このブログの購読者に登録しよう!

●協力・協賛

  • ホームページ企画・制作 アスカパソコンスクール

« 2011年4月 | メイン | 2011年6月 »

2011年5月31日 (火)

富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる①始まりは1通のメール

Shashin7  始まりは3月11日、富山県氷見市からの1通のメール。

 私は今50代です。今は亡き祖母が自分の生まれ故郷のことを話していたのがずっと胸の奥で眠っていました。生きていれば百歳位でしょう。若くして亡くなり、当事私は15歳で祖母の生まれ故郷の話なんか上の空でした。

 でも最近パソコンを何気なく見ていたら絵葉書のコーナーで久根鉱山の坑道口前のものを発見。目が釘付けになりました。

 祖母はおそらく佐久間か塩沢の出身です。坑道口前で撮ったと思われる写真を見たことがあります。あまり多くを語らずに逝ってしまった祖母の生まれ故郷のことを、もっと知りたいと思いました。

Kune449 久根鉱山や天竜川や昔の集落のことを知ることが出来るでしょうか?もっとたくさん書きたいけど、もう何をどう言ってよいのかわからないくらい懐かしく深い興味が湧いてきます。お返事頂ければ嬉しいのですが…。

 迷うことなく、返事を送り、その後メールを重ね、そして2ヵ月半後の5月28日、自分たちのルーツ、亡くなったお祖母さんの生まれ故郷を訪ねる決心をした姉妹を浜松に迎えました。

 前日は浜名湖名物の「うなぎ」を食べながら話を伺い、台風接近中の29日、さあ、佐久間に向けて出発です。

 【関連記事】「久根にいた」亡き祖母の足跡たどる 富山在住の坊さん姉妹が佐久間訪問
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる②山香ふるさと村
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる③久根鉱山
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる④雨に霞む「心の故郷」
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる⑤佐久間のお茶
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる⑥佐久間に帰る「帆掛け舟」
 【関連記事】こころの故郷・佐久間を訪ねる①再び「山香ふるさと村」へ
 【関連記事】こころの故郷・佐久間を訪ねる②イサミ写真館へ
 【関連記事】こころの故郷・佐久間を訪ねる③久根が写る写真
 【関連記事】母を連れてこころの故郷へ(上)―「山香ふるさと村」
 【関連記事】母を連れてこころの故郷へ(中)―久根が見える
 【関連記事】母を連れてこころの故郷へ(下)一佐久間を味わう

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民

Tugeya626  焦点・天竜区に溶け込む新住民 外からの視点生かす

 浜松市天竜区の中山間地域で、県内外から田舎暮らしを求めて移り住んだ“新住民”が地域の活力維持に貢献し、存在感を高めている。自給自足に近い暮らしは簡単ではない。それでも、新住民は素朴な生活を楽しみながら、外からの視点を生かして地域の盛り上げにも一役買い、地元住民からは「将来に明るさが見えてきた」と前向きな声が上がっている。

 同市天竜区水窪町の中心地から、つづら折りの山道を車で走ること40分、長野県境に近い標高約750メートルの大沢集落に住む津ヶ谷寛奈さん(42)も、新住民の1人だ。6世帯8人がひっそりと暮らす小規模集落に「山を耕し、農のある暮らしがしたかった」と2001年、教員の職を辞めて北区三ヶ日町から移り住んだ。

 集落の先輩から農業のイロハを教わり、水窪の風土に合った栽培法で茶や雑穀などを育てる毎日。数年前からは、津ヶ谷さんを通じて、農作業や家の改修などを手伝うボランティアが度々大沢集落に足を運ぶようになった。

 地域外から訪れた人々との交流を重ねる中で、大沢集落の住民にも変化が。ボランティアや農業体験を希望する人々の受け入れ体制を整えようと、使っていない古民家を改修するなど準備を進めている。集落の別所賞吉さん(77)は「地域への愛着が増し、自信が持てた。少し集落の将来に明るさが見えてきた」と目を細める。

 地元小中学校の支援員として収入を得ていた津ヶ谷さんは、今年4月から、同市中区のライブハウス「窓枠」を運営する「Aw‐one企画」に水窪に常駐する正社員として所属。上嶋常夫代表らと共に、水窪町が舞台の映画製作を進めるプロジェクトに参加し、廃校となった旧西浦小を体験学習の場として活用する計画も練っている。

 「過疎化に悩む山間部の魅力創出に一役買いたい。水窪の人たちとかつてのにぎわいを取り戻したい―」。地元住民との“二人三脚”での奮闘が始まっている。

 市の田舎暮らし推進事務局や地元NPO法人などによると、過去5年間で中山間地域(天竜区と北区引佐町の北部)に移住した世帯は30を数える。(「静岡新聞」より)

 5月27日付の「静岡新聞」に、先日訪ねた大沢の津ヶ谷さんが紹介されていました。津ヶ谷さんも映画作りに関わるとなると、ますます面白くなりそうです。

 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」①気田森林鉄道
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」②鉱山
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」③峰之沢インクライン
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」④二俣まつり
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑦二俣の活性化
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑧移動販売
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑨佐久間ダム
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑩渡し舟と宿場町

 【関連記事】浜松・水窪を舞台に映画製作へ 瀬木監督ら市長に構想説明
 【関連記事】水窪の魅力 映画で発信 浜松の企業 来秋上映目指す
 【関連記事】山あいの町を映画に 旧水窪町が舞台、浜松の男性発案
 【関連記事】過疎の浜松・水窪活性化目指す 人と自然の絆映画に 市民有志、旗振り役
 【関連記事】『にしうれ小学校からこんにちは!』ブログヘGO!
 【関連記事】映画:浜松の最北端、水窪を舞台に 来年4月から撮影し秋にも公開

二俣の商店広告ずらり 60年前の地域紙発見 天竜

Futamata  北遠の文化向上を目指し、60年前の昭和20年代に現在の浜松市天竜区二俣町で発行されていた地域紙「聞友報」が、同市東区豊町の山崎新聞店経営、山崎純三さん(74)宅で見つかった。商店や製材業者の広告がずらりと掲載され、「二俣の活況を伝える貴重な史料」(市史編さん室)。発行元にもオリジナルは残っていないという。山崎さんは「多くの人に読んでもらえるように」と、市に寄贈する意向を示している。

 山崎さんは昨秋、昭和24年(1949年)7月1日号から25年(50年)元旦号まで計7部の聞友報を発見した。発行元は二俣新聞販売所=同市天竜区二俣町=だった。

Futamatakaikan  二俣新聞販売所の3代目店主、大角桃太郎さん(86)によると「ぶんゆうほう」と読む。初代店主の愛治さんが、所有する印刷所で活字を拾い、新聞折り込みで配布。紙面から昭和24年7月1日号が創刊号と推測でき、月2回程度、毎号約1万1千部が発行された。

 特に目を引くのが広告の多さ。鮮魚から衣料、木材関係、旅館までありとあらゆる業種の広告が紙面を埋める。時計店だけでも10店舗以上の広告が載る号もあり、二俣の盛況ぶりが浮き上がる。「日本再建に未亡人よ来れ」という縫裁作業者の募集や、「車は左 人は右」と対面交通を呼び掛ける一般記事もあった。

 浜松市史編さん執筆委員の鈴木正之さん(72)は「小さな村の記述もあり、北遠の様子がよく分かる」と評価。市立中央図書館郷土資料室での受け入れを希望する。山崎さんは「これだけの活字を拾い、発行するのは大変なこと。紙は劣化するため、市に適切に保存してもらえれば」と話す。(「静岡新聞」より)

 チラシは新聞とは違い、暮らしに密着した情報をもたらしてくれます。興味深い時代の貴重な資料です。

 【関連記事】昭和31年「大臣印学生服」のチラシ
 【関連記事】「断然!! 蔵の市大賣出し 二俣新町 新榮會」のチラシ
 【関連記事】「コロムビア月販2周年記念謝恩セール!!」―二俣本町・石野ラジオ店

2011年5月30日 (月)

「天浜線に親しみ」 親睦会兼ね見学 遠州鹿児島県人会の会員家族ら

Futamataeki  県西部在住の鹿児島県出身者らを中心に組織する遠州鹿児島県人会の会員家族ら40人余りが29日、掛川市から湖西市までを結ぶ天竜浜名湖鉄道の乗車と転車台見学などを楽しんだ。 

 総会を兼ねた親睦会で、一行は掛川駅から貸し切り列車に乗車。途中、天竜二俣駅で降りて国の有形文化財に登録されている転車台や扇形車庫、鉄道歴史館などを見学した。

 天竜浜名湖鉄道は昨年2月、九州の熊本と鹿児島両県を走る「肥薩(ひさつ)おれんじ鉄道」と交流協定を締結。人材育成や利用客拡大のための企画商品の共同開発などを進めている。

 遠州鹿児島県人会の大迫照忠会長(掛川市)は「鹿児島の鉄道と協定を結んでいると聞いて天浜線に親しみがわきました」などと話した。(「中日新聞」より)

 天浜線、大人気ですね。私にとっては二俣線は、中学校のグラウンドから見える線路。父の実家のある豊橋に出かける時に乗った懐かしい列車です。

 【関連記事】天浜線が夏休み親子列車教室 「転車台」にびっくり
 【関連記事】浜松で天浜線と遠鉄フェス盛況 『転車台』に熱い視線
 【関連記事】写真展「二俣線への想いと天浜線」―磐田市立豊岡東公民館
 【関連記事】天浜線、国有形文化財に 31施設を一括登録
 【関連記事】天浜線31施設国文化財答申
 【関連記事】有形文化財に指定された「二俣川橋梁」
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財1】高架貯水槽 洗濯、洗車に今も活用
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財4】鉄道神社
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財6】駅名ハンコ 気持ち込め切符にポン
 【関連記事】天浜線の転車台見学1万人 観光資源として定着
 【関連記事】転車台公開に長い列 天竜二俣駅で天浜線フェスタ
 【関連記事】市制100周年で「夢列車」 天浜線フェスタ盛況
 【関連記事】天浜線、転車台見学2万人突破 公開日の拡大を検討
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財①―運転区高架貯水槽
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財②―扇形車庫、機関車転車台、運転区事務室
 【関連記事】お~い、シゴハチ!―「機関車公園」のC58型蒸気機関車
 【関連記事】天浜線車両化粧直し 現役で最古参 18日、お披露目
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財③―天竜二俣駅本屋と金属プレート
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財④―天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム&下り上屋及びプラットホーム
 【関連記事】天浜鉄道 修繕費サポート募集 国文化財の駅舎 老朽化
 【関連記事】天竜二俣駅の「扇形車庫」修復始まる 台風で屋根被災

「久根にいた」亡き祖母の足跡たどる 富山在住の坊さん姉妹が佐久間訪問

Bou646  大正時代に浜松市天竜区佐久間町の旧久根鉱山で幼少期を過ごした亡き祖母らの足跡をたどろうと、富山県氷見市の姉妹が29日、初めて同町を訪ねた。「おばあちゃん、ここにいたんだ」。90数年前、幼い日の祖母が見たであろう天竜川の渓谷や旧鉱山を目の当たりにし、涙がこぼれた。

 坊伊都子さん(55)と真奈美さん(51)。母方の祖母支那子さんが59歳で亡くなったとき、それぞれ15歳と11歳。

 以来40年間、よく遊んでくれた支那子さんの「久根にいた」という言葉や帆掛け舟の折り紙を覚えていた。祖母ら一家が佐久間を離れた経緯も知りたかった。

 浜松訪問のきっかけは、佐久間町など北遠地区を紹介するNPO法人「天竜川・杣人(そまびと)の会」のホームページ(HP)。鉱石船と呼ばれる帆掛け舟が天竜川を往来した歴史など旧鉱山に関する記述や写真に、祖母との思い出が重なった。支那子さんの故郷を訪れたことがない母朝江さん(80)もHPを見て泣いていた。

 姉妹はこの日、HPを担当する同会理事の斉藤朋之さん(59)や地元活性化グループ「山香ふるさと村」の三井節子・女性部代表らの案内で旧鉱山周辺へ。祖母の遺影を胸に歩いたり、遺品のアルバムをもとに往時を知る人を探したり。旧鉱山の遺構が視界に飛び込むと、「これを見て育ったんだ」と感情がこみ上げた。

 足が悪いという朝江さんは同行を見合わせたが、「次は母を連れてきたい」と姉妹。斉藤さんは「旧鉱山を訪れて涙を流す人はほかにもいると聞く。世代交代が進み、往時を知りたい人と知っている人を結ぶには、ぎりぎりのタイミングではないか」と話した。

 久根鉱山 旧佐久間町の天竜川沿いにあった銅山。町史によると、江戸時代以前から鉱業史が残る。鉱害問題で採鉱、精錬の停止に追い込まれた後、古河鉱業(現、古河機械金属)創業者の古河市兵衛が1899(明治32)年に買収。1970(昭和45)年の閉山まで粗鉱量で400万トンを産出、大正初めの好況時には船夫を含め2000人が従事した。(「中日新聞」より)

 昨日(29日)、富山から来た姉妹を佐久間に案内しました。「中日新聞」よる取材を受け、この記事になりました。赤川記者、足元の悪い中での取材、本当にありがとうございました。

 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる①始まりは1通のメール
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる②山香ふるさと村
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる③久根鉱山
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる④雨に霞む「心の故郷」
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる⑤佐久間のお茶
 【関連記事】富山県から祖母の故郷・佐久間を訪ねる⑥佐久間に帰る「帆掛け舟」
 【関連記事】こころの故郷・佐久間を訪ねる①再び「山香ふるさと村」へ
 【関連記事】こころの故郷・佐久間を訪ねる②イサミ写真館へ
 【関連記事】こころの故郷・佐久間を訪ねる③久根が写る写真
 【関連記事】母を連れてこころの故郷へ(上)―「山香ふるさと村」
 【関連記事】母を連れてこころの故郷へ(中)―久根が見える
 【関連記事】母を連れてこころの故郷へ(下)一佐久間を味わう

絵葉書「天然の美・人工の驚異 佐久間ダム」―その①

Dam613  龍山の和田芳博氏から、またまた古い絵葉書をお借りして来ました。と言っても、これまでに紹介したようなモノクロ写真を使用した大正時代や昭和初期のものではありません。

 「天然の美・人工の驚異 佐久間ダム SAKUMA DAM」(佐久間ダム観光発行 カラー集8枚組)は、おそらく昭和50年代。古いと言えば古いのですが、少し前の風景ですので現在とそんなに変わっているわけではありません。しかし、久しぶりに眺める人にとっては、よけいに懐かしく感じる人も多いかも知れません。

 まずは、ダムが写っている写真のものを2枚。竣工後、10年ほどを経過した佐久間ダムの姿です。

Dam614

 「佐久間ダム遠望」五葉松が青く天竜に姿を写し、乳母子様や新四国八十八ヶ所の弘法大師を祭った松山公園、この山頂からの佐久間ダムは雄大な自然に調和し、柔和にして女性的な美しさである。

Dam615

 「佐久間ダムの概要」佐久間ダムは、昭和28年4月に工事着工、日本で初めて画期的な近代工法を採用しわずか3ヶ年で完成し、そのダムの高さは155m頂長は293.5mです。

 ダムの風景としては、現在と比べて特に変わったようには見えません。堆砂が問題化している佐久間湖には満々と水を湛え、ダム下流の天竜川は川底が露出しています。5門のゲートが開放され、青い水が流れ落ちている絵葉書のケースの風景とはずい分違いますね。

 「佐久間ダム竣工記念」の切手が発行された数少ないダム。「小学生の頃に遠足で行ったきり」のあなた!また、訪ねてみたくなりませんか?

 この巨大なダムで堰き止められた水が、発電所に流されてタービンを廻し、私たちが使用している電気を作っているのです。「節電」「省エネ」「環境」「自然」など、佐久間ダムは私たちに忘れてはならない問題を提起してくれます。

 佐久間町中部まで行けば、県道1号を登り絵葉書に写っているトンネルを抜ければ、ダムはもう目の前。豪快な放水シーンが見られる梅雨シーズンに、ぜひお出かけください!

 【関連記事】絵葉書「天然の美・人工の驚異 佐久間ダム」―その②

 重力式コンクリートダム「佐久間ダム」は…
 遠州灘海岸の浸食対策とダムの氾らんを防ぐため…
 ●大雨でダム湖の水位が上がった浜松市天竜区佐久間町の佐久間ダムが…
 ●先日、全5門からの放水の記事と写真を紹介…
 ●「佐久間ダム」の大放水―2008年6月21日となっていますので…
 ●長野県の諏訪湖から遠州灘に注ぐ天竜川水系で今後約30年間…
 ●「佐久間ダム」は、昭和28年に着工。アメリカの重機や…
 ●毎年、10月の最終日曜日に開かれる「佐久間ダムまつり」…
 ●佐久間ダムの下にあるのだから、きっと発電所だろう…
 【関連記事】山はもちろん、足元も紅葉―「佐久間ダム」「佐久間湖」
 【関連記事】「佐久間湖」は「ダム湖百選」
 【関連記事】日本一の年間発電量「佐久間発電所」
 【関連記事】佐久間のマンホールの蓋は「佐久間ダム」
 【関連記事】「天竜川のダム再編事業費全額認められる」NHKニュースより
 【関連記事】戦後復興示した金字塔―佐久間ダム
 ●うっかりすると「佐久間発電所」と勘違いしそうなのが「開閉所」…
 【関連記事】「もったいない」水の再利用「佐久間第二発電所」
 ●平年に比べて降水量が少なく、浜松市など県西部の水源になっている天竜川水系の佐久間ダムの貯水率が…
 【関連記事】「佐久間ふるさと特産品フェア」3月21日
 【関連記事】ダム湖のサクラも開花しました。
 【関連記事】佐久間ダムの桜を守るウソのようなホントの話
 【関連記事】絵葉書で振り返る北遠①―「佐久間ダム」
 【関連記事】絵葉書で振り返る北遠⑥―「自然と人工の調和美 佐久間ダム」
 【関連記事】Change!ハママツ「水力発電の新時代を開く」
 【関連記事】完成の翌年、昭和32年(1957)10月28日、天皇皇后両陛下は「佐久間ダム」に御臨幸…
 ●「佐久間発電所」で作られた電気が送られる「電線路」の第1歩は、この鉄塔から…
 【関連記事】2009年の「佐久間ダムまつり」は10月18日
 【関連記事】東栄町側から見た「佐久間ダム湖」の紅葉
 【関連記事】第8回「紅白歌合戦」で歌われた『あゝダムの町』
 【関連記事】古いコンクリート建造物「調圧水槽=サージタンク」
 【関連記事】「佐久間ダム」竣工記念誌に見る「15 調圧水槽」
 【関連記事】レトロな取水口は塔状の頂部―「佐久間ダム」
 【関連記事】ちょっと古い絵葉書「天竜奥三河国定公園 佐久間ダム」
 【関連記事】絵葉書「天然の美・人工の驚異 佐久間ダム」―その③
 【関連記事】「佐久間ダム」建設途中の絵葉書
 【関連記事】「第41回静銀の割増金附七福定期」静岡県名所案内(その五)佐久間ダム
 【関連記事】古い絵葉書で探る「佐久間ダム」の完成はいつ?
 【関連記事】佐久間ダムを見下ろす「松山公園」①―約1キロの遊歩道入口
 【関連記事】佐久間ダムを見下ろす「松山公園」②―弘法大師と稲荷神
 【関連記事】佐久間ダムを見下ろす「松山公園」③―参道みたいな遊歩道
 【関連記事】佐久間ダムを見下ろす「松山公園」④―展望台からダムが見えた!
 【関連記事】佐久間ダムを見下ろす「松山公園」⑤―半場を見下ろす

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」④二俣まつり

Futamata623  芸者100人超の最盛期 町に響く三味の音 旦那衆も粋な芸人

 酒が回ると、天竜・横山の年配男性はこの歌を口にするという。 <親の財産盗み出し 横山駅へと駆けつける(中略) 谷山 相津は夢のうち 船明弁天ちょいと過ぎりゃあ 胸の高鳴る吾妻町>

 二俣の町には花柳界があった。大正末期から昭和初期に栄えた繭市場。江戸時代から続く林業。秋葉詣でやダム建設―。町はにぎわい、芸者の数が100人を超えた時期もあったという。だが、往時を知る元芸妓(げいぎ)は今、二俣の町でも数えるほどしかいない。

 「とにかく派手やかな時代。郵便も本名ではなく、芸名だけで届いた」

 こう回想する紅香(べにか)さん(75)は1956年(昭和31年)ごろ、芸妓になった。当時、二俣に置屋は約20軒。昼前から吾妻町の見番に何10人もの芸妓が集まり、稽古にいそしんだ。座敷が掛かれば割烹旅館や料理屋へ置屋から向った。紅香さんは「高げた履いたり、雨でもないのに傘差したり、豪快な客が多かった」と懐かしむ。

 三味線の名手として名をはせたのは、〆丸(しめまる)さん(86)だ。「芸を売るのが芸者。芸があるから尊敬された。だからこそ、それなりの努力が必要だった」。自ら置屋を持ち、15年ほど前まで長唄を指導した。

 「かどや旅館」の坪井かつさん(86)は、往年の二俣を鮮明に記憶している。「当時は旦那衆も芸人だった。三味線を弾いたり通りを流したり」。町は明け方までにぎわしかった。「ちょっと行ってくる」と言い残したまま、一晩中戻らない宿泊客も珍しくはなかった。(「静岡新聞」より)

 私の知らない世界。でも、話には聞いたことがあります。

 私の生まれ育った三方原の外れの貧乏集落と違い、北遠の全盛期には、都会がここに引っ越して来たような感じだったのでしょうね?

 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」①気田森林鉄道
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」②鉱山
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」③峰之沢インクライン
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑦二俣の活性化
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑧移動販売
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑨佐久間ダム
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑩渡し舟と宿場町

2011年5月29日 (日)

大荒れの1日 秋葉ダム全門開放

Akihadam0  台風2号は温帯低気圧に変わりましたが、今日(5月29日)の北遠は大荒れの天気になりました。

 午前9時30分頃に秋葉ダム横を通った時には、1門だけからの放水でしたが、午後3時の帰路では全6門を開放しての大放水となっていました。

 白倉川からも濁流が流れ込み、天竜川は梅雨入りの候とは思えないほどの増水。

 こんな日に出かけなければ良かったのですが、訳あって訪ねた佐久間町山香。富山から久根を訪ねるために来浜した姉妹を案内して来ました。その話は、改めて…。

 被害が出ないことを願っています。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
29日
(日)
17時 22.2 5.5 西 1 0 ---
16時 21.9 15.5 南南東 1 0 ---
15時 21.1 16.5 北北西 1 0 ---
14時 22.2 12.5 北東 2 0 ---
13時 21.5 6.0 西北西 2 0 ---
12時 20.5 3.0 西北西 1 0 ---
11時 19.8 4.0 南南西 1 0 ---

「大栗安の棚田」檜曾礼に「100選」の標柱を建てる

100sen1  5月21日、「大栗安の棚田」を訪れた「天竜川・杣人の会」の研修会に参加できませんでした。だからと言うわけでもありませんが、27日、たった1人で出かけました。

 目的は、檜曾礼(ひのきぞれ)の棚田を見下ろす場所に、「新・浜松の自然100選」の指定地であることを示す標柱を建てること。昨年、本村には建てましたので、2ヵ所の集落にまたがる大栗安には2本の標柱が建ったことになります。

 見下ろした範囲の田んぼは田植えも済み、今にも降り出しそうな空の下、カエルたちの雨を呼ぶ鳴き声が響いていました。

 懐かしい日本の原風景、棚田を見に出かけたら、私が建てた標柱の頭をなぜてあげてください!写真を撮る時には、標柱も入れてあげてくださいね。こんな感じで…。

 【関連記事】田植えを済ませた「大栗安の棚田」
 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」③峰之沢インクライン

Incline622_2  “北遠の威容”と称された龍山町の峰之沢鉱山(69年閉山)では、傾斜面にレールを敷いた「インクライン」が活躍。従業員やその家族を乗せ、天竜川岸から鉱山まで延長547メートル、高低差265メートルの急斜面を走った。(「静岡新聞」より一部引用)

 インクライン 天竜川岸と山上の作業所をつないだ峰之沢鉱山のインクライン(昇降運搬装置)。移動時間が徒歩に比べて大幅に短縮され、作業効率が向上した(1952年=昭和27年版『龍山村勢要覧』より)

 そして、上記の説明が付いた、乗客を満載したゴンドラの写真です。立ち乗り式で格子柵があるだけの構造。傾斜角度は30度に近く、かなりの急勾配だったことが分かります。

 この写真を見て「一度、乗ってみたかった」と思った人もいらっしゃるのでは?私ですか?私は、ちょっと…。

 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」①気田森林鉄道
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」②鉱山
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」④二俣まつり
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑦二俣の活性化
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑧移動販売
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑨佐久間ダム
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑩渡し舟と宿場町

 【関連記事】浜松市に「鉱山」があったのをご存知ですか?
 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「峰之沢鉱山」
 【関連記事】峰之沢に残るインクラインの廃レール
 【関連記事】「選鉱場」跡に残された「峰之沢口」バス停
 【関連記事】天竜川に下りる階段―峰之沢インクラインの廃レール
 【関連記事】下平山・妙蓮寺に建つ「中國人 殉難慰霊碑」
 【関連記事】下平山に残る―鉱山住宅跡と銅鉱石
 【関連記事】インクライン遺構と古い絵葉書「遠州峯之澤鑛山 供給所内部」
 【関連記事】古い絵葉書「峰之沢鉱業所 人車インクライン」
 【関連記事】「峰之澤鑛山天龍川船積塲鐵索及運礦船逆航ノ景」と写真師・小川一眞
 【関連記事】大正11年/龍山生島の帰帆―「富士山 天龍川 寫眞帖」
 【関連記事】大輪の渡船場附近の絶景―「富士山 天龍川 寫眞帖」
 【関連記事】数少ない写真―峰之澤鑛山(採鑛塲)

白→ピンク色→赤色と花の色を変える「ハコネウツギ」

Hakoneutsugi1  白→ピンク色→赤色と花の色を変えるスイカズラ科タニウツギ属の「ハコネウツギ」。公園樹や庭木として植えられていることも多いのですが、北遠の林縁で見かけることがあります。

 調べてみると「沿海地に自生」とされていますので、北遠の「ハコネウツギ」は植栽されたものが野生化したのかも知れません。スイカズラでも見られる花の色の変化については、受粉に適した時期の花とそうでない花を、色の違いで昆虫たちに教えているのだという説もあるようです。

 本当のところは、蝶やハチに聞いてみるしかありませんね?

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」
 【関連記事】金銀2色の花を咲かせる「スイカズラ」
 【関連記事】バラ科です。「コゴメウツギ」
 【関連記事】スーパー林道を彩る真っ赤な「ヤブウツギ」
 【関連記事】楽しい熊伏の山歩き③―ベニバナノツクバネウツギ

「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「鳥羽山城址」

Tobayama  「広報はままつ」天竜区版5月20日号の「TENRYU WARD HISTORY 天竜区ヒストリー」は、「鳥羽山城址(天竜区二俣町)」。

 天竜川や北方の山並みを望むことができる標高108メートルの鳥羽山に築かれた山城。天正3年(1575年)に徳川家康が武田方の二俣城を攻略する際、鳥羽山に本陣を敷き、天竜川の対岸の和田島(現在の渡ケ島(わたがしま))と二俣川の向こう側の毘Tobayamamap 沙門堂(びしゃもんどう)(二俣町旭町(あさひちょう))にとりでを置いて、二俣城を包囲したことが知られています。過去の発掘調査では侍屋敷や家老屋敷の跡も発見されたほか、近年の調査で鳥羽山城の大手道は幅が6メートルを超え、高い石垣で囲まれた大規模なものであったことが判明しました。また、一角に残る枯山水の庭園跡は、戦国時代の城館としては大変貴重な遺跡であるといわれています。現在は鳥羽山公園として、市民の憩いの場となっています。

 今年の11月19日、20日、「全国山城サミット」が浜松市で開催され、全国の目が浜松市の山城に向けられます。関連事業もたくさん準備されているようですので、楽しみに待つことにしましょう。

 【関連記事】県内城郭最大の賓客用通路確認  天竜区の鳥羽山城跡
 【関連記事】郷土の誇り浜松・二俣城 知って 地元住民が『物語展』で歴史紹介
 【関連記事】鳥羽山城発掘に尽力 故鈴木喜代治さんの偉業を初紹介
 【関連記事】天竜川の城跡群「国史跡」目指す 来年度、本格調査
 【関連記事】満開の桜と鳥羽山公園からの眺望

2011年5月28日 (土)

天竜区なう 乗用モノレール 欠かせぬ生活の“足”

Monorail645  急勾配の山中にも家が点在する佐久間町。相月集落の農業、坂口幹雄さん(63)の自宅と幹線道路を結ぶ“生活路線”は「乗用モノレール」だ。

 2人乗りモノレールが機械音を響かせ、ゆっくりと進んでいく。国道152号沿いの乗車口から自宅までのレールの長さは182メートル、最大斜度は35度。さながら、ジェットコースターのよう。

 「初めて乗る人は『怖い、怖い』って手すりにしがみつくよ」と、坂口さんが白い歯を見せる。

 急斜面のため自動車道を造れず、乗用モノレール導入まで細い道と索道があるだけだった。浜松市の補助制度を使い、2007年に完成。近隣4戸も取り入れている。

 坂口さんは言う。「救急時は特に心強い。担架で急坂を運ぶのは危険だったから。この辺の暮らしには欠かせないね」(「静岡新聞」より)

 北遠では、しばしば目撃します。ただし、動いているところを見たことはありません。「乗ってみる?」って聞かれたら、どうしよう?こういうのって、苦手なんです。そんなことじゃあ、北遠に暮らすのはムリって言われますかね?

 【関連記事】傾斜農地で見返る「単軌条運搬機」とは…

天竜区なう「菓子工房 ミココリエ」茶葉使ったケーキ おいしさ人気

Kisita644  浜松市天竜区春野町の山の中腹。広がる茶畑の中のプレハブ小屋が今、“知る人ぞ知る”と評判の「森の中の菓子工房 ミココリエ」。6畳ほどの工房でオーナーパティシエの木下幸一さん(34)は各地から届く注文の菓子づくりに大忙しだ。

 浜松市内の調理師専門学校を卒業後、同市や沼津市のケーキ店で9年間の修業を積み、茶業を営む実家の隣のプレハブ小屋で店を始めて1年。昼は菓子作り、夜は茶工場で茶の加工作業と、二足のわらじを履きながらの挑戦だが、自家製の茶を使ったケーキなどが“優しいおいしさ”と人気が出て「近頃は注文の多さに両立の難しさも感じる」ほど。店名は家業の茶農家「えのき園」という名前から、フランス語の「エノキ」。市内のイベントにも出店し「いつか春野の名物になる菓子を作りたい」と天竜区の魅力発信にも力を注いでいる。(「静岡新聞」より)

 寄ってみたいですよね?食べてみたいですよね?春野町の和泉平ですので、春埜杉へお出かけの日には、ちょっとお立ち寄り。でも、注文して行かないとダメなのでしょうか?

