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2010年1月31日 (日)

ジュビロが必勝祈願―「秋葉神社」

0001da33l  昨シーズン10位以下に低迷したジュビロ磐田の選手が30日、浜松市の秋葉神社を訪れ、今シーズンの必勝を祈願しました。

 秋葉神社での必勝祈願は今年で13年目を迎えます。25人の選手とスタッフが参加し、まず、柳下正明監督が玉ぐしを奉げ、今シーズンの必勝を祈願しました。

Jubilo  参拝の後、選手はそれぞれの願い事を書いた絵馬をボードに結び、新しいシーズンの幕開けを前に気持ちを引き締めていました。

 来月9日から鹿児島でのキャンプに入り、シーズン5位以内目標に厳しいトレーニングが始まります。(「SBS動画ニュース」より)

 今日(1月31日)の昼、Jubiloの絵馬と対面してきました。1枚目の写真は、SBSさんのサイトにUPされていたもの。2枚目は、今日、私が撮影したものです。当たり前ですが、同じです。

私の仕事:雑穀レストラン店主 農家の嫁で良かった

 浜松市中心部から北へ約60キロ。車がすれ違うのがやっとの細い山道を抜けた先の同市天竜区水窪町に、雑穀レストラン「つぶ食いしもと」はある。店主の石本静子さん(70)の自宅を一部改装した店舗は、天井に重厚なはりが渡され、築100年以上の歴史を感じさせる。10畳間3部屋に座卓が所狭しと並ぶ客室では、一辺が1メートル以上あるいろりでまきがパチパチと音を立てている。

 「都会の人がもつ『田舎』のイメージと合致するみたいで、山菜採りや紅葉のシーズンは1日40人くらい来るんですよ」とほほ笑む。

 つぶ食はアワ、ヒエ、キビなどの雑穀を粒のまま使った料理のこと。ミネラルなど栄養分が豊富で、健康志向の人々の間で「スローフード」として注目されている。いしもとでは、雑穀をハンバーグや春巻きの具としてアレンジし、食べやすいように工夫している。

 農家に生まれて農家に嫁いだ。「きつい、苦しい」農家にお嫁に行くことには抵抗があったけれど、現状を受け入れて田舎暮らしを満喫しようと、75年に近所の嫁仲間10人と「生活改善グループ」を結成。水窪の良さを知ってもらおうと、野菜など特産品の調理法を教える料理教室を開いた。雑穀レストランを始めたのは、伊豆や富士から参加した教え子に「作るのも楽しいけれど、食べるだけも堪能してみたい」と頼まれたのがきっかけだった。

 開店当時65歳だった石本さんは、自分の中で「背伸びはしない」とルールを決めた。メニューの中心となる雑穀や旬の野菜は、自宅裏にある畑で取れたもの。スタッフはふるさとに戻ってきた三女の明世さん(40)と、同い年で仲良しの熊谷布枝さんの2人。夫重信さん(73)もおぜん立てや山菜採りを手伝ってくれるという。

 「先祖が作ってきた雑穀文化を知ってほしいとあがいていたら、いつの間にか時代の最先端になってしまった。今では農家の嫁で良かったと思います」と笑った。

==============

 ◇つぶ食いしもと

 雑穀をアレンジした料理や山菜のてんぷらなど10品前後がついたコースは2000円。イノシシ肉や渓流で釣れた魚を使った郷土料理もつくコースは3000円。営業時間は正午から午後2時で、完全予約制をとっている。予約は同店(053・987・0411)。(「毎日新聞」より)

 水窪の「つぶ食いしもと」さんが記事になっていました。昨年寄ったのは3月3日。また行きたくなる不思議な魅力のある店です。水窪って「車がすれ違うのがやっとの細い山道を抜けた先」って言うほど山奥じゃあないですよ。

 【関連記事】『つぶ食 いしもと』でも味噌の仕込み
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上から、下から…「渡らずの鉄橋」

Dai62  飯田線の人気撮影ポイント「渡らずの鉄橋」の写真と言えば、「城西大橋」から望んだものが多いのですが…。

 もっと接近することはできないのでしょうか?上から…?下から…?近づこうと思えば近づけます。

 先ずは上から。枕木の小口に書かれた数字も読めますし、手が届きそうなくらいに接近することはできるのですが、あのS字カーブが写せません。ただ、脱線防止のため線路が2重になっているのがはっきりと分かります。これは、この鉄橋がカーブしている証拠。

Dai61  次は下から。残念ながら、こちらもわずかにカーブしているように写るだけです。ただ、「2000年3月」に塗装を施行時の表示が読めます。「橋りょう名 水窪川第6橋りょう 位置 城西~向市場駅間 71K202M 支間 22M30…」。水窪川を跨ぐのではなく、流れの方向に沿って延びる不思議な鉄橋を、間近に感じることができます。

 …と言うことで、長さ401メートル―飯田線最長「渡らずの鉄橋」のS字カーブをきれいに写すには、なるほど「城西大橋」上がベスト・ポイントだと分かりました。

 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●以前から、ぜひ入手したいと思っていた「風景印」が、これ…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
 【関連記事】「渡らずの鉄橋」を望む「城西大橋」
 【関連記事】今だ、シャッターチャンス!―「渡らずの鉄橋」
 【関連記事】完成当時の「渡らずの鉄橋」
 ●『広報はままつ』(4月5日号全市版)の表紙写真は「渡らずの鉄橋」…

全国高校選抜ボート大会 浜松市天竜区で組み合わせ抽選会

Boattaikai  第21回全国高校選抜ボート大会(日本ボート協会、全国高体連、浜松市、中日新聞社主催)の実行委員会と組み合わせ抽選会が29日、同市天竜区の市天竜保健福祉センターであった。大会は3月20日から3日間、天竜区の天竜ボート場で行われる。

 実行委員会には内藤元巳・県ボート協会長(実行委会長)ら関係者が出席。あいさつで内藤会長は「厳しい経済情勢にもかかわらず、各企業などの協賛がいただけ、ありがたい」と感謝を述べて大会成功に意欲を示し、地元・天竜区の石塚猛裕区長は「前回大会を上回る、選手たちの躍動感あふれる活躍を」と熱戦に期待を寄せた。続いて、大会の実施要項や運営分担の準備状況などを、入念に確認した。

 今大会は3月20~22日に天竜ボート場で競技を開催。男女のかじ付きクオドルプル、ダブルスカル、シングルスカルの計6種目で、全種目とも距離2000メートル。

 全国9ブロックから選ばれた95校144クルーが出場の予定。県内からは、男子ではかじ付きクオドルプルの浜松西と天竜林業、ダブルスカルの沼津東と沼津工業、シングルスカルの浜松北と沼津工業が出場。女子ではかじ付きクオドルプルの沼津東と二俣、ダブルスカルの沼津東が参加する。

 実行委員会終了後は組み合わせ抽選を行い、委員らが次々とくじを引いて、参加校の出場レーンなどを決めた。(「中日新聞」より)

 第1回大会開催当時のことを思い出しています。主催新聞社の広告企画に携わっていましたので、旧天竜市を走り回った記憶があります。あれから、20年の歳月が流れたことになりますね。

2010年1月30日 (土)

「水窪森林鉄道」の廃レール?向市場の半鐘台

Hansyodai  春野、水窪の山を繋いでいた森林鉄道―その廃レールが半鐘台に組まれて甦っている姿は、何度か紹介させていただきました。そして、また新たに水窪町向市場(むかいちば)で見つけました。

 レール2本を組み上げた梯子に支えのレール1本の三脚鉄塔に鋳物の半鐘を吊るし、赤錆びた「消防信号」の表示板が立て掛けられています。これは、「水窪森林鉄道」の遺産でしょうか?

 この半鐘台が、水窪で見つけた廃レール再利用タイプの4基目。もしかしたら、もっとあるっかも知れません。探してみよ~っと!

 【関連記事】「水窪森林鉄道」の名残の鉄橋
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 ●昭和42年(1967)に廃止された「水窪森林鉄道」の廃レールは、ここ水窪でも半鐘台となって再利用…
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 ●県道389号水窪森線「小石間隧道」は、トンネルの途中に退避所が…
 【関連記事】機関車が渡った「仙郷橋」
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 ●「気田森林鉄道」は廃止されたのは、昭和34年(1959)…
 ●この日の目的は、春野に残された森林鉄道のレールで造られた半鐘台探し…
 ●昭和34年(1959)まで、春野の山里を走っていた「森林鉄道」…
 ●春野町領家和田之谷の半鐘台は2脚…
 【関連記事】「金川稲荷大神」の半鐘台もレールの再利用
 ●すでに、11基を紹介した「森林鉄道」のレールを再利用した春野の「半鐘台」…
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 ●森林鉄道の写真は、春野町気田の「大原屋商店」の鈴木さんからお借りした…
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2010年1月29日 (金)

お召列車の予備機だった「ED62形14号機」

Ed6214  「佐久間レールパーク」の金網越しの写真。その2は、直流電気機関車「ED62形14号機」です。

 全車がED61形からの改造でしたが、昭和44年(1979)5月26日・27日の2日間、愛知県下で行われた植樹祭での昭和天皇・皇后両陛下ご出席のため、初めてED6215号機がお召列車の本務機として登用された際、予備機とされたのが、この「ED6214」。その後、飯田線に導入され、貨物列車として活躍しました。

 そんな履歴を持った「ED6214」が、「佐久間レールパーク」の金網越しに見られます。さて、いつまで見られるのでしょうか?行ってみてください!寄ってみてください!覗いてみてください!「ED112」の後のツートンカラーです。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
 ●初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の列車など…
 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
 ●飯田線の「渡らずの鉄橋」は、「城西」~「向市場」間に架けられた…
 【関連記事】「初代新幹線0系引退」―レールパークで会えるよ!
 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道車両博物館で…
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2010年1月28日 (木)

全国初? 道路に『超急カーブ』の標示登場

Chokyu  浜松市天竜区山東(やまひがし)の国道362号に、「超急カーブ」と書かれた路面標示が登場し、効果を上げている。天竜署によると、同所では車が曲がり切れずにガードレールに衝突する事故が絶えず、視覚に訴えようと採用された。「急カーブ」の上をいく「超急カーブ」の表示は県内初。「全国でも聞いたことがない」と同署。“新名所”として定着するかも!?

 実際に車でカーブ地点を走ってみると、波打つように見える直線道路から急カーブに入るため、スピードが出やすい上に見通しが悪い。同署では昨年11月、道路を管理する天竜区役所や周辺の住民と協議し、「超急カーブ」と標示することを決めたという。

 同署交通課は「『その標示はいかがなものか』との声もあった。これまでは自損事故で済んでいるが、いつ重大事故につながるか分からないため踏み切った」と説明する。「超」表示に書き換えた昨年12月28日以降に事故はなく、いまのところ効果は上々のようだ。(「産経新聞」より)

 アリャリャリャリャ?これは気がつきませんでした。次回通る時には、気をつけて見てきましょう。でも、注意散漫にならないように注意して…。

 【関連記事】これが「超」急カーブの路面表示

「捨てないで!」「捨てるな!ちゅうの」のポイ捨て禁止看板

Kanban5  むかし、一人の目の不自由な人が歩いていたところ、ある農家の前で道ばたにむしろを敷いて干してあった大麦を誤って踏んでしまいました…

 佐久間の昔話「盲目地蔵」の出だしの一節。その「盲目地蔵」をモチーフとしたのが、佐久間の看板。片目を開けたお地蔵さまが「捨てないで!」と呼びかけています。

 むかし、野田に「大沼」と呼ばれる大きな沼があり、大蛇が住んでいたということです…

Kanban3  こちらは、「大沼の大蛇」。そして、写真は、その「大沼の大蛇」をモチーフにした看板です。赤と黄色の空き缶を目に、「捨てるな!ちゅうの」と怒っている大蛇の絵。まるで、「だっちゅーの」のパイレーツみたいなフレーズです。

 この2枚の看板は、国道152号―佐久間から水窪に抜ける道に立ち、空き缶のポイ捨てに睨みを利かせていましたが、さて、効果のほどはいかがでしょうか?

 看板なんかあってもなくても、絶対に捨てちゃあダメ!

