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2011年7月31日 (日)

新聞紙で抜染、マイ風呂敷完成 天竜区で児童ら制作

Furoshiki  浜松市秋野不矩美術館(同市天竜区)の夏休み特別企画「フロシキを作ろう」が30日、同区内の二俣公民館で開かれた。染色ユニット「kata kata」の高井知絵さん(29)と松永武さん(31)が講師を務め、小学生ら20人がオリジナル風呂敷を制作した。

 「抜染」という技術に挑戦した。ハサミで形作った新聞紙を布に置き、ネットを張った木枠をかぶせる。脱色効果があるのりを塗り、20分ほど寝かせると、新聞紙以外の場所の色が抜ける。水洗いして乾かせば、オリジナル風呂敷が完成する。

 参加者は思い思いに新聞紙を切り、自分だけのデザインを考案。餅つきするウサギと月をかたどった葵西小5年の神藤茜音さん(10)は「好きなものを作れるところが面白い」と、夢中だった。

 高井さんと松永さんは「切った線には面白みがある。偶然性を楽しんでもらえれば」と話した。(「静岡新聞」より)

 ステキなオリジナル風呂敷作りは楽しめましたか?風呂敷はエコだし、染めも面白そうですね。

出会いたくない毒蛇「マムシ」

Mamushi7  「池の平」に向かう山道で、久しぶりにマムシと出会いました。

 山歩きで、もっとも出会いたくない蛇。頭を向こうに向けていましたので少しだけ近づいてみましたが、マムシは私の接近に気付いているようです。体長はさほど長くありませんでしたが、銭型と呼ばれる独特な斑紋は迫力満点。

 胴が太く、頭は三角形。青い目には背後にいる私が見えているかも知れません。

 「池の平」からの帰りに「にしうれ小学校」に寄ってマムシの話をしたところ、管理人さんは「それで、どうしたの?」。「もちろん、撮ったよ」「え~、捕ったの?どこにいるの?」。

 山歩きで出会う毒蛇マムシには、十分に気をつけてください!確認をせずに草むらに手をついたりしないように!

 …と自分に言い聞かせました。

霞の中の秋葉詣⑦―シュウカイドウ

Syukaido5  「秋海棠 西瓜の色に 咲きにけり」松尾芭蕉

 秋海棠(シュウカイドウ)の花がスイカの実のような赤い色で咲いている。

 霞の中の秋葉詣の帰り道、表参道の登り口、坂下の石畳の途中の沢―左右非対称の葉が茂り、淡いピンク色の花が咲き始めているのに気づきました。

 「シュウカイドウ」が中国から渡って来たのは寛永年間(1624~1643)とのこと。アフリカ原産のスイカが渡って来たのも慶安年間(1648~1651)。芭蕉が詠んだ「シュウカイドウ」もスイカも、当時としては大変珍しい異国の植物。そんな「シュウカイドウ」に秋の訪れを感じたというのは、咲き始めの季節と「秋海棠」の名前から。

 2011年の「立秋」は8月7日。芭蕉の句は、そろそろ訪れる秋の始まりの季節を詠んだものです。

 この「シュウカイドウ」も、江戸時代に訪れた秋葉詣の誰かさんが植えたものが野生化しているのかも知れませんね。

 さあ、坂下の駐車場です。ゴミ拾いをしながらの「霞の中の秋葉詣」はこれで終了。小学生たちは、駐車場の周りでもゴミ拾いを続けていました。また、一緒に登ろうね~。

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水窪町門桁―山里を見守る双体道祖神

Dosojin7  北遠の道祖神巡り―水窪町門桁に祀られている双体道祖神を確認しに行って来ました。

 北遠には、水窪町向市場、船明の長養寺境内、龍山町日入沢などのほか、双体道祖神か双仏石かはっきりと特定できないものも含め、数基が建立されています。

 門桁にも双体道祖神があるとは聞いていたのですが、詳しい場所が分かりませんでした。そんな時には、地元の人に聞くのが一番。旧門桁小学校裏で訊ねたところ、「もう少し行ったところに薬師様が祀ってあるで、その辺じゃあないかいやあ。そこまで行って聞いてみな」とのこと。

 アドバイス通りに「もう少し行ったところ」に小さな祠が見えました。「あれだ!」。道路脇に車を寄せて、眺めたところ、祠の横に遠目にもそれと分かる石仏が立っています。

 カメラを構えながら近づくと、近所の人から声がかかります。「何か研究してるだかね?」「いや、研究というほどのものじゃあありませんが…」。

 舟形光背の前に男女2体が浮き彫りにされ、向って左の女神が瓢を持ち、右の男神は盃を手にしている、典型的な双体道祖神の形。「天保二年」の文字が刻まれていますので、天明3年(1783)の向市場、天保14年(1843)の船明の間、西暦1831年に建立されたもののようです。

Kadoketa3  もともと、この場所にあったものか、集落の境界近くにあったのを移座したものかは分かりませんが、県道389号気田川上流に沿った忘れられがちな集落にも、北遠の歴史文化が残されています。

 かつては、国有林の林材を搬出するために敷設された気田森林鉄道の起点・都沢に近い集落として大切な役割を果たした門桁ですが、「小学校がなくなって、子どもたちは水窪小まで通うんですか?」「子どもなんていないから…」「典型的な過疎集落?」「そう、年寄りばっか」。

 静かな山里を見守る双体道祖神が1基、曇り空の下で佇んでいました。

 ●路傍に建つ石仏は一見同じように見えますが、実は、地蔵、馬頭観音、庚申仏、観世音菩薩…
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2011年7月30日 (土)

コミュニティーバス待合室で「氣田森林鐵道産業遺産文化展」

Shinrintetsdo4  春野町気田の大原屋商店さんの隣り「コミュニティーバス待合室」で、「氣田森林鐵道産業遺産文化展」が開かれていました。

 展示されているのは、このブログでお貸しいただき紹介した気田森林鉄道と王子製紙気田分社の貴重な写真。一堂に集められたこれらの写真を見に、ぜひ春野町をお訪ねください。

 いつまで?いつまで開催しているんだろう?森林鉄道の動画の上映会もあるんだって。

 詳しくは、春野観光協会(電053-989-0182)までお問合せください。

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
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汁を絞って蝿捕り紙を作った「蝿毒草」

Haedokuso8  この小さな花は、「ハエドクソウ」と言います。ハエドクソウ科ハエドクソウ属 。クマツヅラ科に分類する説もあるようです。

 根の絞り汁を煮つめて蝿捕り紙を作ったことから、「蝿毒草(ハエドクソウ)」ということで、つまり有毒です。

 薄暗い林の下に育ちますので、何度も何度も撮影し直したのですが、私のカメラではこれが限界。

 本当に目立たない花ですが、それを見つけるのが「道草」の楽しみです。

ふるさとものがたり天竜「瀬戸渕の水神さま」より

Setobuchi8  むかし、むかし、阿多古の里のその奥に、瀬戸渕という、大きな渕があった。渕の両側には大木がむら立ち、青黒い水はうずを巻いて、底の深さも知れないほどであった。
 この瀬戸渕には、二本の金色の角を持った、大きな竜が住んでいると、村人はうわさしあっていた。

 ある時、この渕の上の山に、ふじづるを取りに来たおじいさんがあった。
 ふじづるは、あっちの木にも、こっちの木にもからみついていた。
 おじいさんは何本目かのふじづるを、トーン、トーンと切っていた時、どうしたはずみか、手元がちょっと狂ってしまって……。
「あ、しまった。」
 おじいさんがそう思った時には、もうなたは、ころころと地面をころがっていた。渕の上は急な斜面である。なたはころころころげて渕の中へ、ドボーン、と、落ちていった。
 おじいさんは、途方にくれてしまった。大事ななたである。拾いたい。けれども瀬戸渕は青黒くよどんで、とてもとても深かった。
 おじいさんはどうすることもできずに、とぼとぼと家へ帰って行った。

 さて、その夜のことである。
 おじいさんの夢の中に、振り袖姿のきれいなお姫さまが現われて、
「おじいさん、ふじづる取りのおじいさん、瀬戸渕に落とした、なたを拾って下さいな。私は、金気のものがきらいです。」
と、訴えるように、そう言った。

 おじいさんはびっくりしてとび起きたが、お姫さまの姿など、もうどこにもありはしなかった。
 けれどもお姫さまは、毎晩のようにおじいさんの夢の中に現れて、
「ふじづる取りのおじいさん、どうぞなたを拾って下さいな。」
と言うのだった。

 そのころからこの村に、雨が降らなくなった。雨は何十日も降らなかった。村人たちは、大変に困っていた。
 おじいさんは思った。
(あの姫さまは、瀬戸渕の竜ではなかろうか。昔から、竜は金物がきらいだという。この日でりは、瀬戸渕の竜のたたりかも知れん。だとしたら、早く何とかせねばならん。)

 そこでおじいさんは、村の庄屋に相談した。すると庄屋は、
「そうであったか。おそらく、たたりであろう。一刻も早く、じいさんのなたを、瀬戸渕から拾い上げねばならんのう。」
 そう言って、威勢のいい若者たちを集め、渕に網を入れることにした。

Setobuchi9  大勢の村人たちが見守る中で、網はザブン、ザブンと渕に投げ入れられた。そしてついに何回目かの網の中へ、おじいさんの落としたなたがかかって、無事引き上げられたのである。
 渕の岩上で、それを待ちかまえていた村人たちは、
「それー。」
とばかりに、鐘や太鼓を打ち鳴らし、念仏を唱えて、雨乞いの行をとりおこなった。
 するとついに竜のいかりも解けて、待望の雨が降り出したという。
 喜んだ村人たちは、
「瀬戸渕の竜は、雨ごいの神さまじゃ。」
と、言い伝えて、渕のそばに祠を作り『瀬戸渕の水神さま』と呼んで、おまつりするようになったということである。(「ふるさとものがたり天竜・第2章上阿多古地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

 東阿多古川沿いの県道296号に、それらしい石碑が建てられていました。青黒い水を湛える「瀬戸渕」の写真は、久保田氏が撮影したものです。

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

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霞の中の秋葉詣⑥―セミの抜け殻

Higurashi3  秋葉山にもセミの鳴き声が響いています。小さな体で必死に鳴くニイニイゼミ、大きな体で声を張り上げるクマゼミ、日暮れや早朝に鳴くことが多いヒグラシ…。参道に、木の枝にしがみ付いたままの小さなセミの抜け殻が落ちていました。これ何?

 「小さいね。ニイニイゼミかな?」「いや、ニイニイゼミの抜け殻はもっと小さくて、泥がついているよ」「ヒグラシじゃあないの?」「ツクツクボウシはまだ鳴き始めていないし、ツクツクボウシの抜け殻はもう少しスマート」。

 「極参会」の秋葉詣に参加した大人も子どもも交じって議論が重ねられ、出た結論は、ヒグラシ!

 …と言っていたら、ヒグラシも鳴き始めました。だって、もう4時だもん。7時間かけた楽しい山歩きも、もう少しでゴールです。

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「池の平」へと続く杉林の木漏れ日

Komorebi1  “幻の池”「池の平」へと続く山道の風景です。

 辺りはほとんどが杉林。間伐も十分とは言えないのですが、夏の光はほぼ真上から射し込みますので、杉の幹や林床にまで届き、なかなかの美しさです。

Komorebi4  峠に向かう道は尾根道ではありませんので、こんな斜面を見上げたり見下ろしたりすることになります。

 もう少し手入れが行き届けば、もっと美しくなるのでしょうけど…。蛭(ひる)が多いので困りました。

 くれぐれも言っておきますが、今年(2011年)、“幻の池”に水は湧いていませんでした。7年に1度と言うのですから、周期通りなら次回は2017年。その時には、ぜひ訪ねてみてください!

2011年7月29日 (金)

糸状の蔓が絡む帰化植物「アメリカネナシカズラ」

Americanenashikazura5  見たことがありますよね?北米原産の帰化植物―葉緑素を持たない寄生植物ヒルガオ科ネナシカズラ属の「アメリカネナシカズラ」です。オレンジ色の糸状の蔓が絡み、遠目では黄色い網や布が捨てられているみたい。さまざまな植物に巻つき、吸盤を出して付着。宿主から水分や栄養を吸い取っているのだそうです。

 「亜米利加根無葛」。春野に向かう国道362号脇、エイリアンみたいな帰化植物に怪しげな花が咲いていました。

これが、伝説の「ケサランパサラン」…?

Amigasahagoromo7  おやおや、この白い羽毛ののようなものは何だ?しかも動いてる。もしかしたら、これがあの伝説の未確認生物「ケサランパサラン」…?

 もし、「ケサランパサラン」だとすれば大発見!ビワの木の近くにある、幸せを運ぶ、狐の贈り物、成長すると2つに分かれる、白粉(おしろい)で成長する…。動物の排泄物?タンポポの綿毛?妖怪?

Amigasahagorom8  動いている「ケサランパサラン」に指を近づけると、ピョンと跳び上がりました。どうやら、動物です。目を近づけると、怪しい魚みたいなに6本脚。昆虫でしょうか?

 答は、アミガサハゴロモの幼虫です。

 「ケサランパサラン」みたいな綿状のものは、お尻の部分に広げられ、ロウ物質でできているのだそうです。まるで、サンバのダンサーみたい。

 それにしても、不思議な昆虫。成虫になるとガに似た姿になるのですが、実はカメムシ目ヨコバイ亜目ハゴロモ科ですから、セミやカメムシの仲間。だから、幼虫の時代にも脚があるのです。

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霞の中の秋葉詣⑤―ゴミ拾い

Gomihiroi4  決して私が言い出したわけではありません。霞の中の秋葉詣の帰り道、一緒に行った青年の1人が、「僕、ゴミを拾いながら帰ります」とザックからゴミ袋を取り出しました。

 思っていても、いざとなるとなかなか実行できないこと。ましてや、団体行動の時には言い出しにくいことだと思います。

Gomihiroi5  「石垣の間にペットボトルがはさがってる」「お菓子の袋」「コーヒーの缶」。小学生たちも交じってのゴミ拾い。「キレイだよね」「ゴミ、少ないよね」。参道は意外と(?)ポイ捨てが見られません。「秋葉山に登る人は、マナーがいいんだね」。

 途中に祀られている「子安地蔵尊」の前に積まれたお賽銭だって、盗まれた形跡はありません。

 袋にたまったゴミは約1/3。「神さまの山はいつでも楽しく登れるように、参道はキレイにしておかないとね」。往復7時間の秋葉詣は、ゴミ拾いの嬉しいクリーン作戦となりました。

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2011年7月28日 (木)

ふるさとものがたり天竜「笛の好きな竜神さま」より②

Setobuchi6  その時、若者のそばに一人の女が現れて、
「私は、この渕の竜神さまに、おつかえする者でございます。竜神さまは、ただ今、ご病気で伏しておられます。けれどもあなたの美しい笛の音を、竜神さまのおそば近くでお聞かせ下されば、ご病気もきっと治ることでございましょう。さあ、私と一緒にまいりましょう。」
 驚いて、言葉も出ない若者にはかまわず、女はなにやら、ポーンと渕に投げ入れた。するとそれは、くるくると輪をかいて水に吸いこまれ……、そのあとにはぽっかりとした空道(くうどう:原文のまま)が、下へ下へと続いていた。
 若者は女に手を取られて、その道を歩いて行った。

 しばらく行くと目の前がぱっとひらけて、そこに現れたのは、絵のようにきれいな竜宮であった。
「おら、夢を見ているずらか。」
 若者がそう言うと、女はほおえんで、
「いいえ、夢ではございません。さあ、笛をお聞かせ下さい。竜神さまは、この奥の間で、お聞きになられます。」
 そこで若者は、言われるままに笛を取り出して、静かに口に当てていった。
 酔いしれるような笛の音が、高く低く、竜宮のすみずみにまで流れていった。
 やがて、
「ようこそ竜宮へ、おいで下さいました。あなたの笛のおかげで、私の体の中にいた悪い病気の虫が、逃げ出したようです。どうもありがとう。」
と、言いながら、現れた竜神さまの美しいこと。竜神さまは家来の女たちに、
「みなの者、でき得る限りの竜宮のおもてなし、してさし上げなさい。」
と、言うのだった。
 やがて若者の前に、山のようなごちそうが運ばれて、女たちの歌や踊りが、いつはてるともなくくり広げられた。
 それは時のたつのも忘れるほどの、楽しさであった。
 そんな訳で若者は、とうとう三晩も竜宮にとまってしまった。そして四日目の朝、
「竜神さま、大変お世話になりました。竜神さまもお元気になられたし、村の衆も心配していると思うので、そろそろ帰らせてもらいます。」
 若者は、そう申しでた。
 すると竜神さまは、
「それは残念だこと。それでは美しい笛の音を、たくさん聞かせて下さったお礼に、あなたの望みを、何でもかなえてさしあげましょう。」
「ふんとだか、竜神さま。そんじゃあ、おらの村の田畑の作物が、よく育つようにして下され。」
「わかりました。あなたの村が豊かになるように、あなたがいつも幸せであるように、この竜宮から、絶えず見守ってあげましょう。」
Atagogawa8  竜神さまのやさしい言葉に、若者は大喜びであった。
 竜神さまはさらに、
「これは竜宮のおみやげ、玉手箱。どうぞお持ち下さいな。でもこの中のものに、決して傷をつけてはなりませんよ。」
と言って、きれいな箱をさし出した。
 若者は、その箱をかかえて帰って行った。

 若者が村へ帰ってみると、ちょうど若者の三回忌の最中で、家には村人たちが大勢集まっていた。村人たちは、死んだと思っていた若者が突然現れたので、腰を抜かさんばかりに驚いて、
「今まで、どこで、何をしてた。」
と、口々に問いただした。
 そこで若者は、竜宮のことや竜神さまのことを、みんなに話して聞かせたが、みんなはただ笑うだけで、だれも真剣に聞いてくれなかった。

 けれどもそれから後、阿多古の里の阿寺の村は、毎年毎年田畑の作物がよく育ち、豊作に恵まれるようになったのである。
 村人たちは『笛の好きな瀬戸渕の竜神さま』を、雨ごいの神さまとして、大切におまつりするようになったということである。

 若者が、竜神さまからもらった玉手箱の中には、美しい朱塗りの吸物わん十個が入っていた。しかし、若者が、その一つにそっと傷をつけてみたら、十個のおわんは、あとかたもなく消えてしまったと言われている。(「ふるさとものがたり天竜・第2章上阿多古地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

 長いお話でしたので、2回に分けさせていただきました。①は雨乞い、②は貸し椀の2つの要素が入っています。

 阿多古川の清らかな流れは、森林の緑と竜神さまのおかげなのかも知れません。

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

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半分だけの花「ミゾカクシ」

Mizokakushi3  上半分がちぎれたようなキキョウ科ミゾカクシ属の花―溝を隠すほどに茂るというところから、名前は「ミゾカクシ(溝隠)」。田の畦(あぜ)に莚(むしろ)を敷いたように広がるところから、別名「アゼムシロ(畦莚)」とも言うそうです。

 花は薄紫がかった白。とにかく小さな花ですから、草は茂ってはいても、気付かないことが多いかも知れません。下方にだけ広がる花の形から、中国では「半辺蓮(半分のハスの花)」と呼んでいるとのこと。何だか、この名前が一番当たっているような気がします。

霞の中の秋葉詣④―お参りの作法

Omairi7  秋葉神社に着いたら、お参りです。子どもたちにも、お参りの作法を教えておきましょう。

 「最初はどうするの?」「手を洗う。柄杓を右手に持って、左手を洗う」「はい。次は?」「柄杓を左手に持ち替えて、右手を洗う」「そして?」「もう一度、右手に持ち替えて左手に水を受け、口をすすぐ」「口の水は…?」。

 子どもたちだって、手水の作法はきちんと守らなくてはいけません。「さあ、石段を上ってお参りに行くぞ!」。

Omairi8  「1、2、3…。48、49、50。全部で50段」「そうか。参道の50町と同じように、50段なんだ」。それは、私も気づきませんでした。「もしかしたら、そうかも知れない」。

 理由は分かりませんが、秋葉神社には鈴がありません。「まず、2度頭を下げる。次に2度手を叩く。最後にもう1度頭を下げる。これがお参りの仕方。はい、やってみて」。子どもたちは、大人のすることをよ~く見ていました。そして、次は、自分たちの番。「まず、2度頭を下げる…」。

 私たち「極参会」にとっての秋葉詣は、決して宗教の儀式ではありません。でも、神さまの山での作法だけは、覚えておいてほしいもの。子どもでも、大人でも同じだと思っています。

 「お参りが済んだら、お昼にしよう!」。

 余談ですが、お参りの後で引いたお御籤は、またしても「中吉」。一体、何度引いたら「大吉」が出るのでしょうか?