 【関連記事】農業青年が競う手作り弁当 最優秀賞に浜松の木下さん
 【関連記事】「森の中の菓子工房 ミココリエ」―JA遠州中央「ときめき」より

駆除害獣・シカの肉 有効利用へ 料理考案し浜松大生ら試食

Shikaniku  食害対策で捕獲されたシカの肉を使った料理の試食会が27日、浜松市北区の浜松大であった。

 シカは害獣として駆除された後は埋葬される。静岡文化芸術大(中区)で食文化担当の米屋武文教授(59)が「有効利用しよう」と、知り合いで浜松大の川上栄子講師(57)に声を掛け、新しい料理法を学生と考案した。

 提案した約20種類から選んだメニューはみそ煮やマーマレード煮、焼きそばなど8種類。香辛料で臭みを減らし、食べやすいように工夫した。

 牛肉に比べてシカ肉は鉄分とタンパク質が多く、低脂肪という特長を持つという。

 試食会には学生や教授ら約40人が参加。静岡文化芸大3年増田真衣さん(20)は「臭みがなく、柔らかくて食べやすかった」。米屋教授は「シカやイノシシは山の幸。おいしく食べることで有効利用したい」と話した。(「中日新聞」より)

 食べることが食害対策になります。適正な個体数に戻すことができれば、後は保護していくのです。生態系のバランスを維持するというのは、決して、野生獣をすべて食べてしまおうというのではありません。

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」②鉱山

 「静岡新聞の見開き特集は「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」。5月27日(金)の「写真で見る100年」にも、懐かしい写真がたくさん掲載されていました。

 林業中心の山村地域だった北遠(現天竜区)は、天竜川流域で銅山としての開発が進んだ久根鉱山(現佐久間町)、峰之沢鉱山(現龍山町)の操業や佐久間ダム建設などにより、大正、明治期には多くの雇用が生まれ、にぎわった。

 久根、峰之沢両鉱山の輸送の主役は舟運で、鉱石船が風を帆にいっぱい受けて、川面を悠々と進む姿は天竜川の風物詩だった。全盛期の大正時代には、両鉱山から1年間で計約20万トンの銅鉱石が採掘された記録(1916年)が残り、鉱石は下流の中ノ町(東区)を経由して、東海道線で遠く関東地方の精錬所に送られた。(「静岡新聞」より一部引用)

 そして、「久根鉱山」「峰之沢鉱山の鉱石船」の写真が2枚。

Kune624

 久根鉱山 鉱石を運び出す船でにぎわう久根鉱山(現佐久間町)。全盛期には炭鉱員約2000人と水夫、事務担当者ら計約3000人が働き、山の斜面に社員住宅が立ち並んだ(1920年ごろ=大正中期)

Minenosawa625

 峰之沢鉱山の鉱石船 天竜川を進む峰之沢鉱山(現龍山町)の鉱石船。帆布の丸印は峰之沢鉱山の所属を表わしていた(1925年ごろ=大正末期)

 今日(5月28日)、富山県から久根を訪ねて姉妹がやって来ます。お二人のおばあちゃんが久根で暮らしていたとのことで、話に聞いていた久根や佐久間がどんなところなのか自分の目で見てみたいとの思いから、このブログを通じてメールが入りました。

 久根を訪ねるのは、29日(日)。台風接近中で天気は荒れそうですが、大好きな北遠へは私が案内します。どんな出会いがあるかが楽しみ。後日のレポートをご期待ください。

 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」①気田森林鉄道
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」③峰之沢インクライン
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」④二俣まつり
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑦二俣の活性化
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑧移動販売
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑨佐久間ダム
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑩渡し舟と宿場町

 ●山香地区大井の「山香ふるさと村」に寄ってみました…
 ●「道がクネクネと曲がりくねっているから、『久根』?」…
 ●明治初年まで「片和瀬鉱山」と呼ばれた「久根鉱山」の始まりは…
 ●国道473号から天竜川方面を見晴らすと、「久根鉱山」選鉱所跡が…
 ●佐久間の「大鏡山明光寺」境内で、「じん肺物故者慰霊碑」を見つけました…
 ●「久根鉱山」での、鉱石採掘は昭和45年(1970)まで続き…
 【関連記事】農業や山仕事を捨てて働く―「久根鉱山」
 ●かつて「久根鉱山」で採掘された鉱石は、久根で精錬されて…
 ●佐久間町西渡で「久根鉱山」の沿革に関する資料と「鉱業所の全景」の写しを…
 【関連記事】「久根鉱山」の「名合支山」とは?
 【関連記事】あの頃の写真が語る「久根鉱山」
 ●久根の鉱石を満載して天竜川を下ったのは「鉱石船」と呼ばれる帆掛船…
 【関連記事】帆掛け舟の連なる壮観―「鉱石船」
 【関連記事】49年前―久根鉱山でのメーデー行進
 【関連記事】古い絵葉書に導かれ「久根鉱山」跡へ①―「坑口」
 【関連記事】古い絵葉書に導かれ「久根鉱山」跡へ②―赤錆びた車輪
 【関連記事】古い絵葉書に導かれ「久根鉱山」跡へ③―北風吹く久根の山
 【関連記事】浜松市に「鉱山」があったのをご存知ですか?
 【関連記事】久根―鉱石搬出用のトロッコ軌道が写る写真
 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「久根鉱山」
 【関連記事】操業中の「久根鉱山」が写る絵葉書
 【関連記事】繁栄の時代―久根鉱山社宅

 【関連記事】浜松市に「鉱山」があったのをご存知ですか?
 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「峰之沢鉱山」
 【関連記事】峰之沢に残るインクラインの廃レール
 【関連記事】「選鉱場」跡に残された「峰之沢口」バス停
 【関連記事】天竜川に下りる階段―峰之沢インクラインの廃レール
 【関連記事】下平山・妙蓮寺に建つ「中國人 殉難慰霊碑」
 【関連記事】下平山に残る―鉱山住宅跡と銅鉱石
 【関連記事】インクライン遺構と古い絵葉書「遠州峯之澤鑛山 供給所内部」
 【関連記事】古い絵葉書「峰之沢鉱業所 人車インクライン」
 【関連記事】「峰之澤鑛山天龍川船積塲鐵索及運礦船逆航ノ景」と写真師・小川一眞
 【関連記事】大正11年/龍山生島の帰帆―「富士山 天龍川 寫眞帖」
 【関連記事】大輪の渡船場附近の絶景―「富士山 天龍川 寫眞帖」
 【関連記事】数少ない写真―峰之澤鑛山(採鑛塲)

バラ科です。「コゴメウツギ」

Kogomeutsugi4  「コゴメウツギ(小米空木)」が咲いていました。

  ウツギと言っても、ユキノシタ科とかスイカズラ科ではなくバラ科。葉っぱの感じは同じバラ科のモミジイチゴに似ています。

 小さな白い花が集まった散房状の花序で、ちょっと見には10弁のように見えますが、実は5枚の花弁と5枚の萼片。雄しべ10本が1本の雌しべの周りに並んでいます。

 「空木(うつぎ)」と言うからには、茎の太い部分は中空です。

 それにしても、この季節の山里では、よく似た白い花を咲かせる木々が爽やかに目立っています。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」
 【関連記事】金銀2色の花を咲かせる「スイカズラ」

梅雨入り近し「ウツボグサ」の開花

Utsubogusa6  おや?紫色の花が咲いているぞ。何だろう?

 …と、車を停めて外に出てみました。もしかしたら「ウツボグサ」?

 阿多古川沿いの県道9号で、シソ科ウツボグサ属の「ウツボグサ」を見つけました。「靫(うつぼ)」とは矢を入れておく円筒形のもの。その「靫」に花穂の形が似ているところから、「靫草=ウツボグサ」の名が付きました。

 近づいて見ると、確かにシソの花に似ています。山の斜面の日当たりの良い側に育っていました。

 梅雨の時季から咲き出して真夏には枯れて茶色くなるので、別名「夏枯草=カゴソウ」。「ウツボグサ」が咲いているところを見ると、どうやら梅雨入りが近づいているようです。

 え~、東海地方は、もう梅雨入り~?まだ、5月なのに…。

 【関連記事】弓矢を入れる「靭(うつぼ)」に似ているから「ウツボグサ」
 【関連記事】ウツボグサで癒されるスジグロチョウ

2011年5月27日 (金)

水窪の魅力 映画で発信 浜松の企業 来秋上映目指す

Kamijima  浜松市天竜区水窪町の活性化を応援しようと、同市中区でライブハウス「窓枠」を経営する「Aw-one(エイダブリューワン)企画」の上嶋常夫代表と、これまで11本の映画を撮影してきた瀬木直貴監督が同町を舞台に映画製作を企画している。7月上旬から主役のオーディションを行い、来年5月ごろから撮影を開始予定。秋ごろの上映を目指す。

 上嶋代表が親交のあった瀬木監督に水窪町を紹介し、地域振興を狙って映画製作を持ち掛けた。同町で2007年から09年まで小学生バンドを結成し指導していた上嶋代表は、町の素晴らしさを実感するとともに高齢化や過疎の現状を感じ「何かできることはないか」と思いを巡らしていたという。

 今月17日に水窪自治会連合会など地元に映画の説明を行い、協力を取り付けた。

 26日、浜松市役所を訪れて鈴木康友市長に映画の企画を紹介した上嶋代表は「地域の人にもたくさん出演してもらいたい。地域性にこだわり、全国に発信していきたい」と意気込んだ。(「静岡新聞」より)

 上嶋さんの映画製作は、「静岡新聞」でも話題になっています。オーディションを受けてみましょうか?マジで?もちろん、マジです。できたら、山遊亭北遠楽の役で出演したいのですが…。

 【関連記事】浜松・水窪を舞台に映画製作へ 瀬木監督ら市長に構想説明
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】山あいの町を映画に 旧水窪町が舞台、浜松の男性発案
 【関連記事】過疎の浜松・水窪活性化目指す 人と自然の絆映画に 市民有志、旗振り役
 【関連記事】『にしうれ小学校からこんにちは!』ブログヘGO!
 【関連記事】映画:浜松の最北端、水窪を舞台に 来年4月から撮影し秋にも公開
 【関連記事】「ミナの森」へいかまいか 浜松・水窪活性化へ始動
 【関連記事】映画オーディション募集を兼ね、「いっかもないで、ミナの森へ行かまいか!」
 【関連記事】水窪舞台の映画オーディション 約100人が名演技
 【関連記事】水窪の自然が舞台 映画でまちおこし 「ミナの森」企画本格スタート
 【関連記事】浜松・水窪舞台の映画製作発表 配役決定、11月に上映
 【関連記事】水窪舞台に映画製作 市役所で製作上映委が報告
 【関連記事】遠州の魅力、映画でPR―朝日新聞

阿多古川流域の「シブカワツツジ」満開!

Shibukawa7  艶のある3枚の葉と濃紅色の花―「シブカワツツジ」です。つい1週間前に渋川の「つつじ公園」で見たばかりですが、今日は阿多古川沿いの長沢集落で見つけました。

 蛇紋岩地帯の養分が少ない土地で生育するこのツツジは、北区引佐町渋川で発見されたことから「シブカワツツジ」の名が付けられましたが、決して渋川だけにしか育たないわけではありません。よく似た土壌の阿多古川流域でも見かけることがあります。

 私が出会ったのは、そんな北遠の「シブカワツツジ」。絶滅危惧Ⅱ類(VU)の貴重な植物が、満開を迎えていました。

 【関連記事】ツツジは静岡県の県花―「ヤマツツジ」と「モチツツジ」
 【関連記事】秋葉神社大鳥居脇に咲く「シブカワツツジ」

縁側カフェでおもてなし 佐久間移住の山田さん夫婦

Engawa  浜松市天竜区佐久間町の山あいにある相月地区に県東部の清水町から移り住んだ山田修平さん(63)と、ひろ子さん(62)夫婦が「お茶で一服しながら山間地の魅力に触れて」と自宅の庭先を開放し「縁側カフェ 結(ゆい)」を始めた。オープンから2カ月、「緑豊かな景色に心が休まる」と週末には市内外から多くの来客が訪れ、評判は上々だ。

 移住から間もなく3年となる山田さん夫婦はともにNPO法人がんばらまいか佐久間の事業に参加する傍ら、畑仕事に精を出すなど、田舎暮らしを満喫している。

Engawa2  「佐久間の魅力を発信して、温かく迎え入れてくれた地域の人々に恩返ししたい」と始めたカフェ。2人が住む上日余集落の隣の福沢集落でも、夫婦の友人が近く“縁側カフェ”を開く話が持ち上がるなど、早速、地域活性化の“効果”が現れ、2人は目を細める。

 カフェは週末の土、日曜と祝日の午前10時から午後4時に開店。自宅横で摘んだ茶と手製の和菓子や季節野菜のケーキでもてなしている。

 場所は、天竜方面から国道152号を北上し、JR飯田線相月駅の手前約1キロの相月橋を右折。山田さん宅〈電053(987)2320〉。(「静岡新聞」より)

 「縁側カフェ」に行ってみたいですね。一緒に行きませんか?行きましょう!ぜひ、行きましょう!

 【関連記事】人生の楽園「如月の参 山間駆ける まごころタクシー」2月19日
 【関連記事】「人生の楽園―山間駆ける まごころタクシー」を視ましたか?
 【関連記事】あっという間に時間が過ぎる「縁側カフェ 結」
 【関連記事】相月諏訪神社の「お池」と「縁側カフェ 結」

浜松・水窪を舞台に映画製作へ 瀬木監督ら市長に構想説明

Kamijima  浜松市天竜区水窪町を舞台にした映画をつくる構想を温めている映画監督の瀬木直貴さんと、中区板屋町のライブハウス「浜松窓枠」を運営するAw-one企画の上嶋常夫代表取締役が26日、市役所に鈴木康友市長を訪ね、構想を説明した。

 映画づくりの構想は、過疎化が進む水窪地域の活性化に向けて「全国に発信でき、多くの人がかかわる文化プロジェクトを」と上嶋さんが思い立ち、妻が同市出身の瀬木さんに持ち掛け快諾を得た。瀬木さんはこれまでに「春色のスープ」(2008年)など11本の映画を撮っており、地域を描いた作品が多い。

 構想では、水窪の豊かな自然を背景に、一人で移住してきた15歳と地域の人々や妖精らが登場するファンタジー作品。7月に主役のオーディションを市内で行い、来年5月ごろ撮影を開始する予定。公開は早くて来年秋以降になる見込み。資金は企業や団体などから募る。

 瀬木さんは「地域にこだわればこだわるほど、普遍性に行き着く。方言も地域に伝わる民話も取り込んでいきたい」と話し、鈴木市長は「大変期待している」と激励した。(「中日新聞」より)

 話には聞いていましたが、面白い映画ができそうです。妖怪の役ならやってみたいのですが、妖精となるとダメかな?ぜひ、お手伝いをして行きたいと思っています。

 【関連記事】水窪の魅力 映画で発信 浜松の企業 来秋上映目指す
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】山あいの町を映画に 旧水窪町が舞台、浜松の男性発案
 【関連記事】過疎の浜松・水窪活性化目指す 人と自然の絆映画に 市民有志、旗振り役
 【関連記事】『にしうれ小学校からこんにちは!』ブログヘGO!
 【関連記事】映画:浜松の最北端、水窪を舞台に 来年4月から撮影し秋にも公開
 【関連記事】「ミナの森」へいかまいか 浜松・水窪活性化へ始動
 【関連記事】映画オーディション募集を兼ね、「いっかもないで、ミナの森へ行かまいか!」
 【関連記事】水窪舞台の映画オーディション 約100人が名演技
 【関連記事】水窪の自然が舞台 映画でまちおこし 「ミナの森」企画本格スタート
 【関連記事】浜松・水窪舞台の映画製作発表 配役決定、11月に上映
 【関連記事】水窪舞台に映画製作 市役所で製作上映委が報告
 【関連記事】遠州の魅力、映画でPR―朝日新聞

シソ科トウバナ属の野草「トウバナ」

Tobana9  小さな小さな淡紅色の花―どこにでもある雑草のはずなのに、その気になって探さないと見つけられません。シソ科トウバナ属の「トウバナ」です。

 花穂の形が塔のようなので「塔花(トウバナ)」。ヒメオドリコソウの花を小さくしたような、確かにシソ科らしい花。要するに、道端で見かける雑草、いえ野草です。

 【関連記事】水窪で見つけたミヤマトウバナとヤマトウバナ
 【関連記事】夏の終わりに咲くシソ科の花3種

 【シソ科の植物図鑑】

 【関連記事】早春の畑一面に咲く「ホトケノザ」
 【関連記事】春の彼岸に花が咲くから別名「地獄の釜の蓋」
 【関連記事】弓矢を入れる「靭(うつぼ)」に似ているから「ウツボグサ」
 【関連記事】12月にも花を咲かせた「ホトケノザ」
 【関連記事】雪の秋葉詣④―氷の花を咲かせる植物「シモバシラ」
 【関連記事】初めてみました―白花ホトケノザ
 【関連記事】花言葉「あなたを待っています」―キランソウ
 【関連記事】日当たりにより色を変える「ヒメオドリコソウ」
 【関連記事】地を這い広がる厄介者のキレイな花「カキドオシ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」
 【関連記事】これが、北遠に自生する「タツナミソウ」
 【関連記事】「オドリコソウ」の花を見てみたくはありませんか?
 【関連記事】キラン♪と光る「キランソウ」
 【関連記事】梅雨入り近し「ウツボグサ」の開花

静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」①気田森林鉄道

Tetsudo204  平成23年(2011年)5月26日(木曜日)の「静岡新聞」、18、19面見開き特集は「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」。もう、お読みになりましたか?

 18面「写真で見る100年 気田森林鉄道“繁栄”も運ぶ」では、以前紹介したことがある、仙郷橋上に集合した森林鉄道の5台の機関車の写真が目を引きました。

 林業、商店、鉱山、遊興…。浜松市天竜区は、合併前の北遠5市町村それぞれに、富み栄えた歴史と文化がある。

 「王子製紙の工場が気田(春野町)にあった。にぎわっていると聞き、祖父は磐田の福田から裸一貫で出て来たようだ」

 古写真を見ながら、鈴木昭三さん(83)=同町気田=が振り返る。日本初の木材パルプが原料の王子製紙気田工場(1889~1923年)は、明治、大正期の気田の町に活気をもたらした。

 鈴木さんが気田の商店街で営むスーパーの裏にはかつて、気田営林署があった。元職員の井口厚さん(76)は今、奥山から木材を搬出していた「森林鉄道」の存在を思い出す。

Sengobashi6  昭和前半の気田森林鉄道(40~60年)は、篠原地区の貯木場を起点とする全長33キロ。丸太だけでなく、沿線集落への生活物資も載せた。「米や薬とか。門桁(水窪町)集落の人には欠かせない鉄道だった」と井口さん。(「静岡新聞」より一部引用)

 気田森林鉄道は、篠原の貯木場を起点に仙郷橋で杉川を渡り、小石間隧道で気田川河畔へ出て川沿いに北上していました。

 春野の気田と熊切の2路線のほか、北遠には水窪、龍山にも森林軌道、森林鉄道が運行されていました。このレールの歴史を埋もれさせてしまうのは、もったいなさ過ぎます。見てみたいですもんね?せめて、機関車の里帰りを期待しています。

 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」②鉱山
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」③峰之沢インクライン
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」④二俣まつり
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑥映画製作
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑦二俣の活性化
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑧移動販売
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑨佐久間ダム
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑩渡し舟と宿場町

 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
 【関連記事】機関車が渡った「仙郷橋」
 【関連記事】赤岡の「半鐘台」は森林鉄道のレールで出来ています。
 ●「気田森林鉄道」は廃止されたのは、昭和34年(1959)…
 ●この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し…
 ●昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」…
 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
 【関連記事】「金川稲荷大神」の半鐘台もレールの再利用
 ●すでに、11基を紹介した「森林鉄道」のレールを再利用した春野の「半鐘台」…
 【関連記事】佐久間にもあった!レールで作られた「火の見櫓」
 【関連記事】赤錆びたレールの山―佐久間町相月
 【関連記事】元は「森林鉄道」のレールです。
 【関連記事】「仙郷橋」に集合した5台の機関車―「気田森林鉄道」
 【関連記事】これが「気田森林鉄道」を走った機関車です。
 【関連記事】機関車の悲鳴が聴こえそう―「気田森林鉄道」
 ●森林鉄道の写真は、春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんからお借りした…
 【関連記事】「篠原貯木場」と「KATOWORKS」の機関車
 【関連記事】自信と誇り―気田営林署「熊切森林鉄道」
 【関連記事】「森林鉄道」の鉄橋は、ほとんどが「木橋」
 【関連記事】石切で見つけた「森林鉄道」の名残り―ガードレール
 【関連記事】これが「森林鉄道」のジオラマです。
 【関連記事】「森林鉄道」が渡った「仙郷橋」も夏姿
 【関連記事】かつて「気田森林鉄道」の軌条が敷かれた道床跡
 【関連記事】勝坂、門桁の山里に立つレールで造られた半鐘台
 【関連記事】「水窪森林鉄道」の廃レール?向市場の半鐘台
 【関連記事】廃校跡に残る「森林鉄道」の廃レール
 【関連記事】廃棄された森林鉄道の廃レール利用の半鐘台
 【関連記事】コミュニティーバス待合室で「氣田森林鐵道産業遺産文化展」
 【関連記事】「産業遺産 王子製紙・森林鉄道を辿る旅」参加者募集!
 【関連記事】気田森林鉄道の路盤跡に残されたレール
 【関連記事】見逃すな!「氣田森林鐵道 産業遺産文化展」
 【関連記事】元運転士ら展示会 よみがえる「気田森林鉄道」
 【関連記事】気田森林鉄道を後世に 有志がポスター作製 天竜区

2011年5月26日 (木)

若手店主ら奮闘中、空き店舗に新装次々 天竜区

Futamata  浜松市天竜区の中心地で、かつては目抜き通りとしてにぎわった二俣町のクローバー通り商店街で、「もう一度、二俣の街を元気にしたい」と若手店主たちが奮闘している。

 4月下旬には、魚屋だった空き店舗にジーンズショップ「Spiral(すぱいらる)」が新装移転オープンした。大阪発のデニムブランド「サムライジーンズ」など通好みのブランド商品を取りそろえ、県中部や愛知県などからも常連客が足しげく通う。

 常連客に冗談交じりに「交通の便が良い場所に店を移して」と言われることもあるが、福澤郁子店長(40)は「お客さんが二俣の街へ足を運び、『二俣は楽しい街だ』と感じる機会を提供し続けたい」と旧店舗の目と鼻の先に再び店を構えた。

 2月に自家焙煎(ばいせん)を看板に出店した「ヤマガラコーヒー」は同商店街にとって28年ぶりの新築オープンだった。「自分たちに続き、開業する若者が増えてくれたら―」と店主の佐藤文彦さん(38)。古い通りに新しいあかりがともりだしている。(「静岡新聞」より)

 他人任せでは地域は活性化しません。力を合わせて地域を元気にしましょう!

野生とは思えない美しさ「クリンソウ」

Kurinso3  とても野生の花とは思えない美しさ―これが、サクラソウ科サクラソウ属の「クリンソウ」です。

Kurinso8  花の色には、紅紫色のほかにも白色のものもあるようですが、生長が良ければ、車輪状に花を5~7段に咲かせるそうです。そんな様子が五重塔などの塔の先端の九輪に似ているところから「九輪草(クリンソウ)」。

 今回は、佐久間町の柏古瀬の水が浸み出る辺りで見ることができましたが、秋葉山で見たこれも「クリンソウ」だったような気がしましたが…。

 【関連記事】「九輪草  四五輪草で  仕舞けり」―サクラソウ科クリンソウ

 【関連記事】オカトラノオ、鮎釣り、カジカガエル、石猫―『晴れるや工房』
 【関連記事】鮮やかなブルーの小花「ルリハコベ」
 【関連記事】同じ方向を向いて垂れる「オカトラノオ」
 【関連記事】黄色い小さな花サクラソウ科「コナスビ」

ドウダンツツジの仲間「アブラツツジ」

Aburatutuji7  ツツジ科の「アブラツツジ」は、ドウダンツツジの仲間。枝先に長い総状の花序を出し、壺形の淡緑色の花が枝垂れるように咲きます。写真には写っていませんが、葉の裏が油を塗ったように艶やかなところから「油躑躅」の名が付きました。

 「龍山のホソバシャクナゲ群落」脇で見かけました。先が割れて少しだけ開くようですが、写真を撮った時には開花までにはあと一歩。ドウダンツツジと同様に、秋にはキレイに紅葉します。

 【関連記事】釣鐘のような形の可愛らしい花「サラサドウダン」
 【関連記事】ツツジ科の落葉低木「ウスギヨウラク」の花
 【関連記事】岩嶽山で真っ赤な花を咲かせる「チチブドウダン」
 【関連記事】楽しい麻布の山歩き①―チチブドウダン
 【関連記事】竜頭山のサラサドウダンとチチブドウダン

水車が回り、炭焼き窯がある風景

Suisya5  ゆっくりと水車が回り炭焼き窯から立ち上る煙―懐かしい農村の原風景です。

 熊地区柴の八王神社横の小さな流れで見かけた小さな水車―上掛水車と呼ばれるタイプで、上前方から水を落とし、水受けに溜まった水の重量で効率良く回転する水車です。

 水車の軸には竹かごが設けられていましたので、おそらくゴロゴロと回転し里芋の皮を剥く「芋洗い水車」だと思います。

Sumiyaki7  県指定天然記念物「柴のタブノキ」の方向に坂道を登って行くと、レンガ積みの窯があります。これは、もちろん炭焼きの窯。

 水車で皮を剥いた里芋を串に刺し、味噌だれを塗って炭火で香ばしく焼き上げれば「串芋」の出来上がり。

 これらが現在も使われているものかどうかは分かりません。しかし、私たちが知っているわずかな時間の流れの中で失われて行った水車と炭焼き窯のある農村の風景が、北遠の高所集落には残っていました。

 【関連記事】春野で見つけた「森の水車」
 【関連記事】水車小屋のある風景―神沢(かんざわ)

 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「上臈石と鏡石そして皇子が辻」より
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「北遠一の高地集落“柴”」より
 【関連記事】柴の馬頭観音と供えられた丸石
 【関連記事】北遠一の高所集落「柴」に残る道標
 【関連記事】「柴のタブノキ」と「ヒラシロ遺跡」

2011年5月25日 (水)

白い花2種―シライトソウとフタリシズカ

Shiraitoso0  ユリ科 シライトソウ属の「シライトソウ(白糸草)」ですって。例えは悪いのですが、全体では歯間ブラシを大きくしたように見えますが、1本1本の白い糸が1つ1つの花です。花言葉は「ゆっくりとした時間の流れ」。

Futarisizuka9  もう1つの白い花は、お馴染みセンリョウ科の「フタリシズカ(二人静)」。花言葉は「いつまでも一緒に」。

 私は「ゆっくりとした時間の流れ」の方が好きですが、皆さんはいかがですか?若い人たちなら、やっぱり「いつまでも一緒に」かな?

 そうだ。もう花の季節は終りですが、「フタリシズカ」の花は今年の初登場でしたね。いずれも、佐久間町柏古瀬の山野草園で見せていただきました。

 ●秋葉山本宮秋葉神社の石垣に、ひっそりと咲く「二人静(フタリシズカ)」…
 【関連記事】岩嶽山からの季節の便り「イワカガミ」「ツクバネソウ」「フタリシズカ」「ネコノメソウ」
 【関連記事】よく似ているヤマアイとフタリシズカ
 【関連記事】穂状花序を伸ばす「フタリシズカ」の白い花

野中のばら=「野薔薇」「野茨」「ノイバラ」

Noibara1  どこででも見かける野生のバラ「ノイバラ」です。枝に棘がある「野ばら」。

 作曲 シューベルト
 作詞 ゲーテ
 訳詞 近藤 朔風

 1.童は見たり 野中のバラ
   清らに咲ける その色めでつ
   あかず眺む
   紅におう 野中のバラ

 2.手折りてゆかん 野中のバラ
   手折らば手折れ 思い出ぐさに
   きみを刺さん
   紅におう 野中のバラ

 3.童は折りぬ 野中のバラ
   手折りてあわれ 清らの色香
   とわにあせぬ
   紅におう 野中のバラ

 …で知られる「野ばら」は、「紅におう 野中のバラ」とされていますので、ピンク色の花のようです。

 「道の辺の うまらの末(うれ)に 這(は)ほ豆の からまる君を はなれか行かむ」丈部鳥(はせつかべのとり) 万葉集巻20‐4352

 「万葉集」に詠まれている「うまら」が「ノイバラ」のこと。「野薔薇」と書くとキレイな花を想像しますが、「野茨」と書くと痛そうですね。確かに棘は厄介ですが、夏の終わり頃、赤い艶のある実をたくさんつけます。

ふるさとものがたり天竜「毘沙門堂とお地蔵さま」より

Bisyamondo8  はるか戦国のむかしに、徳川家康が砦を築いたといわれる二俣の毘沙門山。
 そのふもとには、いつのころからか『毘沙門堂』が建立され、中には毘沙門天さまがおまつりされている。古くから村の守り仏として厚い信仰を受けてきたこの毘沙門さまには、左甚五郎の竜の彫刻が奉納されていたと聞くが、いくたびかの火災により焼失して、今はない。
 そのお堂をぐるりととり囲む古い石垣の中段に、いぼにご利益のあるという『子供好きのお地蔵さま』が、おまつりされている。

 むかし、この近くに住む子供たちは、いつも毘沙門堂のまわりを遊び場としていた。
 今日も何人かの子供たちが、おにごっこをして遊んでいたが、やがてそれにも飽きた子供たちは、お地蔵さまに近寄って
「おい、お地蔵さま。おらたちと遊ばねえか。」
と、言うが早いか、祠の中からお地蔵さまを持ち出して、その体を縄でぐるぐる巻きにし、近くの道を引き回して遊んだ。
 石のお地蔵さまは重いので、子供たちはみんなで、
 エンヤラ、エンヤラ、エンヤラヤ、
と、声をかけ合っては、道を行ったり来たりして遊び戯れた。
 ちょうど、それを見ていた近くのおばあさんは、びっくり仰天して、
「これ、お前たち、何をしている。ありがたいお地蔵さまを、何だと思ってるんじゃ。さあ、早くもとのところへ、返しなされ。ふんとに、まあ、罰が当たるぞい。」
 罰が当たると聞かされた子供たちは、大あわてで祠の中へお地蔵さまを入れて、家へ逃げ帰って行った。

Koyasujizo0  さてその夜、お地蔵さまの罰が、ほんとうに当たってしまった。けれども……。
 それは子供たちではなくて、おばあさんの方に、であった。
 おばあさんはその夜、突然不思議な高熱にうなされたのである。あわてた家族の者の頼みで、神主がお祈りをしていると、現れたのは、昼間のお地蔵さまであった。
「子供たちと、仲よう遊んでいたのに、なぜ邪魔をした。ばばの熱は、遊びの邪魔をした罰と思え。ああ、昼間は楽しかった。」

 この話が広まり、
「毘沙門堂のお地蔵さまは、根っからの子供好きじゃ。」
「子供たちとの、遊びの邪魔をしちゃあ、なんねえぞ。」
と、いうことになって、以後は、邪魔をする人は一人もいなくなった。が、それからは、さすがのいたずらっ子も、霊験あらたかなお地蔵さまを、引き回して遊ぶようなことはしていないという。
 けれども、お地蔵さまのまわりを良き遊び場としているのは、昔も今も変わらない。

 ところでこの子供好きのお地蔵さま、いぼにもご利益があると言われている。
「どうぞ、いぼを取って下さい。」
と、お願いして、近所の人たちが毎日お供えしている茶わんのお茶をいぼにつけると、いつとはなしに、いぼがとれるという。
 何とも心やさしい、お地蔵さまではある。(「ふるさとものがたり天竜・第1章二俣地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

  どこだろう?どこに祀られているのだろう?と探していたのですが、何と二俣川の左岸に見えるあの祠が、毘沙門堂でした。

 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「毘沙門堂」

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

Ho  「大栗安の棚田」で咲いていた大きな大きな白い花―モクレンやコブシなどと同じモクレン科の「ホウノキ(朴の木)」です。

 トチノキと競うほどに葉も大きく殺菌作用もあるため、食べ物を包んだり、お皿代わりに用いられたりもしました。飛騨地方の郷土料理、香ばしい朴葉味噌はお馴染みですが、北遠では柏餅ならぬ朴葉で包んだ朴葉餅が作られます。

Ooguriyasu  材は均質で狂いや割れも少なく、朴の木を使った朴歯の高下駄を履いた世代の人もいらっしゃるのでは。漆器の木地や曲げ物、彫刻や版木、鉛筆やマッチの軸など、身近に使い、役立てて来た樹木です。

 それにしても、大きな花に大きな葉。日本の樹木の葉としては、1番大きいのでしょうか?教えて!沖楽師匠!