 【関連記事】佐久間の民話「盲目地蔵」
 【関連記事】初版・さくま昔ばなし「盲目地蔵」より

2010年1月27日 (水)

竜頭山平和登山道の入口に立つ「不動明王」

Hirawaguchi  休日に佐久間町大輪、国道152号を水窪に向かいトンネルを過ぎると間もなく、たくさんの車が停まっているの目にしたことがありませんか?そこには、竜頭山(りゅうとうざん)平和(ひらわ)登山口があります。

 竜頭山は標高1352メートル。頂上まで6,220メートルの健脚向きの山登りがここから始まります。

 かつて、竜頭山の山頂には「秋葉三尺坊大権現」の奥の院があったと言われ、登山口には石仏が2基。向かって左の1基には不動明王の姿と「奥の院是右(?)五十丁」の文字が刻まれています。そして、右の1基には「右あきは(者=変体仮名) 左おくのいん 道」と読める文字が。

 それぞれ、元々ここにあったものか、別の地から移したものかは分かりません。ただ、ともに不動明王が刻んであるところを見ると、修験者や信者たちを奥の院に誘う道標であったには違いありません。真言密教が全盛の時代、熱心な信者たちは、秋葉山だけでなく常光山、光明山、そして竜頭山などを霊山として修験回峰しました。

 いつかは、登ってみたいと思っていますが、とにかく今回はパス。2基の不動明王の石像の前で手を合わせ、水窪に向かいました。

佐久間は「-4.8℃」―「節分草」はまだ先?

Shimo  今朝は風はないのですが、冷え込んでいます。下の表は佐久間のアメダス。ちなみに私がいる磐田は午前6時「-0.2℃」、浜松「 2.2℃」。佐久間とは、こんなに違うんです。

 1月24日(日)、佐久間町上市場の「節分草」の自生地に春の便りを求めて立ち寄ってみました。もう、昼を過ぎているというのに、茶の葉には真っ白な霜が…。北遠で「節分草」の花が見られるのは、もう少し先かな?

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
27日
(水)
6時 -4.8 0.0 静穏 0 0 ---
5時 -4.5 0.0 静穏 0 0 ---
4時 -4.2 0.0 静穏 0 0 ---
3時 -3.8 0.0 静穏 0 0 ---
2時 -3.4 0.0 静穏 0 0 ---
1時 -3.1 0.0 静穏 0 0 ---
0時 -2.5 0.0 静穏 0 0 ---

 【関連記事】佐久間の「節分草」開花しました!

2010年1月26日 (火)

「乾燥注意報」発令中―2枚のホーロー看板

西部 遠州北 1月26日 6時02分発表
乾燥
履歴
遠州南 1月26日 6時02分発表
強風 波浪 乾燥
履歴

Yamakajityuui  静岡県西部には、現在「乾燥注意報」が発令中。「実効湿度50パーセント 最小湿度25パーセント」が予想され、空気の乾燥によって、火災の危険が大きいとされています。

 北遠の道で2枚のホーロー看板を見つけましたので紹介します。1枚は「山火事注意 佐久間町」―「自然はみんなのもの 自然を守りましょう」と書かれている合併以前の旧町時代のもの。

Hinoyojin  もう1枚は、水窪で見つけたのですが「心用の火」と右から左へと書かれ、手書き文字の雰囲気があり、何だか古いもののようです。「材製□龍天」とあり、「□」の中には「天」の文字が。「天龍製材」という名の会社か組合が作ったもののようです。

 まっ、とにかく…。火の扱いには十分注意をしましょう!

 【関連記事】山を火事から守る「纏リス」
 ●「山火事予防のシンボルマーク」の「纏(まとい)リス」…
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トンネルで約1.1キロ短縮した「相月バイパス」

Aiduki  JR飯田線「相月(あいづき)駅」は、第一と第二の2つの「相月トンネル」の間。そして、国道152号を進めばもう3つ目の「相月トンネル」が…。

 「相月トンネル」は全長479メートル。2000年4月に掘削が開始され、2003年9月に開通。それまでのR152は水窪川に沿って大きく迂回していましたが、このトンネルにより「相月バイパス」が完成し、相月~城西間を約1.1キロ短縮することができました。

 1月24日(日)午前9時30分―大輪橋を過ぎた地点で「2℃」だった電光板が、「相月トンネル」西口では「-3℃」を表示。「凍結注意」の文字も点滅し、佐久間の中でもこの辺りは、相当冷え込む地域のようです。

 今朝の佐久間町中部(なかべ)のアメダス。相月は何℃かな?

時間 気温
(℃)

降水量
(mm)

風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
26日
(火)
5時 -1.0 0.0 静穏 0 0 ---
4時 -0.1 0.0 静穏 0 0 ---

船明ダム湖畔に「海の駅」が誕生 「水族館」も開設 天竜区・相津マリーナ

Uminoeki  浜松市天竜区の相津マリーナがこのほど、NPO法人海の駅ネットワークの「海の駅」に認定され、24日、同所で認定証授与式が行われた。同マリーナは今後、「はままつ・ふなぎら湖海の駅」として、地域の観光振興の核を目指す。

 同マリーナは天竜川の船明ダム湖畔にあり、カヌーやボート、屋形舟などが楽しめる。同ネットワークによると、全国122カ所目の「海の駅」で、海から舟で直接行けない施設が認定されるのは全国で初めてという。

 授与式には、関係者約50人が出席した。指定管理者の「天龍遊船」の鈴木克己社長が認定証を受け取り、「周囲の施設と連携しながら『海の駅』として飛躍していきたい」と誓った。

 式典後、タレントの「さかなクン」の記念講演やニジマス釣り教室などが行われ、同マリーナ周辺は大勢の親子連れでにぎわった。駅内には、天竜川にすむ魚を紹介する「天竜ミニ水族館」がオープンした。(「静岡新聞」より)

 道の駅「花桃の里」の奥。未成線「佐久間線」の遺構の橋脚のあるところです。北遠ドライブの行き帰りに、ぜひお立ち寄りください!

2010年1月25日 (月)

雄踏で庶民歌舞伎の交流公演 名場面におひねり乱舞

Kabuki  地域に伝わる庶民歌舞伎の交流と普及を図ろうと、「伝統文化地域交流公演2010」(雄踏歌舞伎保存会・万人講、浜松市主催、中日新聞東海本社後援)が24日、浜松市西区雄踏町の雄踏文化センターで開かれた。

 江戸時代末期から雄踏町に伝わる地元の万人講をはじめ、浦川歌舞伎保存会(天竜区佐久間町)、寺野ひよんどり伝承保存会(北区引佐町)の3団体と篠(しの)笛演奏で知られる篠音会の小池裕二郎さん(中区伝馬町)が出演した。

 この日は雄踏歌舞伎保存会の「寿式三番叟(さんばそう)」で幕開け。浦川歌舞伎保存会は「神霊矢口渡 頓兵衛住家の場」、寺野ひよんどり伝承保存会は国指定重要無形文化財の「寺野ひよんどり」、小池さんの篠笛演奏に続き、雄踏歌舞伎保存会・万人講は「一谷嫩(ふたば)軍記 熊谷陣屋の段」を上演した。

 各演目では、名場面になると満員の観客から拍手が送られ、おひねりも数多く飛び出し、歌舞伎ファンを堪能させた。(「中日新聞」より)

 雄踏でのイベントですが、浦川歌舞伎も参加していましたので紹介させていただきました。

佐久間でそばまつり 各地の味くらべや手打ち名人の実演も

Soba_2  「そばの郷づくり」を進める浜松市天竜区佐久間町で24日、「佐久間新そばまつり」(市主催、中日新聞東海本社など後援)が開かれ、天候にも恵まれて大勢のそばファンらでにぎわった。

 今年で12回目を迎えた恒例の地域おこしイベント。会場の佐久間地域自治センター駐車場では「そばの味くらべ広場」が開かれ、地元の「野田やまびこ会」や「NPO法人がんばらまいか佐久間」をはじめ「磐梯そば道場」(福島県)、「南信州飯田そばの会」(長野県)など全国から6団体が出店して自慢の手打ちそばや食材を販売した。

 それぞれの店の前にはそばを買い求める来場者が列をつくり、職人の技に感心して見入って打ち立ての新そばを味わった。

 また、隣接の佐久間歴史と民話の郷会館ではそば打ち体験、そば打ち名人による実演もあって人気を集めた。(「中日新聞」より)

 私も行ってきました。とにかく、スゴイ人気でびっくり。今年、行けなかった人は、来年こそぜひお出かけください!

最高の人手―第12回「さくま新そばまつり」

Sobamatsuri5  すごい人でした。「さくま新そばまつり」に集った人・ひと・ヒト…。私が会場に着いた時には、すでに各テント前には長い行列ができていました。佐久間観光協会の邑瀬氏の顔を見つけ「すごい人ですね」と声をかけたところ、「今年で12回目ですが、最高の人手ですね」との返事。納得できます。

 中でもお目当ての「磐梯そば道場」のテントは、一番長~い行列。それでも、ここまで来たのですから、地元の佐久間の「「野田やまびこ会」「NPO法人がんばらまいか佐久間」には申し訳ありませんでしたが、行列の後に並び順番を待つことにしました。「どのくらい待てばいいんだろう?」。

 「前の方にいる人が、もう1時間並んでいるって…」と、すぐ前のご婦人。「待たずに食べられる店もあるみたい」とは、後の若い女性。「1時間か…」「いや、1時間じゃあダメみたい」と、時計を見ると10時30分。「1時間半待てば、ちょうどお昼じゃん」。

Sobauchi1  …で、1時間10分経過。思っていたよりも早く(?)、私の番がやって来ました。「山菜そばは売り切れ。温かいかけそばか?冷たいもりそば?じゃあ、もりそば!」。500円は、あっと言う間にお腹に収まり、さて、次は…。

 写真に写っている人たちは、みんな同じ。鮎の塩焼き、五平餅、味噌田楽…。次から次へと「うまいもん」を食べ歩き、帰り道は大混雑。国道152号がこんなに混んでいるのを見るなんて初めて!いつも、こうだといいよね~。

 …というわけで、今年も「さくま新そばまつり」は大好評でした。

 ●「第11回さくま新そばまつり」に出かけてきました…
 ●蕎麦(そば)の里、佐久間をPRするイベント「佐久間新そばまつり」…
 ●そばで地域おこしを目指す浜松市天竜区佐久間町で…
 【関連記事】いよいよ明日(1月24日)「佐久間新そばまつり」開催

2010年1月24日 (日)

廃校となり43年―旧「相月分校」

Aiduki0  佐久間に「相月分校」があったのは知っていました。「相月諏訪神社」にはよく出かけていたのですが、その奥の小相月方面に上ってみたのは初めて。あれっ?この「区民館」の看板が掛かっている建物は、もしかしたら…。

 建物の前には、運動場だったと思われる広場があり、校門だったと思われる門柱も。一応、写真を撮っておいて、坂を下りたところで確認してみました。

 「あの上にある公民館の建物って、昔の学校ですか?」「そうそう、小学校」「やっぱり…」。

 旧「相月分校」は明治6年(1873)、すぐ上に建つ東林寺に「相月尋常小学校」として創立。同44年(1911)「城西村立城西尋常小学校相月分教室」となり、昭和22年(1947)「城西小学校相月分校」と改称し、同42年(1967)に廃校。

 廃校となって、今年は43年目。今、相月の子どもたちは、「浜松市立城西小学校」へと通っています。

 ●写真の2階建ての校舎は、知る人ぞ知る「周智郡立勝坂小学校」跡…
 ●廃校シリーズ②。ここは春野町花島(はなじま)、旧「花島小学校」の跡…
 【関連記事】旧山香小の校章は「サクラに山小」
 ●「豊岡小学校、豊岡小学校?」――春野町豊岡にあった「春野町立豊岡小学校」って…
 【関連記事】廃校に立つ「二宮金次郎像」に学ぶこと
 【関連記事】「大天狗面」が立つのは旧「宮川小学校」跡
 ●旧「犬居小学校領家分校」は、領家の高台…
 ●佐久間地区羽ヶ庄(はがしょう)にあった旧「佐久間小学校羽ヶ庄分校」の…
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2010年1月23日 (土)

「エコハウス」工程視察 浜松市推進協が製材所など

Ecohouse  環境に配慮した住宅建設と温室効果ガスの削減を推進する「浜松市エコハウス推進協議会」は20日、浜松版エコハウス整備事業の第1回工程見学会を同市天竜区で行い、会員らが事業で使用される木材を提供する製材所などを視察した。

 協議会員を務める設計士や学識者のほか、環境省の職員ら26人が参加した。同区水窪町の天竜T・Sドライシステム協同組合では、製材品の保管状況をチェック。含水率や乾燥期間、伐採場所などをバーコードで一元管理をする同組合の取り組みについて理解を深めた。葉枯らし乾燥を行う伐採現場やプレカット工場なども見学した。

 設計を担当した藤田昌弘さん(54)は「天竜杉であることが一目で分かる。自然乾燥のため余分なエネルギーを使わないためまさしくエコ」と話した。

 地球温暖化を防ぐために、二酸化炭素の排出量を半減させる家造りの在り方を構築することを目的にした事業。天竜杉など地元木材を利用し、浜松の気候風土に合った環境に優しい住宅の普及を目指す。(「静岡新聞」より)

 これほどの良材を地元で提供できる環境なんて、そうザラにはありません。地元の気候風土で育った良材での住宅建設は、理想的なエコと言えますね。

「龍頭山戒光院」の火災現場に立つ

Fudo  昨年末12月13日の早朝、山路(さんろ)の高台に火の手が挙がりました。「龍頭山戒光院」の火災です。全焼してしまった「戒光院」の跡地に立ってみました。

 火災の現場は焼損した時のまま。とても皆さんにお目にかけれるような状態ではありません。以前、紹介した「玄武の瓦」はそのまま置かれていました。建物を火災から守る役目だったはずなのに…。さらに、「龍の手水口」も。炎に立ち向かい、水を噴き出さなかったのでしょうか?

