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ブログ「出かけよう!北遠へ」引越しの挨拶

 ご利用、ご愛読ありがとうございます。

 当ブログ「出かけよう!北遠へ」は、「だいすき!北遠」とともにbeblogサイトで運営して来ましたが、サイトの閉鎖によりlekumoビジネスブログへと引越しすることになりました。

 新しいURLは独自ドメインを取得しましたので、今後は「出かけよう!北遠へ」「大好き北遠」にアクセスしていただきますよう、お願いいたします。

 旧サイトの全ブログ記事は、新サイトへの引越しを完了しました。旧サイトの更新は6月30日までとし、7月1日からは新しい記事の投稿はなし。10月末までは閲覧できる予定ですが、その後はアクセスできなくなります。

 これまで同様、新サイトへのアクセスをお願いいたします。(NPO法人「天竜川・杣人の会)

2016年6月25日 (土)

天竜高生、地元小学生らに植林指導 苗木50本

Syokurin

 浜松市天竜区の県立天竜高の生徒が23日、同区山東の大沢演習林で地元小学生に植林を指導した。市と同校が連携した「森林・林業交流事業」の一環で、林業の次世代の担い手育成や森林保全への関心を高めてもらうことが狙い。

 授業で活用する演習林で、森林科フォレスター類型の3年生15人がくわの使用法や土の耕し方を市立光明小の5年生61人に指導した。クリやカエデなど6種類約50本の苗木を用意した。生徒が雑草を刈り、間伐材で土留めを作るなど整備した川沿いの土地を利用した。

 児童は汗を流しながら、一生懸命土を掘って苗木を植えた。

 指導した川嶋洋斗さん(18)は「普段小学生と関わる機会は少ない。山の管理について学んでくれればうれしい」と述べた。今後間伐体験なども行う予定。(「静岡新聞」より)

 あなたが今までに、山や海岸に植えた木って何本くらいありますか?その木を見に行ったことってありますか?小学生たち、自分の植えた木を見に、山へ足を運んでください!

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梅雨晴れの奥三河を訪ねて⑤―双瀬の秋葉山常夜燈

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 愛知県道32号長篠東栄線で鳳来寺山へと向かう途中、新城市副川(そえかわ)の双瀬(ならぜ)で秋葉山常夜燈を見つけました。

 火防の神として人気を集めた秋葉山は、奥三河からは山一つ隔てた聖地。秋葉講も結成され、秋葉道を通り、講中を代表しての秋葉詣が盛んに行われていました。秋葉山の御膝元・北遠よりも秋葉信仰が盛んだった奥三河ですから、秋葉山常夜燈があるのも不思議ではありません。

 中央のものは「昭和五十六年十一月吉日 塚島組」に補修された火袋が乗り、竿には「正一位秋葉大権現」「施主 双瀬村中」。建立の時期は「乙酉七月吉祥日」とだけ読めますが、肝心の年号部分は欠損。向かって左には同じ「双瀬村中」「秋葉山夜●」と刻まれた竿部、右には石祠が並びます。

 秋葉山は火の神。燈籠に火を入れ、一晩中点し続けることが火防信仰の形であり、遥拝所の役割でもあったのです。

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あいづき昆虫館⑥―オオシラホシアツバ

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 自分は蝶だと信じているらしい蛾についてはこれまでにも紹介して来ましたが、どうやらオオシラホシアツバも蝶だと思い込んでいるようです。

 ちょっと見た目では、黒い翅に白い紋が入ったダイミョウセセリ。でも、私の目はごまかせません。お前は、蛾だ!

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「報徳の家」の門標に「丸に木瓜」

Houtokunoie

 玄関先に「報徳の家」の門標が多く見られるのは、熊(くんま)地区。熊地区には、今でも熊報徳社が一般社団法人として存続しています。

 熊地区の報徳社が結成されたのは明治23年(1890)。報徳社は節約・貯蓄を奨励し、生活に困った人には無利子で金を貸す共助組織でもあり、熊地区の多くの家庭が社員として農村振興に参加しました。

 「報徳の家」の門標は、大日本報徳社の社員の証。門標の「丸に木瓜」は、二宮尊徳の家紋。たまたまですが、私の実家の家紋と同じです。

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 ●私たちが子どもの頃、どこの小学校にでも見られた「二宮金次郎像」・・・
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春野の魅力発見を 浜松学院大生に講義 夏に山村留学

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 浜松市北部の中山間地域振興に関する浜松市の出前講座が24日、中区の浜松学院大であった。この夏に天竜区春野町勝坂地区に滞在予定の1年生らが、地元の活性化に向けて求められる役割を市職員から学んだ。

 市市民協働・地域政策課の藤田裕主幹が、人口減少が著しい現状と、水や木材の供給などで都市部が恩恵を受けていることを解説。「普段暮らしていないから気付く魅力もある。面白いものを見つけたら『これ、すごいですね』と大声で住民に伝えることが、新たな地域づくりにつながる」と語り掛けた。