 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田
 【関連記事】北遠での研修会②―光明山遺跡
 【関連記事】北遠での研修会③―下百古里の将軍杉
 【関連記事】北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳
 【関連記事】北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち
 【関連記事】北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」

北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」

Honda1  「天竜川・杣人の会」の研修会では、磐田郡光明村の鍛冶屋の家に生まれた「HONDA」創業者、本田宗一郎のものづくりへの夢を追い続け、その夢に向って挑戦する精神を伝える「本田宗一郎ものづくり伝承館」にも立ち寄りました。

 「本田宗一郎ものづくり伝承館」の建物は、登録有形文化財である旧・二俣町役場。決して企業の紹介や歴史のPR館ではなく、本田宗一郎個人のものづくりに対する考え方や生き方を紹介する施設で、本田宗一郎の作ったポンポン(バイク)や残した言葉がたくさん展示されていました。

 スーパーカブや自転車ポンポンもありました。懐かしい!

Honda2 Honda3
Honda4 Honda5
Honda6 Honda7
Honda8 Honda9

 【関連記事】「ホンダC型」復元完了 "古里”天竜区で披露式典
 【関連記事】ものづくり精神ここに 浜松に本田宗一郎伝承館が完成 4月1日にオープン
 【関連記事】本田宗一郎ものづくり伝承館で初の特別展
 【関連記事】本田宗一郎夢未来想造倶楽部が総会
 【関連記事】来館1万人を達成 天竜区・本田宗一郎伝承館
 【関連記事】本田伝承館、来場3万人 天竜区
 【関連記事】ミュージカル「本田宗一郎物語」 古里の浜松・天竜区で子どもらが熱演
 【関連記事】登録有形文化財「旧二俣町役場」の紅葉

 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田
 【関連記事】北遠での研修会②―光明山遺跡
 【関連記事】北遠での研修会③―下百古里の将軍杉
 【関連記事】北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳
 【関連記事】北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち
 【関連記事】北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

2011年5月24日 (火)

北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち

 NPO法人「天竜川・杣人の会」の研修会で出会った昆虫たちです。

 初登場は、キンバエ、アメンボウとホソミオツネントンボ。ホソミオツネントンボの♂は鮮やかな青色で、♀の体色は緑がかった青色。成虫のまま冬を越すので「越年(おつねん)」の名前が付けられています。

Jakoageha Tsumaguro
キンバエ Monshiro
Tsumaki Amenbo
Tombo Komisuji

 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田
 【関連記事】北遠での研修会②―光明山遺跡
 【関連記事】北遠での研修会③―下百古里の将軍杉
 【関連記事】北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳
 【関連記事】北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」
 【関連記事】北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳

Kiyomi  「下百古里の将軍杉」の次の研修地は、山東の光明寺。かつて光明山にあった光明寺が、昭和6年(1931)4月9日の大伽藍焼失により、同9年、現在の地に移転して来ました。

 大黒殿には国内最大級で金色に輝く大黒天像が祀られ、研修会参加者は、摩利支真天が祀られている奥の院まで登りました。

 この後、山東の料理屋「きよみ」(053-926-3588)で昼食。最終目的地の「大栗安の棚田」に向いました。

Kofun1 Koumyou3
Koumyouji1 Koumyouji2

 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田
 【関連記事】北遠での研修会②―光明山遺跡
 【関連記事】北遠での研修会③―下百古里の将軍杉
 【関連記事】北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち
 【関連記事】北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」
 【関連記事】北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

北遠での研修会③―下百古里の将軍杉

Jinja  NPO法人「天竜川・杣人の会」の研修会―次の訪問地は「下百古里の将軍杉」でした。

 将軍杉があるのは武速神社の境内。征夷大将軍、坂上田村麻呂ゆかりの樹齢1000年以上と言われる双幹の二本杉で、県の天然記念物にも指定されています。

 樹高39メートルの大杉を見上げれば、やや葉の茂りに勢いがないような気がします。少し元気がないのでしょうか?気がかりです。

Syogunsugi1 Syogunsugi2
Syogunsugi3 Syogunsugi4

 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田
 【関連記事】北遠での研修会②―光明山遺跡
 【関連記事】北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳
 【関連記事】北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち
 【関連記事】北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」
 【関連記事】北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

北遠での研修会②―光明山遺跡

 5月21日(土)、NPO法人「天竜川・杣人の会」の研修会は、「光明山遺跡」から始まりました。

 残念ながら遠方は霞んでいて眺望はイマイチでしたが、かつてこの地に建っていた光明寺と光明寺を訪れた参詣者に思いを馳せながら、「天竜光明の森」の散策を楽しみました。

 さて、次は「下百古里の将軍杉」に向います。

Koumyousan4 Koumyousan1
Koumyousan2 Koumyousan3

 【関連記事】北遠での研修会①―大栗安の棚田
 【関連記事】北遠での研修会③―下百古里の将軍杉
 【関連記事】北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳
 【関連記事】北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち
 【関連記事】北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」
 【関連記事】北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

 【関連記事】秋葉古道 両参りで開運 30日、来月7日地元特製弁当も
 【関連記事】光明山に立つ案内看板「圖繪山明光國江遠」
 【関連記事】「遠州光明山繪葉書」と草に覆われた「光明山遺跡」
 【関連記事】明治初期に作成「圖繪山明光國江遠」
 【関連記事】「遠江国光明山絵図」に見られる「下馬札」とは?
 【関連記事】「遠山奇談 第四章 光明山つりがねの由来」より
 【関連記事】光明山遺跡から天竜川、太平洋を望む
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「光明寺大黒天」より
 【関連記事】古い絵葉書「奥之院 摩利支天堂」を訪ねて
 【関連記事】光明山には雪が残っていました。
 【関連記事】美しい石積み―「光明山遺跡」
 【関連記事】「寺→城→寺→廃墟」―光明山遺跡の履歴
 【関連記事】弘化、文政、寛政―光明山遺跡に流れる江戸の時間
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「光明の鏡岩と四十八瀬川」より
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「隠れ岩と小豆坂」より
 【関連記事】山頂の大寺院を支えた「命の水」
 【関連記事】「天龍峡探勝案内」で知る光明山「鏡山」「かくれ巖」の意味
 【関連記事】夏草茂る光明山遺跡と自然100選の標柱
 【関連記事】紅葉が始まる光明山「遺跡の森」を散策
 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「光明山遺跡」
 【関連記事】「光明山光明寺虚空蔵菩薩殿(遠州二俣驛北約二里)」

北遠での研修会①―大栗安の棚田

Kensyu  5月21日(土)、NPO法人「天竜川・杣人の会」の研修会が北遠をステージにして催されました。

 光明山遺跡→下百古里の将軍杉→光明寺→大栗安の棚田と巡りましたが、その時に撮った写真が届きましたのでグラフで紹介します。

 順番は逆になりますが、先ずは「大栗安の棚田」から。本村と檜曾礼の2ヵ所を訪ねました。本村では、ちょうど田植えの真っ最中。

 暑い1日でしたが、懐かしく優しい風景に見入る参加者の頬を、棚田を吹き渡って来る風が心地よくなぜて行きました。

Taue1 Taue2
Taue3 Taue4
Hinokizore1 Hinokizore2

 【関連記事】田植えを済ませた「大栗安の棚田」
 【関連記事】「大栗安の棚田」檜曾礼に「100選」の標柱を建てる

 【関連記事】北遠での研修会②―光明山遺跡
 【関連記事】北遠での研修会③―下百古里の将軍杉
 【関連記事】北遠での研修会④―光明寺と光明山古墳
 【関連記事】北遠での研修会⑤―北遠で出会った昆虫たち
 【関連記事】北遠での研修会⑥―「本田宗一郎ものづくり伝承館」
 【関連記事】北遠での研修会⑦―大きな大きな白い花「ホウノキ」

古い絵葉書「遠州周智郡奥山村本校」が語る歴史

 磐田の佐口行正氏から電話が入りました。「奥山村の小学校の絵葉書が手に入ったよ。今の水窪小学校のことだと思う」。約束の場所に出向くと、山を背にした木造2階建ての校舎と校庭で遊ぶ着物姿の子どもたちの写真を印刷した古い絵葉書が1枚。

Okuyamasyo11

 絵葉書と言えば、先ずは観光地や名所、旧跡。静岡県には多いようですが、学校の場合には竣工や落成、周年などの記念に発行されています。この子どもたちが、校庭に集まり、何をしているのかは不明ですが、これまでに見た「伊勢屋」さん発行の絵葉書は、養蚕や製糸で全国にその名が知られる水窪を紹介するものがほとんどでした。

 「角川日本地名大辞典22静岡県」から、「水窪の教育」の項を引用してみると…

 水窪の教育 明治6年水窪に学校が設置されたのを初めとして、同13年相月など13校が開校し、広大な地域の各集落に教育の場が生まれた。しかし、当初小学校への就学率は極めて低く、明治25年は27%、うち女子は10%に過ぎない。60%台に達するのは同27年以降で、同38年以降は90%を超え、同42年以降ほとんどの児童は学校に行くようになった(水窪町沿革誌)。教育で見過ごせないのは、人口に比べて学校数の多いことであった。これは集落が散在していたためで、適正規模は本校のみで、他の分校は数名かた数十名の小規模校であった。大正14年小学校1・分教場9・家庭教授場1で1,038名が在籍していた(町勢一班)。

 次に、この絵葉書がいつ頃発行されたものかについて考えてみましょう。

Tazawakitte12 そのヒントは、お馴染みの田沢切手。切手には、「12.8.4」の消印が押されていますが、この田沢切手の発行は、大正2年(1913)から昭和12年(1937)まで。だとすれば、「12.8.4」の日付には、大正12年と昭和12年の2つの可能性があります。ところが、奥山村が水窪町へと名称変更したのは大正14年でしたので、絵葉書が制作、投函されたのは、それ以前。つまり、消印の日付「12.8.4」は「大正12年(1923)8月4日」だったと結論付けることができます。

 近代化のための強力な教育推進運動の成果として、我が国の就学率の高さは、世界の中でも特出しています。その裏には、「小学校1・分教場9・家庭教授場1」という地域の実情に合わせた教育の場の提供があったのです。児童数が減り、交通機関が発達したとはいえ、現在は「浜松市立水窪小学校」1校のみ。

 「遠州周智郡奥山村本校(池田屋発行)」の発行は、今から88年前。この絵葉書の写真に写っている子どもたちの中には、現在もご存命の人が必ずいらっしゃるはず。古い絵葉書は佐口氏個人の持ち物ですが、そこに映し出されている記録や記憶は、私たちみんなの財産です。

 就学年齢に達した子どもたちの誰もが、当たり前のように小学校に通えるようになったのは、数十年前の私たちの父や母の時代ですが、北遠の山里にも教育は浸透し、こんなに大きな小学校があったのです。

 見ていただきたい1枚の絵葉書は、知っていただきたい私たちの郷土の歴史、教育の歴史を語りかけてきます。

金銀2色の花を咲かせる「スイカズラ」

Suikazura7  白色の花と黄色の花が、同じ枝に咲いています。同じ枝に黄色と白?実は、咲き始めは白色の花が、次第に黄色に変わっているのです。

 これは、スイカズラ科「スイカズラ」。花を口にくわえて蜜を吸ったことから、「吸い葛」と呼ばれるようになりました。かつては砂糖の代わり使われたそうです。

 そんなことをしたのは日本だけかと思ったら、英語でも「Honeysuckle」。洋の東西を問わず、共通の名前でした。

 別名「忍冬(ニンドウ)」と呼ぶのは、冬になっても落葉しないことから。もう1つの別名「金銀花」とは、この2色の花に由来する名前。生薬としても利用され、解熱、解毒、発熱等に効き目があるそうです。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」
 【関連記事】バラ科です。「コゴメウツギ」

小さな花を集めて大きく見せる「ミズキ」

Mizuki3  5月に咲く白い花―ミズキ科ミズキ属の「ミズキ」です。名前は『ゲゲゲの女房』の漫画家水木しげると同じですが、樹液が多く春先に枝を切ると水が滴り落ちるところからの命名とのこと。

 1つ1つの花は小さいのですが、たくさん集まれば木全体を覆う大きな花のように見えます。この方が省エネなのかな?

 花粉を食べに来ているのはハナムグリです。

 これも、県道9号を吉沢に下る途中で見つけました。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」

伊勢に行くには右―神沢の常夜燈

Kanzawa7  県道9号を北上し、熊に到るすぐ手前が神沢(かんざわ)の集落。道路が分岐する辺りに立つ石の常夜燈を紹介します。

 常夜燈に刻まれた文字は、竿の正面に「御即位紀念」、向って右に「大正四年十一月建之」、そして台座には「村中安全」。姿の美しい神前型燈籠です。

 大正天皇の即位の礼は、大正4年(1915)11月に京都・紫宸殿で執り行われましたので、「御即位紀念」とはそのこと。「紀念」とは戦前によく使われた表記で、もちろん「記念」と同じ意味です。

 ここ神沢は、秋葉山、鳳来寺、方広寺、豊川稲荷、善光寺に向う道の交差する宿場、熊から1つ南の集落。では、この常夜燈は、一体何のために建てられたのでしょう?

 常夜燈が立つのは、秋葉道と峰神沢道との分岐点。熊から南下して右側の道を辿れば、峰神沢を越え、渋川に出て三河、尾張へと通じています。つまり、この常夜燈は、街道交差点の大切な道しるべとして建てられたもの。

 寄り添うように道標も立っています。刻まれた文字は「右鳳来寺豊川伊勢 左半僧坊金指濱松 道」「明治十五年十二月建之」。じゃあ、次の機会には、右の道を辿って伊勢へ向ってみましょうか?

 【関連記事】秋葉山常夜燈―城西地区「芋堀」
 ●佐久間町浦川で、秋葉山の常夜燈を見つけました…
 ●浦川地区川上で、秋葉山常夜灯を見つけました…
 ●路傍に建つ「秋葉山常夜灯(燈)」も灯籠なら、神社や寺院に建つ…
 ●「新宮池」に到着する最後のコーナー。「和泉平(いずみだいら)」の道路脇と茶畑の中に一対の石灯籠が…
 ●春野町勝坂、赤い吊り橋「勝坂橋」を渡りきったところに立つ「常夜燈」…
 【関連記事】「左あきは道」―「瑞雲院」の常夜燈
 ●春野町領家和田之谷の天王社の石段の途中、少し崩れかけた秋葉山の「常夜燈」が…
 【関連記事】「弘化5年」に建てられた「秋葉山常夜燈」
 ●春野町平木の路傍に建つ常夜燈。火袋下の中台、右から左に「御大典紀念」…
 ●春野町豊岡植田(うえった)の高台に鎮座する「八幡神社」の石段脇にある常夜燈が…
 【関連記事】気田川の流れを見つめ続けた野尻の常夜燈
 【関連記事】川根から続く秋葉道―田河内の常夜燈
 ●春野町静修、秋葉道の分岐に建つ常夜燈…
 【関連記事】常夜燈に刻まれた「江戸三河町」とは?
 ●「秋葉山常夜燈」、春野町砂川(いさがわ)の東(ひがし)の茶畑で出会いました…
 ●佐久間町佐久間の「佐久間神社」のすぐ下に、常夜燈の基壇と台石が…
 【関連記事】熊(くんま)に立つ春日灯篭―「秋葉山夜燈」
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「秋葉竜燈」より/北遠一の常夜燈
 【関連記事】上野の龍燈に見る伝統の技「斗栱」
 【関連記事】東雲名の常夜燈に残る遠山家の家紋
 【関連記事】雨上がりのカタツムリ①―東藤平「六所神社」の秋葉山常夜燈と大杉
 【関連記事】雨上がりのカタツムリ④―六柱神社の常夜燈と茶園
 【関連記事】消された「秋葉大権現」の文字―大園の常夜灯
 【関連記事】「春野へようこそ」③―火偏が小さい「常夜燈」
 【関連記事】「火+禾」と彫られた「秌葉山夜燈」
 【関連記事】千草の渡し場に立つ常夜燈と道標
 【関連記事】水運の村「船明」に残る秋葉山常夜燈
 【関連記事】大栗安の棚田を見下ろす秋葉山常夜燈
 【関連記事】信州からの旅人を迎える池島の常夜燈と神号碑

2011年5月23日 (月)

葉が3枚でウツギのような花「ミツバウツギ」

Mitsubautsugi5  5月に咲く白い花―ミツバウツギ科ミツバウツギ属の「ミツバウツギ」です。葉っぱが3枚セットでウツギのような花だから「ミツバウツギ(三葉空木)」。分かりやすい名前です。

 若芽は山菜として食べられるそうだけど、別に食べてみようとは思いません。

 県道9号を吉沢に下る途中で見つけました。それにしても、よく似た花ばかりで…。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」

ふるさとものがたり天竜「不思議な話、そのⅠ」より

Hodagi3  昔から狐や狸は、人を化かすという。しかし、ほんとうに化かすかどうかは、化かされた本人でなければ、わからないであろう。
 けれども山間部落の人々の中には、
「わしは化かされたことがある。」
と、言う人が、今でもかなりいるものである。

 これはまだ、あまり遠い昔の話ではない。

 一人の若者が、深い山の中に小屋を作って、椎茸の乾燥をしていた。椎茸は、山の木立の中にぼた木を寝かせて、そこに出た“きのこ”を取って、乾燥させるのである。
 乾燥は、火の温度調節をしながら行うので、夜中だとて、おちおち眠ってはいられない。

 ある夜ふけのことであった。
 だれもいないはずの小屋の外に、かすかな足音がした。若者が
「おや、何ずら。」
と、思っていると、
「ごめん下さい。こんばんは。」
 女の声である。若者は、
(また古狸でも化けて出たな。)
と思いながら、
「狐どんか、狸どんか知らんが、おれは用はねえぞ。お断りじゃ。帰れ、帰れ。」
と、大声で叫んだ。すると女は、
「もし、狐や狸ではありません。開けて下さい。お願いします。」
と、あまり言うので、若者は立ち上がって、入口のむしろをまくりあげた。そして、おどろいたの、おどろいたの。そこには小田原提灯をさげた若い女が、そっと立っていた。
 若者は、不思議な気持ちで女を眺め回していたが、しっぽなどどこにもない。そこで、
「そんじゃあ、まあ、中へお入り。」
と、言うことになった。
 若者は聞いた。
「お前さん、こんな夜ふけに、こんな山の中へ、何しに来ただよ。」
 すると若い女は、
「私は、お前さまのお嫁になりたくて、遠くから……。」
と言って恥ずかしそうに、うつむいた。
若者は、またまたびっくり仰天した。
 びっくりしながらも、若い女に、いつしっぽが出るか、いつ出るかとうかがっていたが、女はどう見ても人間であった。
 女はその夜、とうとう若者の小屋へ、とめてもらった。
 そして山の中で何日かくらすうちに、二人はついに夫婦になった。
 女は若者を助けて、よく働いた。

 やがて椎茸の乾燥時期も終りとなり、二人は山をおりて、村での生活を始めることになった。
 女は油揚げが大変好物であったが、他に別に変わったところはなく、夫とも、村人とも仲良くて、幸せなくらしが続いていった。
 ところがある年、かぜをこじらせた女は、あっけなく死んでしまった。ちょうど、四十歳であったという。
 夫は嘆き悲しんだが、無事、お葬式もすませた。
 昔のこととて、もちろん土葬である。

 さて、次の日のこと――。
 盆栽とりの村人が、山に入って道を間違え、共同墓地のところへ出てしまった。
 見ると、昨日死んだ女の墓に、真新しい白木の墓標や、杖、笠が立ててあった。きれいな花もそえてある。
「かわいそうに。」
 村人は、そう思った。が、次の瞬間、腰をぬかさんばかりに驚いた。
 女の死体をうずめて、丸く山形に土を盛り上げたその場所に、ぽっかりと穴があいているではないか。しかも中から、何者かが掘ってぬけ出たものと、一目でわかる穴。
 村人の背に、冷たいものが、幾すじも走った。
 村人は、ころがるように、村をめざしてかけおりて行った。

 熊の里に伝わる不思議な話の一つである。(「ふるさとものがたり天竜・第6章熊地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

 写真は、熊で撮った椎茸のほだ木です。

 私自身も、子どもの頃に土葬の墓が荒らされているのを見たことがあります。その時には、祖母が「狐が死体を食べた跡だ。見ちゃあいかん」と言って、私の目を覆いました。

  真実のほどは分かりませんが、かつての墓地は、現在のようにきれいでも、明るくもなく、近寄りがたい場所でした。墓石が立っている墓ばかりではなく、墓標や卒塔婆だけが立ち、棺桶が腐れば盛り上げた土が下がりました。

 辺りには狸だけではく、野犬や狐も生息していましたが、狸に化かされた話が多いのは、狸が一番人里の近くに棲み、人の目に止まりやすい身近な野生動物だったからかも知れません。

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

イボタロウムシが寄生する「イボタノキ」

Ibotanoki8  山で見かけた白い花―筒状漏斗型の花の先端が4裂しています。モクセイ科イボタノキ属「イボタノキ」の花が房状に付き、一部が開花していました。

 「イボタノキ」なんて変な名前。その名は、カイガラムシの仲間のイボタロウムシに由来しているとのこと。イボタロウムシ?疣太郎虫?イボタ労務士?

 イボタロウムシが分泌するロウ状物質を「イボタ蝋」といい、戸の滑りを良くしたり、家具の艶出しに使われているのだそうです。そのイボタロウムシが樹皮に寄生することから「イボタノキ」の名前が付き、かつてはイボタロウムシの養殖まで行われていたそうです。へえ~。

 そう言えば、「蝋」の字は虫偏。蜜蝋を採るミツバチに由来しているとも言われていますが、この「イボタノキ」寄生虫のイボタロウムシから採取された白蝋に由来するとも。

 かつてのロウソクは、一般家庭にとったは贅沢品。明治時代になり、パラフィンを原料にした西洋ロウソクが普及してから、ようやく一般に使われるようになりました。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」

湿地が好きなアブラナ科の「ヒロハコンロンソウ」

Hirobakonronso1  先日、佐久間で見かけたアブラナ科「マルバコンロンソウ」の花を紹介しました。そして、今回は、龍山で出会った「ヒロハコンロンソウ」。湿地が好きな「ヒロハコンロンソウ」が自生している山肌からは、水が染み出していました。

 アブラナ科にしては草丈が高く、大きな花。もちろん「広葉崑崙草」の意味です。

 【関連記事】アブラナ科の「マルバコンロンソウ」と「イヌガラシ」

気温が下がっています。体調管理に要注意!

Yamaboushi1  今朝(5月23日)の佐久間のアメダスです。

 予報通り、気温が下がっています。 つい2日前には、今年初の「真夏日」を記録したばかり。体調の管理が難しいですね。

 十字手裏剣のような白い花は、ミズキ科ミズキ属の「ヤマボウシ」です。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
23日
(月)
5時 16.9 0.0 静穏 0 0 ---
4時 17.1 0.0 静穏 0 0 ---
3時 17.3 0.0 南西 1 0 ---

2011年5月22日 (日)

市制100周年で「夢列車」 天浜線フェスタ盛況

Festa  天竜浜名湖鉄道(浜松市天竜区)の「天浜線フェスタ」が21日、同区二俣町の天竜二俣駅構内で始まった。22日まで。年齢の合計が100歳の家族やグループを無料で招待した「100夢列車」も走らせた。

 親子連れを中心ににぎわい、列車の運転席で撮った写真を缶バッジにする企画や鉄道部品のオークション、プラレールの展示などが人気を集めている。

 天竜二俣―新所原駅間を往復する「100夢列車」は、浜松市制100周年を記念した市の「100夢プロジェクト」の一環。事前応募の参加者が乗車し、車窓を流れる新緑の風景を楽しんだ。

 天浜線サポーターズクラブの総会も開かれた。(「静岡新聞」より)

 浜松市制100周年を記念した「100夢プロジェクト」の催しは、北遠の各所でも開かれます。北遠だって「浜松市」なんですから、忘れないでくださいね。

 【関連記事】天浜線が夏休み親子列車教室 「転車台」にびっくり
 【関連記事】浜松で天浜線と遠鉄フェス盛況 『転車台』に熱い視線
 【関連記事】写真展「二俣線への想いと天浜線」―磐田市立豊岡東公民館
 【関連記事】天浜線、国有形文化財に 31施設を一括登録
 【関連記事】天浜線31施設国文化財答申
 【関連記事】有形文化財に指定された「二俣川橋梁」
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財1】高架貯水槽 洗濯、洗車に今も活用
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財4】鉄道神社
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財6】駅名ハンコ 気持ち込め切符にポン
 【関連記事】天浜線の転車台見学1万人 観光資源として定着
 【関連記事】転車台公開に長い列 天竜二俣駅で天浜線フェスタ
 【関連記事】「天浜線に親しみ」 親睦会兼ね見学 遠州鹿児島県人会の会員家族ら
 【関連記事】天浜線、転車台見学2万人突破 公開日の拡大を検討
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財①―運転区高架貯水槽
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財②―扇形車庫、機関車転車台、運転区事務室
 【関連記事】お~い、シゴハチ!―「機関車公園」のC58型蒸気機関車
 【関連記事】天浜線車両化粧直し 現役で最古参 18日、お披露目
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財③―天竜二俣駅本屋と金属プレート
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財④―天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム&下り上屋及びプラットホーム
 【関連記事】天浜鉄道 修繕費サポート募集 国文化財の駅舎 老朽化
 【関連記事】天竜二俣駅の「扇形車庫」修復始まる 台風で屋根被災

転車台公開に長い列 天竜二俣駅で天浜線フェスタ

Tensyadai  浜松市天竜区二俣町の天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅構内で21日、「天浜線フェスタ」が開かれて家族連れらでにぎわった。22日も午前10時から午後4時まで開催する。小雨決行。

 国の登録有形文化財で現在も現役で活躍する転車台などを一般公開。この日は特別に転車台で回転する車両に乗ることができるとあって、来場者は乗車の順番を待つ長い列をつくった。

 会場では鉄道部品などのオークション、運転席で撮った写真でオリジナルの缶バッジを作る体験、天浜線列車型目覚まし時計や限定の駅弁販売などもあって人気を集めた。

 また市制100周年を記念して年齢合計が100歳の家族などを招待した「天浜線100夢列車」が運行。天竜二俣-新所原駅間を往復し、車内でガイドが沿線案内や国の登録有形文化財について説明して乗客を楽しませた。(「中日新聞」より)

 先ほど、双竜橋でカメラを構えた人を見ました。おや?と思ったのですが、これだったんですね。

 【関連記事】天浜線が夏休み親子列車教室 「転車台」にびっくり
 【関連記事】浜松で天浜線と遠鉄フェス盛況 『転車台』に熱い視線
 【関連記事】写真展「二俣線への想いと天浜線」―磐田市立豊岡東公民館
 【関連記事】天浜線、国有形文化財に 31施設を一括登録
 【関連記事】天浜線31施設国文化財答申
 【関連記事】有形文化財に指定された「二俣川橋梁」
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財1】高架貯水槽 洗濯、洗車に今も活用
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財4】鉄道神社
 【関連記事】【天浜線丸ごと文化財6】駅名ハンコ 気持ち込め切符にポン
 【関連記事】天浜線の転車台見学1万人 観光資源として定着
 【関連記事】市制100周年で「夢列車」 天浜線フェスタ盛況
 【関連記事】「天浜線に親しみ」 親睦会兼ね見学 遠州鹿児島県人会の会員家族ら
 【関連記事】天浜線、転車台見学2万人突破 公開日の拡大を検討
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財①―運転区高架貯水槽
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財②―扇形車庫、機関車転車台、運転区事務室
 【関連記事】お~い、シゴハチ!―「機関車公園」のC58型蒸気機関車
 【関連記事】天浜線車両化粧直し 現役で最古参 18日、お披露目
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財③―天竜二俣駅本屋と金属プレート
 【関連記事】天浜線の登録有形文化財④―天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム&下り上屋及びプラットホーム
 【関連記事】天浜鉄道 修繕費サポート募集 国文化財の駅舎 老朽化
 【関連記事】天竜二俣駅の「扇形車庫」修復始まる 台風で屋根被災

2011年5月22日、満開を迎えた「浦川のホソバシャクナゲ群落」

Hosoba72  静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」、2011年の開花状況を確認するため、5月22日(日)佐久間町吉沢の指定地を訪ねました。

 前回訪ねたのは5月8日。あれから2週間経過し、群落のホソバシャクナゲはほぼ満開を迎えていました。

Hosoba73  別名「エンシュウシャクナゲ」の名で昔から親しまれ、天竜川以西から愛知東部の標高400~800mほどの山地で、岩山のけわしい尾根づたいの北あるいは西面に多く群生します。
 もともと分布地が限られており、また山林開発等も進み自生地は減ってきています。
 5月初旬ごろ濃い桃色の花を咲かせますが、自然の中で咲くこの花を守るのは美しいあなたの心です。

Hosoba78  平成3年12月1日に、静岡県教育委員会と佐久間町教育委員会の連名で建てられた看板です。

 尾根道伝いに数百メートル歩いてみましたが、尾根のほぼ北面だけにエンシュウシャクナゲが枝を伸ばし、龍山と比べると、決して「濃い桃色」ではありませんでした。8日の訪問の時には蕾が少ないと感じたのですが、いざ開花した様子を見ると花付きは十分です。

 あとは、この希少な植物を守るために必要なのは「美しい心」で見守ること。いや、保護や保全のためには、積極的に関わっていく必要があるのかも知れません。

 私たちが手軽に見ることができる県道9号沿いのホソバシャクナゲは、すでに時季を過ぎました。遅れ遅れの季節ですが、ようやく夏に向けて進み始めているようです。

 【関連記事】「ホソバシャクナゲ」は別名「エンシュウシャクナゲ」
 ●佐久間に自生している「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花の時期は…
 ●ドライブのついでに「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花を見るなら、佐久間町吉沢です…
 【関連記事】吉沢のホソバシャクナゲ―2011年の開花!
 【関連記事】「龍山のホソバシャクナゲ群落」はあと少し
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】龍山ふるさと村でホソバシャクナゲ満開
 【関連記事】季節の風景―瀬尻のホソバシャクナゲと段々茶園
 【関連記事】吉沢で咲くホソバシャクナゲとシロヤシオ

