Change!ハママツ「水力発電の新時代を開く」
「Change!ハママツ」(2009年7月号)10頁目「わが心の浜松」(昭和31年)は、「水力発電の新時代を開く 佐久間ダムの営業運転開始」。「電源開発」の沼田徹夫所長の思い出が記事になっています。
「ドーン!ドドーン!」。新緑の渓谷に、力強い発破の音がこだまします。昭和28年(1953年)4月16日。この日、日本の水力発電の新時代を開いた佐久間ダムの建設工事がスタートしました。「佐久間ダムは、映画やTVドラマで有名な黒部ダムの試金石と言われています。佐久間ダム建設で導入された国内初の機械化技術が、昭和38年(1963年)竣工の黒部ダムでも大活躍したからです」。佐久間ダム・発電所を管理する電源開発佐久間電力所の沼田徹夫所長=写真=は、このように語ります。
佐久間ダムはコンクリート重力式ダムで、高さはおよそ155メートル、堰堤の長さはおよそ294メートル。当時としては日本最大の規模でした。電源開発は、この巨大なダムをわずか3年で完成させるため、突貫工事を開始しましたが、目の前には大きな壁がいくつも立ちふさがっていました。
まず、建設地点は険しい山間部で、当時は交通が未発達。工事の前に、まず道路を作ることが必要でした。また、ひとたび氾濫すれば毎秒1000トンもの水量が発生する天竜川の流れも難敵。工事中、この水を迂回させるため、直径10メートルのトンネル式バイパスを2本通しました。
トンネル工事で活躍したのは、ドリル・ジャンボーという大型の掘削機械。ドリルを20本近く装備したこの機械により、長大なトンネルを数カ月で掘り抜きました。
「工事では、それまで日本になかったブルドーザー、パワーショベル、ダンプトラックといった米国製の大型機械も導入しました。その威力に驚いた日本の建設会社は、その後、建設機械の国産化に取り組み、これによって日本の建設技術は世界トップレベルへと飛躍したのです」。こうした工事の末、佐久間ダムは昭和31年(1956年)4月から発電を開始。戦後復興期の日本に、貴重な電力を供給するようになりました。「水力は無限でクリーンなエネルギー。佐久間ダムでは今後も、電力の安定供給を続けていきます」と沼田所長は話しています。
佐久間の山に発破の音がこだましてから、53年の歳月が流れました。
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