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2011年7月27日 (水)

「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「御室家住宅長屋門」

Mimuro  「広報はままつ」天竜区版7月20日号の「TENRYU WARD HISTORY 天竜区ヒストリー」は、「御室(みむろ)家住宅長屋門(天竜区佐久間町佐久間)」。

 御室家は、後醍醐天皇の時代に民部卿(みんぶきょう)(戸籍を調べ租税および賦役(ふえき)を司る役所の長官)として朝廷に仕えていた藤原光資(みつすけ)を始祖とし、現在まで640年余り続く家系。江戸時代には代々名主として当時の佐久間村を治めました。この御室家に残る長屋門は、昭和4年に一部改築されたものですが、板や柱、梁などは古く、建築の時期は江戸時代中期から後期と推測されています。正面中央に両開きの板戸を構え、右脇に片開きのくぐり戸を持ち、左右の部屋は「八畳」(現在は土間)、「味噌部屋」と呼ばれていました。平成9年7月8日に、市(当時の佐久間町)指定有形文化財に指定されています。

Mimuromap 行ってみたことがありますか?

 江戸時代、身分や禄高に応じて門の形は厳密に定められていました。長屋門は武家屋敷の門を代表する様式で、門番や家臣の住む長屋を兼ねていた門。武士の家格を持つ家や、苗字帯刀を許された富裕な農家・庄屋でも長屋門は作られました。

 佐久間地域自治センター手前の「豆こぼしトンネル」の手前を左折して山道を登ります。車で行くことができますので、ぜひ行ってみてください!

 ●「御室屋敷長屋門」は、正面中央に両開きの…
 ●「御室屋敷」の土蔵の腰から下には、「なまこ壁」…
 ●山香地区に立つ「御室屋敷」の有形文化財「長屋門」…
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地域食材の特徴を学ぶ 浜松市天竜区で生産現場見学会

Futamata  県が進める「ふじのくに食の都」づくりの一環として26日、浜松市天竜区で「ふじのくに食の都づくり仕事人の食材生産現場見学会」が開かれた。

 県西部農林事務所が企画し、管内生産者と食の都づくり仕事人の連携を強めて地域農産物の利用を高めるのが狙い。県産食材を使って静岡の食文化の振興に努める料理人や菓子職人らを県農林水産業振興会が仕事人として選び、この日は仕事人である浜松市内の和洋中華の料理人ら8人が参加した。

 最初に天竜区二俣町の県北遠総合庁舎で地域農産物の紹介と試食会を開催。天竜区で栽培されるシイタケとサンショウ、東区で作られる枝豆について生産者らが説明した。

 「シイタケは100%原木栽培でおいしさが違います」「サンショウは15年ほど前から栽培を始め、サンショウ入りのソースなどを商品として販売している」などと生産者らは紹介、仕事人からは消毒や肥料などについて質問が出ていた。

 続いて生産現場に出向き、農事組合法人が取り組む「てん茶」の製造工場と地域おこしで女性たちが手がけるみそ加工施設を視察。生産者から製造過程や製品の特色などの説明を受け、メモを取るなどして熱心に聞き入った。(「中日新聞」より)

 決して特産品でなくても良いので、もっともっと、地元の食材を知り、先ずは地元で消費するようにしないといけませんね。

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力なく地面に落ちるヒグラシ

Higurashi2  「池の平」へと続く山道は、杉やヒノキの中。♪カナカナカナカナと大声で鳴くヒグラシの声が響きます。

 私の気配を感じると、慌てて飛び去るヒグラシたちが目の前を横切ります。写真を撮ろうとするのですが、ヒグラシが止まるのはかなり高い枝や幹ですので、私のカメラではムリ。ところが、時々、足元に落ちて来るセミの影。

 目の周りや翅・脚の一部の緑色のヒグラシ。体長が長いのは♂です。

Ikenodaira1  枯れ枝に産み付けられた卵は、翌年の6月頃の孵化と同時に地面に落ちます。地中で樹液を吸って育ち、7年目の夏、地上に出て来て羽化した成虫の寿命は約1週間ほど。成熟し、交尾をし再び地面に落ちます。

 あれほど警戒心が高いヒグラシですが、力なく地面に落ち、簡単に手で捕まえることができます。もう1度、杉の木に止まらせてやろうとしましたが、ジジッと小さく鳴いただけ…。寿命が尽きる時とは、こんなものでしょうか?

 すでにお知らせした通り、2011年の「池の平」には水は湧いていません。

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霞の中の秋葉詣③―霞と霧

Kasumi2  「霞(かすみ)って、霧(きり)とは違うの?」

 はい。秋葉神社の神職さんの話では、「今日の、この白っぽいのは霞。霧はもっと色が濃くなり、見通しが悪くなる」とのこと。

  気象学的には視程が1キロ未満が霧で、1キロ以上10キロ未満が靄。標高866メートルの秋葉山には、次から次へとベールのような霞が立ち上がって来ました。

 「すごいね」「こんな日に来れたのはラッキーだね」「そうだよ。きっと、神さまが来ているんだよ」「神さま?」。

Kasumi6  「あっ、今、アクトタワーみたいのがちょっとだけ見えた!」「ホント~?」。一緒に秋葉詣に参加した小学生たちも、この霞を楽しんでいる様子です。

 「霞が濃くなると霧になり、雲に包まれると下が見えなくなる。雷は、下の雲から光が駆け上がって来る感じ。避雷針の方が上にあるからね。怖いよ~」と、これも神職さんの話。

 2011年6月24日、神門も拝殿も社務所も杉林も、みんな霞の中。時々のぞく白い太陽が霞の中に影を写し、神の宿る山にふさわしい風景でした。

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ふるさとものがたり天竜「笛の好きな竜神さま」より①

Setobuchi3  むかしむかしのことである。
 阿多古の里の阿寺の村に、もう何十日も、雨の降らないことがあった。
 すでに田や畑は、からからにかわいてひび割れし、飲む水にも困るようになっていた。
 村人たちは毎日のように名主の家に集って、何か名案はないものかと考えるのであったが、何しろ雨を降らすなんてことが、人間にできるわけがない。
 その時、すみっこの方にいたおじいさんがふと思い出したように歌い始めた。

  阿多古の瀬戸渕 大蛇渕
  木の芽 草の芽 枯れる時
  竜神さまが、お助けなさる
  竜神さまは 笛が好き

 それを聞いた名主は、
「なに、竜神さまだと……。この阿多古に、そんな言い伝えがあったのか。さすが、じいさんじゃ。」
と、大喜びで、
「みなの衆、こうなりゃあ、じいさんの歌にあるように、瀬戸渕の竜神さまにおねげえする以外、ないのう。」
と、いうことになった。
 そこで笛吹きの上手な若者が選ばれた。
 名主はその若者の手を取って、
「お前は、村一番の笛吹きじゃ。どうか竜神さまの気のすむまで、瀬戸渕で笛を吹いておくれ。わしらもお前の帰るまで、お祈りをしているからのう。」
 そう言ってたのむのだった。

 やがて若者は、村人の期待を一身に集めて、瀬戸渕へとおりて行った。すると驚いたことに、瀬戸渕は満々と水をたたえていた。
(不思議じゃ。この水枯れの時に、この渕だけは……。やっぱり竜神さまが、いるずらか。)
と、若者は思うのだった。
 若者は渕に向って、
「竜神さま、おら、一生懸命笛を吹くだで、どうか聞いて下され。」
と、言って、静かに笛を吹き始めた。笛の音は、高く低く流れて……。それはやがて、瀬戸渕の水底へと吸いこまれていった。
 どのくらいしてからであろうか。ほんとうに、ポツリ ポツリと雨が落ち出した。
 やがて雨は、はげしい音をたてて降り出してきた。
「雨だ、雨だぞー。」
「ばんざーい。」
 遠くで村人の声がする。(「ふるさとものがたり天竜・第2章上阿多古地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

Shinmeisan2  山に雨が降らない日が続いても、川には水が流れています。それは、山が水を蓄えているからのこと。しかし、それだって山に樹木が育ち、健康な森ができていなければできません。

 森と水との関係―連日の暑さ続きでも、山から流れ出る水は絶えることなく、私たちの命を守ってくれてい ます。

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

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2011年7月26日 (火)

先祖、被災地に祈り 親子で「灯籠づくり」 天竜

Toro  浜松市天竜区二俣町の本田宗一郎ものづくり伝承館で24日、「灯籠づくり」のワークショップが開かれ、親子連れらが参加した。灯籠には地元や祖先、東日本大震災の被災地への祈りを込めた。

 NPO法人本田宗一郎夢未来想造倶楽部と、二俣みがきの会が主催。参加者はスタッフの指導の下、木板や割りばしを組み立て、和紙には思い思いに言葉や絵を描いた。

 参加者の多くが大震災に触れ「東北がすばらしい街に生まれ変わりますように」などと灯籠にしたためたほか、「二俣川をきれいに」「ディズニーランドに行きたいな」といった言葉も並んだ。

 「二俣川や魚たちを描いた」という二俣小3年の太田大貴君(8)はクレヨンを手に取り、カラフルに仕上げていた。

 完成した灯籠は、8月6日夜に二俣川に流す。(「静岡新聞」より)

 最近では、あまり行われなくなった「灯籠流し」。きっと、よい経験になることでしょう。

「池の平」と秋葉山で出会ったラン科「トンボソウ」

Tonboso34 ラン科ツレサギソウ属(あるいはトンボソウ属)の「トンボソウ」です。淡緑白色で目立たない花ですが、「池の平」で見かけ、翌日には秋葉山の参道で出会いました。

Tonboso4  花の形がトンボに似ているところから「トンボソウ(蜻蛉草)」の名が付いたとのことですが、そう言われて見ると、そうかも知れない…。

 でも、あまり見たことがないでしょう?地域によっては絶滅危惧種に指定されているようですが、静岡県ではそこまでではありません。でも、珍しいと感じるのは、目立たないからかも知れません。

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雨上がりのカタツムリ⑤―イノシシ

Inoshishi2  「雨上がりのカタツムリ」は阿寺(あてら)の集落を散策。おやおや?捕獲檻の中に、イノシシがうごめいています。捕まったのかな?

 「気の毒にね。捕まっちゃったの?」。泥だらけのイノシシはまだ子ども。自分が捕まったのかどうかも理解できていないようです。

 あれ?でも、よく見たら、檻の中には、水を入れた鍋があり、檻の外には「いの子」と書かれた板切れが…。

 …て言うことは、飼われてるのかな?私がカメラを向けると、近づいて来ました。そして、片足を檻に掛けて「何かちょうだい!」。

 う~ん。畑の野菜を食べる厄介者のイノシシですが、こうして見るとなかなかの可愛いさです。子どもの頃に飼っていた、優しい目をした豚のことを思い出しました。食肉用に飼っていた豚ですが、飼育して出荷した豚は、決して自分の家では食べませんでした。この「いの子」も山に帰って、人間と仲良くできるといいのにね。

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霞の中の秋葉詣②―石造遺物

Joyato9  秋葉山表参道には、かつて秋葉大権現として多くの参詣者が押し寄せていた頃の石造遺物があります。夜道の足元を照らした小型の常夜燈、1町(丁=約109メートル)ごとに距離の目安として設置された町(丁)目石、鳥居前に願いを込めて建てられた大型の常夜燈や石組みの跡。

 これらの多くは「嘉永五壬子二月」の秋葉山開帳にあたり寄進されたものです。倒れたもの、一部が失われたものもありますが、「嘉永5年」と言えば「西暦1852年」。今から160年ほど前の幕末時代に建てられたもの。幾多の自然災害や山火事を経てもなお、こうして私たちを誘ってくれるのは、嬉しいものです。

Toriiato1  これらを眺めながら、いにしえの人々に思いを馳せるのが「極参会」式の秋葉詣の楽しみ方。脇目も振らず、ただひたすらに山頂を目指すのは、私たちには似合いません。この日は、それらのすべてが、霞のベールに包まれて見えました。

 「斉藤さん!あそこにキノコがある!」「赤い実がなってる!あれは何?」「実は俺も山野草図鑑を買ったんです」「へ~」「セミの抜け殻だ!」。

 私だけではありません。「極参会」に集まるみんなが道草大好き。本当です。楽しそうでしょう?

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2011年7月25日 (月)

霞の中の秋葉詣①―ゆっくりと楽しむ

Joyatou6  「極参会」の定例会―2011年7月24日(日)の秋葉詣は、霞の中での山登りになりました。

 参加したのは、小学生の兄弟を含む7人。9時40分に坂下の駐車場を出て、石畳の参道を登り始め、寛政7年(1795)建立の大きな「常夜燈」で一休みした頃には、まだ普通の曇り空の下だったのですが…。

Akihamoude5  山の天気は変わりやすく、次第に霞が立ち上り、やがて山はすっかり霞に包まれてしまいました。

 三尺坊「秋葉寺」を過ぎ、「秋葉神社」東の随身門をくぐる頃には、辺りは真っ白。でも、私たちのテンションは変わりません。「雪の日には雪の秋葉山を楽しみ、霞の日には霞の中の秋葉山を楽しむ。これが極参会!」と片道3時間もかけた山登りを、ゆっくりと楽しみました。

 決して、悔し紛れの開き直りではありません。これが、私たち「極参会」流の秋葉詣。いかがですか?次回は、一緒に参加しませんか?参加費は、当然、無料です!

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雨上がりのカタツムリ④―六柱神社の常夜燈と茶園

Joyato17  さて、県道296号を逸れて阿寺(あてら)の山道を登ると、「六柱神社」が見えて来ました。「あてら」とは「日当たりが悪い場所」の意味とのことですが、「阿寺の七滝」で知られた新城市鳳来町阿寺はともかく、神社の近くは山の南斜面のため、決して日当たりが悪い地区ではありません。

 神社の鳥居をくぐった辺りに、秋葉山常夜燈が建てられていました。火袋は更新され、一部に補修の跡も見られますが、「明治四年九月建之」の文字。当時の阿寺は…

Atera3  宝暦6年(1756)の年貢免定(中村家文書)によれば、耕地は25町1反7畝余、大部分が畑地。産物は、茶・和紙・薪炭・材木・楮等。(中略)明治5年の家数52・人口296、同22年の戸数62・人口340、厩38。(「角川日本地名大辞典22静岡県」より)

 「六柱神社」は、向かいに見える神明山から、元禄11年(1698)に現在の地に遷宮されたとのこと。阿寺の主な産物は、250年前と同じように現在でもお茶のようです。神社から見下ろせば、山の傾斜を利用した段々茶園が広がっていました。

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「オニドコロ」の蔓は右巻き

Onidokoro4  ヤマノイモに似ているのですが違います。偽「山芋」の「オニドコロ(鬼野老)」です。

 ヤマノイモの葉が左右対称につく対生であるのに対し、「オニドコロ」は互生。ヤマノイモの蔓がアサガオなどと同じように左巻きであるのに対し、「オニドコロ」の蔓は右巻き。

 髭根が老人の髭に似ているというところから、腰が曲がったエビを「海老」と書くのと同じように、トコロは「野老」と書くのだそうです。

 正月には長寿を願ってトコロを供える習慣もあったそうです。でも、根は苦くて食べられないので偽「山芋」。まあ、そんなトコロです。(北遠楽)

2011年7月24日 (日)

宇宙スミレに慰霊、安全託す 浜松・春野の住民団体

Sumire  宝塚歌劇団の演出家で「すみれの花咲く頃」の作詞を手掛けた白井鐵造さん(1900〜83年)の出身地、浜松市天竜区春野町の「すみれ草花愛好会」が8月、520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故の現場となった群馬県上野村に「宇宙スミレ」を植栽する。愛好会の渡辺せつゑ会長(85)は「犠牲者の方々は宇宙に旅立たれたのだと思う。宇宙から届いたスミレは遺族の癒やしになりうる」と信じている。

 きっかけは2009年にあった。事故で犠牲となった元タカラジェンヌの遺族が慰霊のたび、現場の「御巣鷹の尾根」で「すみれの花咲く頃」を流していることを報道で偶然知った。同年秋、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」で数カ月間管理された後に地球に戻ったコスミレの種を、有人宇宙システム(東京都)から譲り受けた。

 その宇宙スミレが昨年初めて花を咲かせた。周囲からの提案もあり「スミレから新たなつながりが生まれれば」(渡辺会長)と、思うようになったという。浜松市の協力を得ながら8月2日に上野村を訪ね、尾根のふもとにある「慰霊の園」で献花し、苗を植栽する。

 日航機墜落事故では、歌手の坂本九さん=当時(43)=も亡くなった一人だった。スミレ植栽の際には、坂本さんの次女で女優の舞坂ゆき子さん(34)も現地に駆け付ける予定という。舞坂さんは宝塚歌劇団の出身。白井さんの弟子に当たり、春野町と交流を続ける元宝塚所属の演出家、太田哲則さん(65)=大阪芸術大講師=が、舞坂さんに声を掛けたという。

 「小さなスミレにも気持ちを前向きにする力がある」と太田さん。渡辺会長は「スミレは地味な花だけれど、根がしっかりしていて、優しい。咲けば、遺族の心も和むでしょう」と話している。

 日航ジャンボ機墜落事故 1985年8月12日夕、羽田発大阪行き日航ジャンボ機123便が、群馬県上野村の「御巣鷹(おすたか)の尾根」に墜落。乗客・乗員524人のうち520人が死亡した。機体の修理ミス、点検での見逃しが原因とされる。毎年8月12日、「慰霊の園」で追悼慰霊式が行われる。(「静岡新聞」より)

 早いものですね。あの事故から、もう26年が過ぎ去ろうとしています。私たちの誰もが忘れることのできない大惨事。「宇宙スミレ」が春野町の人たちの手助けを経て、慰霊のために植えられとのことです。

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入道雲と飛行機雲―大輪で見た夏空

Nyudogumo7  子どもの頃の「夏休み」の空と言えば入道雲。未だに大好きな入道雲が見られない夏の空に、「お~い!」と呼びかけてみました。

 すると、モクモク♪とまではいきませんでしたが、北遠の空に小坊主くらいの入道雲を見ることができました。写真は、佐久間の大輪橋から下流方向を見たところ。

 気がかりなのは、入道雲を横切るように長く伸びた飛行機雲。大気中の湿度が高くなっているようですので、近々天気が変わるかも知れません。ただし、比較的短時間で薄くなって行きましたので、大雨にはなりそうもありませんが…。

8月開校!『ミナの森』にしうれ小学校

Nishiure1  水窪の旧「西浦(にしうれ)小学校」跡が、8月から「『ミナの森』にしうれ小学校」として開校されます。

 校長先生は、ヤギに決まっているようですが、管理人は、「天空の里」大沢集落に住む津ヶ谷寛奈さん。「池の平」探索の帰り道、掃除中の津ヶ谷さんの邪魔をしてきました。

 正式な開校は来春4月に予定されている入学式以降になるようですが、8月6、7、11、12、13、14、15、16、18、19、20、21、25、26、27、28日には、仮営業としてオープン。土・日曜は、正午より「無料!流しそうめん」をするとのこと。先着100人。

Nisiuresyo4  朝の登校は午前10時ですが、遅刻しても叱られないそうですから、ぜひ、お立ち寄りください。美味しいお茶やお菓子に出会えるかも…。

 写真は、小学校の入口から見た夏空。ここが、涼しい風が入る特等席。津ヶ谷さん手作りのキュウリと大根のぬか漬けと水出し煎茶をいただき、持参のおむすびを食べました。

 そろそろ、夏本番―水窪の空も青さを増し、夏の色に変わって来ました。

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白倉川で「ヤブミョウガ」の白い花

Yabumyouga5  前回紹介したハナミョウガはショウガ科ですから、ミョウガの仲間とも言えますが、「ヤブミョウガ」は葉の形がミョウガに似ているというだけで、ツユクサ科。ミョウガやハナミョウガとは、縁もゆかりもありません。

 本格的な夏を迎えた水窪、白倉川沿いの道で白い花を咲かせていました。

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雨上がりのカタツムリ③―釣りの名所・阿多古川

Tsuri1  阿多古川と言えば、水がきれいで水温が低く、アユ釣りだけでなく、アマゴやニジマスなどの渓流釣りの名所としても知られています。

 「雨上がりのカタツムリ」となった私が、東阿多古川を遡った日にも、狭い県道296号のあちらこちらで車が停められ、釣り糸を垂らす太公望たちの姿が見られました。

Sora0  写真の人が、何を釣っていたのか聞いてはみませんでした。釣れたのか、釣れなかったのかも分かりません。岸の緑を映す清流。見上げれば、どこまでも緑の山々。釣れても、釣れなくても、釣りを楽しむなら、こんな自然の中が一番。

 昔話もたくさん残る阿多古川は、釣りの名所。狭い道は、譲り合って走りましょう!

