋葉大権現」の額が掲げられています。
以前にも紹介した通り、「二品中卿幟仁親王」とは幕末~明治期の皇族「有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみやたかひとしんのう)」のこと。可睡斎「御真殿」に掲げられている「秋葉總本殿」の字を書いた有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)の父親です。
「秋葉大権現」の額は本来、浜松市中区田町に建てられていた鳥居に掲げられる予定だったもの。「秋葉大権現」の額を秋葉神社に掲げるわけにはいかず、「秋葉寺」に引き渡されたとも聞いています。
もちろん、勅額に準ずる額でしたので戦時供出も免れ、引き続き再建された仁王門に掲げられているという経緯です。
…などという難しい歴史など知らなくても、古い絵葉書を見れば一目瞭然。戦前のものと思われる「山門(秋葉山)」と「二品中卿有栖川宮幟仁親王殿下染筆大額(秋葉山)」の写真が印刷されています。
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JA遠州中央「ときめき」2012年2月号の表紙に、チェーンソーカーバー(彫り手)の中谷博彦さん(69)が登場しました。
「この人に聞く」の記事を紹介します。
チェーンソーカービングに魅せられて
私が住む浜松市天竜区水窪町は、周りを山林に囲まれた、人工林(スギ・ヒノキ)の多いところです。木材価格が年々低迷していく中で、間伐材の細いものは山に捨てられ、太い直材でなければ売れない時代になってきました。「このまま捨てられてしまう曲がった部分を何かに利用できないか」と考えたとき、愛知県北設楽郡東栄町で「チェーンソーカービング」をやっていることを耳にし、私は【マスターズ・オブ・ザ・チェンソー東栄】というカービングのクラブを訪ねることにしました。
2002年にクラブに入って、初めのころにクラブの内藤済さんや、東栄町にカービングを広めたアメリカの永久チャンピオン、ブライアン・ルースさんに教わりました。それからは自宅の作業場や、土・日曜にクラブに通って他の人の作品を見ながらひたすら自主練習を重ねていきました。
チェーンソーカービングとは
チェーンソーカービングは、その名の通りチェーンソーを使って丸太を彫刻することです。使うチェーンソーは彫る箇所に合わせて大きさを変え、装着するカービングバーも専用の先端の細いものを数種類使い分けます。チェーンソーの扱いは危険ですので、ゴーグル、安全靴、手袋、“チャップス”という安全防具、防音用イヤーマフなどを装備して行ないます。
本的に使う木の形や大きさに決まりはありません。曲がり、穴開き、二股、割れ目の入った木もあります。彫るものをイメージして、木目を意識し、どう加工していくか事前に考えます。刃の当て方に注意し、いかにバリ(加工する際、縁などにはみ出た余分な部分)を出さないように彫るかが難しいです。これは経験が物を言うところですね…。
競技大会にも参戦
2005年ころから3回ほどチェーンソーカービングの大会にも参戦しました。日本中、また海外からもカーバーたちが集い、2日間かけて行なわれます。ベンチやプランターなど実用性のあるものを彫るクイックカービングと、直径40㎝ 高さ120㎝ くらいの丸太を彫るメインカービングがあり、メインカービングではテーマが示され、彫る木は抽選で割り振られます。休憩を挟んで3時間半という長丁場なので、精神的にも体力的にもきついものがありますが、チェーンソーをうならせて50数名のカーバーが彫刻していく競技場は、かなり迫力がありますね。彫刻した作品は、テーマとの合致度・制限時間内に完成できたか・加工残りはないか・節や木目など木の特徴をうまく生かしているか・全体のバランスなどについて審査されます。
私が2008年に出場した【チェンソーアート競技大会in東栄】では、鯉をモチーフに彫り、ビギナークラスですが約20 人の中から優勝することができました。「やっとワンステップ上がれたかな」と、うれしさもひとしおでしたね。クイックカービングの作品は学校などに寄付され、メインカービングの作品は、その日のうちに会場でオークションにかけられ、来場客などの手に渡っていくんですよ。
無限の追求
知人から依頼があり、浜松市が政令指定都市になったのを機に市のマスコットキャラクターとして決まった「ウナギイヌ」を6体ほど彫刻して市に贈ったり、地元水窪の商店街通りや交流所、山の駅、天竜浜名湖線の無人駅、幼稚園、清瀧寺、道の駅「いっぷく処横川」など、私が彫った作品は、いろいろな場所に置いていただいています。今年のお正月には、JAの「見付どっさり市」の出口に干支の辰の彫刻を展示してもらいました。多くの人に作品を見てもらえたらうれしいですね。
よく動物などの彫刻もしますから、チェーンソーカービングを始めてからというもの、普段何気ないときにも動物の目・耳などの位置や骨格、それぞれの特徴がどうなっているのかを気にするようになっていました(笑)。でもこれがポイントで、基になるものを知っておかないと、作品作りのときにイメージできなくなるんですよね。
チェーンソーカービングは、捨ててしまうような材木を再び生かして作りますし、ひとつの材木から無限大にいろいろなものを生み出せます。技量向上のため、いつまでも勉強を続けていかねばと思っています。チャンスがあれば、また大会に出てみたい気持ちはあります。私をとりこにした終わりのないチェーンソーカービング…まだまだ楽しんでいきたいです。
中谷博彦氏には、2010年に開催した「北遠の森林の豊かさを知ろう・水窪!」の時に、お世話になりました。作品は、チェーンソーアートの北遠の「龍」です。
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北遠の風景にピッタリとマッチする壁掛けポスト「郵便差出箱2号」が、船明(ふなぎら)にもありました。
逓信省、郵政省、総務省郵政事業庁、日本郵政公社と続いた日本の郵政事業は、平成19年(2007)に民営化。郵便の集配に関する業務は、郵政事業株式会社が引き継いで運営しています。
「郵便事業株式会社」の通称は「日本郵便」。かつての「郵〒便 POST」と書かれたポストには「JP POST 日本郵便」のシールが貼られています。
これまでに見てきた壁掛けポストに貼られたシールは、「郵〒便 POST」の文字の下に貼られていたのですが、船明では「POST」の文字を隠すように貼られていますが…?
でも、シールの位置に特に意味があるわけではなく、民営化前の郵政公社になった後には「日本郵政公社 JAPAN POST」というシールが貼られていたはずですので、きっとその上に貼られたのでしょうね。
秋葉詣の帰り道は、期待通りの雪模様。鳥居跡の礎石も雪に覆われ、小粒だった雪は、次第に大粒に変わって来ました。
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遠くの景色も霞んで見え、送電線鉄塔の絶景ポイントからは富士山も見えてはいたのですが、写真には写りません。それどころか、気田川から吹き上げる風に乗って、視界が塞がれるほどの吹雪になりました。
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「一服する?」「一服しよう」。
テーブルの上に荷物を降ろし、しばし横殴りの雪を眺めます。
「かなり冷えて来たねえ」「手が冷たい」「さあ、行こうか?」「うん、出発!」。
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それでも、坂下に近づくにつれて雪も小降りになり、石畳を下りる頃には、真冬だった秋葉道はすっかり「立春」に。狐ならぬ小天狗につままれたみたいな1日でした。
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雪の舞う152号線を北上し、「西浦の田楽」に行ってきました。行った気になってもらえたら嬉しいです。
最初の「地固め」と、深夜12時前後の舞や神事の写真を送ります。「猿の舞」「ほた引」「舟渡し」まで。仕事を控えていたので、これで帰りました。
ここからさらに盛り上がってくるはずですが、来年以降の楽しみにしたいと思います。「花の舞」もそうですが、これほど火に関わりのあるとは思ってませんでした。やはり現地で見ないと分からないものです。しかし身体はかなり冷え切ってしまいました。修行が足りませんね。
こんなメールと一緒に、「西浦の田楽」の写真が届きました。「誰か、写真を送ってくれないかなあ」と淡い期待を持っていたところでしたので、大喜び!
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炎に浮かぶ臨場感たっぷりのショットです。皆さんも一緒に雰囲気を味わってください!