 さらに、本堂横には、火焔の中に身を置く「不動明王像」も、少し煤けてはいましたが、以前のまま。「不動明王」が火焔の中に住まわれるのは 「火生三昧」といって、衆生の煩悩を大智慧の火で焼き尽くして、悟りに導くためだったはずです。

 右手に持った剣は、以前のままでしたが、その憤怒の表情は、少し憂いを含んで見えました。

いよいよ明日(1月24日)「佐久間新そばまつり」開催

Sobamatsurichirashi  さあ、いよいよ明日(2010年1月24日)、「佐久間新そばまつり」が開催されます。今年も唐橋名人の「会津きり屋」をはじめ、地元の佐久間の「野田やまびこ会」「NPO法人がんばらまいか佐久間」のほか、「とこなめ蕎麦打ち道場」「南信州飯田そばの会」「遠州浜松そば道場」「浜松魅惑Soda楽飲」「会津磐梯そば道場」が出店。もちろん、唐橋名人による、そば打ち実演もあります。

プログラム
  9:00 開会式・そばの味くらべ広場開始・物産展開始
10:00 そば打ち体験開始(4回に分けます)
11:00 唐橋名人によるそば打ち実演
15:00 終了

 会場は「佐久間地域自治センター」、午前9時の開催です。問い合わせは、佐久間新そばまつり実行委員会=053(965)1100=へ。「遠鉄西鹿島駅」からの無料シャトルバスもあります。

 ●「第11回さくま新そばまつり」に出かけてきました…
 ●蕎麦(そば)の里、佐久間をPRするイベント「佐久間新そばまつり」…
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2010年1月22日 (金)

明治43年からの国語の教科書「ハタ・タコ読本」

M431  明治43年(1910)から使用された「尋常小学読本」―つまり、小学校の国語の教科書の最初のページは「ハタ」、そして次の見開きは「タコ、コマ、ハト、マメ」。絵入りで分かりやすく、新出のカタカナは上欄に出ています。

M432  この教科書は、よく知られた「ハナ、ハト、マメ、マス」よりも前に使われたもの。通称は「ハタ・タコ読本」と呼ばれ、「ハタ」「タコ」「コマ」はシリトリになり、日本の正月を代表するアイテム。教室では、石板(せきばん)に石墨(せきぼく)を使って書き、何度も書いたり消したりしながらカタカナから順に覚えました。

 国語だけでなく、算術も図画も石板+石墨。ノート+鉛筆が普及する以前は、みんな石板+石墨で勉強をしたものでした。

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2010年1月21日 (木)

「水窪だけ?」―紙垂を付けた松の枝を供える

Matsu1  昨年の正月明けに訪れた佐久間では、「小正月」に門松の根方や門口に立てかけておく割り木「にゅうぎ」が、野仏に供えられているのを見ることができました。そして今年の正月明けは水窪です。同じく路傍の野仏に供えられた松の枝が…。

 常緑の松は、「神を待つ(マツ)」の意味も含んで正月に備えられる木の代表。「門松」は、「年神様」が来臨する時の目印として正月の門先に立てる風習があります。

 しかし、こんな風に、野仏に供えられているのは初めて見ました。松の枝そのままだったり、紙垂(しで)を付けたりして、立て掛けたり寝かしたりして供えられていました。

 榊(さかき)でもなく、樒(しきみ)でもなく、松の枝と言うところが、いかにも正月らしい光景。これは、北遠、あるいは水窪特有の風習でしょうか?別に珍しいとも思わずに写真を撮って来ましたが、初めて見るような気がして紹介することにしました。これって、水窪だけ?

 知っている方がいらっしゃれば、ぜひ、教えてください!お願いします!

2010年1月20日 (水)

古い絵葉書に現れた「遠刕勝坂不動尊」

Stamp  磐田のコレクター・佐口行正氏から電話をいただきました。「去年焼けちゃった戒光院の絵葉書が手に入ったよ」。すぐに飛んで行き、スキャナーで取り込んだのが下の写真です。

 実際には、「戒光院」が写っている絵葉書と言うよりも、「戒光院」への参拝記念に購入した絵葉書のようです。そのため、すべての葉書に法輪の形の赤い記念スタンプが押してあり、その日付から「二・二六事件」が起きた年、「昭和11年(1936)10月5日」に参拝したことが分かります。

 スタンプの中央には「尊動不坂勝刕遠」の文字が…。もちろん、文字は右から左へと書かれた時代ですので、「遠刕勝坂不動尊」と読みますが、見たことがないのは「刕」の字。「刀+刀+刀」で、これは「州」の古字体。「遠刕」と書いて「遠州」と読みました。

 あまりはっきりとした写真が使われてはいませんでしたので、よく分かりませんが、「元山」とは「戒光院」が気田に移築される前、竜頭山に建っていた場所のようです。修験道の行場として「胎内潜」などもあったのでしょう。

 かつて、多くの参拝客を集めたとされる「戒光院」―この絵葉書が、遠方から訪れた人により、参拝の記念品として買われたところからも、その人気が高かったことが伺われます。そして、寺が灰燼と化してからも、こうしてこの通り、私の目の前に残っています。

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2010年1月19日 (火)

建て替えられた「三信鐵道建設工事殉職碑」

Jyunsyoku  「三信鉄道」工事は、南信州の飯田と三河川合を結ぶ約67キロメートルの山峡を縫っての難工事でした。この工事で命を落とした人々の名前を刻んだ「三信鐵道建設工事殉職碑」については、以前紹介させていただきましたが、光線の具合であまり良い写真ではありませんでした。

Jyunsyokuhi414 そこで、再び現地を訪ね、写真を撮り直しましたので掲載します。これなら、文字がはっきりと読めるでしょう?

 この殉職碑は、天竜川橋梁が架け替えられた時に移転したらしい、との話を聞いたことがありました。建立当時の写真を『三信鉄道記念寫眞帖』(非賣品:三信鉄道出張所發行)の中に見つけました。石碑の基礎石部分と背景が、確かに違っています。

Album  ところで、この『寫眞帖』の表紙には、「三信鉄道」の社章と「2603」の数字が書かれています。この数字は、「皇紀2603年=昭和18年=西暦1943年」の意味。「三信鉄道」が「中部天竜駅」まで開通したのは同9年(1934)、殉職碑が建てられたのは同13年(1938)8月で、現在の天竜川橋梁が竣工したのは同30年(1955)のこと。

 橋梁17、隧道171が造られ、暴風雨による崩壊やトンネル、築堤工事での事故で、50数人が命を落とし、殉職碑には朝鮮名を含めた54人の名前が刻まれています。

 ●「三信鉄道建設工事殉職碑」は、佐久間小学校の奥…

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 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
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2010年1月18日 (月)

小豆粥 体力をつけて補養

Azukigayu  年の出発点である1月は五穀豊穣(ほうじょう)・健康長寿など、縁起ものの行事食が多い月です。

 元日のお節料理や雑煮に始まって、1月7日は人日(じんじつ)の節句で、無病息災を願って七種の薬草を入れた七草粥(がゆ)、そして1月11日の鏡開きは、「切る」という言葉をきらって開くといい、床の間に飾った鏡餅(もち)は刃物を使わないで割って汁粉や雑煮にします。1月15日は小正月(二番正月)で、神仏に供えた小豆(あずき)粥にはマメ(健康)で働き暮らせることへの願いが込められています。小正月は大正月(元旦から7日)に対する呼び方で、女正月とも言い、大正月に忙しかった女性をいたわり解放する日とされます。

 1月20日の初えびす講は、幸運が開けるようにと「ん」のつくもの(コンブ、コンニャク、ニンジン、レンコン、カンピョウなど)を料理し、おひら(平たい器)に盛り付けお供えします。いずれの行事食も五臓六腑(ろっぷ)を調和させ、疲れた胃腸に優しく、寒の病やかぜなどに負けない体力をつけ補養する予防の膳(ぜん)です。(国際薬膳師 矢田喜代子)

[材料]

米、小豆、餅、塩

[作り方]

(1)米は洗って1時間ほど水に浸す

(2)小豆は水から火にかけ、煮たったらゆでこぼし、 再び硬めにゆでる

(3)(1)と(2)に小豆のゆで汁、水、塩を加え、粥に炊く

(4)(3)に餅を加え、柔らかくなるまで炊く

 2010年1月18日付「中日新聞」伝統食・郷土料理の『小豆粥』を引用させていただきました。「七草粥」も「小豆粥」も、子どもの頃に食べたことがあります。レシピは簡単ですが、体に優しい献立ですね。

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好天の農作業―「コキビ」「切り干し大根」

Kokibi  「西浦(にしうれ)田楽」で有名な水窪町の西浦で、農家の婦人が何かを日に干す作業をしていました。筵(むしろ)に広げた小さな粒々を箕(み)に移し、ゴミを取り除く作業。「これは、何ですか?」。

 「これは、コキビ。餅米とまぜてお餅にしたり、おはぎにしたり…」と言いながら、手を休めません。

Kiriboshi  「コキビ」は、「五穀豊穣」と言うときの「五穀」の1つ。イネ科の「黍」は、弥生時代に中国から伝えられたと言われています。粟(あわ)や稗(ひえ)などとともに、焼畑農業が中心だった山間地域で栽培がされて来ました。

 そして、もう1枚の写真は、龍山で写しました。こちらは「切り干し大根」。作り方が簡単で日持ちがしますので、我が家でも毎年作ります。冬に好天が続き、乾燥した気候の当地方にぴったりの保存食です。

ゆっくりとした時間が流れる「イサミ寫真館」

Isami  このブログを読んでいる人ならご存知でしょう?佐久間町の「イサミ写真館」―これまで紹介して来た佐久間町の古い絵葉書は、そのほとんどが「イサミ寫真館」の発行でした。

 以前は「久根銅山正門」前にあったとのことですが、現在は飯田線「中部天竜駅」の正面に店を移しています。

 ふと思い立ち、喫茶店を併設した「イサミ写真館」を訪れてみました。三代目店主の片桐さんは、あの絵葉書や記念誌の写真を撮った「イサミさん」のお孫さん。おじいさんの話を、いろいろと聞かせていただきました。

 店には、当時カメラマンが「写真師」と呼ばれていた時代の、露出時間のかかる古い暗箱カメラやガラス乾板が今も残されています。

Isami410  「この写真は見たことがある?」と差し出される写真の数々。そのほとんどが「見たことがあります」。「どうして、知ってるの?」と聞かれましたが、「だって絵葉書になってますよね」。

 「イサミ寫真館」が残した写真は、ただの記憶ではなく、北遠の山里に流れた時間の貴重な「記録」だったのです。「久根鉱山」「三信鉄道」「佐久間ダム」―その「記録」を現在に伝える仕事をしたのが「イサミ寫真館」。その写真の1枚1枚に、仕事を超えて、後世の人に伝えたいとのはっきりとした意思が感じられます。

 「散失させないようにしないとね」「そうですね。あの時代は二度と帰っては来ませんからね」。壁の時計がゆっくりとした時間の流れを刻んでいます。

 あなたも、「イサミ写真館」でコーヒーを飲みながら、「イサミ寫真館」だった時代に思いを馳せてみませんか?