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土・日曜営業―新鮮野菜が並ぶ『自然市』

Shizenichi3  「雲名橋」の手前、西雲名の国道152号沿い―次々と新鮮な野菜が運び込まれていました。ここは、地元農家が丹精込めて作った野菜の直売所。今年で3年目を迎えた『自然市』です。

 トウモロコシ、トマト、タマネギ、キュウリ、ゴーヤ…。袋に詰められてすべて100円。金山時味噌やキャラブキは、1パック200円。杉を割った薪も、1束100円。もちろん、消費税込みの値段です。

Maki9  『自然市』が営業されるのは、土曜・日曜のみ。午前7時には、最初の荷が入りましたので、かなり早く出かけても大丈夫です。

 こんな直売所を覗いてみるのも、北遠に出かける楽しみの1つ。『自然市』には駐車場がありますから、車を停めるのには困りません。新鮮で美味しい野菜を求め、さっそく、今日にでもお出かけください!

 時間さえ合えば、1日2回のトビの餌やりも見ることができます。

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2011年7月23日 (土)

2011年「池の平」に“幻の池”は未出現

Ikenodaira6  遠州七不思議の1つ、12年ぶりに「池の平」に水が湧いたことを伝えたのは、昨年(2010年)7月21日付「静岡新聞」朝刊でした。

 私が「池の平」を訪れ、“幻の池”を確認したのもその日。約1年たった今、もしかしたら「池の平」に水が湧いているかも知れない、と思い、7月23日(土)、亀の甲山に向かいました。

 最近「池の平」のブログ記事へのアクセスが増えています。「7年に1度湧くなどというのはオーバーな宣伝なのかも知れない」「梅雨が明けて、溜まった雨水が湧くのだったら、今年だって湧いているかも」。私と同じように考えている人は全国にいるようです。

 もったいを付けずに、結論から言います。今年は湧いてはいません。

 満々と水を湛えていた辺りは少し湿ってはいましたが、2011年は今のところ「池の平」に“幻の池”は出現していません。それでも、日の光が明るく射し込み、この美しさです。

 これで、安心しましたか?「もしかしたら…?」って思っていた人の代わりに、私が確認してきました。

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「秋葉ダム」放流―西川と戸倉から撮影

Akihadam2  2011年7月23日午前7時30分、「秋葉ダム」で放流が行われていました。

Akihadam1  先日の台風6号の雨で増水した天竜川の水位を調整するため、1門を開放。勢いよくゲートを下る水は白く見えますが、実際には濁った泥水。支流での鮎釣りはできるようですが、本流が澄むまでには、しばらく日にちがかかりそうです。

 往路には西川側からの撮影でしたが、帰路は戸倉から撮りました。時間は、午後4時30分。放流はまだ続いていました。

また見ました!大輪橋のブッポウソウ

Bopposo6  またまたま、大輪橋です。そして、この目で「ブッポウソウ(仏法僧)」を見て来ました。橋から下流に向けて飛び、次は上流方向に飛び、数回の飛行を確認。しかし、私のカメラでは「ブッポウソウ」は撮れません。

 そこで、またまたまた、他人のカメラのディスプレイを、「ちょっと、見せて!」とお願いし、カシャ!

Sankocho8  そろそろ、子育ての期間も終了。大輪橋での「ブッポウソウ」観察もあと少し。巣立ちが澄めば、南洋に島に向けて旅立って行きます。

 おまけの1枚は、「♪ツキヒーホシ、ホイホイホイ」と鳴く「サンコウチョウ(三光鳥)」。強引にカメラを撮らせていただいた人のアルバムです。

 ありがたい鳥の揃い踏み。合掌!

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西雲名で見られるトビの餌やり

Tobi3  国道152号を南下、雲名(うんな)橋を過ぎた時、突然、数羽のトビが地上目掛けて急降下して来ました。

 驚いて車を停めると、地元の人が野生のトビに餌をやっているところ。撒かれた油揚げを見つけると、次から次に、トビが降りて来ます。地上すれすれで体を反転。油揚げをくわえたまま空高く舞い上がります。

Tobi6  「船明(ふなぎら)でもやってるじゃんね。あっちは、パンらしいけど、トンビにゃあやっぱり油揚げだら。こっちの方が嬉しいんじゃあないのけ?」。

 決して、地上に降り立つことはなく、急降下と急上昇を繰り返すトビたち。大迫力のショーですが、誰かに見せるためというわけではなさそうです。

 たまたま、見ることができたら、トビっきりラッキー!そう思いながら、雲名橋脇をお通りください。

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雨上がりのカタツムリ②―神明神社の石仏群

Sekibutu0  さあ、「雨上がりのカタツムリ」となって、ゆっくりのんびり東阿多古川を遡ると、川瀬橋を渡ったところに、神明神社の鳥居が見えました。

 道路脇の余地に車の停めて、少し低い境内に下りると、鳥居の横に苔むした石仏群が迎えてくれます。3体並んだ石仏は、向かって右から「六地蔵塔」「青面金剛童子」「聖観世音菩薩」。「六地蔵塔」は、1基の石碑の正面と左右の3面に2体ずつ計6体を浮き彫りにして六地蔵とした、阿多古川筋でよく見かけるものです。

Kawasebashi7  「青面金剛童子」は、庚申(こうしん)信仰の本尊。弓矢や法輪を持った六臂の立ち姿の下には、「庚申(かのえさる)」の「申=猿」を意味する三猿が彫られ、足元には、「申」の夜の次の日の朝である「酉=鶏」を意味する鶏があしらわれています。

 「聖観世音菩薩」には「西国三十三所巡礼」の文字が彫られている供養塔です。

 これらの石像は、もちろん神社にはそぐわない仏(ほとけ)。だから、鳥居の中には入れません。かと言って、かつては神仏混淆が当たり前。微妙な場所に、石仏たちが並んでいましたが、別に居にくい様子でもありませんでした。

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2011年7月22日 (金)

「春野の銘菓 青ねりと秋葉街道」のお知らせ

Haruno  「春野倶楽部」からイベント案内のメールが届きました。

 「春野の銘菓 青ねりと秋葉街道」
 ●日時:7月31日(日)14:00~
 ●会場:平木公民館(浜松市天竜区宮川196-2)
 ●会費:200円(青ねり、お茶代など)
 ●お話:月花園三代目・瀬戸統祥氏

 瀬戸氏のお話を聞いた後は、お茶を飲みながら青ねりをいただき、和菓子作りのこと、秋葉神社と秋葉街道について、いろいろとおしゃべりをしようという企画です。

 何だか面白そうです。詳しい内容は、「春野の銘菓 青ねりと秋葉街道」 .png でお確かめください。

 問い合わせは、「いちりん堂」池谷氏(053-989-1084)、「春野陶房」吉田氏(090-3946-3953)、「月花園」瀬戸氏(090-1286-9383まで。

濃いオレンジ色の花「オニユリ」

Oniyuri1  まだ、「オニユリ」を紹介してなかったようです。

 今さら説明するまでもありませんが、濃い派手なオレンジ色の地に濃褐色の斑点が現れ、花弁は強く反り返り、葉の付け根にムカゴができます。

 鱗茎は食用にもなるのですが、ヤマユリほどの人気はないようです。中国からの渡来種とのことで、「オニユリ(鬼百合)」の名前については、姿や形が赤鬼を連想させるからとか、鬼のパンツに似ているからとか、単に大きいユリだからとか、諸説があるそうです。

 遠目にもよく目立つのですが、私も楚々としたササユリや豪華なヤマユリの方が好き。そんなわかけで、遅れての初登場となりました。

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雨上がりのカタツムリ①―東藤平「六所神社」の秋葉山常夜燈と大杉

Katatsumuri5  猛烈な暑さの中、「雨上がりのカタツムリ」のキーワードが気に入ってしまいました。そうだ!私は「雨上がりのカタツムリ」になろう!

 「雨上がりのカタツムリ」は、元気いっぱいでもゆっくりのんびり進みます。北遠に出かける私と同じ。

Joyato7  …などと考えながら、県道9号を落合で右折、東阿多古川に沿って県道296号を500メートルほど行くと、川側の杉木立の中に東藤平「六所神社」が見えて来ます。

Oosugi8  木製の小さめの鳥居の奥に社が設けられ、狛犬や献灯はありませんが、火袋を失くした秋葉山の常夜燈が残されています。

 竿の正面には草書体で書かれた「秋葉山」の文字が彫られ、建造は弘化4年(1847)。阿多古川筋に点々と残る秋葉信仰の盛り上がりが、ここ東藤平でも同様であったという証です。

 鳥居の脇には、杉の巨木が聳えています。特に何の指定もされていないようですが、さしずめ「六所神社の大杉」と言ったところ。

 さあ、殻の中に閉じこもらず、ゆっくりのんびり東阿多古川を遡ってみます。

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「草木トンネル山の駅」で出会ったイチモンジチョウ

Ichimonjicho0  昨年の8月7日、『親子で楽しむ環境教室』を開催した「草木トンネル山の駅」を、またまた訪ねました。思い出の長~いベンチに腰を下ろし、翁川の水音に耳を澄ませ、この水窪の豊かな自然にお礼を言って、立ち上がろうとした時、黒っぽい蝶が道路側から舞って来ました。

Yamanoeki7  「そうだ!ここでは、去年アサマイチモンジを撮ったことがある。きっと、アサマだろう」と思って追い駆けました。あれ?違うじゃん!前翅表に区別となる白斑がありません。「イチモンジチョウだ!」。

 実は、先日、青崩峠でも「イチモンジチョウ」を撮影していました。そして、今回も「イチモンジチョウ」。昨年撮ったのも白斑が少しうすくなっていましたので、もしかしたら「イチモンジチョウ」だったのかも知れません。

 それにしても、懐かしい思い出いっぱいのベンチ。背板の後ろに参加者の署名が…。ありました。私の気取ったサインも。

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2011年7月21日 (木)

鳴き声を聴いた朝に見つけたクマゼミの抜け殻

Nukegara5  遅くれていたセミの鳴き声を、今朝は早くから聴くことができました。

 先週末あたりから聴いてはいたのですが、台風6号が去ったためか羽化したばかりのクマゼミの抜け殻も見つけました。

 春の冷え込みが、夏のセミにまで影響を及ぼすようになろうとは…。ツクツクボウシも遅れるのしょうか?

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NPO法人「天竜川・杣人の会」7月定例会

20110701 7月20日午後7時より、浜松市民協働センターにてNPO法人「天竜川・杣人の会」の7月定例会が行われました。

 議題はまず、10月1日に開催する『親子で楽しむ環境教室』についてです。今年は、北遠の親子さんに浜名湖で楽しんでもらう予定です。

20110702_3 そして次の議題は「(仮称)浜松トラストについて」。これは山における究極の テーマ。森林は、水源涵養機能や環境要素としての存在価値など公益に資するところが大きく、社会資本と同様に公共財産として公共にて所有し維持管理を行っていくべきだという考えです。

20110703_2 天竜地域の場合、今までは林業が盛んだったため、杉や桧などの経済林(人工林)は管理が行き届き、自ずと公益機能を果たしてきた訳ですが、近年の林業の低迷により、産業として成立する経済林が減少し、その分、管理放棄され荒廃した森林が増加してきてしまいました。

20110704 管理放棄された森林は、密に植えられた木が生長し鬱蒼とした森林となります。そうすると、地表に太陽光が届かなくなり、下草が育たなくなります。その結果、雨水によって表土が流出するようになり、地表は痩せて水源涵養機能が大きく低下してしまいます。

20110705 そこで、そういった管理放棄された森林を、寄付または購入等により、そこの市町村の所有に移管して、替わって公共にて管理していこうといった活動がこの「(仮称)浜松トラスト」です。しかし、とても大きな構想です。いちNPOが何とかできる話ではないと思われますが、当NPOでは、森林のもつ公益機能の低下が著しいと認識しておりますので、まずは、この構想が実現可能かどうか、その辺りから検討して行くことになりました。

 約1時間半で定例会を打ち切り、その後、暑気払いを兼ね、福井啓介会長の「佐藤国際交流賞」受賞お祝い会を行いました。

 以上 7月定例会のご報告 事務見習Mでした。

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第3期森林県民円卓会議の5回目

 事務見習中のMです。第3期森林県民円卓会議の県民委員だったりするのですが、7月19日に、その今期5回目の会議に出席してきました。場所は、浜松市民協働センター。

 第3期のテーマは、「県産材の活用」です。色々な立場の県民委員がいるので、みんなで討論すれば、何かいいアイデアが出るだろう!ということで回を重ねてきました。ところが、前回までに出された2つの計画がココに来て頓挫しちゃいまして、行き詰まり気味でした。ですが、今回がんばって新しく2つの案が出来ました^^。まだ大暫定なのですが、

 ひとつ目「『もっと天竜の木を使おう』家づくりフォーラム」みたいな感じで、木材生産者から、建築設計士、大工さん、そして消費者の方に参加していただいて、意見交換会を開催するもの。特に消費者の方の意見を反映できるように、既に木の家を建てた方の経験談やもっとこうすればといった意見とか、これから家を建てたい方の要望や質問を伺って、みんなで考えてみる。100%木の家でなくても部分的に使うとか、こういった木製の家具とかファニチャーが欲しいなあといった意見でいいと思います。そういった公開会議を行う予定です。

Photo  ふたつ目はシンプルに「学校のまな板を天竜桧にしよう!」というもの。今、まな板というとプラスチックの白いまな板がほとんどだと思いますが、やっぱり木のまな板がいいです。天竜川の流域に住む者は天竜桧のまな板でしょう。ということで、とりあえずどこかの学校に天竜桧のまな板をプレゼントして家庭科の授業で使ってもらって、子供たちに実際に木に触れてもらおうという企みです。まだ確実にといった訳でもないですが、ご協力いただける学校様募集中です。「まな板希望」と書いて杣人の会までメールください^^。

 と以上、第5回目の会議の報告でありますが、当会の特別会員である小嶋睦雄先生が円卓会議の運営委員でもあられます。

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「賽の河原」のバイケイソウとニガイチゴ

Baikeiso6  「池の平」に水が湧いたのは、1年前―諏訪湖に向かう竜神が途中に立ち寄る時に水が湧く、と言われています。その時には、秋葉古道の「賽の河原」にも水が湧くと言われ、昨年は確かにジメジメと湿っていたのですが…。

Nigaichigo2  現在の「賽の河原」は、ほとんどカラッカラ。そんな緑一色の中に、バイケイソウが白い花を咲かせた穂を伸ばしていました。キラキラと輝く赤い実はニガイチゴ。

 どうやら竜神さまの諏訪湖行きは、今年はなさそうですね?

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絵葉書「天然の美・人工の驚異 佐久間ダム」―その③

 龍山の和田芳博氏からお借りした、ちょっと古い絵葉書「天然の美・人工の驚異 佐久間ダム」の紹介のおしまいは、佐久間町中部(なかべ)です。

 「発電所・放水口」佐久間ダムに湛えられた水は、取水口から導水路、水圧鉄管を通って発電所へ導かれ、最大出力35万KWの発電機を回しこの放水口から放水されます。

Dam620

 この絵葉書の発行が昭和50年代だったとすれば、昭和57年7月に運用が開始された第二発電所はまだできていなかった可能性があります。

 「佐久間ダムへの玄関口」中部天竜駅の北にある松山公園、(海抜300m)、この頂上にある展望台より、ダムの玄関口、飯田線中部天竜駅、(右)、佐久間駅、(左)、発電所を一望する眺めは、正に絶佳である。

Dam621

 見慣れた中部の風景ですが、平成3年4月21日~同21年11月1日まで、B型鉄橋の先にあった佐久間レールパークはまだ開設されていません。

 佐久間ダムに行くのには、B型鉄橋のこちら側から県道1号を登って行きます。その高低差が、発電のために水圧鉄管を流れる水の落差と同じ。周辺には、周波数変換所もあり、水力発電に関するさまざまな施設を一度に見て回ることができます。行ってみたくはありませんか?

 佐久間には、電源開発の第一、第二佐久間ダム発電所の他、中部電力の西渡発電所もあります。どうですか?ますます、行ってみたくはなりませんか?

 だったら、出かけましょう!北遠へ。

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2011年7月20日 (水)

葉軸に翼がある「ヌルデ」の葉

Nurude1  葉っぱのような枝と言いますか、奇数羽状複葉(きすううじょうふくよう)で、葉軸に翼(よく)があります。ウルシ科ヌルデ属の「ヌルデ」。「ヌルデ」の葉にはヌルデシロアブラムシが寄生し虫こぶ(虫嬰)を作ることがあるとのことで、確かに虫のついた葉がたくさんありました。

 聖徳太子が蘇我馬子と物部守屋の戦いに際し、「ヌルデ」の木で仏像を作り蘇我馬子の戦勝を祈願したとの伝承から「カチノキ(勝の木)」とも呼ばれるそうです。

 それにしても、特徴的な姿です。木の名は「ヌルデ」。もう、覚えましたね?

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台風6号接近!大雨に警戒!

 昨日、私たちの秋葉山登り仲間「極参会」リーダーの竹内錦一氏から電話が入りました。

 「台風の影響はどう?春野はかなり強い雨が降り続いていて、気田川は相当増水しているよ」。

 昨日(7月19日)午前6時から、本日(20日)午前5時までの春野町「越木平」のアメダスの雨量観測データです。1時間雨量40ミリは、非常に激しい雨。

 「気をつけてよ!」「おう、お互いにな」。みなさんも、十分に警戒してください!