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(長野)県は9日、「野生鳥獣被害対策本部」(本部長・阿部守一知事)を県庁で開き、ニホンジカなどの有害鳥獣の捕獲を支援する「広域捕獲隊」の編成や、防護柵の設置などの2012年度事業を確認した。
広域捕獲隊は県内10カ所の地方事務所単位で編成し、市町村が進める捕獲を支援するのが狙い。
地区の代表や狩猟免許を持つハンター、設置したわなの見回りなどをする補助者ら10人程度で構成し、市町村と協議して捕獲区域や時期を決める。事業費は緊急雇用創出基金でまかなう。
防護柵は、77市町村のうち51市町村に設置する予定で、国交付金の活用で12年度中に完了する見通し。
自然公園内の植物をニホンジカの食害から守る事業も展開し、美ケ原高原(松本市)など県内3カ所で計1.6キロの防護柵を設置する。
狩猟に携わる人材を増やすため、わな漁免許の試験を6月に追加し、狩猟免許試験を計4回にする方針だ。(「中日新聞」より)
平成22年7月31日昼、金原康廣氏が水窪の「黒法師岳」と「バラ谷山の頭」の麓を撮影した写真です。ニホンジカの大きな群れ。個体数が増えて餌が不足し、ニホンジカは人里近くに下りて来ています。
国指定重要無形民俗文化財の「西浦(にしうれ)の田楽」が旧暦の1月18~19日に当たる9日夜から10日朝まで、浜松市天竜区水窪町西浦地区の観音堂で奉納された。1300年の伝統を受け継ぐ能衆らが夜通し舞い続け、五穀豊穣(ほうじょう)や無病息災を祈願した。
厳しい冷え込みにもかかわらず集まった多くの観衆が見守る中、能衆全員が詞章を唱える「庭ならし」で地能が幕開け。「御子舞」「猿舞」など33演目を行った後、はね能では躍動的な舞を繰り広げた。今年はうるう年(旧暦)の舞も加わった。西浦の田楽は719年(養老3年)、水窪の地を訪れた行基が仏像と仮面を作ったことが始まりとされる。(「静岡新聞」より)
袴姿で扇子を持って舞っている写真は、「はね能」の「高砂」でしょうか?来年こそ、出かけてみたいと思っています。
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奈良時代から伝わる国指定重要無形民俗文化財「西浦(にしうれ)田楽」が9日夜から10日朝にかけて、浜松市天竜区水窪町西浦地区の山あいにある観音堂で奉納され、大勢の観客が幻想的な舞を見守った。
午後9時すぎ、能衆と呼ばれる羽織姿の演者らが境内に登場。「庭ならし」から始まり、鈴と扇で神との祭りの場を清める「御子舞」、地を踏んで悪霊を追い払う「高足」などを次々と繰り広げた。
西浦田楽は719(養老3)年が起源と伝えられ、五穀豊穣(ほうじょう)や無病息災などを祈願する神事。旧暦1月18日の月の出から翌日の日の出まで夜を徹して行われる。地元では「観音様のまつり」と呼ばれ、能衆の役割は世襲されている。(「中日新聞」より)
残念ながら、今年も見に行くことができませんでしたので、新聞の記事で紹介します。
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佐久間ダムの着工は昭和28年(1953)4月、竣工は同31年(1956)10月。わずか3年半の工期でしたが、佐久間の山里は日本中からの注目を集め、おおいに沸き上がりました。
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「日々殷賑を極める 中部。半場。佐久間の三部落全景」の写真がいつ頃に撮影されたものかは分かりませんが、天竜川に架かっているのは「なかっぺ橋」と、三信鉄道から昭和18年(1943)に国有化された飯田線の旧「天龍川橋梁」のみ。「殷賑」とは、活気があって賑やかなことの意味です。
さらに2組のパノラマ写真が使われた絵葉書を見てみましょう。
「電源開發KK佐久間建設所(手前の建物)と高台左に望見される間組大天龍建設事務所とアトキンソン社出張事務所」
「手前の部落が佐久間村半場資材運搬の○橋が架けられ熊谷組の飯場が天然の流れに沿って建てられている」
佐久間ダムの工事に関しては、間組・熊谷組・アトキンソン社連合が受注し、ダム本体工事を間組、発電所工事を熊谷組が担当しました。
「堰堤に至る道路(山腹に切り拓かれた資材運搬路風景)」
「發電所建設個所(山添コンクリート橋附近)寫眞中央の鐵橋は廃棄され今の鐵橋より少し南に変更迂廻する)」
佐久間ダム建設に伴う飯田線の付け替え路線の営業開始は、昭和30年(1955)11月11日。まさに、ダム建設中、飯田線の新路線工事進行中の撮影だと思われます。
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「(サクマダム)大天龍に架せる資材運搬用鉄橋工費一億七千万円」に写っているのは「B型鉄橋」と呼ばれている「中部大橋」。背景の山には、すでに送電線の鉄塔が建っていますが、「(サクマダム)サクマ発電所と殿島部落の遠望」には送電線が見えません。発電所の手前には、路線変更され架け替えが行われた新しい「天龍川橋梁」が少しだけ見えています。
しかし、他人様頼りの繁栄は長くは続きません。あっと言う間の3年半でした。
小松秋葉大鳥居 一基
小松秋葉山常夜燈 一基
平成十七年三月二十四日指定
小松秋葉大鳥居は、文政五年(一八二二)に建立されたと伝えられる石造りの鳥居です。高さは七・三メートル、柱と柱の間六・〇メートル、柱周り二・一メートルで、石造りの鳥居としては遠州地方で最大とされています。また、田町の唐金(青銅製)の鳥居が「一の鳥居」、小松の鳥居が「二の鳥居」とも呼ばれました。
小松秋葉山常夜燈は、明和五年(一七六八)に小松村の人々によって秋葉街道沿いに建立された石燈籠型常夜燈で、現在は鞘堂の中に納められています。常夜燈の高さは一七六センチメートル、正面柱部分に「永代常夜燈」、正面から見て右側に「明和五戌子年六月吉日」、左側に道標を兼ねて「右あきはみち」、裏面に「願主小松村村中」という銘文が刻まれています。
大鳥居、常夜燈ともに秋葉信仰の象徴的な存在として、大変貴重なものです。
平成十九年三月二十八日設置
浜松市教育委員会
明和5年建立の常夜燈は、現存する秋葉山常夜燈の中では最も古いものに属します。当地では「龍燈」と呼ばれる鞘堂の欄間は、「龍」の彫刻で飾られています。
浜北区の「遠鉄小松駅」西の角に立つ大鳥居が「二の鳥居」と呼ばれたのが、秋葉山表参道の「一の鳥居」を「一」ではなく、あえて「三の鳥居」から数えている理由でしょうけど…。
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
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秋葉神社神門は昭和十八年の大火に類焼を免れ、秋葉山として栄えた江戸時代の俤を偲ばせる唯一の随身門である。
入母屋造りで、間口10米(五間四尺)奥行約六米(三間二尺)の宏荘な建物で、鮮麗な朱泥を塗り屋根下周囲には精巧な彫刻を施してある。文化九年(一八一二)諏訪三郎の作にて、建物は天保二年(一八三一)六月二十八日、信州上諏訪の住人立川内匠富昌、和蔵久子、立川次右衛門富保、喜三郎父子の手に依って再建された棟札が保存されている。
平成5年3月25日に旧春野町教育委員会によって建てられた「町指定有形文化財 秋葉神社神門」の解説看板です。
「浜松市制100年」なんて、甘~い、甘い。秋葉神社随身門が建てられてから、今年で丸200年です。
山を下り始めたのは、午後2時15分。雪がチラつき出した表参道を、いつものように楽しく帰りましょう!さあ、帰ろ、帰ろ!
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●秋葉山本宮秋葉神社の少し奥の山道を下った辺り…
●写真は、「秋葉山本宮秋葉神社」上社「随身門」の柱です…
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NPO法人「天竜川・杣人の会」事務局のM氏を訪ねたところ、勤務先の会社の受付に、金屏風の前に龍の置物、昭峰作「開運 干支」が鎮座していました。
干支の置物は毎年、M氏が購入して飾っているとのこと。忍者ハットリくんのくるくるほっぺのような赤い渦巻き模様が、白い龍に描かれていて、縁起の良い紅白になっています。
「くるくるほっぺ」で思い出したのですが、2月26日に開催される「天竜材家づくり大円卓会議」への参加の確認がありましたので、「参加します!」と申し込みお願いして来ました。
「くるくる→円卓」。ちょっと無理があったかなあ?皆さんは、もう、申し込みましたか?