ふるさとものがたり天竜「小堀谷鍾乳洞伝説」より

Syonyudo8  阿多古の里の小堀谷(こぼりや)には、奈良時代末期の遺跡と思われる鍾乳洞があり、昔は一日に千人を越える参詣者が訪れた時期もあったと言われる。

 小堀谷は昔から、山の中の小さな部落であった。
 人々は山仕事をしたり、小さな田んぼや畑を耕したりして暮らしていた。小堀谷はどこにでもあるような、ごく普通の山里であったが、一つだけ珍しいことに、この部落には、ちょっと風変わりな洞窟があった。
 けれどもみんなは気味悪がって、そこに近づこうとしなかった。しかしある時、
 「どうだ。ひとつみんなで、調べてみんか。」
と、いうことになった。みんなで松明をともして、おっかなびっくり中へ入って行った。
 すると、松明のあかりに照らし出された洞窟の岩肌は、そこいらでは見られないような白い石や青い石でおおわれ、しかもそれが、そこここでおもしろい姿を形作っていた。
 みんなは、たまげて、
「へー、こりゃあ、おもしろい。いってえ、だれが作ったずらか。」
「きっと、大昔からあったずらよ。」
 などと言い合って、さらに調べてみたが、特におかしな生き物など住んでいるようすもなくて、
「別に恐ろしい洞穴じゃねえ。」
と、いうことになった。

 さて、ある夏のこと、村の年寄りが山で草刈りをしていると、急に雨が降り出してきた。
 夕立である。
「こりゃあ、たまらん。そうじゃ、あの洞穴に入るとすべえか。中に、おっかねえもんは、いんそうじゃで……。」
 年寄りはそう言いながら、洞穴の入口に腰をおろして休んでいたが、そのうちに、
「わしもひとつ、中を見てみるか。」
と、松明をともして、中に入っていった。
 年寄りは、変わった岩肌に、たまげたり、見とれたりしながら、のろのろと歩いて行ったが、そのうちに、ピタリと足をとめて、くい入るように頭上の一点を見つめ出した。
 そこには、一体の神さまが形作られた天然の岩があり、それは神々しい雰囲気をかもし出していた。
「おお、これはきっと、この洞窟の神像さまにちがいねえ。」
 年寄りは思わずその場に座りこんで、手を合わせた。そして、
「神さま、あんたさまがもし真の神さまなら、どうぞわしのほっぺについている、この瘤を取って下され。」
と、お願いした。
 年寄りは、長いことそこに座って、祈っていた。

 さてその夜、年寄りは夢を見た。自分のほっぺたについている瘤が、取れなくなっていく夢である。

 そして……次の朝、
「おっ、ない。わしのほっぺたの瘤がない。あの洞窟の神さまは、やっぱり霊験あらたかな神さまだったんじゃのう。わしの瘤を取って下された……。」
 年寄りは、ほっぺたをなでなで、みんなにその話をして聞かせた。

 それから後、村人たちはこの洞窟の神像にいろいろな願いごとをして、そのご利益にあずかるようになったと言われている。(「ふるさとものがたり天竜・第4章下阿多古地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

 通称は「青谷鍾乳洞」と呼ばれています。延長は62メートルと小規模な横穴。料金無料ですが、照明器具や階段なども整備されています。洞窟探索レポートは後日紹介します。

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

 【関連記事】さあ、「小堀谷鍾乳洞」へ行きましょう!
 【関連記事】伝説の神像―「小堀谷鍾乳洞」

ツツジは静岡県の県花―「ヤマツツジ」と「モチツツジ」

Yamatsutsuiji5  ツツジの種類となるとたいへん多く、膨大な数の園芸種も作られていますので、同定には自信がありません。でも、北遠へ出かけると、そうも言ってはいられないと思いましたので、よく見かける野生の2種についてご紹介します。

Mochitutuji4 先ずは、本当によく見る朱色の花の「ヤマツツジ」。暖かい場所であれば、ほぼ全国的に見ることができるツツジの代表種です。

 そして、細かい毛が目立ち葉っぱがべたつく「モチツツジ」。淡紅色の地に濃紅色の斑点。公園に多く植えられているヒラドツツジによく似ています。

Tsutsuji3  ピンク、赤、オレンジ、白と花の色には違いがありますが、ツツジは静岡県の県花。「県民のだれにも親しまれ、栽培も容易で本県の気候風土に適したもの」の条件で選ばれた花がツツジです。

 3枚めは、昨日(2011年5月21日)に撮影したシブカワツツジです。まだ満開ではありませんでしたが、見頃を迎えています。

 これまでに紹介した、アカヤシオ、シロヤシオ、ミツバツツジ、シブカワツツジ…、すべて、ツツジ科ツツジ属です。

 【関連記事】阿多古川流域の「シブカワツツジ」満開!
 【関連記事】秋葉神社大鳥居脇に咲く「シブカワツツジ」

白い大きな装飾花「ヤブデマリ」

Yabudemari3  龍山町の西川から新開のふるさと村に向う道の途中、「釜ヶ沢橋」の沢横で見た白い花をいっぱいに咲かせる大きな木が気になり、車を停めました。

 近づいてみると、ガクアジサイに似た花。スイカズラ科ガマズミ属の「ヤブデマリ(薮手鞠)」です。

 落葉小低木と言いながらも、結構大きな木。ガクアジサイやノリウツギに似た花が、木全体を覆うように咲いています。5弁に見える大きな装飾花がキレイです。

 今頃咲く白い花。日々、濃さを増す北遠の山に広がる緑色に似合っています。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」

2011年5月21日 (土)

午後1時、今年初の「真夏日」を記録

Imori6  暑かったですね。暑くて、暑くて…coldsweats02。今日(5月21日)午後1時、佐久間のアメダスが「30.3度」の真夏日を記録しました。

 このまま暑い夏に向かってまっしぐらではなさそうですが、いくらなんでも、これでは体調を崩しそう。水分補給を忘れず、北遠に出かけましょう!

 全然、関係のない写真ですが、久しぶりに棚田で見かけた「アカハライモリ」です。捕まえて裏返してみたら、腹が赤と黒の斑模様。懐かしさを感じてしまいました。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
21日
(土)
17時 26.1 0.0 西南西 1 28 ---
16時 27.6 0.0 南西 1 38 ---
15時 29.0 0.0 西南西 2 52 ---
14時 29.0 0.0 南南西 2 48 ---
13時 30.3 0.0 3 60 ---
12時 29.8 0.0 2 60 ---
11時 29.4 0.0 2 60 ---
10時 26.2 0.0 北東 1 60 ---
9時 22.3 0.0 東南東 1 60 ---

「熊尋常髙等小學校」の古い絵葉書と金次郎像

Kumasyo4  小規模小学校が次々と廃校・統合へと追い込まれている中、総児童数13人でも元気もりもりの「熊小学校」を訪れてみました。現在の校舎は鉄筋コンクリート3階建てですが…

 磐田の佐口行正氏からお借りし、すでにフォトアルバム『絵葉書で振り返る北遠』で紹介している古い絵葉書をご覧になったことがありますか?「全景」「右新築校舎」「正面」「新築校舎作法室」の4枚。すべてに「熊尋常髙等小學校 昭和二年十一月三日」「落成式記念」の記念スタンプが押されていることから、発行の日付が特定でき、昭和2年(1927)11月3日―この日に「熊尋常髙等小學校」のかつての新築校舎が竣工したことが分かります。

 現在の浜松市立熊小学校に、当時の面影が残るのは、校門横に立つ二宮金次郎像くらいでしょうか?台座には「報徳精神」の金属板が嵌め込まれてはいるのですが、金次郎は石製です。

 台座裏には「昭和九年六月寄附建設 熊村報徳社」の文字が浮き彫りにされた銘板が嵌め込まれているのですが、これも金属製。

 農村復興を掲げた二宮尊徳の「報徳思想」の啓発のために始まった報徳運動の高まりは、明治31年(1898)「遠江国報徳社」を設立。報徳運動が特に盛んだった熊地域において、昭和9年(1934)に青銅製の金次郎像が、小学校の校門脇に建立されたのでしょう。

 しかし、その金次郎像もやむなく戦時供出され、戦後と思われる時期に石により再建されたというよく聞かれるストーリーが、熊の金次郎にも起きていたようです。

 それにしても、金次郎像には北遠の山里に似合っています。

Kumasyou173 Kumasyou174
Kumasyou175 Kumasyou176

 ●私たちが子どもの頃、どこの小学校にでも見られた「二宮金次郎像」…
 【関連記事】廃校に立つ「二宮金次郎像」に学ぶこと
 【関連記事】「二宮金次郎の銅像」はどこに行った?―旧「宮川小学校」
 【関連記事】旧「龍山北小学校」は「瀬尻の段々茶畑」の隣り
 【関連記事】平成7年(1995)に閉校「上平山小学校」
 【関連記事】旧「石神小学校」に建つ金次郎像
 【関連記事】懐山集落と「二宮尊徳先生幼時之像」
 【関連記事】旧「東雲名小学校」跡に残る二宮金次郎像

薄桃色の花を開く(?)「ナワシロイチゴ」

Nawashiroichigo3  以前、キイチゴの仲間の「ナワシロイチゴ」の実を紹介したことがありましたが、覚えていらっしゃるでしょうか?

 「ナワシロイチゴ」は「苗代苺」。苗代の時期に実が熟すことが、名前の由来のようですが、以前と比べると田植えの時期は早まっています。「苗代苺」がようやく花を咲かせたというのに、もう、田植えを済ませた田んぼも多く見られます。

 きれいな薄桃色の花ですが、5枚の花弁は雄しべを包んだまま開きません。開かないのにどうやって受粉するのでしょうか?それでも、受粉を手伝う昆虫がきっといるはずです。

 受粉が終れば、キラキラ光る赤い実を付けるのですが、残念ながら見た目ほどには美味しくはありません。

 【関連記事】真夏日でしたが「ナワシロイチゴ」

2011年5月20日 (金)

5月20日午後1時03分、40万アクセス達成!

40man_2  本日(5月20日)、午後1時03分、『天竜産ヒノキ 音色柔らか 浜松で試作ギターのミニライブ』の記事にアクセスした記憶がある人はいませんか?

 実は、そのアクセスが、400,000アクセス(ページビュー)達成の瞬間でした。

 しかも、昨年(2010年)の今日、200,000アクセスを記録していましたので、ちょうど丸1年で200,000回のアクセスが達成されたわけです。

 開設後3年を経過し、トータルの1日あたり平均が「358.92」。最近では、少ない日でも500は超しています。

 嬉しいのかって?そりゃあ、嬉しいに決まってるじゃありませんか。今後も、1人でも多くの人に北遠に興味を持っていただき、足を運んでいただくため、記事を書き続けてまいりますので、よろしくお願いします。

 【関連記事】アクセス集計「40000」突破!
 【関連記事】やった!100,000アクセス突破!
 【関連記事】200,000アクセス突破御礼!
 【関連記事】ヤッター!30万アクセス達成!
 【関連記事】2月21日午後4時 35万アクセス達成御礼

天竜産ヒノキ 音色柔らか 浜松で試作ギターのミニライブ

Okku  浜松市天竜区の区役所新庁舎1階ホールで19日、天竜産ヒノキを一部使ったエレキギターの紹介と「ふれあいミニライブ」が開かれた。区民や職員らが昼のひとときを楽しんだ。

 ギターは東海楽器製造(南区)の社員の発案で試作。家を新築した際に天竜産材の良さに触れ「このヒノキでギターを作れば地元材のPRができるのでは」と思いついた。試作品はネック部分に天竜産ヒノキを使った。

 ミニライブは「ライブハウス窓枠」(中区)のオーナー上島常夫さんの紹介で実現。地元のシンガー・ソングライター「おっく」さんが出演し、特製ギターを弾きながらオリジナル曲を歌い、インストルメンタルの曲も披露した。

 「おっく」さんは「クリアな音ですね」と印象を話し、演奏を聴いた同社恩地工場の飯島林工場長は「音色が柔らかい。ボディーも天竜産ヒノキを使った第2号の試作品を製作中で、天竜材ギターの可能性を追求したい」と意欲を見せた。(「中日新聞」より)

 「ライブハウス窓枠」の上島さんの名前が出ていました。間伐材の有効利用に関わってきた私にとっても、ヒノキのギターとは意外です。先入観なしで考えれば、こんなアイディアがまだまだ出て来るかも知れませんね。楽しみながら、考えてみましょう。

たかが廃レール、されど廃レール―瀬尻森林鉄道

Rail1  「たかが廃レール、されど廃レール」

 これまでに、ずい分多くの赤錆びたレールを見てきました。「たかが廃レール。鉄屑じゃん」と言われる人もいらっしゃるとは思います。

 これらのレールには、鉱石を運び出すために敷設された軌道用のものもありましたが、その多くは、かつて「天竜美林」の良材を運び出した森林鉄道・森林軌道に使われたもの。樹齢40年、50年の杉やヒノキを伐採し、ワイヤーを使った索道や木製の橇「木馬(きんま)」を使って軌道敷まで下ろし、鳶口を操って台車に乗せ、レールの上を鉄の車輪を擦らせながら川岸近くの集材所まで運ばれました。

 そこから先は、筏に組んだり組まなかったり、大量の木材が川を流れました。

Rail7  その後、道路が拡張され、運搬用のトラックのパワーが増し、森林鉄道は役割を終え、ダムができることにより川を流れる木材も姿を消しました。

 運搬システムの近代化により、木材の供給は効率化されました。林業従事者の負担も減るとともに、木材需用が増加したのですが、効率化の行き着く先は外国産木材の輸入。現在の北遠林業の不振へと流されて来ました。

 「たかが廃レール」ではありますが、「されど廃レール」。効率化と過剰なコスト意識がもたらした世界は、私たちが望んでいた理想とはかなり違っていたような気がします。

 前回の写真は右肩下がりのレールでしたので、せめて今回は右肩上がりで撮影してみました。

 【関連記事】大嶺に残る「瀬尻森林鉄道」インクラインの遺構
 【関連記事】人車鉄道―「瀬尻森林鉄道」の写真
 【関連記事】道路脇に放置された瀬尻森林鉄道の廃レール

「花桃散策コース」で見つけたギンリョウソウ

Ginryoso7  また今年も「ギンリョウソウ」を目にすることができました。見てもよかったのか、見てはいけなかったのか…。何せ、別名は「ユウレイタケ」。

 梨木果歩作の『西の魔女が死んだ』に、この「ギンリョウソウ」が登場しています。

 穴の脇は更に深い洞のようになっていて、その一面に美しい銀色の花が咲いていたのだ。暗い林の奥の、そのまた暗い、ほとんど陽も届かないはずの場所に。その植物は二十センチくらいの、葉を持たない銀白色の鱗をつけた茎の先に、やはり銀細工のような小さな蘭に似た花をつけていた。それが何十本となく、まるで茸かつくしのように地面から生えているのを見るのは不思議な光景だった。

 奇妙で不気味な「ギンリョウソウ(銀竜草)」は、シャクジョウソウ科とされていますが、新エングラー体系ではイチヤクソウ科に、APG分類体系ではツツジ科に含める説もあるとのこと。

 こうなると、まさしく「幽霊茸(ユウレイタケ)」。「茸」と付いてはいますが、キノコではありません。葉緑素を持たない奇妙な植物です。花言葉は「はにかみ」だって。

 相津(そうず)の道の駅「天竜相津花桃の里」を基点とする「花桃散策コース」で見つけました。

 【関連記事】別名「ユウレイタケ」―「銀竜草(ギンリョウソウ)」
 【関連記事】天竜川を見下ろす白い竜―「銀竜草(ギンリョウソウ)」
 ●岩嶽山の登山道のあちこちで、「ギンリョウソウ」が咲いていました…
 【関連記事】ギンリョウソウ=Indian Pipe

 【関連記事】「夢のかけ橋」を見下ろす「花桃散策コース」を歩こう!

マルバウツギで吸蜜するコマルハナバチ

Komaruhanabachi6  白い花に黒いハチ―白い花は、前回紹介したユキノシタ科の「マルバウツギ」、黒くて毛むくじゃらのハチは「コマルハナバチ」の♀です。

 「コマルハナバチ」の♂は、全身淡い黄色。♀は写真のように真っ黒で♂よりも少し大きく、クロマルハナバチによく似ています。

 マルハナバチの仲間は、種によって吸蜜に用いる口器(中舌)の長さが異なり、それぞれ蜜源とする花を分けていることが知られています。中舌の短い「コマルハナバチ」が訪れるのは、「マルバウツギ」のように蜜源の浅い花。これなら、ムリして顔を埋める必要もなさそうです。

 「コマルハナバチ」には針がないとばかり思っていたのですが、どうやらこれは間違い。♂に針はないのですが、♀にはあるようです。

 おっと、危ない!思わず手に乗せてしまいそうになりました。

 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」

2011年5月19日 (木)

北遠一の高所集落「柴」に残る道標

Sibadohyo4 北遠で一番高地の集落と言われる熊地区の柴(しば)の標高は500メートル前後。かと言って、歴史から隔絶された地というわけではなかったようです。

 山中の分岐に立つ小さな石の道標には、今でも読むことができるはっきりとした文字が刻まれています。分岐に向った側には真ん中に「右ハ半僧坊道」とあり、左右には「方うら以じ」「とよかわ」と変体仮名交じりで刻まれ「明治十七申年」とあります。

Sibadohyo3 反対側に回れば「左 秋葉山」とだけ力強い文字が刻まれ、かつての秋葉道、現在の「東海自然歩道」を通り、西や東を目指した旅人もいたことが伺われます。

 「明治十七申年」とは西暦1884年。明治21年(1888)、東海道本線の「浜松駅」開業前には、まだ徒歩で高所を越えて移動する人たちもいたという証です。旅人たちの目的は、秋葉山、鳳来寺、豊川、半僧坊などの寺社に詣でること。

 歩くことを忘れてしまった現代人には信じられないことかも知れませんが、そんな先人たちの熱意を確かめに北遠の高所、柴をお訪ねください。

 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「上臈石と鏡石そして皇子が辻」より
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「北遠一の高地集落“柴”」より
 【関連記事】柴の馬頭観音と供えられた丸石
 【関連記事】水車が回り、炭焼き窯がある風景
 【関連記事】「柴のタブノキ」と「ヒラシロ遺跡」

ジャコウアゲハの食草「オオバウマノスズクサ」の奇妙な花

Suzukusa0  この公園で、ジャコウアゲハと出会っていました。ジャコウアゲハがいるということは、「ウマノスズクサ」か「オオバウマノスズクサ」が生育しているはず。ぜひ、見てみたいと思っていたところ、数日前に、「オオバウマノスズクサが見つかった」との連絡を受けました。

 そして昨日「花が咲いていたよ」との情報があり、早速撮った写真です。

Suzukusa8  ウマノスズクサ科ウマノスズクサ属「ウマノスズクサ(馬の鈴草)」とは、実が馬の鈴に似ていることから付けられた名前。花も不思議な形をしています。「オオバウマノスズクサ(大葉馬の鈴草)」とは、「ウマノスズクサ」と比べて葉が大きいという意味。ともに、サキソフォンに似た奇妙な形の花を咲かせます。

 半分透けて見える筒部には数本の筋が入り、筒口部分は暗い紫色。

 「オオバウマノスズクサ」は毒草ですから、これを食べて育つジャコウアゲハにも毒があります。昆虫を食べる鳥たちも、あの黒と赤の警戒色の毒蝶のことを知っているのか、いないのか、ジャコウアゲハを食べないとのこと。

 見てみたかった「オオバウマノスズクサ」ですが、ギフチョウの食草として紹介したヒメカンアオイやカンアオイも、ウマノスズクサ科カンアオイ属。筒口の形が似ていると言えば似ていますね。それにしても、ヘンテコリンな花です。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 【関連記事】「ランタナ」の花で遊ぶ「ジャコウアゲハ」
 【関連記事】めっきり減った毒蝶「ジャコウアゲハ」
 【関連記事】「ジャコウアゲハ」と食草ウマノスズクサ
 【関連記事】「赤と黒」の毒蝶「ジャコウアゲハ」
 【関連記事】天竜川で見たジャコウアゲハの乱舞とウマノスズクサ
 【関連記事】食虫植物にも似たウマノスズクサ
 【関連記事】ウマノスズクサで産卵するジャコウアゲハ

少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」

Kogakuutsugi28  この季節、白い色よく似た花を見かけます。「コバノガマズミ」「マルバウツギ」と似ているのですが、ガクアジサイにも似たこの花は、「コガクウツギ(小萼空木)」です。

 「ユキノシタ科アジサイ属」とされているものが多いのですが、どうして見てもユキノシタには見えません。「アジサイ科アジサイ属」とした方がスッキリ。アジサイ科アジサイ属「コガクウツギ」として紹介します。

 真っ白で3~5弁の装飾花と5弁の両性花。少ない装飾花で昆虫たちに目一杯アピール。近寄る昆虫の力を借りて小さい両性花で確実に受粉をさせるのが、効率優先、省エネ「コガクウツギ」の秘訣。学ぶべき自然の知恵ですね。

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」

2011年5月18日 (水)

「ゴマダラチョウ」終齢幼虫→蛹→羽化→放蝶

Gomadara6  先日、エノキの葉で見つけたゴマダラチョウの幼虫のことを覚えていらっしゃるでしょうか?見つけた時には終齢幼虫だったのですが、その後、飼育箱の中で蛹を経て、今日(5月18日)の朝、最後の脱皮を果たしキレイな成虫へと羽化しました。

 黒と白のツートンカラーのタテハチョウ―黄色い目が印象的です。写真には写っていませんが口吻も黄色。実に鮮やかです。

 …で、どうしたかって?もちろん、元いた公園に放蝶してあげました。

 飼育箱から出し、開け放った窓の方に追いましたが、透明なガラスに止まって一服。翅を広げたところで、カシャ♪。また、会えるかな?会えるといいな…。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 【関連記事】雑木林で生まれて育った「ゴマダラチョウ」
 【関連記事】白と黒のツートンカラー「ゴマダラチョウ」
 【関連記事】北遠で撮った「ゴマダラチョウ」
 【関連記事】エノキの葉に「ゴマダラチョウ」の終齢幼虫

柴の馬頭観音と供えられた丸石

Bato2  北遠の高所集落、熊地区の柴(しば)で見かけた馬頭観音です。

 現在では地元民を除いてほとんど通ることがないこの道も、かつては秋葉山や鳳来寺への参詣者が通った秋葉道。そんな峠道であれば、普段は農耕馬であっても、頼まれれば駄賃馬として旅人を乗せたこともあるはずです。

 そんな家族でもある馬が死ねば、供養のために馬頭観音が建てられました。風化はしていますが、両手を合わせた観音の頭上には馬頭が乗っています。

 馬頭観音の隣りには、石灰岩と思われる石。前にはこの辺りのものではあり得ない丸い川石が重ねられています。素朴な馬頭観音と丸石。かつての旅の手段、馬と舟による道中の安全を願って供えられたものかも知れません。

 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「上臈石と鏡石そして皇子が辻」より
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「北遠一の高地集落“柴”」より
 【関連記事】北遠一の高所集落「柴」に残る道標
 【関連記事】水車が回り、炭焼き窯がある風景
 【関連記事】「柴のタブノキ」と「ヒラシロ遺跡」

 【関連記事】二本杉峠の馬頭観音
 ●「馬頭観音」――6~7世紀ごろ日本に伝えられました…
 ●人も馬も道行きつかれ死ににけり…
 【関連記事】六観音の一つとして建つ「馬頭観音」
 【関連記事】「プロペラ船」を見守った西渡の「馬頭観音」
 【関連記事】肥えた馬―「馬頭観音」
 【関連記事】馬の顔だけが浮き彫りにされた立原の「馬頭観音」
 【関連記事】木材を運ぶ馬―心に残る「馬頭観音」
 ●水窪の半島(はんじま)の路傍に立つ「馬頭観世音」の文字碑…
 【関連記事】材木を運んだ馬を供養―竜戸の「馬乗り馬頭観音」
 【関連記事】明治29年2月―熊村に祀られた「馬頭観音」
 【関連記事】農耕馬の供養―神沢で祀られる馬頭観音
 【関連記事】大滝に祀られる「馬乗り馬頭観音」
 【関連記事】大滝の「馬乗り馬頭観音」を詠んだ歌
 【関連記事】かつて馬市が開かれていた水窪・池島の馬頭観音

 【関連記事】春野の山道にある不思議な「丸石」
 ●春野町宮川の「八王子神社」で、「不動明王」の石像を見つけました
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「千草の七つ釜と竜神」より
 【関連記事】大園の山頂付近に祀られる「石神様」
 【関連記事】お地蔵さまに供えられた穴開き石、丸石

ふるさとものがたり天竜「昔、権現さま逃げるが勝ち」より

Ieyasu8  戦い上手で特に騎馬戦にかけては日本一、と言われる甲州軍団を作り上げた武田信玄が、徳川家康の支城、高天神城(小笠郡大東町)を攻撃したのは、元亀二年(一五七一)のことである。以来遠江における両者の攻防は、十一年間の長きに及んだ。
 しかし何しろ信玄は、戦いの神さまであった。軍事的規模も力も、信玄よりはるかに劣っていた家康は、いつもいつも逃げの一手。戦いを仕かけては逃げ、仕かけられては、腹をすかせて逃げ回る。
 後に将軍となり、東照大権現として、神に祭られた家康ではあるが、若いころ遠江に戦った家康には、“逃げる家康”の印象が強い。
 今でも遠州地方には、『昔、権現さま逃げるが勝ち』、という言葉が残っている。
 不利なこと、都合の悪いことがあると、
 「逃げるが勝ち。」
と言って、さっさと逃げ出してしまうのは、だーれだ。(「ふるさとものがたり天竜・第8章北遠天竜における徳川家康」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

 5月15日(日)に開催された「春の都市緑化フェア」の会場に登場した「出世大名 家康くん」の後ろ姿です。「昔、権現さま逃げるが勝ち」―後ろ姿に哀愁を感じませんか?ちょんまげが鰻の形になっています。

 浜松市制100周年記念マスコットキャラクターですから、今年は浜松市内の各所に出没しそうです。なかなか、可愛いキャラ。きっと、人気が出ますよ。

 ■「ふるさとものがたり天竜」INDEX

天然か?植林か?岩嶽山のカラマツ林

Karamatsu9   千昌夫の大ヒット曲『北国の春』の2番の歌詞をご存知でしょうか?

  2.雪解け せせらぎ 丸木橋
   からまつの 芽がふく 北国の
   ああ 北国の春
   好きだとお互いに 言い出せないまま
   別れてもう五年 あの娘はどうしてる
   あの故郷へ 帰ろかな 帰ろかな

 
 1番で登場するのはご存知の通り「白樺」と「こぶし」、3番には「山吹」が歌われています。

 私たちにとって、雪国、北国を連想させる「カラマツ(唐松、落葉松)」ですが、その自生の南限が実は静岡県。しかも、おそらくは浜松市。スーパー林道でも見ることができますが、私が見た岩嶽山の「カラマツ」も南限に近いのではないかと思われます。

 ただし、岩嶽山の「カラマツ」が規則正しく植えられているような気がしましたので、この「カラマツ」が天然のものであるのかどうかについては、ちょっと疑問が残ります。

 「カラマツ」は製紙原料として植林された歴史があります。岩嶽山のある春野町は、かつては王子製紙気田分社が操業していた地。王子製紙は、我が国で最初に木材パルプを原料とした製紙を、ここ春野で始めました。

 …と考えて行くと、柔らかい緑の芽吹きを見せる岩嶽山の「カラマツ」は、春野ならではの歴史を物語っているのかも知れません。

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

2011年5月17日 (火)

「キツネアザミ」はアザミ属ではなくキツネアザミ属

Noazami6  キク科のアザミが咲いています。今の季節によく見る球状の花は、アザミ属の「ノアザミ」です。春から初夏にかけて咲くアザミは、この1種だけ。だから見間違えようがありませんネ。

 ところが、少し色が淡くて縦長のスマートなアザミを見たことがありませんか?これは「キツネアザミ」です。葉は柔らかくて刺がなく、農耕放棄された農地などで見かけることが多いようです。

Kitsuneazami4 あれ?今頃咲くアザミは「ノアザミ」だけだって言ったばっかじゃん?

 そうなんです。「キツネアザミ」はアザミ属ではなくてキツネアザミ属。単に「アザミ」という時には、「アザミ属」だけを示しますので、「キツネアザミ属」は除外されてしまいます。

 なんか、騙されたみたい…?

 はい、だから、名前が「狐薊(キツネアザミ)」。M原事務局長!こんなのは、いかがでしょうか?

 【関連記事】ノアザミで吸蜜するモンシロチョウ
 【関連記事】トゲなしアザミの「タムラソウ」
 【関連記事】ノアザミで吸蜜するアオスジアゲハ―秋葉山
 【関連記事】日本最大のアザミ「フジアザミ」

農耕馬の供養―神沢で祀られる馬頭観音

Bato8  北遠の各所で見る馬頭観音の石像を、熊地区神沢(かんざわ)でも頻繁に見かけます。写真は、神沢の旧秋葉道で撮ったもの。地元の人によれば「どこの家でも馬を飼っていたからね。農耕馬。可愛がっていた馬が死ねば、馬頭観音を競って建てたらしいよ」とのこと。

 「角川日本地名大辞典22静岡県」の「熊村」の項によれば…

 大栗安村・神沢村・熊村が合併して成立。明治24年の戸数334・人口1,693、厩120。周囲は山林で、杉・檜などの良材のほか椎茸・木炭・楮・三椏・樹皮・茶・干柿・繭などを産出。また馬を飼養する農家も多かった。

Bato4  334戸に対して厩(うまや)が120。「どこの家でも馬を飼っていたからね」は、まんざらオーバーな表現ではありません。

 本来は六観音の1つとして武士中心の信仰を集めていた馬頭観音も、江戸時代には農耕馬の守護として農村にまで広がり、大切な働き手であった馬が死んだ時には供養として、新しい馬を買った時には元気で無事に育つようにと願い、神沢村の山里でも競い合うように馬頭観音を建立したのでした。

 【関連記事】二本杉峠の馬頭観音
 ●「馬頭観音」――6~7世紀ごろ日本に伝えられました…
 ●人も馬も道行きつかれ死ににけり…
 【関連記事】六観音の一つとして建つ「馬頭観音」
 【関連記事】「プロペラ船」を見守った西渡の「馬頭観音」
 【関連記事】肥えた馬―「馬頭観音」
 【関連記事】馬の顔だけが浮き彫りにされた立原の「馬頭観音」
 【関連記事】木材を運ぶ馬―心に残る「馬頭観音」
 ●水窪の半島(はんじま)の路傍に立つ「馬頭観世音」の文字碑…
 【関連記事】材木を運んだ馬を供養―竜戸の「馬乗り馬頭観音」
 【関連記事】明治29年2月―熊村に祀られた「馬頭観音」
 【関連記事】柴の馬頭観音と供えられた丸石
 【関連記事】大滝に祀られる「馬乗り馬頭観音」
 【関連記事】大滝の「馬乗り馬頭観音」を詠んだ歌
 【関連記事】かつて馬市が開かれていた水窪・池島の馬頭観音

2011年5月16日 (月)

ふるさとものがたり天竜「北遠一の高地集落“柴”」より

Siba1  北遠天竜市の標高(海面からの高さ)は、最高で約八四〇メートル、最低でも約三八メートルといわれている。緑美しい大小の山々と、その裾を洗って流れるいく筋もの川。
 天竜市は大変に起伏に富んだ山と谷の里である。
 天竜のように、平坦地の少ない土地にくらす人々は、当然平地だけに生活の場を求めることは不可能である。
 そこで人々はその昔から、あっちの山あいにも、こっちの山すそにも、中にはかなりの高地にも集落を形成して、農耕に励み、くらしをたててきた。
 現在北遠地方で一番高い山腹住いの集落は、熊地区の『柴』であると言われている。柴は標高四八〇メートルから六五〇メートルに位置し、その高所で今も人々は生活しているのであるが、交通路が発達し文明が進歩した現在では、平地の人々にくらべて、生活の不便さはさして感じることはないという。
 この地区はまた、典型的な焼畑農業の跡がみられる所としても知られている。山腹の段々畑は、その昔、山を焼いてその後を耕し、粟、稗、いも、蕎麦などを作ったところであると言われ、人々はこれを焼畑と言った。せまい山腹の地にあっても、みんなで知恵を出しあい、農耕生活を高めていった、当時の人々のくらしぶりがうかがえる、焼畑ではある。(「ふるさとものがたり天竜・第6章熊地区」より)

   ◆       ◆       ◆       ◆

  写真は、柴集落の東向き斜面に広がる茶園です。

 昔の人たちは、まず朝日の当たる東向き斜面に住み始めました。柴の集落もそんな場所。平成4年1月には、近くから縄文時代中期終わり頃(約4,500年前)のものと思われる住居跡、「ヒラシロ遺跡」が発掘されました。

 ■「ふるさとものがたり天竜」熊地区INDEX

 ・峰熊荒神
 ・上臈石と鏡石そして皇子が辻
 ・熊の里と五平餅
 ・山の神信仰
 ・神沢の百万遍念仏

マンネングサの仲間―岩嶽山で見かけた「ヒメレンゲ」

Himerenge9  岩嶽山の登山口で見かけた黄色い花は、最近よく見るマンネングサの仲間。要するに、山地の谷沿いの湿った岩上などに自生する「セダム」です。

 このセダムの名は「ヒメレンゲ(姫蓮華)」。レンゲソウに似ているからではなく、ロゼット状の葉をハスの花に例えた命名です。

 「蓮華草(レンゲソウ)」「仏の座(ホトケノザ)」、そして「爪蓮華(ツメレンゲ)」に「姫蓮華」…。仏教に元を発する植物名はまだまだあります。それにしても、日本人は何て信心深いのでしょう?まあ、西洋の植物名には、キリスト教に因む命名が見られますから、同じなのでしょうか?