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
20日
(水)
5時 --- 34.5 --- --- --- ---
4時 --- 34.0 --- --- --- ---
3時 --- 15.5 --- --- --- ---
2時 --- 8.5 --- --- --- ---
1時 --- 8.5 --- --- --- ---
0時 --- 6.5 --- --- --- ---
19日
(火)
23時 --- 5.0 --- --- --- ---
22時 --- 9.0 --- --- --- ---
21時 --- 7.0 --- --- --- ---
20時 --- 7.5 --- --- --- ---
19時 --- 7.0 --- --- --- ---
18時 --- 40.5 --- --- --- ---
17時 --- 18.0 --- --- --- ---
16時 --- 5.0 --- --- --- ---
15時 --- 5.5 --- --- --- ---
14時 --- 7.5 --- --- --- ---
13時 --- 8.5 --- --- --- ---
12時 --- 20.0 --- --- --- ---
11時 --- 24.5 --- --- --- ---
10時 --- 3.0 --- --- --- ---
9時 --- 2.5 --- --- --- ---
8時 --- 3.0 --- --- --- ---
7時 --- 24.5 --- --- --- ---
6時 --- 39.0 --- --- --- ---

「秋葉古道」戸倉道の起点となる中島の集落

Tatsuyama580  以前紹介した、龍山町の和田芳博氏収集の古い絵葉書「龍山村(戸倉全景)」(大正4年11月11日投函) を覚えていますか?写っているのはおそらく中島。河原に数艘の船が並んでいるのが見えます。

 これらの船がすべて渡船用のものであるのかは分かりませんが、西川から秋葉山を目指す参詣客が天竜川を渡り着くのが中島。中島は、秋葉山に至る古道「戸倉道」の起点です。

Tokuramichi3 集落の南にヤマユリが咲く狭い石段道がありましたので登ってみました。80メートルほどの石段を登り切ると県道285号に出ます。県道を横切り、再び坂道を登り始めた辺りで左を見上げると「じんべえさま=神変大菩薩」が見えます。これが、戸倉の集落を抜ける「戸倉道」。

 三河から秋葉山を目指して鳳来寺街道を歩いて来た旅人たちも、ここまで来れば秋葉山はすぐそこ。気合を入れ直しての最後の登りは、中島から。秋葉詣を済ませて下山、再び暴れ天竜を渡るのも、ここ中島の河原からでした。

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2011年7月19日 (火)

今夜は焼きナス―北遠の味「柚子みそ」

Yuzumiso9  佐久間の羽ヶ庄(はがしょう)の柴垣ゆず園さん製造の「柚子みそ」をいただきました。熱々の炊き立てご飯に載せて食べれば、食欲が落ちる猛暑日でも食が進むこと請け合い。冷やし茶漬けや焼きおにぎりにもピッタリです。

 さて、この北遠の味「柚子みそ」にちょい足し~!

 マヨネーズ+柚子みそで、柚子みそマヨネーズを作ります。あとは、スティック野菜につけるだけ。我が家ではキュウリをいただきましたが、茹でたジャガイモにつけてもなかなか美味しかったですよ。

 さあ、今夜はナスの柚子みそ焼きにしましょう。里芋にも合いそうですね。

水の涸れた布滝と自然100選の標柱

Nunotaki5  水窪の名所「布滝」の水が涸れています。原因は、もちろん雨不足、水不足。6月12日の撮影時には、見事な白い布となっていたのですが、7月16日には切れ切れの糸くずのようになっていました。

 せっかく車を停めた他県ナンバーさんも、がっかりした様子。1度は取り出したデジカメを、シャッターを切ることなくバッグにしまっていました。

Nunotaki3  でも、私にはもう1つ挨拶をしなければいけないものがあります。それは、「新・浜松の自然100選」の標柱。山側の余地に建てましたので、気付かずに通り過ぎる人が多いかも知れません。

 「みんなに自然の大切さを伝えるんだよ!がんばって!」と、頭をなぜてあげました。

 「布滝」に水は欲しいのですが、台風の雨はごめんです。今後の進路に注意しましょう!

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山菜としても人気の「シオデ」

Shiode2  多年草の「シオデ」は、サルトリイバラ科シオデ属とかユリ科サルトリイバラ属とか、分類ははっきりとしなようですがユリ科と言うには違和感があります。

Shiode3  別名「山アスパラ」と呼ばれ、若い茎や新芽はアスパラガスに似た風味と歯ざわりがあり、クセがなくて美味しい山菜だそうです。調理法は、和え物や天ぷら。茹でてマヨネーズを付けても美味しいとのこと。今年はもう花が咲きましたから、来年になったら、食べてみますか?

 サルトリイバラにも似ていますが、ちょっと違います。ねっ?葉っぱの形も少し違います。

2011年7月18日 (月)

古い写真に残る山里―大輪ですか?

Tsubakisawa  以前、山香でお借りした写真データを調べていたところ、もしかしたら先日訪れた大輪の山に残っていた鉱員住宅跡と思われる建物群が写っているものがありました。これは、ぜひとも地元の人にお聞きするしかないと思い、記事にすることにしました。

 1枚めの写真がそれ。山の斜面に石組みをし、同じ規格の住宅が並んでいます。注目していただきたいのは、左上に写っているコンクリート基礎の上に立つ2階建ての長屋。

Iko4 先日、大輪の山の中で見たコンクリート遺構が、これと大変よく似ています。コンテリクラマゴケが自生していた道の様子も、私の記憶と合致します。すぐ横に廃屋が残り、1段高い位置にかつての山神社、八坂神社が祀られています。

Iko0  いかがでしょうか?

 かつて、ここには、久根鉱山の名合(なこう)支山で働く人たちの住宅や社宅があったとのこと。写真に写る住宅の窓はとことどころ開放され、洗濯物らしきものも写り、生活の匂いがします。

 何年前のものでしょうか?果たしてこれが、私が思うように、大輪の山の鉱員住宅の写真でしょうか?似ているようでもあり、違うようでもあり…。お分かりの人がいましたら、ぜひ教えてください!

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『にしうれ小学校からこんにちは!』ブログヘGO!

Nishiure  にしうれ小学校~山羊校長の挨拶はいつでも「めぇ~」―HP『にしうれ小学校からこんにちは!』がスタートし、着々と情報を発信し始めています。

 私たちのブログ『出かけよう!北遠へ』からも、『にしうれ小学校からこんにちは!』ブログへのリンクを付けました。

 このHPを運営しているのは、映画「果てぬ村のミナ」の製作を計画しているライブハウス「浜松窓枠」の上嶋常夫氏ら。水窪地域を元気にするための情報を、天空の里・大沢に住む津ヶ谷寛奈さんが更新しています。

 皆さんも、ぜひ『にしうれ小学校からこんにちは!』ブログへアクセスし、水窪の地に思いを馳せてください!コメント、いっぱい書いてくださいね。

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This is Nadeshiko,"Japanese pink".

Nadeshiko1  This is Nadeshiko,"Japanese pink".

 世界よ、見たか!これが、日本の「なでしこ」です!

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いざ、いざ、戸倉へ!ここが、神変大菩薩

Daibosatsu4  そもそも、今回の戸倉探索の発端は、マリアさんがコメントに書き込んでくれた「人変大菩薩」。「人変」は「神変」の間違いと分かりましたが、まだ、それがどこにあるのかたどり着いてはいませんでした。

 このままでは、「出かけよう!北遠へ」の看板に偽りがあることになります。

 …という次第で、「いざ、戸倉へ」の翌日、「いざ、いざ、戸倉へ」と意気込んで、再び秋葉ダムを対岸へ渡りました。

 駐車場に車を停めて、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。猛暑の中、水筒を首から提げてウロウロ、キョロキョロ。

 結局、地元の人に話を聞いて…。

 はい、ここが、「神変大菩薩」です。

Gyoja9  「神変大菩薩」とは、没後1100年の役小角(えんのおづぬ)に光格天皇から贈られた諡号(しごう=おくりな)です。山岳信仰の開祖として実在した役行者は、これを機会に「菩薩」となり、その「神変大菩薩」を祀ったのが、このお堂という訳。

 鳳来寺街道を通り、三河方面から西川で天竜川に出て、暴れる川を小さな渡船で渡り、いよいよ秋葉山へと続く道を辿る秋葉詣の人たちが、ふと見上げる場所に「神変大菩薩」のお堂はありました。

 お堂の中には、石の祠に納められた役行者の石像が祀られ、役行者の脇には、小さな不動明王の石像が控えています。今度こそ、「じんべえさま」。マリアさん、ここですね?道を聞いた地元のお年寄りも、確かに「じんべいさま」と呼んでいましたよ。

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山住で出会った青い輝き「カラスアゲハ」

Karasuageha3  山住神社から少し下ったところで、青く光る蝶の姿が視界に入りました。翅に目立った痛みもなく、キレイな個体。

 少し走ったところで車を停めて、走って戻りました。道路の法面に水が湧き出ている場所があります。辺りに吸蜜するような花は咲いていませんでしたので、きっと、ここに吸水に訪れるはずです。

 勘は当たりました。何度も何度も、飛び去っては戻って来ます。そして、気配を消した私の目の前で、吸水を始めました。もしかしたら、水窪だからミヤマカラスアゲハかも知れません。夏の日差しを受けて、キラキラと青く輝く翅。もしかしたら、ミヤマ…?ミヤマカラスアゲハとカラスアゲハの違いは、後翅の裏に白い帯。白帯があれば、ミヤマカラスアゲハなのですが…?

 結論!白帯はありませんので、「カラスアゲハ」です!残念!

 「さっき、山住でミヤマカラスアゲハの写真を撮っていませんでしたか?」。帰路、大輪橋で会ったブッポウソウの写真を撮りに来た人に言われました。でも、カラスアゲハでした。キレイには違いありませんでしたので、納得はしていますが…。数10分間は粘ったんです。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

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白黒の縞模様「シマサシガメ」

Shimasashigame9  カメムシ目カメムシ亜目サシガメ科「シマサシガメ(縞刺亀)」だそうです。

 白黒の縞模様が美しいサシガメですが、小さい甲虫類や蝶の仲間を捕食し、体液を吸う肉食性のカメムシ。

 頭に被った赤いベレー帽みたいなのは、ダニだそうです。それが何だか分からずに、同定に時間がかかりました。

いざ、戸倉へ!中島の琴平神社

Konpira0  マリアさんのコメント「この道の下が中島地区で船頭長屋が並び、ダムの辺りが船着場でした。」に導かれ、戸倉の中島を訪ねました。気になったのは、地図上に描かれた「鳥居」の記号と「琴平神社」の文字。「琴平神社」は、船による流通が盛んになるのと同時に全国に広まった神社です。

 戸倉村
 文久元年の家数46・人口254(龍山村史)、江戸中期以降、秋葉信仰の高揚から農間に旅籠を営む者も出てくる。あわせて対岸西川(大嶺村)との間の渡船が繁盛する。(「角川日本地名大辞典22静岡県」より)

Konpira2_2 中島の神社には、鳥居の柱に石製の額が寄り掛けてありました。その文字は「○金 金比羅宮」。ここが、「琴平神社」です。

 北遠には、火の神「秋葉大権現」と水の神「金比羅大権現」の神号碑を見かけることがあります。その多くは、川から離れた山間の集落。これらは、北遠で盛んだった「焼畑」に因んだものだと思っています。

 しかし、中島の「琴平神社」については、間違いなく渡船の船頭や筏乗りたちが、暴れ天竜で数多く発生していた水難事故に遭わないようと祈った場所だと思います。

Saigawa2 貞享3年(1686)大嶺村西川の佐太夫(寿楽居士)は、戸倉~西川の渡船許可を代官所に願い出、承認されました。秋葉信仰の高まりは大ブームとなり、明和9年(1772)の参詣者数は25,000人と記され、渡船による利益は相当なものであったと思われます。

 …とは言え、それはあくまでも経営者の儲け。川を渡る秋葉道―「板子一枚下は地獄」の船頭たちは長屋住いで、危険と隣り合わせの命懸けの仕事でした。

 また、明治39年(1906)、久根鉱山の鉱石搬送を請け負う鉱石船戸倉搬送所の記録もあります。その数「大舟80艘、小舟200艘」とされ、専属の船乗りは600人。久根にそれだけの川幅はありませんでしたので、係留したのは戸倉であったのかも知れません。

 戸倉にあった「船頭小屋」の話は、マリアさんに教えてもらうしかありませんね?

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山住神社神門を飾る麒麟の彫刻

Kirin3  山住神社の神門を飾る彫り物。正面向かって右の随身の上は「麒麟(きりん)」です。

 「麒麟」は、動物園にいる「キリン=giraffe」ではありません。獣類の長と言われる中国の伝説上の動物。北遠に棲息する鹿にも似ていますが、もっとずっと大きいそうです。顔は竜で牛の尾と馬の蹄を持つとのことですが、確かに胸から腹にかけての蛇腹は竜のようです。

 胴には巻き毛か鱗のような丸があり、脚には駿足を示す炎が。

 W杯決勝戦をテレビで観戦中です。先制はされましたがアメリカに追いつき、延長戦に入ります。走れ!なでしこジャパン!走れ!青い麒麟たち!

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2011年7月17日 (日)

輝きを放つカワラナデシコ―金メダルに向けて!

Nadeshiko2  写真は、一切何も加工はしていません。水窪の草木(くさぎ)の道端で、たまたま日射しを受けて輝きを放っていました。

 花の名前は、もちろん「カワラナデシコ=大和撫子」。なでしこジャパンは、いよいよ今夜(18日の早朝)アメリカとの決戦です。勝てば金メダル!

 がんばれ!なでしこジャパン!

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 ●This is Nadeshiko,"Japanese pink".…

今年の夏の疑問―「セミが鳴かない」「入道雲が出ない」

Natsuzora5  今年の夏の不思議なこと―「セミが鳴かない」「入道雲が出ない」。どうしたというのでしょう?

 セミの初鳴きは聴きました。まったく鳴かないというのではありませんが、例年と比べて梅雨明けが早く、連日の猛暑が続いているにも関わらず、「うるさい!」と怒鳴りたくなるほどには鳴いていません。

 今年の夏、まだ1度も入道雲を見た記憶がありません。先ほど、船明(ふなぎら)に車を停めて、カメラを空に向けている人がいました。訊ねてみると「雲を撮っているんです」とのこと。「今年の夏って、まだ入道雲を見てないんですけど…」「確かに、入道雲のなりかけは見ましたが、モクモクと上がる雲は見ていませんね」。

 さて、この2つの疑問。別段、何事もなければ良いのですが…。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
17日
(日)
14時 34.8 0.0 南南西 2 50 ---
13時 34.4 0.0 南南西 2 48 ---
12時 33.8 0.0 南西 2 54 ---
11時 33.4 0.0 南東 2 60 ---
10時 31.3 0.0 東南東 1 60 ---

SL「C58」お化粧直し 天竜二俣、有志が企画

Sabiotoshi8  旧国鉄二俣線(天竜浜名湖鉄道の前身)で活躍し、現在は浜松市天竜区二俣町の天竜二俣駅前に展示されている蒸気機関車「C58 389」の修繕作業が16日、同所で始まった。天竜レトロ・トレインクラブ(山崎義和リーダー)が企画。愛知や岐阜、三重のSL保存会も応援に駆け付け、18日までの日程で“化粧直し”を進めている。

 1946年に造られた「C58 389」は、全長約18メートル。長年展示され、汚れや痛みが目立つ。国鉄時代のディーゼル車や客車の保存に取り組む天竜レトロ・トレインクラブは今回、「今手を打たないと大規模な修復が必要になってしまう」と、管理者の浜松市から許可を受け、作業を始めた。

 初日は車体のさびを落とし、要所の磨き出し作業を行った。17日は塗装に取り掛かり、最終日の18日に仕上げる予定。イベントを通じて知り合った「安城市C12―69蒸気機関車保存会」(愛知県)など東海地方の保存会メンバーも訪れ、さび落としに汗を流した。

 作業は手弁当という。「市に頼んだら、塗装だけで何百万円も掛かってしまうのでは」と岐阜の保存会メンバー、長縄貴臣さん(36)。山崎さんは「皆さんノウハウを持っている。心強いし、ありがたい」と感謝する。

 山崎さんは、ぞうきん片手に住民と管理していく活動を理想に掲げる。今回も、作業への飛び込み参加を歓迎している。(「静岡新聞」より)

 昨日、ちょうど作業をしてる時に、「SL公園」の横を通りましたので、カシャ!ああ、「カシャ(貨車)」じゃあなくて「機関車」ですよね?(北遠楽)。皆さん、ご苦労さまです。

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いざ、戸倉へ!夏の秋葉ダム

 梅雨明けの「秋葉ダム」は穏やかな風景。高さ89.0メートルという割には低く見えます。

 その理由は、その約半分が川底から岩盤までの間に埋まっているため。龍山町戸倉の「秋葉ダム」を戸倉側から見ると…。

 下から見上げた写真と上から見下ろした写真の2枚です。

 春には「秋葉ダム湖の千本桜」が彩りますが、夏の「秋葉ダム」は緑の山に囲まれて静かに聳えています。

Dam3 Dam7

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今は何度?山住峠の「ニホンジカ」

Yamazumitoge7  「水と緑と伝統の郷」の案内図を背負ったニホンジカ―山住神社に寄ったことがある人なら誰もが見覚えがある水窪観光協会の大きなモニュメントです。

 夏空を背景に温度計の電光表示の方を振り向いています。表示は点滅していますので写真には写りませんでしたが、2011年7月16日午前11時30分の気温は「28.0度」。同じ時間の佐久間のアメダスに記録は「34.3度」。

 気象庁によれば、連日の猛暑は今日がピーク。明日からは接近中の台風6号の影響と今後の進路が心配です。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
16日
(土)
17時 30.9 0.0 南西 1 58 ---
16時 33.2 0.0 南南西 2 60 ---
15時 33.3 0.0 南南西 2 60 ---
14時 33.7 0.0 南西 2 46 ---
13時 34.2 0.0 南南西 2 50 ---
12時 34.3 0.0 南西 2 58 ---
11時 33.3 0.0 2 60 ---
10時 32.0 0.0 南西 2 60 ---
9時 30.1 0.0 東南東 1 60 ---

「ハ・ナ・チ・ダ・ケ・サ・シ」って何?

Hanachidakesashi6  トリアシショウマにも似ていますが、ユキノシタ科の「ハナチダケサシ」です。

 さて、聞いたことのない名前。おまけに、どこで切ったら良いのか分かりませんね?「チチダケ、チダケ」とは、雑木林に生えるキノコのこと。ちょうど今頃発生し、傘や茎から粘りのある白い乳のような液体を出すことから「乳茸」の名が付きました。

 採取したキノコを持ち帰る時には、傷をつけないように「乳茸刺(チダケサシ)」に刺して運んだんだそうです。

 その「チダケサシ」に似ているけど、「チダケサシ」よりももっと花が多いので「ハナチダケサシ(花乳茸刺)」となったとのこと。

 覚えやすいのか、忘れやすいのか…。阿多古で見かけたのですが、名前の説明だけで疲れちゃいました。

見ました!大輪橋のブッポウソウ

Bupposo8  見ました!大輪橋のブッポウソウをこの目でしかと見ました!写真も撮ったのですが、点にも見えません。

 仕方がありませんので、ニコンの1眼レフに望遠レンズを付けた人にお願いしてみました。「カメラのモニター画面を撮らせて!」。

Oowabashi7 大輪橋の龍山側の下から2番目の穴。ここから、青い鳥が羽ばたいて下流に向かって飛んで行きました。抱卵、子育てが終るまでは、この橋にいつづけるはず。ぜひ、見に出かけましょう!

 でも、決して近づかないでください!お願いします。

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ヤマユリ、やまゆり、山百合…

Yamayuri0  北遠のあちらこちらで、大きなユリの花―ヤマユリが好い匂いを漂わせていました。

 どうですか?匂いが届きますか?