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
浜松市は、高齢化や過疎化が進む天竜区などの中山間地で集落のお年寄りの生活支援やまちおこしなどの活動をするNPOを支えるための新たな交付金制度を来年度・平成24年度から始めることになりました。
浜松市では、北区の一部と天竜区の中山間地に人口の半数以上が65歳以上という集落が100余りあって、高齢化や過疎化への対応が課題となっています。
こうした地域では浜松市が認証する10余りのNPOが▽独自のタクシー事業や▽認知症の高齢者への生活支援などの活動を行っていますが、浜松市ではNPOの活動を資金面から支えることで集落への支援をさらに充実させようと来年度から新たな交付金制度を始めることになりました。
制度ではNPO法人から事業の提案を受け浜松市で審査をした上で交付金を支払います。
1年間だけの事業だけではなく複数年にまたがるものにも活用することができます。
浜松市では来年度の予算案に交付金としてまず1億円を計上し来年度からの10年間であわせて6億円の支援を行うことにしています。浜松市では「▼中山間地の交通問題や▼医療や福祉サービスの確保、それに▼地域のまちおこし事業などに取り組むNPOを応援していきたい」と話しています。(「NHK」静岡県のニュースより)
北遠地域活性化に向けての注目ニュースです。
佐久間ダム建設当時、天竜川右岸から中部の風景を撮影した2枚のパノラマ写真が、古い絵葉書に使われています。2枚のパノラマ写真を使った4枚の絵葉書は、モノクロとカラーの違いはありますが、写真の構図、角度などはほとんど同じ。よく見ないと、その違いが分かりません。
モノクロの2枚は「天龍川佐久間ダム附近の全景」とされ、左は「骨材採集所及び原田橋の景 左方は間組飯場」、右は「ダム工事の基地佐久間村中部及び発電所の遠望」。
現在の佐久間高校がある場所に、「骨材採集所」らしい施設が写り、河川敷には数台の重機が見えます。
カラーの2枚は「日本一を誇る天龍川佐久間発電所」とされ、左は「ダム下流原田橋附近の景 THE SAKUMA DAM」、右は「佐久間村中部及び発電所の遠望 THE SAKUMA DAM」。すでに、モノクロ絵葉書に見られる「骨材採集所」の姿はありませんので、こちらの写真の方が、後で撮影されたものと思われます。
さらに、カラー絵葉書には、「「31.10.30 閲 市川」のスタンプが押されていますので、ダムの完成式が催された昭和31年(1956)10月15日の直後に購入、あるいは配布されたもの。
今を溯ること約55年―ダム景気に湧いた当時の佐久間の風景が写っています。
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2月4日は、新年第1回目の「極参会」の秋葉詣です。神社の拝殿に上がり、ご祈祷を受けることにしました。
拝殿では以前のように畳の上に正座ではなく、床几に腰掛けるスタイルになっていました。ドン、ドドーン!と拝殿全体を揺るがすように大太鼓が鳴り響き、お払いを受けます。頭を垂れて祝詞奏上を聞き、代表で神前へと進み、玉串を奉納、二礼二拍手一礼をします。
これで、私たちは、1年間毎日お払いを受けることになります。記念品として、ご祈祷を受けた御神箸と火防のしゃもじを人数分いただきました。
さて、次には今年1年を占う、お御籤を引いてみることにしましょう。ちなみに、これまでの私のお御籤は「中吉」と「末吉」。あまり良い思い出がありません。100円を支払い、筒の小孔から振り出した串には「十」の文字。何となくキリの良い数字ですので、期待に胸が膨らみます。「どう?」。
「はい、十番です」と巫女さんがニッコリ笑顔で渡してくれた紙には、「第十番 運勢 大吉」。やったー!初めて「大吉」が出ました!
「斉藤さん。大吉じゃあなくて犬吉じゃあないの?」と冷やかされましたが、間違いなく「大吉」。「船の港に集るが如し 願望 自ら思ふ儘なるべし」。
良い年になりそうです。今年も秋葉山には、何度も登ると思いますが、1回1回、違った思い出ができます。自分の足で秋葉山に登れるって、本当にありがたいことです。
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「佐久間 節分草」での検索が多くなって来ました。皆さんなだけでなく、気になっているのは私も同じ。そろそろ、気配を感じても良いはずです。
皆さんの代わりに、私が佐久間町浦川上市場のあっちとこっちとを覗いてみました。
結果は、残念ながら「×」。お隣、新城市の石雲寺のセツブンソウは平年並みで開花しましたので、ここ上市場でも昨年よりは早くなることを期待しての調査でしたが、まだ蕾も見つからず…。
おまけに強い風に乗って雪が舞い始め、北遠の春はもう少し先のようです。のんびりと待つことにしましょう。
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世紀の大工事、佐久間ダム建設の古い絵葉書をたくさん見て来ました。また、佐久間ダムの建設基地であり、ダム完成後には、一躍多くの見学客を集める人気観光地へと変わった「ダムの街―中部(なかべ)」の風景も、絵葉書にはたくさん採用されています。
裏山ハイキングコースよりの遠望
中部天竜駅、中部、浦川の遠望で、つづく山脈は赤石山脈。右の山腹にあるのはサージタンク(調圧水槽)で下は佐久間発電所。
発電所の左には、付け替えられた「天龍川橋梁」が写り、その上流には通称「B型鉄橋」の「中部大橋」と吊り橋「なかっぺ橋」。
絵葉書の表面の宛名とメッセージ欄との間を仕切るのは「SAKUMADAM」の文字。「32.10.19 佐久間ダム」の記念スタンプ。完成から1年後に購入されたものだと分かります。
ダム建設中の佐久間と完成後の佐久間。ダム建設中の昭和31年の世帯・人口は4,075世帯・20,413人だったのですが、同40年には3,665世帯・16,351人、同50年には2,943世帯・10,657人、平成11年には、とうとう2,066世帯・4,558人へと激減しています。
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秋葉神社上社に到着したのは、12時少し前。手水舎の周りには氷が張り、手水鉢の水も凍りついていました。
「斉藤さん。雪だるまを作って!」「それは、業務命令でしょうか?承知しました」。
浄水で手を清める前に、先ずは雪だるまを作りましょう。雪は新雪らしく玉に握るには不向きなパウダースノー。それでも、手を赤くしながら大小2つの玉を作り、2段に重ねてみました。
でも、どうも雪だるまらしくありません。そこで今度は、黒い小石を拾って目を付けてみました。ちょっと宇宙人のような怪しい表情にはなりましたが、何となく雪だるまっぽくなって来ました。
子供じみてると笑われようが、雪の日には雪だるまを作りたくなるもの。秋葉山には達磨よりも天狗が似合うとは思いながらも、作法に沿って得意げに手を清めました。
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2012年2月8日(水)午前1時00分、春野町を震源地とするマグニチュード2.8の地震が発生しました。
震源地は、「北緯35.0度 東経137.9度」とのことですので、仇山辺りの深さ10キロ地点。
「震度1」を記録したのは、天竜区だけの狭い範囲だったようですが、昨年末から5度目、今年に入って4度目の揺れです。
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雪の青崩峠への雪中行軍の途中で、セルフポートレート写真を撮ったのを忘れていました。カーブミラーの中の若者(?)が私です。
足神神社には、「ミナの森 にしうれ小学校」の手作りポスターも貼ってありました。Mina's Caféでは、コーヒー・紅茶・手づくりチョコレートケーキ・パンピザ・ピザをいただくことができます。
「ミナの森物語」の動画配信も始まりました。「にしうれ小学校」と「ミナの森」サイトの両方へ、ぜひ、お立ち寄りください!