 「ヒメレンゲ」―外来種みたいですが、在来種です。

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

2011年5月15日 (日)

珍しいのか?斑入りテンナンショウ

Fuiri5  斑入り植物って珍しいのでしょうか?斑入りとは、植物の葉や組織の一部が葉緑素を失い、白や黄色などになる現象。珍しいのか、珍しくはないのか、よく分かりませんが、先日紹介した斑入りテンナンショウをたくさん見つけました。

 実際にはもっと写真を撮ったのですが、キリがありませんので4枚だけにします。

 ネット上では斑入りテンナンショウには、いい値段が付いています。斑入りテンナンショウが高く売れるのなら、北遠を歩いていれば、お金が落ちているようなもの。植物の葉に斑が入る要因は、いろいろあるようです。

 斑入りが珍しいのなら、こんなものも紹介しましょう。斑入りのフキです。こちらの斑は黄色でしたが、今は誰も住んでいない家の斜面に育っていましたので、園芸種でしょうか?

Fuiri0 Fuiri1
Fuiri2 Fuiri9

 【関連記事】楽しい秋葉の山歩き⑦―斑入りテンナンショウ

道路脇に放置された瀬尻森林鉄道の廃レール

Rail9  かつて、旧御料林で伐り出した材木を運び出すために、森林鉄道が敷設されていたのは、すでに紹介した通りです。起点となったのは、「龍山ふるさと村」の奥。そこに行けば、何らかの痕跡が残っているはず。

 そう思って訪れたのは、瀬尻スギ展示林の少し手前。この辺りにきっと、何かがあるはずです。

Rail8 見つけるまでに時間はかかりませんでした。車を停めたすぐそばに、廃レールが1本。少し歩くと、廃レールを再利用して作った構造物の一部が、あっちに1組。こっちに、もう1組。

 断面を見せている1本を見れば、この鉄材が森林鉄道のレールであったことが分かります。

 運用が開始されたのは、昭和4年(1929)。同36年(1961)に廃線となるまでの32年間、この瀬尻の奥で響いたエンジン音。この廃レールが実際に使われたものかどうかは分かりませんが、レールが外されたのはわずか50年前のことです。

 【関連記事】大嶺に残る「瀬尻森林鉄道」インクラインの遺構
 【関連記事】人車鉄道―「瀬尻森林鉄道」の写真
 【関連記事】たかが廃レール、されど廃レール―瀬尻森林鉄道

2011年5月14日 (土)

先日の雨で秋葉ダム3門開放

Akihadam2  雨が降ったのは5月11日(水)~12日(木)。そして、今日(14日)の午前11時42分、秋葉ダムではゲートが開放され、放水が行われていました。

 秋葉ダムのゲートは全部で6門。今回の放水は半分の3門でしたが、それでもなかなかの迫力。茶色に濁った泥水が、轟音を響かせて流れ落ちていました。

ホソバシャクナゲで吸蜜するルリタテハとサカハチチョウ

Ruritateha6  龍山ふるさと村のホソバシャクナゲの花で吸蜜中の蝶2種―ルリタテハとサカハチチョウです。

Sakahachi2  子どもの頃に、ツツジの蜜を吸った思い出があります。ホソバシャクナゲはツツジ科。甘いんでしょうね?カメラを近づけても、逃げようとはしませんでした。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

激流に負けないで 浜松市天竜区の二俣川で稚アユの遡上続く

Ayu  アユ釣りシーズンを控え、浜松市天竜区の二俣川で稚アユの遡上(そじょう)が続いている。

 同川は天竜川の支流の一つ。激しい流れに逆らい、体長10センチにも満たない稚アユたちは、次々と上流へ向かい、躍動感あふれるジャンプを繰り返している。天竜川漁協によると、天竜川下流で稚アユの遡上が確認されたのは3月10日ごろ。時期、量ともに例年並みという。

 アユ釣りの解禁は6月1日。二俣川などの支流は、友釣り以外は7月1日。(「中日新聞」より)

 いつの間にか5月も半ば。後半月でアユ釣りの解禁です。釣り人にとっては、待ち遠しい記事ですね。

 【関連記事】清流二俣川 稚アユ上る

龍山ふるさと村でホソバシャクナゲ満開

Furusato0  「『龍山のホソバシャクナゲ』を見たいけど、歩くのは苦手」とおっしゃる人には、龍山ふるさと村の「しゃくなげの森」をお勧めします。

 ふるさと村に行くなら、国道152号を西川で左折約10キロ。白倉へ行く道と別れて山道をひた走ります。また「不動の滝」方面から向うこともできますので、観瀑ドライブのついで、可憐な紅紫色を楽しみに足を延ばすこともできます。

 ふるさと村の駐車場に車を入れれば、「ホソバシャクナゲ」は、ほら、もうそこに。今が満開。これなら、誰でも手軽に「ホソバシャクナゲ」の花を楽しむことができます。

 【関連記事】「ホソバシャクナゲ」は別名「エンシュウシャクナゲ」
 ●佐久間に自生している「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花の時期は…
 ●ドライブのついでに「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花を見るなら、佐久間町吉沢です…
 【関連記事】吉沢のホソバシャクナゲ―2011年の開花!
 【関連記事】「龍山のホソバシャクナゲ群落」はあと少し
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】2011年5月22日、満開を迎えた「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】季節の風景―瀬尻のホソバシャクナゲと段々茶園
 【関連記事】吉沢で咲くホソバシャクナゲとシロヤシオ

静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」

Hosoba5  静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」

 (1)指 定 昭和49年4月18日
 (2)所在地 龍山村瀬尻国有林150林班
 (3)所有者 林野庁東京営林局水窪営林署
 (4)指定区域 150林班は小班、ハ小班 合計面積1.27㌶
 (5)指定状況 標高700mの山林内に、大小200株が自生している。別名エンシュウシャクナゲ。
          本県西部と愛知県東部にのみ見られるツツジ科の希少植物。樹高4mに達し、開花期は5月中旬。

 静岡県教育委員会
 龍山村教育委員会
 水窪営林署

Hosoba8  これが、「竜山のホソバシャクナゲ群落」の指定地下に立つ看板の記述です。5月4日に訪れた時には、いくつかの蕾の色が濃くなっている程度。そして今日(14日)は、まさに5月中旬。開花が確認できました。

 満開までには、まだ1週間ほどの日数がかかりそうですが、そろそろ見頃を迎えたと言ってもいいでしょう。

 「遠州」の名の付く「石楠花」は、環境省レッドリスト「絶滅危惧Ⅱ類」です。

 【関連記事】「ホソバシャクナゲ」は別名「エンシュウシャクナゲ」
 ●佐久間に自生している「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花の時期は…
 ●ドライブのついでに「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花を見るなら、佐久間町吉沢です…
 【関連記事】吉沢のホソバシャクナゲ―2011年の開花!
 【関連記事】「龍山のホソバシャクナゲ群落」はあと少し
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】龍山ふるさと村でホソバシャクナゲ満開
 【関連記事】2011年5月22日、満開を迎えた「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】季節の風景―瀬尻のホソバシャクナゲと段々茶園
 【関連記事】吉沢で咲くホソバシャクナゲとシロヤシオ

淡紅色の「シロバナマンテマ」

Mantema1  先日紹介したばかりのナデシコ科マンテマ属「シロバナマンテマ」―淡紅色のものある、とは書いたのですが…。

 散歩の途中で数株の淡紅色の花を咲かせている「シロバナマンテマ」を見つけましたので、カシャ♪。

 探せば見つかるものですね。妙な表現ですけど、淡紅色の「シロバナマンテマ」です。

 【関連記事】触るとベタつく「シロバナマンテマ」
 【関連記事】天竜川の堤防に咲く、紅白2色のホザキマンテマ

古い絵葉書―西川は秋葉道の宿場

 「角川日本地名大辞典22静岡県」の「龍山村」の項には「明治34年の戸数531・人口2,962.材木商55・薪炭商10・米穀商10・旅人宿13・木賃宿12・荒物商55…」とあり、龍山がかつての交通の要所であり、25の宿を抱えた秋葉道の宿場として栄えた歴史を物語っています。

 龍山町の和田氏からお借りした古い絵葉書の中にも、西川(さいがわ)に軒を連ねていた旅館の写真がありました。

 床の間がある室内が写っているのは「天龍川沿岸西川 吉野家旅館」。軸の掛けられた床には花台に乗った花が飾られ、鏡台の前には火鉢が据えられ、その上に下がっているのは電灯の笠ようです。

 橋の左に見えるのは、「旅館あづまや」の看板。「(北遠龍山)西川(其一)」と書かれています。

 3枚めの絵葉書は「(北遠西川)旅館 美濃喜」と書かれ、「旅館みの喜(七×3)」の看板が挙がっています。

 この1枚だけが使用され、美しい「田沢切手」が貼られています。消印の日付は「6.1.1」。「賀正」のスタンプが押された年賀状でしたが、「田沢切手」の発行は、大正2年(1913)~昭和12年(1937)。大正6年か昭和6年かは不明です。

Yosinoya605 Adumaya604
Minoki602 Kitte6

 【関連記事】鳳来寺街道最後の宿―「西川(さいがわ)」

 【関連記事】「北遠水窪町名勝繪葉書」に残る懐かしい水窪
 【関連記事】「御大典記念繪葉書」に見る過渡期の「龍山の林業」
 【関連記事】「北遠水窪町名勝繪葉書」に残る懐かしい水窪―第2弾
 【関連記事】「最新撮影見学資料寫眞 秋葉ダム建設絵はがき」
 【関連記事】古い絵葉書―龍山の川と船のある風景
 【関連記事】秋葉ダム完成の年に出された絵葉書と切手
 【関連記事】古い絵葉書に残る竣工当時の「龍山大橋」
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」①―秋葉ダムの全容
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」②―龍山のダム完成
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」③―第一発電所
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」最終回―秋葉ダム案内
 【関連記事】「静岡・龍山」局「大禮紀念」のスタンプが押された絵葉書
 【関連記事】大正3年11月に投函された「軍事郵便」
 【関連記事】古い絵葉書に見る「布滝隧道」の今昔
 【関連記事】古い絵葉書に見る山住神社「二ノ鳥居」今昔
 【関連記事】インクライン遺構と古い絵葉書「遠州峯之澤鑛山 供給所内部」
 【関連記事】「北遠水窪町縣社山住神社繪葉書」―「縣社」とは?
 【関連記事】古い絵葉書―水窪川で遊ぶ子どもたち

キラン♪と光る「キランソウ」

Kiranso3  驚きました。岩嶽山への登山道の崩落箇所に掛けられた橋をおっかなびっくり渡っていたところ、青紫色にキラン♪と光る葉を見つけました。

 よく見ると、シソ科キランソウ属の「キランソウ」です。

Horaku2  「キランソウ(金襴草)」の名は、花の色に由来しているとのこと。「き」は紫の古語で「らん」は藍色の意味だそうですが、「金襴」は「金襴緞子」の「きんらん」。「キラン♪」と光る葉に由来しているのではないでしょうか?

 まあ、それは冗談としても、金属の光沢を放つ「キランソウ」を撮ったのは、この1コマだけ。下を見れば滑り落ちそうな断崖で腰が引けた状態で、辛うじてシャッターを切った貴重な写真です。「キランソウ」の別名は「地獄の釜の蓋」。

 岩嶽山登山は、気を引き締めて楽しみましょう!

 【関連記事】キラン♪と光る「タチキランソウ」

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

 【シソ科の植物図鑑】

 【関連記事】早春の畑一面に咲く「ホトケノザ」
 【関連記事】春の彼岸に花が咲くから別名「地獄の釜の蓋」
 【関連記事】弓矢を入れる「靭(うつぼ)」に似ているから「ウツボグサ」
 【関連記事】12月にも花を咲かせた「ホトケノザ」
 【関連記事】雪の秋葉詣④―氷の花を咲かせる植物「シモバシラ」
 【関連記事】初めてみました―白花ホトケノザ
 【関連記事】花言葉「あなたを待っています」―キランソウ
 【関連記事】日当たりにより色を変える「ヒメオドリコソウ」
 【関連記事】地を這い広がる厄介者のキレイな花「カキドオシ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」
 【関連記事】これが、北遠に自生する「タツナミソウ」
 【関連記事】「オドリコソウ」の花を見てみたくはありませんか?
 【関連記事】梅雨入り近し「ウツボグサ」の開花
 【関連記事】水窪で見つけたミヤマトウバナとヤマトウバナ
 【関連記事】秋葉神社上社で咲く青色の「タチキランソウ」

2011年5月13日 (金)

テッセンに似た白い花、キンポウゲ科「カザグルマ」

Kazaguruma5  絶滅危惧II類「シブカワツツジ」の2011年の開花状況を確認するために出かけた「渋川つつじ公園」で、同じ絶滅危惧II類、キンポウゲ科の「カザグルマ」を見つけました。

Kazaguruma1 ギフチョウの生息地、枯山(かれやま)には、「カザグルマ」が咲く、と聞いていました。ぜひ、見てみたいと思っていたところ、すぐ近くの「渋川つつじ公園」に咲く「カザグルマ」を見ることができたというわけです。

Shibukawatsutsuji3  ちょっと見た目にはテッセン(鉄線)のようです。ところが中国原産のテッセンの花びら(萼)が6枚であるのに対して、「カザグルマ」は8枚。花の直径は約10センチ。園芸種のクレマチスは、日本の「カザグルマ」がヨーロッパに伝えられ、交配を重ねて作り出されました。

 …で、肝心の「シブカワツツジ」は、まだ咲き始めの始め。ほんの数輪だけが、紅紫色の花を開いていました。見ごろまでには、あと1週間かな?

“火おこし”とっても大変 浜松・下阿多古小で移動博物館

Hiokoshi  浜松市天竜区両島の下阿多古小学校で12日、市博物館の学校移動博物館が行われ、児童らが火おこし体験をしたり、炭火アイロンなど昔の生活道具について学んだ。

 火おこし体験では、5年生16人が博物館スタッフの指導で「舞ぎり式」と呼ばれる木の道具を使って挑戦した。火おこしの道具は、ひもが巻き付けられた取っ手を上下に動かし、棒の先を板のくぼみにこすり付けて摩擦で発火させる仕組み。かつて神社で使われていたものを参考に博物館で復元した。

 子どもたちは悪戦苦闘しながら取っ手を懸命に動かし、ようやくうっすらと煙が上がり始めると「やったー」と大喜び。「昔の人は大変だったんだね」と苦労を思いやった。

 学校移動博物館は市博物館が教材用に資料を貸し出す教育支援活動で、本年度は市内8つの小学校で開催を予定。同校では11~13日の3日間で行われ、11日には6年生が滑石という柔らかい石をサンドペーパーで削って仕上げる勾玉(まがたま)作りなどを楽しんだ。(「中日新聞」より)

 「火おこし」は大変なんですよ。煙が出るくらいがやっと。昔の人は、ホントにこれで火を点けたのだろうか?と言う勉強ですね。

天竜川の城跡群「国史跡」目指す 来年度、本格調査

Futamatajo  歴史ファンを集めて中山間地の観光を活性化しようと、浜松市は2012年度から、徳川家康と武田信玄の攻防で有名な天竜区の二俣城など天竜川周辺の城跡10カ所程度の本格的調査を開始する。一括した「城跡群」として「国指定史跡」の認定を目指す。調査は3、4年かけて行い、文化庁への申請準備を進める方針。城跡群の知名度を高め、観光資源としての活用を図る狙い。

 長野県境から北遠、浜松にかけた天竜川沿いは徳川家康と武田信玄・勝頼親子らが攻防を繰り広げたことで知られる。市内には山城や砦(とりで)を含め城跡が100カ所余りあるとされるが、「まだまだ解明すべき謎が多い」(市文化財課)という。

 市は各城跡の遺構や出土品を調べるほか、測量調査によって曲輪(くるわ)や堀などを図面化する予定。古文書や絵図などの資料も記録しながら、学術的価値を確認する。11月19、20日に市内で開かれる「全国山城サミット」をきっかけにして各城跡に対する市民の関心を高め、「文化庁の指導を受けながら調査を進めたい」(同課)としている。

 市は調査の候補として二俣城跡のほか、鳥羽山城跡(天竜区)、犬居城跡(同)、大平城跡(浜北区)などを挙げる。二俣城跡は天守台などの石垣が残り、家康の長男信康が自刃した「悲劇の城」として知られる。鳥羽山城跡は家康が武田方から二俣城を奪還した際に本陣を置いたとされ、現在は公園となっている。

 国の史跡指定を受けた後、市は城跡の周辺地域に遊歩道の整備や案内板の設置なども行う。天竜観光協会や観光会社、地元住民らでつくる各城跡の保存会、観光ボランティアなどと連携してイベントでの活用も検討し、地域振興につなげる。

 二俣城跡などの史跡や名所を案内する「天竜ふるさとガイドの会」(天竜区)の関係者は「国指定史跡となれば各城跡の付加価値が高まる。地元のシンボルにもなり、ありがたい」と期待を寄せる。(「静岡新聞」より)

 実は、昨日(5月12日)には、二俣城を訪ねるイベントが計画され、私も参加の予定でした。残念ながら雨で中止となりましたが、今年は「全国山城サミット」の年。私も、山城ボランティアガイドとして頑張ってみようと思っています。

 【関連記事】県内城郭最大の賓客用通路確認  天竜区の鳥羽山城跡
 【関連記事】郷土の誇り浜松・二俣城 知って 地元住民が『物語展』で歴史紹介
 【関連記事】鳥羽山城発掘に尽力 故鈴木喜代治さんの偉業を初紹介
 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「鳥羽山城址」

浜松市指定文化財「渡ヶ島諏訪神社の社叢」

Kusunoki4  昨日の記事で「ヤマアイ」を紹介した時、渡ヶ島諏訪神社にあるヤマアイの群落についても触れさせていただきました。ところが、諏訪神社の写真を紹介していませんでしたので、「ハハ~ン、さては、諏訪神社には行っていないな」と思った人もいらっしゃるはず。

 ところが、「出かけよう!北遠へ」と言っている以上、私が行かないわけがありません。しかも、昨日、あの記事を書く前に、仕事を休んで出かけていました。

Gattaiboku2  浜松市指定文化財

 一.種  別 天然記念物
 一.名  称 渡ヶ島諏訪神社の社叢
 一.説  明 約二十五アールのこの社叢(森)は、クスノキ十本、シイ一本、タブノキ二本、ムクノキ二本、スギ十三本、ヒノキ一本の大樹からなる。中でも目通り四.八mのクスノキと三.四mのムクノキの合抱樹が大変珍しい。また社叢内の地表を被うヤマアイ(山藍)の群落は、県西部で最大級である。
 一.指定年月 昭和六十二年九月二十一日
 一.所有者  諏訪神社

Yamaai6  昭和六十三年四月一日 浜松市教育委員会

 これが、神社境内に立つ看板です。そして、「新・浜松の自然100選」にも選ばれている「渡ヶ島諏訪神社のクスノキ」と看板に書かれた「目通り四.八mのクスノキと三.四mのムクノキの合抱樹」「社叢内の地表を被うヤマアイ(山藍)の群落」です。

 看板に書かれた「浜松市」の文字は、もちろん「天竜市」を2字訂正し書き換えたもの。

 昨日(5月12日)の天気は雨。傘を差して撮った写真です。ところで、何で仕事を休んだんでしょう?その理由すら忘れてしまいました。

 【関連記事】「自然100選」の地「渡ヶ島諏訪神社」で思う
 【関連記事】童心に帰してくれる存在 諏訪神社の大クス 天竜区渡ヶ島

金属の光沢を纏った甲虫「ハンミョウ」

Hanmyo7  近づくとちょっとだけ飛んで逃げますが、すぐに止まります。甲虫目ハンミョウ科の「ハンミョウ」とは、今年も久根鉱山跡で出会いました。

Hanmyo0  赤、緑、青の金属の光沢。もう1匹は赤い色が薄く、雰囲気が少し違います。

 それにしても、どうして久根にはハンミョウがいるのでしょうか?

 まるで、七宝焼きのような美しさです。

 【関連記事】赤、緑、青―金属の輝きを持つ虫「ハンミョウ」
 【関連記事】青・赤・緑色に輝く昆虫「ハンミョウ」は英語で「tiger beetle」
 【関連記事】走る宝石、飛ぶ宝石―美しい虫「ハンミョウ」
 【関連記事】春?初夏?やっぱり、秋葉山!―ニワハンミョウ

触るとベタつく「シロバナマンテマ」

Mantema4  こんな花を見かけませんか?花は5弁で白色。葉や萼筒、茎に毛が生え、触るとベタベタした感じです。ムシトリナデシコに似ていますので、ナデシコ科だとは思ったのですが、ヨーロッパ原産の「シロバナマンテマ」でした。

 淡紅色の花もあるとのことですが、私が自宅付近で見たのは白花のもの。上向きに花を開くムシトリナデシコと違い、横向きに花を付けます。

 江戸時代に栽培のために移入されたものが野生化した帰化植物。「マンテマ」の名の由来は「?」です。

 【関連記事】食虫植物ではありませんが「ムシトリナデシコ」
 【関連記事】天竜川の河川敷を赤く染める「ムシトリナデシコ」
 【関連記事】淡紅色の「シロバナマンテマ」
 【関連記事】天竜川の堤防に咲く、紅白2色のホザキマンテマ

谷山(ややま)で出会った石仏群③―谷山村和讃講中「青面金剛像」

Koushin2  天竜区谷山(ややま)の「観音像」群の中に混じって、1基の「青面金剛像」が祀られていました。「青面金剛像」は「庚申様」とも呼ばれる仏様。石仏には「安永三年 谷山村和讃講中」の文字も刻まれていました。

 安永3年とは、西暦1773~1774年に当たる年。「庚申和讃」とは、「オンコーシンデーコーシンデー」の念仏のことだと思います。

 そんな庚申信仰の本尊とされるのが「青面金剛」。地元谷山の人々がお金を出し合って建立した「青面金剛像」からは、戦いの時代を経て江戸時代のほっと安定した世情の中で、当時の人たちの素朴な信仰への高まりを感じることができます。

 不安定な世情よりも、安定した世情。心にゆとりがなければ、信仰心も持てないということでしょうか?さて、今の世の中は…?

 がんばろう日本!

 【関連記事】谷山(ややま)で出会った石仏群①―うつし霊場
 【関連記事】谷山(ややま)で出会った石仏群②―聖観音・千手観音・如意輪観音

 ●「庚申(こうしん)塔」と呼ばれる石塔が見られます。ここに彫られている像は…
 ●「庚申(かのえさる)」は、十干十二支に基づき60日ごとに…
 ●十干と十二支を組み合わせた暦の60日ごとに巡ってくる庚申(こうしん=かのえさる)の夜に…
 【関連記事】「庚申仏」が掲げる「法輪」って何?
 【関連記事】三猿が彫られた向市場の「庚申塔」
 【関連記事】「青面金剛」に髪の毛を鷲掴みされる「ショケラ」
 【関連記事】芸者さんたちが手を合わせた水窪の「庚申様」
 ●水窪の竜戸(りゅうと)集落の祠の中、他の石仏たちと並び、庚申の本尊「青面金剛」石像が2基祀られていました…
 【関連記事】ショケラの髪を掴む青面金剛童子
 【関連記事】庚申の本尊「青面金剛童子」に見るシヴァ神の面影
 【関連記事】中部(なかべ)薬師堂脇に祀られる庚申塔
 【関連記事】庚申信仰①―腹ん中にやぁの、三尸という三匹の虫が居って
 【関連記事】庚申信仰②―庚申の夜にだよ、子供ぉ作るとの…
 【関連記事】庚申信仰③―「南無梵天帝釈金剛童子・・・・・」

2011年5月12日 (木)

アブラナ科の「マルバコンロンソウ」と「イヌガラシ」

Marubakonronso8  佐久間で見かけたこの花が、アブラナ科タネツケバナ属 の「マルバコンロンソウ」だと分かりました。

 撮影したのは、もう1ヵ月以上も前。キンポウゲ科のニリンソウが咲き始め、イラクサ科のカテンソウを紹介した頃です。

 「コンロンソウ」の名と「崑崙草」と書くということは知っていました。しかし、その「コンロンソウ」に「丸葉」のものがあるとは知りませんでした。花弁はアブラナ科ですから4枚。葉にも茎にも細かい毛が生えています。

Inugarashi0  もう咲いていないかも知れませんので、紹介はやめようかと思ったのですが、道草が止められなくて…。

 ついでですから、アブラナ科イヌガラシ属の「イヌガラシ(犬芥子)」の写真も。黄色い花の「イヌガラシ」は、まだ咲いています。「犬」と名のつく植物は、大体役に立たない雑草ですね。

 あ~、道草が止められない…。

 【関連記事】湿地が好きなアブラナ科の「ヒロハコンロンソウ」

「春野町小俣京丸岩嶽神社由来」

岩嶽神社  岩嶽神社に、おまつりしてある利保坊さまは、京丸本家十五代当主忠吉の弟、安右衛門(やすうえもん)です。小さい時から、信仰が好きで、秋葉山に入り修行致しました。年頃になり分家の「おふじ」という娘と一緒になり間もなく、子供が授かり其の子は、男の子でした。安右衛門は小さい時から目が悪く又、妻はお産が重く産後の肥立ちが悪く、間もなく「おふじ」は亡くなってしまいました。男の子の名前はいせ吉といいました。

 安右衛門は、いせ吉を連れて一人ではどうする事も出来ず、本家と分家で世話をしたそうです。いせ吉もだんだん大きくなり手もかゝらなくなったので、安右衛門は本家と分家にたのみ又、秋葉山に修行に入ったそうです。時々京丸に帰ってきては我が子の成長を楽しみにしていたそうです。いせ吉は分家の佐平と、とても仲が良く分家にいる時が多かったそうです。いせ吉も、だんだん大人になり安右衛門も安心したようでした。ある時、安右衛門は、京丸の人達にも何も言わずに行方が、わからなくなってしまったそうです。京丸の人達も色々手をつくしたそうですが何年かわからなかったそうです。

Taki4  ある時京丸の向かいの牡丹谷に昔は大勢の炭焼きの、人が入って居りましたが、其の人が荷小屋から少し登った所の「ツガの木」の根元に行着がおいてあると京丸へ知らせがあったそうです。京丸の人達が皆で見に行きますとやはり安右衛門の行着だったそうです。

 いせ吉の悲しみは、本当に気の毒だったそうです。それからは、いせ吉はどこへ行くにも父の行着をわが身からはなさなかったそうです。その頃小俣京丸に、御嶽教がさかんだったそうです。早速皆で相談して、御嶽教の清水光明、永徳れい神様達にお願いして、岩嶽山へ利保坊さまとして、おまつりしていただいたそうです。

 ある時、清水光明様に利保坊さまの「おつげ」があり「我れ、天に登りて、龍となりみなの者を、守る」とおつげがあったそうです。

 それからは、目の悪い人、、又お産の重い人、色々ななやみのある人は一生懸命お願いすれば、きっとかなえて下さるとの事でした。

 昔は四月二十日は、岩嶽山のおまつりでした。

 最近は毎年四月、五月は大勢の登山者でにぎわっております。利保坊さまが行着をおいた場所の「ツガの木」はまだ元気で青々として居ります。

Akayashio27 もう二千年の年月がたっているそうです。

 御嶽教の先達さまに「おつげ」があってからはツガの木の根元には九頭竜さまが、おまつりしてあります。

 小俣の登山道からしばらく登った所にお滝があります。左側のお滝が、利保坊さま、右のお滝がお母さんおふじさま、真ん中の小さなお滝がいせ吉のお滝といわれ岩嶽利保坊親子滝と呼ばれております。どんなに日照りの時でも、この三すじのお滝は毎日同じ様に流れて居ります。

 安右衛門 寛政五年(一七九三年 生)
 行方不明 万延元年(一八六〇年)
 利保坊さまとしてまつられた年 文久二年(一八六二年)

 平成十年 春野町小俣京丸有志一同
 協力者 山本貞子

   ◆       ◆       ◆       ◆

 満開のアカヤシオの花を見に出かけた岩嶽山―荷小屋峠を過ぎ、岩嶽山頂と逆の竜馬ヶ岳方面に少し進んだところに、岩嶽神社が祀られています。岩嶽神社の脇には「春野町小俣京丸岩嶽神社由来」の看板が立ち、そこには神社の由来についての言い伝えが書かれていました。

 「お滝」らしき滝は分かりました。しかし、残念ながら「ツガの木」の根元の「九頭竜さま」がどれであるのかは分かりませんでした。

 【関連記事】往復7時間―岩嶽山の「アカヤシオ」レポート
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る①
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る②
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る③
 【関連記事】岩嶽山からの季節の便り「イワカガミ」「ツクバネソウ」「フタリシズカ」「ネコノメソウ」
 【関連記事】入手山、岩嶽山でもニホンジカによる食害
 【関連記事】岩嶽山への山登りは十分気をつけて!
 【関連記事】2011年4月29日、岩嶽山アカヤシオ情報
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き①―別名ムラサキタンポポ「センボンヤリ」
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き②―滝や沢を巡る
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き③―アカヤシオの見頃は、今週末
 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】秘境、京丸、岩嶽山に咲くヤシオツツジ

トウダイグサ科の「ヤマアイ」群生地

Yamaai0  最初はフタリシズカだと思ったのです。でも、花が違います。これって何?