 学生らは、文部科学省認定の長期学外学修プログラムの一環で、8月の約1カ月間、春野町勝坂地区に滞在。農作業や神楽を学びつつ、市から無償で借り受ける休館状態の茶屋の活用策を探る。

 春野町で勤務した消防士の兄の話から、中山間地域に興味を持ったという現代コミュニケーション学部1年の鈴木嵩斗さん(18)=東区=は、「一度訪れた際に美しい景色に感動した。多くのことを学び、街との今後のつながり方について考えたい」と話した。(「中日新聞」より)

 暮らしの周りの自然環境だけでなく、人と人との強いつながりが田舎の魅力です。きっと、春野が好きになりますよ。

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 ●10月27日(日曜日)、春野町豊岡の勝坂地区で、市指定無形民俗文化財「勝坂神楽」が行われました・・・
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 ●写真の2階建ての校舎は、知る人ぞ知る「周智郡立勝坂小学校」跡・・・
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2016年6月24日 (金)

国道473号(原田橋)河川内仮設道路の通行について

 河川内仮設道路の通行につきましては、下記の「通行止め基準」に該当しない場合、並びに定期補修中(毎週月曜日22時~翌朝5時)以外は、常に通行可能です。

 通行にあたっては、片側交互通行になりますので、ガードマンの誘導に従い徐行によりご通行ください。(「浜松市公式」HPより)

 工事は予定通り終了。通行可能となりました。

親と離れお寺で生活 天竜区で児童ら「仲よし学校」

Nakayosigakko

 浜松市熊青年クラブ主催の宿泊体験「くんま仲よし学校」が23日夜、天竜区熊の光雲寺で始まった。寺に隣接する熊小学校の児童8人が、25日まで集団生活を送る。

 30回目を迎え、熊小OBらでつくる同クラブや地元の女性たちが食事作りや活動を支える。

 本堂で開かれた開校式では、釈随芝山(しゃくずいしざん)和尚(77)が「体に気を付け楽しい思い出をつくってください」とあいさつした。3年の小出涼人君らは「マナーを守り楽しく過ごしたい」などと抱負を述べた。

 24日は寺から登校する。最終日まで親と離れ、テレビもない生活を送る。座禅を組んだり、家族に感謝の手紙を書いたりするほか、花火も楽しむという。(「中日新聞」より)

 小さな小学校ならではの体験学習の機会です。たくさん勉強してね。

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木を未来を守ろう 天竜高生が児童に植林手ほどき

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 子どものころから森林を身近に感じてもらおうと、天竜高校森林科で学ぶ生徒が23日、浜松市天竜区山東の同校演習林に地元光明小五年生を招いて植林をした。

 植樹は、スギやヒノキが立つ標高100メートルの演習林入り口付近で行った。天竜高の生徒15人が児童61人を引率し、演習林を流れる川の斜面に、クリやアジサイなどの苗木を、くわの使い方を教えながら穴を掘って植えた。

 生徒の鈴木翔悟さん(17)は「意欲的にやってくれる児童もいた。家に使ったりと、木と人のつきあいは一生涯続く。一緒に守っていけたら」と話した。

 ヤマザクラを植えた児童の浅田乃愛(のあ)さん(10)は「初めての体験で難しかった」と話した。この事業は、浜松市が森林・林業の専門コースを持つ同校に委託した。(「中日新聞」より)

 木を植えたり、伐ったりは、子どもたちにとって貴重な体験。自然を好きになり、将来林業に携わる青年に育ってくれたら嬉しいですね。

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梅雨晴れの奥三河を訪ねて④―中央構造線長篠露頭

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 満光寺を後に、鳳来寺山に向かう途中でちょっと寄り道。中央構造線長篠露頭を訪れました。 国道515号から少しだけ歩けば中央構造線長篠露頭に到着。

 中央構造線は、日本列島の中央(関東から九州まで)を通る約1000㎞に渡る日本最長の断層系(断層の集まり)です。この断層を境に北側(日本海側)を内帯、南側(太平洋側)を外帯と呼びます。

Roto2

 ここ長篠露頭は、外側の三波川変成帯の結晶片岩の上に、内帯の領家変成帯の花崗岩源圧砕岩が衝上し覆いかぶさっている様子のよく分かる、断層です。中央構造線の観察には非常に適した場所であり、はるか大昔の地球の活動を肌で感じることのできる場所です。

Kawa

 ・・・とのことで、ここも新城市指定文化財です。写真の上が領家変成帯で下が三波川変成帯。

 長篠露頭から見下ろす川には、宇連川(板敷川)の川床と同じような平らな岩盤が見えます。これも、領家変成帯の花崗岩源圧砕岩(ミロナイト・マイロナイト)が露頭している箇所。日本列島の大きな動きを感じさせられるスポットです。

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掛塚に残された筏の櫓②―これが、櫓?

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 蔵に残された古い農機具の中に、果たして筏師が残した櫓(ろ)があるのか、あちらこちらを見回しました。T字の持ち手の櫂(かい)らしきものはあるのですが・・・。

 櫓らしきものは、先が平たくなった長い丸太。あれかな?