「ミナの森」へは、車で8分です。
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子供のころ母親から「人間怠けたらだめだよ」とよく言われてきた。特に「若いうちは、人の嫌がる仕事を先に立ってやりなさい」としつけられた。
長野県の実家では、大変な手伝いが多かった。小学生の時は、ヤギのえさにする草刈り、薪割り、風呂炊きが私の仕事で、友達と遊びたくても、手伝いを終えないと、出掛けることができなかった。親に逆らうことができず、つらかったし、恨めしく思ったこともあったが、働くことの大切さや意味、家族の役割を身をもって感じることができた。
最近、田舎の友人と話をしていたら、気になる話を聞いた。息子が成績優秀で難関大学を卒業し、大企業に就職したという。友人は息子に不自由させないために、なりふり構わず働いて、苦しい生活の中から、仕送りを続けた。しばらくして息子は結婚したが、田舎の両親のことはまったく眼中になく、音さたもないとさびしげに語っていた。
今思うと、教育とは、平素の生活の中で自然に身につけていくものだ。構えても教えても、表面的になってしまう。私の場合、豊かとは言えない環境の中、苦労して手伝いをした経験が、自分の労働観や親を大切にする心を培った。
「小さな子供で無理だし、かわいそう」と思うかもしれないが、甘やかせば、本人の将来にとって、大きなマイナスになる。幼児期から親の責任として、じっくりと厳しく教え込まなければならない。
近年、学校に教育を押しつける家庭が増えてきたような印象があるが、しつけは親の義務だ。必要以上に豊かな環境を与えず、家族の生活を支える手伝いをさせれば、社会で通用する大人への成長につながると思う。(天龍造園建設会長)
平成19年7月19日付「静岡新聞」の「窓辺」に、私たちNPO法人「天竜川・杣人の会」福井啓介会長が書いた「教育ということ」をコピーして取っていた人がいました。
「まったく、その通り」と、諸手を挙げて賛成できる内容の発言です。学校で教師が教えられるのは知識だけ。知恵や道徳、礼節などを教えるのは、親の義務です。言葉遣いもろくすっぽ教えず、何か事が起これば学校の責任を追及するなど、もっての外。
「杣人の会」の2月(第75回)定例会は次の通り開催されます。
●日時:平成24年2月18日(土) 13:30~15:30
●場所:浜松委托倉庫(株) 本社会議室
「いぼ観音」で知られる浜松市天竜区西藤平の西来院で11日、毎年恒例の「いぼ観世音大祭」が開かれる。
地元の自治会や商工会、芸能愛好会などでつくる同大祭実行委員会が主催。当日は午前9時半から大祭の読経があり、10時半から正月飾りを焼く「どんど焼き」を開始。演芸大会も始まって地域住民らが歌や寸劇などを披露、飛び入り出演も歓迎する。また名物の「いぼ観音まんじゅう」やうどん、おでんなどの販売、午後2時ごろからは「もち投げ」を予定している。小雨決行。(「中日新聞」より)
西藤平(にしふじだいら)は、阿多古川筋の上阿多古地区の集落です。西来院は上阿多古小学校のすぐ裏手。ぜひ、お出かけください!
私たち秋葉山登りのグループ「極参会」は、神道も仏教もありません。言うなれば「神仏混淆」の「秋葉講」。参道途中に祀られている「子安地蔵尊」の前でもちゃんと手を合わせます。
今回は参加メンバーの1人に孫ができたとのことで、新しい穴開き柄杓が供えられました。
ところによっては、穴の開いた柄杓をお供えすれば安産になり、出産後穴のない柄杓をお供えすれば子が丈夫に育つというという慣習もあるようですが、秋葉山の「子安地蔵尊」は、出産前にお参りをして、産後に穴開き柄杓を供えます。
「まだ、生まれたばかりでね…。あれ?斉藤さんとこも、孫が生まれただら?」「…」「柄杓、忘れたの?」。
無事のご出産、おめでとうございま~す!
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国道152号からそれ、足神神社や青崩峠に向かう林道青崩線に入ってすぐ、池島の津島神社の先に馬頭観音の文字碑が祀られています。
この道は、元亀3年(1570)、武田謙信が3万の軍勢を率いての上洛途上、荷駄部隊は兵越峠を回ったのに対し、信玄と本隊は青崩峠を越したと言われる遠信古道。「信州街道」とも「秋葉街道」とも呼ばれた重要な交易の道でした。
そんな道の傍らに祀られる馬頭観音に何の不思議も感じませんでしたが、以前に紹介したことのある西浦観音堂内の多数の絵馬と併せて考えた時、この地の特殊な事情も考えてみる必要がありそうです。
どうやら、かつては馬市が開かれた歴史があったようです。旧水窪町教育委員会が発行した民俗資料緊急調査報告書「水窪」の「7.交通、交易、等 (5)馬市」の項には…
明治の中期から後期にかけて、輸送用、肥料用に相当数の馬が飼育され、これを現在の小畑地内、西浦池島地内で馬市を開き盛況を極めた。馬市の参加者は、近郷、近在の人達が主であったが、木曽や信州からも大勢の人が参加していたといっている。
こんな歴史と考え合せれば、池島の馬頭観音には、路傍で死んだ馬の供養以上の意味合いがあったような気がして来ました。
私が大好きだった三橋美智也のヒット曲『達者でナ』と同じ時代の風が、ここ水窪にも寂しく吹いていたのではないでしょうか?
1.わらにまみれてヨー 育てた栗毛
今日は買われてヨー 町へゆく
オーラ オーラ 達者でナ
オーラ オーラ 風邪引くな
あゝ風邪引くな 離す手綱が
ふるえ ふるえるぜ
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●人も馬も道行きつかれ死ににけり…
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秋葉山表参道で見かけたこの乳白色の実。「斉藤さん。これって何?」と聞かれたのですが、答えが見つかりません。「シロシキブ」のようでもあるのですが、違うような気もします。
写真を撮って帰り調べてみようとしたのですが、葉っぱにピントが合ってしまい…。
でも、分かりました。これは、ヤブコウジ科イズセンリョウ属「イズセンリョウ」の実。常緑の低木で、伊豆半島の伊豆山神社の森に多く自生していたのでこの名がついたという説があります。
今まで気づかなかったのは、果実が熟すのがちょうど今頃だから。花は4月~5月に咲いていたようです。
同じヤブコウジ科の「マンリョウ」も赤い実をつけていましたので、2つ併せて縁起が良い紅白にしておきましょう!
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県は2012年度、歴史的な価値の高い県内の鉄道施設を保全するための支援に乗り出す方針を固めた。鉄道施設が一括して国の登録有形文化財に指定された天竜浜名湖鉄道を主な支援対象として想定。編成中の12年度当初予算案に、同社への助成経費として1千万円程度を計上する。
同社が運行する天浜線は、機関車転車台や橋りょう、駅舎、プラットホームなど計36件が登録有形文化財に指定されている。特に昨年、このうち31件が一度に指定されて以降、全国各地から訪れる愛好家が増えている。一方で、施設は昭和初期に建造されたため、近年は老朽化が進み、補修や維持管理が課題になっている。
天浜線は利用低迷などで厳しい経営環境が続き、同社単独では保全することが困難なため、県が助成することで駅舎の補修や高架貯水槽の耐震化を推し進めてもらう狙い。
県は天浜線の鉄道施設を地域の貴重な財産と位置付け、沿線の景観形成や交流人口拡大につなげたい考えだ。
沿線には豊かな自然景観が広がり、観光スポットも点在している。これら地域資源と鉄道施設を連携させることで地域の魅力を高め、観光需要の掘り起こしを目指していく。
天浜線では、住民有志の手で日常の維持管理が行われている施設も多い。県は、施設を後世に残そうとする機運を高めることで、コミュニティー活動の一層の活発化につながると期待している。(「静岡新聞」より)
私にとっても懐かしい旧二俣線の保全に、県が支援することになりました。北遠にとっても、大切な観光資産です。
雪の「青崩峠」をあとに、さっき登った道を今度は下ります。疲れが溜まった帰り道ですが、気持ちの上ではゆとりもあります。サクサク♪の靴音を聞きながら、目をあちこちすれば、あるある、雪と氷の自然の造形。
道路脇に除けられた雪が融けて、不思議な芸術が生まれています。岩を伝う湧き水は、「氷壁」とまでは行きませんが、細く長く伸び、折れて落下した氷柱も見られます。
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何に見えるかは人それぞれでしょうけど、これぞ、まさに「自然の芸術」。
「足神の水」で乾いた喉を潤し、もう1度「足神様の氷壁」を見上げ、雪道を歩き続け、3時間かけた山歩きは終了。
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ふくらはぎと腰に痛みを感じましたが、やはり私は、「北遠の自然が大好きだ!」と実感させられました。
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いきなりですが、これまでの秋葉山表参道の案内には、やや疑問な点が見つかります。これまでに公開されているガイドマップや案内看板は、どこまで正確なのでしょうか?