2010年1月17日 (日)

小正月「削り花」で祝う 山あいの伝統風習 水窪

Kezuribana  旧暦の小正月を迎え、浜松市天竜区水窪町の民家では、家の中にはわせたツタに木の枝で花をかたどった「削り花」を飾り付ける、恒例の小正月飾りが行われている。

 削り花は小刀で枝を薄くそぎ、花弁に見立てた一輪の花。小正月から初午(はつうま)の2月21日までの約1カ月、玄関や神棚を彩って小正月を祝うとともに、無病息災や家内安全を願う。

 西浦地区の小塩勉さん(78)方では、天井にはわせた約5メートルのツタの所々に約25個の削り花と約50個の紅白団子を飾り付け。小塩さんによると、特定の形式はなく、各家庭に伝わる個性が代々受け継がれていくという。

 数十年前までは町内の至る所で行っていた水窪町の伝統的な風習も、現在は西浦や草木地区など山あいの集落の数軒で見られるだけとなった。小塩さんは妻のまさ子さん(71)とともに飾りを見上げ、「年々削り花を行う家が少なくなって寂しい。自分が生まれた地域の風習を守るためにもいつまでも元気で過ごし、長く続けていきたい」と話した。(「静岡新聞」より)

 「削り花」の展示を「佐久間郷土遺産保存館」で見たことがあります。この伝統的な風習が守られている家庭は少なくなってしまったのでしょうね?「小正月」の行事には、豊作を願うものが多いのですが、この「削り花」もそんな願いを込めたものです。

 ●浜松市天竜区水窪町で、家の中にツタをはわせた独特の小正月飾りの取り付けが行われている…

春を待つ「大千瀬川」の青い水

Oochisegawa  「川の水が青く見えるわけ」については、以前、「可視光線のうち、波長が長い赤い光は水によって吸収されやすく、波長の短い青い光だけが透過して来るから」と難しい説明をしたことがありました。まあ、いずれにしろ、水が澄んでいないことには、起こり得ないことでしょう。

 写真の清流は「大千瀬川」。早瀬から浦川に抜ける道から撮影しました。「青」と言うよりも「翡翠」のような色。水深の浅い箇所では川底が見えていますので、水のきれいさが際立ちます。

 「水澄む」は秋の季語ですが、水温が下がる冬の時期は、カッパが川から出て山に登るから水が澄むのだ、と言う話を聞いたことがあります。きっと、「大千瀬川」のカッパたちも、和山間(わさんま)や地八(じはち)の山に登っているのでしょう。

 同じ浜松市とは言え、北遠の冬の厳しさは特別です。この厳しく寒い北遠にも、もうすぐ「節分草」の咲く季節がやって来ます。待ち遠しいですね。

 【関連記事】遠くの山が青く見えるわけ
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2010年1月16日 (土)

浜松市の国民健康保険料 天竜区旧4町村で医療分が大幅増額

Pk2010011502100126_size0  浜松市の国民健康保険(国保)運営協議会は14日、2010年度保険料改定で医療分の料率引き上げを鈴木康友市長に答申した。料率アップは3年連続となり、市民税額から算定する所得割率が上がる。医療分では天竜区内の旧4町村の保険料が合併後の緩和措置の終了から大幅に引き上げられ、全市で統一される。市は内部調整後に予算化する。

 全体の所得落ち込みを見込み、後期高齢者支援金分を含めた1人当たり保険料は前年度比2.98%(3022円)減。ただ、市は「所得が前年並みか増える世帯では保険料が増える」と説明する。

 答申は医療費の伸びに加え、景気悪化による家計への影響も考慮。負担軽減目的の一般会計からの繰入金は保険料収入見込みの6%(13億6000万円)と、前年度の5%を上回る。医療分の料率では一律負担の部分は引き上げず、課税所得のない低所得者の負担を軽減する。

 医療分の統一に向け、旧11市町村では07年度から段階的な緩和措置がとられた。このうち春野、佐久間、水窪、龍山の4地域は合併時に余裕のあった基金を使い、個人の納付する保険料にほとんど変動がなかった。8月ごろに届く通知書を見て驚く加入者も予想され、答申は「分かりやすく周知してほしい」と求めた。

 現役世代中心に負担する後期高齢者支援金分は料率を据え置く。40~64歳対象の介護分は介護納付金の増加を見込み、平均で3.95%(1062円)増となる。

 国保財政は08年度まで2年連続の赤字。09年度は保険料を約17%値上げし、ほぼ収支均衡の見通しだが、運営安定化が課題となっている。(「中日新聞」より)

 北遠に居住の人、これから移住しようと考えている人にとっては、あまり嬉しくないニュースですが、掲載させていただくことにしました。かなりの増額になりますので、ますます過疎化に拍車がかからなければ良いのですが…。

行ってらっしゃい!―一旦は廃止された飯田線「早瀬駅」

Hayase  飯田線の前身「三信鉄道」が当時の「佐久間駅」まで開通し、営業を開始したのは、昭和9年(1934)。「早瀬駅」はまだありませんでした。

 「早瀬停留場」が開業したのは翌年5月10日。昭和18年(1943)、一旦廃止されましたが、同21年(1946)に「早瀬駅」として再開業。JR東海飯田線の無人駅として現在に到っています。

 滅多に乗降客などいないと思っていた「早瀬駅」で、ちょうど豊橋行きの列車を待つおばちゃんに会いました。「お兄さん、写真を撮るの?」「はい、すぐに来るようでしたら…」「今に豊橋行きが来るよ」。…と話しているうちに、タイミング良く近づいてくる白い車輌。「来た!」。

 ドアが開いて乗務員が下り、おばちゃんが乗り込んだら安全を確認し、列車はゆっくりと駅を離れて行きました。「早瀬駅」を出ると、鉄橋―トンネル―鉄橋で「浦川駅」。「行ってらっしゃい!」。なぜか、手を振りたくなる山間の駅。列車はゆるやかにカーブを切りながら「第二大千瀬川鉄橋」へと向かって行きました。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
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 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
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2010年1月15日 (金)

昭和9年開業―飯田線「下川合駅」

Shimokawai  飯田線「下川合駅」は、「中部天竜駅」と「早瀬駅」の間。「三信鉄道」の「三信三輪駅(現東栄駅)」~「佐久間駅(現中部天竜)駅)間が開通した昭和9年11月11日に開業しています。

 当時は1面2線の島式ホームだったそうですが、現在は1面1線の単式ホーム。ホームの上に小さな待合室があり、待合室の中に使用済みの切符を入れるポストが掛けられています。

 「下川合駅」付近の線路は大千瀬川に沿って伸び、「中部天竜駅」までの間には3本のトンネルがありますが、それでも飯田線のルートの中では比較的なだらかな地形です。

 ゴールデンウィークの頃に、大千瀬川の上を100匹の鯉のぼりが泳ぐ光景が見られるのは、この「下川合駅」のすぐそば。平成7年(1995)に解体されるまでは、旧駅舎が残されていたそうです。

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
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2010年1月14日 (木)

ワカサギ釣り盛期 水窪ダム

Wakasagi  本格的な冬の訪れとともにワカサギ釣りのシーズンも到来し、県内でも有数の釣り場として知られる浜松市天竜区水窪町の水窪ダム湖は、湖面に糸を垂らす釣り人でにぎわいを見せている。

 全国的にも珍しいロックフィル式ダムの水窪ダム湖は、富士五湖と並ぶ県内有数のワカサギ釣りの名所。湖は標高500メートルを超える山あいに位置するため、防寒具を着込んだ釣り客らはしちりんやたき火で暖を取りながら冬の風物詩となっている釣りを満喫した。「寒いほど釣れる」と言われるワカサギ。同所では1月中旬ごろに最盛期を迎える。

 毎年訪れるという笹本政文さん(63)=磐田市=は「水窪ダムは水がすごくきれい。ワカサギの味も抜群」と話した。(「静岡新聞」より)

 「水窪ダム湖」は、「新・浜松の自然100選」の指定地にもなっています。冬も楽しめるスポットって、なかなか貴重ですよね?昨日は、雪が降りましたか?

「Z」生みの親、百歳記念 故郷春野に運転コース

Kz  浜松市天竜区はこのほど、同区春野町出身で「フェアレディZの生みの親」として知られる片山豊さんが100歳を迎えたことを記念した観光ドライブコースを同町内に設定した。片山さんが「Mr・K」の愛称で親しまれていることから「K'zロード」と名付け、観光客にPRしている。

 ドライブコースは、片山さんの生誕地「旧王子製紙製品倉庫」を起点に、秋葉神社上社へと向かう「あきはコース(山間満喫コース)」、春野ふれあい公園へと向かう「すみれコース(春野満喫コース)」、岩岳山登山口付近へと向かう「やしおコース(自然満喫コース)」の3種類設定した。

 浜松市のがんばる地域応援事業の一環で、スタート地点の同倉庫と春野ふれあい公園にコースの案内看板を設置し、観光マップ「はるのお気楽道中」にもコース紹介を盛り込んだ。

 同区春野町の担当者は「春野の自然を気持ちよく走り抜けてもらい、多くの観光名所に立ち寄ってもらえれば」とアピールする。

 片山さんは、フェアレディZの開発・販売に携わり、米国日産社長などを歴任。米国自動車殿堂や日本自動車殿堂入りを果たし、現在は浜松市やらまいか大使などを務めている。(「静岡新聞」より)

 この看板については、すでにレポートした通りですが、今回は「静岡新聞」の記事で紹介します。

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秋葉神社上社、下社の「しめ縄」

Shimenawa0  「秋葉神社」上社と下社の「しめ縄」の写真を並べてみます。

 「しめ縄」は「注連縄」「標縄」「七五三縄」「〆縄」などと書き、神聖な場所をほかと区別するために張る縄。「しめ縄」の「しめ」とは禁忌を意味します。

 農家の米俵や縄などの普段使いにする縄が「右縄」と呼ばれるのに対して、「しめ縄」は「左縄」。よく見ると、確かに逆向きに綯(な)われているのが分かります。

Shimenawa  向かって右側に太い端が来るように飾るのが「入船飾り」。逆に飾るのを「出船飾り」と称し、中部地方に多いとされていますが、ここ「秋葉神社」では、上社も下社も「入船飾り」。

 じっくりと眺めると、作りも丁寧でかなり豪華な「しめ縄」です。これを作るのは、大変でしょうね?

 「秋葉神社」の「しめ縄」は、春野町五和の本末克支さんたちが作っています。

典型的な「西高東低」の気圧配置―今日も寒いぞ!

 予報通り、今朝の天気図を見ると、典型的な「西高東低」の気圧配置となっています。まるで、教科書通り。佐久間のアメダスによれば…

 現在までの最低気温は、午前4時に記録した「-3.8度」ですが、昼間は何度まで上るのでしょう?ちなみに、昨日(1月13日)の最高気温は、午後3時の「2.9度」。正午には「-0.9度」と氷点下を記録し、降水量「0.5mm」となっていますので、雪が降ったのだと思います。

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
14日
(木)
6時 -3.6 0.0 静穏 0 0 ---
5時 -3.5 0.0 静穏 0 0 ---
4時 -3.8 0.0 静穏 0 0 ---
3時 -3.7 0.0 静穏 0 0 ---
2時 -3.4 0.0 静穏 0 0 ---
1時 -3.6 0.0 静穏 0 0 ---
0時 -3.2 0.0 静穏 0 0 ---
13日
(水)
23時 -2.7 0.0 静穏 0 0 ---
22時 -2.0 0.0 静穏 0 0 ---
21時 -0.9 0.0 西 1 0 ---
20時 -1.0 0.0 静穏 0 0 ---
19時 -0.8 0.0 北西 1 0 ---

「島中橋りょう」にもあった!「三信鉄道」のプレート

Shimanaka  先日、JR飯田線が開通当時は「三信鉄道」だったという証拠として、「早瀬避溢橋(ひいつきょう)」に貼られた金属プレートの写真をお見せしました。「昭和八年 川崎車輌株式會社製作 三信鉄道株式會社」とあり、この避溢橋が架けられた当時は確かに「三信鉄道」だったことが分かりました。

 そして、今回は「島中橋りょう」のプレートです。

Shimanaka415  「島中橋りょう」は「第一大千瀬川橋梁」のすぐ東。「橋りょう」の下を道路が抜けています。たびたび繰り返される再塗装によって、プレートの文字は読みにくくなっていますが、分かりますよね?「昭和八年 川崎車輌株式會社製作 三信鉄道株式會社」の文字が浮き上がり、「早瀬避溢橋」と同じです。

 この路線の開通は、昭和9年11月11日でしたので、つまり、開通の前年には竣工していたことになります。

 ちなみに、2枚目の写真のほぼ中央に写っているのが、「三信鉄道」開業当時の「島中橋梁」です。

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2010年1月13日 (水)