 1枚めの写真は、相月の飯田線第1水窪川橋梁を見上げたところ。ちょっと、いい感じでしょう?

 それにしても、北遠のヤマユリは豪華な花です。

Yamayuri6 Yamayuri7
Yamayuri19 Yamayuri49

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2011年7月16日 (土)

いざ、戸倉へ!地名由来の仏像を祀る東福寺

Tofukuji2_2  山の上に東福寺という寺があります。おっさま曰く、国宝級の仏像があるが、管理が面倒になるので内緒にしている。とのこと。真実はどうなんでしょうね?

 マリアさんのコメントは、戸倉の地名由来と関係があるような気がします。

 とくら 戸倉<龍山村>
 天竜川中流の左岸、秋葉山の西部に位置する。地名の由来は、行基が杉材を彫って造った浮屠(仏像)を蔵を建てて納置したことによるという(風土記伝)(「角川日本地名大辞典22静岡県」より)

 秋葉ダムから県道285号を南下し、左折して山道に入 り、龍山大橋を見下ろす山の縁に東福寺があります。寺の横には、聖観世音菩薩を納めたお堂が建立されています。そして、お堂の柱には…

 千二百年前行基菩薩が戸倉において尊像を彫刻祭祀(おまつり)して諸人の厄難を除くことを発願せられました

 …の札が掲出されていました。

Tokura4  マリアさんが「おっさま」から聞いたのは、きっとこの行基ゆかりの仏像のことでしょう。しかし、残念なことに、お堂の中は見ることはできましたが、肝心の仏像は厨子に納められ見ることはできません。

 「神変大菩薩」は勘違いしてしまったし、戸倉の地名の基になった「国宝級の仏像」は拝めなかったし、今回の「いざ、戸倉へ!」は大失敗?

 でも、夏空を背景にした中島の半鐘台がキレイに撮れました。マリアさん、懐かしいでしょう?

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天竜川の絶景「逆さ夢のかけ橋」

Sakasa3

 午前7時半、「逆さ夢のかけ橋」です。

 4月8日にも、同じ様な写真を掲載しましたが、今回は夏の青空と白い雲が写り、なかなか良い景色。「早起きは三文の徳」。いや、「三文の得」?

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いざ、戸倉へ!「じんべいさま」「役行者」「人変大菩薩」

Daibosatsu2  きっかけは、先日のマリアさんからのコメントです。

 秋葉山の麓の戸倉、中島地区に住んでいた者です。中島には「じんべいさま」という土地の人がまつる神様がいます。私も幼い頃に祖母に連れられ通いました。調べた所、人変大菩薩《役行者》でした。ひっそりと山岳信仰が残ってますよ。

 この道をダムと反対側に行くと、左手に上り道があり、そこに「人変大菩薩」が、川を見下ろしていらっしゃいます。

 ぜひ、行ってみて下さい。わりと立派な小屋に入ってます。道路から少し高い場所にありますよ。

Akihadam0  「人変大菩薩」の名前に興味津々。早速、秋葉ダムの堤体道路を渡り向こう側へ。指示の通りにダムを見下ろす高台に上がってみました。すると、そこに「わりと立派な小屋」が…。これだ!

 ところが、正面にはガラス戸が嵌められ、鍵が掛けられていて中を窺うことができません。 「もしもし、人変大菩薩さんですか?」と声をかけてはみたのですが…。

 仕方がありません。せめて、「高い場所」から見下ろした秋葉ダム第二発電所の写真を載せておきましょう。「じんべいさま」「役行者」「人変大菩薩」…。マリアさん、ここですか?

 でも、もしかしたら「神変大菩薩」?次は、東福寺へ行こう!

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参遠山村手記「片耳の獣」より

Mizu6  周知郡麻布山にて捕へたる獣は、総て片耳なりと昔より言ひ、現今も土地の者は信じ居れリ。其由来として伝ふる処に拠れば、昔山の中腹なる麻布沢に雨乞淵とて大いなる淵あり、淵の主は大蛇なりき。或年の雨乞に山の上より石を転がし込みたる者あり。其石恰も大蛇の耳に当り傷けたる為、其蛇の怨霊にて、以来その沢の水を呑みたる獣は総て片耳となるといへり。(早川孝太郎著「参遠山村手記」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

 「片耳の獣」―知りませんでした。妖怪でしょうか?もし、それを知っていたら、麻布山には登らなかったかも知れません。

 山頂付近には、水が湧いて池になっているところがありました。水の中には、オタマジャクシがいましたが、あれが片耳だったのか…?「片耳のオタマジャクシ」?「片耳のカエル」?

 そうだ!そういえば、私の左耳には聴力がなかったっけ。「片耳の獣」って、斉藤のこと?

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北遠のヤマユリが咲きました。

Yamayuri9

 旧天竜市の「市の花」、旧水窪町の「町の花」―北遠の「ヤマユリ」が咲きました。日本の「ヤマユリ」を交配して純白の花を咲かせるようにしたのが、大人気の「カサブランカ」。

 花壇やプランターで咲くカサブランカよりも、北遠の野に咲く「ヤマユリ」の方が、一段と豪華です。

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さび取りや塗装などのお手伝いを募集 あすから浜松・二俣で展示SLの化粧直し

Photo  浜松市天竜区二俣町の、天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅前にある蒸気機関車公園で展示されているSL「C58 389」をきれいにしようと、地元の鉄道ファンらでつくる天竜レトロ・トレインクラブは16日から3日間かけて行う化粧直し作業の参加者を募集している。

 活動は16日は午前10時から午後5時、17、18両日は午前9時から午後5時。同駅西側広場でクラブが修復作業を進めているディーゼル車の前に集合し、移動する。

 作業は16日はさび落としや塗装前の準備など、17日は塗装前準備と塗装、要所の磨きだし、18日は塗装と仕上げを行う。参加希望者は汚れてもよい服装で暑さ対策の手ぬぐい、昼食などを用意。小学生以下の参加は保護者同伴で。

 作業をするSL「C58 389」は1946年の製造で、かつては旧国鉄二俣線で活躍した。

 同クラブはホームページを作成して活動を紹介、今回の化粧直し作業についても案内している。(「中日新聞」より)

 阿蔵の「SL公園」に展示されている機関車「シゴハチ」です。もう、知っていますよね?天竜レトロ・トレインクラブのHPはこちらです。

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2011年7月15日 (金)

遠州大念仏の踊りで戦没者を追悼 浜松市天竜区で盆供養祭

Dainenbutsu0  浜松市天竜区山東の光明地区忠霊塔前で13日夕、地区戦没者を慰霊する盆供養祭があった。戦没者とともに東日本大震災で亡くなった人たちを追悼、参加者は遠州大念仏の踊りを見守った。

 供養祭は光明忠霊塔奉賛会(中谷雄一会長)が毎年新盆の13日に行い、遠州大念仏保存会の「下すがり組」(平野征保会長)は保存会を結成した1978年から参加して念仏踊りによる供養を続けている。

 今年は初めての試みとして光明遺族会(鈴木政幸会長)が地区戦没者と同じ数の220個の灯明を並べ、千羽鶴を設置した。竹製の灯明からはロウソクの柔らかな明かりがともり、幻想的な雰囲気を醸し出した。

 保存会のメンバー20人余りは哀愁を帯びた笛や太鼓、鉦(かね)を奏でながら、ゆっくりとしたリズムで念仏踊りを披露。遺族や地域住民らは静かに念仏踊りを見守り、手を合わせる姿も見られた。 (「中日新聞」より)

 盆です。大念仏です。大念仏の双盤(そうばん)のもの悲しげな音を聴くと、涙がこぼれます。みなさんは、いかがでしょうか?

古い写真の鳥居の位置「裏参道三十丁目鳥居跡」

Akiha219  私たちの秋葉詣の会「極参会」での話題―このモノクロの写真に写っている鳥居の場所はどこか?

 写真は、大正15年8月発行の『和享帖』(静岡縣神職會周智郡支部)にも掲載されていましたので承知はしていました。私自身は、「秋葉山に建っていた3基の鳥居の内のどれか。おそらく最後の三の鳥居だろう」ぐらいにしか考えてはいませんでした。

 ところが、「極参会」リーダーの竹内氏は「表参道のどの景色とも合わない。これは、きっと裏参道の鳥居に違いない」と推測。気になっていた私は、東雲名から秋葉山に通じる「裏参道三十丁目鳥居跡」に再度立ってみました。

30cho6 やっぱり!

 杉木立に囲まれた鳥居の先で緩やかな坂道が続く参道。どうでしょうか?古い写真の鳥居の場所は、ここではないでしょうか?

 ここは、戸倉道と雲名道とが交差する地点。この場所には、『金樹林』と書かれた額(秋葉寺三十八世任梁和尚筆)を掲げる銅鳥居が立っていたとのこと。

 横位置で撮った写真を縦位置にトリミングしてみました。やっぱり、ここだ!杉木立は火災によって様子が変わってしまっているけど…。錦ちゃん、きっと、ここだよ!

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見た目は甘茶、梅に似た花―バイカアマチャ

Baikaamacha2  水が沁み染み出す山肌に、梅に似た白い花が下向きに咲いていました。名前が分からず、時間をかけて検索をしてみました。すると、よく似た写真が見つかり、ユキノシタ科バイカアマチャ属「バイカアマチャ(梅花甘茶)」だと分かりました。

 つまり、「花は梅っぽいけど、見た目はアマチャにも似てるかな?」的な名前です。

 ウツギやアジサイの仲間で両性花の他に装飾花が付くようですが、気付くのが遅れ、装飾花を確認できませんでした。

 静岡県以西の太平洋側だけに生育しているとのことで、地域によっては「絶滅危惧種」にも指定されています。なかなか趣きのある花でした。

 どこにあったの?阿多古川筋で出会ったのですが、場所は…。

2011年7月14日 (木)

幼稚園訪問、遊びで交流 二俣高2年生

Futamata  二俣高の2年生143人が12、13日、浜松市天竜区二俣町の市立二俣幼稚園を訪れ、年少から年長の全園児88人と触れ合った。同校が毎年実施する保育体験実習の一環。

 生徒は、触れ合い遊びで園児の緊張をほぐした後、工作したり絵本を読んだり、絵を描いたりして喜ばせた。園庭では鉄棒やサッカー、フラフープなどを一緒に楽しみ、昼食も仲良く味わった。

 園児と自身の顔を画用紙に描いた穂満侑汰さん(17)は「子どもだったころを思い出す」と、積極的に交流していた。(「静岡新聞」より)

 高校生に「子どもだったころ」と言われると少し辛いのですが…。でも、世代を超えたふれあいの体験は、今後の社会生活の中で必ず活かされと思います。

「社団法人天竜青年会議所」企画・発行の絵葉書『天竜』①

Ehagakitenryu651  「社団法人天竜青年会議所」企画・発行の絵葉書『天竜』を紹介します。表紙には、「鳥羽山公園より遠州平野を望む」と題したサクラの季節の写真が使われ、製作されたのは、表紙裏のデータから推測すると昭和49年(1974)。

 龍山町西川の和田芳博氏からお借りした12枚組の絵葉書の中から、ちょうど今の季節の風景写真を使った4枚を紹介します。

Tenryukudari648_2 Ayutsuri647
◇天 竜◇天竜下り ◇天 竜◇清流の鮎つり
Chatsumi649 Akihadam650_2
◇天 竜◇茶畑 ◇天 竜◇秋葉ダム

 ◇天 竜◇天竜下り
 天竜川は源を信州諏訪湖に発し、南下すること200km、遠州灘にそそぐ日本三大急流のひとつである。巨岩・奇岩を洗ってくだる碧水とめまぐるしく変化する両岸の風景を見ながらの川下りは3月から11月まで行われる。Tenryu-kudari

 ◇天 竜◇清流の鮎つり
 天竜川・気田川・阿多古川の清流に恵まれ、鮎つりを楽しむ太公望でにぎわう。Fishing an Ayu

 ◇天 竜◇茶畑
 傾斜地を利用したお茶の栽培が盛んで、良質な天竜茶が生産されている。A Tea Field

 ◇天 竜◇秋葉ダム
 高さ84m、長さ273mのえん堤。春は桜並木、夏は鯉・鮒と釣天狗達を楽しませている。付近の白倉峡とともに東海自然歩道のコースにある。Akiha Dam

 40年近く前の風景ですので、その後「船明ダム」が建設され、天竜下りもダム下流からとなり、手摘みによる茶摘みも見る機会が減ってしまいましたが、青い水と緑の溶け合う風景は今も変わりがありません。

 いかがですか?行ってみたくなりませんか?私たちの知っている天竜区「北遠」って、こんなに良いところなのです。出かけよう!北遠へ。

秋葉山、秋葉ダムに立つ「100選」の標柱と再会

 「新・浜松の自然100選」の標柱を「私が建てた」と書いたところ、「それはどういう意味?」と聞かれました。

 それは、「100選」の標柱を建てる交渉をし、承諾書を受け取り、FOREST工房へ製作を依頼、車に載せて現地に運び、スコップで穴を掘り、垂直を見ながら標柱を立て、周りを搗き固め…。

 自然豊かな北遠には、「100選」の指定地がたくさんあります。自分が建てた標柱に出会うのは、何とも言えないほどに嬉しい気持ちです。環境にインパクトを与えないよう、景観を損ねないように考えて、ヒノキ間伐材の柱を使いました。

 透明の防腐剤は注入してありますが、10年経って朽ちても良いのです。看板ばかりが目立つのは「不自然」です。「自然100選」は、あくまでも「自然」ではいけないと思っています。

 …というわけで、今回は、「秋葉山・秋葉神社の社叢」と「秋葉ダム湖の千本桜」の標柱と再会。私に代わって、佐久間出身で千葉県に住む夏目さんが、柱の頭をなぜてくれました。みなさんも、頭をなぜてくださいね。私たち自慢の「自然」を眺めながら…。

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秋葉山・秋葉神社の社叢 秋葉ダム湖の千本桜

可哀そうな名前「ハキダメギク」

Hakidamegiku8  最近よく目に付くキク科の小さな花が気になっていました。これって、見たことがありませんか?

 キク科コゴメギク属の「ハキダメギク(掃溜菊)」―なにも、そんな名前を付けなくてもいいのに…。

 名前の由来は、「日本の植物学の父」と呼ばれる牧野富太郎博士が、世田谷の掃き溜めで発見したため。

 熱帯アメリカ原産の帰化植物。はるばる地球の裏側の日本に来たら、とんでもない名前を付けられた可哀そうな植物です。

2011年7月13日 (水)

きょうもサルの目撃情報

 「サルを見た」という通報が相次いで寄せられている浜松市中区で13日、市の職員などが周辺をパトロールして住民に注意を呼びかけています。

 サルが目撃されているのは浜松市中区上島の住宅街で12日に続いて13日も、午前7時半ごろに「サルを見た」という通報が2件相次いで警察に寄せられたということです。

 これまでにけがをした人や物が壊れるなどの被害は出ていませんが付近の住民から不安の声が上がっていることから浜松市ではサルを捕獲しようと周辺をパトロールしています。

 市の職員らは地元の猟友会の人たちと一緒にサルが目撃された場所を見てまわり、猟友会の人は「目撃されているのは野生のサルだと思われ、エサが少なくて住宅街まで降りてきてしまったのではないか。サルを興奮させないように檻を使って捕まえてはどうか」などとアドバイスしていました。

 浜松市農林業振興課の小林和重さんは「早く捕獲して山に帰してやりたい」と話していました。

 市は▼サルを見かけたら静かにその場を離れることや▼えさになるものを住宅の外に置かないこと、それに▼戸締まりをしっかりするよう注意を呼びかけています。(「NHK静岡のニュース」より)

 サルは厄介ですね。捕獲はできても、捕殺はしにくい動物です。山のサルたちは、すごい勢いで増えています。エサがなくて、と言うようよりも、個体数が増え過ぎ群れから離れたサルではないでしょうか?

万葉の森公園の『はちす』

 事務見習中のMです。北遠楽師匠からの指令で初投稿であります。手始めに写真でもと、昼休みに会社の近所の万葉の森公園でハスを撮ってきました。「北遠」ではないですが、より道ということで・・coldsweats01・。
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大きな地図で見る

擬態の王様「ナナフシモドキ」

Nanafushi0  1年ぶりに出会った「ナナフシモドキ」。カラムシの葉の上に「ナナフシモドキ」がいました。

 いくら「擬態の王様」と言っても、分かるよね~。いくら「枝にそっくり」と言っても、所詮は私の目はごまかせません。

 本人は自信を持っているようです。でも、分かりますよね~?

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夢と希望を載せて発車した「光明電氣鐵道」の株券

Kabuken  龍山町西川の和田芳博氏のお宅で、光明電気鉄道の株券を見せていただくことができました。少しシミができてはいましたが、「金五百圓」の「拾株券」です。

 商   號 光明電氣鐵道株式會社
 設立登記 大正拾四年六月貮拾九日
 資本總額 金壹百五拾萬圓
 壹株金額 金五拾圓

 光明鉄道の開業は昭和3年(1928)の新中泉駅―田川駅間、その延長が北遠に達し、「二俣町駅」が開業したのは、同5年(1930)でした。会社創立は、大正11年(1925)6月21日だと思っていましたが、株券によれば会社登記は3年後だったようで、発行は「大正拾四年拾壹月貮拾五日」となっています。

 今から83年前の株券が、目の前にあります。「光明」の漢字を丸くデザインし、中には電気を表わす稲妻のような形にレールの断面が描かれた社章。「右記名者ハ當會社株式ノ内拾株ノ株主タリ仍テ本券ヲ交付スルモノナリ」。

 夢と希望を載せて発車した光明電気鉄道は資金繰りに行き詰まり、昭和14年(1939)には会社解散。廃線に追い込まれた歴史は、すでにご存知の通りです。

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またまた、ラミーカミキリです。

Rami3  また、ラミーですか?はい、また、ラミーカミキリです。

 話は長くなりますが…。

 羽ヶ庄出身で千葉県に住んでいる夏目さんが来浜しました。豊橋で集まりに出席するためでしたが、前日は「どこかに連れてって!」と言うことになり、秋葉神社へ。

 秋葉ダムに下り、佐久間を通って豊橋へと向かうロングドライブの途中です。あれっ?これって、内緒でしたか?

 大輪橋そばの渡辺商店でお弁当とお茶を買い、橋を眺めながらベンチで昼食。ふと足元を見ると、枯れ葉の上に怪しい虫影。

 大きいのが♀、小さくて背中に乗っているのが♂。交尾中を失礼いたしました。

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秋葉神社参道で見た「カラスウリ」の花

Karasuuri7  誰かさんのブログで紹介された「カラスウリ」の白い花。私も見かけたので…。

Shinmon6 秋葉神社の長い参道階段の途中。もう、夜に咲く「カラスウリ」の花―お昼を過ぎていましたし、離れたところからの撮影でしたので、こんな程度です。

 本当は、もっとキレイなのですが…。

 UPの写真は、『公園とか緑とか』で道草してください!