そこで、今回の「極参会」雪の秋葉山登りでは、錦ちゃんが用意したGPS高度計を使い、目印となっている「町石」や「常夜燈」の高度、距離を測定しながら進みました。かつての距離表示であった「町石」には、移動されたらしいものがかなりあります。もしかしたら、マップに表わされている参道も一部変更されているのかも知れません。
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案の定、高度や距離には、現在の表示や案内データとの間に多くの誤差が見つかりました。これらには、神仏分離令以降、秋葉山で起きた混乱や三尺坊秋葉寺の再建工事による道路の付け替えなどの要因が関わっているものと思われます。
例えば気になっているものの1つが、秋葉寺の少し手前にある、「信玄岩」です。現地の看板には…
此の岩は戦国時代甲斐の武田信玄が光明山に陣取る徳川家康に向けて此の岩に足を掛け強弓を放ったと云う伝説があります。
…と書かれ、ガイドブックでも「信玄岩(信玄足掛の岩)」とされ、名前の由来は武田信玄であり読みは「しんげん」とされています。
ところが、私が見た林業従事者が使っていた古い地図の中では、表参道のあちこちには秋葉大権現に因んだと思われる「権現谷」のほか、修験道に因んだと思われる「修験台」「修験谷」などの表記が見られます。もちろん、読みは「しゅげん」。「しんげん」と「しゅげん」。似ているとは思いませんか?
もしも、この岩が「信玄岩」ではなく「修験岩」であったとすれば、そこに祀られている小さな石仏が「大日如来」に見えて来ます。いかがでしょうか?
日本古来の山岳宗教と密教とが融合したとされる修験道では、「不動明王」や「役の行者」とともに、本尊である「大日如来」を祀っています。石仏は苔むし、風化も進んでいて判断しづらい状態ですが、頭には宝冠を被り、二重円光か輪光と思われる丸い光背が刻まれています。
「大日如来(金剛界)」の特徴である「智拳印」であるかは分かりませんので確証は得られないのですが、神仏混淆の中から修験道の面影だけが消されて来た過程を見れば、「しゅげん→しんげん」への変更も、明治5年(1872)の修験宗廃止令による「大人の事情」としてあり得たのではないかと考えてしまいます。
珍しく難しい話になってしまいましたが、「極参会」の秋葉山登りは、こんなに難しいものではありません。こんな道草ばかりしているので、登りに3時間もかけてしまっています。
「こんにちは~」と、さっき追い越して行った人が、あ~あ、もう下りて来てしまいました。
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天竜林業高校の市民開放講座「アイアンクラフトと木工画教室」が4日、浜松市天竜区の同校で始まった。生徒と教員が講師を務め、受講者は最終日の25日まで全4回の講座でオリジナル作品を完成させる。
開放講座は本年度で7回目。今回は天竜区をはじめ浜北区や中区などから、中学1年生から80歳代の年配者まで男女15人が参加した。同校環境研究部の生徒と教員らが指導にあたる。
初日は開講式があり、顧問教諭が環境研究部の活動内容や生徒らの作品紹介、作業上の注意などを説明。続いて受講者はアイアンクラフトと木工画のグループに分かれて1回目の作業に取り組んだ。
アイアンクラフトは鉄を材料に溶接や切断をして作品を作り、木工画は木の板に合成樹脂で着色して絵を描き、額縁も木を彫って仕上げる。アイアンクラフトを受講した男子中学生は「ものを作るのが好きなので参加しました。ランタンを作りたい」と意欲を示し、環境研究部の平野凱之新部長(2年)は「教えるのは初めてですが、作る楽しさを感じてもらえればうれしい」などと話した。
環境研究部の部員らは授業の溶接実習に加えて部活動でさらに技術を磨いており、これまで部員らが制作した美術作品は公募展で多くの賞を受けている。(「中日新聞」より)
天竜林業高の生徒たちが頑張っているのが、北遠全体にとっても嬉しいニュースです。
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梵鐘や半鐘を吊る「龍頭」の「龍」を見てきました。防災無線やサイレンが一般化した今でも、北遠の山里にはしばしば地域のシンボルとしての半鐘台を見かけます。
北遠の半鐘を語る時に、船明の大池畔にある「半鐘記念碑」を忘れるわけにはいきません。「記念碑」が建てられたのは「平成22年4月」。
船明(火の見櫓)「大正14年12月 寄附人 和田新平」、梅松屋付近「大正5年5月吉日 光明村消防組第二部」、榑山・坂上「昭和11年12月 光明村消防組第二部」、長養寺付近「昭和24年11月 光明村消防団第二分団」の文字が刻まれた半鐘4個が吊られ、それぞれの半鐘は「龍頭(りゅうず)」によってしっかりと吊るされています。
「龍頭」によって結ばれているのは、戦時供出から地域ぐるみで逃れた半鐘だけではなく、「船明自治会」の地域の絆も。「龍」は、北遠の地域と地域とを結びつける上でも、大事な役割を果たしています。
これまでに紹介した半鐘の龍頭は、次の通りです。
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| 長月寺 | 和田之谷 | 意昌庵 | 油山寺 |
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
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♪ああ 秋葉街道 冬景色♪―石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』の節で歌いながら、下の写真を見てください。
午前9時20分、坂下の石畳を登る頃には、日陰の一部を除いて雪は見られません。表参道の崩落箇所は修復されてはいませんでしたが、迂回路が出来ていますので問題はありません。最初の休憩ポイント、「十三町」上のベンチまでは、時折日の光も射し込み、木漏れ日の中の山歩きでした。
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雪化粧された古道風景を期待していましたので、これでは少し拍子抜け。それでも、ダイヤモンドダストのように光る凍りついた雪の粒が、風に舞って来ます。
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一面の銀世界となったのは、標高710メートルの三尺坊秋葉寺の少し下辺りから。古色を纏った秋葉寺の仁王門と秋葉神社の随身門には、雪化粧が似合っています。
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鬱蒼とした杉木立が並ぶ古道となれば、「♪秋葉街道・冬景色」はクライマックスへ。 この日(2月4日)が「立春」だと忘れてしまうような「冬景色」でした。
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「青崩峠」からの帰路は、「幻の国道」と呼ばれる行き止まり林道を下ってみることにしました。
この道は、確かに「通行止」の標識は出ていたのですが、以前にも何度か歩いていましたし、野生動物たちの足跡に交り、人間の足跡もくっきりと残っています。雪は厚く、1歩1歩が深く潜り、カンジキなしではかなり大変。滝も凍りついています。
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突然、踏み出した足が雪の中に深く潜り込みました。いけない、崩落だ!
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普通では盛り土した谷側が崩れるものと思いがちですが、道の中央が道に沿って大きく長く陥没しています。それでも、崩れていないと思われる箇所を選んで、下へ下へと歩きました。最後のカーブを回れば、登り口の場所に出られるはずです。
ところが!なんだ、これは!?