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 蔵の外に出ると、駐車場との境に埋め込まれた短い丸太の列。櫓を伐って造ったとしたら、これかな?

 調査結果は分からないままで終わってしまいましたが、かつての掛塚湊のどこかに、きっと筏師たちが残して行った櫓があるはず。北遠から川を流れて来た筏は掛塚で製材され、船に載せられて江戸へと運ばれて行きましたが、その歴史を伝える櫓が見つかれば、まさに歴史ロマンです。

 掛塚で、筏師の櫓を探しましょう!

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 【関連記事】掛塚に残された筏の櫓①―木造の古い蔵

あいづき昆虫館⑤―苔を餌にして苔を纏う、オオベニコケガとスジベニコケガ

 ヒトリガ科の仲間に「コケガ」と名付けられたグループがあります。「コケガ」とは「苔蛾」の意味。このグループの中には、幼虫の時には苔を食べて育ったり、付着させた苔で天敵から身を隠す能力まで備えた蛾もいます。

Oobeniherikokega オオベニコケガ Sujibenikokega スジベニコケガ

 成虫に羽化したオオベニコケガもスジベニコケガも、地味な幼虫時代からは想像できないほどに鮮やかな色の翅を持っています。苔を食べて育ったというのに・・・。

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春野で土砂が崩落 市道500メートル通行止め 雨の影響か

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 23日午前10時半ごろ、浜松市天竜区春野町杉の市道春野石切線で、土砂が崩落しているのを通行人が発見し、市天竜土木整備事務所に通報した。浜松市は同11時から、現場付近を約500メートルにわたって通行止めにした。通行再開の日時は未定。

 市道路保全課によると、のり面が約20メートルにわたって崩れており、22日からの降雨の影響と考えられる。国道362号などを経由する迂回路があり、孤立する集落はない。現場は山間地で、1日の通行量は5台ほどという。(「中日新聞」より)

 北遠の山沿いを走行する時には、崩落まではいかなくても、落石にはひんぱんに出くわします。充分ご注意ください!

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2016年6月23日 (木)

あいづき昆虫館④―スジモンヒトリとフタスジヒトリ

 多くの蛾は夜行性。かつての照明器具、灯火の周囲を輪を描くように飛び回り、火を消してしまうこともあったため「火取蛾」とか「灯盗蛾」と呼ばれたのがヒトリガの名前の由来。

Sujimonhitori スジモンヒトリ Futasujihitori フタスジヒトリ

 スジモンヒトリの白い前翅には、斑点状の黒い逆V紋様が見られ、これが筋紋。翅を透かして、赤い体毛が透けて見えています。

 フタスジヒトリのクリーム色の前翅には、X字の黒い筋。これが二筋の名の由来です。

 スジモンヒトリもフタスジヒトリも、食餌植物はクワ科の桑など。養蚕が盛んだった北遠に植えられていた桑と無縁ではありません。

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梅雨晴れの奥三河を訪ねて③―満光寺の庭園

Hondo

 満光寺の庭園は愛知県指定文化財。若い頃に家族と訪れたことがある懐かしい庭園です。

 小堀遠州流で鶴亀蓬莱式の回遊林泉庭園。東庭二〇〇平米、北庭八〇〇平米。高くそびえる裏山の斜面を利用し書院に迫るように築かれている。全体として山岳の姿、自然の景観を石組みで表現している。

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 「サツキの花が終わったばかりで草取りもしてないので、あまりキレイじゃないけど・・・」と、お寺の奥様に誘われ、何十年ぶりかで庭園を見せていただくことができました。

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 庭の中心には釈迦如来と脇侍とに見立てた三尊石が配置され、幾筋かの滝に見立てた石組みが見られます。池には蓬莱島を模した島が造られ、鶴石、亀石も配置されています。

 懐かしい景色を堪能し、鳳来寺山へと向かいました。

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掛塚に残された筏の櫓①―木造の古い蔵

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 かつて、天竜川を下った北遠の木は筏に組まれて流れて来ました。その筏を操ったのは、筏師と呼ばれる人。船明(ふなぎら)の長養寺に残された古い写真には、筏の前後に1人ずつ乗った筏師が、太くて長い櫓(ろ)を操っている姿が写っています。

 船を手で漕ぐ道具である櫓と櫂(かい)の違いは、櫂が船の横からほぼ水平に入水し、片方向に漕いで推力を得るのに対し、行きと戻りの両方向で推力を得るのが櫓です。

Kura

 掛塚湊まで下り、筏に組んだ木を引き渡した筏師たちは、不要になった櫓を売り、小遣い銭を得て、掛塚で遊んで帰ってと言われています。そして、買い取られた櫓は、刈り入れた稲を乾す稲架の柱として使われたと聞き、掛塚蟹町の民家を訪ねました。

Renjimado

 訪問の理由を告げて案内されたのは、木造の古い蔵。見上げる梁には、今では使われていない木製の農機具が並んでいます。さて、この中に筏師が残した櫓があるのでしょうか?