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秋葉山のカキノハグサとニホンジカ

Kakinohagusa9  秋葉山で生育するヒメハギ科の「カキノハグサ」―葉の形が柿の葉に似ているから「柿葉草」ですが、花も柿の実の色に似ていました。でも、「カキノハグサ」の実は、こんな感じです。

 6月下旬には花も開き、まだ蕾も見られたのですが、昨日(7月12日)見つけた「カキノハグサ」には、こんな緑の実が付いていました。

 千葉から里帰りした夏目さんを、初めてだと言う秋葉神社へと案内し、せっかく来たのだから「カキノハグサ」の花を見てもらおうと思ったのですが、季節は確実に進んでいました。

Shika4 「残念でした」と再び車に乗込み、山を下りかけた時、「あっ!シカだ!」。秋葉山の斜面を、雌のニホンジカが駆け下り、あっという間に見えなくなりました。

 …と言うわけで、ニホンジカの写真も。こちらは、神社の「鹿苑」で飼われているシカ。私たちを見て逃げるどころか、尻尾を振りながら近づいて来ました。でも、「鹿せんべい」を持っていないと分かると、愛想を振りまくのを止めて…。

 さあ、佐久間を回って豊橋に向かいましょう!あっ、内緒だったっけ…。

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2011年7月12日 (火)

これが「森の宝石」ブッポウソウ

Buposo1  ほら、ほら、これが「森の宝石」ブッポウソウ!

 もちろん、私が撮った写真です。どこで?佐久間の大輪橋そばの渡辺商店の中。店の中にいたのかって?違います。渡辺商店に掲示してあった写真の複写。でも、今年の写真ですよ。

 昨年は、子育てがうまくいかなかったとのことで、早めに大輪橋を離れたのですが、今年は抱卵しているようです。

 週末には観察者が多く訪れているそうですが、ブッポウソウは警戒心が強い鳥。あまり騒ぎ立てると抱卵を放棄してしまうこともあります。近づき過ぎないようにお願いします。

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真っ赤な「ユスラウメ」の実

Yusuraume6  子どもの頃の思い出です。実家にはサクランボもあったのですが、「ユスラウメ」もありました。

 見た目は柄の短いサクランボみたいなもの。「ユスラウメ」の赤い実を塩水で洗い、少し塩味が残るままで口にほお張ったものです。

 結婚して家を買い、屋敷の片隅に「ユスラウメ」を植えました。子どもが生まれたら食べさせてやろうと思い、大切に育てました。そして、とうとうそのチャンスが来たのです。

 ところが、子どもの反応は「これって、おいしくな~い!サクランボの方が好き!」。私一人で食べることになり、仕方なくサクランボの苗を買って来ました。そのサクランボも、「もっと大きな方が好き!」と拒否されて…。

 そうか。今頃だったんだ…。阿寺(あてら)の集落で見つけました。私にとっては、本当に懐かしかったんです。そう言えば「ユスラモモ」とも呼んでいましたっけ。あ~、つまんでみたい!

古い絵葉書を携えて熊を散策④―熊の変遷

Bato4  磐田の佐口行正氏からお借りした、熊村の古い絵葉書は5枚組。残りの2枚には、「熊村役場」「樂養館」「熊村製材工場」「林相」の4枚の写真が使われています。

 「熊村」の名が消えたのは昭和31年(1956)9月30日。 二俣町、上阿多古村、光明村、下阿多古村、龍川村と合併し二俣町となり、同33年(1958)に天竜市に改称されました。

 昭和30年(1955)には2,508人あった熊地区の人口は、同60年(1985)には1,178人に半減。人口減少が進む北遠の中でも、過疎化と少子高齢化が進んでいる地区です。NPO法人「夢未来くんま」が運営ししている道の駅「くんま水車の里」―休日には駐車場に多くのバイクや自動車が停っています。しかし、北遠の他の地域と同様に、生活を支えて来た林業の不振は深刻です。

 絵葉書が作成されてから80数年、平成17年(2005)7月1日に浜松市となってからも6年が経過しました。すでに、絵葉書の風景を探すのは難しくなっています。今後、熊の風景にはどのような変遷が待っているのでしょう?

 今回散策した風景もまた、必ず変わって行くことでしょう。たとえ風景は変わっても、引き続き熊の人たちにとっての「安心して暮らすことのできる地域」であってほしいと願っています。

Kuma663 Kuma664

 1枚めの写真の「馬頭観音」には、文化12年(1815)の年号が刻んでありました。

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「緑のカーテン」にゴーヤの実が付きました。

Goya8  夏の暑さ対策と省エネのため、「緑のカーテン」を育てています。ゴーヤの大きな葉が茂っては来ましたが、まだ窓全体を覆うところまでにはなっていません。

 そんな中で、可愛らしい実が付きました。カーテンの生長のためには摘果してしまった方が良いのかも知れませんが、なかなかそんな気持ちにはなれません。

Goya5  どうしよう、どうしよう、と躊躇っているうちに…。まあ、1個くらいはいいでしょう、と思っていたら3個も見つかりました。

 それにしても、「緑のカーテン」って本当に涼しいんですよ。別に新しいことではなく、昔から作られていたアサガオやヘチマの棚も同じですけどね。「緑のカーテン」は、エアコンなどなかった時代からの日本人の知恵です。

 …で、ゴーヤですが、もう少し大きくなったら、「緑のカーテンの恵み」としていただくことにします。

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「広報はままつ」全市版『浜松百彩』阿多古川

Atagogawa  ◆憩いと癒やしの清流、阿多古川

 天竜区を流れる天竜川水系の1級河川。季節ごとに表情を変える天竜の山あいを流れる水は、川底まで透き通っています。平成20年には「平成の名水百選」(環境省)にも選ばれ、四季を通じて澄んだ水と豊かな自然を楽しむ人でにぎわいます。

 また、全長22.6kmの川沿いに点在する多くの滝も阿多古川の持つ魅力の一つ。静寂の中で、心地よい音とともに流れ落ちる滝は、訪れた人の心を和ませる癒やしのスポットです。

 ご覧になりましたか?「広報はままつ」全市版6月5日号の『浜松百彩』は、阿多古川の清流が選ばれていました。最近、阿多古川筋を巡ることが多くなり、この美しい川の魅力の虜になっています。

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2011年7月11日 (月)

亜米利加犬鬼灯=アメリカイヌホオズキ

Inuhozuki1  ナス目ナス科ナス属の嫌われ者「悪茄子(ワルナスビ)」とよく似ていますが、棘がありません。それでも鑑賞に耐えられるわけでもなく、有毒ですから食べることもできない「役立たず」。

 そんなところから付けられた名前は「亜米利加犬鬼灯(アメリカイヌホオズキ)」。「ホオズキ」は「酸漿」とも書きますが、北米原産のヤンキーたちには「亜米利加犬鬼灯」の方が合っています。

 喧嘩上等!夜露死苦!

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嫌われ者の「悪茄子(ワルナスビ)」

 「悪茄子(ワルナスビ)」とは、いかにも悪そうな名前です。

 北米原産の帰化植物で、茎に鋭い棘がある嫌われ者。ナス目ナス科ナス属ですから、花も実もナスそっくり。地下茎で繁殖するため、なかなか根絶が難しいようです。

 食べられないのかなあ?

Warunasubi3 Warunasubi6

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「みんなで守ろう!清流 阿多古川」―水の郷百選

Kanban6  きれいな川が、この地球上から年々姿を消しています。このままでは、日本の川すべてがドブ川になってしまいます。私達のまちは、国土庁の「水の郷百選」に指定されています。阿多古川の清流は、私達の誇りです。みんなのかけがえのない財産です。

 この阿多古川の清流を守り、後世に引き継いでいこうと、私達流域の住民がいっしょになって日本一の水辺の郷づくり運動に取り組んでいます。

 ご協力をお願いします。

 阿多古川水辺の郷づくり連絡会・天竜市・静岡県

Atagogawa11  この看板と出会ったのは、東西の阿多古川が出合う落合集落を右折し、500メートルほど進んだ辺り。国土地理院の地図でもYahoo!マップでも、こちらが「阿多古川」と表示されています。

 みなさんも地図を確認してください。国土地理院の地図によれば、天竜川水系の1級河川「阿多古川」は、落合から先の川は、神沢付近を源流とする「西阿多古川」とされ、地図上の「阿多古川」の文字は、東阿多古川の川筋に表示されています。

 …と言うことは、こちらが本流!

 「水の郷百選」とは平成8年(1996)に国土庁(現在の国交省)が、水環境保全の重要性を広報するため、地域固有の水をめぐる歴史文化や優れた水環境の保全に努め、水を活かした町づくりや村づくりに優れた成果を挙げている地域を認定したもので、旧天竜市が「森と川と人が織りなすあったかタウン天竜」として指定されています。

 「阿多古川の清流」は、もちろん「新・浜松の自然100選」に選ばれています。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも、「水温や水質が西よりも良く釣りの名所として知られている」と紹介されている東阿多古川。たまには県道9号から逸れて、県道296号を走ってみましょう!少し進むだけでも、木漏れ日に輝く川の流れが見えて来ます。

 この看板の内容を、声に出して読んでみてください!絶対にゴミなど捨てられないはずです。

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「姫檜扇水仙」が外来種だったとは…

Hiougizuisen2  アヤメ科の朱赤の花―「姫檜扇水仙」と日本語が並びますが、ヨーロッパ原産で、アフリカで品種改良され、明治の中頃に観賞用として渡来した園芸品種。道路脇などで野生化しているところを目にします。

 交配親は「Montbretia」だとか。何語?

 写真は龍山で撮りましたが、どこにでも咲いています。ほら、あっちにも、こっちにも…。

 子どもの頃から目にしていた「ヒメヒオウギズイセン」が、実は外来種だったとは…。

春野の集落にも「にゅうぎ」があった!

Nyugi9  「はるの山の村」に向う山道の途中、高杉の集落の茶園の石垣の上、麓を流れる杉川を見下ろすように佇む祠の前に、北遠の小正月行事「にゅうぎ」を見つけました。

 「にゅうぎ」とは、旧暦の1月15日、まだ若い栗や樫の枝「新木」を割り、「十二月」と書いて門口などに供える風習。失われつつある風習ですが、水窪や佐久間では、まだ見ることができます。

Nyugi0  ところが、同じ北遠なのですが、春野で見たのはこれが初めて。少し太めの枝を割り、片方の割った面に「十二月吉日」、もう片方には何も書いてありません。2枚めの写真は、佐久間町羽ヶ庄で見たもの。雰囲気は少し違いますが、同じものですよね。

 山で暮らす人々が守って来た伝統の行事も、林業の衰退と過疎化により、今では見る機会が減ってしまいました。

 半年近くも過ぎてからの話題ですが、たまたま先日気がつきましたので書かせていただきました。

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2011年7月10日 (日)

清流・阿多古川岸に立つ「浜松市川や湖を守る条例」の看板

Kanban6  旧「下阿多古中学校」のすぐ下流の川岸に、阿多古川が「平成の名水百選」に指定されていることを知らせる看板が立っています。

 みんなで守ろう!清流 阿多古川

 阿多古川は、環境省の「平成の名水百選」に指定されています。美しく豊かな阿多古川の清流は、私達の誇りであり、かけがえのない財産です。この清流を守り、後世に引き継いでいくために制定した「浜松市川や湖を守る条例」では、以下の行為を禁止します。

Atagogawa8  1 釣り糸・糸、バーベキューセット、残飯などのゴミを捨てること。放置すること。
 2 バーベキュー等で使用した鉄板などの用具や食器類を川で洗うこと。
 3 トイレ以外で、用便をすること。
 4 午後10時から翌朝6時までの間に、花火、カラオケなどで騒音を出して迷惑をかけること。

 環境共生区域(青い部分の河川区域)では、中止命令に従わない場合に、過料が科せられます。

 人間だけでなく多くの生きものにとっても大切な清流を守るために、みなさんのご協力をお願いします。

 浜松市、阿多古川環境保全協議会

Gomi0  ところが、看板のすぐ横には、ペットボトルやらお弁当のパックやらが散乱していました。

 こんなことがあって良いのでしょうか?いや、良いわけがありませんよね。阿多古川であろうとなかろうと、「名水百選」であろうとなかろうと、豊かな自然の北遠であろうとなかろうと、こんなことが行われて良いはずがありません。

 「出かけよう!北遠へ」とは言いますが、ゴミは必ず持ち帰ってください。もしも、もしも、他人が捨てたゴミが落ちているのを見かけたら、仕方がありませんので、拾って持ち帰りましょう。「それは、私たちと、私たちの大好きな北遠だけですか?」。いいえ、誰でも、どこでも…。

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次も「がんばれ!なでしこジャパン!」

Nadeshiko4  サッカー・女子ワールドカップドイツ大会は9日(日本時間10日)準々決勝を行い、日本代表は3連覇を狙う開催国のドイツを延長の末、1-0で下し、史上初の4強へと駒を進めた。(「サンケイスポーツ」より)

 見ましたよ。早起きは得意ですから。すぐに、天竜川の河原に飛んで行き、「カワラナデシコ」を撮って来ました。がんばれ!なでしこジャパン!次も勝って、メダル獲得!

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 ●This is Nadeshiko,"Japanese pink".…

「秋桜」15万本咲き競う 天竜区の遊休耕地

Cosmos  浜松市天竜区佐久間町浦川の遊休耕地で、コスモスが満開の見頃を迎えた。強い日差しが降り注ぐ夏空の下、早咲き品種の「秋桜」15万本が咲き誇り、訪れた人たちの目を楽しませている。

 今年4月、「ほったらかしになっている畑をどうにかしたかった」と、屋根工事業「天竜」(同町浦川)の下山幸弘社長が種をまいた。

 相川を挟み、事業所南側にある土地を活用。下山社長所有の畑に加え、10年ほど作物の栽培をしていなかった近隣の高齢者からも畑を借り受け、計約3千坪の畑に白や紫など色とりどりの大輪が咲きそろった。

 背丈は1メートルほどで、通常より早く登場したコスモス畑の中に分け入って写真に収める人たちの姿も見られた。まだまだつぼみも多く、2週間ほど楽しめそう。(「静岡新聞」より)

 しまった!行ってみれば良かった…。来週、行けるかな?

「化学調味料 旭味」の赤い看板

Asahiaji8  池田菊苗博士によって発見された「うま味」を引き起こすグルタミン酸ナトリウムを使った調味料は、現在では「うま味調味料」と呼ばれていますが、かつては「化学調味料」と呼ばれていました。「味の素」に代表されますが、他にも「いの一番」や「旭味」などもありましたね。

 久根の山に放棄されていたのは、「化学調味料 あさひあじ 旭味 旭化成」の赤いホーロー看板。「味の素」の特許が切れた昭和10年(1935)、旭化成の前身・旭ベンベルグ絹絲により製造が開始されました。

 久根の閉山は昭和45年(1970年)11月。看板を見て、「旭味」を求める人が久根のいた時代は長くても35年間だったのに対して、看板が廃棄されてから今日までにはすでに41年が経過してしまいました。

 その後、旭化成の食品事業は平成11年(1999)に日本たばこ産業に譲渡。同21年(2009)には富士食品工業へと統合。私たちが望むと望まないとに関わらず、時代は流れて行きます。私たちが今しなければいけないことは何でしょう?

 手探りですが、大好きな北遠が少しでも元気になるために、私はこのブログを書き続けることにします。北遠のみなさん!かつて北遠に暮らしたみなさん!「出しゃばり」な私をお許しください。

 さあ、今日は、どこに出かけましょうか?

夏草茂る光明山遺跡と自然100選の標柱

Koumyousan1  2011年の梅雨明け宣言が出された翌日(7月9日)、光明山遺跡を訪ねました。遺跡は右を見ても、左を見ても、クサ、くさ、草…。あの松尾芭蕉が世界文化遺産登録が決まった岩手県平泉町で詠んだ句、「夏草や 兵どもが 夢のあと」を思い出します。

Koumyousan9  昭和6年(1931)の火事で焼失するまでは、光明寺の大伽藍に多くの参詣客を集めていた光明山。長い間には、武田信玄による二俣城攻略の拠点の1つ、光明城であった歴史も伝えられています。

 …となれば、ますます「夏草や 兵どもが 夢のあと」。

 「光明山遺跡からの眺望」は、「新・浜松の自然100選」に指定されています。100選指定地であることを示す標柱を建てたのは、私。みなさんも、頭をなぜて可愛がってあげてくださいね。よろしく、お願いします。

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ヤマアジサイの花粉を食べるヨツスジハナカミキリ

Yotsusujihanakamikiri9  黒い筋が4本なのか、黄色の筋が4本なのか、名前は「ヨツスジハナカミキリ」。工事現場のようによく目立つ黄色と黒の縞模様は、ハチの仲間に擬態していると言われています。

 光明山のヤマアジサイの花に寄って、大好きな花粉を食事中。

 ちょっと驚かせたら、飛んで行きましたが、飛んで行く姿は、ホントだ!ハチに似ている…。

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夏が大好きな「タケニグサ」の花

Tekenigusa6  紹介したばかりのケシ科「タケニグサ」ですが、光明山の林道法面に咲く「タケニグサ」が、花を咲かせた茎を横に向けていましたので、花の写真を撮ってみました。

 「タケニグサ」が咲くと、暑い夏を連想します。花は1日花。今日咲いた花は、明日には落花しています。

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2011年7月 9日 (土)

まだまだ咲き続ける「クサノオウ」

Kusanoou5  梅雨明けの光明山遺跡では、今年の4月に見たケシ科の「クサノオウ」が、あれから3ヵ月も経った7月9日、まだ花を咲かせていました。

 実は、「クサノオウ」は花期が長いので有名。春に咲き始めると、暑い夏も咲き続け、秋になってもまだ花を咲かせることがあるのだそうです。

 もちろん、先に咲かせた花には細長い実ができていました。

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ひょろひょろと直立する「ムラサキニガナ」

Murasakinigana7  小さな花を疎らに咲かせているので、なかなかピントが合いません。茎はひょろひょろと直立し、1メートルくらいの草丈になり、明るい紫色の花を下向きのひっそりと咲かせ、花が終ると見慣れたキク科の綿毛になります。

 アキノノゲシ属の「ムラサキニガナ」。何ヵ所かで撮影しましたが、掲載したのは光明山で撮った写真。雑草と言えば雑草ですが、山に行かないと見られませんよ。

カラムシを見たら、ラミーを探せ!

Rami5  光明山に出かけてきました。「カラムシ」が大きな葉を茂らせていましたので、ラミー・ファンの私は、「ラミーカミキリ」の捜索。ほらね。いましたよ。

 昔の人は、ラミーカミキリの大好物、イラクサ科の「カラムシ」の茎の皮をはがして繊維を取り、糸にして上質な布を織っていました。今では、どこででも見られる「カラムシ」ですが、元は人間が畑に植えたものが野生化したと考えられています。

 北遠の山姥も、藤の皮だけでなく「カラムシ」も使って織物をしていたのでしょうか?「カラムシ」の葉を見たら、さあ、あなたも、ラミーを探せ!

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福井啓介会長が、第19回「佐藤国際交流賞」を受賞!

 私たちNPO法人「天竜川・杣人の会」会長でもある福井啓介氏が、第19回「佐藤国際交流賞」を受賞しました。

 「佐藤国際交流賞」とは、公園緑地分野において国際的な交流の推進に功績があった方に対する顕彰制度。福井氏受賞の理由は…

 「しずおか国際園芸博覧会(パシフィックフローラ2004)」に先立ち、1994年よりAIPH(国際園芸家協会)の博覧会承認へ向け12回もの国際会議への参加など博覧会実現への協力を行った。博覧会開催にあたり、会場計画への提言や会場建設の協力を積極的に行い、博覧会を成功に導いた中心的な存在である。浜松モザイカルチャー世界博2009、浜松市の海外園芸博覧会出展への協力など継続的な活動を行っている。

 今月の定例会は、7月20日(水)午後7時から、 浜松市民協働センター第3研修室で開かれます。「福井会長おめでとう!の会」でもしましょうか?