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道路は、道を横断する方向で大きく崩れています。まるで、氷河のクレバスのように深い口を開け、回り道をしようにも、急傾斜の斜面では、上も下も危険過ぎます。
仕方ありません。今下って来た道を戻り、行きに登った古道を帰ることにしましょう。
それにしても、「青崩峠」の道路崩壊は異常です。雨による崩土というには、崩れ方が激し過ぎます。脅すわけではありませんが、ここが中央構造線の破砕帯の真上だと聞けば、もっと大きな地殻変動が関わっているような気がします。
とにかく、車はもちろん、徒歩でも「通行不能」。往復で35分の時間をロスしてしまいました。
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浜松市天竜区春野町の市春野文化センターで3日、第40回春野文化展が始まった。園児からお年寄りまでの作品約1170点が一堂に会する。5日まで。
ひときわ目を引くのが、井口厚さん(76)が4年がかりで制作している140分の1サイズの「戦艦ビスマルク」。資料を参考に設計図を引き、鉄板40枚をつなげて船体を作った。大砲など細部まで精巧に再現している。
塗装前だが、周囲から「塗る前の状態を見せて」と求められて出品した。ボイラーを載せ、ゆくゆくは水に浮かべて動かす計画。過去に森林鉄道などの模型も手作りしている井口さんは「作業が楽しくて」と話していた。
会場にはその他、絵や書、俳句など、多彩な作品が並んでいる。(「静岡新聞」より)
コミュニティーバス待合室開かれた写真展「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」で特別展示された気田森林鉄道のスケール模型を作ったのも井口さんです。「戦艦ビスマルク」を見てみたいですねえ。
今日の下界は晴れだったらしいですね?ところが、私たちが行っていた天上界、秋葉山は別天地。望み通り新雪を踏みながら、帰り道には吹雪の中を歩いてきました。
ご祈祷も受け、お御籤も引いたのですが、そんな話はおいおいさせていただくことにして、先ずは、雪中行軍のワンショットを…。
吹雪舞う白銀の世界―山頂下、三尺坊秋葉寺の仁王門です。
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浜松市天竜区水窪町の国指定重要無形民俗文化財「西浦の田楽」を前に、保存会員らが2日夜、同町西浦地区の別当宅で「酒造り」を行った。
舞い手の「能衆」が夜通し舞を繰り広げる旧暦の1月18~19日(今年は2月9~10日)に向けて行われる準備行事の一つ。能衆は酒造りの日から肉や魚を断つなど、精進生活に入る。
別当の高木八郎さん(37)宅に集まった会員らは、互いに持ち寄った米で酒造りに取り組んだ。火をおこしたり、釜で煮たりするなど、それぞれの役割は厳密に決められている。酒は旧暦の16日(7日)に口開けされる。
米の粘り気などを細かく確認し、酒造りを仕切った「公文衆」の森口哲夫さん(67)は「いよいよという感じ。30年以上酒造りをしているが、毎年心を新たにして臨んでいる」と話した。(「静岡新聞」より)
田楽の奉納は9日夜~10日朝ですが、すでに精進生活と祭りの準備は始まっています。見に行きたいですね。
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「新・浜松の自然100選」に指定されている「船明の二本杉」と呼ばれている杉の木は、船明・諏訪神社の参道入口にあり「光明の鳥居杉」とも呼ばれていたとのこと。そして、その諏訪神社とは、「船明ダム運動公園」の南側に鎮座しています。
現在の諏訪神社の拝殿、本殿は鉄筋コンクリートで再建されたもの。手水舎もコンクリート造りで、まるで公園の手洗い場のようです。これじゃあ、「龍」は無理かな?
そして、お馴染みの「龍」の手水口ですが…?あれ?これって、「龍」?いつも見ているのとは、ちょっと違う感じ…?「龍」の頭の上の宝珠の形をしたところを捻ると、口の上側から水が流れて来ます。「龍」の形をした蛇口…?
これなら、我が家の洗面でも使えそう?バスルームで使おうかなあ?
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
日本列島は3日朝、猛烈な冷え込みに見舞われた。静岡県内では浜松市天竜区佐久間で観測史上最低の氷点下8.1度(午前6時45分)を記録したほか、川根本町と松崎町で2月の観測史上最低の冷え込みとなった。県内の主要観測地点18カ所すべてで、この冬最も低い気温となった。
気象庁は、各地に大雪をもたらした強い寒気は日本列島から抜けたが、風が弱まって晴れた所が多くなったため、地表の熱が奪われる「放射冷却現象」が発生したとみている。
県内の冷え込みは3日朝がピークで、4日以降は平年並みの気温に戻る見込み。(「静岡新聞」より)
| 時間 | 気温 (℃) |
降水量 (mm) |
風向 (16方位) |
風速 (m/s) |
日照時間 (分) |
積雪深 (cm) | |
| 4日 (土) |
6時 | -5.9 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- |
| 5時 | -5.5 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 4時 | -5.2 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 3時 | -5.1 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 2時 | -4.6 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 1時 | -4.3 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | - | |
確かに、昨日よりは幾分マシなようです。さあ、今日は「立春」。「春」なのに、「秋」葉山に登ります。
小冊子「新・浜松の自然100選」に、雪の「青崩峠」の写真を採用して以来、1度は必ず来てみたいと思っていた冬の峠に、今、こうして自分の足で立っています。
到着は、午前10時39分。木製デッキの1番端に立ち、峠の鞍部と標識看板を写し、峠を越えて長野県側からもカシャ♪。
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名前は「青崩」ですが、この日の峠は「白崩」です。
その昔、遠江国と信濃国とを繋ぐ兵越峠の間道として人々が往来した交易の道。雪に埋もれた馬頭観音の向うに、馬の轡を取る旅人の姿が見えたような気がしました。冬になれば、こんな雪を踏んで峠を越したのでしょうか?
昔の人も見ただろう「青崩峠」の雪景色を、私も眺めることができました。
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●「中央構造線を見てみたい」と妻と出かけた「青崩峠」…
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千葉県柏市に住む夏目さんのところに、故郷の佐久間町羽ヶ庄(はがしょう)から雪景色の写真が届きました。
子供の頃の雪の日、誰かに頭を押さえつけられたら、雪の中にお面のような跡が残ったことを思い出しました。その頃は、雪が腰の高さ位(約50センチ)は積もっていました。
今日は節分。朝のメールで娘にトジクリの作り方を教えました。トジクリとは、豆まきで余った炒り豆を水に浸けて、ふやけた豆とメリケン粉に砂糖を入れて捏ねたものをフライパンで焼いたおやつ。トジクリを作ってくれた母のことを懐かしく思い出しました。
トジクリは、佐久間、水窪に伝わる郷土のお菓子。夏目さん!今度はいつ故郷へ帰って来ますか?
●「とじくり」という名前のお菓子をご存知ですか?…
●①まず、お米を洗いざるに入れて乾かしておきます…
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寒い寒いと書いていたら、それもそのはず。今朝の6時45分に佐久間のアメダスが記録した「-8.1度」は、観測史上最低気温の更新をしたとのこと。昼間の気温は、曇りがちだった昨日よりも上がったのですが、それでも肌身に堪える寒さです。
つい先ほど、畑に行って長ネギと白菜、キャベツと水菜、ブロッコリーを収穫して来ましたが、野菜たちの日陰には、薄っすらと夕べの雪が残っていました。
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例えこんなに寒くても、明日(2月4日)の「立春」は予定通りやって来ます。2012年「雪の秋葉詣」を決行する予定。3時間かけて、秋葉山表参道を登ります。よし、今夜は鍋料理!明日は、雪だるまを作るぞ!
くくりわなで捕殺したニホンジカは、血液中のストレスホルモンや筋肉の傷みを示す酵素の量が多くなることが、信大農学部(上伊那郡南箕輪村)動物行動管理学研究室の調査で分かった。わなに掛かってから暴れているためとみられ、肉の「おいしさ」が損なわれている可能性がある。県が目指すシカ肉の需要拡大と、わなの利用普及を両立する上で課題になりそうだ。
同学部4年の浮田成美さん(22)が上伊那猟友会の協力を得て調査。昨年9~12月、伊那市長谷や上伊那郡中川村で捕殺したシカから血液を採って分析した。
板を踏むとワイヤの輪が締まり、脚が抜けなくなるくくりわなで捕まえ、銃で撃った18頭では、ストレスを感じると増えるホルモン「コルチゾール」が血液1デシリットル当たり平均13.1ミリリットル含まれた。一方、猟友会員らが犬を使って山中を追い立てる「巻き狩り」で捕殺した5頭は同4.6ミリリットル、偶然出合って追い立てずに仕留めた2頭は同0.4ミリリットルだった。
同研究室の竹田謙一准教授によると、ブタはコルチゾールの値が高まると肉から液がにじみ、色もあせるため、ストレスを感じにくい性質に改良が進んできた。くくりわなで捕まえたシカの肉は、猟友会員への聞き取りでは「水っぽい」との声があるという。
また、筋肉の繊維が断裂すると増える酵素は、くくりわなで捕殺したシカの血液には巻き狩りの場合の約16倍含まれた。筋肉の傷みはボソボソした食感につながるといい、竹田准教授は「シカにできるだけ苦痛を感じさせないようにする必要がある」とする。
銃による狩猟の免許所持者が減る中、わなは比較的扱いやすく、一度仕掛ければ効果を発揮するため、県は仕掛け方のDVDを作るなど普及を促進。一方、県内では2010年度に2万頭余のシカを捕獲したが、ジビエ(野生鳥獣肉)などとして利用されたのは約7%だった。
竹田准教授は「需要を高めるには、捕る人も調理する人も肉質のことをもっと考えるべきだ」とし、頭数調整とジビエ利用のための捕殺を区別する必要性を指摘。1日1回とされているわな見回りの回数を増やしたり、銃が使えない夜間でも刃物で仕留めたりする方法を提案している。(「信濃毎日新聞」より)
これは以前から聞いていた話。鹿の急所を一撃で撃ち抜くのが、美味しい肉を得る方法のようですね。
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旧水窪町教育委員会が発行した民俗資料緊急調査報告書「水窪」の「十、年中行事 2.二月の行事 節分」には、次のような記述もありました。
その年の運勢調べ・・・・・・先づ枡の中の豆を一握りつかむ。自分の年令と同じだけ握ることが出来ると其の年は大吉の年である。
また二粒づつ食べて最後が丁目であれば、その年は何事もよく、半目の場合は何事も注意してやる。またカヤの小枝のあぶったのを寝床の下や枕の下へ入れて寝ると、年中病気にならないといって、寝床や枕の下へ入れて寝ることにしていた。
「鬼」の顔ばかり登場させてしまいましたので、「福」にも出てもらいましょう。はい、「勝坂神楽」と「竜戸神楽」の「お多福」を紹介します!