県内“ぶるっ” 山間地で雪

Yukigumo  強い寒気の影響を受けた県内は13日、各地で厳しく冷え込み、山間地では雪が降った。静岡地方気象台によると、浜松市天竜区水窪町で2センチの積雪があり、白銀の世界が広がった。静岡市葵区梅ケ島でも一面が白く覆われた。

 同気象台によると、各地の最低気温は静岡市葵区井川氷点下3.8度、御殿場市氷点下0.7度、川根本町氷点下0.4度、浜松市天竜区佐久間町0.4度、静岡市駿河区3.5度など。14日も冬型の気圧配置になって寒さが続く見通し。(「静岡新聞」より)

 今日の浜松市中区の空です。真っ黒な雪雲が東に流れ、空からは白いものが…。明日も寒いって?厚着しないとね。

日本にいる最も小さなキツツキ「コゲラ」

Kogera9  「斉藤さん!コゲラがいます」と職場の女性の声。「どこ、どこ?」。デジカメを提げて外に出てみると、事務所前の街路樹に、スズメくらいな小さな鳥の姿が…。時々小雨交が降る曇り空で逆光ですので、はっきりとは見えませんでしたが、写真に撮って拡大してみると、羽毛の灰褐色と白のまだら模様がかすかに分かります。

 「コゲラ(小啄木鳥)」は、キツツキ目キツツキ科の小さな野鳥。本来は平地から山地の林に生息する鳥なのですが、近年は都市の近郊にも定着していますので、公園の樹木や街路樹でも見かける機会が増えてきました。

 英語で言うと「Japanese Pygmy Woodpecker」―「日本にいる小さなキツツキ」の意味です。「ギィー、ギィー」という鳴き声や小刻みなドラミングの音が聞こえたら、近くの木の枝や幹を見上げてみてください!見つかるかも知れませんよ。

秋葉神社下社に奉納された、巨大な「十能」「火箸」

Jyuno8  寒い冬には、「火鉢」の話題で暖をとりましょう。

 まず、2~3本の炭を火おこしに入れ、炭全体が赤く色づくまで加熱します。「十能」に入れて運び、火鉢の中央に間隔をあけて並べます。

 火力の調整は炭の量の増減や配置を調整することによって行います。手で扱うと火傷をしますので、必ず「火箸」を使いましょう。また、鉄瓶で湯を沸かしたり鍋や網を乗せたりしたいときは「五徳」を使います。火を消すときは炭を灰の中に埋めるか、「火消し壷」に入れます。

Hibashi 思い出しましたか?これが、「火鉢」の使い方です。

 ところで、「十能」は十の使い道があるという意味。「五徳」は、儒教の「仁」「義」「礼」「知」「信」の5つの徳がその名の由来だそうです。

 「火箸」は金属製の長い箸で、使わないときは火鉢の隅に突き刺しておきます。ご飯を食べるものではないことは、ご存知ですよね?

 秋葉神社下社の本殿脇に、巨大な「十能」と「火箸」が奉納されていました。秋葉神社は、火防(ひぶせ)の神。ともに、火を使う鉄工所の名とともに、火を使う道具の象徴として供えられていました。それにしても、デカイ!

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2010年1月12日 (火)

「天竜紅茶」で地域活性 二俣の若手経営者開発

Kocha  浜松市天竜区二俣町の商店街の若手経営者3人がこのほど、天竜茶を利用した「天竜紅茶」を開発し、各店舗で販売を始めた。3人は「地域活性化の第一歩にしたい」とPRする。

 3人は、飲食店「ぎふや」の各務文雄さん(50)、ブティック「いちまる」の安間千津さん(41)、川島米穀店の川島正光さん(41)。

 「需要が減っている天竜特産の茶を使って、地域のために何かできないか」と考えた3人は紅茶に目を付け、JA遠州中央に協力を依頼。地元の茶農家と試作を重ね、2年がかりで商品化にこぎ着けた。

 「日本の棚田百選」にも選ばれた大栗安地域で育った茶「ふじみどり」を使用し、地産地消をアピール。川島さんは「やぶきたではなく、ふじみどりを使うのがポイント。紅茶としての香りや味が良い」と説明する。

 100グラム入りで1050円。安間さんと川島さんは接客用として、飲食店を営む各務さんはコース料理の一品としても利用する。

 各務さんは「地域に閉そく感が漂う中、次の企画も考えていきたい。新しい仲間が増えれば」と呼び掛ける。問い合わせは安間さん〈電053(925)2533〉へ。(「静岡新聞」より)

 さて、売れ行きはいかがでしょう?問題は、販売ですよね?ハードルは低くないと思いますので、頑張ってください!

「梅一輪一輪ほどの暖かさ」―春野の「瑞雲院」にて

Ume 梅一輪一輪ほどの暖かさ

 お馴染みの、服部嵐雪の俳句。 「厳しい寒さの中で梅が1輪咲いている。たった1輪だけれど、近づいている春の暖かさが感じられるようだ」くらいの意味でしょうか?

 元々、日本で花と言えば、梅のこと。花見と言えば梅を見ることだったとのこと。「万葉集」には、梅の花を詠んだ歌が118首もあります。

 写真は、春野の「瑞雲院」で昨日(1月11日)に撮影したもの。朝方の冷え込みの割には、西風が穏やかだった分だけ、暖かく感じられないこともありませんでしたが…。

 まさに、1輪の梅の花が開いていました。

西渡のレトロ商店街―「コバタ」屋さん

Tabaco  佐久間町西渡のレトロ商店街―今は使われていないショーウィンドーの上に残る「コバタ」の文字。コバタ?こばた?小畑?何だか分かりますか?

 分かりますよね?これは「タバコ」屋さんのウィンドー。昭和初期までの横書き表記は、右から左へと書かれていましたから、この「コバタ」屋さんは、かなり歴史のある店だったのでしょう。

 ついでですが、日本政府は明治9年(1876)、「煙草税則」で、営業税と商品個々の印紙税の徴収を実施しました。同16年(1883)、21年(1888)の税則改正、同31年(1898)に「葉煙草専売法」を施行して、税収入の増大を図りました。そして明治37年(1904)、日露戦争の戦費調達のため「煙草専売法」施行、原料葉たばこの買い上げから製造販売まで国の管理(製造専売)で行われることになりました。

 …というわけで、2010年10月1日から、1本当たりの「たばこ税」が3.5円引き上げられます。「戦費調達のため」でなければ良いのですが…?

 それにしても「コバタ」の表記が残るなんて、さすがレトロ商店街。こんな風景に出会うのも、北遠に出かける楽しみの1つです。

 【関連記事】春野町若身に残るレトロな商店街
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2010年1月11日 (月)

<奥三河の御神楽(みかぐら)祭り>を訪ねて―愛知県からのレポート

 「霜月祭り」「花まつり」「花の舞」などと称される祭りは、本来は万物の生命力が衰える旧暦「霜月」に催される儀式。煮えたぎる湯を素手で撥ね退け、邪悪を追い払い、魂を蘇生させる祈りを込めた「湯立て神事」が起源と考えられる民俗芸能です。その伝播の経緯については不明ですが、三遠南信地域に広く分布しています。

 愛知県北設楽郡豊根村富山の「熊野神社」で行われる「御神楽祭り」もその1つ。愛知県一宮市の河合幸男氏から、「御神楽祭り」のレポートが届きましたので、掲載させていただきます。河合さん、ありがとうございました!

<奥三河の御神楽(みかぐら)祭り>を訪ねて

 全国的に有名な「花祭り(霜月祭り・神楽)」が1月3日から4日に行われる、旧富山村大谷地区の熊野神社の「霜月祭り」(富山村は、「御神楽祭り」と呼称される)を見学しました。

 ここは、愛知県の東北部に位置し、東を静岡県(磐田郡佐久間町及び水窪町、現在は浜松市天竜区)、北を長野県(伊那郡天竜村)と接し、県境を天竜川が流れ、千メートル級の山岳に囲まれた山の里です。特に、訪問した旧富山村(平成17年11月、豊根村に合併)は、最奥部に位置し、豊橋方面からの経路は、静岡県(佐久間町)経由の交通アクセスが最も利用されますが、東名豊川インターから豊根村まで約2時間を要する交通不便な場所。そして旧富山村までは、千メート近い峠を経由し、さらに小一時間を要しました。

 今年の冬は、予想に反し例年以上に降雪があり、地元の方から車の凍結対策を忠告されました。このため、NPO天竜川・仙人の会の斉藤事務局長から貴重な情報提供を受け、「中部天竜駅」から「大嵐(おおぞれ)駅」まで飯田線を利用しました。「大嵐駅」は、天竜川の東岸にあり、住所は水窪町です。駅から神社周辺まで徒歩で約20分でした。

 このような地形から、古来、奥三河、遠州北部、南信濃の集落は、人的交流があり祭りなどの文化面の影響があるとされます。その代表として、多くは花祭りと呼称される霜月祭りが、(昭和60年現在)一円で49カ所で開催されています。<霜月神楽分布図参照>

 大谷の熊野神社は、正平元年(1342),紀州室郡から落去してきた熊野別当の一族の田辺藤四朗国量(くにかず)が開郷し、熊野三山を勧請したことが始まりであり、その縁で熊野修験者が往来したとのこと。

 当地の花祭り研究者である山崎一司さんの書籍『隠れ里の祭り』によると、祭りの起源は、熊野神社の勧請時代で、古代からの山岳信仰(神奈備(かんなび)信仰)に熊野(観音、薬師、不動明王)修験者が先導・導入したと解説。その後、秋葉山を利用した白山信仰、伊勢信仰の影響を受けましたが、明治時代初期の修験道禁止令、及び廃仏毀釈により、伝統的な神仏混合の祭りから仏教色を無くしたのが現在の形態としています。

 祭りは、「湯立て神楽」と「演能」で構成。湯立て神楽の源は証明されていないが、熊野修験者によるものと推定されています。なお、ここでの湯立ては他の地区のように村人たちに振りかけることなく、神様に捧げる、村人を清めるように静粛に行われます。

 「御神楽祭り」の特色は、舞手が舞を舞うことによって神が宿り、身体の再生と新たな魂の授与が果たされるものとし、激しく踊ることです。舞処(かいど)で床を踏み鳴らした力強い跳躍と旋回が何回も繰り返されます。

 この基本の舞が「御神楽」と呼ばれることから、村民は氏神の祭りとして「御神楽」と呼称してきましたが、昭和10年代に、この祭りを訪れた研究者によって「御神楽祭り」と呼ばれるようになり、現在の名称が一般化したと言われています。

 最後に、当地区の人口は、現時点で200人を下回るとのこと。しかし、祭り会場では活気に溢れ、多くの村民から親しみを込めた声をかけていただきました。毎年、見物に来るというファンにも会いました。不思議な魅力を感じさせる祭りでした。

 小さな集落のため、時間と経費の負担が大変と思います。私も№7の背景にある寄付披露(左から5枚目)のとおり些少ながら参加しました。来年、見学される時には、参考にしてください。

 翌4日、午前中に佐久間町に移動し、「日月熊野神社」(佐久間町地頭方)及び「相月熊野神社」(佐久間町相月)に参拝したが、双方とも旧街道沿いにあり、探しにくい場所にありました。ここでも、地元の方に神社の場所をお尋ねし、親切に教えていただきました。

 また、「御神楽祭り」見学を契機に「NPO天竜川・仙人の会」とも縁ができ、記事を掲載していただくこととなりました。現在版の小さな交流ができ、良い思い出となりました。ありがとうございました。  感謝  河合

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霜月神楽の分布図
「隠れ里の祭り」山崎一司著から転載

神招ぎ<宮清め>
「湯立て」である。降臨した神々に湯を献じる。

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神招ぎ<式の舞>
神降臨の場と神を祀る。精進潔斎した舞人自身が神の宿り給う神座(かむくら)となるために舞う。この後、権現の湯など12の式が挙行される。
演能<鬼神(きじん)>
村人に新しい魂を与えにきた祖霊神である鬼神(きじん)が舞う。
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演能<どんずく>
二人の氏子で舞う獅子舞。途中で、前後の人が幕の中で入れ替わる。太鼓の拍子(ドンドンズクズク)からの名称という。
演能<禰宜とはなうり>
禰宜(右前)面は、翁(白尉)で村人に祝福を与えに来た様という。左後は、「はなうり」は黒尉と呼ばれる翁で、鼻をつまんでは村人に投げつけ、跳びはねる。威勢盛んな神の精気を村人に与える。
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演能<兄弟鬼>
兄弟の鬼が舞う「鬼の舞」である。  二日目(1月4日)に、天井にあるタカラ =白幣=祭りに降臨した神々がとどまる依り代」が切り落とされる。村の言い伝えでは、兄弟鬼の所作は「そまさ=製材」を表すという。木を切り倒して材を作りだす過程を舞っているという。そして、鬼は村を拓く以前から住んでいた山の神であり 荒神であったが村人が山の神から譲り受けたことに感謝し、祀ってくれることを喜んで、祭りには必ず祝福しにやってくるという。
演能<しらみふくい・女郎面>
最初に写真後の「しらみふくい」一人が登場し、体の方々をしらみがおるごとく面白可笑しく掻きながら、一巡し、囲炉裏の傍で虱を取る。   そのころ、遅れて美しい女臈が登場し、祈りながら 一巡するころ、しらみふくいが見つけ、恐る恐る近づき、袖を引いたり、触ったりするが、やがて後見人から 渡された提灯を持ち、女郎面の手を引いて退場する。 この舞は、しらみふくいの道化かかる様を面白おかしく演じて、能楽成立以前の猿楽能の姿が再現されている。
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てんでの舞の前の懇親会 てんでの舞が始まる前に舞処で、簡単な説明とお神酒の振る舞いなどの接待がありました。約20人の若い人がツアーで見学にきていました。 てんでの舞
祭りに来ている者全員が舞処にあがり、大きな輪になって踊る舞である。正面が舞処であり、舞が終わった直後の風景写真である。

佐久間レールパークの金網越しに見た「ED11形2号機」

Ed112  鉄道ファンの間での2009年の「10大ニュース」に入ると思われる事件が、佐久間町で起こりました。鉄道博物館「佐久間レールパーク」の閉園。その後、レールパークの展示車輌はどうなったのでしょう?