 蔵の欅板が張られた内扉には、曽布川藤次郎翁が建てた高木の秋葉山常夜燈で見たのと同じ45度傾いた連子子(れんじこ)が並ぶ連子窓が見られました。

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山里発信に応援隊募集 春野、佐久間に各1人

 浜松市は、市内の中山間地域で暮らしながら魅力を伝える「浜松いきいき応援隊」事業で、10月から天竜区の春野、佐久間両地域に派遣する20~45歳の各1人を募集している。

 自家用車を所有しパソコン操作ができることが条件。春野地域では、放課後子ども教室や縁側カフェの企画や運営を支援する。佐久間地域は、市とNPOが取り組む陸上養殖アワビ研究の支援をする。

 活動期間は10月1日から来年3月末までだが、活動状況を勘案して最長2019年3月末まで更新できる。月額15万円の報償があるほか、市の単身用住宅を利用する場合の賃料を市が負担する。

 募集は8月10日まで。書類選考を通過すると、8月24日に面接試験がある。募集案内や応募用紙は市ホームページの「浜松田舎暮らし」から。問い合わせは、市民協働・地域政策課=電053(457)2243=へ。(「中日新聞」より)

 私は年齢制限から外れますが、あなたはどうですか?もし、適齢年齢だったら、ぜひ、問い合わせしてみてください!

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2016年6月22日 (水)

夏の原風景楽しむ!「田舎の七夕祭り」―歴史と民話の郷さくまを守る会

Tanabata

 佐久間カン子さんから、「歴史と民話の郷さくまを守る会」主催「農家の歳時記」のお知らせが届きました。

 夏の原風景楽しむ!「田舎の七夕祭り」は、ホウジ峠の佐久間民俗文化伝承館で楽しむ七夕行事。夢や希望、健康と幸せを願う思いを短冊に書いて願う素朴な行事を体験しに、天空に手が届きそうな「北条峠」に行ってみまいか!と呼びかけています。

 開催は、7月2日(土)で、集合は午前11時。参加希望者は電話053‐987-2265、または053‐987-1888まで。

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ヒノキの香り漂うFOREST工房

Forest1

 昔取った杵柄―久しぶりに間伐材木工のFOREST工房を訪れました。

 今回、工房を訪れたのは、若い知人の結婚式披露宴の受付に置くウェルカムボードを手作りしたい、との希望を叶えるため。今日は、ルーターで「WELCOME」「TO OUR」「WEDDING」の文字を自分で彫り、文字を着色するまでの工程でした。

Forest2

 明日は、もう1枚のボードを仕上げ、全体を着色します。

 自然が大好きな彼は、初めて手にしたルーターも見事に使いこなし、サンダーでの仕上げも丁寧に。明日もまたFOREST工房に出かけますので、ヒノキの香りをいっぱいに浴びる楽しい時間が過ごせそうです。

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あいづき昆虫館③―擬態するアケビコノハとツマキシャチホコ

Akebikonoha

 翅を閉じてジッとしていると、まるで枯れ葉みたいな蛾。アケビコノハと言います。

 幼虫が食べるのはアケビやムベの葉。翅を広げると、後翅は派手なオレンジ色なのですが、この日は枯れ葉に擬態して動きません。

Mukutsumakisyachihoko

 木の枝に擬態しているのはツマキシャチホコ。こちらもまったく動かず、どうみてもポキッと折れた木の枝です。

 さて、ここで問題です。アケビコノハとツマキシャチホコの、それぞれどっちが頭か分かりますか?

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梅雨晴れの奥三河を訪ねて②―満光寺の山門と菩提樹

Sakuramon1

 徳川家康ゆかりの曹洞宗の寺、青龍山満光寺の山門の建立は宝永4年(1707)とされ、新城市指定文化財に登録されています。

 山門は「桜門」とも呼ばれ、切妻造の四脚門(よつあしもん)。主柱(本柱)は驚くほどに太く、普通は金具で装飾される根巻きも柱から浮き出るように彫られています。

Sakuramon2 Sakuramon4

Bodaiju

 本堂前には菩提樹が植えられています。花の時季は終わり、緑色の実の周りに枯れた花がこびりついていました。

 菩提樹の花は、細い葉に似たヘラ状の苞(ほう)から垂れるように房となって咲きます。そして、実が木から離れる時には、この苞がプロペラのように回り、実を遠くまで飛ばします。

Bodaiju2

 コーヒーの空き瓶に入っているのは、お寺の奥様が見せてくれた菩提樹の実。「井伊直虎の許嫁の直親の遺児で、のちに直虎が養子とした井伊直政(幼名虎松)が幼少時代を過ごした柿本城が、お寺の裏山にあったのよ」と来年放映予定のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」に関連した地であることも教えてくれました。

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曽布川藤次郎翁が建てた蔵④―自然石の上に載せた長屋の大引

Nagaya

 棟札こそ見つかりませんでしたが、大庭さんの家の長屋も曽布川藤次郎翁が建てたものと伝えられています。藤次郎翁が建てた長屋だと聞くと、気になる箇所が目につくようになります。