「お多福」?これって「お亀」じゃあないの?気にはしたのでが、どちらも「丸顔で、額が高く、頬がふくれ、鼻の低く…」と、どうやら同じみたい。
今夜は、鬼を追い出し、福を招き入れましょう!
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●「節分」について、もう少し…
●昨日は「節分」、今日は「立春」―「豆撒き」をした家…
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旧水窪町教育委員会が発行した民俗資料緊急調査報告書「水窪」の「十、年中行事 2.二月の行事」に、「節分」に関する次のような記述があります。
豆まき・・・・・・先づいろりの四角に豆を祀る。次に神前から豆まきを始め家の中、各部屋、仏様、荒神様、秋葉様、恵比寿様などへも豆まきをする。豆をまき乍ら福は内、福は内をくり返し、となえ乍ら廻り、家の中全部終えると出入口の戸を開いて鬼は外、鬼は外・・・・・・と唱えながら豆を外になげて豆まきを終る。
次は豆を焼いて其の年の天気調べをする。(占い)いろりのあつく焼けている灰の上を火箸等できれいにならし、其の上に一月から十二月まで十二つぶの豆をならべる。その豆が段々と燃え始める。
燃え終わったときに表面の色を見て判断する。白く燃えてしまったり、白黒になったり、黒くなったりする。白は快晴で雨が少ない。白黒は晴天と雨が半々位。黒は曇天、または雨が多い。
水窪の民俗資料として、西浦地区の年中行事を調査したものです。
今夜は、娘が孫を連れて帰省します。鬼のお面付きの「福豆」を買いに行き、我が家にある「鬼」を探してみました。棚の隅から、埃を被った張子の赤鬼と「開運大吉」の青鬼土鈴が出てきました。生後6ヵ月の孫には、まだ炒り豆は食べられないし、「鬼」の意味も分からないとは思いますが、「爺馬鹿」とは誰でもこんなもんでしょう。
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●「節分」について、もう少し…
●昨日は「節分」、今日は「立春」―「豆撒き」をした家…
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「節分」の気温が、さらに下がりました。
| 時間 | 気温 (℃) |
降水量 (mm) |
風向 (16方位) |
風速 (m/s) |
日照時間 (分) |
積雪深 (cm) | |
| 3日 (金) |
7時 | -7.9 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- |
「節分」に因んだ「鬼」の写真をもう少し。 先ずは、「懐山おくない」に登場する「鬼」です。
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| 懐山おくない | |
次に、「川合花の舞」に登場する「鬼」。
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| 川合花の舞 | |
北遠に伝承される民俗芸能にも「鬼」が登場しています。くれぐれも、豆を投げないようにしてください!
【関連記事】「節分の年取り」は早い方がいい
●「節分」について、もう少し…
●昨日は「節分」、今日は「立春」―「豆撒き」をした家…
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「林業女子会@静岡」から「St. Valentine's Day KINONENO<木の音の>木管五重奏コンサート」のお知らせが届きました。
フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットの4種の木管楽器にホルンを加えた木管五重奏独立したそれぞれの音色が溶け合い、ハーモニーとなって心地よい響きをつくりだす…それが木管五重奏の特徴です。
普段はヤマハ吹奏楽団で活動する若い演奏家たちが集まり、この日の為に木管五重奏団KINONENOを結成。林業女子会@静岡とのコラボによる、MUSIC×林業な音楽会を開催します。
女子若しくはカップル限定のバレンタイン企画、勿論バレンタインスィーツもご用意します。歴史ある木の空間で 木の楽器の演奏を楽しむ!林業の将来に思いを馳せ、語り合うキッカケになれば幸いです。みなさま是非、足をお運び下さい。
●日時:2月18日(土) 午後5:00開場 5:30開演
●場所:どまんなかセンター(旧中村洋裁・袋井市袋井279)
●アクセス:車/バイパス堀越ICより南へ5分
駐車場/袋井市役所の駐車場(無料) 開場まで徒歩5分ほど
電車/東海道線 袋井駅より徒歩10分
●料金:女子1名/1,000円 カップル/1,800円 中学生以下/500円(幼児無料)
●持ち物:マイカップ
●予約・問合:080-3683-7320 fg.shizuoka@gmail.com
私にしてみれば、女子・カップル限定のコンサートなのが残念ですが、参加してみたくなるようなイベントです。詳細は、林業女子会@静岡「木管五重奏コンサート」.pdfをダウンロード 。
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2012年1月30日、辰之戸辺りの積雪
は、くるぶしまで達していましたので約20センチ。湿った雪を踏み締めるサクサク♪の音が響き、足裏に伝わる感触も悪くはありません。
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青崩峠に向かう最後の上り坂は、「塩の道」の標石の向うから始まります。ここからは昔の人たちも歩いた石畳が残る山道ですが、「青崩峠」の標木を過ぎると、すぐに小さな崩落がありました。
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ヒノキ林の下に伸びる秋葉街道、塩の道の古道は、白く厚い雪に埋もれています。橋を渡り、「武田信玄公腰掛岩」を横目に眺めながら約20分。ところどころで木漏れ日が射し込んではいるのですが、雪に埋もれた古道を見失い脇道にそれることもしばしば。
靴はますます深く潜り、1歩1歩に時間がかかります。「↑青崩峠 徒歩5分」の看板が見えれば、あとは橋を2つ渡るだけ。さあ、この坂を登り切れば、峠の標木が見えてくるはず。
見えた!私が建てた「新・浜松の自然100選」の標木もある!
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峠の向うが信州・長野県です。
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水窪地頭方向市場の「双体道祖神」と「次郎兵衛様」などを祀っている祠をご存知でしょうか?その小さな祠の軒と格子との間に「龍」が彫られているのに気がつきました。
有名な「双体道祖神」を覗き込んだら、その上の「龍」にも目をやってください。3本の爪でしっかりと宝珠を掴んで掲げています。
絶対に火災から守るぞ!と、力強い「龍神」の支えです。
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
「節分」とは言え、最強寒波に襲われて全国的な冷え込み。佐久間のアメダスも、今季の最低気温を記録しています。
| 時間 | 気温 (℃) |
降水量 (mm) |
風向 (16方位) |
風速 (m/s) |
日照時間 (分) |
積雪深 (cm) | |
| 3日 (金) |
6時 | -7.7 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- |
| 5時 | -7.4 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 4時 | -7.2 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 3時 | -6.9 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 2時 | -6.7 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
| 1時 | -6.1 | 0.0 | 静穏 | 0 | 0 | --- | |
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「節分」ですから、鬼の写真を探してみました。相月諏訪神社境内に置かれていた鬼瓦です。すでに役割は終えているようですが、パソコンに画面に向けて豆をぶつけるのだけは止めてください!