 はい、これが「ED112」。良かった!元のままじゃん!

 ED11形2号機は、アメリカのゼネラル・エレクトリック社で製造された2両のうちの1両。車体は箱形で前後にデッキがあり、屋根上に2基のパンタグラフがついています。田の字型の側窓が特徴的。レールパークでは、そんな貴重な車輌が保存されていましたが…。

 金網の柵越しでしたら、まだ見られます。さて、いつまで見られるのでしょうか?行ってみてください!寄ってみてください!覗いてみてください!

 ●浜松市天竜区佐久間町のJR飯田線中部天竜駅構内にある鉄道博物館…
 ●トロッコファミリー号について調べてみました…
 ●初代新幹線「0系」や「湘南カラー」と呼ばれるオレンジと深緑の列車など…
 ●「渡らずの鉄橋」とは、もちろん通称。正式には「第6水窪川橋梁」と言います…
 ●出馬 - 上市場 - 浦川 - 早瀬 - 下川合 - 中部天竜 - 佐久間 - 相月 - 城西…
 ●2006年、惜しまれながら営業運転を終了したトロッコ列車「ファミリー号」の…
 ●以前、「JR飯田線『中部天竜』駅の変遷」の項で…
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ほら、もう「フキノトウ」が…

Fukinotou3  「薹(とう)が立つ」とは、蕗(ふき)などの花茎が伸びると堅くなって食べ頃を過ぎてしまうことから、「盛り(ちょうど良い年齢)を過ぎる」の意。失礼ながら、この言葉は男性に対してよりも、女性に対して使われることが多いのですが、実際の蕗は雌雄異株です。

 ですから、同じように見える「フキノトウ」には、雄花と雌花があるということです。その見分けは、花の色。雄花が白黄色で雌花が白色だと…?

 佐久間町向皆戸(むかがいと)の日当たりの良い斜面に、ほら、もう顔を出していました。

2010年1月10日 (日)

浜松市消防ヘリ三遠南信で活用 協定締結へ協議

Heli  静岡、愛知、長野の県境、三遠南信地域の広域連携を進める浜松市が、新年度から市消防局に配備する「消防ヘリコプター」を、同地域全体で活用できるようにする応援協定の締結に向けて関係自治体と協議に入ったことが9日までに分かった。住民の命を守る救急・防災分野で政令市としてのリーダーシップを発揮し、連携を強化する。

 年末に、連携する地域の消防関係者などが同市内に集まり、顔合わせを行った。市消防ヘリは消火、災害救助のほか、救患を病院に搬送する「空飛ぶ救急車」として期待され、5月に運航が始まる。広大な市域を約10分間でカバーする高い機動力を、産業集積や定住促進などさまざまな分野で共同事業を展開する周辺地域でも活用してもらう狙いだ。

 ものづくり産業を中心に発展し、地理、歴史的につながりの深い同地域は、道州制などもにらみ、新しい都市圏の形成を目指して毎年、官民協働のサミットを開催。重点事業を盛り込んだ連携構想に合意し、本年度、推進母体となる事務局「SENA」(浜松市)が本格稼働した。

 同地域は高次救急の医療施設や道路インフラが不十分な場所も多く、SENAはヘリの活動を支えるため、中山間地へ中継基地の設置を検討し、隣接県の医療施設の広域利用、ITを使った遠隔地医療診断事業なども視野に入れる。

 市によると、県境を越えた市町村レベルの消防の常時連携は全国で例がない。市消防局は「相手の意思を確認しながら、協議を進めたい」と話している。(「静岡新聞」より)

 先日、「中日新聞」の記事として紹介した消防ヘリです。5月運用開始。新たな都市圏を目指します。

県西部で震度3、M4.4 震源地は遠州灘

 10日午前1時44分ごろ、静岡県西部で震度3の地震があった。気象庁によると震源地は遠州灘で、震源の深さは約30キロ。マグニチュード(M)は4.4と推定される。

 各地の震度は次の通り。

 震度3=掛川市長谷、浜松市天竜区佐久間町▽震度2=浜松市中区元城町、同市北区三ケ日町、同区細江町、同区引佐町、浜松市天竜区春野町、同区二俣町鹿島(「中日新聞」より)

 夕べの地震です。佐久間は、かなり揺れたようですね?被害はありませんでしたか?

旧「春野町立南中学校」校歌を刻む碑

Minamikouka  春野町の中学校は、浜松市との合併を直前にした平成17年(2005)4月、「南中」「東中」「気多中」の3校が統合され全域1校となり、旧「王子製紙製品倉庫」で知られる、旧「気多中」の校舎を使い「春野中学校」が開校しました。

 そのため、「春野町立南中学校」は廃校となりましたが、校門も校舎も以前のまま。校庭にはかつて生徒により歌われた校歌の歌詞を刻んだ碑が残されていました。

1.秋葉山竝みどりに匂い
   気多の川辺で若草もえて
  みはるかすもの皆清らなる
   あゝこの丘に立てる学園南中学校

2.その名もゆかし光が丘に
   理想の自主をかざして立てば
  つどいの友なさけあふれて
   あゝこの丘に立てる学園南中学校

 卒業生なら絶対に忘れていませんよね?たまには、歌っていますか?もしかしたら、最後の卒業生は今日(平成22年1月10日)が「成人式」?

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2010年1月 9日 (土)

相月では「-4.0℃」、水窪には雪

Hyoutenka  昼間は気温も上がり、比較的過ごしやすかったのですが、今朝の冷え込みはかなりなもの。その証拠が、この写真。「-4度」です。時間は午前9時51分―国道152号を水窪に向かい、相月トンネルの手前辺り。「早いじゃん」って?だって、水窪に出かけていたんだもん。

Yuki  帰宅後、佐久間のアメダスの記録を確認したところ、午前10時は1.6度。ただし、午前6時が-4.0度、7時が-4.1度、8時は-3.7で、9時になっても-1.5度。アメダスが設置されているのは中部ですから、相月の水窪川沿いで「-4度」は不思議ではありません。

 2010年は1月5日が「小寒」、20日が「大寒」ですから、2月2日の「節分」までが「寒」―寒くても当たり前。水窪の日陰では、融けずに残った雪の写真を撮りました。

「春野ふれあい公園」からスタート!「K'z ROAD」

Alim4064  春野町領家にある「春野ふれあい公園」の駐車場脇に立つ「K'z ROAD」の看板に気づきましたか?その内容は…

 片山氏の生誕地(旧王子製紙製品倉庫)を起点とする魅力あふれる3つのドライブコース

 浜松市天竜区春野町はフェアレディZの生みの親として多くの人から愛されているMr.Kこと片山豊氏の生誕地。K'zロードは片山氏の愛称である「Mr.K」の「K」と春野を訪れる多くの観光客(K'z)のための道(ロード)という意味から名付けられたものです。交通ルールを守り、見所いっぱいの春野を気持ち良く走り抜けてください!

 ●あきはコース(山間満喫コース)=秋葉の火まつりで名高い国定公園秋葉山山頂・秋葉神社(上社)へ向います。

 ●すみれコース(春野満喫コース)=旧王子製紙製品倉庫と全国からZcarが終結した「K'z meeting」開催地の春野ふれあい公園をつなぐコースです。

 ●やしおコース(自然満喫コース)=アカヤシオの群生で有名な岩岳山登山口にあるログペンションシンフォニーへ向かいます。

 片山豊氏は、気多村(現在の浜松市天竜区春野町気田)に生まれる。元米国日産社長として「フェアレディ240Z」を100万台以上販売。アメリカ国内でも多くの人に愛され、「Mr.K」の愛称で親しまれている。また、Zカーのオーナーからは「Zの父」と呼ばれる。平成10年、日本車輸出のパイオニアとしての功績が評価され、日本人4人目の米国自動車殿堂入りの栄誉に輝く。平成15年1月から「春野ふるさと大使」。

 春野町ドライブにお出かけの時には、「春野ふれあい公園」でちょっと一服。安全運転で楽しんでください!

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2010年1月 8日 (金)

友好深め作品交流 水窪小と長春「至誠校」

Misakubosyo  中国長春市の「中日友好至誠学校」と交流を続けている浜松市天竜区水窪町の水窪小にこのほど、至誠学校の児童から絵画や作文などの作品が届いた。日中友好活動を続ける旧天竜市出身の伊藤州一さん(71)=神奈川県藤沢市=が橋渡し役となって5年前から交流が続いている。

 衆院議員秘書を17年間務めた伊藤さんは、1975年に秘書訪中団の団長として中国を訪れて以降、日中の友好促進に尽力。秘書引退直後の2003年から2年半、北京への留学も経験した。

 留学中に老朽化した校舎を目の当たりにし、老後資金であった320万円を寄付。友好の象徴となってくれればと、校名も「中日友好至誠学校」となった。05年にもハルビン市の学校の校舎改装費用を補助した。

 「将来を担う世代同士が交流してこそ本当の意味での友好になる」と、校舎の改築と同時に、出身校の横山小(浜松市天竜区)や水窪小に交流を呼び掛けた。絵画などでの交流のほか、日本で暮らす中国人とともに小学校を訪れ、中国語講座や、戦争の歴史や中国残留孤児問題などをテーマに講話を行っている。

 水窪小の児童は、教室で届いた作品を囲み、中国の食べ物や風景を描いた絵画に目を輝かせている。同校の熊谷三郎校長も「山間地の児童にとって異国の文化に触れる機会があまり多くない。中国など異国を少しでも近くに感じてもらえたら」とし、今後も水窪小児童の習字や絵画を定期的に中国へ送る予定。

 伊藤さんは「日本と中国の間には不幸な歴史があるが、将来を見据えて前向きな交流を続けていきたい。児童の相互訪問などにもつながっていけばうれしい」と話した。(「静岡新聞」より)

 かつての佐久間町では、外国文化との接触も多くありましたが、今日の北遠地域では大変希少で有益な機会ですね。おおいに交流を深めてください!

第一と第二―2本の「大千瀬川橋梁」

Dai1  私は、何か勘違いをしていたようです。いえね、大千瀬川に架かる飯田線の鉄橋のことですが、浦川キャンプ村の北で大千瀬川を跨いでいるのが「第二大千瀬川橋梁」だとばかり信じていました。ところが、現地に行って確認してみたところ、何と「第一」だったのです。

 それが分かったのは偶然。「早瀬駅」で聞いた話からです。

 「あの~、台風で流された鉄橋って、あれですか?」と「早瀬駅」から見える鉄橋を指差したところ、「流されたのは、島中峠を越えた浦川駅に近い方の鉄橋ですよ」との返事。「早瀬駅」近くの鉄橋が「第二」だったのです。

 …で、洪水で流されたという話ですが…

Dai2  「第一大千瀬川橋梁」は、昭和43年(1968)8月29日に襲来した台風10号により流出。仮設されていた鉄橋も、翌年8月5日の台風7号により再度流出してしまいました。鉄橋が復旧したのはさらに翌年7月8日。それが、現在見ることができる「第一大千瀬川橋梁」だったのです。

 そうか。流されたのは、「第一」だったんだ。架け替えられたのが「第一」だということは、「第二」の姿が古い写真と違っているのはなぜなんだろう?

