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2008年8月 7日 (木)

8月7日、月遅れの「七夕」に思うこと

 Tsuru 少し前までの日本では、既製服とは別に、ミシンを踏んで服に仕立てるなど、どこの家庭でも見かけたお茶の間の風景。さらにもう少しだけさかのぼれば、自分で糸を紡ぎ、布を織り、その布を縫って着物にしていたのです。製糸や紡績が産業化される前ですので、実はそんなに昔のことではありません。

 布を織る技術は、稲作の技術などともに朝鮮半島から伝えられました。それまでの日本の布と言えば、ムシロを作るように錘(おもり)を使って編んでいましたので、たいへん手間がかかりました。このように編む布には、太さや強度、長さが不揃いの糸でも布を作ることができるという利点があるのですが、太さや強さが均一な糸さえあれば、編むより織る方が、きれいに早くできます。これが「編む」と「織る」の違いであり、これが「織る」が布作りの主流になった理由です。あの「鶴の恩返し」も「機織り」ですね。

 今日は月遅れの「七夕」―私が子どもの頃には、8月7日に七夕飾りを飾ったことがありました。佐久間でも地域によっては8月に色紙や短冊が売れるとのことですので、月遅れの「七夕」が行われているようです。

Tanabata  「七夕」はお盆を迎えるための準備と言う意味から「七夕盆」とも呼ばれるそうです。着物を供えたり、着替えたり、晴着を着る習俗が各地に残っているとのこと。「七夕」と「機織り」との深い関係が彷彿されます。「帯と着物を盆の上に載せ、キュウリ・ささげ・ナスなどを祭った」(佐久間・戸口)―ネットで見つけた「七夕盆」の風習です。「縁台に赤飯と家で採れたナスやキュウリ、ショウガ等供えます。子供が丈夫に育つようにと浴衣も供えました」(「天竜川・杣人の会」ホームページ「山里のくらしと魅力」)と今村純子会員が書いているのも、同様だと思います。

 家庭での「機織り」はもとより、町工場や紡績工場での「機織り」の音さえも、いつの間にか聴くことができなくなりました。「機織り」が身近にあった時代を、私たちが今一度思い出す日―「七夕」をそんな日と考えて夜空を見上げてください。「七夕」が「星空のロマンス」「天空のラブストーリー」だけだったとしたら、こんなにも長く守られる風習にはならなかったのではないでしょうか?

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コメント

 先生の影響?で最近少しづつですが地名等に興味を持ち始めている今日この頃ですが・・・
 私は幼少の頃、静岡市麻機(あさばた)というところに住んでいました。幼い頃でしたので断片的な記憶しかありませんが、とにかく毎日、へびと遭遇していた事、近くの小川に水中生物(タガメや水中カマキリ)などがいた事など、いわゆる田舎だったと記憶しています。
 そんな麻機の事を「機織り」から思い出しました。麻機は江戸時代、麻畑とされていたそうですが、どうやら「畑」より「機」の方、そう機織りからの地名の様です。というのも近くに服織(絹織物)・賤機(木綿織物)の地名が残っています。以前はここで麻の織物をしていたとしたら、珍しい事ではないでしょうか?
 また、佐久間にも「河童伝説」はありますが、麻機沼に河童のお話があるそうですよ。(なんか、訪ねてみたくなっちゃった・・)

 「賤機(しずはた)」と言えば…。

 かつて「駿府」の呼称であった「府中」が「不忠」に通じると考えた人たちがいました。そこで「賤機」の地名から取って「賤が丘(しずがおか)」とし、「賤=賤(いや)しい」も字はまずいでしょう?と現在の「静岡」にしたとのことです。

 askaくん!「先生」と呼ばれても、別に何も出しませんよ。

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