 それは、建物の足許。よく見る木造建築では、基礎となる束石の上に床束と呼ばれる柱が建てられ、その上に根太が載り、大引を回し床が敷かれます。ところが、大庭さんの長屋では、内山真龍の生家の長屋門と同じように、石の基壇の上に直接大引(横木)が載せられ、柱が立てられています。

Oobiki Oobiki2

 基壇の石は、丸い川石ですから、高さが一定には揃いません。そのため、石を沈めたり、石を平らに加工したりするのではなく、大引の角材を石の凹凸に合わせて加工しています。石が出っ張っている所では大引を削り、石が薄い所では厚さを合わせた板を挟んでいます。

Nagaya5

 長屋の床は三和土(たたき)の土間。床がありませんので風は通らず、湿気が高くかびやすいのですが、逆に言えば乾燥し過ぎないというメリットも。

 長屋も蔵と同じ明治10年(1877)だとすれば、築139年。長寿の木造建築です。

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2016年6月21日 (火)

自治会挙げ移住者歓迎 浜松・春野の中山間地、市の制度適用へ

Ijyusya

 川根本町との境に位置し、約60世帯100人が暮らす浜松市天竜区春野町川上地区に6月、竹のかばん職人の鈴木げんさん(41)=北区三方原町出身=が移住した。移住希望者を積極的に呼び込もうとする中山間地の集落を支援する市の「ウェルカム集落制度」が春野町内で初めて適用される見込み。自治会を挙げて移住者を受け入れるモデルケースとして、定住促進に官民の期待が高まっている。

 少子高齢化が進み空き家が増加している中山間地域では、対策として移住者の受け入れを進めている。一方、地元の慣習などに起因する住民とのトラブルで、移住を断念する事例も市に報告されている。同制度は移住者が半年間居住すれば、集落に報償金が出るが、町内で申請したのは41自治会のうち2自治会にとどまる。

 鈴木さんに20回以上地元を案内し、住民との対話を進めた富田諭自治会長(62)は「自ら危機感を持って動きださないと山間部は取り残される。移住者は地域に必ず活力を生む」と手を挙げた理由を語る。次を見据え、自治会として移住者受け入れの会則なども独自に定めた。

 築100年以上の古民家を改修した鈴木さん宅で18日、地元住民による歓迎会が開かれ、鈴木さんの仲間入りを祝った。移住を後押しした地元竹細工職人の梅沢貞夫さん(84)も駆け付けた。

 鈴木さんは全国の百貨店やスイスで個展を開き、作品を注文しても3年待ちの人気という。「原料の加工や作品制作、展示会もこの地でできる。職人の先輩の存在は心強く、骨をうずめる覚悟」と思いを新たにした。

 制度活用と今回の移住を支援した市春野協働センターの森田哲也さん(48)は「個人に不動産を紹介するのではなく、移住者と住民をつなぐことが重要。行政との歯車もかみ合った好例」と述べた。

 <メモ>ウェルカム集落制度 申請登録した中山間地域の自治会などに移住希望者を紹介し、田舎暮らしを応援する浜松市が2015年7月に始めた制度。希望者が集落内に移住し、半年間住み続けた場合、市が集落に対して移住者1人につき10万円の報償金を支払う。

 市民協働・地域政策課によると、市には移住希望者から年間約100件の相談があるという。(「静岡新聞」より)

 地域のコミュニティーに加わるには、あわてないことが必要です。お互いに尊重し合うことが大事ですね。頑張ってください。

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見ましたか?ストロベリームーン

Akaitsuki

 テレビでやっていた「ストロベリームーン」を見ましたか?

 夏至の頃に見られる満月は高度が低いため、赤みがかった色に見えることから「ストロベリームーン」と呼ばれるのだそうです。

 そして、その「ストロベリームーン」を見ると、好きな人と結ばれるんだとか。

 今さら、そんな気もありませんが、妻と2人で夜の散歩に出かけて見ることができました。

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「鹿島の花火」ポスター完成 8月6日に約4千発

Kajimahanabi

 浜松市天竜区の天竜川河川敷で8月6日に開催される「鹿島の花火」(天竜区観光協会天竜支部主催、静岡新聞社・静岡放送後援)のポスターがこのほど、完成した。事業者や公共施設、駅などに計500枚を配布する。

 鹿島の花火は140年以上続くといわれ、天竜の夏の風物詩。約4千発を打ち上げる。

 観覧席チケットは前売り券800円、当日券1000円(小学生以上)。7月1日から、遠州鉄道や天竜浜名湖鉄道の主要駅、同支部、天竜商工会、チケットぴあなどで販売する。

 問い合わせは同支部<電053(925)5845>へ。(「静岡新聞」より)

 北遠最大の花火大会「鹿島の花火」は8月6日です。

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【通行止め予告】国道473号(原田橋)河川内仮設道路の夜間通行止めについて

 国道473号(原田橋)河川内仮設道路と国道473号、市道中部31号線の合流部拡幅に伴う舗装工事を実施するため、下記のとおり夜間通行止めを行います。

・夜間通行止め日時
 平成28年6月23日(木曜日)午後10時から翌24日(金曜日)午前5時まで
 ※作業状況により通行再開時刻が前後する場合があります。
 ※雨天の場合は翌日以降に順延する場合があります。
 ※緊急車両の走行は可能です。(「浜松市公式HP」より)