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●「節分」について、もう少し…
●昨日は「節分」、今日は「立春」―「豆撒き」をした家…
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ペレット製造施設の導入まで
近年、おがくずを固めて作る粒状の燃料〝木質ペレット〟が、環境にやさしいバイオマスエネルギーとして注目されています。「浜松市バイオマスタウン構想(※)」の中でも、北遠に豊富に存在する間伐材や木くずなどを有効活用してできる資源として、その製造や普及についての検討が行われています。
今回、市が導入した木質ペレット製造施設を工場内に置き、製造や販路拡大に取り組む龍山森林組合の代表理事組合長・片桐滋人さんを訪ねました。
「捨て切りされた間伐材や製材工場から出る端材の有効活用が、かねてからの課題だったんです」と話す片桐さん。製造施設を受け入れられる事業者を探しているという市の声を受け「今まで見捨てられてきたものを資源化し、環境への配慮につなげたい」という思いを抱き、手を挙げたのだそうです。
課題は〝PRと販路拡大〟
県内初となったペレット製造施設導入から半年あまり。現在、原料となる木の含水率の管理など試行錯誤を重ねながら、直径8ミリのボイラー用と、6ミリの家庭ストーブ用を製造し、天竜区役所など官公庁を中心に納品していますが、家庭用としてはまだまだ普及していないのが現状です。
「添加物を全く加えていないから、燃やしても木材が吸収した二酸化炭素を放出するだけで、トータル的にはその量を増やさない。エコという点でも大変優れているんですよ」こうした木質ペレットの特長を広くPRして販路を拡大し、1日も早く量産化の体制を整備することが当面の課題だそうです。
木質ペレットに込める思い
「木質ペレットの製造が、すぐに北遠地域や林業界に経済効果をもたらすとは思っていません。でも、いずれは間伐促進や間伐材の利活用などに生かされ、林業振興につながっていけばと思っています」と話す片桐さん。
「日本は古くから木の文化を持ち、木を無駄なく使ってきました。地域の皆さんには『天竜区に眠っている間伐材などの資源を使って環境に貢献することができるんだ』ということを誇りに思ってもらえればうれしいですね」
木質ペレットの製造に込めるそうした思いや今後の見通しを、生産プラントの前で、穏やかな口調で話してくださいました。
※浜松市が豊富に持つ多種多様なバイオマス(動植物から生まれた再生可能な有機性資源)の利活用に積極的に取り組むことで、資源循環型社会の構築を目指そうと市が取り組んでいる構想。平成21年2月に国から承認を受けました。
Profile
1951年(昭和26年)龍山町瀬尻生まれ。昭和49年、当時の龍山村森林組合に入り、事務職と現場の両職場に、長年にわたり勤務。過去には、龍山村消防団長のほか、平成7年から17年の合併までの10年間龍山村収入役を務めた。平成18年6月に龍山森林組合代表理事組合長に就任し、現在に至る。趣味はクレー射撃で射撃大会への出場経験があるほか、猟友会にも所属し、狩猟時期のイノシシ猟や有害鳥獣捕獲にもあたっている。龍山町瀬尻在住。60歳。
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天竜区版「広報はままつ」(2012年1月20日号)「天竜区 創造人」に、「龍山森林組合」代表理事熊組合長・片桐滋人さんが登場しましたので、紹介させていただきます。
今、注目の燃料、木質ペレットの普及が進めば、北遠の山の活性化にもつながります。
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「足神様の氷壁」を過ぎ、次の目的地は足神神社。急な坂道を登ると、お馴染みの赤い鳥居が見えて来ました。
ここら辺りまでは雪が残っていても道路脇だけ。車で行こうと思えば、行けないこともありません。でも、それは結果論。車を置いて歩くと決めてここまで来た以上は、歩き続けなくてはなりません。
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足神神社まで約30分。この先は、雪に埋もれた坂道が見えます。自分の足を頼りに青崩峠に向かうには、ここでのお参りは欠かせません。「無事に行って来られますように」と手を合わせ…。「足神の水」を口に含み、さあ、先に行くぞ!
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「瑟平太郎の墓」「木地屋の墓」を過ぎると、次第に雪が深くなって来ました。凍結で滑りやすくなった箇所を避けるため、足跡のついていない場所を選んで足を下ろします。ウサギらしい足跡が道を横切り、山に消えていました。
氷柱の輝き、雪道の白さに浮かれていましたが、今回の山歩きはかなり過酷。でも、青崩峠の雪景色が待っていると思えば、ここまで来てUターンはあり得ません。とにかく、前に進むしかないじゃん!
…と、言い聞かせながら、シャーベット状になった雪の上をサクサク♪と足音を響かせ、ひたすら上へ上へと歩きました。
あと1度カーブを回れば、「塩の道」の標石が見えて来るはずです。
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春野町領家の秋葉山は、火防の神としてしられ、秋葉信仰の霊地で、当地方においても広く信仰されていた。特に掛塚は、港町・木材の集積地であるとともに、加工職人も多く、火災がたえなかったために、その信仰は相当高く、秋葉信仰の最も具体的なシンボルが秋葉山常夜燈である。この常夜燈は、龍燈形式の立派な建物である。明治四年九月、野崎村の大工棟梁、石川正作の建造である。
市指定有形文化財であることを示す「磐田市教育委員会」名の史跡案内看板。場所は、旧竜洋町の野崎です。
前回紹介した曽布川藤次郎建造の高木の龍燈の3年後に建てられました。
木材に関わる人々が、火災を防ぐ願いを込めて毎晩点した灯明が、きっと辺りをほんのりと照らしたことでしょう。仄かな明かりが漏れたであろう龍燈の格子の上の欄間にも、やっぱり「龍」が棲んでいました。
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
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鈴は古来より災いを祓う具として広く神事などに用いられてきました。この鈴は五十鈴川の上流の清浄な土を用いその年の干支に因み謹製いたしました。素朴な音色に平安への願いをこめ皆様のご多幸をお祈りしお頒ちするものであります。平成二十四壬辰(みずのえたつ)歳 内宮神楽殿 外宮神楽殿
「2月1日、本日は壬辰日。日めくりをめくる度に一応読んでいますが、偶然にも今年と今日は同じ壬辰(みずのえたつ)の日。色々なことが偶然に巡り来て、私には偶然の神様が宿っていると思っています。」
千葉県の夏目さんのブログの更新が少し途絶えていると思ったら、浜松を通り過ぎて伊勢神宮に出かけていたようです。
伊勢神宮の「干支土鈴」ですが、五十鈴川に因んで「土鈴」ではなく「五十鈴」。縁起の良さそうなネーミングです。
「偶然の神様」と言えば、私と夏目さんとの出会いも、「偶然の神様」のお陰です。感謝!感謝!
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
浜松市の最北部、天竜区水窪町西浦地区に伝わる国指定重要無形民俗文化財「西浦田楽」が、9日夜から翌日朝にかけて地区内の観音堂で行われる。
西浦田楽は、719年に僧・行基が西浦の地を訪れて仏像と仮面を作ったのが始まりと伝えられる。五穀豊穣や無病息災などを願い、地区住民が毎年旧暦の1月18日の月の出から翌日の日の出まで夜を徹して舞を奉納する。
市では9日夜、水窪地域自治センター前から観音堂近くの旧西浦小学校まで無量送迎バスを運行する。行きが午後7時、9時、11時の3便、帰りが10日午前零時、3時、6時、8時45分の4便。また9日午後5時から9時前まで、水窪文化会館で田楽を記録したビデオを上映する。入場無料。問い合わせは水窪地域自治センター=電053(982)0001=へ。(「中日新聞」より)
楽しみにしている人は多いはず。今年の「西浦田楽」は寒くなりそうですよ。
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この「龍」は、銅板を裏側から打ち出して凹凸で描いたもの。鉄工所ですから金属の加工には慣れているのでしょうけど、かなり大きな作品です。
工場の中は仕事の最中でしたので、勝手にカシャ♪
興味を持って歩いていると、たくさんの「龍」と出会うことができます。きっと、日本人は「龍」が好きなんでしょうね?
北遠の「龍」の情報は、somabito@cy.tnc.ne.jpで、お待ちしています!
清らかな水が流れる沢では、枝に飛んだ飛沫が凍り、岩に垂れた雫が凍り…。少し融けてはまた凍り、次第に成長する自然の芸術。さぞや冷たいだろうと思って水に手を浸してみたのですが、想像するほどの冷たさではありません。
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平成24年(2012)1月25日~29日は、二十四節気七十二候で言う大寒次候「水沢腹堅」。「水沢腹堅」とは「さわみずこおりつめる」と読み、「厳しい寒さで沢の水が凍る頃」の意味です。美しく凍り付いたこの沢の風景が、まさに「水沢腹堅」。
沢を渡って、「足神様の氷壁」を下から見上げてみると、こんな感じ。
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青崩峠を源流にして流れる沢は、水窪川の支流である翁川に合流しています。
ちなみに、今日(2月1日)は、二十四節気「大寒」末候の「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」。 「ニワトリが春の気配を感じて巣に籠もり、卵を生み始める頃」の意味。まもなく「立春」です。
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