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白く色を変えた光明寺の「ハンゲショウ」

Hangesyo2  雑節の1つとして知られる「半夏生」―2011年は7月2日。ドクダミ科の「ハンゲショウ」には、「半夏生」の頃に花を咲かせるから「半夏生」の名が付いたとする説と、緑色の葉が半分だけ白く色を変えるから「半化粧」となったとする説があります。

Sora3  先日、山東の光明寺に寄った時には、まだ白くなり始めたばかり。そして今日(7月9日)は、こんなに白く変わっています。白くなるのは、葉の表面だけ。だから「片白草(カタシログサ)」とも。今月下旬頃までは見頃が続くと思います。

 天竜のアメダスによれば、今日の最高気温は正午の33.0度。光明寺からは、こんな青空が覗いて見えました。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
9日
(土)
15時 31.0 0.0 西南西 2 60 ---
14時 31.9 0.0 3 60 ---
13時 32.3 0.0 3 60 ---
12時 33.0 0.0 南南東 3 60 ---
11時 32.3 0.0 南南東 3 54 ---
10時 31.2 0.0 2 48 ---

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夏の花―オレンジ色のヤブカンゾウ

Yabukanozo7  鮮やかなオレンジ色のユリの仲間―ワスレグサ属の「ヤブカンゾウ」が咲いています。よく似た一重咲きの花はノカンゾウ、「ヤブカンゾウ」は八重咲き。「ワスレグサ(忘れ草)」とは、花が1日で終わると考えられたためで、英語でも「Daylily」と呼ばれるそうですが、実際には1日花ではなく、2~3日は咲き続けます。

 「ヤブカンゾウ」の花が里山を彩り、セミが鳴き出せば、いよいよ夏!あれ?今年はまだ、アブラゼミの初鳴きを聴いてないぞ?

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梅雨明けカタツムリ

Katatsumuri6  2011年6月8日、東海地方の梅雨明けが宣言されました。

 雨が似合いのカタツムリですが、突然の梅雨明けに慌てて枝の裏側に隠れたみたい。

 佐久間のアメダスが午前11時には、すでに34度を記録しました。午後には猛暑日になりそうですね。

 カタツムリ!もっと日陰に入らないと…!

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
9日
(土)
11時 34.0 0.0 南南西 2 60 ---
10時 30.7 0.0 北東 1 54 ---

古い絵葉書を携えて熊を散策③―光雲寺

Kuma662  磐田の佐口行正氏からお借りした、熊村の古い絵葉書「熊村洞福山光雲寺」を手に、熊みたいにあっちこっち。熊小学校の裏山にあるのが、曹洞宗が多い北遠では珍しく臨済宗方広寺派の「光雲寺」です。

 浜松市天竜区熊地区の小学生が2泊3日の集団生活を体験する「くんま仲よし学校」が24日夕方から、地元の光雲寺で始まった。児童らは親元を離れて同寺で寝泊まりし、隣接する学校に通う。 

 地域ぐるみでたくましい子どもを育てようと、熊青年クラブが24年前から毎年この時期に続けている恒例行事。今年は熊小学校の2~6年生13人が参加、同小や熊地区公民館活動推進協議会などが後援して協力する。

Kounji7  初日は開校式があり、熊青年クラブの酒井洋平会長が「仲良く頑張って」などとあいさつ。児童を代表して五年生の岩瀬華奈さんと大石のどかさん、6年生の小出颯人君が「下級生の面倒を見たい」「6年生で最後なので楽しい思い出をつくりたい」などと目当てを発表した。児童らは縦割りの2班に分かれ、布団の上げ下ろしや食器の片付けなどで上級生が下級生の世話をする。宿泊中はテレビやおやつは我慢し、座禅などを体験する。(2010年6月25日付「中日新聞」より)

 絵葉書の写真と同じアングルで撮影しようとしたのですが、どうにも角度が合いません。もしかしたら、熊小学校の校庭が昔とは変わっているのかも知れません。

 そう言えば、同じ阿多古川筋の西藤平の西来院も臨済宗方広寺派。この辺りには、現在の北区引佐町と同じ文化の匂いを感じます。いや、むしろ文化的には引佐町も北遠そのもの。引佐出身3世の私が、北遠に郷愁を感じるのは決して偶然ではなさそうです。

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日本のサルビア「アキノタムラソウ」

Akinotamuraso9  時々歩くことにしている大園の市民の森ハイキングコース―特別珍しいわけでもありませんが、シソ科の「アキノタムラソウ(秋田村草)」が花を咲かせていましたので紹介します。

 写真では白く写ってしまいましたが、実際には淡い青紫色。キク科のトゲなしアザミ「タムラソウ(田村草)」とはまったく関係がありませんし、秋と言いながらももう咲いています。

 花は5~7個ずつ数段に輪生し、下から順に咲き始めています。

 別段どうってこともない草ですが、学名を聞いてビックリ。「Salvia japonica」とは、「日本のサルビア」の意味。ちょっと、驚きです。

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50年前の「七夕」風景―佐久間町戸口の子どもたち

Tanabata  50年前の佐久間町山香の子どもたちの「七夕」の写真がありました。

 写真は、昭和36年(1961)7月18日発行の『広報 佐久間』に掲載されたもの。一見、夏の伝統行事を楽しむ子どもたちのように見えますが、実は、同年6月28日には、日本列島は集中豪雨に襲われ、大災害が発生しています。

 6月24日から7月5日にかけて梅雨前線が活発化、本州・九州各地を集中豪雨が襲った。大阪、京都、奈良、愛知、長野など各府県で大きな被害が出た。特に長野県飯田市を中心とする伊那谷は、天竜川のはんらんや地滑りで被害が甚大だった。全国の死者は357人、被害家屋43万戸にのぼった。(当時の「毎日新聞」より)

 佐久間ダムはすでに完成していましたが、それでもなお戸口橋が崩壊。その結果、山香小学校へ通う児童たちは、対岸の集落からの通学ができなくなり、やむなく戸口の青年会館に仮教室を開設し、授業を受けていました。

 そんな中で迎えた「七夕」の行事。たくさん吊るされた短冊には、一体どんな願いが書かれたのでしょうか?

 私が子どもの頃の「七夕」は、夏休みに入ってからの月遅れ。当時の山香地区の「七夕」がすでに新暦で行われていたのには、久根鉱山などにより都会の文化がいち早く持ち込まれた影響があったのかも知れません。

 なお、戸口橋の仮設工事が完了するまでの間、物資の移送は簡易索道により行われました。

2011年7月 8日 (金)

「ツバメの出入口です。開けておいてね!」西渡駅のステッカー

Sticker9  こんなステッカーを見たことがありますか?「ツバメの出入口です。開けておいてね!」。

 チラシの裏にマジックで書きなぐっただけのものではなく、子ツバメに餌を運ぶツバメのイラストが描かれています。そして、「ツバメの出入口です。開けておいてね!」と話しているのは、何と「山姥(やまんば)」ではないですか!

Sticker8  このステッカーが貼られているのは、佐久間町山香のバス停「西渡駅」。

 たかがステッカーですが、地元の民話として語り継がれている「山姥」に話をさせるとは、なかなかのセンスの良さです。

 そばの「緑屋(通称ろくさ)」さんの話によれば、「これは、駐在さんが作ってくれたもの」とのこと。どうですか?私の大好きな佐久間のセンスの良さ…。何だか、自慢したくなってしまいました。

 ●今から千年ほど前のお話です。和泉から福沢へ行く途中の倉木山の山奥に「やまんば」が…

古い絵葉書を携えて熊を散策②―六所神社

Kuma661  磐田の佐口行正氏からお借りした、熊村の古い絵葉書には、六所神社の写真が2枚組み合わせで使われています。

 ここでも、絵葉書と同じアングルでの撮影をしてみましょう!

 先ず訪ねたのは「神澤六所神社」。県道9号の「六郎沢」バス停手前から左に入り、  しばらく道なりに進んで左折。ほらね。六所神社は杉木立の中、絵葉書の写真そのままに鎮座しています。

Kanzawarokusyo4 Kumarokusyo9

 以前にも紹介しましたが、神沢の六所神社近くには、双体道祖神が祀られています。四角い石に2つの頭が浮かび、理由は分かりませんが、胸から下は埋まっています。もしかしたら、男女2体の双体道祖神ではなく、双仏石かも知れません。

 次に訪ねたのは「熊村六所神社」。市場の通りから青面金剛と馬頭観音とが立ち並ぶ参道入口から少しだけ坂道を登ったところに鎮座しています。現在の屋根はトタン葺きですが、当時の神社は桧肌葺き。狛犬もありません。

 参道の登り口の馬頭観音群の中には、こちらも以前紹介した3つの馬頭を頂く石像があります。この馬頭観音が建てられた明治29年(1896)、熊村は豊田郡から磐田郡へと編入されました。

 多少の違いはありましたが、2社はほぼ80数年前のまま。時代の変遷や過疎化の中でも、地域の人たちによって大切に守られて来たのが分かります。いや、これらの神社や石仏たちが、私たちを守ってくださったのかも知れませんね。

 さて、古い絵葉書を携えて、次はどこを訪ねましょうか?

Dosojin5 Bato8

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2011年7月 7日 (木)

地を這って咲くヒメヤブランとジャノヒゲ

 ユリ科ヤブラン属「ヒメヤブラン」は、可愛らしいのですが、地に這って咲く小さい花なので見つけるのには苦労します。小さいヤブランと言うよりも、ジャノヒゲ属「ジャノヒゲ」に似ています。

 「ヒメヤブラン」は上を向いて咲き、「ジャノヒゲ」は下向きに花を開きます。

 ともに、熊で見かけて撮影しました。

Himeyaburan7 Janohige0
ユリ科ヤブラン属ヒメヤブラン ユリ科ジャノヒゲ属ジャノヒゲ

古い絵葉書を携えて熊を散策①―時計台

Kuma659  磐田の佐口行正氏からお借りした「マママママママママ村繪はがき」―「マ」が9つありますから「9マ=クマ=熊」。つまり、「熊村絵はがき」というわけです。

 この5枚組絵葉書がいつ頃に作成されたかについてのヒントは、「熊村 市場市街之一部」に写っている時計台。時計台なら、今も残っています。そうだ!この「熊村絵はがき」を携えて、熊を散策してみよう!ほら、時計台はここにあります。角度はこの辺?カシャ!

 現在では、新しい時計へと代わっています。でも、「大正十三年九月」「時間尊重」の文字はそのまま。…と言うことは、遡ったとしても大正13年9月まで。絵葉書は、おそらく大正末期から昭和初期の間に作成されたものと思われます。

 比べてみてください!道路の広さはほぼ同じ。分岐点に建てられた時計台の向こうに写る道標は、今も残っています。背景の山の形は、昔のまま。今にも、絵葉書の写真に写る大八車や自転車が、道の向こうからやって来るような錯覚が…。

 明治24年の戸数334・人口1,693、厩120。世帯・人口は大正9年461・2,460、昭和25年434・2,635.地内は田畑が少なく、周囲は山林で、杉・檜などの良材のほか椎茸・木炭・楮・三椏・樹皮・茶・干柿・繭などを産出。また馬を飼養する農家も多かった。(「角川日本地名大辞典22静岡県」より)

 当時の熊村は、磐田郡に属していました。さあ、次は六所神社に登ってみることにしましょう!

Kuma661 Kumamura2

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昼間に咲く「ヒルザキツキミソウ」

Hiruzakitsukimiso2  この淡いピンクの花を見たことがありますよね?

 月見草(マツヨイグサ)みたいだけど昼間に咲いています。だから、名前は「昼咲月見草(ヒルザキツキミソウ)」。マツヨイグサと同じアカバナ科マツイグサ属の多年草ですが、元はと言えば北米原産の帰化植物。痩せた土地でも育ちますので、今ではすっかり野生化しています。

 マツヨイグサは1日花ですが、「ヒルザキツキミソウ」は1日では萎まず2~3日は咲き続けます。雌しべの先端が十字型になっているのですが、分かりますか?

 月が見えない昼間に咲いても月見草とは、矛盾を感じますけど…。花言葉は、「無言の愛」「自由な心」「奥深い愛情」だって。誰かに贈っちゃおうかな?

「七夕」ですから「天の中川」…

Toguchibashi6  今日7月7日は「七夕」。でも、新暦で「七夕」と言われてもピンと来ません。でも、せっかくの「七夕」ですから、それらしい写真を探してみたのですが…。

 ありました!こんなのは、どうでしょう?

Yamaka5  佐久間町の戸口橋と「天の川」を見下ろした風景です。

 「天の川」?あっ、間違いました。天竜川です。

 「天の川」の川下方向を見た写真も…。えっ?これも天竜川…?

 「天の川」じゃあないんだ…。でも、昔は「天の中川」って呼ばれていたこともあったみたいだし…。

2011年7月 6日 (水)

「トチの実アイス」考案 水窪で限定販売

Tochi  水窪地域の特産品を使った新たなスイーツで地域をPRしようと、浜松市内の手作りアイス工房らがトチの実を使ったアイスクリームを考案し4日、同市天竜区水窪町で試食会を開いた。町内の菓子店や商工会の関係者ら15人が参加した。「トチの実の風味が絶妙」などと好評で、近く商品化して水窪地域限定で販売する運びとなった。

 水窪地域では、トチは旧水窪町の町の木として親しまれ、餅や煎餅の材料にトチの実を用いる食文化が根付いていて、食材としても古くから住民の間に定着している。

 そんなトチの実を使った水窪ならではのアイスを開発してはと、県西部農林事務所天竜農林局が開発を提案。関係者が意見を出し合った末、雑穀料理を扱う農家レストラン「つぶ食いしもと」が渋抜きした実の粉末を提供、おっぱいアイスのブランドで自家製生乳アイスを販売する「なかやす牧場」(浜北区)がアイスを製造し、実の香ばしさを生かした商品に仕上がったという。

 値段は1個(80ミリリットルのカップ入り)200円前後で検討中。準備が整い次第、今月中旬から町内の菓子店や物産品販売所など約5カ所限定で販売する予定。(「静岡新聞」より)

 あのトチの実の独特の渋さが味わえるのでしょうね。これは、本当に楽しみです。

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クルマバソウと自然100選の標柱―青崩峠

Kurumabaso0  自転車のスポークのように数枚の葉が何段かに輪生する姿が車輪に似ているところから名前の付いたアカネ科の「クルマバソウ(車葉草)」。白い十文字の花はまだ咲いてはいませんでしたが、すぐにそれと分かります。「クルマバソウ」を見かけたのは、水窪の青崩峠。

Aokuzure7  青崩峠には、「新・浜松の自然100選」の指定地であることを示す標柱が建てられています。この標柱は、私自身が建てたもの。昨年12月に建て、雪の多かった冬、冷え込んだ春と初夏を過ぎて初めての梅雨を迎え、峠の浜松市側に控えめに立っていました。

 「また、来るからね」と標柱の頭をなぜてお別れ。みなさんも、末永く可愛がってあげてくださいね。よろしく、お願いします。

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背の高いケシ科の多年草「タケニグサ」

Takenigusa8  この背の高い植物を見たことがありませんか?名前は「タケニグサ(竹似草)」。ケシ科の多年草です。

 山にも育ちますが、道路の法面、崩落地や荒地にも群生します。民間療法で皮膚病や虫刺されに使われましたが、毒性があるとのことですので要注意。

 茎の中が空洞になり、竹に似ているのだとか…。

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2011年7月 5日 (火)

過疎の浜松・水窪活性化目指す 人と自然の絆映画に 市民有志、旗振り役

Mina  過疎化に悩む浜松市天竜区の旧水窪(みさくぼ)町地域を活性化しようと、市民有志が同地域を舞台にした映画づくりに乗り出した。人間と自然の絆を題材にしたファンタジー作品として、来春から撮影を開始する予定だ。

 旗振り役を務めるのは、浜松市中区でライブハウス「浜松窓枠」を経営し、水窪町の小学生ロックバンドの活動支援など、地域活性化にも取り組んでいる上嶋常夫さん(60)。上嶋さんは昨春、「春色のスープ」「KIZUKI」などの作品で知られる映画監督の瀬木直貴さん(48)と知り合い、メガホンを取るよう要請した。

 上嶋さんは、瀬木さんを誘って現地を訪れたり、自分で考えたシナリオの構想を繰り返し送ったりして熱心に口説いた。瀬木さんは熱意にほだされ、監督を務めることを承諾。主役となる15歳の少女役のオーディションを今秋以降に行う予定でいる。

 2人は映画の構想を練るため、6月初旬に水窪町を1泊2日の旅程で再訪問し、地元住民約20人と乾杯して親睦を深めた。瀬木さんは「空や山との距離感が良い。夢かうつつかわからなくなる感覚があり、映画的なスペクタクルを感じる」とすっかり土地柄に魅せられた様子で、「宮崎アニメのような自然に対する人間の共感を、実写できちんと描きたい」と意気込んでいる。

 上嶋さんは、遠州弁の特徴である「~だら」をもじった架空の妖怪キャラクター「だら衆」を創作し、インターネットでの情報発信やグッズ製作などで全国展開する構想も温めており、映画を起爆剤に、水窪町の観光客誘致や特産品販売につなげたい考えだ。(「読売新聞」より)

 すでに何度か紹介した映画の企画です。写真は、先日、上嶋さんからいただいた『果てぬ村のミナ』の企画書。楽しい映画になりそうですよ。

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トチの実アイス 水窪で試食会 近く商品化へ

 水窪の新しいスイーツをと、浜松市天竜区水窪町で4日、全国的にも珍しいトチの実を使ったアイスクリームの試食会が開かれた。近く商品化して今年は水窪町内でのみ販売する。

 山間の水窪町ではトチノキが多く、昔からトチの実を材料にしたトチもちが伝統食として作られている。このトチの実を使って水窪ならではのアイスを作ってはと県西部農林事務所天竜農林局が関係者に声をかけ、アイデアを出し合って自家乳アイスを製造する「まかやす牧場」(浜北区)が試作に協力した。

 トチの実アイスは材料のトチの実を「つぶ食いしもと」が調達して加工、「なかやす牧場」がトチの実を練り込んだアイスクリームを製造する。値段は1 個(80ミリリットルのカップ入り)200円前後で検討し、準備が整い次第今月中旬から町内の和菓子店や森林組合売店など3、4カ所で販売予定する。

 分かりました。絶対に買います!

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ブッポウソウ、ボルネオで越冬 山階研が解明

Buppouso3  山階鳥類研究所(千葉県)は4日、日本で夏に繁殖し国外で越冬する小型の渡り鳥で、絶滅危惧種のブッポウソウと、近年減少が心配されているマミジロの2種の越冬地を、軽量記録装置を使って解明したと発表した。

 2種はこれまで越冬地が分からず、減少の要因特定が難しかった。今回の研究で、広島県で繁殖したブッポウソウは約3800キロ離れたボルネオ島北部で、静岡県で繁殖したマミジロは約4400キロ離れたカンボジア南西部で越冬していたことが判明した。

 同研究所によると、軽量記録装置「ジオロケータ」は日の出と日の入りの時刻を記録し、移動経路などの推定が可能。(「中日新聞」より)

 大輪橋で営巣しているブッポウソウも、きっとボルネオから飛んで来ているのでしょうね?約3800キロのブッポウソウの旅を考えれば、北遠なんて近い近い!出かけよう!北遠へ。

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食虫植物にも似たウマノスズクサ

Suzukusa19  ジャコウアゲハの食草として紹介している「ウマノスズクサ」の奇妙な花。

 奇妙なのは花の形だけではありません。「ウマノスズクサ」の花は「雌性先熟」なのです。

 雌性先熟?