 今後、佐久間ダム放水の可能性もあります。最新情報にご留意ください。

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あいづき昆虫館②―クチバスズメとセスジスズメ

 クチバスズメも大型のスズメガ科の蛾。「クチバ」とは「朽葉」の意味。つまり、朽葉色(くちばいろ)の翅を持つスズメガ(=天蛾)です。

Kuchibasuzume クチバスズメ Sesujisuzume セスジスズメ

 すぐ近くには、同じスズメガの仲間、セスジスズメもいました。こちらの名は、背中に入った筋模様が由来。高い所に止まっていましたので、背筋を伸ばして撮影しました。

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梅雨晴れの奥三河を訪ねて①―鶏に三石の扶持

Mikawasangoku

 北区引佐町から新城市に向かう国道257号線沿いにある道の駅「鳳来三河三石」。下吉田(しもよしだ)にある道の駅に、一体どうして「三河三石」と名付けられたのでしょう?

 実は、道の駅の奥に満光寺という名のお寺があります。「三石」とは、この満光寺に因む名。

 言い伝えによれば・・・

Niwatori2

 徳川家康若い頃、甲斐の武田信玄との戦に敗れ山吉田まで落ち延びて来た。ちょうど満光寺という寺が目に止まった。

 そこで住職に一夜の宿を頼んだ。住職は気の毒に思い快よく泊めることにした。家康は大変喜んで住職にお礼を述べ、更に「ご住職誠に済まぬが私どもは故あって明朝早立ちしたいと思う。よって一番鶏が鳴いたら必ず起こして戴きたい」と頼んで寝についた。

Niwatori1

 そして真夜中になった頃であった。不思議なことにその夜に限って寺の鶏が真夜中に刻を告げた。住職は随分早く鳴いたものだと思いながらも約束のことを思い早速家康たちを起こした。家康は厚くお礼を言って大急ぎで闇の中を出発して行った。

Niwatori3

 ところが家康一行が去って間もなく武田の一隊が寺を包囲したが家康一行は一瞬の差で危機を脱することができた。

 後天下を統一した家康は、この恩がえしとして満光寺のニワトリに三石の扶持を与えた。

 つまり、「三石」とは鶏が与えられた俸禄の額。満光寺には天然記念物の在来種の鶏「小国(しょうこく)」が飼われていて、庫裡内にも鶏を描いた絵や写真がたくさん奉納されていました。

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曽布川藤次郎翁が建てた蔵③―「奉造営氏神社 秋葉神社 豊川稲荷」

Munafuda

 曽布川藤次郎翁が建てた大庭さんのお蔵の棟札には、「奉造営氏神社 秋葉神社 豊川稲荷」の文字も書かれています。秋葉神社の名を記しているのは、火防を願ってのこと。豊川稲荷の名は、豊作を願うもの。

 すぐ近くの高木の常夜燈の棟札には「奉造營秋葉山大権現」と記されており、「秋葉神社」と「秋葉大権現」との呼称に違いが見られます。その理由はお分かりだと思いますが、明治元年(1868)3月に発布された神仏分離令により、神社が大権現などの神仏習合の称号を神号とすることを禁止したため。高木の常夜燈が建立されたのは、大正元年の9月でしたので、すでにこの布達は届いていたはずですが、秋葉山を神仏習合の施設としたまま「秋葉山大権現」と表記してしまったものと思われます。

 では、「豊川稲荷」はどうでしょう?

Kigumi1

 ご存知の通り、豊川稲荷は「円福山 豊川閣 妙厳寺(みょうごんじ)」と言う名の寺。神仏分離令により、境内の鳥居は撤去され、一旦は「豊川稲荷」「豊川大明神」などの呼称も禁止され、「豊川吒枳尼真天」と号するようになったのですが、間もなく通称として「豊川稲荷」と呼ぶことだけが復活したようです。

Nagaya2

 棟札に書かれた「秋葉神社 豊川稲荷」の表記には、そんな時代が反映されているのです。

 お蔵の屋根は寄棟造り。内部から見上げると、垂木の構造がよく分かります。これが、十郎島の大工、曽布川藤次郎翁が建てたお蔵。同じ家の長屋も藤次郎翁が建てたとのことでしたが、残念ながら棟札を見つけることはできませんでした。

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2016年6月20日 (月)

天竜で区民合唱祭 混声合唱団や童謡を歌う会など10団体が出演

Concert

 浜松市天竜区民の合唱祭第18回やまゆりコンサート(中日新聞東海本社後援)が19日、同区の天竜壬生ホールで開かれた。

 天竜混声合唱団や童謡を歌う会など、10団体が出演。白い礼服にちょうネクタイの男性や、淡色のブラウスに身を包んだ女性が「ローレライ」「秋桜」などを歌い上げた。

 北遠で謡い継がれる「天竜の筏(いかだ)流し唄」など、地元らしい民謡も披露した。(「中日新聞」より)