 只来(ただらい)の山道で「ヤマアイ」の群生地を見つけました。トウダイグサ科ヤマアイ属。「ヤマアイ」は「山藍」の意味ですが、タデ科の藍とは違い、藍色の色素成分のインデイゴは含んでいないとのこと。「万葉集」にも詠まれている最古の染料の1つで、草色や茶色に染まるのだそうです。

Yamaai9 級(しな)照る 片足羽河(かたしはがは)の さ丹塗(に)塗りの
 大橋の上ゆ 紅の 赤裳(あかも)裾引き 山藍もち 摺(す)れる衣(きぬ)きて
 ただ独り い渡らす児(こ)は 若草の 夫(つま)かわるらむ
 橿(かし)の実の 独りか寝(ぬ)らむ
 問はまくの 欲しき吾妹(わぎも)が 家の知らなく(高橋蟲麿 万葉集巻9-1742)

 北遠の「ヤマアイ」の群生地として知られるのは「渡ヶ島諏訪神社の社叢」。浜松市の天然記念物にも指定されているこの森は、県西部最大級と言われる「ヤマアイ」の群落で覆われています。

 でも、この山間(やまあい)の「ヤマアイ」群生もなかなかのもの。雌雄異株なのですが、1つの株に雌花と雄花をつけた雌雄両性株もあるようです。

 それにしても、最近のこのブログは、さながら『植物図鑑』。M原事務局長に叱られそうです。

 ●昨日の記事で「ヤマアイ」を紹介した時、渡ヶ島諏訪神社にあるヤマアイの群落についても触れさせていただきました…
 【関連記事】よく似ているヤマアイとフタリシズカ

谷山(ややま)で出会った石仏群②―聖観音・千手観音・如意輪観音

Yayama5  天竜区谷山(ややま)の石仏群の紹介です。北遠でよく見られる「西国三十三観音巡礼」のうつしと思われる石仏群ですが、復習の意味で見てみましょう。

 写真には、6基の石仏が見えています。手前向って左の観音は、観世音菩薩の基本形であり、左手に蓮華を持つ「聖観音」。他の観音は、変化身(へんげしん)と考えられています。

 真ん中は「千手観音」。合掌している2本の他には左右の肩から見える6本の手。合計8臂(ひ)が彫られています。

 その右には、片膝を立てて頬杖をつく「如意輪観音」。後列は、前列の石仏と同じものが、影のように並べられていました。

 地元の人以外は行ったことがないと思われる谷山の山の上に並ぶ石仏群。観音信仰の広がりは、北遠の隅々にまで達していました。

 【関連記事】谷山(ややま)で出会った石仏群①―うつし霊場
 【関連記事】谷山(ややま)で出会った石仏群③―谷山村和讃講中「青面金剛像」

 【関連記事】その巡礼道は約1000㌔「西国霊場巡礼」
 【関連記事】六観音の一つとして建つ「馬頭観音」
 【関連記事】蓮華を持つ清らかな仏―「聖観世音菩薩」
 【関連記事】居眠りポーズの仏―「如意輪観音」
 【関連記事】11の顔を持つ異形の仏―「十一面観音」
 【関連記事】千の手と千の眼を持つ仏―「千手観音」
 【関連記事】台座に彫られた「九」の文字―「不空羂索観音」
 ●「西国三十三箇所霊場」とは、近畿2府4県と岐阜県に点在する33ヵ所の…
 【関連記事】近くで済むのはありがたい「西国うつし」

小さな小さな「ハルリンドウ」

Harurindo0  色があまり良くは撮れませんでしたが、リンドウ科リンドウ属の「ハルリンドウ」です。

 花の形は確かにリンドウなのですが、とにかく小さい。2年草だそうですが、とにかく太陽が大好き。日が当たると花を開き、夕方には閉じてしまうのだそうです。

 小さいけど、可愛いでしょう?

 どこで見つけたの?ハル(春)野の岩嶽山のリンドウ(林道)です。もしかして、よく似たフデリンドウだとしたら、ゴメンナサイ!

 【関連記事】零れ落ちそうな真っ赤な実「ツルリンドウ」
 【関連記事】道草ばかりの秋葉山登り③―三尺坊のツルリンドウ
 【関連記事】スーパー林道(リンドウ)で咲く「リンドウ」の花
 【関連記事】本物の野生種―リンドウとムラサキシキブ

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

「オドリコソウ」の花を見てみたくはありませんか?

Odorikoso2  シソ科オドリコソウ属の「ヒメオドリコソウ」は知っています。ところが、代表種であるはずの「オドリコソウ」を見たことがありません。見てみたくはありませんか?

 阿多古川沿いの青谷の道路脇と林縁に、「ヒメオドリコソウ」とは比較にならないほどに背の高い「オドリコソウ」を見つけました。

Odorikoso0  シソ科ですから、葉は青じそにそっくり。花の色は淡紅紫色と白色があるとのことですが、私が見たのは少しピンクがかった白花です。「オドリコソウ」とは、花の形を笠をかぶった踊り子に見立てた名前。

 私は、「オドリコソウ」を見てみたかったんです。見てみたかった「オドリコソウ」と出会えれば、踊り出したい気持ちにもなります。

 さあ、みなさんもご一緒に!

 【シソ科の植物図鑑】

 【関連記事】早春の畑一面に咲く「ホトケノザ」
 【関連記事】春の彼岸に花が咲くから別名「地獄の釜の蓋」
 【関連記事】弓矢を入れる「靭(うつぼ)」に似ているから「ウツボグサ」
 【関連記事】12月にも花を咲かせた「ホトケノザ」
 【関連記事】雪の秋葉詣④―氷の花を咲かせる植物「シモバシラ」
 【関連記事】初めてみました―白花ホトケノザ
 【関連記事】花言葉「あなたを待っています」―キランソウ
 【関連記事】日当たりにより色を変える「ヒメオドリコソウ」
 【関連記事】地を這い広がる厄介者のキレイな花「カキドオシ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」
 【関連記事】これが、北遠に自生する「タツナミソウ」
 【関連記事】キラン♪と光る「キランソウ」
 【関連記事】梅雨入り近し「ウツボグサ」の開花
 【関連記事】水窪で見つけたミヤマトウバナとヤマトウバナ

2011年5月11日 (水)

職人の技、カンナ削りに歓声 天竜区・鏡山小

Kagamiyama  浜松市立鏡山小の児童38人が10日、同市天竜区只来の同校で、大工ら職人の“技”を見学した。

 県の「しずおか未来の森サポーター」事業の一環で、同校と協定を結ぶ菊池建設(静岡市)が協力した。児童は、同社の菊池光起会長から木の大切さを教わった後、職人がカンナでヒノキの表面を薄く削る様子を見学した。

 「かつお節みたい」と薄さに驚きの声を上げ、職人のアドバイスの下、一人ずつカンナの扱い方も体験。勢いよくカンナを動かし、表面がなめらかになるように削った。

 5、6年生はイス作りにも取り組んだ。材料だけを受け取り、見本のイスを手本に、自分で考えながら組み立てていた。(「静岡新聞」より)

 木に親しみ、木を使う文化を復活させなくてはなりません。それには、まず子どもたちから。私たちが子どもの頃にやっていたように、木を使って物を作ることを覚えてほしいと思います。

谷山(ややま)で出会った石仏群①―うつし霊場

Yayama3  天竜区谷山(ややま)とは、国道152を北上し横山橋を渡る手前の集落。Uターンしながら対向車が来ないことを祈り、細い山道を登って行くと、石段の上に天満神社の鳥居と社が見えます。道路は石段の脇を回って続いていましたので、そこまで車を上げて停車。車を降りてみました。

 そこには神社の横でありながら、苔むした石仏が林立。中には「庚申様」と呼ばれる「青面金剛」像もありましたが、他のほとんどは観音様。はて、これは何でしょう?

 これらの石仏群は元はどこにあったのかは分かりませんが、「西国巡礼」のうつし霊場と呼ばれるものようです。

 先ず、一番大きな石塔には、「6×5=30」とその上に3体の観音像。1基に「三十三観音」すべてが彫られています。さらに上には「江遠」の文字。近くに「遠江三十三観音」を名乗る霊場があったのでしょうか?

 ちなみに、手前右の石仏には「七番」と彫られていますので、7番札所だった奈良県の龍蓋寺(りゅうがいじ)の「如意輪観音」。向って左の石仏には「廿八番」の文字。28番札所は京都府の成相寺(なりあいじ)で、本尊は「聖観音」です。

 【関連記事】谷山(ややま)で出会った石仏群②―聖観音・千手観音・如意輪観音
 【関連記事】谷山(ややま)で出会った石仏群③―谷山村和讃講中「青面金剛像」

 【関連記事】その巡礼道は約1000㌔「西国霊場巡礼」
 【関連記事】六観音の一つとして建つ「馬頭観音」
 【関連記事】蓮華を持つ清らかな仏―「聖観世音菩薩」
 【関連記事】居眠りポーズの仏―「如意輪観音」
 【関連記事】11の顔を持つ異形の仏―「十一面観音」
 【関連記事】千の手と千の眼を持つ仏―「千手観音」
 【関連記事】台座に彫られた「九」の文字―「不空羂索観音」
 ●「西国三十三箇所霊場」とは、近畿2府4県と岐阜県に点在する33ヵ所の…
 【関連記事】近くで済むのはありがたい「西国うつし」

白花を咲かせる変種「シロバナクサフジ」

Kusafuji5  珍しく自宅近くを散歩した日、最近耕作をしていない畑はクサフジが満開。フジと同じマメ科ですから、よく似ていると言えば似ているのですが、フジと違い上に向って花穂を伸ばします。花の色は普通は紅紫色なのですが、ごく稀に白色の花を咲かせるものがあります。

Kusafuji6  白花の変種のことを「シロバナクサフジ」と呼ぶようですが、これがその「シロバナクサフジ」でしょうか?

 普通種に比べて花穂が短く、花の付き方も少ないものばかり。一面のクサフジ畑の中、白花はわずかに数株だけ。私がこれまでに見た白花の変種は、ネジバナムシトリナデシコオオイヌタデイワタバコクズホトケノザシロヤブケマン…。

 珍しいのか?そうでもないのか?世の中には、変わり者っているもんですね?

 【関連記事】フジに似た花だから「草藤(クサフジ)」
 【関連記事】毎日が日曜日―紫と白い花を咲かせる「クサフジ」

アカヤシオ・シロヤシオの岩嶽山で育つユリ科3種

Yukizasa3  岩嶽山頂付近に咲く満開のアカヤシオを見上げ、林床に目をやれば一面に広がる褐色の世界。下草という下草は、毒草であるアセビを残して、ほとんどが食べ尽くされています。

 さらに、注意して眺めると、その中にわずかに芽生えた濃い緑色がちらほら。さあ、何でしょう?

Tsukubaneso3  白い花を雪に例えられたユリ科の「ユキザサ(雪笹)」です。笹のような葉の真ん中から細長い花茎を伸ばし、蕾を付けています。

 そして、こちらは、同じユリ科の「ツクバネソウ(衝羽根草)」。葉の形が羽根つきの羽根に似ているところから名付けられました。これも、まだ蕾。

Maiduruso6  あっちにあるハート型の葉もユリ科の「マイヅルソウ(舞鶴草)」。葉の模様が鶴の舞いに似ているところからの命名とのことですが、そうかなあ?

 これらは、鹿が食べてもよいはずの植物。だとすれば、この春、すでに他の下草を食べ尽くしたこの山にはニホンジカがあまり出なかったということでしょうか?

 標高1300~1500メートルの苛酷な自然の中で、艶やかな小さな緑の葉を見つけ、少しホッとしました。

 シロヤシオの開花には、まだ少し時間がかかりそうです。

 【関連記事】楽しい麻布の山歩き③―ユキザサとツクバネソウ

 【関連記事】羽を広げた「マイヅルソウ」の白い花
 【関連記事】楽しい麻布の山歩き②―斑入りマイヅルソウ

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

 【関連記事】羽根突きの羽子(はご)に似た花「ツクバネソウ」

岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

Akayasio59  岩嶽山のヤシオツツジは、国の天然記念物にも指定されています。県の指定が昭和50年2月20日でしたので、その3ヵ月前に…。

 文化財の種類 天然記念物
 名    称 京丸のアカヤシオ及びシロヤシオ群生地
 指定年月日  昭和49年11月26日
 指 定 理 由  アカヤシオは関東中部近畿九州の一部に分布するツツジの一種で淡桃色の大型の美しい花をつける。シロヤシオは本州、四国に分布する白色のツツジである。岩岳山周辺には、この両種が原生林の中に部分的に純林をなしており、その群生地として、学術的に貴重なものである。
 説 明 事 項  ここは高塚山、竜馬岳、岩岳山、入手山を結ぶ尾根筋の急峻な南北約6キロメートル、巾約350メートルの200ヘクタールの地域である。高塚山、竜馬岳附近にはシロヤシオが多く、樹高7~8メートルの大木が約3000株純林をなしており開花は5月中、下旬である。岩岳山以南にはアカヤシオ約2000株が純林をなしており開花は4月下旬から5月中旬である。

Siroyasio4  アカヤシオもシロヤシオも、ツツジ科としては樹高が高く小高木。皇太子殿下の長女の愛子様の御印(おしるし)に使われていることで知られています。葉が枝先に5枚、輪生状に付くことから「五葉躑躅(ゴヨウツツジ)」、老木の樹皮が松のように割れることから「松肌(マツハダ)」とも呼ばれることがあります。

 強い風にさらされ斜めに延びたシロヤシオの枝先には、新緑が芽吹いていましたが、花が咲くのは5月下旬になると思います。もう一度出かけましょう!岩嶽山へ。でも、無理はしないでください!

 【関連記事】往復7時間―岩嶽山の「アカヤシオ」レポート
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る①
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る②
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る③
 【関連記事】岩嶽山からの季節の便り「イワカガミ」「ツクバネソウ」「フタリシズカ」「ネコノメソウ」
 【関連記事】入手山、岩嶽山でもニホンジカによる食害
 【関連記事】岩嶽山への山登りは十分気をつけて!
 【関連記事】2011年4月29日、岩嶽山アカヤシオ情報
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き①―別名ムラサキタンポポ「センボンヤリ」
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き②―滝や沢を巡る
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き③―アカヤシオの見頃は、今週末
 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】2011年6月4日 還暦登山―岩嶽山のシロヤシオ
 【関連記事】秘境、京丸、岩嶽山に咲くヤシオツツジ
 【関連記事】岩嶽山で真っ赤な花を咲かせる「チチブドウダン」
 【関連記事】ヤシオツツジ古木の群落―岩嶽山

2011年5月10日 (火)

天竜材で仮設住宅 被災地にモデルハウス

Tenryuzai6  浜松市天竜区の天竜木材産地協同組合(高林敏郎理事長)が、東日本大震災の被災地支援の一環として、天竜材を用いた「天竜型仮設住宅」の開発を進めている。予想される東海地震発生後の復興対応も視野に入れる。今月下旬にも県の現地支援調整本部がある岩手県遠野市にモデルハウスを設置。木造仮設住宅の供給を支援していく。

 天竜型仮設住宅は、天竜産のスギを多用する。1DKで22平方メートル。迅速かつ大量の供給を想定するため、製造工程もデザインも簡素化。一般流通の製材品だけでつくる。量産すれば、生産コストはプレハブ仮設と同程度に抑えられるという。

 木の香りが室内を包み込む。設計・施工を主に担当する天竜プレカット事業協同組合の高木郁生専務理事は「被災者のストレスを和らげる効果が期待される」と話す。木造の特性から、室内の調湿機能も保ちやすい。

 取り組みの念頭にあるのは東海地震だ。検証を重ねて建設マニュアルを作り、発災後に早期対応が取れるよう木造仮設住宅の備蓄も検討する。高林理事長は「今回を機に東海地震への備えを進めていきたい」と語る。

 静岡県森林計画課の担当者によると、被災地支援で現地入りした女性職員用の宿泊場所が不足しているという。モデルハウスは遠野市に設置後、女性職員の宿舎としても活用される見込みだ。

 天竜木材産地協同組合は、天竜プレカット事業協同組合を含む製材、流通、素材生産業者など67社で組織する。(「静岡新聞」より

 天竜林業の能力をフルに発揮して、被災地の復興支援に尽力しましょう。

旧「光明村立山東尋常小学校」跡地に残る門柱

Koumon8  「角川日本地名大辞典22静岡県」の「光明村<天竜市>」の項には…

 [近代]明治22年~昭和31年の自治体名。はじめ豊田郡、明治29年からは磐田郡に所属。天竜川支流の二俣川流域に位置する。村名は地内の光明寺に由来する。山東(やまひがし)・船明(ふなぎら)・大谷(おおや)・只来(ただらい)・横川・次郎八新田の6か村が合併して成立。大字は旧村名を継承。役場を大字山東に設置。明治24年の戸数715・人口3,601、厩123、船19、世帯・人口は大正9年857・4,668、昭和25年1,012・5,837.明治~大正期にかけて茶・煙草・椎茸・木材・竹材・薪炭材・甘藷・養豚などの産地として繁栄し、光明銀行が設立され、馬車道も開削された。昭和31年二俣町に合併。各大字は同町の大字として存続。

 本田技研工業の創始者・本田宗一郎が生まれたのは、明治39年(1906)の磐田郡光明村。大正2年(1913)、「光明村立山東尋常小学校」に入学しました。「光明村立山東尋常小学校」は、その後「天竜市立船明小学校」と統合され、「浜松市立光明小学校」として現在に至っています。

 本田宗一郎の出身校として知られる旧「光明村立山東尋常小学校」跡地は光明幼稚園となっていますが、大正14年(1925)5月の「御銀婚祝典記念」に建てられたとされる背の高い門柱が、当時のまま保存され、向って右側には「旧光明村立山東尋常小学校跡地」、左側には「世界のホンダ本田宗一郎出身校跡地」の木札が掛けられ、郷土の誇る歴史が誇らしげに掲げられています。

 ちなみに大正天皇の銀婚が祝われたのは「大正14年5月10日」―この門柱が建てられたのは、86年前の今日ということになります。

ツツジ科の落葉低木「ウスギヨウラク」の花

Usugiyouraku7  何の花だか分かりますか?「ウスギヨウラク」の花は、瀬尻の林道脇で見つけました。

 例えて言えばホウチャクソウのような花。ホウチャクソウはユリ科ですが、「ウスギヨウラク」はツツジ科の落葉低木。「ウスギヨウラク(薄黄瓔珞)」の名は、黄緑白色をした筒状の花を、仏壇などの荘厳具「瓔珞」に見立てたもの。そんな由来も、ホウチャクソウ(宝鐸草)とよく似ています。

 ドウダンツツジにも似ていますが、釣鐘状の花がドウダンツツジよりも少し長い感じです。花柄や萼のふちに細かい毛が生えているのが特徴です。

 【関連記事】釣鐘のような形の可愛らしい花「サラサドウダン」
 【関連記事】ドウダンツツジの仲間「アブラツツジ」
 【関連記事】岩嶽山で真っ赤な花を咲かせる「チチブドウダン」
 【関連記事】楽しい麻布の山歩き①―チチブドウダン
 【関連記事】竜頭山のサラサドウダンとチチブドウダン

岩嶽山→竜馬ヶ岳に見るニホンジカの痕跡

Syokugai0   アカヤシオが満開を迎えていた岩嶽山から竜馬ヶ岳に向う尾根道で、ニホンジカによる食害の痕跡をたくさん見つけましたので、紹介します。

Syokugai1  先ず真っ先に気づくのは、背の低い有毒のアセビを残して広がる褐色の林床。本来なら、腰丈ほどには育っているはずのササ類は、50センチほどの高さに揃い葉がまったくついていません。

 ササを食べた犯人は、おそらくニホンジカ。その証拠となる俵型の糞があちこちに残っていましたが、ほとんどは白っぽく古いもの。ニホンジカはササ類を食べ尽くし、他の山へと移動してしまったようです。

Fun9 それでも、中には真新しい皮剥ぎの痕もありましたので、岩嶽山には来てみたものの、食べ物がないために仕方なく木の皮を剥いで食べたものと思われます。木肌には、歯の痕が模様のように残っています。

Ashiato8 この山によく登っているという地元の人によれば、下草がなくなった岩嶽山は「山歩きがしやすくなった」とのこと。ただ、皮を剥がされた木々を見て「このササも木も、枯れちゃうよね」。このままでは、地表の保水力がなくなり表土が流れ、次第に木々の根が現れ、やげて枯死してしまうのではないでしょうか?

 「鹿は増え過ぎたよね。この山では、むしろ最近、見る機会が減っているかも」とも。一体、どこに行ってしまったのでしょう。剥き出しになった地表には、少し前に付いたニホンジカの足跡がしっかりと残っていました。

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物

2011年5月 9日 (月)

「北遠アルス編物学院」のホーロー看板―只来(ただらい)

Als0  以前、県道9号、阿多古川沿いの道で見かけたことがある「アルス編機」のホーロー看板を、今度は只来(ただらい)で見つけました。「自動模様編機の開発メーカー アルス編機」の文字はあの時のものと同じですが、教室名や電話番号が違っています。

Als8  「アルス編機」を製造販売していたのは、アルス編機製作所。浜松市にあった会社とのことですが、詳細は不明。機械編み教室が盛んだったのは、昭和30年代、40年代だったと記憶しています。

 2枚めの写真は、以前紹介したものとは違うのですが、県道9号沿いにある看板。「○○編物教室」で電話番号も違うのがお分かりいただけると思います。

 「北遠アルス編物学院」とは、アルス編機製作所の直営だったのでしょうか?

 ●「自動模様編機の開発メーカー アルス編機 編物教室」のホーロー看板…

目立たない地味な花「カンアオイ」

Kanaoi7  ウマノスズクサ科カンアオイ属の「カンアオイ」の仲間、ヒメカンアオイは最も原始的な蝶の1つとも言われるギフチョウの食草となっています。原始的な蝶の食草であるということは、カンアオイ自体も原始的だということ。すでに、ヒメカンアオイとウスバサイシンの花をお目にかけましたが、秋葉山の表参道でカンアオイの花を見つけました。

 下を向いて歩いてさえいれば、特徴的なカンアオイの葉には、すぐに気づくのですが、カンアオイの花は根元の枯れ葉を指で払って探さないことには見つかりません。枯れ葉に埋もれて地面すれすれに咲く地味な花。この花の受粉を助けているのは、アリやキノコバエなど、地表を歩き回る虫たち。小形のナメクジやカタツムリ、ヤスデも花粉を運んでいるようです。

Kanaoi17  薄暗い林の下、私たちの目の届かない「小さな世界」。その「小さな世界」では、小さな生の営みが繰り広げられているのです。これが「生態系」と呼ばれるもの。カンアオイの葉には何かに食べられた痕がありましたので、他にもカンアオイを利用している生物がいるはず。生物多様性の点からは、要らない生き物などないということですね。

 カンアオイの花―いかにも原始的な雰囲気がするでしょう?

 【関連記事】秋葉山の日陰に生育―「カンアオイ」
 【関連記事】「寒葵」は本当に「寒でも青い」のか?
 【関連記事】ギフチョウの食草「ヒメカンアオイ」の花
 【関連記事】枯山での出会い―シュンランとヒメカンアオイの花

アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」

Akayashio5  京丸・岩岳山自然環境保全地域(昭和50年2月20日指定)

 岩岳山・竜馬ヶ岳・京丸山を結ぶ稜線一帯約350ヘクタールは、ブナを主体とした天然林ろ、シロヤシオ・アカヤシオなどが自生し、その学術的価値も高く、すぐれた自然環境が保たれています。

 県では、この貴重な自然を永く未来に伝えるためこの一帯を自然環境保全地域に指定しました。

 みんなで大切にしていきましょう。

 Buna9これが、静岡県の建てた看板の内容です。

 昨日(5月8日)、荷小屋峠から竜馬ヶ岳まで足を延ばしてみました。尾根道の左右に目をやれば、一部のカラマツは規則的に並んでましたので、植林されたものかも知れませんが、他の樹林は人の手が入っていないまったくの天然林のようです。

 ゴオゴオと吹き飛ばされそうな強い風が吹き渡り、曲がりくねったシロヤシオが芽吹いていました。山頂の大きな木に寄りかかり昼食のおむすびを食べたのですが、その大木でさえ背中を通して揺れているのが分かるほど。本当に、ここが浜松市?

Sizenrin0 同行していただいた人に「ここは、いつもこんな感じ?」と尋ねると、「そうだね。いつも風が強いね」との返事。竜馬ヶ岳(標高1501メートル)の山頂のアカヤシオは、まだ蕾。その蕾も、強い風に吹かれて蕾のまま振り落とされそうです。

Tsubomi8  竜馬ヶ岳に登る人は少ないだろうと思ったのですが、数組の登山者と出会いました。アカヤシオが咲くこの季節には、私のようなにわか登山者が多くなるようです。

 「雪の岩嶽山もいいものだよ」と言いながら同行していただいた人は、地元・春野町の出身。「ここが浜松市だなんて思えないよね?」「じゃあ、気をつけて」と言葉を交わし、荷小屋峠で別れました。ありがとうございました。

 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物
 【関連記事】2011年6月4日 還暦登山―岩嶽山のシロヤシオ
 【関連記事】秘境、京丸、岩嶽山に咲くヤシオツツジ
 【関連記事】岩嶽山で真っ赤な花を咲かせる「チチブドウダン」
 【関連記事】ヤシオツツジ古木の群落―岩嶽山

今年も会えた!知る人ぞ知る「クロツバメシジミ」

Kurotsu2  北遠の「ツメレンゲ」の生育地は何ヵ所か分かっています。「ツメレンゲ」があれば、「ツメレンゲ」を食草とする「クロツバメシジミ」を探してみたくなります。

 私がカメラを構えていると、道の反対側から声がかかりました。「幼虫、いる?」。

Kurotsu0  「幼虫じゃあなくて、もう成虫ですよ。しかも、交尾している」「もう、そんな季節か。しかし、こんな見栄えのしない小さな蝶が、絶滅危惧種なんだって?」「そうなんです。このツメレンゲしか食べないので…」「ツメレンゲのことを、この辺じゃあタカノツメって呼んでるけどね」。

 知る人ぞ知る「ツメレンゲ」。知る人ぞ知る「クロツバメシジミ」。今年も、会うことができました。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 ●6月20日(金)午後2時ごろ佐久間高校プール南側の…
 【関連記事】佐久間高でファーブルセミナー 受講者ら故郷の自然“再発見”
 ●太平洋を望む土佐清水市の断崖(だんがい)絶壁。岩場のあちこちで…
 ●「クロツバメシジミ」の幼虫が食べるという「ツメレンゲ」…
 ●佐久間に行くたびに気になるのが「爪蓮華(ツメレンゲ)」…
 ●気になっていた佐久間の「爪蓮華(ツメレンゲ)」に花が咲きました…
 【関連記事】「ツメレンゲ」で吸蜜するミツバチたち
 ●環境省指定の準絶滅危惧種「ツメレンゲ」。実は、佐久間の…
 【関連記事】「ニホンザル」よりも「クロツバメシジミ」と会いたい!
 【関連記事】希少種チョウ守れ 佐久間高が産卵場所確保へ
 【関連記事】ついに巡り合い―「ツメレンゲ」で遊ぶ「クロツバメシジミ」
 【関連記事】春野にも「クロツバメシジミ」?
 【関連記事】弁慶の逞しさ「ベンケイソウ科」の「ツメレンゲ」
 【関連記事】今年も開花―佐久間の「ツメレンゲ」
 【関連記事】コンクリート壁で育つイワヒバとツメレンゲ
 【関連記事】黒い小さな貴重な蝶「クロツバメシジミ」
 【関連記事】北遠に残る貴重な自然―絶滅危惧Ⅱ類「クロツバメシジミ」
 【関連記事】クロツバメシジミの食草「ツメレンゲ」探し
 ●ツメレンゲ、ツメレンゲ…。絶滅危惧種の珍蝶「クロツバメシジミ」の食草「ツメレンゲ」…
 【関連記事】やっぱり、いた!水窪の「クロツバメシジミ」
 【関連記事】水窪・河内浦にも「クロツバメシジミ」
 【関連記事】大井橋たもとの「クロツバメシジミ」
 【関連記事】「絶滅危惧」の1歩手前―佐久間・水窪の「ツメレンゲ」
 【関連記事】準絶滅危惧(NT)「ツメレンゲ」の開花!
 【関連記事】「ツメレンゲマップ」に新しい○印
 【関連記事】ちょっぴり自慢―北遠の「クロツバメシジミ」
 【関連記事】新しい○印―「ツメレンゲ」の生育地マップ
 【関連記事】いるいる!黒くて小さなクロツバメシジミ
 【関連記事】龍山で花を咲かせるツメレンゲ
 【関連記事】「ツメレンゲ」は、春野にも生育していた!
 【関連記事】2012年、佐久間で「クロツバメシジミ」発生!

これが、ツキノワグマの足跡?

Ashiato1  確かなことは言えませんが…。

 旧天竜市から春野町へと向う途中、只来(ただらい)の未舗装林道で見かけた足跡です。ニホンジカにもなければ、イノシシでもありません。むしろ、タヌキなどに近いようですが、もっと大きく、指の形の先には鋭い爪痕が分かります。

 足跡は湿った土の轍の中。そんなに古いものではなく、おそらく1~2日前のもの。

 確かなことは言えませんが…。これが、ツキノワグマの足跡なのでしょうか?

2011年5月 8日 (日)

自然のままに「水窪大沢の仙人茶 あんらくびとね」

Anrakubitone610  5月1日、水窪町の「天空の里」大沢町を訪れました。その時にいただいたのが、お茶「水窪大沢の仙人茶 あんらくびとね」。「Kanna麦の芽工房」で作られたものです。

 袋の裏には「大沢のお茶を飲んでくださるみなさんへ」と題されたメッセージが印刷されています。

 こんにちは。麦の芽工房の津ヶ谷寛奈です。山の暮らしは9年目となりました。お茶を摘むのも9年目。今年もたくさんの茶摘み仙人たちが応援してくれました。「あんらくびとね」は、原木(ばらき)と呼ばれる自然のままの姿で育った茶の木の新芽からつくられたお茶です。茶の木の生長を大事にしたいので、今年伸びた新芽を一葉残して、ひとつひとつ丁寧に摘まれています。

 かつて暮らしのお茶として飲まれていた原木のお茶は今ではたいへん稀少となりました。

 大沢は標高が高いので、新茶のできるのが遅いです。でも、霧に包まれてゆっくり育った山のお茶はとっても美味しいです。大沢の風景といっしょにこのお茶をお届けいたします。

Manju7  早速、「あんらくびとね」を淹れてみました。う~ん。少し縮れた茶葉は、優しい色と香り。「あんらくびとね」とは、「自然のままに」という意味だそうですが、ワイルドな味というよりも、むしろ品の良い爽やかな美味しさです。

 多い目の茶葉を使い、低い温度で時間をかけて淹れてください。どうですか?飲んでみたくなりましたか?これは、美味しいお茶です。

 大沢では、そろそろ茶摘みが始まったでしょうか?