 え~と、つまり…。「ウマノスズクサ」がサキソフォンのような花を開いた直後には、花筒の奥には雌しべしかないのです。独特の匂いで小型のハエをおびき寄せ、花筒の奥の球形の部屋へと誘導。花筒には、細毛が奥に向かって生えていますので、一度入ったハエは後戻りができなくなり、閉じ込められてしまいます。

Yochu8 形といい、昆虫を閉じ込める罠といい、まるで、食虫植物みたいですけど、昆虫から養分を摂るわけではありません。

 雄しべが成熟し花粉を出し、ハエが花粉を付けるとようやく解放します。次に訪花した時には、狙い通りに受粉することができるという手の込んだ手法です。

 しかも、アルカロイド系毒を持っている危険な「ウマノスズクサ」を食べて、自らも毒蝶として生きる道を選んだ「ジャコウアゲハ」。自然界には、不思議な関係が保たれています。

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礼服を着たガチャピンムシ=ラミーカミキリ

Rami2  全国のラミー・ファンの皆さん!お待たせしました。「礼服を着たガチャピンムシ=ラミーカミキリ」の登場です。

 何とも滑稽なデザインのカミキリムシの仲間。緑白色に黒の模様が描かれ、縦長の目玉に黒のベストを着ているみたい。ちょっとロボットのようにも見えます。

 撮影したのは、佐久間町の大輪。1枚めの写真は、「ラミーカミキリ」が大好きなカラムシの葉の上です。

Rami6  もともとは、中国から入って来た外来種。カラムシの仲間のラミーという植物を持ち込んだ時に、一緒に入って来たようです。九州の長崎に入った「ラミーカミキリ」は、西日本から東海、関東地方へと生息域を広げ、温暖化につれてますます北へと広がって行きそうです。

 外来種「ラミーカミキリ」のファンは決して多くはないとは思いますが、私は数少ないラミー・ファンの一人です。

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ただならぬ名前「弟切草(オトギリソウ)」

Otogiri8  オトギリソウ科の「オトギリソウ」です。

 「オトギリソウ」の名の由来は、正徳2年(1712)頃出版された百科事典『和漢三才図会』に書かれているそうです。

 それは、平安時代の話。晴頼という鷹匠が、薬草を用いて鷹の傷を治すことで有名でした。しかし、薬草の名は秘密にして決して口外しませんでした。ところが、ある日、弟がその薬草の名を他人に漏らしてしまったので、これを知った晴頼は怒って、弟を切ってしまいました。

Otogiriso8  これが、「弟切草(オトギリソウ)」の由来。

 そのときに庭に栽培していた薬草に弟の血潮が飛び散り、その跡が葉の裏側に暗点として残っているそうです。しまった!確認するのを忘れてしまった。

 公園で黄色い花を咲かせているビヨウヤナギも同じオトギリソウ科オトギリソウ属。何となく似ていますね。

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キイチゴによく似た楮の実

Kouzo9  この写真を見て、あなたはこれが何の実か分かりますか?

 キイチゴ?違います。実は、これは「コウゾ(楮)」の実なんです。

 「コウゾ」と言えば、ミツマタと並んで和紙や画仙紙、紙幣の原料として知られている植物ですが、同じクワ科の桑の実と同様、食べることができるそうです。

 元々は紙の原料として植えられたと思われる「コウゾ」が、北遠では自生しています。この赤い実も、北遠の歴史を私たちに語っているのでしょうか?

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龍山でも「がんばれ!なでしこジャパン!」

Nadeshiko0  サッカーの女子W杯ドイツ大会― 1次リーグ第1戦でニュージーランドを2-1で下した「なでしこジャパン」は、第2戦のメキシコ戦ではMF沢穂希のハットトリックの活躍で4-0で快勝。勝ち点6。

 すでに決勝トーナメント進出を決めてはいますが、この後の戦いを有利にするためには、1位通過を目指し、イングランドにも勝ちたいところです。

Clover4  さあ、いよいよ1次リーグ最終戦は、今夜(日本時間では7月6日午前1時15分)キックオフ。だったら、先日同様、「カワラナデシコ=ヤマトナデシコ」の花で声援を送ることにしましょう!さあ、皆さんもご一緒に!

 がんばれ!なでしこジャパン!

 今回の「カワラナデシコ」は、龍山での撮影です。おまけに、上阿多古で撮影した「四つ葉のクローバー」も載せちゃいましょう!

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 ●This is Nadeshiko,"Japanese pink".…

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2011年7月 4日 (月)

浜松市には鉱山があった!

Nako2  写真は、国道152号の対岸に見える巨大なコンクリート製の土台。久根鉱山の「名合支山」の遺構ですが、現在では「名古尾」と表記されています。

 その読みについて、何の疑問もなく「なごう」だと思い込んでいました。水窪の「長尾(なごう)」と同じ読みです。ところが、かつて鉱員住宅が軒を連ねていた大輪のお年寄りの発音では「なこう」、あるいは「なこお」。以後は、「名古尾」は「なこう」と読み、ここにあった鉱山は「名合(なこう)」と呼ぶことにします。

 ところで、大輪の鉱員住宅跡についてですが…。

Oowa5 斜面を登ると、崩れかけた廃屋の先に、写真のように幾つも連なるコンクリートの遺構が見えて来ます。これも、かつての住宅跡とのこと。すぐそばには、運動場や球戯場も設けられていたそうです。

 とかく、久根鉱山の陰に隠れてしまいがちな名合支山ですが、名合や大輪にも繁栄の風が吹いていたのです。また、佐久間には峰之沢の支山である鮎釣支山もありました。

 天竜川を遡った北遠には、日本の近代化とともに、軍国主義の台頭を支えた鉱山の歴史があったことを忘れてはいけません。そうです。浜松市には、鉱山があったのです。

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黒っぽい花を咲かせる「コクラン」

Kokuran6  前回訪ねた時に、「コクラン(黒蘭)」らしい株を見つけました。すでに蕾が膨らみかけていましたのでついつい気になり、その開花を確認するために再び久根の山を訪れました。

 小さな株でしたが、確かこの辺りだったはず。ありました!黒っぽい花弁は、やはり「コクラン」でした。

Kokuran56  …とは言いながらも、実際には真っ黒ではなく、木漏れ日が当たればむしろ明るい赤紫色。それにしても、変わった花の形です。

 ラン科クモキリソウ属と言えば、以前、春埜山で見かけたクモキリソウと同じ仲間。キレイか?と聞かれれば、さほどでもありませんが、薄暗い林の下で見つけるのは嬉しいものです。

 野生蘭って、いいですね~。大切に見守ることにしましょう!

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2011年7月 3日 (日)

まち活性化に役立てて 浜松・天竜区でヤマタケの蔵交流棟完成式典

Yamatake  浜松市が天竜区二俣町で整備してきた「ヤマタケの蔵 交流棟」が完成し、2日に式典が行われた。落成を記念して蔵を活用した「天竜夏の蔵シック」、蔵が面したクローバー通りで「ふたまた軽トラ市」のイベントが開かれ、にぎわいを集めた。

 式には関係者40人が出席。鈴木康友市長は「古い蔵と新しい交流棟をまちの活性化に役立ててください」などとあいさつ。鈴木市長ら代表者がテープカットして完成を祝い、続いて施設内部を見学した。

 交流棟は蔵造り風の木造平屋。多目的スペースとワークショップスペース、トイレが設けられた。事業費は約3100万円。市民がイベントなどで利用でき、問い合わせは天竜区役所まちづくり推進課で受け付ける。

 「ヤマタケの蔵」は、手広く商いをした内山又十氏が1923年に建てた蔵3棟の総称。95年に所有者の内山家から当時の天竜市に寄贈された。歴史的建造物で文化的価値も高いと評価を受け、2008年度に市民協働による検討会を開催して蔵と敷地の景観を生かした活性化策を提言。市では文化交流や地域活性化の拠点として、10年度から「交流棟」を整備してきた。(「中日新聞」より)

 これからの浜松市の中心は北遠。北遠が元気になる街づくりこそが、浜松市全体を活性化することにつながると思います。がんばろう!北遠。がんばろう!浜松。

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ここにいるはず!大輪橋のブッポウソウ

Oowabashi7  環境省レッドリスト絶滅危惧1B類類ENに指定されているブッポウソウ―2011年は佐久間の大輪橋に営巣しているのでしょうか?

 7月2日現在、上部アーチの穴の中に、1つがいの営巣が確認されているようです。

 日本には200羽ほどしか渡って来ないブッポウソウですが、ここ佐久間の大輪橋に2羽、春野の郷島に2羽が営巣、繁殖をしているそうです。

 橋のたもとでカメラを構えているウォッチャーの話では、「上流の佐久間村には、もっとたくさん渡って来ているんで、その中からあぶれた2羽が来ているんじゃあないかな?」とのこと。「でも、あそこにいるんですね?」と私が指差した橋の手前から3個目の穴に、大きくうなずいて「絶対にいるはず」と答えてくれました。

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小冊子『川合花の舞しおり』⑥―太夫(祢宜)と鬼との問答

Kirie5  太夫「ことざん申しきなりをして、神方便の庭を舞い荒らす何者にてさむらう」
 鬼 「愛宕山の大天狗 ひゐの山の小天狗 荒みさき荒天狗とは我等のことにてさむらう」
 太夫「さむらうは何万歳を経るとや」
 鬼 「八万歳を経るとや さういうふ者は何万歳を減るとや」
 太夫「王は九善 神十善 王の位にまかせて十二万歳を経るとや」
 鬼 「この御神と申するは 一本は千本 千本は万本 一枝片枝までも山の神三千客の惜しみきしみ給ふこの神 何者が許して伐り取った」
 太夫「伊勢天照皇太神宮 春日大明神 住吉大明神 千代の稚子をもうけそう よく千代の御ため迎へ取ったるこの神」
 太夫・榊鬼「引いても引かれず こいてもこかれず 十二かしょ 万歳楽千秋楽」

 7月2日(土)、浜松市制100周年記念「伝統&郷土芸能フェスティバル 浜松の祈り 明日への祈り」を観に行ってきました。お目当ての1つ「川合花の舞」では、榊鬼が暴れまわり、観客から大きな拍手が湧いていました。

 写真は、白蓋(びっかい)の湯蓋に飾られた切り絵の1枚です。発表終了後、切り絵をいただけるとのこと。前から3列目にいた私もすかさず手を伸ばし、この1枚を持ち帰ることが出来ました。

 この切り絵の原画も代々伝えられていて、絵柄は、鳥や動物、野菜の他、鳥居や神社名など。私がいただいたのは、ナスの絵です。「一富士 二鷹 三茄子」。これで、我が家は無病息災。ナスビ=成す実=子宝=子孫繁栄。来月には娘の出産を控え、子孫繁栄も保障されたようなものです。やったー!

 会場内は撮影禁止でしたので、写真はこれ1枚だけです。

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 ●「花の舞」は、愛知県奥三河地方に残る「花祭り」と同じ系統のもので…
 
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● 「川合花の舞」は静岡県無形民俗文化財に指定されている…
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 ●奥三河地域では「花祭り」、ここ佐久間では「花の舞」…
 ●三遠南信の農村、山村には、現在でも古代・中世からの信仰を反映した祭りが…
 ●「花の舞」が舞われる「舞処(まいど)」の中央には…
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天竜川で見たジャコウアゲハの乱舞とウマノスズクサ

Suzukusa0  まだ午前6時だというのに、早起きの私にも負けない早起きの黒い蝶が舞っています。しかも、その数は十数頭。車を道路脇に停め、天竜川の堤防に上ってみました。

 いるわ、いるわ…。あっちにもこっちにも黒い影。そのすべてがジャコウアゲハの♂。一体、どうしてこんなに集まっているのでしょう?

Jako5 もしかしたら、天竜川の堤防には、ジャコウアゲハの食草「ウマノスズクサ」が生育しているのかも知れません。今まで、探しても探してもなかなか見つからなかった「ウマノスズクサ」が、自宅のすぐそばにあるとしたら…。ワクワクしながら、草むらに足を踏み込みました。

 あれ?これっ…?何と、「ウマノスズクサ」は探し回る必要もないほどあっさりと見つかりました。あるわ、あるわ…。しかも、花まで咲かせています。な~んだ。

 もしかしたら、幼虫もいるかも…?

 ほら、いた!茶色と白の2色の突起の伸びた芋虫。まだ、3齢か4齢?「ウマノスズクサ」の葉をたくさん食べて、葉に含まれるアリストロキア酸を体に蓄え、 鳥に対して有毒な蝶になります。

 それにしても、「ジャコウアゲハ」の♂の乱舞は見事です。早起きなんですね?しばらくしてから、朝寝坊の♀もやって来ました。「ジャコウアゲハ」は増えているような気がしますが…?

Janomecho4 Jakoageha4
Suzukusa8 Yocgu1

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名合支山鉱員住宅跡に広がる「コンテリクラマゴケ」

Konteri6   先日、久根の鉱員住宅跡で見かけたイワヒバ科「コンテリクラマゴケ」の群生の紹介をしたのですが、直後に「大輪の椎の平というバス停横の階段を100メートル近く上った右の山の中にはえています」との情報が届きました。

 そう聞いたら、すぐに行ってみたくなるのが、北遠が大好きな私の反応です。

Konteri8 情報通りにバス停に車を停め、石の階段を登って行くと、何とそこは、久根と同じ古河鉱業の山であった名合(なこう)支山の鉱員住宅跡。今は主を無くした廃屋や、久根と同じように美しい石垣で造られた階段状の住宅跡が幾重にも重なっています。

Konteri3  そして、一面に広がる青いシダ。青、青、青の風景が広がっています。

 ここが、情報にあった「コンテリクラマゴケ」の群生地。久根といい、大輪といい、鉱員住宅では「コンテリクラマゴケ」の栽培が流行していたのでしょうか?まるで、酸化銅を覆う「緑青(ろくしょう)」にも似た「コンテリクラマゴケ」の青い色が、ここが銅鉱山ゆかりの地であることを私たちに伝えているかのようでした。

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2011年7月 2日 (土)

「三角点」のある北遠風景

 北遠の山で山登りの楽しさを覚え、いつの間にか山頂に設置された三角点を見つけてバンザイするようになりました。これまでに撮った写真を並べてみます。

 昨日のブログ記事で書いた通り、熊伏山の山頂は長野県にあるのですが、北遠水窪の青崩峠の登り口から入りましたので…。富幕山は北区引佐町ですから、浜松市。

Azabu9 Sankakuten4
麻布山(二等三角点) 竜頭山(二等三角点)
Sankakuten2_2 Tonmaku2
熊伏山(一等三角点) 富幕山(一等三角点)
Iwatake1 竜馬ヶ岳三角点
岩岳山(三等三角点) 竜馬ヶ岳(三等三角点)

楽しい熊伏の山歩き⑦―食べ尽くされたスズタケ

Suzutake0  さて、静岡県と長野県との県境でもある熊伏山への登山道―ニホンジカによる食害の状況はどうなのでしょうか?

 青崩峠の登り口からのしばらくは、スズタケが青々と茂り、以前と比べるといくらか食害が軽減されたような気がしていました。ところが、それはつかの間の安心。少し登った辺りからは、きれいに食べられ、枯葉色のスズタケが林床を覆っています。

Suzutake5 写真が、ちょうどその境目。片側にはまだ緑色が残っていますが、ここから上のスズタケは、食べやすい高さですべて食べ尽くされ、人為的に刈り揃えられたかのように見えます。

 このままでは、来年の熊伏山の登山道は、ガレ場と倒木、そしてスズタケに代わって、ニホンジカが食べないバイケイソウが目立つようになってしまうかも知れません。

 そんな結果にならないように、県境の自然は両県の力を合わせて対策を講じる必要があります。

 熊伏山の名前は、崩落地ばかりが続き、「熊も恐れて伏せている」という意味。熊は怖がっているのかも知れませんが、今のところニホンジカは闊歩しているようです。

2011年7月 1日 (金)

特産品など販売 天竜区で2日から「夏の蔵シック」

Clasic  浜松市が天竜区二俣町で整備を進めてきたヤマタケの蔵「交流棟」の落成に合わせ、二俣おかみさんの会「リリーズ」は2、3日、ヤマタケの蔵を主会場に、作品を展示したり特産品を販売したりする「夏の蔵シック」を開く。天竜商工会二俣支部も2日(午前9時半〜午後0時半)に限り、蔵が面するクローバー通り商店街で「軽トラ市」を同時開催する。

 「蔵シック」はこれまで春と秋に開催してきたが、夏は初めて。ヤマタケの蔵内部で着物や帯、つるし飾りを展示するほか、蔵前の広場ではフリーマーケットや食品、物産販売を予定している。

 「軽トラ市」には軽トラック42台が参加する。地場の野菜や北遠の名産品からシラスなど水産物まで並ぶという。天竜サービス店会も2日、会員店舗のみで利用可能な2割のプレミアムをつけた商品券(緑の商品券)を同商店街で販売する。

 リリーズの鈴木敦子代表は「開催にあたっては迷惑も掛ける。その分、成功させたい。軽トラ市は北遠で初めて。多くの方に足を運んでもらえれば」と意気込んでいる。(「静岡新聞」より)

 今年の「夏の蔵シック」には「軽トラ市」も参加。一段と楽しくなりそうです。

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水窪で見つけたミヤマトウバナとヤマトウバナ

Inutobana7   水窪見つけたシソ科トウバナ属の2種を紹介します。

 1種めは、旧西浦(にしうれ)小学校跡で見つけた「ミヤマトウバナ」。花の色が白っぽく、萼に長めの細毛が密生していますので「ミヤマトウバナ」です。

Yamatobana4 2種めは青崩峠の暗い林内で見つけましたので、ピントが甘くなってしまいました。こちらの方は毛がまばらです。

 2種ともにシソ科ですので、アオジソなどに似た花の形です。「トウバナ」とは「塔花」の意味。花穂が塔のように何段も重なるところから名付けられたはずですが、本種のトウバナ以外は、1段しか咲いていませんでした。

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がんばれ!なでしこジャパン!

Nadeshoko4  サッカーの女子W杯ドイツ大会の日本代表は、今日(7月1日)午後3時(日本時間同10時)からメキシコと戦います。勝てば4大会ぶりの準々決勝進出。

 …と言うことで、水窪で見かけた「カワラナデシコ=ヤマトナデシコ」です。「カワラナデシコ」は、もちろん秋の七草。

 がんばれ!なでしこジャパン!

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 ●This is Nadeshiko,"Japanese pink".…

楽しい熊伏の山歩き⑥―「一等三角點」

Sankakuten2  「遠州富士」と呼ばれてはいても、竜頭山山頂の三角点は「二等三角點」。麻布山も「二等三角點」だったし、岩岳山は「三等三角點」です。

 三角点とは、三角測量の際、経度・緯度・標高の基準点となるもので、全国に960ヵ所設置されているとのこと。そのうち、浜松市内に設置されている「一等三角點」は、西区神ヶ谷町、北区都田町と富幕山山頂の3ヵ所だけ。北遠には、1ヵ所も設置されていません。

 Tozando7ところが、熊伏山の三角点は「一等三角點」なのです。う~ん。

 だからどうした、というわけではありません。「一等でなくてはいけないんですか?二等じゃあダメなんでしょうか?」。別に、「一等」が偉くて、「二等」「三等」が偉くないというわけではありません。

 それでも、何となく羨ましく感じる「一等三角點」。あとちょっとで水窪なのですが、わずかな違いで熊伏山は長野県。「一等三角點」の標石には、信濃の風が吹き抜けていました。

 あとちょっとで水窪なのですが…。う~ん。

水窪の法面で黄色い花を咲かせる「キリンソウ」

Kirinso9  写真の花を見たことがありますか?ベンケイソウ科マンネングサ属ですから、このブログで何度も紹介しているツメレンゲと同じですが、セダムと言った方が分かりやすいでしょうか?

 名前は「キリンソウ」。乾燥に強い特性を生かし、近年、壁面や屋上緑化などに利用されることが多くなりました。

 でも、元を正せば、山地や岩場などにも自生しています。水窪の道路脇の法面で、黄色い花を咲かせていました。見たことがありますよね?

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