 天竜区には、歌の団体が10団体もあるんですね。おおいに楽しんでください。

曽布川藤次郎翁が建てた蔵②―「大工棟梁 曽布川藤次郎」の棟札

Sobukawa1

 お蔵には明かりがありません。暗いお蔵の中で急な階段を上ると、大庭さんが懐中電灯の明かりで棟札を照らし指差してくれました。そこには、はっきりと読める文字で「大工棟梁 曽布川藤次郎」と記されてます。

Sobukawa2

 「近くに常夜燈を建てた大工の腕を見込んで、お蔵の建築をお願いしたみたい」との話を聞きながら、いささか興奮状態の中で、棟札をストロボ撮影。

 施主は「大庭夘三郎」、建築されたのは、「明治十年丑三月吉日」とありましたので、高木の常夜燈造立の10年後。しかも、併記されている「石工 飯田冨十」も常夜燈と同じ組み合わせです。

 藤次郎翁が造った建物で、現在残っているのは山住神社や王子製紙など赤レンガ建築。住宅としては旧津倉家が藤次郎翁の仕事だと伝えられていますが、お蔵が残っていたというのは、まさに新発見です。

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ヤマキマダラヒカゲとサトキマダラヒカゲ

 「北遠・野の花会」の蝶さんから、車の屋根に止まったというヤマキマダラヒカゲの写真が届きました。私が佐久間で出会ったのはサトキマダラヒカゲ。

Yamakimadarahikage ヤマキマダラヒカゲ

Satokimadarahikage サトキマダラヒカゲ

 日陰を好む蝶とのことですが、たまには日向に出て来ます。日陰でジッとしていられると、気づかないことが多いし、ピントが合いません。

 たまに撮れた、ピントが合ったキマダラヒカゲの山と里。中山間地にも日が当たらないといけませんね。

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あいづき昆虫館①―エゾスズメ

 私が勝手に名付けた「あいづき昆虫館」とは、JR飯田線「相月駅」の駅舎と国道152号沿いの観光トイレのこと。要するに私が蛾の観察ポイントとして紹介しているあの場所です。

Ezosuzume Ezosuzume2

 最初に紹介するのは、初対面の大型の蛾エゾスズメ(蝦夷天蛾)。止まる時には、前翅と後翅とを合わせないため、後翅がはみ出す形が特異な姿です。

Ainu

 幼虫の食草はオニグルミの葉。「蝦夷」とは、かつての北海道の蔑称ですが、エゾスズメは決して北海道だけに棲息する蛾ではありませんので、相月にいてもおかしくはありません。

Kaneto5

 しかし、差別に抗して三信鉄道の開通に尽力したアイヌ人の測量技師を描いた合唱劇「カネト」を観るために水窪に向かう途中での出会いでしたので、偶然の出会いとは思えません。

 合唱劇「カネト」の会場には、アイヌ文様の民族衣装が展示してありました。

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2016年6月19日 (日)

二俣「見処味処」マップを刷新 天竜区観光協会支部

Midokoro

 浜松市天竜区の玄関口・二俣町を散策してもらおうと、天竜区観光協会天竜支部(神谷征男支部長)は観光マップ「ふたまた周辺の見処味処」(A3判、カラー)を約10年ぶりに刷新した。約1万部を、天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅近くの同支部や、区役所、協賛店で配布する。

 旧マップは、秋野不矩美術館やSL機関車公園、本田宗一郎ものづくり伝承館など14カ所の見どころを解説し、70超の店や食堂を掲載した。約10年の間に店の入れ替わりも増え刷新した。新マップには、見どころの写真を新たに掲載した。裏面にはフレンチやそば、ウナギ、自然体験センターなど協賛36店・事業所の住所、連絡先を載せた。

 神谷支部長は「写真を増やし、よりお客さん目線のマップにすることができた。散策のお供にしてもらえたら」と活用を呼び掛ける。(「中日新聞」より

 早速手に入れて、二俣の町をブラリとしてみましょう。

曽布川藤次郎翁が建てた蔵①―新発見!藤次郎翁の建てた蔵

Dozo1

 磐田市旧竜洋町の元教員で組織されている教育振興会の面々が、掛塚の旧廻船問屋・津倉家を訪問した時のことです。私が「この津倉家は、十郎島の住人、曽布川藤次郎が建てたものと言われています」と話をしたところ、「あら?私の家のお蔵も、藤次郎さんが建てたものですよ」との声が挙がりました。

Dozo2

 そう話してくれたのは、磐田市高木の大庭さん。磐田市高木と言えば、明治元年(1868)に藤次郎翁が建てた秋葉山常夜燈(龍燈)がある地区。そのすぐ近くにある大庭さんの家のお蔵が藤次郎翁が建てたものと言うのなら、もう行ってみるしかありません。早速、大庭さんの家を訪問し、お蔵を見せていただくことにしました。

Renjimado

 写真がお蔵の外観ですが、外壁は鎧張り(下見板張り)の1層部の上に漆喰壁の寄棟造、2層部が乗る形。気になるのは、1層部の連子窓(れんじまど)ですが、これは高木の常夜燈と同じ。雨を防ぎながら光が射し込みやすいように、連子子(れんじこ)を45度の角度に組み込んであります。

 ◇「曽布川藤次郎翁に学ぶ」pdfをダウンロード

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復活したウマノスズクサの花

Umanosuzukusa1

 昨日紹介したウマノスズクサに花が咲いていました。

 昨年は草刈りの影響で一時姿が見られなくなっていたウマノスズクサですが、今年はしっかりと復活。花も咲きましたので、ジャコウアゲハがやって来ることでしょう。

 良かった、良かった!