 【関連記事】雲の上に暮らす「天空の里」―水窪・大沢
 【関連記事】「天空の里」でいただいた「野蒜の梅酢漬け」
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】古民家の生活体験 ランプの家オープン 浜松・水窪

2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開

 気温がグングンと上がった5月8日(日)、岩嶽山(標高1369メートル)のアカヤシオを見に行ってきました。

 4月29日、入手山(1212メートル)側からのアタックに失敗しましたので、今日は6時40分に駐車場を出て、岩嶽山コースを選択。標高1501メートルの竜馬ヶ岳にも行きましたでの、約9時間の長征。

 帰路は、前回のリベンジ。入手山、キマタ山を回り、登山口に戻りました。

 バテバテですが、アカヤシオの写真をUPすることにします。特にトリミングもしていませんし、選んでもいません。満開のアカヤシオは、誰が撮っても、こんなにキレイです。

 竜馬ヶ岳は、数輪咲いている程度でした。

Akayashio6 Akayashio8
Akayashio9 Akayashio16
Akayashio18 Akayashio30

 【関連記事】往復7時間―岩嶽山の「アカヤシオ」レポート
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る①
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る②
 【関連記事】「アカヤシオ」を見るために岩嶽山に登る③
 【関連記事】岩嶽山からの季節の便り「イワカガミ」「ツクバネソウ」「フタリシズカ」「ネコノメソウ」
 【関連記事】入手山、岩嶽山でもニホンジカによる食害
 【関連記事】岩嶽山への山登りは十分気をつけて!
 【関連記事】2011年4月29日、岩嶽山アカヤシオ情報
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き①―別名ムラサキタンポポ「センボンヤリ」
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き②―滝や沢を巡る
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き③―アカヤシオの見頃は、今週末
 【関連記事】アカヤシオと天然林―「京丸・岩岳山自然環境保全地域」
 【関連記事】岩嶽山のヤシオツツジは国指定天然記念物
 【関連記事】2011年6月4日 還暦登山―岩嶽山のシロヤシオ
 【関連記事】秘境、京丸、岩嶽山に咲くヤシオツツジ
 【関連記事】岩嶽山で真っ赤な花を咲かせる「チチブドウダン」
 【関連記事】ヤシオツツジ古木の群落―岩嶽山

静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」

Shakunage8  「世界遺産の会」さんがコメントに書き込んでくれた通り、静岡県の天然記念物に指定されている「浦川のホソバシャクナゲ群落」は、県道9号沿いのものではありません。

 旧吉沢小学校跡の奥から林道を歩いていくと、静岡県教育委員会が昭和49年4月18日に天然記念物に指定したことを示す看板が立っています。

Syakunage4  「ホソバシャクナゲ」は、昔から遠州の名花として名高く「エンシュウシャクナゲ」の名があります。静岡県では天竜川以西の山に、愛知県では東三河の山地に、いずれも4百米~8百米の険しい岩山の尾根通りで、北向きか西向きの所に多く群生します。

 この木は5月初旬ごろ、濃い桃色の花を咲かせますが、花の姿の美しさは格別です。近年、乱掘や造林によって自然状態の自生地が激減し、絶滅の恐れもあり、静岡県天然記念物に指定し、その種の保存に努めています。「ホソバシャクナゲ」は狭い範囲に限られ、その自生地は学問上大切なものです。大事に守り、毎年美しい花を咲かせましょう。

Syakunage1  そこで、私もホソバシャクナゲが自生しているはずの尾根道を歩いてみました。しばらくは、ホソバシャクナゲらしい木は見当たらなかったのですが、やがて裏が茶色の細い葉が見えて来ました。

 しかし、残念ながら蕾らしきものはわずかだけ。この分では、今年の花はあまり期待できそうにありません。ただ、足元には、実生らしい芽がたくさん目に付きます。蕾は少なくても、成木にも木漏れ日が当たっています。

 果たして、県教委が看板に書いてある通りに「種の保存に努めて」いるのかどうかは「?」ですが、もう少し高木を伐採して日当たりを増せば、より健康な群落に戻せるような気がします。

 「大事に守り、毎年美しい花を咲かせましょう」の県教委のメッセージには、文句なしに賛成できますが、現在のままでは「毎年美しい花を咲かせる」のは難しい状態ですね。私が見た更に先に、より好い環境の場所があればよいのですが…。

 【関連記事】「ホソバシャクナゲ」は別名「エンシュウシャクナゲ」
 ●佐久間に自生している「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花の時期は…
 ●ドライブのついでに「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花を見るなら、佐久間町吉沢です…
 【関連記事】吉沢のホソバシャクナゲ―2011年の開花!
 【関連記事】「龍山のホソバシャクナゲ群落」はあと少し
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】龍山ふるさと村でホソバシャクナゲ満開
 【関連記事】2011年5月22日、満開を迎えた「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】季節の風景―瀬尻のホソバシャクナゲと段々茶園
 【関連記事】吉沢で咲くホソバシャクナゲとシロヤシオ

これが、北遠に自生する「タツナミソウ」

Tatsunamiso7  園芸店で購入したらしい「タツナミソウ」と「シロバナタツナミソウ」を紹介して以来、自生の「タツナミソウ」を見つけたくて、見つけたくて…。北遠の山を散策していれば、いつかきっと出会えるはず。その出会いは、意外と早くやって来ました。

Cha13  それは、「青谷不動の滝」を経て「小堀谷鍾乳洞」に向う道。群生というほどではありませんでしたが、日当たりのよい山の斜面のあっちに数株、こっちに数株。道路下の法面でも、あっちに数株、こっちに数株。

 「タツナミソウ」は「立浪草」。会いたいと強く願えば、会えるものですね~。お茶は「みる芽(やわらかい若い芽)」時季を過ぎ、すっかり伸びていました。

 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」
 【関連記事】葉の表面に暗紫色の斑「シソバタツナミ」
 【関連記事】秋葉山で出会ったタツナミソウの仲間

竹内錦一氏撮影『今時、秋葉詣』

Kinchan5  秋葉山秋葉神社上社を訪れた5月3日、社務所内では「平成の秋葉街道写真コンテスト」の入賞品展が開催されていました。

 浜松市天竜区と長野、愛知両県にまたがる古道「秋葉街道」の風景や生活文化を伝える「平成の秋葉街道写真コンテスト」(秋葉山本宮秋葉神社主催、静岡新聞社・静岡放送共催)の入賞作品がこのほど決定した。最優秀賞には梅田良幸さん(掛川市)の「秋葉神社下社」が選ばれた。今回で2回目。県内外から413点の応募があり、浜松市在住の写真家蜂須賀秀紀さんらが審査して入賞作品30点を決めた。(2011年2月24日付「静岡新聞」より)

Kaerimichi7 で、今さら何が言いたいかというと、私たちの仲間「極参会」のリーダー・「錦ちゃん」こと竹内錦一氏の作品『今時、秋葉詣』が入賞し、展示されていました。「ふ~ん」。

 写真は額のガラスが光ってしまい、よく見えなくなってしまいましたが、ヘリコプターから秋葉神社上社を見下ろしたものです。「ヘリに乗ったの?」「春野産業まつりの時…」「ふ~ん」。

 上位30点に入ったのですから、きっと大したもんなのでしょう。意味もなく手を合わせて拝んできました。「錦ちゃん。いい写真だったよ」。

2011年5月 7日 (土)

薫風を泳ぐこいのぼり―大千瀬川と二俣川

Oochise4  「こどもの日」は過ぎてしまいましたが、やはり大千瀬川のこいのぼりの群れを見ないことには…。

 というわけで、佐久間町の下川合に出かけました。

Futamata4 幸い夜来の雨が上がり、時折日射しがもれるまでに天気は回復。飯田線の列車は通りませんでしたので、少し寂しい写真になってしまいました。

 申し訳ありませんんので、二俣川のこいのぼりもおまけしちゃいます。

 今日は5月6日。季節の風物詩、こいのぼりが初夏の空を泳ぐのは、5月中旬まででしょうか?がんばろう!日本。

 【関連記事】春風にゆらりこいのぼり 水窪川、80匹お目見え
 ●佐久間町川合に、大千瀬川を横切って泳ぐ鯉のぼりを見に…
 【関連記事】川面に100匹こいのぼり 天竜区・大千瀬川
 【関連記事】「広報はままつ」5月5日号全市版の表紙は水窪のこいのぼり
 【関連記事】大千瀬川にこいのぼり 佐久間町川合地区
 【関連記事】寄ってみて!大千瀬川に泳ぐこいのぼり
 【関連記事】こいのぼりと電車コラボ 天竜区佐久間
 【関連記事】清流"泳ぐ"こいのぼり 佐久間・大千瀬川

「第一通り」は「第一證券」の立地から―琺瑯看板

Daiichisyoken1  旧天竜市只来(ただらい)で見かけたのは、これまでにも、いくつかのバリエーションを紹介して来た「第一證券」の縦長ホーロー看板です。

 「第一證券」と赤地に白抜きで書かれたロゴの右側には「証券貯蓄はご家庭の幸福」。左側には「天竜営業所 天竜市第一通り」と書かれています。

 この「第一」證券と「第一」通りとの関係については、「浜松支店 浜松市第一通り」のパターンも紹介したことがあります。この時には「出来過ぎ」と書き、偶然の一致だと考えていたのですが、気になって仕方がありませんでした。

 浜松市の「第一通り」とは、遠鉄の始発「新浜松駅」の次「第一通り駅」北の東西に抜ける通りを指します。「第一通り」はありますが、「第二通り」はありません。実は、「第一證券」と「第一通り」の名称の一致は、偶然ではなかったようです。

 と言うのは、「第一證券」の立地に因んで「第一通り」と呼ばれるようになったという話があります。「天竜営業所」の別バージョンの看板には「天竜市二俣会館通り」というのもあります。だとすると、「天竜営業所」の「天竜市第一通り」というのは、二匹目のドジョウを狙った命名であったのかも知れません。

 ●マニアの間では金融系に分類される「第一證券」のホーロー看板…
 【関連記事】高度経済成長の時代「第一證券」のホーロー看板
 【関連記事】ホーロー看板「第一證券」の「證」とは…?

自然クラブセンター―『水と緑と伝承の里 みさくぼ』より

Center609  龍山町西川の和田芳博氏からお借りした、少し古い絵葉書『水と緑と伝承の里 みさくぼ』(企画・製作 水窪町観光協会 水窪町商工会)―10枚セットの中で気になる1枚。それは「自然クラブセンター」です。

 標高800m、眼下に水窪ダムを望み、大自然の中で健全なレクリェーションの場を開設しました。自然散策、キャンプ場、プール、テニス、研修施設など自然に溶け合って、素晴らしい雰囲気をかもし出しています。

Pool8  大野分校跡から正面に見える奈良代山にあった「自然クラブセンター」は、昭和55年(1975)に完成し、平成11年(1999)に解体されました。

 昨年11月、奈良代山方向に車を走らせました。山頂付近で突然視界が広がり、広い敷地に現れた不思議な施設跡。現在はプールとバスケットコートなどを残すだけでしたが、初めて見た私はビックリして、何だコリャ?山頂にあるプールは、水窪の住人には知られていたと思いますが、これが「自然クラブセンター」跡だとは後日聞いた話。

 ちょっとした「ナニコレ珍百景」ですね。

 【関連記事】みさくぼ茶とまぼろしのやしおツツジ―『水と緑と伝承の里 みさくぼ』より
 【関連記事】「水と緑と伝承の里 みさくぼ」より「水窪まつり」と「西浦田楽」
 【関連記事】絵葉書『水と緑と伝承の里 みさくぼ』より水窪の観光

お勧めは北遠の滝と茶園巡り―龍山・不動の滝

Fudotaki7  初夏です。涼を求めて龍山の「不動の滝」を訪ねてみませんか?

 国道152号を北上、「瀬尻橋」が右手に見えたらすぐに鋭角に左折。山道を10分ほど走れば、「不動の滝」の看板と駐車場が見えて来ます。

Fudotaki1  ちょうど、滝をまたぐ形で道路が続いていますので、橋の上に立てば幾段にもなって流れ落ちる上段の滝を真下から見上げることができます。下を覗き込めば、一気に落ちる下段の滝も見ることができますが、ここは石段を歩いてあずまやまで下りてみましょう。

 ここから見る滝の流れが、32メートルと言われる最大落差。とても、デジカメの画面には入りきりません。耳をつんざく轟音と水煙。時には七色の虹が架かることもあります。

 何度訪れても、その迫力には圧倒されます。「青谷不動の滝」「倉沢不動の滝」「白瀧不動の滝」―北遠にある数多くの「不動の滝」の総大将はここ。

 出かけましょう!週末は、北遠の滝と茶園巡りがお勧めです。

 【関連記事】豪快な流れと響き渡る水音「龍山の不動の滝」
 【関連記事】「涼」を求め、龍山の「不動の滝」へ
 【関連記事】私流、正しい「不動の滝」の楽しみ方①→②→③
 【関連記事】白いオオシマザクラと龍山の「不動の滝」
 【関連記事】かつての「一二三の滝」は、現在の「不動の滝」か?

2011年5月 6日 (金)

火の恵みに感謝し茶業の発展を願う 秋葉神社「手もみ献茶祭」

Cha3  火の神をまつる秋葉山本宮秋葉神社上社(浜松市天竜区春野町、川村基夫宮司)で3日、製茶に欠かせない火の恵みに感謝して茶業の発展を願う、新茶シーズン恒例の「手もみ献茶祭」が行われた。

 地元の春野と森地域の茶業者らでつくる周智茶手揉(もみ)保存会(大場弘一会長)の会員18人が、早朝から火入れ式をして、製茶作業に取りかかった。八十八夜に摘み取った生葉14.5キロを使用。「ホイロ」と呼ばれる台の鉄板に敷いた和紙の上で、茶葉を丸めたりほぐしたりして丁寧にもみ上げた。

 大場会長は「心を込めておいしいお茶を献上したい」と話した。茶の香りに誘われて参拝者らは足を止め、伝統の技に見入っていた。

 仕上がった新茶は神前に供え、25日には皇族の高円宮家にも届けられる。(「中日新聞」より)

 先にお伝えした献茶式の新聞記事。写真は私が撮ったものですが、内容は「中日新聞」の記事で紹介します。

 【関連記事】新年に、手もみ家族で挑戦 森町で周智茶手揉保存会
 【関連記事】春野に継承される手揉製茶「倉開流」
 【関連記事】茶業発展願い「手もみ献茶祭」 天竜区の秋葉神社
 【関連記事】5月3日「手揉新茶奉納祭」―秋葉神社
 【関連記事】火の恵みに感謝し献茶 秋葉神社 周智茶手揉保存会員ら

そろそろ見納め―ツマキチョウの♂と♀

Tsumaki7  納得のいく「ツマキチョウ」の写真を撮ることができました。さあ、どうだ!

 龍山町の白倉で撮った「ツマキチョウ」♂の翅裏はこんな感じです。そして、瀬尻で撮った「ツマキチョウ」の♀も。

Tsumaki5 ♂の前翅表の先端には橙色の紋がありますが、♀にはありません。

 「ツマキチョウ」は年1化。今年発生した「ツマキチョウ」たちも、そろそろ見納めです。

 遠目には、ちょっぴり汚れたモンシロチョウですが、近づくとこんなにキレイ。花から花へと飛び回っている「ツマキチョウ」を追い駆けた成果です。ピントもピッタリでしょう?

Tsumakicho1 Tsumakicho2
Tsumakicho4 Tsumakicho7

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 【関連記事】翅表の端に鮮やかな黄色い紋「ツマキチョウ」
 【関連記事】1時間待った春の蝶「ツマキチョウ」
 【関連記事】クサイチゴとタネツケバナで吸蜜する「ツマキチョウ」
 【関連記事】接近に成功!「ツマキチョウ」

みさくぼ茶とまぼろしのやしおツツジ―『水と緑と伝承の里 みさくぼ』より

Misakubo606  『水と緑と伝承の里 みさくぼ』(企画・製作 水窪町観光協会 水窪町商工会)―龍山町西川の和田芳博氏から、少し古い絵葉書をお借りしてきました。

 10枚セットの絵葉書ですが、今すぐ紹介したい2枚があります。

Misakubocha607  その1枚は「みさくぼ茶」。ちょうど今の季節の水窪の風景です。

 水窪はよく霧が発生する。お茶は天然玉露となり、香りに深い味があり、全国的に有名。

 そして、もう1枚は「まぼろしのやしおツツジ」。

 南アルプス、スーパー林道天竜線、標高1,200mの山住連峰に群生しるやしおツツジ(別名、京丸ぼたん)。見ごろ、4月下旬。

 何年に製作された絵葉書かは分かりませんが、セットの中には昭和50年(1975)に完成した「自然クラブセンター」の写真もありますので、それほど昔ではないはず。

Akayashio608  今年の開花は遅れましたが、布滝が流れ落ちる切通し峡はヤシオツツジで知られています。

 モノクロ写真が使われている古い絵葉書も貴重な資料ですが、少しだけ古いカラー絵葉書も懐かしいものです。

 「え~、紹介は2枚だけ~?」。いやいや、たくさんお借りしましたので、少しずつ紹介していきますよ。お待ちください!

 【関連記事】自然クラブセンター―『水と緑と伝承の里 みさくぼ』より
 【関連記事】「水と緑と伝承の里 みさくぼ」より「水窪まつり」と「西浦田楽」
 【関連記事】絵葉書『水と緑と伝承の里 みさくぼ』より水窪の観光

今でも水が湧く秋葉山「機織井」跡

Hataorii1 秋葉山には「機織井」という井戸がありました。

 ただし、僧行基が大登山霊雲院を開山した時には井戸はなく、谷川の水を担ぎ上げていたのだそうです。その後、37日の間大護摩を焚き、守護神である三尺坊大権現に「水の湧き出るように」と祈りました。すると、山に雷鳴が轟き、一夜のうちに山頂の西北の窪地に清水が湧き出し、以後、水に困ることがなくなったのだとのこと。

 やがて、井戸の畔にどこからともなく山姥が現れ、毎年火まつりのために御衣を織り天狗に差し出したと言い伝えられています。だから、この井戸の名は「機織井」。磐田の佐口行正氏からお借りした遠州秋葉神社繪葉書(社務所發行)の中にも、「秋葉神社機織の井古跡」の写真がありました。

Akihajinja133_2 「機織井」の場所は、神社裏の道から見下ろすことができます。しかし、下りてみたのはこれが初めて。井戸の上に渡された井桁はすでに朽ちかけていましたが、井戸の背後の祠の様子は古い絵葉書のまま。

 この井戸にいた蝦蟇(がま)の背に、「秋葉」の文字が浮かんでいたところから、大登山霊雲院は「秋葉山秋葉寺」と呼ばれるようになったとのことです。

 5月3日、小学生たちと一緒に登った秋葉山―私たちが立っているのが、その「機織井」の跡。今でも、水が湧いています。

 【関連記事】春野の伝説「秋葉の山うば」
 【関連記事】秋葉神社裏に残る「機織井」
 【関連記事】古い絵葉書に写る秋葉山「機織井」と「男池」

2011年5月 5日 (木)

こいのぼりと電車コラボ 天竜区佐久間

Koinobori_2  浜松市天竜区佐久間町の川合地区を流れる大千瀬川にこのほど、色とりどりのこいのぼりがお目見えし、新緑の山あいで約100匹の“群れ”が風に吹かれて悠々と空を泳いでいる。

 地元の地域おこしグループ「川合可祝連」が取り組む恒例行事で、ことしで24回目を迎えた。90メートルのワイヤ2本を川に渡し、寄贈者の名前が入った大小さまざまのこいのぼりを飾り付けた。川沿いにJR飯田線が並走し、こいのぼりと同時にフレームに収まる撮影スポットとして、休日などには多くの鉄道愛好家らがカメラを構える。(「靜岡新聞」より)

 あちらこちらで見られるこいのぼりの群れですが、川合では人気の飯田線とのコラボレーション。橋の上でカメラを構える人たちを見かけます。今年は行けませんでしたけど…。

 【関連記事】春風にゆらりこいのぼり 水窪川、80匹お目見え
 ●佐久間町川合に、大千瀬川を横切って泳ぐ鯉のぼりを見に…
 【関連記事】川面に100匹こいのぼり 天竜区・大千瀬川
 【関連記事】「広報はままつ」5月5日号全市版の表紙は水窪のこいのぼり
 【関連記事】大千瀬川にこいのぼり 佐久間町川合地区
 【関連記事】寄ってみて!大千瀬川に泳ぐこいのぼり
 【関連記事】薫風を泳ぐこいのぼり―大千瀬川と二俣川
 【関連記事】清流"泳ぐ"こいのぼり 佐久間・大千瀬川

佐久間・吉沢でカモシカくんと遊ぶ

Yosizawa4  それは、吉沢のホソバシャクナゲを訪ねた時のことです。地元のおばさんは、「ようやく咲きましたね」「そう、今年は遅かったのよ」と会話も上の空の表情。「ねえ、あれは何?」。

 おばさんの視線の先には、犬のようなタヌキのような…。「あれ?カモシカですよ。子どもの」「カモシカなの?鹿じゃあなくて?」「カモシカですよ。天然記念物の…」。

Kamoshika9  カモシカがいたのは、田高杉で知られる田高さんの畑。タラノメを栽培している畑の真ん中で、可愛いカモシカくんがこちらを見ています。カメラを手にして近づいたのですが、まったく逃げようとしません。どんどん近づき、手で触れられるほどに近づいても、静かにこちらを見ているだけ。小さな角が生えています。

 そんな時に、地主の田高さんの登場。「ああ、こいつは、この前、山にいた子だな。ここまで歩いてきたのかなあ?」「そうでしょうね。車には乗れないでしょうから」「お腹が空いてるのかな?」。

Kamoshika7  カモシカくんは、時々こちらを見ながら、ヒメオドリコソウを食べています。「草を食べてくれるだけなら、いいんだけど…。おい、お父さんやお母さんが待ってるぞ。山へ帰れ!」「左の後ろ足を引きずってますね」。

 カモシカくんとの会話を楽しんだのは20分ほど。痛めた足を引きずりながら、川を渡り山道を歩いて行きました。途中でツバキの花を口にしていましたが、食べたのでしょうか?

 「今までもイノシシや鹿は見たけど、カモシカまで出るようになっちゃったんだな。怪我を治さないと、生きていけんかもな。あんた、車に乗せてってやって!」。食害は気になりますが、カモシカくんが可愛らしいのも確かです。うまく共存できると良いのですが…。

Kamoshika61 Kamoshika63
Kamoshika65 Kamoshika68

 【関連記事】「ニホンカモシカ」と遭遇
 【関連記事】目と目が合って数分間―「ニホンカモシカ」
 【関連記事】川底に沈んだ「ニホンカモシカ」の頭蓋骨
 【関連記事】久留女木の棚田にカモシカの頭蓋骨

北遠に自生する「クマガイソウ」

Kumagaiso6  天竜区には、「クマガイソウ」の自生地があるとは聞いていました。それがどこであるのかについて、様々なヒントはいただいていたのですが、これまでは出会う機会がありませんでした。

 今回、運好く具体的な情報をいただくことができ、とうとう写真を撮ることができました。見てください!「クマガイソウ」の群生です。

Kumagaiso0  日本の野生蘭の中では最大の「クマガイソウ」。今がまさに満開です。すべての花が同じ方向を向いてずらりと並ぶ様を見た時には、思わず「お~!」と声が出てしまいました。

 申し訳ありませんが、ここがどこであるのかについて公開するわけにはいきません。しかし、ここは私たちの大好きな北遠のある場所です。北遠に、環境省レッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類(UV)の「クマガイソウ」が自生しているのは、間違いありません。

 ●ラン科アツモリソウ属「クマガイソウ」が咲いていました…
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑩―武将熊谷直実に因む名「クマガイソウ」
 【関連記事】2012年クマガイソウが咲きました!
 【関連記事】怪しげな美しさ―雨上がりの「クマガイソウ」
 【関連記事】大切にしたい!北遠の「クマガイソウ」

楽しい小俣の山歩き④―オオセンチコガネと野生獣による食害

Komata2  北遠の山は杉とヒノキの人工林ばかりだと思っていると大間違い。岩嶽山の南の山、入手山に向う山道は、東斜面が人工林、西斜面は落葉の雑木林となっています。

 樹間に青い空が覗く豊かな自然。だったら、北遠の山の食害も問題ないんじゃない?

 ちょっと、待ってください!こんな豊かな林の道で、赤紫色に輝くオオセンチコガネを見つけました。疑わしいのは、このオオセンチコガネが動物の糞を食べているということです。

 ということは、この林には、野生獣がたくさん生息してるという証拠?

Oosenchikogane4  雑木林の反対側の人工林の下草はニホンジカに食べ尽くされ、アセビの緑だけが目立つ、今や北遠の代表的な危険な森林風景になっています。

 どうやら、岩嶽山周辺の山でも食害が問題化しているようです。その原因は、生物多様性のバランスを超えた野生獣の発生。岩嶽山のアカヤシオの花が減っている原因に、ニホンジカによる食害が関係していなければ良いのですが…。

 【関連記事】2011年4月29日、岩嶽山アカヤシオ情報
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き①―別名ムラサキタンポポ「センボンヤリ」
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き②―滝や沢を巡る
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き③―アカヤシオの満開は、今週末
 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開

スイカズラ科2種―「ヤブウツギ」と「マルバウツギ」

Yabuutugi2  ウツギはユキノシタ科なのですが、北遠の林縁を彩る濃紅色の「ヤブウツギ」はスイカズラ科タニウツギ属。

Otokoyouzome1  …と、これはすでに紹介済みですが、ユキノシタ科ウツギ属の「マルバウツギ」は初めて紹介します。先に紹介した「コバノガマズミ」にもよく似ています。

 丸葉とは言え、葉の先端は尖っています。

 【関連記事】スーパー林道を彩る真っ赤な「ヤブウツギ」

 【関連記事】梅雨も近づき、山道に「ウツギ」が花盛り
 【関連記事】林縁に咲く白い花―「コバノガマズミ」
 【関連記事】『ハリー・ポッター』に登場する「ニワトコ」の花
 【関連記事】少ない装飾花でアピール「コガクウツギ」
 【関連記事】白い大きな装飾花「ヤブデマリ」

2011年5月 4日 (水)

遥か上段では「瀬尻の段々茶園」の茶摘み始まる

Chaen7  「八十八夜」も過ぎ、遥か上段を眺めれば、「静岡県棚田等十撰」に指定されている「瀬尻の段々茶園」では茶摘みが行われているようでした。

 冬から春にかけての長い冷え込みの影響で、お茶の芽の伸びはかなり遅れていました。それでも、そろそろ、茶籠を積んだ軽トラックを見かけるようになりました。

 標高や日当たりにより差はあるようですが、今月中旬までが新茶の季節。北遠の茶農家は、1年で一番忙しい農繁期を迎えました。

 【関連記事】チェコ喫茶店主山のお茶満喫 天竜で日本茶研修
 【関連記事】摘んだお茶を索(さく)で降ろす「瀬尻の段々茶畑」
 【関連記事】「瀬尻の段々茶園」一番茶大詰め
 【関連記事】美しい石積みは日本の景観の原点―「瀬尻の段々茶園」
 【関連記事】初夏の到来を告げる 色鮮やかな新茶―「広報はままつ」天竜区版
 【関連記事】「瀬尻の段々茶畑」に「新・浜松の自然100選」の標識を建てる

「みどりの日」には、北遠の茶園

Yoshizawa0  北遠の茶園にも、5月の暖かな風が吹くようになりました。天然記念物に指定されているホソバシャクナゲを見に出かけ、吉沢の茶園が見下ろせる道の行き止まりの場所まで歩いて登りました。

Yoshizawa82  茶園の蝶、ウスバシロチョウが舞っています。でも、お茶の芽はまだ揃ってはいませんでしたので、茶摘みはもう少し先になりそう。

 昨日までの黄色い空は、少し青さを取り戻しています。木々の緑も濃さを増し、茶園の緑も明るさを増して来ました。今日、5月4日は「みどりの日」。明日は、北遠の茶園を眺めに出かけてください!

「龍山のホソバシャクナゲ群落」はあと少し

Hosoba7 吉沢のホソバシャクナゲを訊ねた足で、静岡県の天然記念物にも指定されている「龍山のホソバシャクナゲ群落」を確認してきました。

 新しく指定地への案内標識が立ちましたので、指定地までの道は分かりやすくなりました。現地の看板によれば、「開花期は5月中旬」とされていましたので、他と比べれば開花が遅いのだと思います。

Hyousiki9 結論から先に言うと、それでも写真の通りいくつかの蕾が開きかけていました。ただ心配なのは、全体的に蕾の数が少ないこと。これは、寒さとは別の要因かも知れません。

 「しゃくなげの幼木保護の為 立ち入らないで下さい。」の掲示がされた柵の内側には、実生で育っている幼木も見られ、日当たりにも問題はなさそう。昨夏の暑さのせいか、今冬の寒さのせいか―自生しているものは環境省レッドリストによると絶滅危惧Ⅱ類(VU)ですので、大切に見守っていかなくてはいけません。

 【関連記事】「ホソバシャクナゲ」は別名「エンシュウシャクナゲ」
 ●佐久間に自生している「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花の時期は…
 ●ドライブのついでに「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花を見るなら、佐久間町吉沢です…
 【関連記事】吉沢のホソバシャクナゲ―2011年の開花!
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】龍山ふるさと村でホソバシャクナゲ満開
 【関連記事】2011年5月22日、満開を迎えた「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】季節の風景―瀬尻のホソバシャクナゲと段々茶園
 【関連記事】吉沢で咲くホソバシャクナゲとシロヤシオ

吉沢のホソバシャクナゲ―2011年の開花!

Hosoba9  例年になく開花が遅れているホソバシャクナゲの様子が気になり、佐久間町吉沢に出かけました。すでに、何回かここを通っているのですが、毎回空振り。「こんなに遅いのは珍しいよね」と、地元のおばさん。

 今日こそ、あの独特のピンク色を見てみたいのですが、どうでしょうか?

Hosoba0  大地野隧道を抜け、夏冷沢の山道を下り、田高杉が見えてきたら到着です。あっ、少し色が付いてる!

