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2009年5月27日 (水)

馬の顔だけが浮き彫りにされた立原の「馬頭観音」

Batou2th  佐久間町立原(たっぱら)は、秋葉道・塩の道に沿った山の集落です。写真は、その立原の山道に立つ「馬頭観音」。果たして、これを「馬頭観音」と呼んで良いのかどうか…?

 ご覧のように、馬の顔だけが浮き彫りにされています。実際には前脚と思われるものも彫られてはいるのですが、これまで見てきた「観世音菩薩=観音」の造形がありません。

 つい最近まで、馬は私たちのすぐそばで飼われていました。田や畑での農作業を助けたり、荷物の運搬をしたり、家族の一員として頼りにされていました。

 もしも、病気で寿命を全うできずに死別すれば、人間並みに葬儀を営み、老馬になれば泣く泣く生き別れをすることもありました。人々にとって「馬頭観音」は、仏教本来の「観世音菩薩」ではなく、道に生き道に死んだ家族との別れのモニュメント。この馬の顔だけを刻んだ「馬頭観音」を見れば、愛馬の供養のために建てたものだとよく分かります。

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コメント

1.「馬頭観音」を紹介します。上平山を通る旧秋葉街道、牧野沢を挟んで大萩と舟代を結ぶ廃道。この大萩寄りの街道の際に岩洞があり、その中に馬頭観音が祀られています。なんでも明治時代に行軍中の陸軍の将校が落馬し死亡したのが由来とか聞きましたが、真偽は不明です。
2.同じ旧街道の岩井戸の東には岩が張り出し路幅が狭いゆえに「耳こすり岩」と呼ばれていました。
3.同じく旧街道、舟代と日入沢の間を流れる半枯沢の東に大きな岩の洞がありました。そこは「乞食寝場(こじきねば)」と呼ばれていました。木が生い茂った不気味な場所でした。

「竜見」さま。
情報をありがとうございました。一度、秋葉古道を踏破してみたいとは思っています。
野仏を見かけるとホッとします。今年は、馬頭観音を追いかけるとしましょう!

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