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梅雨入り前のスーパー林道を行く⑱―蛾の観察ポイント

 さて、ここまで来たら、蛾の観察ポイント、JR飯田線「相月」駅に立ち寄りましょう。

Ginmonsyachihoko ギンモンシャチホコ Kimaekurohosoba キマエクロホソバ
Oobeniherikokega オオベニヘリコケガ Sujibenikokega スジベニコケガ

 出会った蛾は、ギンモンシャチホコ、キマエクロホソバ、オオベニヘリコケガ、スジベニコケガ。ギンモンシャチホコは天守閣を飾る鯱(シャチホコ)に似ていますので名前はすぐに覚えそうですが、知った人でなければ蛾だとは思わないかも知れません。

 細長い体のキマエクロホソバだって蛾には見えません。オオベニヘリコケガとスジベニコケガは苔を食べて育つ苔蛾(コケガ)の仲間ですが、どちらもオレンジ色の翅に刺繍のような模様が美しい蛾です。

 以上で5月31日に出かけた「梅雨入り前のスーパー林道を行く」の連載は終了。連載中の6月4日に東海地方も梅雨入りしました。

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2016年6月18日 (土)

とうとう、真夏日!佐久間で31.3℃

時間 気温
(℃)
降水量
(mm)
風向
(16方位)
風速
(m/s)
日照時間
(分)
積雪深
(cm)
18日
(土)
15時 30.8 0.0 西南西 1.4 59 ---
14時 31.2 0.0 南南東 1.7 47 ---
13時 30.3 0.0 南南西 2.5 41 ---
12時 31.3 0.0 南東 1.6 57 ---
11時 31.0 0.0 東南東 1.9 60 ---

 ちょっと遊びに出かけ、帰って来てからアメダスをチェックしてビックリ。やっぱり、「真夏日」になっていたようです。

愛好3団体会員の力作 天竜区で合同展 書に水墨画、生け花

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 浜松市天竜区二俣町で活動する書や水墨画、生け花の愛好家3団体の合同作品展(中日新聞東海本社後援)が17日、同区二俣町の二俣協働センターで始まった。19日午後3時まで。

 同センターで活動する、書の天竜杉の子会(白井正伸会長)、水墨の会(市川猪重郎会長)、池坊はなフレンド(末永美佐子代表)が参加。書56点、水墨52点、生け花17点が並ぶ。

 「寿」の字を白抜きで大書した書や、高根城(天竜区水窪町)を墨で描いた絵が並ぶ会場を、紫のアジサイなど季節の生け花が彩っている。

 回顧展として、杉の子会会員の師匠・故市野三接氏の30点も展示している。中国の賢愚経を10曲のびょうぶにしたためた大作などがある。(「中日新聞」より)

 光明山遺跡で見かけた「拓魂」の字を書いた市野三接氏の書も展示されます。

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虎の縞に似た模様のナオトラフシジミ(?)

Torafushijimi

 「井伊直虎ゆかりの地」の幟旗が目立つ浜松市にトラフシジミが舞っています。この際ですから、「トラフシジミ」の名を「ナオトラフシジミ」に変えましょうか?

 トラフシジミの「トラフ」とは、南海トラフのことではなくて「虎斑(とらふ)」のこと。翅表の模様が虎の縞に似ているところから名付けられました。

 春型と夏型とでは色が違うトラフシジミですが、写真は夏型。「ナツトラフシジミ」でも良いのですが、やっぱり「ナオトラフシジミ」の方が井伊(いい)でしょう?

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梅雨入り前のスーパー林道を行く⑰―芋堀の出桁造りと格子窓

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 天竜スーパー林道から水窪に下り、国道152号を辿って佐久間町の芋堀(いもほり)へ。芋堀でも、あの出桁造りの建物を見つけ、ちょっと道草です。

 切妻の平入住宅の道路に面した軒は、1階も2階も桁を前へと張り出した造り。迫り出した軒の下からの眺めに、美しさを感じます。

Imohori2

 1階の格子窓にも独特な味わいがあります。千本格子と呼ばれる細かい格子ですが、掛塚の国登録有形文化財、靏谷(つるたに)家住宅の格子と同じく、縦桟の穴を通す横桟の中央部が、ほぞ穴よりも薄くなっている格子です。

 かつてはお茶の販売店だった家。横桟をできる限り薄くすることにより、縦桟の並びを美しく際立たせる手法の家は、もしかしたら、掛塚の大工が建てた家かも知れません。

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