11月7日は「山の講」―剣を供える?
山住神社の祭神は大山祗命(おおやまつみのみこと)であるが、この名は固有名詞ではなく、一般に山の神というほどの意味で、その性格もきわめて多方面でまた普遍的である。日本古代の農耕人は春になるとこの山の神が山を下って里に出て、農作物をみそなわし、秋、収穫が終ると再び山に帰ると信じていた。正月行なわれる予祝行事、たとえば田楽祭りや、苗代の水口祭りや、田植えが終った時のさなぶりなどは、田の神として神迎えの祭りであり、晩秋行なわれる霜月祭りは、この神が山に帰るに際しての、神送りの祭りである。一方これに対して山に生活の場を持つ人、たとえば猟人や木こりなどは、山の神の春来秋去を信じないで、常に山にいるものと考えている。この考え方の相違から、この二つの神は別々の神のように見られているが、本質は同一の神で、一方が春来て秋去るのに、他方が山に常住するために、区別し始めたものだと言われている。
(中略)
山の講は年二回、春二月七日、秋十月七日に行なわれ、神酒や供物をそなえ、その直会(なおらえ)に、同業者にも供饗し、山の神には赤い紙の御幣を、青竹に挟んで奉納する。
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本来は、旧暦で行なわれていた行事が新暦に直されたためでしょうか、秋の「山の講」は11月7日。写真は、旧「東京営林局水窪営林署」、現在の「天竜森林管理署治山事務所」に奉納されていた御幣です。
2枚目の写真は、奥領家の峠(とうげ)集落で見かけた金比羅大権現と秋葉山大権現、3枚目の写真は、草木(くさぎ)の金山彦之命と金羅比神社の神号碑。ともに、鉄の剣が供えてありました。これは、一体何でしょう?
水窪では他でも見かける風習ですが、山の神に剣を供える風習が残る地域がありますので、もしかしたら共通性があるのかも知れません。
この点につきましては調査不足です。あくまでも推測ということでお許しください。
御幣や剣の話はともかく、春野町堀之内の和菓子屋『月花園』(053-985-0014)では、この日限定で「山の講」には欠かせない「おはぎ」が売り出されています。
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