 その後も調べでは、「第二大千瀬川橋梁」も、同56年(1981)3月1日に架け替え工事が完了しています。

 …と言うことは、「第一」も「第二」も「大千瀬川」に架かる2つの鉄橋は、ともに架け替えがされていたということです。何だか、分かったような分からないような…。

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今冬の寒さ、気象庁「予想外」―北遠も寒い!

Shimo  今冬の寒さ、気象庁「予想外」―今朝の佐久間のアメダスです。

 夕べは遅くまで残業をしていました。睡眠不足ですので、よけいに寒さが身に沁みます。でも、浜松のアメダスは、午前6時の気温が「+3.4度」。7度も違うんですね?

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
8日
(金)
6時 -3.6 0.0 静穏 0 0 ---
5時 -3.1 0.0 静穏 0 0 ---
4時 -2.9 0.0 静穏 0 0 ---
3時 -2.3 0.0 静穏 0 0 ---
2時 -2.3 0.0 静穏 0 0 ---
1時 -1.9 0.0 東南東 1 0 ---
0時 -1.7 0.0 南西 1 0 ---
7日
(木)
23時 -1.0 0.0 静穏 0 0 ---
22時 -0.4 0.0 静穏 0 0 ---
21時 0.4 0.0 静穏 0 0 ---
20時 1.1 0.0 静穏 0 0 ---

2010年1月 7日 (木)

旧「春野町立東中学校」校歌の碑と校章

Higashisyo9  春野町の中学校は、浜松市との合併を直前にした平成17年(2005)4月、「南中」「東中」「気多中」の3校が統合され全域1校となり、旧「王子製紙製品倉庫」で知られる、旧「気多中」の校舎を使い「春野中学校」が開校しました。

 そのため、熊切に立つ「春野町立東中学校」は廃校となりましたが、校門も校舎も以前のまま。校庭には「親和 気力」の校訓と校歌の歌詞を刻んだ碑も残されていました。

  青杉の山の狭間に
  激ちゆく熊切の川
  清らなる流れぞ永遠に
  若人の心の象徴
  たゆみなきわれらが理想
  いざ友よ心合わせて
  もろともに務め励まん

Higashisyo1  校舎の玄関には「春野町立東中学校」の文字と校章も。この校章は、もしかしたら、熊切特産のお茶の葉と花?

 【関連記事】旧「春野町立南中学校」校歌を刻む碑

シカネット防護柵を潜り抜け畑の脇を歩くニホンジカ―YouTube

 何年か前、長野県からの帰路、車のヘッドライトに照らされ、この動画のように目が光るニホンジカを何度も目にしたことがありました。その時には、まるで、「野生の王国」に迷い込んでしまったようなドキドキ感でしたが、農業や林業にとっての深刻な食害問題を知り、考え方が変わって来ました。

 この動画が、どの地域のものであるかのコメントがついていませんので分かりませんが、2009年10月14日に投稿されたもの。あなたは、この動画を見て、どう感じましたか?

 獣害対策(爆音器・投光機)の使用を休止した畑に、シカネット防 護柵を潜り抜けたニホンジカが悠然と歩いているところを見かけま した。畑の所有者の農家の方は、今シーズン最後の作付け野菜である白菜 の収穫が、残り畑の半分になったので防除対策を休止したそうです 。大きく育った白菜の食害は余り無いそうですが、シカが白菜を蹴飛 ばし傷を付けると諦め顔でした。

 *「森林・林業・食害」のカテゴリーは、こちら

2010年1月 6日 (水)

歌手・浜北さんと作曲家・川西さん 故成瀬さん作詞『秋葉の火祭り』CD化

Akihanohimatsuri  「笑顔交わせば、ああ…光りも招く秋葉山」-。浜松市浜北区在住でキングレコード所属のベテラン歌手浜北弘二さん(62)=本名渥美全弘=と作曲家川西宏治さん(70)=本名鈴木聖二=は、長年コンビを組んだ作詞家の故・成瀬幸雄さんが社会の平和と安寧を願い作詞した曲「秋葉の火祭り」をサンレコード(名古屋市)からCD化した。

 成瀬さんは親の跡を継いで僧侶になる予定だったが、教職の道をあきらめきれず高校の国文科教諭となり生徒指導に当たった。仕事の傍ら好きだった作詞活動にも励み童謡など各分野の歌を作った。途中から川西さん、浜北さんとコンビを組み歴史物を中心に作品を手がけた。2006年に93歳で亡くなった。

 今回CD化した曲は成瀬さんが亡くなる10年ほど前、若いころ訪れた秋葉神社を思い出し平和と安らぎを願って作詞した。600曲以上手がけたという川西さんが曲を付け、「秋葉の山に」の曲名で浜北さんが歌った。

 その後、作品はそのままになっていたが最近の不況や、殺伐とした事件発生を聞くたびに二人の頭に浮かんだのは成瀬さんのこの曲だった。

 川西さんは「秋葉山」の曲名で秋葉神社に持ち込み、同神社の河村基夫宮司が「秋葉の火祭りでは」の意見もあって今のタイトルになった。

 昨年12月29日に秋葉神社にCDを奉納した浜北さんと川西さん。「曲を通して成瀬さんの思いが皆さんに伝わってくれれば」と願う。

 CDは3000枚つくり1枚1200円で楽器店などで販売。問い合わせは浜北さん=携帯090(3252)9061=へ。(「中日新聞」より)

 どんな曲でしょう?ちょっと聴いてみたくなるニュースですね。

「三信鉄道」の名が残る金属プレート

Sanshin1  「JR飯田線は、開通した当時は三信鉄道でした」と何度も書いてきましたが、その証拠は…?

 じゃあ、その証拠をお見せしなくてはいけないと思い、こんな写真を撮って来ました。これは、「早瀬避溢橋(ひいつきょう)」に貼られた金属プレート。「早瀬駅」のすぐ西に架けられた橋梁で、「昭和八年 川崎車輌株式會社製作」とあり、現在の「川崎重工」で製作したものと分かります。

 …で、肝心の「三信鉄道株式會社」の文字が、はっきりと浮き彫りにされています。

 どうですか?これで、昭和8年(1933)、三信鉄道の線路が「三河三輪駅」から「佐久間駅」(現在の「中部天竜駅」)まで延びて来た当時の鉄道の社名が「三信鉄道」だったことが分かります。

 ねっ?やっぱり「三信鉄道」だったでしょう?

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2010年1月 5日 (火)

「秋葉山秋葉寺の火まつり」―「YouTube」にUPされた動画

  「YouTube」にUPされた「秋葉山秋葉寺の火まつり」(平成21年12月16日)の動画です。

 平安期の第180代後桃園帝の御時、大火で京都の御所が炎で包まれようとしたとき、異形の者が御所の屋根に姿を現してたちまち火を伏せた。人々は驚いて、その者の名を聞くと、「我は秋葉の三尺坊なり」と答えて空中に飛び去ったという伝説や、またある時、御所に猛火が近づいて、人々が恐れをなして逃げ惑うなか四条通りを剣花菱(けんはなびし)の定紋の高張提灯(たかはりちょうちん)75帳が通りすぎると、町中の火がことごとく 消え失せたのだという逸話が残っています。剣花菱は秋葉山秋葉寺の定紋で、その定紋入りの高張提灯を75の大天狗が持ち、火を伏せたとされています。

 全国でも有名な75の天狗には、静岡県の秋葉山秋葉寺で毎年12月15、16日に行 われる火渡り修行の際に75膳献供という儀式に登場する天狗たちである。

 私も、本物を見たことはありません。動画を通して、その雰囲気を味わってみましょう。

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「しかうち神事」―2010年『広報はままつ』より

Shikauchi2  全市版『広報はままつ』2010年1月5日号に、愛知県北設楽郡東栄町に伝承されている無形民俗文化財「しかうち神事」が紹介されています。

 東栄町には、花祭りのほかにも古くから行われている伝統行事があります。昔から、東栄町などの山間地域では、シカやイノシシによる作物への被害が多く、農民の生活を苦しめるものでした。「しかうち神事」は、草木で作ったシカを害獣に見立て、矢を放つことで被害から逃れたいという農民信仰から生まれた行事です。

 東栄町では、天竜川支流大千瀬川の源流地域の月・布川・小林・古戸地区で行われており、その希少さゆえに昭和56年文化庁より「設楽のしかうち行事」として無形の民俗文化財に選択されました。

 以前、このブログでも紹介したことのある「しかうち神事」です。「鹿=ニホンジカ」の場合もあれば、「ししうち=猪=イノシシ」の地域もありますが、シカやイノシシを害獣と考える共通認識に基づいた行事です。

 2010年の年頭に、「しかうち神事」が紹介されているのは、何か意図があってのことでしょうか?北遠の森林に静かに広がっている食害に対して、効果的な対策が求められています。

 ●「さくま郷土遺産保存館」には「三信遠鹿うち神事分布図」なるものが…

2010年1月 4日 (月)

五穀豊穣願い 舞を次々奉納 泰蔵院で懐山おくない

Okunai  浜松市天竜区懐山の泰蔵院で3日、国の重要無形民俗文化財指定の郷土芸能「懐山のおくない」が奉納された。

 山あいの懐山地区に1年の五穀豊穣(ほうじょう)などを願う行事として伝えられ、現在は地元住民でつくる保存会が、伝統芸能を受け継いでいる。会員らは「神の舞」や「両剣の舞」、「鬼の舞」「年男」、「宵の獅子」など20ほどの演目を次々と披露。堂内には地域住民やアマチュアカメラマンらが詰めかけ、素朴な舞に見入って楽しむとともに1年の無事を祈った。(「中日新聞」より)

 同じ3日に、引佐では「寺野のひよんどり」が行われました。素朴な伝承に中に移ろい行く季節のを感じさせてくれる「民俗芸能」。浜松市には、ステキな伝統が息づいていますね。

住民の思いがつなぐ命―浦川小・カシの老木

Kashinoki  2009年12月4日付「静岡新聞」、「この木なんの木?」12に取り上げられたのは、「浦川小・カシの老木」。全文を引用してみます。

 「この木だけは枯らしちゃあいかん」。浜松市天竜区佐久間町浦川の和田光弘さん(69)は、浦川小の校庭に立つカシの老木を見つめた。

 樹齢は250年とも300年とも言われる。校舎のすぐそばに立ち、ほとんどの教室から見える。「ここの卒業生ならみんな愛着があるよ」と和田さん。

 しかし、そのカシも今や樹勢を失っている。幹はひどく痛み、枝は支えが必要になった。根腐れも進んでいる。

 このままではもう、もたない―。4月、カシを救おうと教員と学校評議委員が中心となって寄付金を募る計画を立案。自治会を通じて地域に知らせると、1ヵ月もしないうちに数年分の治療費に当る約65万円が集った。

 学校の周辺はかつて樹木が茂り、川に囲まれていたため“浮森”と呼ばれる。時を経て多くの木は枯れていったが、住民のカシへの思いはまだ枯れそうにない。

 そのカシの木の写真を撮ってきました。これが、その老木。ちょっと邪魔ですが、誰からも愛されているんですよね。正確には、コナラ属「?ガシ」。

氷点下の寒さに震える「ツメレンゲ」

Tsumerenge  環境省「絶滅危惧種」に指定されている「ツメレンゲ」が、佐久間の地で氷点下の寒さに震えていました。

 発芽から開花まで3年ほどの月日がかかり、開花した株は結実後には枯死するとのことで、ほとんどの株は枯れていました。ところが、中に数株、あの独特な多肉性のロゼットを見つけました。葉の先が虎の爪のように尖り、まさに「爪蓮華」。

 これが今年の株に育つのでしょうけど、まだ少し早過ぎるんじゃない?

 それにしても、自然界は早め早めに季節の準備をしています。それに比べて、私なんか「仕事始め」の準備もできていません。今日からなのに…。

 佐久間のアメダスが、-3.7度を記録しました。まだ、下がるかな?