 まだ開花が始まったばかりですが、蕾はかなりほころんでいましたので、満開の見頃となるのも時間の問題。もう、そろそろ見に出かけても良い季節になりましたよ。

 桜も山野草もすべての開花が遅れた2011年もようやく、吉沢のホソバシャクナゲの開花をお伝えできます。「遅かったけど、ようやく咲いたよね」。

 【関連記事】「ホソバシャクナゲ」は別名「エンシュウシャクナゲ」
 ●佐久間に自生している「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花の時期は…
 ●ドライブのついでに「ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)」の花を見るなら、佐久間町吉沢です…
 【関連記事】「龍山のホソバシャクナゲ群落」はあと少し
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】静岡県指定天然記念物「竜山のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】龍山ふるさと村でホソバシャクナゲ満開
 【関連記事】2011年5月22日、満開を迎えた「浦川のホソバシャクナゲ群落」
 【関連記事】季節の風景―瀬尻のホソバシャクナゲと段々茶園
 【関連記事】吉沢で咲くホソバシャクナゲとシロヤシオ

「天空の里」でいただいた「野蒜の梅酢漬け」

Nobiru6  写真に写る淡いピンク色のものは、「天空の里」水窪町大沢で昼食に出していただいた「野蒜の梅酢漬け」です。「野蒜(のびる)」を見たことがある人は多いはず。食べたことがあるという人も、結構いらっしゃるでしょう。

 そこで、『復刻昭和20年8月食生活指針―敗戦を生き抜いた知恵』(静岡県作成、今村純子他解題執筆) に書かれている「のびる」の項を紹介します。

 のびる

Oosawa9  山野、河川の堤防等に見る多年草で、全株にらに似て臭いがあり、地下に白色の円形広卵形の鱗茎がある。春、質の軟らかな淡緑色の葉茎を出す。
 「食用部」全草。
 「食用法」全草を取り、小型の物は生味噌をつけて生食するもよく、また茹でて酢味噌和えでもよい。

 こんな懐かしい味を出していただいた「天空の里」の住人、津ヶ谷さんに感謝します。ありがとう!美味しかったです。

 【関連記事】雲の上に暮らす「天空の里」―水窪・大沢
 【関連記事】自然のままに「水窪大沢の仙人茶 あんらくびとね」
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】古民家の生活体験 ランプの家オープン 浜松・水窪

「赤と黒」の毒蝶「ジャコウアゲハ」

Jakoageha6  長い尾状突起の黒い蝶―オナガアゲハとしたいところですが、これは「ジャコウアゲハ」の♂です。後翅の斑点も消えそうなくらいで、ほぼ真っ黒なのですが、腹部側面の赤い模様が、毒蝶「ジャコウアゲハ」独特の警戒色。

 発生したばかりのキレイな「ジャコウアゲハ」がいたということは、阿多古川筋には食草のウマノスズクサが生育しているはず。魅惑の「赤と黒」―妖艶なカラーコーディネートです。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 【関連記事】「ランタナ」の花で遊ぶ「ジャコウアゲハ」
 【関連記事】めっきり減った毒蝶「ジャコウアゲハ」
 【関連記事】「ジャコウアゲハ」と食草ウマノスズクサ
 【関連記事】ジャコウアゲハの食草「オオバウマノスズクサ」の奇妙な花
 【関連記事】天竜川で見たジャコウアゲハの乱舞とウマノスズクサ
 【関連記事】食虫植物にも似たウマノスズクサ
 【関連記事】ウマノスズクサで産卵するジャコウアゲハ

秋葉山で見かけた「稚児百合」の群生

Chigoyuri9  「チゴユリ」はユリ科チゴユリ属。「稚児百合」の名は、白く可愛らしい花が稚児行列を思わせるところから付けられたとのこと。

Chigoyuri6 …だとすれば、1本や2本ではダメ。群生してこそ「稚児百合」です。

 「チゴユリ」の群生を見つけたのは5月3日、楽しい秋葉の山歩きの途中。私たちの山歩きにも小学生が8人参加し、「稚児行列」のような秋葉詣となりました。

 【関連記事】下向きにひっそりと咲く「チゴユリ」と「ホウチャクソウ」
 【関連記事】うつむき加減に咲く「チゴユリ」

秋葉山の大杉を囲んで手をつなぐ子どもたち

Sugi3  5月3日の秋葉詣には、小学生ら8人が参加し、まるで遠足のような賑やかさ。ウワミズザクラが咲く駐車場を出発し、ダラダラと上社を目指しました。

 最初のうちはほぼ1列に並んでいたのですが、次第に列は乱れ、男子は先に、大人が真ん中、女子と最年少記録を持っている女の子が少し遅れ、所々で休憩を入れながら、黄砂で景色も霞む中を歩きました。

 「お~い、大きな木のところで、写真を撮るぞ~」。

Sugi6  今回やってみたかったのは、秋葉山の社叢に育つ大杉の前での写真撮影。「ここで撮る~?」「よ~し。ここで撮ろう」。

 「デカ!」「大杉だ!」「どれだけ、大きいんだ」。男の子3人は、手をつなぎ始めました。「もっと、そっちに行って」「だって、もう手が届かないじゃん」。女の子たちはそれを笑いながら眺めています。「3人じゃあムリ、ムリ」。

Uwamizu2  「ねえ。この木でもやってみようよ」「わ~、またが裂けちゃう」。

 私たち『極参会』の秋葉詣は、毎回こんな感じ。「秋葉山、楽しい~」「また、来たいね」「ねえ、また来るよね」。

 秋葉山の表参道には、先月には咲いていなかった白いシャガが咲き乱れ、白や薄紫のスミレもいっぱい。「よ~し。神社に着いたら、お弁当だ!」「シカセンベイも買ってね」。子どもたちにとっても、私たち大人にとっても、本当に楽しい秋葉の山歩きとなりました。

2011年5月 3日 (火)

エノキの葉に「ゴマダラチョウ」の終齢幼虫

Gomadaracho2  エノキの葉で蝶の幼虫を見つけました。さて、この幼虫は、何の幼虫でしょう?

 エノキを食草としている蝶の代表選手は、国蝶「オオムラサキ」。じゃあ、これって「オオムラサキ」になるの?

 いえ、違います。もう1つエノキを食草としている蝶があります。それは「ゴマダラチョウ」。これは、「ゴマダラチョウ」の終齢幼虫。背中に見える赤い筋はやがて消えて、次にはいよいよ蛹になります。

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 【関連記事】雑木林で生まれて育った「ゴマダラチョウ」
 【関連記事】白と黒のツートンカラー「ゴマダラチョウ」
 【関連記事】北遠で撮った「ゴマダラチョウ」
 【関連記事】「ゴマダラチョウ」終齢幼虫→蛹→羽化→放蝶

5月3日「手揉新茶奉納祭」―秋葉神社

Cha9  今回が9回目の秋葉の山歩き―小学生ら8人と大人9人の17人で秋葉山の表参道を登りました。私たちの山歩きは、相変わらずの道草ばかり。予定通り(?)2時間半もかけてようやく秋葉神社上社に到着しました。

 上社ではちょうど周智手揉茶保存会による「手揉新茶奉納祭」が行われ、県指定無形民俗文化財に指定されている春野と森に伝えられる「倉開流」の手揉みの実演が披露されていました。

 そうか。確か、昨日(5月2日)は八十八夜。今日は5月3日には、毎年「手揉新茶奉納祭」が催されています。

 製茶には、火が欠かせません。火の加減を操ることにより、美味しいお茶が出来上がります。秋葉神社の祭神、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)は、製茶に欠かせない火を司る神。今年のお茶は遅れ気味ですが、「春野で摘んだお茶だよ」と見事な手さばきを披露していました。

 秋葉神社が火の神だとは誰もが知っています。この神社が、鉄工所や陶磁器など火を使って仕事をする人たちからの厚い信仰を集めているのも知っていました。秋葉神社と春野のお茶―関係なさそうに思える2つは、火を通して繋がっていたのですね。

 【関連記事】新年に、手もみ家族で挑戦 森町で周智茶手揉保存会
 【関連記事】春野に継承される手揉製茶「倉開流」
 【関連記事】茶業発展願い「手もみ献茶祭」 天竜区の秋葉神社
 【関連記事】火の恵みに感謝し茶業の発展を願う 秋葉神社「手もみ献茶祭」
 【関連記事】火の恵みに感謝し献茶 秋葉神社 周智茶手揉保存会員ら

尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」

Tastunamiso2  「立浪草」と聞くと、元中日ドラゴンズの「背番号3」立浪和義を思い出す人は、私一人ではないはず。その「立浪」を名乗る植物が、シソ科の「タツナミソウ」です。

 花が片側を向いて咲く様子を、波(浪)に例えた名前。確かに映像で見たハワイのビッグウェーブの波頭を連想させる形です。

Tatsunamiso0  「タツナミソウ」の白花の変種「シロバナタツナミソウ」が、尾上さんちのお庭で咲いていました。

 2枚めの写真は、散歩の途中で偶然見かけた「タツナミソウ」。

 立浪に憧れて「背番号3」の小さなTシャツを着ていた我が家の息子も、今では社会人。浜松球場で買ったあの思い出のTシャツは、今でも大切にしまってあります。

 【関連記事】これが、北遠に自生する「タツナミソウ」
 【関連記事】葉の表面に暗紫色の斑「シソバタツナミ」
 【関連記事】秋葉山で出会ったタツナミソウの仲間

 【関連記事】「翁草」―春野で咲いていました。
 ●青空を背景に「ハクモクレン」。春野町長蔵寺の「ハクモクレン」が、まさに満開…
 【関連記事】尾上さんのガーデンは、山野草の宝庫
 ●春野町長蔵寺の小字名、「信濃畑」と書いて、「しなんばた」と読みます…
 ●ラン科アツモリソウ属「クマガイソウ」が咲いていました…
 【関連記事】「夏」の「春」野に咲く「秋」の七草
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!①オキナグサとセイヨウオキナグサ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!②イチリンソウとニリンソウ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!③ヒトリシズカ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!④雨の日が似合うヤブレガサ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑤水滴を置いた「アサギリソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑥美味しそう!ユキモチソウ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑦ニホンミツバチの分蜂
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑧ユリ科バイモ属「アミガサユリ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑨船の錨(碇)に似た「イカリソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑩―武将熊谷直実に因む名「クマガイソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑪―白い花2種「ヤエイチリンソウ」と「シラユキゲシ」
 【関連記事】尾上さんちの秋のお庭拝見!紅花のゲンノショウコ

「天龍峡探勝案内」で知る光明山「鏡山」「かくれ巖」の意味

Kagamiiwa4  再三、光明山遺跡を訪れてはいますが、何となく納得がいかないのが、「鏡岩」と「家康隠れ岩」の表示看板。果たして、これが「鏡岩」だという岩があるのでしょうか?それから、家康が隠れたという洞窟。看板の立つ岩の窪みがそれだとすれば、洞窟と呼ぶにはいかにも無理があります。

 その答えにもなりそうな記述が、磐田の佐口行正氏からお借りした遠州秋葉自動車株式會社発行「天龍峡探勝案内」の中に見つかりました。

 消失する前の光明山に関する紹介、「名所古蹟等」を抜粋してみると…

Kakureiwa8鏡山並に鏡の由來 鏡山は光明山一帶の總稱なり奥之院本殿の正面右側にある斷巖絶壁の所を鏡巖と云ふ半腹に小洞あり昔し靈光を現せしを以て此の名あり摩利支天の巖上に應現し玉ふ所なり奠天の石像を安す

かくれ巖 鏡巖の東南にあり斷崖の所巖窟をなす木食行者の修行する所なり天正年度赤豆坂の合戰に徳川家康公敵将に肉迫せられたる時隠れたるを以て此の名あり

 この記述によれば、樹木の間から岩が覗く光明山全体の光景を「鏡山」と呼び、「鏡岩」とは奥の院跡横にそそり立つ絶壁のことになります。

 また、「隠れ岩」は洞窟と言うほどのものではなく、岩壁の凹んだ所程度のようです。だとすれば、現在の案内板の指す参道下の岩の窪みが「隠れ岩」で正しいのでしょう。ここなら、参道を来る武田の追っ手からは見えませんからね。

 「天龍峡探勝案内」は、今で言う観光ガイドのようなもの。正確な記述であったのかどうかは確かではありませんが、少なくとも私を納得させるには充分な紹介となっていました。

 【関連記事】秋葉古道 両参りで開運 30日、来月7日地元特製弁当も
 【関連記事】光明山に立つ案内看板「圖繪山明光國江遠」
 【関連記事】「遠州光明山繪葉書」と草に覆われた「光明山遺跡」
 【関連記事】明治初期に作成「圖繪山明光國江遠」
 【関連記事】「遠江国光明山絵図」に見られる「下馬札」とは?
 【関連記事】「遠山奇談 第四章 光明山つりがねの由来」より
 【関連記事】光明山遺跡から天竜川、太平洋を望む
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「光明寺大黒天」より
 【関連記事】古い絵葉書「奥之院 摩利支天堂」を訪ねて
 【関連記事】光明山には雪が残っていました。
 【関連記事】美しい石積み―「光明山遺跡」
 【関連記事】「寺→城→寺→廃墟」―光明山遺跡の履歴
 【関連記事】弘化、文政、寛政―光明山遺跡に流れる江戸の時間
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「光明の鏡岩と四十八瀬川」より
 【関連記事】ふるさとものがたり天竜「隠れ岩と小豆坂」より
 【関連記事】山頂の大寺院を支えた「命の水」
 【関連記事】夏草茂る光明山遺跡と自然100選の標柱
 【関連記事】紅葉が始まる光明山「遺跡の森」を散策
 【関連記事】「広報はままつ」天竜区版 歴史探訪―「光明山遺跡」
 【関連記事】「光明山光明寺虚空蔵菩薩殿(遠州二俣驛北約二里)」

阿多古川筋で今年も出ました!サカハチチョウ

 今年の「サカハチチョウ」1号とは、阿多古川沿いで会うことができました。もちろん、春型。コアカソの葉を食べて成虫になった春型の吸蜜は、タンポポとハルジオン。

 濃茶色の地に赤みがかった複雑な帯。夏型と比べると、春型は「八の字」がよく分かりません。でも、オシャレでしょう?一体誰がデザインしたんでしょう?

Sakahachicho3 Sakahachicho7

 蝶の図鑑―INDEX…検索はこちらからお願いします。

 【関連記事】一瞬の出来事―「サカハチチョウ」との出会い
 【関連記事】夏型に衣替えした「サカハチチョウ」
 【関連記事】光明山の「サカハチチョウ」夏型

2011年5月 2日 (月)

楽しい小俣の山歩き③―アカヤシオの見頃は、今週末

Akayashio0  4月29日に「岩嶽山アカヤシオ情報」を書いたのですが、本当に岩嶽山に行ったのかどうか、怪しいレポートとなってしまいました。アカヤシオの写真があまりにも遠くから撮ったものだけで、もしかしたらミヤマツツジかも知れない、と疑われかねないものでした。

Rakka1 確かに遠くから撮ったには違いないのですが、アカヤシオがアカヤシオに見えるようにトリミングをしてみました。それと、山道に落ちていたアカヤシオの落花。これなら、岩嶽山に行ったと認めてもらえるはず。

 岩嶽山の山頂に立つことはできませんでしたが、近くまで行ったのは嘘ではありません。アカヤシオの満開は、今週末頃になるのではないでしょうか?

 往復で7時間はかかりますので、登り始めはできるだけ早くしてください!駐車場も混み合います。

 【関連記事】2011年4月29日、岩嶽山アカヤシオ情報
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き①―別名ムラサキタンポポ「センボンヤリ」
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き②―滝や沢を巡る
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き④―オオセンチコガネと野生獣による食害
 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開

雲の上に暮らす「天空の里」―水窪・大沢

Oosawa0  昨日(5月1日)の天気は雨。 そんな悪天候の中、水窪町の大沢集落に出かけました。

 大沢と聞いても、ピンと来ない人がほとんどでしょう。大沢とは、山桜でおなじみの大野分校手前の立体交差(?)を通り、さらに天空に近い山の斜面にある集落。説明が難しいので、写真をお目にかけます。

Oosawa3 …とまあ、こんなところです。

 つまり、大沢は雲の上。水墨画のような風景は大袈裟ではなく、リアルな「天空の村」と言ったところ。前を見れば、雨に煙る色のない景色でしたが、ふと振り返れば、集会所の横には、八重桜が満開を迎えていました。

 次に出かける時には、天気の好い日を選ぶことにしましょう!みなさんも一緒に出かけませんか?雲の上の集落へ。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
1日
(日)
16時 13.8 5.0 1 0 ---
15時 13.5 7.5 北東 1 0 ---
14時 13.7 3.0 東北東 1 0 ---
13時 13.5 5.5 東北東 1 0 ---
12時 13.8 0.0 北東 1 0 ---
11時 13.4 0.5 西北西 1 0 ---
10時 13.3 2.0 東南東 1 0 ---
9時 12.7 6.5 静穏 0 0 ---

 【関連記事】「天空の里」でいただいた「野蒜の梅酢漬け」
 【関連記事】自然のままに「水窪大沢の仙人茶 あんらくびとね」
 【関連記事】静岡新聞「市制記念特集 浜松ぐるっと100周年 天竜区」⑤新住民
 【関連記事】古民家の生活体験 ランプの家オープン 浜松・水窪

下向きにひっそりと咲く「チゴユリ」と「ホウチャクソウ」

Chigoyuri8  「ホウチャクソウ」は、すでに今年も紹介しました。その「ホウチャクソウ」はユリ科チゴユリ属。棚田で知られた大栗安に向う山道で、その「ホウチャクソウ」と「チゴユリ」とが並んで咲いていました。

 ともに清楚な白い花。下向きにひっそりと咲くところが好きです。

Hocyakuso7  栽培されているものは見たことがありましたが、自生しているチゴユリを見るのはこれが初めて。あるいは、今まで気づかなかっただけなのかも知れません。

 「ホウチャクソウ」は「宝鐸草」の意味ですが、「チゴユリ」は「稚児百合」。ぴったりの名前です。

 滅多に車の通らない道に腹這いになり、下から覗き込むようにして撮ったのですが、なかなかピントが合わず、かろうじてお見せできるのはこの1枚です。

 【関連記事】秋葉山での出会い―珍しいキンランとホウチャクソウ
 【関連記事】楽しい秋葉の山歩き⑧―ホウチャクソウ(宝鐸草)
 【関連記事】秋葉山で見かけた「稚児百合」の群生
 【関連記事】うつむき加減に咲く「チゴユリ」

クロハネシロヒゲナガ、クロハネシロヒゲナガ、クロハネシロヒゲナガ

Kurohaneshirohigenaga  突然現れた白く長い触覚、赤紫に光る黒い翅―何だろう?何でしょう?先ずは、カシャ♪と写真に撮ってみました。小さな蛾のようです。

 自宅に戻ってネットで調べますが、検索ワードは「長い触角・蛾」。出てきたのは「ヒゲナガガ科」の「クロハネシロヒゲナガ」「クロハネシロヒゲナガガ」でした。

 ちょっと覚えにくいのですが、「黒翅白髭長」「黒翅白髭長蛾」と、そのまんまの名前です。出会ったのは「クロハネシロヒゲナガ」の♂。こちらの方が触覚が長いとのことで、フワリフワリと優雅に飛んでいました。

 「クロハネシロヒゲナガ」って、早口で3回言ってみてください。「クロハネシロヒゲナガ、クロハネシロヒゲナガ、クロハネシロヒゲナガ」。右の触覚が折れて短くなっていましたが、山東で出会いました。

尾上さんちのお庭拝見!⑫―えびね、海老根、蝦根

 えびね、海老根、蝦根―ラン科の「エビネ」には愛好家が多く、そのため自生の「エビネ」は乱獲されてその数を減らしています。北遠には自生している「エビネ」もあるとは聞いているのですが、写真はいずれも春野町長蔵寺の尾上さんちのお庭で撮ったもの。

 洋ランに比べると地味ですが、そんな中にもいかにも日本人好みの楚々とした愛らしさが感じられます。

 庭の片隅に「エビネ」が1株植えてあるという家は多いのでは。色も形もバリエーションが豊富で、とても1つずつ紹介できませんので、まとめてドン!です。

Ebine1 Ebine2
Ebine3 Ebine0 
Ebine5 Ebine6

 【関連記事】「翁草」―春野で咲いていました。
 ●青空を背景に「ハクモクレン」。春野町長蔵寺の「ハクモクレン」が、まさに満開…
 【関連記事】尾上さんのガーデンは、山野草の宝庫
 ●春野町長蔵寺の小字名、「信濃畑」と書いて、「しなんばた」と読みます…
 ●ラン科アツモリソウ属「クマガイソウ」が咲いていました…
 【関連記事】「夏」の「春」野に咲く「秋」の七草
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!①オキナグサとセイヨウオキナグサ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!②イチリンソウとニリンソウ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!③ヒトリシズカ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!④雨の日が似合うヤブレガサ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑤水滴を置いた「アサギリソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑥美味しそう!ユキモチソウ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑦ニホンミツバチの分蜂
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑧ユリ科バイモ属「アミガサユリ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑨船の錨(碇)に似た「イカリソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑩―武将熊谷直実に因む名「クマガイソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑪―白い花2種「ヤエイチリンソウ」と「シラユキゲシ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」
 【関連記事】尾上さんちの秋のお庭拝見!紅花のゲンノショウコ

2011年5月 1日 (日)

雨に煙る羽ヶ庄のサラサモクレン

Mokuren6  夏目さん!あの羽ヶ庄のサラサモクレンです。水窪に出かけた帰り道、羽ヶ庄を回って写真を撮ってきました。

 雨降りだし、花の時季も過ぎてしまい、こんな写真になっちゃいました。誠に申し訳ありません。

 何となく宿題を忘れたような気持ちがしていましたので…。

 【関連記事】羽ヶ庄のモクレン開花まで、あと少し
 ●佐久間町羽ヶ庄(はがしょう)の桜色のモクレンが、ほぼ満開を…
 【関連記事】「桜色のモクレン」の本名は「サラサモクレン」
 【関連記事】今週末が見ごろ―羽ヶ庄のサラサモクレン
 【関連記事】「木蓮はシンボルツリー」が気になって…
 【関連記事】2人のきずな深める 細沢さん方のモクレン
 【関連記事】満開のマンサクと花芽を膨らませるサラサモクレン―羽ヶ庄
 【関連記事】開花が遅れる羽ヶ庄のサラサモクレン
 【関連記事】青空を背景に花開く桜色のモクレン
 【関連記事】羽ヶ庄のサラサモクレンとアカヤシオ

ガードレールの下で咲くニリンソウ―熊地区新切(あらぎり)

Kendo9gou1  今日は不思議な日。大栗安の棚田を見に出かけた帰り道で一眼レフのカメラを提げた年配のウォーカー2人と次々に遭遇。「何を撮っているんですか?」「草や木の花。北遠は山野草の宝庫だよね。中央アルプスや霧が峰に出かければ、珍しい山野草が見られるんだけど、近くの北遠だってこうして歩けば、いろいろ見ることができるよ。今日は、枯山を越して渋川まで歩くつもり」。

 そして、すばらくして出会ったもう1人は「植物を接近して撮るのが好きだね。もう、魅せられちゃって…。ほら、こんな感じ」と言って見せてくれたのは、小さな小さなミミナグサの花。「あそこにニリンソウが咲いていましたよ」「知ってるよ」「道路の脇にもあったよ」「ええ、県道9号?」。

Nirinso9  1枚めの写真は、熊地区大栗安(おおぐりやす)新切(あらきり)県道9号のガードレールの下で咲いていたニリンソウです。2枚めは、本村の道路脇で撮ったもの。

 2人とも健脚で、私が神沢に寄って帰ろうとしていたところ、県道9号を手を振りながら歩いて来るのが見えました。「気をつけて行ってね!」。

 北遠のニリンソウは、そろそろ終わりに近づきました。

 【関連記事】「節分草」から「アズマイチゲ」「ニリンソウ」に花のリレー
 【関連記事】柏古瀬の「ニリンソウ」と「キクザキイチゲ」
 【関連記事】春の儚いもの―陽射しを浴びる「ニリンソウ」
 【関連記事】春だけの出会い―佐久間の「ニリンソウ」と「カタクリ」
 【関連記事】佐久間の山道で出会ったニリンソウとキクザキイチゲ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!②イチリンソウとニリンソウ
 【関連記事】春野の田んぼ横で咲く「ニリンソウ」
 【関連記事】阿多古川筋で「ニリンソウ」の蕾膨らむ
 【関連記事】北遠の春本番!イチリンソウ属の「キクザキイチゲ」「ニリンソウ」
 【関連記事】尾上さんちのオープンガーデン―丹頂草、翁草、二輪草、一輪草

古い絵葉書―水窪川で遊ぶ子どもたち

Kitte595  水窪川と言えば、天竜川の支流。白倉川、草木川、翁川などを集めて国道152号に沿って流れ、佐久間町山香地区の大井橋下で天竜川に合流しています。

 水窪の中心部を抜けて流れる川をかつては山から伐り出された材木が流れ、大人たちは川漁を行い、伝説の女性は盥に乗って川を下りましたが、夏が来れば子どもたちは川遊びを楽しみました。

 龍山町西川の和田芳博氏が収集した古い絵葉書の中から、水窪川の川遊びの写真が使われたもの2枚を紹介します。

 2枚めの絵葉書は使用済み。乃木希典の「貮銭」切手が貼られ、「靜岡龍山 17.8.28」の消印が押されています。昭和17年(1942)とは、日本軍とアメリカ軍とがソロモン諸島のガダルカナル島を巡る「ソロモン海戦」を交えた年。

 そんな戦局の中でも、水窪の子どもたちが郷土の川で遊んでいるあどけない写真は、東日本大震災の被災地復興に向かい頑張らなくてはいけない私たちに、忘れてはいけない大切な何かを教えてくれているような気がします。

Misakubogawa593_2 Misakubogawa594
(行發屋田池)流清川窪水州遠

町窪水郡智周縣岡靜
(行發店商屋田池)ビ遊川ノ川窪水

 【関連記事】「北遠水窪町名勝繪葉書」に残る懐かしい水窪
 【関連記事】「御大典記念繪葉書」に見る過渡期の「龍山の林業」
 【関連記事】「北遠水窪町名勝繪葉書」に残る懐かしい水窪―第2弾
 【関連記事】「最新撮影見学資料寫眞 秋葉ダム建設絵はがき」
 【関連記事】古い絵葉書―龍山の川と船のある風景
 【関連記事】秋葉ダム完成の年に出された絵葉書と切手
 【関連記事】古い絵葉書に残る竣工当時の「龍山大橋」
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」①―秋葉ダムの全容
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」②―龍山のダム完成
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」③―第一発電所
 【関連記事】カラー印刷の絵葉書「秋葉ダム」最終回―秋葉ダム案内
 【関連記事】「静岡・龍山」局「大禮紀念」のスタンプが押された絵葉書
 【関連記事】大正3年11月に投函された「軍事郵便」
 【関連記事】古い絵葉書に見る「布滝隧道」の今昔
 【関連記事】古い絵葉書に見る山住神社「二ノ鳥居」今昔
 【関連記事】インクライン遺構と古い絵葉書「遠州峯之澤鑛山 供給所内部」
 【関連記事】「北遠水窪町縣社山住神社繪葉書」―「縣社」とは?
 【関連記事】古い絵葉書―西川は秋葉道の宿場

楽しい瀬尻の山歩き⑦―一番長い名前のスミレ「シロバナナガバノスミレサイシン」

Siribananagabanosumiresaisin5  楽しい瀬尻の山歩きの途中で見つけました。とにかく、花も葉も大きくて白いスミレ―長いのですが「シロバナナガバノスミレサイシン」という名前のようです。つまり「白花長葉菫細辛」。白花で側弁は無毛、距は太くて短く、葉は細長い三角形とのことですので、写真はうまく撮れていませんが、一番長い名前のスミレ「シロバナナガバノスミレサイシン」ということにしておいてください。

 スミレタチツボスミレコスミレツボスミレフモトスミレエイザンスミレヒゴスミレオオバキスミレコタチツボスミレノジスミレマルバスミレアカフタチツボスミレフイリゲンジズミレシロスミレニョイスミレ…。スミレの仲間は数々ありますが、やっぱり、「シロバナナガバノスミレサイシン」の名前が一番長いようです。

 【関連記事】楽しい瀬尻の山歩き①―ピンク色のイワカガミ
 【関連記事】楽しい瀬尻の山歩き②―黄色い花の「ミヤマキケマン」
 【関連記事】楽しい瀬尻の山歩き③―斑入り「フモトスミレ」
 【関連記事】楽しい瀬尻の山歩き④―スギ展示林とミツマタ
 【関連記事】楽しい瀬尻の山歩き⑤―真っ赤なキノコ
 【関連記事】楽しい瀬尻の山歩き⑥―ニホンジカの足跡

楽しい小俣の山歩き②―滝や沢を巡る

Iwatabak0  小俣の林道を岩嶽山の登山口に向って歩きました。進むにつれて、私の耳に水音が響いて来ます。春野は滝が少ないと思っている人がいるとしたら、それはこの道を歩いていないから。涼を求めるなら、この道がお勧め。林道脇から流れ落ちて来る水が、林道の下を通って反対側に落ちて行く風景が、次から次へと現れます。

 どの滝にも沢にも、名前らしいものは付いていないようですが、手の届く岩壁にイワタバコが新しい葉を出し始め、手を伸ばせば冷水が手の平を濡らします。

 季節は春から初夏へと移りました。北遠の滝や沢を巡るには、いい季節となりました。私たちにとって、一番近い自然の残る環境。出かけましょう!北遠へ。

Sawa1 Sawa2
Sawa3 Sawa4

 【関連記事】2011年4月29日、岩嶽山アカヤシオ情報
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き①―別名ムラサキタンポポ「センボンヤリ」
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き③―アカヤシオの見頃は、今週末
 【関連記事】楽しい小俣の山歩き④―オオセンチコガネと野生獣による食害
 【関連記事】2011年5月8日 岩嶽山のアカヤシオ満開

北遠は藤の花が咲き、春から初夏へ

Fuji3  場所によっては遅咲きの桜の花がまだ残ってはいるのですが、もう北遠は藤の季節。晩春から初夏へと衣替えです。

Fuji0  どこに藤が咲いているのかと言うよりも、どこにでも藤は咲いています。自生の藤には、公園の藤棚で見るような豪華さはありませんが、そばにある木に絡みついて生長する、藤本来の姿を眺める楽しさがあります。

 道路の脇にも、川岸にも、どこにでも咲いている藤の花を愛でに、北遠に出かけましょう!

 ノダフジかヤマフジかの違いは、教えて!M原さん!

尾上さんちのお庭拝見!⑪―白い花2種「ヤエイチリンソウ」と「シラユキゲシ」

Yaeichirinso4  八重咲きの「イチリンソウ」なるものがあるとは聞いていましたが、見たのはもちろん初めて。「イチリンソウ」は「ニリンソウ」と比べると賑やかさに点では負けているのですが、ここまで来ると、まるで園芸種のような美しさです。

Shirayukigeshi8  前回、尾上さんちの庭に寄った4月11日には咲いていませんでしたので、一重のイチリンソウよりも遅咲きのようです。

 もう1枚は中国東部原産のケシ科「シラユキゲシ」。4弁ですが、夏椿に似た白い花を咲かせていました。

 【関連記事】白い爽やかな花―白雪芥子(シラユキゲシ)と一輪草(イチリンソウ)

 【関連記事】「翁草」―春野で咲いていました。
 ●青空を背景に「ハクモクレン」。春野町長蔵寺の「ハクモクレン」が、まさに満開…
 【関連記事】尾上さんのガーデンは、山野草の宝庫
 ●春野町長蔵寺の小字名、「信濃畑」と書いて、「しなんばた」と読みます…
 ●ラン科アツモリソウ属「クマガイソウ」が咲いていました…
 【関連記事】「夏」の「春」野に咲く「秋」の七草
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!①オキナグサとセイヨウオキナグサ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!②イチリンソウとニリンソウ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!③ヒトリシズカ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!④雨の日が似合うヤブレガサ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑤水滴を置いた「アサギリソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑥美味しそう!ユキモチソウ
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑦ニホンミツバチの分蜂
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑧ユリ科バイモ属「アミガサユリ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑨船の錨(碇)に似た「イカリソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑩―武将熊谷直実に因む名「クマガイソウ」
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑫―えびね、海老根、蝦根
 【関連記事】尾上さんちのお庭拝見!⑬―「立浪」を名乗る「シロバナタツナミソウ」
 【関連記事】尾上さんちの秋のお庭拝見!紅花のゲンノショウコ

●サイト内検索

2012年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31