「なむしょうめいこうごうぼさつ」
「なむしょうめいこうごうぼさつ」
村人達は、ひたいに汗し、のどもかれんばかりの声を張りあげていっしょうけんめいにお祈りをしています。
これは、むかし、むかしのお話であります。
その頃、下平(しもったいら)の人達は、山と山の間のせまい畑を耕して、細々と暮らしを立てていました。おじいさん、おばあさんから子どもに至るまで、それはそれはいっしょうけんめい働きましたが、いっこうに楽にはなりませんでした。ことに、その年は、何年来という日照り続きで、畑もかわき切り、作物は、絶滅寸前というようすでした。
きょうは、雨乞いのために、龍王ぶちの龍王ごんげんへ村人みんなが集ってお祈りをしていたのです。このお祈りは、かねをたたき、ふえを鳴らし、お題目を唱えて七日間も続けられるのです。
「さて、いよいよ七日のお祈りも最後ということだが、昔から最後の日にはごちそうを作って龍王ごんげん様におまつりし、村人みんなでいただくことになっているそうだが、それにしても、この下平にゃあ、みんなで使うおぜんもおわんもありゃあせん。どうしたもんだろう。」
「うん、困ったことだ。どうだろうか、庄屋に相談してみちゃあ。」
さっそく庄屋さんの所へかけつけて、そのことを話しました。
「うん、そのことは、わしも案じていたことだ。困ったことだのう。」
みんなで考え込んでしまいました。しかし、みんな黙りこんでいるばかりでした。どうしようもないままに、だんだん重苦しいようすが広がってきたときに、庄屋さんが、ぽんと手を打ってみんなに話しかけました。
「みなのしゅう。どうだろう。今、雨乞いのお祈りをしているわけだが、おぜんやおわんも龍王ごんげん様におすがりしてみちゃあ。」
他に方法の思いつかない村人達は、そんなことが果たしてかなえられるかという強い疑いをもちながらも言われるままに、雨乞いのお祈りに加えて、おぜんやおわんをお貸しくださいというお祈りをしました。
「なむしょうめいこうごうぼさつ。」
「なむしょうめいこうごうぼさつ………。」
長々とお祈りは続けられました。
やがて、夜もふけ、お祈りの声が、やみの中にいっそうしみとおる頃になったときです。みんなの声が、一瞬、なにかに吸いとられるように滝つぼの中に消えて行くのを感じました。ふっと息をのんで水面をみつけたとき、一匹の大蛇が、滝つぼの上の大きな松の木に向ってかま首をもたげたのです。村の人達は、ただただおどろくばかりで声も出ませんでした。そのうち、大蛇は滝つぼの中へ、少しずつ少しずつ姿を隠していきました。もう一息でその全身が消え去ろうとしたときです。村人の目に映ったのはへびの姿ではなくて、まばゆいばかりに美しい女の人であったのです。その、ふしぎなできごとに、おそれ、おどろいてしまった村人達は、大きなため息を吐くだけでした。そして、一言も話すこともできず、家へ帰りました。
さて、次の日、いよいよお祈り最後の日です。昨夜のことにおそれをいだきながらも、庄屋さんを先頭にして、龍王ぶちへやってきました。
「あっ、あっ、あれ、あれをみよ。」
庄屋さんがなにかひきつったような声で叫びました。村の人達も龍王ぶちの水面を見て、「あっ」、「あっ」のおどろきの声をあげるばかりでした。
龍王ぶちには、たくさんのおぜんやおわんが浮かんでいたのです。
「お祈りが聞きとどけられたぞ。おれらの願いごとがななえられたぞ。」
「ああ、ありがたいことじゃ。ありがたく使わせてもらわまいか。」
みんなは狂気したように喜び合いながらおぜんやおわんをいただき、前にも増して声をはりあげながら七日目最後のお祈りをし、いよいよ帰りにつき、龍王ぶちの見えなくなるところまで来たときのことです。今まで、あれほど照りつけていた太陽がいっときに黒い雲の中に隠れてしまいました。そして、ぽつりぽつりと大粒の雨が落ちて来ました。大きなしずくが一つ二つと乾いた土をぬらすと思う間もなく、大雨となりました。もちろん、畑にもいっぱい雨がしみこんでいきました。作物も生き返りました。
村の人達は、雨のしずくを手のひらに受けとめるやら、土にひざまづいて天を仰ぐやら、その喜びをいっぱいに表わしていました。
それから、龍王ぶちからお借りしたおぜんやおわんを使ってごちそうをいただきました。もちろん話の中心は龍王ごんげん様のありがたさでした。
「龍王ごんげん様が、おぜんやおわんをお貸しくださった。」
「龍王ごんげん様が雨を降らしてくださった。」
なんどもなんども、どの人の口からも、このことばが交わされました。
それからというもの、日照りが続くと龍王ごんげん様に雨乞いをすると必ず雨の恵があったということであります。しかし、何年かの後、お借りしたおわんをこわしてしまいました。それからというものは、どんなにお祈りしても、龍王ごんげん様はお貸しにならなかったそうでありま。(「さくま昔ばなし」初版より)
◆ ◆ ◆ ◆
寒い季節だというのに「龍王権現の滝」を訪れました。山道を下りて、揺れる吊り橋を渡り…。正月でしたので、しめ縄も御幣も新しくなっていました。
今さらですが、皆さんよくご存知の佐久間の民話「龍王ごんげん」を初版で紹介します。
冬の滝も良いものです。淵の水は、あくまでも青く深く澄んでいました。
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