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
4日
(月)
6時 -3.7 0.0 静穏 0 0 ---
5時 -3.4 0.0 静穏 0 0 ---
4時 -3.0 0.0 静穏 0 0 ---
3時 -2.7 0.0 静穏 0 0 ---
2時 -2.4 0.0 静穏 0 0 ---
1時 -2.2 0.0 静穏 0 0 ---
0時 -1.7 0.0 静穏 0 0 ---
3日
(日)
23時 -1.1 0.0 静穏 0 0 ---
22時 -0.7 0.0 静穏 0 0 ---
21時 0.0 0.0 西 1 0 ---

2010年1月 3日 (日)

三遠南信の医療に活用へ 浜松市が運航の消防ヘリ

 浜松市は5月から運航する消防ヘリコプター「はまかぜ」を、静岡、長野、愛知の県境をまたぐ三遠南信地域の救急医療に活用する方向で検討に入った。主に拠点病院から離れていて救急車の往復に時間がかかる中山間部で、医師を乗せるなどして救急現場に向かうことを想定しており、県境の自治体を中心に順次協定を結ぶ考えだ。

 浜松市が初めて配備する消防ヘリはユーロコプター社製で、約11億円で購入。市北部の浜北区四大地のヘリポートを拠点に防災救助に活動するほか、聖隷三方原病院(北区)のドクターヘリが出動できない場合には補完的な役割を担おうと、市内の医師会と調整を進めている。

 広域での運用は、昨年11月の三遠南信サミットで、長野県飯田市の牧野光朗市長がヘリの共同活用を提案。その後、浜松市の鈴木康友市長も「三遠南信で救急医療サービスを提供したい」と、体制整備に取り組む意向を示していた。ほかの自治体と協定を結ぶ際には、出動費用の負担方法や派遣医師の確保などを協議する。

 聖隷三方原病院のドクターヘリは既に県境を越えて活動し、愛知県では東三河などに出動している。

 長野県では、静岡県と2008年に結んだ協定に基づき、南信州への出動実績も出てきた。09年は12月28日までに聖隷三方原病院から3回出動した。

 長野県唯一のドクターヘリは、県東部の佐久総合病院(佐久市)にあり、飯田市以南への到着には約40分かかる。同病院の担当者は浜松市の消防ヘリ活用について「県南部へは佐久から飛ぶ場合の半分以下の時間で着く所もある」と期待した。(「中日新聞」より)

 これが本来の「三遠南信」のネットワークです。歴史的にも文化的にもつながりが深い地域同士が、県境を隔てて協力体制を構築するなんて、将来に向けてもロマンが広がりますね。

「地元の発展に尽くします」と誓いの言葉 浜松市天竜区で一足早く成人式

 浜松市内のトップを切って、天竜区佐久間地区の成人式が2日、同区佐久間町の佐久間歴史と民話の郷会館であり、新成人38人が祝福を受けた。

 実行委員会の中野侃治委員長は「前向きに元気、やる気、勇気を持って進んでください」と呼びかけた。新成人代表の岩本有典さん、三枝玲子さんは「社会の一員として地元の発展のために尽くします」と誓いの言葉を述べた。

 佐久間町では若者らが帰省する正月に成人式を行っている。3日には同じ天竜区内の水窪、龍山両地区で式が予定されている。(「中日新聞」より)

 「トップを切って…」という表現は、まるで「箱根駅伝」みたい。正月休みの「成人式」は、過疎化が進んでいる地域の工夫です。

 新成人、おめでとうございます!

大正~昭和初期の『冬休みの友』

 以前、大正時代~昭和初期の「夏休みの友」を紹介しましたね。今回は「冬休みの友」を紹介します。いずれも、「静岡縣教育會編纂」、佐久間町西渡で写真を入手しました。

 一番古いのは大正15年の「尋常科第三學年」―男の子と女の子が、障子貼りの手伝いをしている暮れの風景です。

 昭和3年の「尋常科第五學年」は、子守をする女の子の絵が描かれています。

 一番新しいのは昭和6年の「尋常科第四學年」―後姿の男性は門松の準備をしているのでしょうか?女性が抱えているのはお歳暮?

 どうですか?昔の日本の年末年始の暮らしぶりを思い出しましたか?

 今、「懐かしい!」って言った人、あなたは何歳?

Fuyut15大正15年
3年生
Fuyus2昭和2年
4年生
Fuyus3 昭和3年
5年生
Fuyus5 昭和5年
5年生
Fuyus52 昭和5年
1年生
Fuyus6 昭和6年
4年生

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2010年1月 2日 (土)

浜松市 過疎地の交通確保へ

 浜松市は、山間部の過疎地域などで交通網の整備が課題となっていることから、すべての住民が最低限の交通手段を確保できるように、山間部を走る赤字のバス路線の運行費用を最大8割まで市が負担することなどを盛り込んだ新たな制度を、4月から導入することにしています。

 浜松市は、平成17年に12市町村が合併し全国2番目の広さの市となりましたが、山間部の過疎地域では利用者の減少でバス路線が廃止されるなど、交通網の整備が課題となっています。

 このため浜松市は、すべての住民が最低限の交通手段を確保できるように、山間部を走る赤字のバス路線の運行費用のうち、一定の割合を市が負担することなどを盛り込んだ新たな制度を4月から導入することにしています。

 制度では、住民と市が地域の実情にあった交通計画を作る検討会を設置し、人口10人以上の集落を対象に週に2回はバスを運行し交通手段を確保する計画を作ります。利用者が少なくバスの運行費用が赤字の場合でも、費用の80%を上限に市がバス会社に補填して路線を維持する仕組みを導入します。また、この仕組みでもバス路線を維持できなければ、住民の利用状況に応じてタクシーを活用したり小型のバスを借りあげるなど計画を見直し、住民の交通手段の確保をはかることにしています。(「NHK静岡のニュース」より)

 何かと切り捨てられることばかり目立っていた北遠ですが、この制度は浜松市のヒットでしょう。過疎化と高齢化が進んでいる中山間地には、嬉しいニュースです。

「優等清酒 登録商標 日本勢」のホーロー看板

Nihonsakari2  龍山町で見つけたお酒の看板―建物2階の外壁に「日本勢」の大きなホーロー看板がありました。

 「優等清酒 登録商標 日本勢」

 「日本勢」?「日本盛」じゃあないの?ニホンイキオイ?

 「賜栄誉賞首位 天竜の酒株式会社」?それって何?

Nihonsakari  店の前面にある縦長の看板を見ると、どうやら「天竜の酒 樹里」で知られた「中部醸造株式会社」の看板のようです。その後は「天竜の酒株式会社」へと社名を変え、「日本勢」は「樹里」へと名前を変えました。その時、CMに登場したのは、あの「ジュリー」こと沢田研二。残念ながら、現在は廃業となっています。

 「KIRIN BEER 麒麟麥酒株式會社」の看板も、なかなかレトロですね~?

 お酒が飲めない私ですが、正月くらいはお酒の話題です。

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 ●天竜区熊で見つけた、赤地に白文字「蛇の目ミシン」のホーロー看板です…
 ●佐久間町と愛知県との県境付近、川上で見つけた「酒はシキシマ」の横型のホーロー看板と「清酒 敷嶋 シキシマ 伊東醸」の縦型看板…
 ●「自動模様編機の開発メーカー アルス編機 編物教室」のホーロー看板…
 ●「一ばん良い ナショナル電球」の横長ホーロー看板は、水窪町での撮影です…
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2010年1月 1日 (金)

秋葉登山の最年少記録?3歳6ヵ月20日

Akihamichi  「来年の話をすると鬼が笑う」と言いますが、昨年の話をすると、どうなるのでしょう?

 昨年12月13日に秋葉山に登りました。子どもたちも交えた楽しい秋葉詣で。しかも、子どもうちの1人が「3歳6ヵ月20日」で、これは最年少記録だと言うのです。

 「へぇ~?」って別に公式に認定されている記録ではないのですが、それまでの記録は「5歳」。子どもの足で約3時間かけての上り坂は、かなり大変です。体力的にも大変ですが、気力的にも持久力が必要で、ピョンピョンと跳びはねるように登っていたのは、最初のしばらく。後は、道端のフユイチゴを摘みながらの山登りでした。

 それでも、大人とほぼ同じペース歩き、多少長めの休憩を取りながら、袋いっぱいになったフユイチゴの実を手に1歩1歩と歩きを進め、とうとう秋葉山の山頂に建つ「秋葉神社」に笑顔で参拝。鹿苑のニホンジカに鹿せんべいをあげて下山。「今度来る時には、もっといっぱいになってほしい」と、フユイチゴの実を蒔きながら長い坂を下りて来ました。

 秋葉山の山登りは、これが3回目。次に登るのは暖かくなってから。昨日、今日の寒さで、山頂には雪が積もっているのでしょうか?

県内に強い寒気全域で冷え込む 水窪一面の銀世界

Yuki  大みそかの県内は冬型の気圧配置で上空に強い寒気が入り込み、全域で冷え込んだ。昼ごろから県中・西部の山間部をはじめ平野部の一部でも雪が舞った。静岡地方気象台は同気象台(静岡市駿河区曲金)と御前崎測候所(御前崎市御前崎)で初雪を観測した。平年より静岡で18日、御前崎で26日早い。御前崎では2年ぶりの雪となった。

 浜松市天竜区水窪町では中心部でも昼前から小雪が舞い始め、比較的標高の高い西浦や草木地区などでは場所により3センチほど雪が積もり、一面銀世界が広がった。静岡地方気象台によると日中の各地の最高気温は、浜松7.3度、静岡10.0度、三島11.6度などで、平年を0.5~3.9度下回った。県内は正月三が日もおおむね晴れるが、最高気温は平年並みか平年以下になる見込み。(「静岡新聞」より)

 やはり、雪が積もったんですね?こちらでは、今朝方も雪がちらついていましたので、もしかしたら…。

2010年は寅の年―本年もよろしく!

Alim4544  明けましておめでとうございます!

 2010年は寅年。寅≒虎。虎がつく諺(ことわざ)・故事成語・慣用句などを並べてみました。

 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」=虎の住む洞穴に入らなければ虎の子は得られないという意から、何事も危険をおかさなければ、目的を達したり、大きな成果を得たりすることはできないということ。

 「雲は竜に従い風は虎に従う」=立派で聡明な君主のもとには優れた臣下が出現し、これを助けるという例え。また、相応しいものを伴うことで物事がうまくいくという例え。

 「虎視眈々」=虎が獲物を狙って鋭い目でじっと見下ろすように、おのれの野望を遂げるため、じっと機会を狙っている様子。「虎視」とは、トラが鋭い目であたりを見渡すこと。転じて、雄大な志を抱いて静かに情勢をうかがう例え。「眈々」とは、恐ろしい目をしたトラが下を見下ろしている様。

 「虎の威を借る狐」=狐が虎の威勢を借りて威張ることから、権勢のあるものをかさに着て、勝手気ままに振る舞うこと。また、そのように威張る人物のこと。

 「虎の尾を踏む」=虎の尾を踏めば虎が怒る。非常な危険を犯す例え。無謀極まる行動に出る例え。また、不可能なことをしたり、大それた望みを持ったりする例え。

 写真は、秋葉山本宮秋葉神社の「随身門」に飾られた「白虎(びゃっこ)」の彫刻です。「白虎」とは、中国古代の想像上の動物で、玄武(げんぶ)、青竜(せいりゅう)、朱雀(すざく)とともに四神(しじん)の一つ。四神はそれぞれ四方を守る神獣と考えられていましたが、白虎は西方を管轄していました。

 …ということで、本年もよろしくお願いいたします。

2010年の元日は「雪」に注意!

Alim4666  昨日は、浜松、磐田でも雪が舞いました。今朝もかなり冷え込んでいます。

 元日朝、佐久間のアメダスのレポートです。 23時と2時に記録された降水量「0.5mm」って、もしかしたら雪snow

 だとしたら、車のスリップ注意です。お出かけの際には、十分お気をつけください!

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
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積雪深
(cm)
1日
(金)
5時 -0.5 0.0 西北西 2 0 ---
4時 -0.7 0.0 1 0 ---
3時 -0.9 0.0 静穏 0 0 ---
2時 -0.3 0.5 南南西 1 0 ---
1時 -0.4 0.0 北西 1 0 ---
0時 -0.4 0.0 北北西 1 0 ---
31日
(木)
23時 -0.5 0.5 北北東 1 0 ---
22時 -0.2 0.0 静穏 0 0 ---
21時 -0.1 0.0 1 0 ---
20時 0.3 0.0 静穏 0 0 ---
19時 0.4 0.0 静穏 0 0 ---
18時 0.3 0.0 東北東 1 0 ---

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2010年9月

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